世界征服なんて面白いかもしれないな   作:ふぉふぉ殿

20 / 52
二つの戦い

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓。いつもはアインズが使っている執務室の椅子に、一人のサキュバスが座っていた。守護者統括アルベドである。

 今は重要度の低い案件を処理していた。高いものは分けて置いてある。後にアインズの判断を仰ぐために。

 

 その部屋にノックの音が響いた。

 

「どうぞ」

 

 アルベドは入室を許可する。見えた姿は第七階層守護者デミウルゴス。知恵者と呼ばれ、ナザリックの中でも重要度の高い仕事を任されている悪魔だ。

 デミウルゴスはわずかに部屋を見渡すと、アルベドの前まで来た。

 

「アインズ様はどちらへ?」

「情報収集のために、ハルケギニアに向かったわ。そこで、また傭兵モモンとして動かれるそうよ」

「モモンとして?」

 

 情報収集のためなら、アインズの姿で動く訳にはいかないだろう。ただモモンの姿というのが、引っかかるものがある。

 

「モモンとしてなると、単に情報収集のためだけではないのでしょうね」

「ええ……。複数の目的が含まれると考えるべきだわ」

 

 アルベドは思い返していた。モモンという傭兵になるという一手が、これほど早くロバ・アル・カリイ統一を導いたのだと。

 モモンによって暴走したビャールナン王は国民を遠ざけた。結果、アンデッドの王を支持する人間達が出現する事となる。その存在は、寛容さの証明という飴となったはずだ。ナザリックは強大な力という鞭はあったが飴はなかった。アインズはそれ作り上げたのである。飴と鞭が、効果的に機能した結果が今であると。

 当時のアルベドには、思いつかなかった方策だ。

 

 ふと彼女が見上げた先の悪魔、デミウルゴスは顎に手を添え考える仕草をしていた。そして口を開く。

 

「しかしハルケギニアに向かったとなると、デザートエルフの支配は後にするというおつもりなのか……。東西からデザートエルフを挟撃?あるいはハルケギニアを囮に使う?」

「私たちには、思いもよらない手をお考えかもしれないわ」

「確かに。知略極めたお方です。私たち程度の者が及ぶ所ではありません。だからと言って、命が下るまで何もしないというのも、アインズ様の配下としての名折れです」

「そうね。いくつか想定しつつ、準備を進めておきましょう」

 

 頷くアルベド。そしてその点をメモに取ると、デミウルゴスに問いかける。

 

「それで、あなたはアインズ様へ何の用件で会いに来たのかしら?」

「空軍運用の案と、各種不足気味のアンデッドの素材収集の案をご覧になってもらおうと思いまして」

「私にも見せてくれないかしら?」

「かまいませんよ」

 

 そう言って、いくつかのファイルにまとめられた書類をテーブルに置いた。それを手にするアルベド。素早く目を通すが、優秀な彼女は内容を見落とさない。

 しばらくしてファイルを閉じる。

 

「私もこの案で大丈夫と思うわ。アインズ様は、余裕ができれば戻るとおっしゃっていたから、その時にでも私が伺ってみましょう」

「ああ、それでしたら私が直にお聞きします。戻られたら伝えてもらえませんか?」

「あら、承認を早くもらえた方が仕事も早く進むと思うのだけど。メッセージを使えば、あなたを呼び出す時間を節約できるんじゃないの?」

「…………」

 

 デミウルゴスは黙り込む。

 ときどきこの守護者統括は、こういうアインズを独占したいかのような態度を見せる時がある。確かに、アインズから自分を愛するようにと命を受け、彼女自身もそれを誉かのように吹聴する時がある。しかしデミウルゴスも、忠義においては彼女に負けている気はない。寵愛を独り占めされてしまっては、たまらない。ただ、こんな事で争ってもしようがないのも確かだ。

 一つため息を付くと、諦めるように言う悪魔。

 

「直にアインズ様のお声で、私の案の評価を頂きたいからです」

「フッ……。分かったわ。それじゃお戻りになられた声をかけるわ」

「よろしくお願いします。では」

 

 デミウルゴスは踵を返すと、出口へと向かった。魔導国運営の案を考えるよりも、この守護者統括を相手にする方が疲れると思いながら。

 

 

 

 

 小屋のある森の中に開けた場所では、巨大な土のゴーレムと純白な鎧を着込んだ聖騎士が対峙していた。その後ろには降り立った風竜が。その風竜に三人の女生徒が乗ろうとしていた。一人は、破壊の杖を手にしている。

 そんな様子を、木の陰から覗き見る緑髪の女性が一人。馬車の側で待機しているはずのロングビルだった。彼女こそが、盗賊土くれのフーケである。

 

 破壊の杖を狙い、フーケは秘書ロングビルというカバーで学院に侵入。宝物庫の壁にヒビが入るという幸運を利用し、まんまと奪い去った。

 ただ奪ったのはいいが、この秘宝の売値をもう少し釣り上げたかった。学院の鑑定書がついてはいるが、これはあくまで場違いな工芸品としての証明にすぎない。アイテムの効果を示すものではなかった。

 そんな時、どんな武器でも扱える使い魔、ガンダールヴの話を耳にした。学院長室のドア越しに。秘書としての立場が役に立った。そこで、これを使わせてみることにしたのだった。そうすれば、どのようなものか分かるだろうと。この仰々しい名前の通りのものなら、売値はより高くなるはずだ。

 そこで罠を張った。ガンダールヴと主を連れ出し、主を守らねばならない状況へ嵌めるために。ガンダールヴのサイトとかいう少年が、ギーシュという生徒を倒したのは知っている。しかし、トリステイン魔法学院の生徒達のものは自分のゴーレムの足元にも及ばない。彼らを、追い込むのは簡単と考えていた。

 計算外と言えば、コルベールが付いてきたことだろう。だが彼も罠に嵌めた。今は、ここの反対側をうろついているはずだ。自分を探すために。

 馬車の側で悲鳴を上げた後、人を抱えた姿のゴーレムを作り出す。それを森の奥へと走らせた。彼はゴーレムを、自分を攫った犯人と思い追いかけて行った。だが、ゴーレムはほどなくして土に帰る。今、コルベールは、居もしない人攫いを探し回っていた。

 

 フーケは、一時的に土のゴーレムの動きを止めると、飛び立とうとするシルフィードの足元に杖を向けた。

 

「破壊の杖持っていかれちゃ、困るんだよ」

 

 そして錬金を唱える。系統魔法は同時に二つの魔法を唱えられない。別の魔法を使いたかったら、一方の魔法を解除しないといけなかった。

 

 シルフィードの足に、掴みかかるものがあった。大地から土の手が伸び掴む。するとすぐに、鉄のように固くなる。飛び立つ瞬間を止められたため、その反動で風竜から転げ落ちる三人と一匹。

 

「きゃ!」

「痛っ!」

「!」

 

 盗賊はその様子を確認すると、またゴーレム操作に注力する事にした。

 

「さてとガンダールヴの力、使ってもらわないとね」

 

 だが、彼女は知らなかった。聖騎士が使おうとしている力は、ガンダールヴのものなどではないと。

 

 巨大ゴーレムの拳が勢いよく降りてくる、しかしその標的は才人でもルイズ達でもなかった。風竜であるシルフィードだった。まずは、逃げ足を奪うのがフーケの狙いだ。

 タバサから悲鳴のような叫びが上がる。シルフィードの鳴き声も。

 

「シルフィード!」

「きゅい~っ!」

 

 だが、土の拳は風竜に届かなかった。前に立ちはだかる純白の聖騎士によって、止められていた。左手の豪奢な盾によって。

 

「こんなもんかよっ!」

 

 才人は拳を押し返すと同時に、盾を横殴りに叩きつける。

 

「盾強打!」

 

 文字通り、盾での攻撃を多少上げるスキルだ。プレイ初期の頃に習得したスキルである。上昇率はわずかな割には、使用回数上限はほどほどという半端なスキル。しかしその低位のスキルで。ゴーレムの拳はなくなっていた。基本スペックの高さのためだ。しかもすでに各種補助魔法、情報系魔法を発動済みなため、全パラメーターはさらに上昇していた。

 そして追い打ち。スキル発動。

 

「八艘斬り!」

 

 有名武将の逸話を由来とする斬撃系のスキル。八方に高速移動しながら斬る攻撃だが、そのスピードは瞬間移動したかという程速い。しかも地形効果を無視し、地上はもちろん空中、水中、地中すらも同じ速度で移動できる。攻撃事態は固定されておらず、それまでのバフ等の補助効果もそのまま。使用者が強くなるほど、応用範囲が広くなるスキルだった。当然のスキル使用回数上限は少ない。

 

 30メートルもあった土のゴーレムは、あっさりといくつもの土の塊にされ、地面に土の山を作り出す。

 戦いはあっけなく終わった。ただ一方で、才人の脳裏に疑問が浮かぶ。

 情報系魔法で、ゴーレムのHPとMPが見えていた。それはゴーレム自身を纏う光として。しかしその内容はおかしなものだった。HPが全くなく、代わりに何故かMPがあったのだった。量自体はわずかだったが。 ユグドラシルのゴーレムとまるで違う。MPがHP代わりだったのだろうか。ただそれにしては、図体の割にMPの量が少なすぎるのも気になった。

 

 サイトにおかげで無事に済んだ三人と一匹は、唖然とした表情を浮かべる。あれほど巨大なゴーレムが、あっさりと粉々になった。

 キュルケが驚きを抑えきれずに、尋ねてくる。

 

「ルイズ……。あんたの使い魔、何者よ……」

「……。こんなに強かったのね」

 

 ルイズにはキュルケの問いかけが耳に入らない。強い事は知っていたが、想像のはるか上を行っていた。そして同時に思った。この力も、やがてなくなってしまうのだと。

 

 三人の方へ振り返る才人。だがその時、ふと気づいた。土の山のMPの光が消えていない。

 

「まずい!」

 

 瞬時に三人の前へと戻る純白の聖騎士。

 ルイズが驚いて、尋ねてくる。

 

「どうしたのよ?倒したんじゃないの……え!?」

 

 サイトから答えを聞き出す前に、またゴーレムが創造されていく。土の山が人の形を成していく。

 背を向けつつ尋ねる才人。

 

「どうなってんだよ!滅んだんじゃなかったのかよ!なんか知ってるか?」

「フーケの魔法は続いている。フーケの精神力が切れない限り、何度でも蘇る」

 

 タバサの淡々とした答え。

 要は、盗賊のMPが枯渇するか、捕まえない限りにこの戦いは続くという意味だ。だが当のフーケはどこにいるか分からない。あのわずかに見えるMPは、魔法の効果が切れてないという意味だったのだろう。

 そして才人に残された時間もそう多くはない。システムアラートメッセージに表示されている、アダプターのバッテリー残量はほんの僅かだ。

 

 才人はまたもスキル八艘斬りを使用。あっさりとゴーレムを粉々にするが、やはりMPは見える。フーケの精神力、魔力は切れていない。

 その時、たまたま目に入った。森の中。MPの量を表す光が。木の陰から。つまり森の奥にメイジがいる。この状況で魔法を使える存在がこの場にいたとしたら、フーケ以外に考えられない。

 

 ゴーレムがまた復活しようとしているわずかな間。聖騎士は盛り上がっていく土の山と対峙しつつ、後の三人に声をかけた。

 

「フーケを見つけた。小屋の右から2メイル離れた一番でかい木の奥。5メイルほど行った木の陰に隠れてる。俺が派手に暴れて意識をこっちに集中させるから、捕まえてきてくれ」

「私が行く。みんなはここで待ってて」

 

 タバサがすぐさま反応した。するとキュルケも追いかけようとする。

 

「私も行くわ」

「ダメ。みんながいなくなると、気づかれる」

「……そうね。タバサ、気をつけなさいよ」

「分かってる。シルフィードをお願い」

「ええ、任せて!」

 

 キュルケは手にした杖をさらに強く握った。

 そしてゴーレムは先程と同じ威容を蘇らせる。巨大な姿を。

 才人は大剣を握り直し、気合を入れ直す。

 

「さてと、ボコボコにしてやる。フーケを、パニクらせてやるよ」

 

 才人はフライの魔法で高く飛ぶ。大剣の腹を見せ、落ちるようにゴーレムへと飛びかかる。

 

「比良弾き!」

 

 大剣の幅の広さを生かした、シールドチャージのようなスキル。攻撃力は大したことないが、ノックバックが大きめで混戦状態の仕切り直しに使う事が多い。タンク役をする時に役に立つ場合もある。

 ただここでは、ゴーレムを転ばせるために使った。高度から浴びせられた攻撃に、ゴーレムは地面へと叩きつけられ仰向けに倒れ込む。

 そして追撃。

 

「ライトニング!」

 

 巨大ゴーレムの足から頭まで、稲光が突き抜けた。

 ユグドラシルのライトニングは系統魔法のライトニングと違い、純粋な電撃魔法ではなく貫通効果を持つ。

 才人は聖騎士だが、低位の攻撃魔法も少しは使えた。育成方針が迷走していた時に習得したものだ。後には、せいぜい牽制や目眩ましなど戦いのアクセント程度にしか使わず、純粋な攻撃にはあまり使わなかった。レベル上がると、同格に効果が乏しくなったのもあるのだが。

 しかし今相手にしているゴーレムには、効果十分だった。足から頭まで穴が開いていた。

 

 唖然とした顔が木陰から覗いていた。フーケだ。

 

「な、なんなんだい!あいつは!あ、あれがガンダールヴの力!?いや、魔法も使ってたじゃないか!え!?じゃぁ何だよ……あいつは……」

 

 信じがたい光景に意識を奪われていると、不意に声がかかった。背後から。

 

「あなたがフーケだったのね。ミス・ロングビル」

「!?」

 

 思わず振り向いた先には、杖を向けたタバサがいた。慌てて杖を彼女へ向けようとするが、一手遅かった。杖の先から薄いモヤのようなものが発生し、フーケの頭を包み込む。急に眠気に襲われるフーケ。

 系統魔法『スリープド・クラウド』だ。このモヤに包まれた者は、眠ってしまう。精神力、魔力が残っていれば対抗もできるが、フーケはゴーレムに精神力を使いすぎた。そのまま意識を失ってしまう。

 

 穴の開いたゴーレムに大剣を構えたままの才人だったが、剣を下ろした。MPの反応がゴーレムから消え失せている。どうやら事は終わったらしい。

 ルイズが後ろから話しかけた。

 

「どうしたの?倒した?」

「ああ、魔法が止まった。多分、タバサがフーケ捕まえたんじゃないかな」

 

 そう答えると同時に、森から青髪の少女が現れた。稀代の盗賊を背負って。その体格に似合わず、意外に力がある。

 キュルケが駆け寄った。

 

「大丈夫?怪我はない?」

「無傷。後ろからスリープド・クラウドかけただけだから」

「さすがね」

 

 まるで我が事のように、嬉しげに頷く赤毛褐色の少女。その時ようやく気づいた。フーケの正体に。一斉に声が上がる。

 

「「ミス・ロングビル!?」」

「そう。彼女がフーケの正体」

 

 呆気にとられる一同。すると才人が疑問を口にする。

 

「あれ?それじゃ、さっきの悲鳴は?」

「あれは罠だと思う。ミスタ・コルベールが心配。みんなで探してきてほしい」

「分かった。ルイズ。行くぞ」

 

 才人はルイズを抱えると、フライの魔法で馬車の方へ飛ぶ。飛んでいく二人を見上げながらキュルケが零した。

 

「ミスタ・コルベールも頼りないわね。まあ、付いてきてくれただけでも他の教師よりマシだけど」

「キュルケも探しに行ってほしい。人手は多い方がいい」

「タバサは?」

「シルフィードを助ける」

「ああ。分かったわ。助けたらすぐ来なさいよ」

 

 キュルケは未だ、足枷で動けないシルフィードを少しばかり視線を向ける。すぐに気持ちを切り替え、使い魔であるフレイムを抱えるとフライの魔法でサイト達を追った。

 

 彼らの姿が見えなくなると、タバサは風竜の方を向く。足には手の形をした鉄の塊が付いていた。実はこれを外すのは簡単だった。ただ、その方法を見られる訳にはいかない。なので彼らを遠ざけたのだった。

 タバサはシルフィードに声をかける。

 

「シルフィード。姿を変えて」

「分かったのね」

 

 風竜が言葉を返してきた。いくら使い魔になれば知能が上がるとは言え、話せなかったものが、話せるようになる事はない。

 シルフィードは、ただのドラゴンではなかった。風韻竜と言われる知能が元から高く、話す事のできるドラゴンだった。しかも先住魔法を使えるという稀有な存在だ。

 これは友人であるキュルケどころか、誰にも言っていない。

 

 シルフィードは魔法を唱える。

 

「我をまとう風よ。我の姿を変えよ」

 

 『変化』という先住魔法だ。やがて人の姿となる。その姿は二十歳前後の女性という姿だった。キュルケほどでないが、なかなかのスタイル。

 足の太さも人間並になったので、あっさりと枷から抜ける。

 

「もう!痛かったのね!なんで、変身していいって、言ってくれなかったのね!」

「いきなりだったんで、思いつかなかった」

「あの白いのが守ってくれなかったら、死んでたかもしれないのね!」

「……。ごめん……」

 

 青髪の小さな少女はうつむくと、後悔を浮かべる。咄嗟のことだったなど、ただの言い訳だ。

 サイトが守ってくれなかったら、あの白騎士があれほどの力を持っていなかったら、シルフィードは死んでいた。だがシルフィードは助かった。彼のおかげで。大きな借りを作った。いつか必ず返すと、心に刻む。

 

 それにしても、彼は一体何者なのか。

 豪奢で頑丈な鎧に身を固め、巨大ゴーレムを殴り倒し粉砕するほどの膂力に、魔法まで使う。異例の人間の使い魔というだけでは、説明できる気がしない。この表情の乏しい小さな少女が、彼に対して興味を持ち始めていた。その特別な立場とは別に。

 

 やがて、ルイズ、サイト、キュルケ、タバサと使い達。そしてコルベールは馬車の元へ集合した。眠らせたままのフーケを、馬車にのせ。

 皆が集まった時、コルベールは盛んに頭を下げていた。リードする立場であるにも関わらず、まんまと罠に引っかかったのだから。そしてフーケの正体がロングビルと知って、さらにショックを受ける。他の教師が動かない中、進んで参加したというのに、評判を下げるという散々な結果となってしまった。

 

 揺られる馬車の中で、サイトは装備を脱いでいた。コマンドを使わずに、ガンダールヴの力を使いながら素手で。ルイズは並べられた純白で豪奢な装備を、どこか寂しげな目で見る彼が気になった。もしかしたら……という予感を感じながら。

 

 

 

 

 浮かぶ大地であるアルビオン。その北部の地、ニューカッスル。テューダー朝王家に残された最後の領地だ。

 夜の空に浮かぶ双月は、赤と青の光で岬にある城を照らしていた。この城は堅牢で知られている。陸地から攻めるには、城への道は狭く大軍が意味をなさない。他は空しかない。空中戦艦で攻める他ない。もちろん城には相対するように、いくつもの砲が外へと向けられていた。

 

 岬の外にはすでにレコン・キスタの大軍が陣を張っていた。一方で、空中艦隊の方は少々、集まりが悪かった。だからと言って少ない訳では無い。

 

 陸地の大軍の奥、本陣には爵位の高い貴族達が集まっていた。その中央にいるのが全軍の指揮を任されているホーキンス将軍だ。

 一人の貴族が口を開く。

 

「将軍。そろそろ、戦闘を開始してもよいのでは。いい加減皆も焦れています」

「まだ艦隊が十分揃ってない。城落としたのはいいが、空に逃げられたでは意味がない」

「今の数でも十分対応できると思うのですがね」

「足らん」

 

 きっぱりと言うホーキンス。

 一方で、問いかけた貴族の言う通り、少々軍が焦れてきているのも確かだった。この攻城戦はアルビオン内乱の最後の戦いだ。次の機会はないのだ。ここで武功を上げなければならない。それは終戦後の論功行賞に大きく影響するはずだ。このため、抜け駆けしようとするような雰囲気さえ漂っていた。特に領地の小さい、爵位の低い貴族達は。

 元々、反乱軍の集合体であるレコン・キスタは、まとまりに乏しいという欠点があった。ただ、それを補って余りあるほどの大軍である事も確かだった。

 

 

 

 双月の上がる夜。アインズ達は不可視化をかけた状態で、空中から戦場を見下ろしていた。

 

「ふむ……。あそこか」

 

 そう言って、レコン・キスタ側の端の陣にある小さな軍勢に視線を向ける。セバスの情報から決めたターゲットだ。

 

 

 

 

 今日もまた朝が来た。天幕に透けて入ってくる朝日で、ドーマー男爵の眠りは終わった。

 寝ぼけ眼なまま身を起こす男爵。その時、ふと妙な違和感が彼を襲った。おかしな夢を見たとでも言うべきか。頭の中をいじられたような感覚だ。

 

「朝から気分の悪い。こんな所で何日も待たされては、そんな気分にもなるか」

 

 全ては戦が始まらないせいだと、彼は思い直した。

 ここに陣を構えてから、もう何日が過ぎたのか。このままでは兵糧がもたない。貴族として最下位の爵位である男爵家の彼は、所領も小さかった。連れてきた兵も乏しい。だからこそ最後の戦いで、成果を出さねばならなかった。しかし兵糧不足で戦えないでは、何もかもが無駄になる。

 

 ベッドから降りると、使用人に指示を出しながら身だしなみを整える。そんな中、考えていた事は今日の日程。まずは、兵糧の残り具合を確かめる事が浮かんだ。すると、天幕の外から声が届いた。

 

「ロード、お目覚めになられていらっしゃるでしょうか」

「ああ、何の用だ?」

「その……。我等が陣に、モモンとシズカと名乗る者が来ているのですが。ロードとの契約により参陣したと」

「何!」

 

 慌てて天幕の外に出る男爵。待ち望んでいた者達がついに来たと。ただいつから待ち望んでいたのかは、よく憶えていないが。

 

「さっそく連れてきてくれ。客人待遇でな」

「は、はい」

 

 怪訝な表情を浮かべる伝令。そしてつい疑問を口にする。

 

「その……。つかぬことを伺いますが。モモンとシズカとは、どのような方たちなのでしょうか?」

「我が親戚の知人から紹介された、優秀な者達だ。この戦では必要不可欠な人物だ」

 

 ドーマー男爵は、紹介してもらった親戚と知人が誰だったか思い出せないが、自分がモモンとシズカに絶対の信頼を置いているのは確かだ。それだけで、参陣を許す十分な理由だった。

 対する伝令は腑に落ちない顔をしながらも、傭兵たちを呼びに行った。

 

 やがて漆黒のフルプレートに身を固めたモモンという騎士と、銃を持ったアイパッチをした少女、シズカが、案内される。天幕の外で、二人を大歓迎する男爵。

 

「よくぞ参られた、ミスタ・モモン、ミス・シズカ。お話をいろいろと伺っておりますぞ」

「いえいえ、こちらも契約に従ったまでです。それでさっそくですが、戦の状況はどうなってるのでしょうか?」

「それが、いつ始まるやら。本陣では艦隊の集合を待っているという話なのですが、もう十分にも思えるのですがね」

 

 そう言って、城の方へと視線を移す。かなたに、いくつもの艦影が見えていた。さらにモモンは質問を続ける。

 

「もう一つ。陣が少々、後方に思えるのですが?」

「それは……。先陣を切れそうな場所は、爵位の高い家に押さえらてしまっているのです。我が家は所詮男爵家。文句の言いようがないのですよ」

「そうですか。状況はだいたい分かりました。少々厳しい陣構ですが、戦果を持ってくる事をお約束しましょう」

「おお、そう言っていただけると、助かる!頼りにしてますぞ!」

 

 ドーマー男爵はモモンの手を握ると、期待いっぱいの表情を向けていた。

 一方、その様子を見ていた者達は、奇異に感じていた。大剣を背負った騎士に、奇妙な銃を持った少女。剣や銃を持っているという事は、おそらく平民の傭兵なのだろう。いくら頼れる人物と言っても、平民に貴族である男爵がやけに丁寧な対応をしている。

 そもそも姿からして妙だ。フルプレートの兵はいるが、黒い鎧というのは先ず見ない。それに少女の持つ銃も、誰も見たことがなかった。ここまで目立つ姿なのだ。名の知れた傭兵ならば、誰か知っているはずだ。しかし、誰も知らなかった。

 違和感を憶えながらも、二人を大歓迎する男爵を前に何か言える者はいなかった。

 

 

 

 

 アインズとシズは各軍の様子を見たいとか何とか言って、ドーマー男爵の陣の外に出た。実は陣内の兵達の視線から、逃げてきただけなのだが。

 そして誰もいない離れた高台に立つ。シズがポツリと口を開いた。

 

「目立ってました」

「……。あ、あれはだな……ワザとだ」

「分かってます……」

「そ、そうか……」

 

 アインズはもっともらしく返事をしたが、目立つ気など毛頭なかった。

 セバスの報告書ではフルプレートは珍しくないという話だったから、気にせずまたモモンのカバーで来たのだが、がっつり目立っていた。

 確かにフルプレートは珍しくなかった。しかし皆、素材そのままの金属色ベースで、赤とか白とか黒とかに染め上げた鎧はない。こんな場所に、全身黒塗りの鎧では目立たない訳がない。

 

(別の鎧にすればよかったかな。まあいいか。今回で傭兵モモンのカバーはやめだ。他のにすればいいし。傭兵メイジでもいいかもな)

 

 旅の恥は掻き捨てとばかりに、あまり気にしてないアインズ。ただ、また思惑通りと思われているのが居心地悪いのか、話題を変える。

 

「そう言えば、銃を装備してるのはシズだけだな」

「はい」

「どんな感じだ?」

「んー……。使ってみるのが早いかと」

「それもそうか」

 

 今のアインズはパーフェクトウォーリアで武器を装備できる。もっとも銃は使った事がなく、ざっくりとした使い方しか知らないが。

 

「少し触らしてもらえるか?」

「はい」

 

 そう言って、シズのアサルトライフルを手にする。スコープを覗くと、敵城が見えた。しかし遠すぎるのか、城壁の兵の姿がかろうじて見えるだけだ。実はピントが合っていないのだが、合わせ方を知らないアインズだった。

 

「撃ってみても?」

「かまいません。音が出ますけど……」

「消すことはできるか?」

「はい」

 

 一旦、シズに銃を返す。彼女は少し銃を操作した後、またアインズに戻した。今、サプレッサーが機能している状態だ。

 もう一度スコープを覗くアインズ。やはり、城の細かい部分までは見えない。狙いなんて付けられそうにない。

 

「所詮、試し撃ちだしな」

 

 そう言って引き金を引いた。直後に軽い音とわずかな反動がする。ただ、それだけだ。一発撃っただけでは、感想を口にしづらい。

 もう一発撃ってみようかと、またスコープを覗く。

 スコープから見えた光景はまたも敵城だったが、少しばかり様子が違った。何やら城壁の兵が、うろうろと動き回っているように見える。

 一旦、銃を下ろすアインズ。

 すると爆音と同時に、爆煙が上がる。レコン・キスタ側の最前列に。

 

「え?」

 

 状況がよく飲み込めないアインズ。

 実はこの時、たまたま陣中視察のため、城壁に上がった王国軍の地位の高い貴族がいた。偶然その貴族が、アインズの弾丸に眉間を撃ち抜かれていたのだった。それを王国軍は攻城戦が始まったと勘違い。レコン・キスタへ、攻撃を始めたのだった。

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。