ウェールズは、決闘開始直後すぐさま詠唱。風のロープを発生させる。
漆黒の騎士を先住魔法の使い手と読んだ彼は、まず相手の魔法を封じる手に出た。先住魔法は詠唱のみで魔法を発生させられる。杖が必要ない。だが詠唱だけは必須だ。
鎧の隙間から風のロープを侵入させ、口を動かないようにしてしまおうという作戦だった。さらに風のロープは、空気でできているので見えないという利点もあった。
対するモモンことアインズ。情報系魔法で、淡いMPで包まれた細く長い空気の塊が飛んできているのが見えていた。
「ほう……。これは見たことない魔法だな」
防御系の各種魔法は発動しているので、そのまま魔法を受けてみる事にした。すると細い空気の塊は、鎧の隙間から入り込み口の辺りをぐるぐる巻にしてしまう。だがダメージは一切ない。
(え?なにこれ?何のつもり?もしかしてデバフ?いや、即死系の魔法とか?)
だがウインドウで確かめた各種ステータスやパラメーターに、異常はなかった。口元にMPの淡い光が見えることから、レジストされた訳でもないらしい。効果がさっぱり分からない。
一方のウェールズ。魔法で攻撃してこないモモンを見て、狙いは成功した確信。本格的な攻撃を開始。強力な貫通力のある魔法エア・スピアを唱えた。
「その鎧で耐えられるかな!」
アインズに向かって、MPを漂わせた槍の様な鋭い空気の塊が高速で向かってきているのが見える。それを手のひらで受けてみる事にした。鎧で受けては威力が分からないので。
結果はダメージゼロ。アインズの防御力を突破できなかった。
(低位の攻撃魔法か?それにしても、どうも系統魔法は全て魔力を帯びてるみたいだな。対魔法防御は必須か)
一方の兜の中のウェールズの表情は、驚愕に染まっていた。鉄の鎧すら貫通するエア・スピアを素手で止められた。
だが驚いている暇はない。また風のロープを生成、モモンが先住魔法を唱える前に口を抑え込む。こんな面倒な事をしないといけないのも、系統魔法が魔法の同時発動ができないせいだ。
またもアインズの口元にまとわりつく空気の塊。おもむろに金髪の皇太子に話しかけた。
「さっきからやってるこれは、何なのだ?」
「な、何故話せる!?」
「話せる?」
少しばかり困惑した気分になるモモンことアインズ。そもそもアインズは口から声を出している訳ではないので、口を塞いでも話せる。
彼の返答から、ようやく魔法の目的を理解した。そしてその意味も。どうも、アインズは先住魔法の使い手と思われており、魔法の使用を阻止しようとしているのだと。
漆黒の騎士は淡々と言う。
「ああ、そういう事か。こんなものでは私の言葉を遮る事できない。だいたい私が使う魔法は系統魔法でも、先住魔法でもない。もちろん虚無でもない。お前たちにとっては未知の魔法だ」
「な……!?」
「よく考えて魔法は使うことだな。無駄打ちは不利になるだけだぞ」
「…………」
金髪の皇太子の額や背中に、冷や汗が滲み出す。寒気が背筋に走る。目に映る騎士が、もはや得体のしれない化物に思えてきた。
未知の魔法の使い手とは何者か。一体自分は何と戦っているのか。そんな相手に勝つにはどうすればいいのか。なかば混乱しかけているウェールズだった。
すると漆黒の鎧の主から、深い声が届く。
「さて決闘を続けよう」
「…………」
「来ないならこちらか行くぞ。ライトニング」
「!」
右手に閃光。次の瞬間には、ウェールズの耳に痛みが走っていた。
「痛っ!」
思わず手で触れると血が出ている。わずかに耳たぶが切れていた。あえて外したらしい。だがライトニングと言えば、高位の魔法だ。同格以上なのは確かなようだ。
相手はこの結果に淡々と感想を口にした。
「ハルケギニアのメイジも、この程度が防げないのか」
「ライトニングが、君にとってはこの程度の魔法なのか……」
「まあな。では次だ。アシッドアロー」
アインズは魔法のレベルを下げた。酸の塊を飛ばす魔法に。対する金髪の皇太子はエアシールドを詠唱。酸の塊は空気の壁に阻まれ、ウェールズに届かなかった。
「これは防げたか。さて、これにはどう対処するかな」
不可視化を発動させるアインズ。
対するウェールズは唖然とする。突然、目の前の騎士の姿が消えた。
「な!?どういう……」
「姿を消しただけだ」
どこからともなく声がした。ホールに声が反響してどこから話しているのか分かりづらい。ただ、このホールにいるのは間違いない。それにしても姿を消すマジックアイテムがあるとの話は聞いたことがあるが、魔法があるとは聞いたことがない。
ウェールズは半ばヤケクソ気味に声のした方へ、エアハンマーを放った。だが壁に穴を開けただけだった。
やがて姿を現すアインズ。いた場所は、ウェールズが向いている方とまるで違った。そしてつぶやくように言う。
「不可視化を看破できないのか」
「どういうつもりだ?」
「ん?」
「さっきからの戦いぶり、僕をからかってるのか?」
この騎士が、メイジとして自分よりも格上であることは認めざるを得ない。だが決闘の場で、手を抜いたかのような戦い方にはウェールズは我慢がならなかった。
しかし漆黒の騎士は、平然と答える。
「系統魔法がどのようなものか、体験してみたかったのでな。こんな戦い方を選んだ。それで、これがお前の全力なのか?」
「僕を舐めてもらっては困る!」
レビテーションを唱え、モモンをホールの高い天井まで持ち上げた。レビテーションは対象を、持ち上げる魔法だ。通常は運搬のために利用される事が多いが、今は攻撃に使った。
天井まで届いたモモンを、今度は逆に床へ向かって落とすようにレビテーションを発動。落下速度が加速され、床へ叩きつけられる漆黒の騎士。衝撃音と共に床にヒビが広がる。
「これはどうだ!」
ウェールズは気持ちを高ぶらせ叫ぶ。これならいくら鎧が頑強でも、中の者にダメージが入るはず。
しかし相手は、何事もなかったように立ち上がった。
「サイコキネシスの一種か?なかなかおもしろい魔法だな。相手を持ち上げるとは」
「どういう体をしてるんだ。君は」
「防御については、いろいろと手を打ってあるさ。さてと今度はこちらから行こう。タイムアクセラレーター」
急に、モモンの動きが早くなった。目では追えないほど。そう思った直後、後ろから声がした。
「時間対策をしてないのか」
「チッ!」
思わず前へ飛ぶ、ウェールズ。そしてすぐさま振り返る。しかし、漆黒の騎士の手が金髪の皇太子の方へと向いていた。
「ドミネート」
「!?」
「ひざまづけ」
ひざを落とし、モモンに向かい頭を垂れるウェールズ。するとすぐに、精神支配魔法ドミネートは解除された。
跳ねるように、立ち上がるウェールズ。
「な、何をした!?」
「精神操作対策もしてないのか」
「精神操作だと!?」
ギアスという心を操る魔法があるとは聞いている。しかし禁忌とされ、それがどのようなものなのか誰も知らない。しかしこの相手は、それを容易く使った。先程の時間対策という言葉といい、使っている魔法の底が見えない。
だが、ここで心を折るわけにはいかない。王家の者として。
それからウェールズは使える魔法の全て放つ。真空波であるエア・カッター、竜巻で吹き飛ばすエア・ストリーム、そして雷撃魔法、ライトニング・クラウド。その他にも唱えたが、全て通用しなかった。防がれたのではない。まるで効果がなかったのだ。
肩で息をしている金髪の皇太子。対する漆黒の剣士は、悠然としたもの。
「どうやらここまでのようだな」
「まだだ!」
「もう、魔法は使えないだろう?精神力もほぼ切れている」
「フッ……。それはどうかな?僕を見くびらない方がいい」
「ブラフのつもりなら無駄だ。私にはお前のHPとMP……、体力と精神力の量が見えている」
「な……!?」
ウェールズは、信じがたい言葉を耳にした。相手の体力と精神力を見ることのできる魔法やマジックアイテムがあるなど、聞いたことがない。息を呑む皇太子。
「君は一体……何者だ……」
「そうだな。なかなか有意義な体験をさせてもらった。先程の言葉通り、教えてやろう」
そう言って、偽装を解くナザリック地下大墳墓の絶対支配者にして、ロバ・アル・カリイエの覇王。
黒い豪奢なローブに身を包んだ、白骨の異形がそこにいた。腹には紅玉がハマっており、いかめしい頭部の眼窩には、血のように赤い光が灯っている。
ウェールズは体中から冷や汗がでるのを止められない。顔は驚愕で固まっていた。
「ば、化物……」
「まあ、お前たちから見ればそうだろうな。私はアインズ・ウール・ゴウン魔導王と言う」
「アインズ・ウール・ゴウン魔導王……。地獄の魔王……なのか?」
「当たらずとも遠からずと言っておこう」
「地獄の魔王……」
同じ言葉を繰り返すウェールズ。整った顔が、恐怖で歪んでいた。呼吸が上手くできない。のどか乾く。
そんなものが実在しているとは。しかも地獄から地上に現れているとは。テューダー王家の滅亡などどうでもいいように思えるほど、心は鷲掴みにされていた。
アインズは鷹揚に話し始めた。
「さて、もう私の勝ちでいいな。これ以上は時間の無駄だ」
「……。僕たちをどうするつもりだ?」
「決闘の約束通りだ。お前たちの身柄と始祖の秘宝はもらっていく」
予想外の答に、皇太子の気持ちが少しばかり落ち着きを取り戻す。教典にある地獄の主らしく、横暴な事を言い出すかと思っていたのだが。
「意外に律儀なんだな……いや、律儀なんですね。魔導王陛下は」
「約束の遵守は常に心がけているよ」
これまた予想外の返答。というより人間らしい答え。ふと気分が晴れていく。やりきったという奇妙な満足感が。
「敗北を受け入れます魔導王陛下。ただ負けた立場で、言えたことではないというのは重々承知していますが、出来うることなら願いを聞いていただけないでしょうか?」
「……。言ってみろ」
「私たちの命を奪っていただきたい。生きたまま叛徒共に前に引き出され、恥辱に塗れるのは王家の者として我慢ならないのです」
「……。何故、簡単に命を投げ出す?生きていれば再起もありうるかもしれんぞ。いや、そもそもこんな状況になる前に、さっさと他国へ脱出すれば、機会も伺えただろうに。レコン・キスタは寄り合い世帯だ。何かの切っ掛けで、分裂する可能性もある」
一時的敗北はあっても最終的には勝利を目指すアインズにとって、完全敗北を受け入れるかのような戦いは理解し難い。
ウェールズは、一瞬だけ自分の父へ視線を向ける。こんな状況を招いた王へ。そして、寺院で懺悔でもするかのように話し始めた。
「臣下のほとんどがこんな短期間で、叛徒へと付いたのです。テューダー王家には、王家としての器が足らなかったでしょう。例えレコン・キスタがこの後破綻しても、私たちが再起する機会は訪れないと思います」
「……」
「それでも王家には国の主としての責務があります。こんな事態に陥ったけじめは、付けるべきと考えています」
「それが負ける戦か」
「はい」
「…………」
王の責務。その言葉がアインズの胸に響く。
彼が魔導王などという立場になったのは、どこかで口を滑らした世界征服という言葉からだ。それから成り行きにまかせていたら、こんな有様になっていた。そもそも、ナザリック大墳墓に残っていた仲間が複数いたらどうだったろう。ナザリックの絶対支配者なんてものにすらならなかったろう。全ては結果論。王の覚悟なんてまるでない。
しかし、それでいいのか。ウェールズの言葉は、アインズに魔導王とはなんなのかと問いかけているかのようにも聞こえた。
「フ……。王家の責務か……。なかなかおもしろい話を聞かせてもらった。もう一つくらいは、望みを聞いてやってもいいぞ」
「……でしたら、私の婚約者に伝言を頼めないでしょうか?」
「聞こう」
「私の婚約者は、トリステイン王女、アンリエッタ・ド・トリステイン。彼女に、ウェールズは王家の責務を果たしたと。そして君の幸せを願っていると伝えてください」
「いいだろう」
「あ、その……魔導王陛下のお姿でお伝えするのは、えっと……」
「それくらいの気は回せるさ」
「ありがとうございます」
深く礼をするウェールズ。そして姿勢を正し、アインズに落ち着いた視線を向けた。
「では、魔導王陛下。死を賜りたい」
「ああ」
おだやかだが覚悟を決めた表情へ、アインズは黙ったまま人差し指を向けた。
「デス」
その一言で、電源が切れたかのようにウェールズは倒れた。なんの苦痛どころか傷ひとつなく、命を終わらせる。
テューダー朝、最後の王、ジェームズ一世が同じく死を迎えるのは、この一分後の事だった。
始祖のオルゴールをアイテムボックスに仕舞うと、アインズは外に声をかける。
「シズ。入ってきていいぞ」
扉が開き、変わらぬ表情のアイパッチの少女が入ってくる。同時に、喧騒の声も。レコン・キスタ軍は大分城内に侵入したらしい。
「レコン・キスタの連中と鉢合わせるのも面倒だ。転移するぞ。二人の遺体を抱えてくれ、丁重にな」
「はい」
小柄な少女が、鎧を着込んだ大人二人を軽々と肩に担いだ。そしてアインズの側に寄る。
外の喧騒はかなり大きくなってきていた。もうまもなくこのホールへ、レコン・キスタの兵が突入するだろう。そんな事を思いながら、アインズは魔法を唱えた。
「グレーター・テレポーテーション」
後には、誰も居ないホールが残るだけだった。
それから一時間もしない内に、王国軍最後の拠点は落城した。半日もかかってない戦いだった。
日は傾き、大地を緋色で染め始めていた。レコン・キスタ軍では撤収準備が進んでいる。そんな中本陣の天幕では、ホーキンス将軍を初めとした爵位の高い貴族たちがある人物を向えていた。
「よく来られた。ミス・シェフィールド」
「ホーキンス将軍自らのお出迎え、感謝いたします」
深く礼をするシェフィールド。公的な地位はクロムウェル総司令官付きのただの秘書だ。総司令官からの使者とは言え、本来ならこんな歓迎を受けるはずもない。
しかしその特別な立場から、貴族たちから一目置かれていた。レコン・キスタ初期からクロムウェルに付き従っており、現在でもそれは変わらない。この総司令官に最も近しい女性に覚えめでたくあろうと、ただの秘書を迎えるため高位の貴族たちが集まっていたのだった。自分をクロムウェルに売り込むために。
シェフィールドは、自分より高い地位の者ばかりが揃っている中、いつもと変わらぬ様子で落ち着いて話しだした。
「それにしても予定より、随分と早い決着でしたね」
「偶発的に戦闘が始まってしまってな。結果論だが、敵の虚を突くことになったようだ」
そうは言いながらも、老将軍には腑に落ちない部分がいくつもあった。
何故、いきりなり王国軍が攻撃してきたのか。戦闘開始からわずかな間で、城門を開けたのは誰か。そして目の前の遺体。ジェームズ一世とウェールズ・テューダーの亡骸。これがある意味最大の謎だった。
シェフィールドも同じことを考えていたのか、二人の遺体に視線を向ける。
「なるべく傷付けないようにとの、命が出ていたのは確かですが……。これは……まるで寝ているかのようです」
「ああ、一応調べさせたが、完全な無傷だ」
「無傷?では毒を飲ませたと?」
「あの乱戦のさなか、城の中枢に入り込み毒を飲ませたとするなら、王国軍に裏切り者がいたと考えるしかない。だがそんな話は聞いてない。ではどうやったかと言われると、見当もつかん」
「……。二人を確保した者は?」
「ドーマー男爵の手の者だ。名前は確かモンモ……いや、モモンとシズカとかだったか」
シェフィールドの脳裏に稲妻でも落ちたかのような、衝撃が走る。目を見開いて、ホーキンスを凝視していた。
常に冷静さを失わなかった秘書の変貌に、ホーキンスは訝しむ。
「ミス・シェフィールドの見知った者かな?」
「…………。いえ、たった二人でこれほどの成果を上げた事に驚いたもので」
「確かに……それもそうだ」
言葉のままに受け取るホーキンスではないが、追求しても何も出てきそうにないのも分かっていた。このしたたかな秘書からは。
シェフィールドは尋ねた。
「一度その二人に会ってみたいのですが。ドーマー男爵の陣までの案内を、お願いできないでしょうか?」
「……。分かった。おい、ミス・シェフィールドをドーマー男爵の陣へ案内しろ」
将軍は側に控えていた伝令役の兵に命令をする。指示を受けた兵は、本陣を後にした。モモンとシズカという名前にいくつもの思案を巡らせているシェフィールドを伴って。