アルビオン北方、ニューカッスルで戦端が開かれる。城に籠もる王国軍とレコン・キスタの間で。
だが双方と共、想定外の戦闘開始に混乱状態にあった。その戦場の最も遠い場所で当惑している人物がいた。この戦闘の切っ掛けを作り出した当人が。モモンとして参加したアインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下である。なんと言っても、自分が原因だとは気づいていないのだから。
ドーマー男爵という小領主の記憶を、寝ている間に自分たちを雇ったと書き換えた。こうして今回の戦に参加した訳だが、戦闘開始はまだ先だと言われる。しばらくは時間を潰すしかないと思っていたら、この有様だ。
(なんだ?戦闘はしばらくないって聞いてたんだけど。急に始まったぞ?まあいいか。ずっと待機だったら、休暇を切り上げないといけなかったし。なら、やる事は一つだ)
アインズはシズの方を向く。
「シズ、いや、シズカ!戦闘が始まったようだ。行くぞ!」
「はい。モモンさん」
二人はすぐさま今回の雇い主であるドーマー男爵の陣へと向かった。彼にすぐ面会した。鎧を装備したばかり男爵が迎える。
「おお、ミスタ・モモン」
「男爵。私たちはすぐに最前線へ向かいます」
「ふ、二人だけでですか?」
「問題ありません」
「分かりましたぞ。よい場所の確保をお願いする。まさか今、戦闘が始まると思っていなかったので、我軍は準備が終わっていないのですよ」
「では」
モモンはすぐに踵を返す。だが男爵の静止の声。
「ミスタ・モモン!ホーキンス司令官からの厳命が出ています。テューダー王家の者達は、生死を問わず一人残らず確保するようにと。ただし、なるべく傷つけるなとの事。厄介な命令ですが、これこそがこの戦の最上の手柄ですぞ」
「分かりました。手中に収めてみせましょう」
漆黒の騎士は、赤いマントを翻すとただちに最前線へ駆け出した。
戦闘は、大砲や魔法の散発的な撃ち合いに終始していた。偶発的に始まった戦闘だったので、双方とも戦う体制ができていなかった。相手を牽制しながら、裏では急いで準備を進めていた。
こんな状況のため相手に近づこうとする兵は、王国軍、レコン・キスタ軍どちらにもいなかった。
そんな中、レコン・キスタの陣から飛び出す影が二つ。モモンとシズカだ。男爵からは最前線の場所の確保と言われていたが、そんな気は毛頭ない。突撃あるのみだ。
すぐさま王国軍の城壁防衛隊の指揮官が反応した。
「敵から的が出てきたぞ!ただちに始末しろ!」
王国軍の魔法や弓矢、マスケット銃が、二人に放たれる。まさしく弾雨が彼らに襲いかかる。しかし、モモンはそれをものともしない。頑強な鎧が攻撃を跳ね返す。シズカの方は巧みにかわし、それどころか反撃の銃撃で、城壁の兵を撃ち倒すほど。
唖然とする城壁防衛隊指揮官。
「な……!なんなのだ、あの連中は!」
やがて二人は城が立っている崖の麓に立った。すぐさまカモシカの様に崖を駆け上がる。そして城壁にたどり着いた。
さすがに城壁は、魔法か梯子でもなければ上がるなど不可能に見える。城内への唯一の入り口には深く広い堀を渡す跳ね橋があった。橋が上げられている今は、そこを渡れない。さらにその先は城門で閉じられていた。しかもその城門は、固定化をかけた分厚い木の板を鉄の鎧戸で挟み込んだ頑丈なものだ。これでは内部に入るのは、至難の業に思われた。
モモンは少しばかり見上げると、シズカに声をかけた。
「私がお前を城壁の上へと跳ね上げる。フライを使って城壁に着地しろ。その後、城の入り口を切り開け。方法は分かってるな」
「はい……。モモンさん」
「よし」
モモンは両手を組み足場を作る。そこにシズカは足を乗せた。
「行くぞ!」
掛け声とともに、上へと飛ばした。シズカはほとんど真上に飛び上がるが、やがて下へと降りていく。そしてマジックアイテムでフライを発動。少しズレていた軌道を修正、城壁に降り立った。
対する王国兵たちはあっさりと城壁に上った敵兵に、呆気にとられ動きを止めてしまう。そんな隙を見逃すシズカではなかった。アサルトライフルで、瞬時と障害を除去。城壁を伝い、跳ね橋を鎖で上げている巻き上げ機のある場所へ向かった。
巻き上げ機側にいる兵たちには外の様子が見えず、今何が起こっているのか分からなかった。砲撃音や爆発音がいくつもしている中ではなおさらだ。
そんな中にいきなりアイパッチをした少女が現れる。場違いな人物の出現に、状況の理解が追いつかない。だが次の瞬間には、銃を向けられていた。それを認識して瞬間と共に、兵たちの心臓は撃ち抜かれていた。
シズカは巻き上げ機に近寄ると、巻き上げ機をロックしている太い棒を一気に引き抜く。するとガラガラと鎖は音を立てながら、勢いよく引っ張られていく。跳ね橋が降りる勢いに任せて。
さらに降りていた鉄の格子状の城門を持ち上げる。実はプレアデスの中で、一番の膂力を持つ彼女。一人で城門を持ち上げ、落ちないようにロックをかけた。
堅牢で知られた城は、あっけなくその入口を開放した。
その様子を見ていたレコン・キスタの軍勢は抜け駆けされたと思い、準備の終わっている隊から一斉に城へと向かう。全軍の準備が終わってないと言っても、元の数が多いのだ。動ける隊だけでもかなりの数だった。
城内では怒声と発射音、着弾音が響き渡っていた。それは鎧姿の王家の面々や貴族たちがいるホールにも。
伝令がホールに飛び込んでくる。
「報告!城門が破られました!」
「ば、馬鹿な!先程、戦闘が始まったばかりだぞ!どうやって突破されたというのだ!」
「そ、それが、何者が内部から開けたようです」
「裏切り者がいたというのか!?」
「分かりません!」
さらに次の伝令が入ってきた。ホールに悲鳴のような報告が響く。
「叛徒の軍勢、動き出しました!一斉に、城門へと向かっております!」
「城壁の防衛隊はどうした!」
「何者かに一部の部隊が討ち取られ、反撃が十分できない状態です!」
つまりは、殺到する敵を押し止める術はないという意味。
報告を聞いた貴族たちの血の気の引いた顔が並ぶ。驚愕のあまり口を半開きにしたまま。
もちろん勝ち目がないことは誰もが分かっていた。しかし、せめて王家へ忠誠を誓う貴族の覚悟を見せるつもりではいた。だが、こんなに早く城門が破られては、敵の勢いに飲み込まれあえなく討ち死にするだけだ。
それは仮の玉座に座っているテューダー朝最後の王となるであろう、ジェームズ一世も同じだった。せめて王家の意地を見せてからと思っていたが、こんな事になるとはと。いや、彼にとっては弟を誅殺してから、予想外のことばかりだった。これも自分の愚かしさの結果かと、肩を落とした。
隣に立っている金髪の凛々しい青年、皇太子ウェールズ・テューダーも驚きを隠せない。王家の者として彼もまた誇りを示すつもりであったが、こんな結末になるとは予想外だ。待っているのは無様を晒すだけか。
一人の貴族が叫ぶように言う。
「私が敵兵共を押し留めてまいりましょう!その間、その間に皆様方は十分な備えを」
「私も行こう!」
「では私は、準備の早めるよう直に指揮をする!」
「私も!」
覚悟を決めた貴族達に、ジェームズ一世は声をかける。
「すまぬ。余のような無能な王のため、皆の志を無駄にしてしまった。ここまで付いてきてくれた事に礼を言う」
「何をおっしゃられます。我等皆、王家への忠義こそ貴族の誉と思っております。今こそ我等が矜持を示す時!」
その言葉に誰もが歓声を上げ、表情を勇ましいものへと塗り替える。ここに来て、士気だけはどこまでも高くなった。やがて貴族たちは脇に抱えていた兜を被ると、王に一礼をしつつ次々とホールから出ていった。
残ったのは、ジェームズ一世とウェールズだけ。近衛兵すら、前線へと送られる。
ジェームズ一世は立ち上がると、脇の棚においてあった秘宝を手にした。古びたオルゴールにしか見えないが、テューダー王家に伝わる秘宝『始祖のオルゴール』だ。それを手にウェールズの元に近づいた。ウェールズは王の意図を察した。
「父上……」
「これを持って、お前は逃げよ。まだ空からの逃げ道はある。包囲は完了しておらんからな」
「今さら、何を言われます!私も最後まで戦います!」
「テューダーの血を絶やしてはならん。全ては我が不徳故じゃ。その咎はわしが受けよう。愚かな父を許してくれ」
「父上……。しかしそれは……」
歯を食いしばりながらうつむくウェールズ。そもそも、自分だけ逃げでどうするというのだろうか。逃げる当てがない訳ではないが、迷惑をかける上、生き恥をさらすだけだ。ウェールズは決断できずにいた。
黙り込んだままの息子に、父は強い口調で言う。
「王命である!ウェールズ・テューダー!始祖の秘宝と共に、この城を出……」
「それは困るな」
突然、脇から重い声が挟まれる。
ホールの入り口に二つの影。一人は二本の大剣を手にした、漆黒の騎士。もう一人はアイパッチをした奇妙な銃を持つ少女。
あまりに奇抜な姿に、王と皇太子は怪訝な表情を浮かべる。
だがウェールズはすぐさま気を取り直すと、王を守るように前に立つ。そして叫んだ。
「何者だ!」
「この状況で、見知らぬ者が来たとしたら、レコン・キスタしかないと思うのだが」
「まさか……もうこんな所まで来ていたとは……」
あまりに早い敵の侵入に、ウェールズは冷や汗を浮かべる。しかし、すぐに気持ちを切り替えた。
「どうやら平民の傭兵ようだな。腕に憶えがあるらしいが、平民二人でこの私を打ち取れると思わない方がいい」
「ほう……。お前は強いメイジなのか?」
「それなりに腕は立つと思ってるよ」
「ふむ……。そうか」
重々しく答える漆黒の騎士。
ウェールズはこの奇妙な出で立ちの傭兵に、違和感を憶えた。どうも平民らしくない。むしろ、王の風格すらある。何かおかしい。そんな直感があった。
対するモモンことアインズは、腕が立つメイジと聞いて相手の系統魔法を試したくなった。
実はアインズは、系統魔法のメイジと戦った事がある。相手は以前シャルティアが連れてきたミノタウロスだ。その時にある程度、系統魔法を実体験したのだが、当のミノタウロスに少々問題があった。
ラルカスと名乗ったミノタウロスは、人間から亜人になったというイレギュラーな存在だった。そのため彼の使った魔法が、標準的な系統魔法か分からなかったのだ。しかも月日と共に理性を失っていき、結局、知性の低いただの亜人となってしまった。魔法の知識も、すっかり忘れてしまっている。おかげで実験の続きができない。
そんな中、レベルの高いメイジとの戦いという、実験の続きをする絶好の機会が来た。
モモンは両手の大剣を背負い、素手の状態となる。怪訝に目を細めるウェールズ。
「どういうつもりだ?」
「実は私もメイジでね。剣士は故あってやっている」
「……。剣を収めたという事は、メイジとして戦うと?」
「まあ、そうだ。腕が立つメイジと言うならば、同じくメイジとして戦いたくなったという訳だ。そこで提案だ。1対1で決闘をしたい。私が勝てば、お前たちの身柄とその始祖の秘宝をもらう」
「…………」
金髪の青年は考えを巡らす。王家の者として命を惜しむ気はないが、生き残れという王命もある。それに、みすみす始祖の秘宝をレコン・キスタへ渡すのも不愉快だ。
だがそれ以外の違和感が、彼の判断を遅らせた。
この余裕を伺わせる態度。悠然とした話しぶり。皇太子の自分も見たことのない、黒染めの鎧。そして控える少女の銃も、似たようなものに憶えがない。
ウェールズは息を呑むと、問いかけた。
「君は何者だ?とてもただの傭兵とは思えない。正体を明かしてくれないか?」
「そうだな……。お前の戦いぶり次第では、教えてやってもいい」
「随分と余裕な口ぶりだな。……。分かった。決闘を受けよう。見届人は我が父でいいかな?」
「かまわない」
ウェールズは厳しい顔つきで、杖を構えた。
「僕はウェールズ・テューダー。君の名は?」
「モモンという」
「決闘だというのに、フルネームを告げないのかい?」
「すまないな。それもお前の戦い方次第だ」
「……。分かった。いいだろう」
金髪の皇太子は、兜を被り、杖を抜くとモモンへと向けた。
対する、モモン。脇に控えるシズカに声をかける。
「シズカ。ホールの外を見張ってくれ。ここに近づく者がいたら全て始末しろ」
「分かりました……」
小さくうなずいて、外に出ていくシズカ。そしてホールの扉を閉じた。
その間、アインズはパーフェクトウォーリアを解く。武器を装備できなくなるが、鎧を"着る"事はできる。見かけ上は変わっていない。そしてウインドウを開き、各種補助系魔法と情報系魔法を手慣れた手付きで発動。ウインドウの見えない他人からすれば、奇妙な動きをする指はまじないにしか見えないだろう。
漆黒の騎士のそんな様子をウェールズは、注意深く見ていた。相手を見極めようと。
メイジと言う割には杖を手にしてない。つまりは先住魔法の使い手。この顔の見えない騎士は人間ではない可能性が高い。もしかしたらエルフかもしれない。
ウェールズは警戒レベルを上げた。ウェールズ自身は風系統のトライアングルメイジだ。メイジとしては強いと言える。だが相手がエルフとなると話は別だ。一人で相手にするには厳しい。杖を握る手に力がこもる。
その時、モモンがジェームズ一世に指を向けた。
「プロテクションエナジー。シールドウォール」
「陛下に何をした!」
慌てるウェールズ。だが対するモモンは平然としたもの。
「見届人が戦いに巻き込まれて死んでは困るからな。防御魔法をかけた。まあ、気休めかもしれんが」
「防御魔法?」
系統魔法にも防御魔法はあるが、今の詠唱の魔法は聞いたことがない。しかし先住魔法の使い手ならば、そんな魔法を使っていても不思議ではない。
漆黒の騎士は言葉を続けた。
「さてと、準備完了だが。開始の合図はどうする?」
そんな中、国王ジェームズ一世が玉座の脇にある台から、見事な装飾のグラスを一つ取った。
「ならば、このグラスが落ちたときではどうであろうか?」
このグラスは、本来なら決戦の前に最後の晩餐会を開くために用意されたものだった。もはやそんな光景が、このホールに訪れる事はない。
その提案に、モモンはわずかに頷く。
「いいだろう」
「では」
その一言と共に、グラスが投げられた。そして床に落ち砕ける音が響く。
最後の晩餐の舞台となったであろうホールに、王家の誇りをかけた青年と、異界の死の支配者、オーバーロードが対峙していた。