無期迷途の短編 作:モース硬度
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コンビクト:リンおよびコンビクト:イグニの取り調べの読了を推奨します。
リンは写真を撮ることが好きだ。
今も屋外エリアの花壇の一角でカメラを構えている。
カメラの先には職員の誰かが世話をしているのか、エーデルワイスの花が咲き誇っている。平時であれば心の向くままにシャッターを切っていたであろう。
だがしかし、
(集中できない...)
リンは背後からの視線をヘルメット越しに感じていた。
元々リンは、シンジケート生まれであること、その生まれをニューシティの学校で馬鹿にされいじめられていたこと、更には生来の気弱さも相まって人の視線、特に悪意を持った視線に敏感であった。
今も屋外エリアのベンチに腰掛け雑誌を開きながらこちらをジッと見ている赤髪の少女の気配を感じる。だが雑誌は開いているだけで視線は完全にこちらをロックオンしている。
(特に悪意は感じないけど...)
自分が注目されているというだけで非常に居た堪れない。
だがそちらに視線を向けると向こうはスッと視線を逸らされ、少し近付くと立ち上がって同じだけ離れていく。そして目を離すとまたこちらを見始める。その視線はどこか観察されているようで、リンは非常に居心地が悪かった。
(なんで私を見てるんですか、なんて聞ければいいけど...)
気弱な自分にそれは無理だと諦め、無心でカメラを覗くのだった。
「あなた、写真を撮るのが上手いんだってね。」
管理局の廊下で突然話しかけられて、リンは飛び上がるほど驚いた。振り返れば先ほどの赤髪の少女が立っている。背はリンよりやや高く、長い髪をツーサイドアップにまとめている。管理局の制服ではないことから察するに彼女もコンビクトなのだろう。
「は、はい。えっと...その...局長さんとか、職員の方に褒められたことは...あります。」
一体誰なんだろう、と小さな体をますます小さく萎縮させながら返事をする。
「そう。なら撮ってほしいものがあるのだけど、構わないかしら?」
「それは...構いませんけど...」
あなた、先ほど私のこと見てましたよね。と言う言葉を飲み込み、かと言って何を話しかければいいかわからずマゴマゴしてしまう。
そんなリンの態度を見てピンと来たのか、目の前の少女は
「わたしはイグニ。よろしく。」
そう名乗った。
「あなたには私のブログに載せる写真を撮ってもらいたいの。」
ここではなんだから、と場所を移して現在は休憩室。開口一番にイグニはそう切り出した。
「ブログの写真...ですか。」
「そう。キャラメルプリン_Officialって聞いたことない?」
「あ、あのグルメの。」
ディスシティの有名どころから隠れた名店まで紹介しているグルメブログだ。見る人の食欲を刺激する内容にはコアなファンもついているものだったと記憶している。
「でも、あのブログはたしか事件の後更新が...」
有名ブロガーの住所を突き止めたアンチがその家に火を放った。そんな事件があって以降、キャラメルプリン_Officialは更新が止まっているはずだった。
「表向きはね。でも実際に火を放ったのはわたしなの。それで色々あってここに来たんだけど、この前局長に『ブログを再会してみるのはどうだ』って言われちゃって。いい機会だと思ったんだけど前と同じじゃつまらないでしょ。だからブログに料理の写真でも載せたいなと思った時にあなたが来たの。でもあなたがどんな人となりをしているのかわからなかったからしばらく観察させてもらったわ。」
なるほど。ここ先ほどの視線はそれか、とリンは納得した。
「でもどうやら気付かれていたようね。ジロジロ見てしまったのは謝るわ、ごめんなさい。」
「い、いえ!別に、そんな事情があったなら、構わないです。」
「そう。ありがとう。」
そう答えたイグニの表情はどこかホッとしたものだった。
「それで、ブログに載せる写真についてなんだけど。」
一転して真面目な顔になったイグニは話し始めた。
「コンビクトの外出許可ってなかなか降りないし大抵は局長同伴。でもブログの度に局長の手を煩わせるのも悪いから今回はテイクアウトにするわ。調達部門に申請すれば代わりに買ってきてもらえるはずよ。」
MBCCではコンビクトの精神を安定させM値の上昇を抑えるために、娯楽費の予算が組まれている。これはビリヤードやダーツといった備品の購入の他、コンビクトから申請があったものの購入費にも当てられる。
「あなたには商品の包装と中身の写真を撮ってほしいの。見る人が美味しそうと思うような写真をね。」
「わ、私でいいんでしょうか。」
有名ブログに載る写真を自分が撮る。その事実だけでリンは逃げ出したくなっていた。
「あなたがいいの。ディスカーであなたが撮影した映画を見たときピンときたもの。」
「そ、そうですか。」
そう言って俯くリン。ヘルメットをかぶっているため見えないはずだが、イグニには頬が紅潮しているように見えた。
「それで、どう?受けてくれる?」
「えっと、はい。頑張ります。」
それから何度か撮影を行った。商品の撮影をし、イグニがレビューをしながら、買ってきてもらった商品を二人で食べる。そんなことが数回続いた時のこと、注文した商品を全て食べ終わったはずだが机の上にはまだ紙袋が一つ残っていた。包装には「FIRE KISS」と書かれてあり、中からはほんのりと甘い香りが漂っていた。
「まったく局長って人は...お節介にもほどがあるでしょう。」
そうため息をこぼしたイグニだがその表情はどこか嬉しそうでもある。
「えっと...これは?」
「...わたしの両親の店のものよ。」
袋を開けてみればキャラメルプリンが二つ、ちょこんと入っている。表面の薄いキャラメルの層は軽く焦がしてあり、辺りに甘い香りが広がった。
「これは別に撮らなくていいわ。」
そう言ったイグニの顔はどこか切なげであった。
そんな表情のイグニを見て、リンは何も言えなかった。きっとこの話は軽々しく触れていいものではないだろう。家族とすれ違ったことのあるリンにとってそれは痛いほどよくわかった。
撮影を依頼されただけの、数回食事を一緒にとっただけの、そんな関係。それでも、目の前の少女にそんな表情をしてほしくなかったリンはポケットからあるものを取り出すと、意を決して話しかけた。
「イグニさんが家族とどのような関係なのか、私にはわかりません。でも、一度でいいので、会ってください。会って、話してきてください。」
「でも、あの人たちには新しい家族がいて、わたしが行くと迷惑になるから...」
「少し、昔話をしますね。
私、昔学校でいじめられていたんです。でも、パパもママも我慢しろってしか言ってくれなくて、それでシンジケートに逃げたんです。その後、局長さんのおかげでパパとママと会って話すことができました。その時に気付いたんです。私達は、ただすれ違っていただけなんだって。
思っていることはちゃんと言わないと伝わりません。それは家族でもです。だから...」
そう言ったリンはポケットから取り出したものをイグニに握らせる。
「これは...?」
「勇気のアメって言います。ガオさんと局長さんからもらったものですけど、私にはもう必要ありません。きっとそのアメが、あなたに勇気をくれると思います。」
手のひらで飴玉の包装紙がクシャリと音を立てる。この飴でどれだけの勇気をもらえるかはわからないが、目の前の少女を信じてみようとイグニは思った。
「やっぱりこのプリンは今回のブログには書かないことにする。」
「そうですか...」
やはり自分の言葉程度では目の前の少女の心を動かすことは出来なかった。リンは肩を落とした。
「そうじゃなくて、その...直接、食べに行きたいから...その時は付き合ってくれる?」
「はい。私はカメラマンですから。」
「その...撮影がなくても、と、友達として...」
俯きがちなイグニの表情は窺い知れないが、髪の隙間から見える耳は真っ赤に染まっていた。
「は、はい!よろこんで。」
また後日、と解散したあとのリンはコンビクトの外出届を書いていた。
今度の外出では両親と会えるように局長に頼もう。
そして彼らにこう伝えるのだ。
友達ができた、と。
イグニとリンの取り調べ読んでたら降りてきた強めの幻覚を文章にした
切実に文才が欲しい