無期迷途の短編   作:モース硬度

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アデ局です

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雁字搦め(アデラ)

この悩みという名の重い髪の毛は

切っても切っても増えるばかりで

 

それでも

 

これはわたしの選んだことだから

 

 

 

 

その日、局長は朝から肩が重かった。

...物理的に。

「つよくてかっこいい局長様ー、あたしクレープが食べたいなー」

「なー局長ー、今ならこのEMPにスイーツを奢ってもいいんだぞ?」

「あたし昨日の任務頑張ったんだけどなー、なんか治り遅い気がするなー、甘いものでもあればきっとすぐ治ると思うんだけどなー。」

両腕をヘラとEMPに掴まれた局長の姿は、良く言えば両手に花、悪く言えばたかられているといったところか。

しかし、局長は彼女たちに強く出られない理由があった。昨日の任務にて些細なミスにより死瞳を取り逃してしまったのだ。幸いにして彼女たちのおかげで被害が拡大する前に仕留めることが出来たのだが、話はそれで終わらない。シンジケート育ちの彼女たちに遠慮の二文字はない。『アンタのミスをフォローしてやったんだから分かるよね?』とこうしてカツアゲにあっているわけだ。

「もちろん無理にとは言わないけど、局長が昨日のことに対して感謝しているならその気持ちを受け取るのもやぶさかではないというか、その気持ちを何か形にしてくれるというのなら喜んで受け取ろうじゃないかというか...ね?」

「まっさか、天下の局長様がミスをフォローしたあたし達に感謝しないなんてことあるわけないじゃないよね?」

 

その後、局長の肩は軽くなった。

...財布と共に。

 

 

その日、局長は昼から胃が痛かった。

管理局内で爆発事故が発生したためだ。

局長の財布が(強制的な)減量に成功させられた日に追い討ちをかけられ、局長自身も痩せ細っていくような、そんな幻覚に襲われる。

「そんなに眉間に皺寄せないで、甘いものでも食べる?」

下手人たる夏音は目の前で呑気にチョコレートを食べていた。

「まあまあ、科学の発展には失敗が付きもの。くよくよしないの。」

それを失敗した当の本人が言うのか、と局長はため息をついた。

実際、彼女に助けられていることは多い。管理局のシステムの改修や効率化などは夏音なくして出来なかったことだ。そのおかげで業務効率が改善し、局長は昼休みを取ることができるようになった。この若き天才科学者は今や管理局になくてはならない人材である。

しかし、時々やらかすのだ。床のゴミどころか執務用の机すら掃除してしまったお掃除ロボット、大幅に効率が上がったがいつ爆発するかわからないエネルギー溶炉、一日分の栄養を一粒で摂取できる完全栄養食(この世のものとは思えない酷い味)を全職員に支給しようとする、etc...

そのどれもが愉快犯的な犯行ではなく、善意からのものであるだけに局長はあまり強く言えなかった。

「...次からは爆発の危険がある時は事前に申請してくれ。」

「はぁーい。それより局長、お腹抑えてどうしたの?あたしが改造してあげよっか?」

 

胃と腹に穴を開けられることは避けられた。

 

 

その日、局長は一日中体が重かった。

もちろん、朝の件や昼の件の影響もあるだろう。だがそれを差し引いたとしても、一日中怠さに付き纏われていた。

以前、過労で倒れたことのある局長はその日の仕事を早めに切り上げて自室で休養をとっていた。

せめてジャケットだけはとフックにかけ、着替えることもなくベッドに倒れ込む。今は束の間でもいいから休息が欲しかった。

そんな局長の部屋を控えめにノックする音が聞こえる。

「あの、局長さん。もうおやすみでしょうか。もしよろしければ入っても構いませんか?」

扉の向こうから聞こえてくる声はアデラのものだ。

「...少し待ってくれ。すぐ開ける。」

彼女が一体どのような用件でここに来たのかはわからないがとりあえず話を聞こうと、局長は気怠い体に鞭打って体を起こす。

扉を開ければほっとするような淡い香りと共に優しげな笑みを浮かべたアデラが佇んでいた。

「どうしたんだ、こんな時間に。」

「あなたの体調が芳しくなさそうと副官さんから伺いましたが、どうやらそのようですね。酷い顔をしています。」

「そんなにか。」

「ええ。それに...」

アデラは一旦言葉を切り、なんでもないかのように続けた。

「なにか暖かい飲み物でも用意しましょう。」

そう言ってするりと部屋に入り込む。

鼻腔をくすぐる柔らかな香りに振り返れば、すでにお湯を沸かし始めたアデラがいた。

「紅茶でよろしいでしょうか。」

「ああ、構わない。」

局長の背後でパタンと扉の閉じる音がした。

 

 

紅茶を一口口に含み、ホッと一息つく。

そんな局長の背後に立ち、アデラは局長の髪を整えていた。

「ダメですよ局長。手入れをしなければお髪が痛んでしまいます。」

アデラは丁寧に髪に櫛を通していく。

「本当は切ってさしあげたいのですが。」

丁寧に丁寧に。少しのほつれも許さないとばかりに。

「それはまた今度にいたしましょう。」

 

シャキン

 

幻聴だ。アデラの手には青い櫛しか見えない。

「なにか悩みでもあるのですか。」

語りかけどもアデラの手は止まらない。

「私にできることは話を聞くことだけですが。それでも、話すことで楽になることもきっとあると思います。」

彼女の顔は見えないが、きっとあの優しげな笑みを浮かべているのだろう。局長にはそれがわかった。

「...そうだな。悩みなら確かにある。」

気付けばそんなことを口にしていた。

「コンビクト達は生まれも育ちも人それぞれだ。当然、常識もな。それを管理する管理局の局長という立場は苦労することも多い。大いに悩まされたさ。」

でも、と局長は続ける。

「それでも、こんな日常を楽しいと感じている自分もいるんだ。生まれも育ちも違くても、通じ合えるものがあるから。それに...」

その先の言葉を飲み込む。彼女へと向けるこの感情は口にすべきではない。

「皆、大切な仲間だ。もちろん君も。」

代わりに出た言葉も確かに本心だ。

「ありがとうございます。」

その表情は窺い知れないが

「はい、できましたよ。」

きっとあの優しげな笑みを浮かべているのだろう。

いつの間にか、局長は自分の体が軽くなったように感じた。

 

 

アデラの目には長く重い髪の毛が写っていた。

管理局中から伸びた長い髪の毛はやがて一人の元へと収束していく。

シザーフリークであったなら、目に映るその全てを一刀のもとに断ち切っていただろう。だが今の彼女はシザーフリークではない。都市伝説に謳われる夜霧の怪人ではなく、『アデラ』という一個人として、この悩みという髪をどうにかしてあげたかった。

 

ゆえに彼女は局長の部屋を訪ねた。捩れ絡まった髪の毛はこの奥に続いている。アデラはこれほどまでに絡まった髪の毛は見たことがなかった。シザーフリークではない自分にこの髪をどうにかすることができるのだろうか。そんな不安に駆られながらも部屋の扉をノックする。

 

改めて見るとすごい量だ。アデラは一周回って感動すら覚えていた。

 

シザーフリークのハサミはアデラの能力で作られている。人の悩みが髪として見え、それを断つことを望んだからこそ、その能力はハサミという形でもって具現化した。だが今の彼女はシザーフリークではない。今の彼女を表す一言があるとするならば「理容師」だろう。

だから彼女は直感的にできると思った。

 

シャキン

 

手の内に現れた青く輝くハサミの形が変化する。理容師は髪を整えるものだ。そしてその道具は決してハサミだけではない。手中には一つの櫛が握られていた。

するり、するりと。絡みつく髪に櫛を通す。

丁寧に丁寧に、局長の悩みが少しでも軽くなるように。

するり、するり。だんだんと髪が解けていく。

そんな髪の毛の中に見知った色を見つける。濃藍の髪の毛は毎日鏡で見慣れた色だ。よくよく見ればその髪は局長と自分を結ぶように絡みついている。

これは、私も局長の悩みの一つなのだろうか。

それとも、私も局長の手放したくない悩みになれたのだろうか。

もしかしたら...

飛躍した思考に彼女の頬は紅潮した。

 

 

 

 

この悩みという名の重い髪の毛は

切っても切っても増えるばかりで

 

それでも

 

これはわたしの選んだことだから

 

この髪を丁寧に丁寧に整えて

素敵なものになりますように

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