学院長室に二人の少年少女の姿があった。ルイズとサイトである。彼らの正面にも二人の姿があった。長い白髪の髭をした、いかにも魔法使いという容貌の老人。学院長であるオールド・オスマン。そして召喚の時にルイズと共にいた中年ハゲ教師のコルベールだ。
決闘の翌日。一限目の授業を欠席させられ、呼び出されたのだった。
最初ルイズ達は決闘したことを怒られるのかと思っていた。だが、そうではなかった。ただ釘はさされたが。
「さて本題に入ろう。二人共心して聞くように。それとこれからはなす話は他言無用じゃ」
ついさっきまで飄々とした雰囲気を醸し出していた老人が、重々しく話し始めた。彼の言葉に頷く二人。
「ミスタ・ヒラガ・サイト……じゃったかな」
「はい」
「人間を使い魔として召喚した例は、この学院では初めてでな。というか、人間を召喚したメイジなど聞いたことがない。つまり君は、特別だという事じゃ」
「……はい」
ルイズの話からなんとなくは思っていた。使い魔としての自分の立場は、例外中の例外だと。
するとオスマンの隣に立っているコルベールが口を開いた。
「単刀直入に言おう。君のルーンは『ガンダールヴ』に刻まれていたものだ」
「ガンダールヴ?」
「伝説にある始祖の使い魔の一人だ」
「え?」
呆気にとられる才人。思いつくキーワードは陳腐なものばかり。選ばれし勇者とか、最強の英雄とか。世界の救済者とか。大昔のアニメかとか思ってしまう。
もっとも、見かけや筋を変えて、似たような作品は今でも出ているのだが。
だがその時、ふと別の思いが過る。視線を隣に向けた。ピンクブロンドの少女へ。
「それじゃ、俺を呼び出したルイズにも何かあるんです?」
伝説の使い魔を呼び出した者が、ただの人間という事はないだろうと、素直な疑問からだった。
だが答えは芳しくない。
「分からん。正直言えば、『ガンダールヴ』について分かっている事はほんのわずかじゃ。その者は、あらゆる武器が使え、千の兵に匹敵する力を持つと」
「あらゆる武器……」
才人は言葉をなぞる。
確かに大剣を握った時だけ、バフが発動した。そして異常なバフの割合。一騎当千と言われても納得してしまう所はある。
だがすぐに疑問が浮かんだ。あらゆる武器という言葉に。
「石、握っても、その力は使えるんです?」
「な、何じゃと?」
オスマン達は、一瞬何を問われたのか分からなかった。
「石だって武器になるでしょ?逆に、矢のない弓握っても能力使えるんでしょうか?」
こんな事を思いつくのは、散々ユグドラシルなどのゲームをプレイしていたからこそなのかもしれない。
ゲーム中、椅子で相手を殴ればダメージが与えられる。だが椅子は武器ではない。レベルが低い頃、弓矢の矢を使い切ってしまって逃げ出す羽目になった事もあった。弓だけではダメージを与えられないが、武器には違いない。
あらゆる武器というが、その武器の定義なんなのか。これはある意味重要だった。
石が武器となるなら、もはやなんでもいい。ペン、フォーク、棒切れでも。それらを左手に縛り付けてしまえば、常時ガンダールヴの能力が使える。正真正銘ぶっ壊れパッシブスキルとなる。左手から武器が離れてしまう問題も解決だ。
だがオスマン達は首を振るだけ。やはり答は分からないというもの。自分で確かめるしかないらしい。
オスマンは姿勢を正すとサイトへと向き直った。
「それで、君は一体どこから来たのかね?正直、ハルケギニアの住人には思えん」
「……異世界からです。って通じます?」
「異世界?」
「この世界とはまっーたく繋がりのない世界です。俺がいた世界は、地球って呼ばれてました」
「……」
オスマンはサイトの言葉を耳に収めると、コルベールと何やら話し合った。そしてしばらく考え込む。
「理解し難いが、納得するしかないのじゃろうな。分かった。そういう事でいいじゃろう」
いいのかよと胸の内でツッコミを入れる才人。
それからしばらく話は続いたが、要はあまり目立つ行動はするなというもの。ガンダールヴがなんなのか、ほとんど分かっていないので。最後にオールド・オスマンから一言告げられる。
「ミスタ・ヒラガ。君はロバ・アル・カリイエ出身という事にしてくれんかの?」
「ロバ……え?」
「ハルケギニアからはるか東に離れた場所の土地の名じゃ。先程言ったように、君はハルケギニアの人間に見えん。そいう事にしておれば、少しは厄介事を避けられるじゃろう」
「分かりました」
やがて二人は学院長室から開放される。ほとんど得られるものはなかった。特別な立場という事だけ以外は。
才人はぽつりとつぶやく。
「いきなり始祖の使い魔とか言われてもなぁ」
「……」
「ルイズも、特別の何かなんじゃないの?始祖の使い魔の主様だし」
「そんな訳ないでしょ!だって、魔法も……」
いきなり怒鳴りだした少女に、当惑する才人。何かまずい事でも言ったかと。
すると急に、ごまかすようにルイズはサイトを指さした。
「と、とにかく!今度は私が聞く番だからね!」
「お、おう……」
ただただ気圧され、頷くだけのガンダールヴであった。
寮の部屋に戻る二人。次の授業までまだ時間はある。話くらいはできるだろう。
ルイズはベッドに座り、サイトは椅子に座っていた。ピンクブロンドの少女は開口一番。
「私はサイトの全てが知りたいわ」
「えっ!?」
一瞬、思考を停止する少年。
「も、もしかして……お前……俺に気があるとか?」
「バ、バカなの!あんた!」
「ごめんなさい!ごめんなさい!」
学院長室での話の流れからして、何故こんな考えが浮かんだのか才人自身にも分からなかった。もしかして、気があるのは自分なのでは、なんて考えすら出てくる。微妙に体温が熱くなる始祖の使い魔。
そんな彼に構わずルイズは尋ねた。
「学院長室で全部話さなかったでしょ」
「まあな。話長くなりそうだし。納得させるのも難しそうだったから」
「私には話して。サイトって一体何者なの?」
「そうだなぁ……」
天井を仰ぎ考える才人。どこから話すべきか。いや、どうやれば伝わるのか。
22世紀初頭の地球人の姿だが、電脳ゲームであるユグドラシルの能力が何故か使える少年……。理解させられそうにない。むしろ、ゲームやらアニメやらっぽく説明した方がいいかもと考えた。
「異世界って言ったろ?」
「うん」
「俺、異世界を何回も移動してんだ」
「ええっ!?」
思わず、前のめりになるルイズ。
「大元の世界は地球っていうんだけど、そこじゃ、あちこちの異世界に行くことができるんだ。ほら、この前首の付け根につけたこれで」
そう言って、小箱からアダプターを取り出す才人。まじまじとルイズはその小さな四角いものを見る。才人は話を続けた。
「いろんな異世界にいったぜ。市長になって街づくりする世界とか、王様になって国を発展させる世界とか、戦争だらけの世界とか」
「戦争だらけの世界!?」
「FPS……よく行ったのはその世界かな」
「な……!こ、怖くないの?」
「それがさ。死なないし怪我もしない世界なんだよ。まあ、ある程度攻撃受けたら罰則はあるけど」
「し、死なない!?」
混乱するルイズ。不死の世界なんてものがあるのかと。もちろんこれはゲーム内の話だ。FPSで撃ち殺されても、リスポーンするだけである。
怪訝な顔でサイトを見るルイズ。
「もしかして……あんたって、結構、野蛮な性格してんの?」
「なんで?ああ、戦争してるからか。そうは思わねぇけど……。まあ、ストレスの発散かな。嫌な事があったら、物に当たるみたいなんもん?それにやってる間は、他の事考えなくて済むし」
「ふ~ん……」
ルイズも言っている事は分からなくはないが、いくら死なないとは言え、気分解消の方法が戦争とは。サイト達の世界の感覚に、少々引いてしまう。
まだまだ話は続く。
「それでこっちに来る直前にいたのが、ユグドラシルって世界。いろいろ冒険する世界かな。魔法とかモンスター……魔獣とかがいる世界で、俺が持ってる鎧とかもその時使ってたもんなんだ。仲間といっしょに作ったゴッズアイテム……一級品だ」
「……」
ふとルイズは床に置かれている豪奢な鎧に視線を送る。それで理解した。何故サイトが泥棒と言われ怒った本当の理由を。聖堂騎士がどうこうではなく。仲間との思い出の品を、盗んだと言われたからだった。彼女は思い違いに気づいた。急にまた申し訳ない気持ちが、漂ってくる。
「その……。悪かったわ。泥棒とか言って」
「いや……。その話はもう終わったろ」
「けじめよ、けじめ」
「?」
何故また謝っているのか才人には分からなかったが、一つ分かった事がある。この目の前の小さな少女は意地っ張りな所もあるが、誠実な所もあるらしい。
「あ、そうそう。ユグドラシルじゃ、一応、聖騎士だったぜ」
「えっ!?やっぱり聖堂騎士だったの!?」
「こっちのヤツとは違うと思うけどな」
「そう……なんだ」
何故かルイズどことなく、元気がなさそうに見えた。気のせいと思い才人は話を続けた。
「それでユグドラシルにいる時に、ハルケギニアに引き込まれたって訳」
「さっきの首に差し込むヤツで戻れないの?」
「やってみたけど、できなかった」
「私が使い魔契約しちゃったからかしら……」
「それも分からん」
「……」
ルイズはよく考えもせずに契約を結んでしまった事に、少し後悔していた。進級するためには使い魔が必要。あの時はそれしか考えてなかった。相手の都合など全く。
ポツリとつぶやくように尋ねるルイズ。
「帰りたい……?」
「……。親に顔は見せたいと思うよ。だけど……帰りたいかと言われると分からん」
「なんでよ?故郷でしょう?」
「実はさ、地球ってある意味、こっちより酷いんだよ。食べ物はまずいし。身分格差も酷いし。道具ないと空気吸えないし」
「く、空気吸えない?何よ、それ?だ、だって異世界に簡単に行けるほどすごい技術があるんでしょ?普通に空気吸えないとか、何なのよ」
「酷いから、異世界でウサ晴らしてんだよ」
「……」
言葉がない。
なんという世界にいたのだろうか。空気もまともに吸えないとは、どんな世界なのか想像もつかない。
少なくともこの目の前にいる少年は、もはやただの平民などとは呼べない。いや、魔法が使える時点で平民ではない。ガンダールヴといい、いろんな意味でとんでもない使い魔だ。自分には、不釣り合いなくらいに。魔法も満足に使えない自分には。ルイズの心に暗いものが過る。
やがて時間が来る、次の授業の時間が。
広場に生徒たちが集まっていた。ルイズの次の授業は、使い魔との連携という内容だった。そのため、全ての生徒が使い魔を連れてきている。その中でもひときわ目立つのがルイズの使い魔、ヒラガ・サイト。
聖堂騎士かというような立派な出で立ちに、ギーシュを一蹴した実力。生徒たちは、宗教庁の聖堂騎士が授業視察に来たような気分にさせられる。
だが目立っているのは彼だけではない。他にも目を引く使い魔はいる。
この学年で唯一のドラゴン、風竜の使い魔がいた。他の使い魔が大きくても人の背丈を超えるレベルというのに、この巨体では目立たない訳がない。それに後一体。幻獣であるサラマンダーの使い魔。こちらも幻獣というだけで珍しい存在だ。
その二体の主は、前者をタバサ、後者をキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーという名の女生徒だった。ちなみに彼女たちの使い魔には、名がつけられている。タバサの風竜はシルフィード、キュルケのサラマンダーはフレイムと言う。
二人はまさしく真逆。青髪で小柄な少女のタバサ、赤髪ロングの褐色肌で、歳をごまかしているのではないかというくらいのわがままボディのキュルケ。さらに性格も真逆、タバサは無口、キュルケは快活。
しかもこれだけ違うのに、何故か二人は仲が良かった。あえて共通項を上げるとしたら、学院でもかなり上位のメイジで、それぞれガリア、ゲルマニアから来た留学生という点だろう。
今日の授業の担当はシュヴルーズという中年の女性だ。四つある系統魔法の中で、土系統を得意としている教師だ。彼女がターゲットとなるゴーレムを作り出し、それを主と使い魔で連携して倒すというもの。その連携具合を採点するそうだ。
才人はルイズに話しかけた。
「どうする?俺がやるか?」
「あんた一人でやってどすんのよ。今日は連携の授業なのよ」
「そうだけど……」
才人は口ごもってしまう。その先の台詞を、とても言えなくて。
召喚されてまもなく。使い魔の顔見せのような授業があった。担当教師は同じシュヴルーズだ。その時は装備のない状態参加した。授業内容自体は普通のもので、魔法を習うというしろものだ。
その授業で、授業内容の確認として魔法の実演をする事となった。それに立候補したのがルイズだった。しかし結果は散々なもの。彼女が魔法を使うと、何故か爆発が起こった。おかげで教室はメチャクチャに。生徒たちからは非難轟々。
その罵声からなんとなく分かったが、どうもルイズはまともに魔法を使えないらしい。
少しばかり後に知ったが、彼女はゼロのルイズと呼ばれていた。一瞬、ゼロとはなんのことかと思ったが、使える魔法がゼロという意味らしい。要は陰口だ。
魔法が使えてこその貴族。ここハルケギニアではそういうふうに考えられているようだ。では魔法の使えないルイズは。
やけに突っかかる態度を見せることがあるが、やはり貴族のくせに魔法を使えないというのを気にしているのだろう。その程度は、才人でも察する事はできた。とは言っても、どんな言葉をかけていいか分からない。
そして今、その魔法を見せないといけない授業をやることになっている。どう連携すればいいのか。ルイズの爆発に合わせて、上手くいったかのように見せるか。アドリブまみれで成功しそうな気がしない。
すると不意に脇から声がかかった。
「サイト。私たちの番よ」
「え……」
なんの案もない才人は成り行きに任せることにした。ルイズが指示を出す。
「私が、ファイヤーボールでゴーレムの足を狙うわ。動きが鈍った所をあなたが切って」
「あ、ああ……」
準備完了とばかりに前に出る二人。シュヴルーズが魔法を発動し、ターゲットとなるゴーレムを作り出した。攻撃はしてこないが時間制限がある上に、ギーシュのものよりよほど出来がいい。動きも変則的だ。
ルイズが杖を構えた。詠唱完了と同時に魔法名を叫ぶ。気合でも入れるかのように。
「ファイヤーボール!」
爆発が起こる。予想通り、火の玉なんて出てこない。しかし、その破壊力は馬鹿にならなかった。
ゴーレムの足元で発生した爆発は、ゴーレムを宙へと飛ばしてしまう。しかも生徒達に向かって。
「ま、まずい!」
才人は慌てて、飛び上がるとゴーレムを大剣の腹ではたき落とす。ゴーレムは逆の方へと転がっていった。
「間に合った……」
着地して大きなため息を漏らす聖騎士。ルイズの方を向いてサムズアップ。ただし左手で。すると急に力が抜けて、また倒れた。だが剣は右手にある。すぐに持ち替え、立ち上がる。
何事もなかったかのように、ルイズに近づいた。
「う、上手くいったな」
「どこがよ!」
「いや、ほら、ゴーレム倒したし」
「それは、あんただけで……」
何かを言いそうになったタイミングで、シュヴルーズの声が飛び込んできた。
「合格としましょう。一応、ゴーレムを倒せましたからね」
「……。ありがとうございます」
ルイズは一応の感謝だけを口にして、元いた場所へと戻っていった。不満げな態度のまま。
その隣に腰を下ろす才人。主である小さな女の子が、何を考えているかはだいたい想像はつく。またも、魔法が使えなかったと。しかしだからと言って、何を言っても慰めになる気がしなかった。
それはともかく、また力が抜けた。何気ない動きで。これは本格的に、左手対策をしないといけない。
実はここに来る途中、石でガンダールヴが反応するか試した。しかし無反応。やはり武器と称されるものでないと、ダメらしい。
授業が終わるまでに何か手はないかと考え込む、異界の聖騎士。すると一つのアイデアが浮かんだ。
今日の全ての授業が終わり、すっかり日も落ちていた。
才人はさっそく昼に思いついたアイデアを、未だに不機嫌なルイズに話す。
「ちょっと相談があるんだけどさ」
「何よ」
「ほら、俺のガンダールヴって左手に武器もたないといけないだろ?」
「あ……ああ。そんな話だったわね」
「けど、俺って右利きでさ。つい左手から武器離しちまうんだよ」
「まずいじゃないの。どうすんのよ?」
「不注意で力が使えなくなるってのは、使い魔としては問題だからさ。それで、ちょっと考えたんだ」
「ふ~ん……。その考えって?」
「両手に剣を持つ!つまり二刀流になる!」
さも画期的なアイデアかのように宣言する才人。一方のルイズは半ば呆れていた。
「単純ね。あんたって」
「悪くないだろ?」
「まあ、私は剣の事なんて分かんないから。あ!何?もしかして、剣買ってくれって話?」
「さすがご主人さまだぜ。頭いいな」
「調子のいいこといわないでよ」
「でも、俺金ないし。誰かにくれって言う訳にもいかないしさ。使い魔の面倒は、やっぱご主人さまが見るべきだと思うんだよ」
「使い魔、使い魔って……。分かったわよ。丁度明日休みだから、トリスタニアに行ってみてみましょ。ただ言っとくけど、私もそんなにお金もってないから」
「え?名門のお嬢様じゃないのか?」
「お母さまが厳しくて、あんまりお金くれないのよ」
「そうか……。まあ、いいや行ってみてからの話だ。じゃあ、明日な」
「うん」
ルイズの表情は少しばかり明るくなっていた。
才人は話した甲斐があったと、口元を緩める。あの授業から少し落ち込んでいたルイズの気をまぎらわすことができればと思ったが、無駄ではなかったようだ。
そして翌日。二人はトリステイン王国の王都、トリスタニアに向かう事になる。