青と赤の双月が上がり、日付が変わろうしている夜のヴェルサルテイル宮殿。ガリア王ジョゼフ一世は私室の明かりも付けず、来訪者を待っていた。忠実な僕を。使い魔であるシェフィールドを。
ほんの数日前、彼女から連絡が入る。紹介したい人物がいると。ジョゼフは少しばかり、驚きを抱く。彼の指示を実現するための策などを意見する事はあって、それ以外では自らの考えを挟まない彼女。しかもアルビオンの支配は一段落つき、利用できる人物がいたとしても書類で説明するだけで十分だ。直に会う必要などない。それが、是非会ってもらいたいなどと言い出すのだから。
ジョゼフは臣下の相手を、まともにした事がない。だからこそ、無能王などと影口を囁かれている。しかし、そんなものを気にも止めてなかった。
そんな彼だが、思惑を告げている人物が二人ほどいる。もちろんその内一人は、使い魔であるシェフィールド。そしてもう一人は、なんとエルフ。秘密裏に手を組んでいるネフテス国の議員、ビダーシャルだ。そのレベルでもなければ、まともな会話などする気もしない。逆に言えば、そのレベルの人物を紹介するというのだろう。忠実な使い魔は。
月明かりの中、始祖の香炉を弄んでいると、ノックが耳に入った。視線を扉へ向ける。
「入れ」
「失礼いたします。陛下」
聞き慣れた使い魔の言葉と同時に、扉が開く。入ってきたのは見慣れた妙齢の女性。
「ミューズ。アルビオンでは、手間をかけさせたな」
「もったないお言葉、感謝いたします」
「それで、余に会わせたい者というのはどこだ?」
「外でお待ちいただいております。入室をお許しいただけるでしょうか?」
「かまわん」
うなずきながらも違和感を覚えるジョゼフ。忠実な使い魔が、自分以外に敬語を使った。
やがてシェフィールドに案内され、二人の人物が部屋に入ってきた。一人は10代前半くらいに見える少女。ボールガウンに身を包み、大きめなリボンで髪をまとめている。妙に大きい胸はどこか不自然。それに月明かりのせいか、肌がやけに色白だ。血の気がないかのように。そしてもう一人。豪奢なローブを着込んだ長身の人物。手にはガントレットを嵌め、顔は奇妙な仮面をかぶっている。全く肌を見せず、男か女なのかも分からない。異様なローブのデザインといい、どこか妖魔めいた雰囲気さえある。
しかもそれだけではない。この二人が入ってきてから、ジョゼフは感じていた。背中に走る妙な悪寒を。こんな気配を感じたのは、エルフのビダーシャルと会った時以来だ。いや、今ある感覚はそれ以上に異質だ。
そんなガリア王の心中に構わず、シェフィールドはおごそかに紹介を始めた。
「ロバ・アル・カリイエの支配者、アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下です。そしてこちらが、ガリア王ジョゼフ一世陛下です」
「お初にお目にかかる。アインズ・ウール・ゴウン魔導王だ」
重々しい声がジョゼフの耳に届いた。どうやら男らしい。
ガリア王は視線を厳しくし、少女と魔導王とやらを観察する。浮かんでくるのは疑問ばかり。
何故シェフィールドが、サハラの向こうの王など連れきたのか。確かに、彼女の故郷はロバ・アル・カリイエだ。そうは言っても、どうやって連絡を取ったのか。遠距離連絡をするマジックアイテムは存在するが、それはガリア王室の物だ。今はジョゼフとシェフィールドしか持っていない。似たようなものがロバ・アル・カリイエにあったとしても、召喚時、彼女は何も持っていなかった。連絡の取りようがない。
それに、ここに連れて来た方法は何か。ロバ・アル・カリイエは、おいそれと行き来できる場所ではない。
話を進めればいずれ分かるだろうと、思考を一旦止めるガリア王。
「余はジョゼフ一世だ。それで、何しにこんな遠方にまで来たのだ?」
「……」
魔導王はジョゼフの問いかけに答えず、少女とシェフィールドの方へと向いた。
「二人共席を外してほしい」
「かしこまりんした」
「はい」
少女とシェフィールドは部屋から出ていき、扉を締めた。
またも違和感を覚えるジョゼフ。自分以外の指示にシェフィールドが従った。不快感が湧き上がる。
ふと気づくと、魔導王がポットのようなものを手にしていた。ジョゼフはそれを指差す。
「なんだ、それは?」
「ロバ・アル・カリイエのマジックアイテムだ。サイレントに近い効果があり、この部屋から音が出ないようにできる」
「漏れてはまずい話をするという訳か」
「そんな大げさなものではない。腹を割って話したいと思っただけだ」
「………」
今ひとつ、この魔導王という存在の意図が読めない。仮面の奥にある表情を見極めるかのように、ジョゼフは視線を厳しくした。
一方の魔導王こと、アインズ。ここからどう話を進めていこうかと、空っぽの頭の中で考えを巡らせていた。
(担当間で事前に話を進めないまま、いきなり経営者同士の対面だからな。半ば飛び込み営業みたいなもんだ)
アインズはサラリーマン時代を思い出しながら、気持ちを引き締める。そして、今回の会談の要点を頭に並べていた。
(ハルケギニアの最大案件は、今のところ虚無だ。それがなんなのか詳しく知りたい。それから、なるべくハルケギニアで騒動は起こしたくない。魔導国も問題だらけだし、デザートエルフ対策も十分とはいえないからな。ハルケギニアまで回せる手は少ない。このジョゼフとかいう王様が、味方になってくれたら一気に解決だ。それに王様としては先輩だからな。何か相談できるかもしれない)
心の中で頷くと、話を進めだすアインズ。
「貴国とはよしみを結ぼうと思っている。我が国はサハラの東にある。つまりはエルフの国、ネフテスに隣接している。排他的なあの国は懸念材料だ」
「それで?」
「そして貴国もまた、サハラに接している。しかもエルフは、ハルケギニアの人間にも敵意を持っている。お互い、共通の問題を抱えてる訳だ」
「だからどうした?」
「…………」
黙り込んでしまう至高の御方。疑問符が頭に浮かぶ。
シェフィールドから彼が一部のエルフと手を組んでいる事は聞いているが、呉越同舟という関係でお互い利用しあっているとの話だった。ハルケギニアの混乱が続く限り、その関係は維持されるという。実際、アルビオンは混乱に陥った。
しかしいつまでも混乱させ続けては、ガリア王にもデメリットが発生する。いつかは収まり、エルフとの関係も敵対に戻るはず。ならば、そんな不安定な関係を維持するより、自分たちと組んだ方がメリットは大きいはずだ。もちろん現状では、はるか遠方の魔導国と手を結ぶ事に意味があるのか分からないだろうが。それについては、説明するつもりだ。
しかし次に浮かんだのは、好ましくない予想。
シェフィールドから中身は幼子と言われているし、無能王という陰口を叩かれているというのも、セバスからの情報で知っている。今の所、評判通りの人物にも思える。ロバ・アル・カリイエで最初に会った暗愚な王、ビャールナンを思い出してしまった。
せっかく常駐していたエルフが帰国しているタイミングを狙ってきたのに、もしその通りなら、あまりいい結果は得られそうにない。
だが結論を出すには早い。もう少し会話を続ける事にしたアインズ。
「お互い同盟を結べば、東西からエルフに圧力を加えられる。こちらから支援もするつもりだ。それは貴殿にとって、メリットではないか?」
「…………。つまらん」
「何?」
「つまらんと言ったのだ。エルフを相手にするなど」
「……」
脳裏に増える疑問符。今ひとつ、この青髪の偉丈夫の思考が読めない。ここで"つまらん"という言葉が出てくる意味がわからない。やはり無能王なのか。
思考の迷路を彷徨っているアインズを他所に、ジョゼフは独り言のようにつぶやいた。
「それに、最近面白いおもちゃを手に入れたからな。どうイベントを楽しくするか考えてる最中だ。余計な事をする暇なぞない」
「おもちゃとはアルビオンの事か?」
「…………。何故知っている?」
「あ……」
思わず一言漏らしてしまう至高の御方。
アルビオンへの謀略は、ガリア王とシェフィールドしか知らない。シェフィールドはジョゼフの使い魔だ。使い魔契約により心を捧げた彼女が、情報を漏らす訳がない。だとするとアインズがどうやって知ったのか、ジョゼフが疑問に思うのも当然だった。
もちろんアインズが、精神操作を阻害したからなのだが。ただそれはすなわち、勝手に使い魔契約を破綻させたという意味だ。友好関係を結ぼうとしている相手に、絶対口にできない話。失敗したという言葉が、アインズの脳裏を過る。
だいたい、このジョゼフという人間は何を基準に考えているのか。国家を左右するような案件を、つまらないとか楽しいとかいう言い方をするなど。ただの愉快犯が、国王になったのかのようだ。同じ国を治める者として、相談できるような間柄になるかもと淡い期待を抱いていたが、それどころではないかもしれない。
大きく溜息を零しながら、マジックアイテムでサイレントを解除するアインズ。
「二人共、入ってきてくれ」
部屋へシャルティアとシェフィールドが入ってくる。至高の御方は、ベストの結果を得るのを諦めた。プランBへの移行を決定。それは強制的に、ジョゼフを配下にしてしまう案だった。
扉から再び入ってくる二人を、不機嫌そうに見つめるジョゼフ。またも自らの使い魔が、この得体のしれない者の命を聞いた。許しがたいという気持ちが湧き上がってくる。苛立ちを込め、使い魔に問いかけた。
「ミューズ。一つ聞きたい。この魔導王とやらに、アルビオンの事を話したのか?」
シェフィールドが答えようとした所で、彼女の前にアインズの遮る腕が入った。
「答えずとも良い。シャルティア。この者をお前の眷属とせよ」
「かしこまりんした」
おごそかに主に礼をする少女。そしてジョセフの方へ、笑みを向ける。口元から隠れていた牙が見えた。
緊張がジョゼフの身を包む。
「吸血鬼……」
「そうでありんす。私はこれからお前の主となるによって。しっかり、覚えておくんなまし」
「主か……。という事は、お前の主も同じ吸血鬼なのか?」
攻撃の意思を向けられながらも、会話を続けるジョゼフ。つまりは時間稼ぎだ。その間に、壁にかかっていた剣を右手に、護身用の杖を左手に持ち戦闘態勢を整える。
問をぶつけられた魔導王。するとマスクと両手のガントレットが、霞むように消え去った。その中から現れたものに、さすがのジョゼフも心を鷲掴みにされる。
両手は、いくつもの豪華な指輪を嵌めた白骨。そしてその顔はいかめしい頭蓋。見えた腹部には血の塊のような紅玉。人間、亜人、妖魔どれにも当てはまらない。
「ば、化物……」
何が起きようと軽く流すことのできていたジョゼフが、言葉に詰まった。ふと、宗教画の地獄の魔王を思い出してしまう。むしろ、その方が腑に落ちる。目の前の存在は、地上にあってはいけない存在という気持ちすら湧いてくる。
ただ同時に懐かしいものを感じていた。心の動きを。久しく味わうことのなかった感覚を。こんな理解不能な状況下で、何故だか笑みが漏れてきた。
「フフッ……。お前達が何者か知らんが……俺を容易く始末できると思うなよ!」
次の瞬間、虚無の魔法『加速』を唱えた。まずは吸血鬼がターゲット。まるで止まっているかのように見える相手の首を狙う。そして剣を振るった。
「なっ!?」
思わず驚きの声を漏らすガリア王。ジョゼフの振った剣は、いつの間にかシャルティアとかいう吸血鬼の指二本で止められていた。額に冷や汗が浮かぶ。
視線をジョゼフへと向ける吸血鬼。
「思ったより早いでありんすね。それが虚無の魔法、加速とかいうものでありんすかえ?」
「何故それを知っている!?」
「新参者の人間に聞いたでありんす」
そう言って、シェフィールドの方へ視線を流すシャルティア。シェフィールドは涼しい顔で立ったまま。情報を漏らしたというのに悪びれた様子がない。むしろ新参者と呼ばれ、彼らの一員と認められた事を誇っているかのようだ。
信じがたい状況だ。使い魔が、契約を維持したまま裏切った。魔法の法則に反している。逆に言えば、このアインズ・ウール・ゴウンとかいう何かは、それを可能にするものなのだろう。超常の存在だ。ジョゼフの体中に動物的な危機感が溢れかえる。
「いっ!?」
突然頬に痛みが走った。切られている。気づくと、剣先が折れていた。鉄の剣をこの吸血鬼は二本指で折って、投げてきたようだ。あえて頬を狙って。
頬に流れる血も拭わず、すぐさま後へと飛び退く。また加速を詠唱。もはや逃げるしかない。だがその直後、吸血鬼の声が聞こえた。
「タイムアクセラレーター!」
窓を突き破り、外へと出るジョゼフ。だが庭の奥へと突き進む彼に、ピッタリとついてくる気配に気づいた。わずかに振り返ると、シャルティアが迫っていた。
「バカな……!」
加速で視認できないほどの速度で動いているというのに、それについてきている。目の前の少女は、自分が知っている吸血鬼とは違う。いや、あの地獄の魔王のような存在の配下なのだ。ただの吸血鬼のはずがない。
足を止めるガリア王。この状況を、どう挽回すればいいのか。
「無駄なことはするな。悪いようにはしない。お前は必要だからな」
後から声が聞こえた。すぐ側から。思わず振り返る。するとあの地獄の魔王、アインズ・ウール・ゴウンが立っていた。
「……!」
いつのまに背後を取られたのか。素早いとは言え、シャルティアの動きは見えていた。しかしこのアインズ・ウール・ゴウンの動きは、まるで見えなかった。この開けた庭で。意識を吸血鬼に集中しすぎたせいか。それとも未知の力か。
「クッ……!」
湧き上がる感情に奥歯を噛みしめるジョゼフ。気づかぬ内に、ポケットにいれたる始祖の香炉を握っていた。
その時、ふと奇妙な香りが漂う。しかもこれは経験した事のある出来事だ。始祖の香炉からの匂い。すると脳裏に言葉ではないイメージが浮き上がる。それは詠唱へと変化する。
そしてジョゼフは口にした。新たな虚無の魔法『テレポート』を。
不意に、アインズの前からガリア王の姿が消えた。さっきのような加速の魔法の動きではない。文字通り消え失せたた。彼がすぐ思いついたのは転移魔法だ。だがシェフィールドから、ジョゼフが使える魔法は加速だけと聞いていた。では、どうやって逃げたのか。
考えを巡らせていると、シャルティアが急に王宮へ入っていった。そして怒声が届く。
「人間!転移魔法が使えるなど聞いてないぞ!」
「マ、マズイ!」
慌てて王宮へ戻るアインズ。すると中ではシャルティアがシェフィールドの首元を掴み、片手で持ち上げていた。
「やめよ!シャルティア!」
その言葉で申し訳無さそうに、シェフィールドを下ろすシャルティア。
「ですが……アインズ様。この者が隠し事をしたせいで、あの人間に逃げられたでありんす」
「隠したと決めつけるのは早計だ。だがシェフィールド。シャルティアと同じ質問をしよう。どういう事だ?」
咳き込みながら姿勢を整えるシェフィールド。
「ま、魔導王陛下!陛下への忠誠はわずかも揺らいでおりません!私が知っている限りでは、ジョゼフが使える魔法は加速のみです」
「信じよう。この状況で我々を裏切る理由もないからな。シャルティア。悪いが納得してくれ」
「……おおせのままに」
シャルティアは不満そうだが、頷いた。
できればドミネイトなど精神操作系の魔法を使い、シェフィールドの潔白を証明したいが、精神操作阻害のアイテムを外すわけにはいかない。シャルティアには、自分の言葉を信じてもらうしかない。
話題を戻す事にする至高の御方。あらためてシェフィールドの方へ向く。
「では別の質問をしよう。ジョゼフはどうやって転移魔法を使えるようになったと思う?」
「…………。個人的意見としてお聞きください」
「分かった」
「以前、陛下も始祖のオルゴールをお調べになったと伺っております。私もミョズニトニルンの力で、調べた事がありました」
「確かに調べたな。それで?」
「あれだけでは何も起こりませんが、その実体は虚無の魔法の魔導書ともいうべきものです」
「そうだな」
アインズは始祖のオルゴールをシェフィールドから渡された後、鑑定系の魔法で調べた。始祖のオルゴールは、いわば虚無の魔法の百科事典ともいえるものだった。ただ、内容を知るには鍵が必要なようで、全容は分からなかったが。もっとも鍵については、ある程度予想はついている。四つの始祖の秘宝は、同じく伝わる四つのルビーとセットだ。鍵の一つは、そのルビーだろう。ただそれだけだと、虚無の使い手が歴史上何人もいてもいいはずだが、実際にはわずかしかいない。鍵は他にもあると考える他ない。
シェフィールドは話を続ける。
「ジョゼフは常に始祖の香炉を身に着け、土のルビーも嵌めていました。なので残す条件が揃えば、いつでも新たな虚無の魔法取得する事ができます」
「あの戦闘時に、その条件が揃ったと?」
「はい」
「確かにそれなら筋は通る」
顎を抱えながら、彼女の案を頭で整理するアインズ。
それが真相だとすると、厄介な話だ。アインズは相手の能力を丸裸にし、勝利を確実にしてから戦う主義だ。しかし虚無が、戦闘中に新たな能力が増えるなどというものなら、事前に調べた情報は意味をなさない。むしろ思い込みにより、足元をすくわれる可能性すらある。
魔導国は統治を開始してまもない上、ネフテスへの対策も十分とはいえない。ここで懸念材料が、さらに増えてしまった。思わず天を仰いでしまう至高の御方。なんとかして、虚無の全貌を明らかにしたい。
ふとその時、アインズは大問題に気づいた。
(あれ?あいつ、俺たちの事知っちゃったじゃん。あちこちでバラされたらマズくないか?今まで上手く隠してきたのに、台無しになってしまう。しかも俺の判断で、会いに来ちゃったし。ヤバい……。アルベド達になんて言い訳しよう)
顎を抱えたまま、動きを止める至高の御方。汗がかけたら、冷や汗が額に溢れていただろう。
すると脇からシェフィールドの声が届く。
「魔導王陛下も、懸念されておられるのですね」
「ん?あ、ああ……」
なんの事だか分からないが、とりあえずうなずいておくアインズ。ミョズニトニルンは言葉を続けた。
「ガリア王の不在はこの国に混乱をもたらし、しいては魔導王陛下の計画に支障をきたすでしょう」
「そ、そうだな」
「それに、虚無の全貌を明らかにするには、あの男がどうしても必要です。捕らえなければなりません」
「できるのか?」
ジョゼフを捕まえてしまえば、虚無への大きな手がかりとなる上、情報漏洩も防げる。一挙両得だ。
「私に案があります。少々お待ちを」
シェフィールドは礼をすると部屋を出ていった。しばらくして戻ってくる。手には無地の小さな人形があった。アインズは尋ねる。
「それは?」
「『スキルニル』というマジックアイテムです。効果の方は、ご覧になった方が早いでしょう」
そう言って、彼女は床から何かを拾い上げた。手にあるのは血のついた刃だ。さっきシャルティアが折り、ジョゼフを傷つけた剣の一部だった。それをスキルニルに押し当てるシェフィールド。
すると人形をみるみるうちに膨らんでいき、色づいていく。やがて人の形を成した。あのジョゼフ一世にそっくりな姿が、そこにあった。
驚き声を漏らすアインズ。
「これは……」
「スキルニルは、対象の血を吸い込ませると、その人物を完璧に写し取ります。姿も記憶や性格、能力までもです。そして使用者の思い通りに動きます」
「ほう……。ドッペルゲンガーのマジックアイテム版か。しかも完全にコピーするとは。なかなか興味をそそられる」
この世界にはユグドラシルにはないものに、溢れている。少しばかり楽しくなってくる至高の御方。
妙齢の女性の説明は続いた。
「ただ、これには欠点があります。死ぬような被害を受ければ元に戻ってしまいますし、何も起こらなくても一定時間が経つと戻ってしまいます」
「ガリア王不在をごまかすには、限度がある訳か」
「はい。ジョゼフの血があれば、繰り返しスキルニルに吸わせればいいだけなのですが」
「あいつは、もういないからな」
「はい。ですから時間を稼いでる間に、急いで捕縛する必要があります」
シェフィールドの言う事にうなずきながらも、どこに転移したかも分からない人間を捕らえるなど、そう簡単にできるのは疑問だ。すると、ふとさっき口にした言葉が脳裏を過ぎった。同時にいいアイデアも浮かぶ。アインズはそれを口にする。
「ガリア王不在については、私に考えがある」
そう言うと、こめかみに指を当てる魔導王。メッセージの魔法を飛ばす。
「アルベド、私だ。グレータードッペルゲンガーを一人用意してもらいたい。ナザリック地表の霊廟入り口で待機させておいてくれ。そうだ、それと軍からエルダーリッチを二体引き抜いてくれ。それらも地上で待機だ」
しばらくすると、アルベドからアインズに準備完了の連絡が入る。それを了解する至高の御方。そしてシャルティアの方を向いた。
「シャルティア。霊廟入り口に、グレータードッペルゲンガーとエルダーリッチが待機している。連れてきてくれ」
「かしこまりんした。ゲート」
シャルティアが手をかざすと、黒いモヤが広がった。その中へと入っていく。すぐさま戻ってくると、彼女の後から三体のモンスターが続いて現れる。そしてゲートが消えていった。三体のモンスターは、魔導王へ頭を下げた。代表して、グレータードッペルゲンガーが口を開いた。
「アインズ様。ご命令により参上いたしました」
「ご苦労。お前には、この者をコピーしてもらいたい」
指さした先には、青髭の偉丈夫、ジョゼフ(スキルニル)が立っていた。グレータードッペルゲンガー手を触れると、怪訝な声を漏らす。
「アインズ様……。これはマジックアイテムでは?」
「そうだ。対象をコピーする事ができるアイテムだ。お前はコピーした人間だけを写し取ってくれ。マジックアイテムの能力はコピーしなくていい」
「分かりました」
するとすぐに姿が変わった。見た目はジョゼフ一世そのものだ。そしてジョゼフ(ドッペルゲンガー)に命令を下すアインズ。
「お前は、このシェフィールドの指示に従え。ガリア王として振る舞うのだ」
「了解いたしました」
礼を返すグレータードッペルゲンガー。さらに二体エルダーリッチには、シェフィールドの護衛兼補佐をするよう命令を出された。
次にアインズはシェフィールドに声をかける。
「シェフィールド。このマジックアイテムのジョゼフはしばらく借りていくぞ。完全にあの者を写し取ってるなら、虚無関連の調査に役立つかもしれん」
「ご自由にしていただいて構いません。ただ、先程も申しましたように、時間の制限がありますので」
「分かった。できる限り情報を引き出そう」
そしてシェフィールドはジョゼフ(スキルニル)に、魔導王へ従うよう指示を出す。
その後も打ち合わせは続いた。
アルビオンとガリアの二国を管理する事になったシェフィールド。その膨大な作業を補佐するメンバーと護衛のための部隊を、後ほど送ると決まる。さらにハルケギニア方面の最高責任者とも言えるセバスと、なるべく早く面会すると決定。そしてすぐにジョゼフ捕縛に動く事も。
全ての話し合いが終わった頃には、深夜となっていた。アインズとシャルティアはシェフィールド達の礼に見送られ、魔導国へと戻っていった。
ちなみに彼女を支援するアンデッド達は、さすがにそのままの姿という訳にもいかないので、全身を覆う衣装を身につける事になる。おかげで、常に黒装束の人物達に囲まれるシェフィールド。彼女に怪しげな噂が立つことになるのだが、それは先の話である。
まさしく深夜。
近衛隊隊長と警察長官へヴェルサルテイル宮殿からの緊急の呼び出しがかかる。慌てて用意をし、急いで王宮へ入って行く。それでも少々時間がかかってしまったが。
眠い目を擦りながら、謁見の間への廊下を歩く二人。警察長官は、つい愚痴をこぼしてしまう。
「一体何時だと思われているのか」
「滅多なことを口すると、ただではすまんぞ」
「た、単に、時間が気になったけだ。他意はない」
ごまかす警察長官。きまぐれな人物と知られているジョゼフだ。些細なことで、左遷や最悪、命を奪われる可能性もある。ましてや、近衛隊隊長の前で不平など論外だ。だが当の近衛隊隊長も、正直、こんな深夜に呼び出された事に苛立ちを抱いていた。だから、この場は不問とする。
そして謁見の間に入る二人。玉座にはジョゼフが座っていた。しかし何故か明かりが点けられていない。謁見の間を照らすのは、月明かりだけだった。頭を下げ畏まって膝をつく二人に、ガリア王が声をかける。
「ずいぶんと時間がかかったな」
「申し訳ございません!」
「まあいい。お前達に命を下す。ジョゼフ一世を捕らえよ」
「はぁ!?」
思わず顔を上げる二人。理解不能という表情。
見上げた視線の先には見慣れたジョゼフ一世がいた。その脇にはシェフィールドという名の女。ここまではいつも通りの光景だ。だがさらにその隣に、頭から黒いローブで身を包んだ人物が二人。仮面まで被っており男か女かも分からない。シェフィールド以上に怪しげ。
先程の命令といい、この光景といい、状況がうまく飲み込めない。少々混乱気味の近衛隊隊長と警察長官。そんな二人に、ジョゼフは表情を崩しながら言葉を加える。
「フッ……。説明が足らなかったな。実は今晩、賊が宮殿に侵入した」
「賊が!?」
「お前達は気づかなかったようだがな」
「も、申し訳ござません!」
すぐさま頭を下げる二人。近衛隊隊長としても警察長官としても、大失態だ。
「もっとも、ミューズのおかげで事なきを得た。ただ賊には逃げられたがな。その賊だが、なんと余にそっくりな姿をしていた。顔だけでなく、何もかもがだ」
「なんですと!?」
「どうやったのかは分からん。どこの何者かもな。そこでだ。余と同じ姿の者を捕らえよ。手段は問わん。賊の侵入を許した失態を、帳消しにせよ。下がれ」
「ははっ!」
深く頭を下げると、近衛隊隊長と警察長官は、急いで謁見の間を出ていく。命の危機が迫っているかのような、慌てぶりで。
残ったガリア王、ジョゼフ(ドッペルゲンガー)はシェフィールドに話しかけた。
「こんな調子でいいかな?ミューズよ」
「はい。見事な演技でした」
「フッ……。アインズ様に早く吉報を届けられればよいが」
「はい」
仕事を終えると、魔導国の臣下達はヴェルサルテイル宮殿の謁見の間から出ていった。
スキルニルの時間制限の設定は、独自解釈です。原作ではコピーできる以上の話はありません。
ただ時間制限がなかったら、表向きは不老不死の人物だけど、実は見捨てられたスキルニルなんて存在もあったのかもと。
そんな話は原作になかったので、勝手に作ってしまいました。