無期迷途の短編   作:モース硬度

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今回は短いです


黒のクイーン(エイレーネー)

空が夕焼けに染まり、窓から西陽が射す執務室。今日の仕事を切り上げて帰ろうかという時に部屋の扉がノックされる。

「どうぞ。」

「失礼するわ。」

入ってきたのはエイレーネーであった。

「どうした?できれば今日の業務は終わりにしたいが何か問題が?」

「問題はないわ。管理局に増やして欲しいブックリストを持ってきただけだもの。それに丁度よかった。最近ご無沙汰だったし、久しぶりに一局どう?」

局長とエイレーネーは時たまチェスをする仲であった。と言ってもその勝負は一方的であることがほとんどだったが。

「確かに久しぶりだな。だが私では勝負にならないのでは?」

「そんなに自分を卑下しないで。今回もハンデをあげるから。」

それじゃあ行きましょうと背を向けるエイレーネーに、局長は黙って従った。

 

 

管理局内において、エイレーネーの私室は異彩を放っている。

決して華美という訳ではなく、むしろ落ち着いた色合いの物が多い。しかしそのどれもがクイーン集団のハイエンド製品である故か、ある種の凄みを感じさせるものだった。

どこか落ち着けないでいる局長を意に介さずエイレーネーはテキパキと駒を並べていく。

「あなたに与えるハンデだけど、私はこの4つの駒を使わないであげるわ。」

そう言いながらエイレーネーは黒のクイーン、ビショップ、ナイト、ルークを取り除く。

「先手はどうぞ?」

「...では遠慮なくいかせてもらおう。」

白のポーンの步を進める。

 

しばらく、お互いに無言だった。駒が盤に当たるコツリという音が室内に響く。

「しかしこんなにハンデを与えて大丈夫なのか?」

無言の空気に耐えられなくなり局長が口を開いた。

「これくらいなら貴女でもいい勝負ができるでしょう?その代わり、一つ賭けをしないかしら?」

「内容によるな。私はチェスにそれほど詳しい訳ではない。このハンデで本当にいい勝負になるのか私には判断がつかないからな。」

「それは心配いらないわ。実力的にこれで公平よ。」

「...あなたの言葉を信じるとしよう。それで、何を賭けるんだ?」

「簡単よ。私が勝ったらこの管理局を私が買う許可をくれればいいわ。」

「まさかあなたがチェルシー伯爵のようなことを言い出すとは思わなかった。だが管理局は非売品だ。許可できない。」

「そう。ならそのうち勝手に買うからいいわ。」

「待て。そんなことができるのか?」

「愚問ね。貴女、管理局の出入り業者の何割がクイーン集団の傘下か知っている?職員の家族の何割が傘下の企業で働いているか、イレギュラーキューブの流通の何割をクイーン集団が独占しているか知っているのかしら?」

思わず顔を上げる。目の前の彼女はその赤と青の瞳でじっと見つめていた。その真意を問いただすように局長もじっとその目を見つめる。

しばし無言で見つめ合っていたが、フイとエイレーネーが目を逸らした。

「冗談よ。まだ全ては押さえてないもの。」

「その言葉が本当であることを祈ろう。貴女の冗談は心臓に悪い。

...待て、まだとはどういうことだ?」

「ごめんなさいね。それで賭けの内容なのだけど...」

「冗談ではなかったのか?」

「管理局を買うという話は冗談よ。でも賭けの話は本気よ?」

「...わかった。内容を聞こう。」

「私が勝ったらあなたの時間を貰うわ。毎週この時間にチェスをしましょう。」

先ほどの要求と比べればえらくささやかな内容であった。どのような条件を突き付けられるか身構えていた身としては拍子抜けだ。

「それくらいであればいいだろう。では私が勝った場合は?」

「賭けるなら同じものにしましょう。あなたが勝ったなら私の時間をあげるわ。書類仕事でも任務でも、チェスの相手でもお好きにどうぞ?

でも残念ね。チェックメイト。」

いつの間にか白のキングの逃げ道は無くなっていた。

「それじゃ、来週を楽しみにしているわ。」

 

 

 

 

エイレーネーにとって賭けの勝ち負けはどちらでもよかった。

エイレーネーは勝てる勝負しかする気はなかったし、実際に勝っている。

しかし、共犯者にして宿敵である局長ならば何か突拍子もないことで負けを突き付けてくるのではないかとも思っていた。

「...フフッ」

思わず鼻歌がこぼれる。

毎週の楽しみが生まれたからだが、それだけではない。

エイレーネーはチェスの時間のために局長の仕事を手伝う用意もしていた。

つまり、勝っても負けても局長との時間は得られたわけだ。

 

今はこれでいい。

 

盤上で、互いのことだけを思い、擬似的な殺意をぶつけ合う時間に思いを馳せながら、そう独り言をこぼした。




エイレーネーは直接的なアプローチはしてこないけどいつの間にか局長の隣にいるみたいなことしてきそうという一念から生まれた文章
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