「どうですか?アインズ様」
ムルヤール村に近い森の端から少し入った場所。
ダークエルフの双子、アウラとマーレが自慢げな表情をアインズに向けていた。ちなみにアウラが姉でマーレが弟。ただし格好はアウラが男装でマーレが女装だが。
その褒めてもらいたいと言わんばかりのオッドアイを前に、アインズの選択肢は一つしかない。
「さ、さすがは階層守護者の二人だけの事はある。見事な出来だ」
「ありがとうございます!アインズ様」
「ありがとう……ございます。アインズ様」
アウラは元気よく、マーレは控えめに礼を返して来た。もっとも、当のアインズの脳裏には失敗したという言葉が漂っていた。
ムルヤール村の近くに居を構えると言ったので、仮の拠点が必要となった。
そこでレンジャーとドルイドのクラスを持っている二人に、その建造を頼んだのだった。ただし旅のメイジという設定なので、不便では困るがなるべく質素なものにと。
だがその質素の基準が、アインズと二人とは違っていた。出来上がった建物は、ロッジ風ホテルと言ってもいいものだった。
これを見た現地の住人が、メイジの旅人というカバーに疑問を持たない事を期待するしかない。
(もう少し具体的に指示するんだった……。人使うって難しいなぁ……)
小さなため息をこぼす、いと尊きお方。
アインズことモモンガのプレイヤー鈴木悟は平社員だ。人を使うなどという経験はない。
ただユグドラシル時代は、ギルド長ではあった。しかし基本的に同格という立場だった上、長い付き合いの間に、ある程度の以心伝心はできていた。
ギルド長と上司は、似ているようで違っていた。
(もし仲間が来てくれたら少しは楽になるのかな。アインズ・ウール・ゴウンを名乗ったのも、この名を聞いた仲間が俺たちを見けてくれるかもと期待したからだし)
そんな淡い期待を抱くアインズ。だが、不安が急に湧き上がってきた。
(あれ?アインズ・ウール・ゴウンの名前聞くの、仲間とは限らないんじゃないのか?他のギルドのプレイヤーが、こっちに来てる可能性もあるんだ。ま、まずいかも……)
ユグドラシル末期は大人しくなっていたとは言え、全盛期には方々に喧嘩を売っていたアインズ・ウール・ゴウン。一時は大ギルド連合と戦う羽目になった事もある。
その悪名高いギルド名を聞いたプレイヤーが、敵対してくる可能性は否定できない。
とは言うものの、いまさら名前を戻すなんて言えない。玉座の間で多くのNPC達を前に、大見得を切って宣言してしまったのだから。
「あ……」
失敗したという言葉が、またもアインズの脳裏を過る。
「あの……、お気に召さない所……ありました?」
不意にかかった声の方を向く。アウラとマーレが不安そうに、彼を見上げていた。黙り込んでいた姿に、アインズが不満を持っていると解釈したようだ。
「い、いや、満足してるぞ。何、少しばかりこれからの事を思案していただけだ」
「そうですか。よかった」
二人は笑顔を浮かべている。
なんとか誤魔化しに成功したアインズ。もしこの顔に皮膚があったら、引きつった表情がそこにあっただろう。内心がバレてしまうほどの。
だがこの姿ならそれはない。アンデッドである事に、感謝する彼だった。
そんな三人に近づいてくる姿があった。
「アインズ様~」
手をふる褐色肌の赤毛の三つ編み女性は、ルプスレギナ・ベータ。その隣を黙って進む黒髪ポニーテールの女性はナーベラル・ガンマ。
彼女達もナザリックのNPCである。戦闘メイドという立場で姉妹だ。他の姉妹と合わせプレアデスというチームを組織していた。
一見、すると美しい人間の女性達だが、当然人間ではない。ルプスレギナは人狼で、ナーベラルはドッペルゲンガーだった。
二人はムルヤール村の防衛を任されていた。
アインズは二人へと振り向く。
「どうした?またエルフが現れたのか?」
「いえ、アインズ様に用があるというが人間いるんですが」
ルプスレギナが快活そうな口調で答える。
「村長か?」
「違います。なんでも村を管理している代官だとか」
次に答えたのはナーベラル。落ち着いた声色が届く。
「ふむ……」
代官、つまりは国の役人という事だ。村はマガーハ藩王国に所属しているのだからいて当然だ。
何かの切っ掛けになるかもと考え、会ってみることにした。
今、アインズはマガーハ藩王国の王都、ダラムトゥールにいた。しかも王宮の謁見の間にだ。
いずれ王都には訪れようと考えていたとはいえ、予想外の形で来ることなってしまった。
これも代官と会った結果である。
代官はムルヤール村の一件で用があったのだった。エルフに村が襲われたのならば、代官に話が伝わるのはあたり前と言えばあたり前。
エルフはロバ・アル・カリイエに住む者たちにとっては、言わずとしれた難敵なのだから。
そんな者たちを一蹴したアインズ。興味を抱かれないはずがない。
話はトントン拍子に進み、ついには国王からの召し出を受けたという訳だ。
アインズ自身も、国王と縁ができれば情報収集がずっと楽になるだろうと考え快諾した。
そして今、マガーハ藩王国の国王、ビャールナン・カンマ・ヌシュラジの前にいる。
望んだ状況にあるにも関わらず、彼の脳裏に警戒警報が発せられていた。サラリーマン鈴木悟時代の営業職経験が忠告している。目の前の人物は厄介な性格をしていると。
アインズは今、ルプスレギナとナーベラルを伴っている。
彼はマジックキャスター、すなわちメイジとして知られているので、プレアデスの中でも魔法に長けた二人を選んだのだった。弟子という建前で。ムルヤール村防衛も、弟子に任せたという事になっている。
ただ今考えると、選択を失敗したかもしれないとの思いが過る。二人は見かけも性格も違うが、共通点が一つあった。人間をかなり見下しているという点が。簡単に殺してしまう程に。
これから交渉しようというのに、トラブルを招かなければいいがと不安が頭をかすめる。
ちなみにアインズは例の嫉妬マスクを付けていた。白骨の素顔を晒すわけには当然いかないので。
そんな彼らへ、ビャールナン・カンマ・ヌシュラジ王は、脂ぎった顔に浮かぶギョロっとした目を向けていた。蓄えた口ひげの下に、下卑た笑みを浮かべ。
「ずいぶんと美しい奴隷を連れてるな。わしに売らんか?高値で買うぞ」
「は?」
中年小太りの国王の第一声はそれだった。
唖然とするしかないアインズ。次の瞬間、怒りが込み上げてきたが例の精神沈静化が起こり、落ち着きを取り戻す。
だが次に両脇から、不穏な音が聞こえた。くるみを噛み砕いたかのような歯ぎしりが。
不安的中か。動揺するアインズ。ここで二人が暴れ出しては何もかも水の泡だ。慌ててこの場を収めようとする。
「この者たちは私の弟子です。奴隷ではありません」
「そうなのか?そうか……。ならば、わしの側室にならんか?贅沢させてやるぞ」
「……」
ナザリック地下大墳墓の絶対支配者は、仮面の下の口を半開きにしたまま固まった。
次の瞬間、視線が左右に流れる。ナーベラルの切れ長の目が更に細く、ルプスレギナの人懐っこそうな表情がサディスティックなものへと変わっていた。
(ま、まずい!)
なんとかしようと頭を巡らせていると、大げさな咳払いが響いた。雰囲気を変えるかのように。
「オホン!」
「ん?」
咳の主の方へ振り向くビャールナン王。
その視線の先には、黒を基調とした厳かな服に身を包んだ髭の長い初老の男性がいた。顔には目の下に、入れ墨か化粧かで長い三角模様が描かれている。
王のやや後ろの立派な椅子に腰掛けていた。周囲にいる衛兵達や武官と明らかに違う姿。腹心かもとアインズは思った。
「お風邪でも召しましたかな。シャーマール様」
王が敬語を使っている。奇妙に思う最上位アンデッド。
つまりあの男は王より上位の存在となるのだが、それがどういう立場なのか今ひとつ分からない。
白髪交じりの髭の男性は、頼りない声で返事をした。
「あー……その……、そうではありません。元気ではあります」
「ほぉ、そうですか。お風邪を召したなら、すぐに休んだ方がいいですぞ。悪くすると死にますからな。ハッハッハ!」
「その……心遣い、痛み入ります……」
気弱そうに礼を返す長髭男。
その様子を見ながら、王の言葉にまたも唖然とするアインズ。
(このデブは空気も読めないのか?客に無礼はやめろって、仄めかしてんだよ。それにこの髭もなんだよ。止めるならしっかり止めろ。中途半端にするな!)
殺してしまおうか、なんて気持ちすら浮かび始めていた。
すると男性の隣に座っている妙齢の女性から、声が発せられた。今度はハッキリと力強く。
「ビャールナン王。この度、ゴウン殿をお呼び立てしたのは、エルフの件を伺うためでは?」
「おお、そうでした。そうでした。プーリヤンカ様の言われる通り」
「では、話を進めましょう。そもそも、お互いの自己紹介すらしておりませんよ」
まるで親が子供をしつけるかのように、強い口調の女性。
初老の男とは正反対だ。見かけもナザリックの女性達には劣るが、なかなかの美人。長い黒髪で、こちらも切れ長の目。また男性と同じく、目の下に模様がある。
実は彼女。後にはるか西の地で、シェフィールドと名乗る事になる女性だった。
ビャールナン王はアインズ達の方へ向き直る。
「わしは、まあ、ここに入る時、衛兵から聞いたろう。マガーハ藩王国、国王ビャールナン・カンマ・ヌシュラジだ。当然だが、戦士階層だ」
「これはご丁寧に。私は、アインズ・ウール・ゴウンです。そして右に控えている者がルプスレギナ・ベータ、左に控えている者がナーベラル・ガンマ。私の弟子です。もちろんメイジです」
「ほう……」
またビャールナンの下品な視線が二人へ向かい出した。それを妨げるように声が挟まれる。
「では私たちも名乗りましょう。父上」
「あ、ああ……。そうだな。私はこの国の神官であり司祭のシャーマール・ラバリア・イエイマー……です」
「私はプーリヤンカ・ラバリア・イエイマー。同じくこの国の神官です。もちろん私たち親子は神官階層です」
アインズは軽く礼を返した。両脇の二人にも小声で促しつつ。
それにしても、村で聞いた階層という言葉がまた出てきた。どういう意味なのか。尋ねた方がいいのか。
そんな事を考えていると、彼女が質問を一つ口にした。
「ところで、先程からずっと被っておられる仮面ですが、何か理由があるのでしょうか?」
「ああ、これですか。実は、魔法実験に失敗してしまいまして、顔に大きな傷を負ってしまったのですよ。なんともみっともない話ですが」
そう言って、仮面を取る。
言葉通りの大きくただれた顔が現れた。息を呑むマガーハ藩王国の面々。
もっともこれは幻術で作り出したもの。嫉妬マスクを取らないための言い訳だ。
するとプーリヤンカは申し訳無さそうに、頭を下げる。
「これは失礼な事を伺いました」
「いえ、疑問に思って当然ですから、気にしないでください」
穏やかに言葉を返すアインズ。それに彼女は笑みを漏らしていた。
それから本題であるエルフの一件について話し合いがあったが、途中でビャールナン王が度々話を脱線させる。それをなんとか制御するプーリヤンカ。
想像以上に時間がかかり、ようやく話は終わった。というより切り上げた。
本来アインズが聞きたかった、魔法やその他この地域の情報などは、手に入らずじまい。
目的を果たしてないが、下品なデブの相手をするのはうんざりだったので、帰る事を優先した。時間の割に、中身のない話し合いだった。
帰路につくアインズ一行。
ふとルプスレギナが口を開く。
「アインズ様。あのデブ殺しちゃっていいですか?」
「私にもやらせてください」
ナーベラルも賛同する。
「いや待て。時が来れば、私がやる」
そんな事を口にしていた。一方で、この言葉が自然と出ていた事に、少々驚いていた。
しかし、何故だがそれに忌避感はなかった。
ナザリック地下大墳墓、アインズの執務室。
彼の脇には守護者統括のアルベドが控えていた。ちなみにアルベドの種族はサキュバス。だが肉弾戦はナザリック最強クラスで、しかも処女と、サキュバスらしからぬ所のある女性だった。
ただ今は、サキュバスらしい妖艶さは微塵も感じさせず、優秀な秘書という雰囲気を漂わせていた。
「王宮への訪問はいかがでしたか?」
「あ、ああ……」
アインズの歯切れの悪い返事。
ビャールナンなどという脂ぎったデブ王と話すのがいやで、適当に会談を切り上げたから、なんの成果もありませんでした。
などとは口が裂けても言えない。忠誠心がやたらと高いNPC達の期待を、裏切る訳には。
だから、どうとでも取れる答を口にする。
「種は撒いてきた……」
「そうですか。種が芽吹くのが楽しみですね」
「そ、そうだな……」
アルベドは満足げな笑みを返してくる。アインズの存在しない胃が痛む気がした。
するとこの場の空気をごまかすように、立ち上がる。
「さて、次の手を打つとするか」
「ですが、御自らが行かれなくても、何者かを派遣すればよろしいのでは?御身を危険に晒すのは、なるべく避けるべきと愚考いたします」
アルベドは深く頭をさげ、懇願するように口にした。しかし、アインズは考えを変える気はない。
「お前の言う事はもっともだが、一方で生の情報というのは何よりも貴重だ。それに王都、ダラムトゥールに行って分かったが、今のところ強者と呼べる者は存在しない。危険性もそれほど高くないだろう。もっとも何かあれば、撤退を優先するがな」
「そうですか……。わかりました。では、お帰りをお待ちしております」
「うむ……」
再び深く礼をするアルベドを残し、アインズは執務室を後にした。
敵対するプレイヤーの存在の可能性を考えれば、アルベドの提案は間違ってはいない。
ただ今のところ、それらしい気配はなかった。それにやはりこの新しい世界を、冒険してみたかったのだ。
アインズは今、戦場にいた。正確にはアインズではなく、モモンという名でだ。
数日前、ムルヤール村に兵の招集がかかる。
待っていた戦が始まるという訳だ。敵は隣国のガナジャイディー藩王国。十数年前から、負けが込んでおりかなりの圧力を受けているそうだ。
だからこそエルフの国境近くの土地など開拓したのだろう。西にしか手を出す土地がなかった訳だ。
さっそくアインズは傭兵として、招集の場へ向かった。
だがその姿は本来のものとは大違い。漆黒のフルプレートに身を包み、武器は二本の巨大なグレートソードという戦士というもの。名前も違う。さらに声までも違った。
敵対するプレイヤーの可能性を考えると、いくら仲間を探すためとはいえ、アインズ・ウール・ゴウンの名前を広め過ぎるのはまずいかもしれない。しかし冒険はしたい。
こんな中途半端な気持ちが、こんなカバーを作り出したのだった。
ところで、アインズはマジックキャスターなので本来戦士系の武器は装備できないのだが、パーフェクトウォリアーという魔法で戦士へと変わることができる。もっとも、魔法が使えなくなるというデメリットがあるのだが。
武装自体は全て魔法で作り出したので、壊れてしまっても問題ない。また声が違うのも、口唇蟲という手のひらサイズのモンスターを使って、別人のものにしていた。
ここまでやれば、モモンの正体がアインズとばれる可能性は、かなり低いだろう。
そして共としてプレアデスの一人、シズ・デルタを連れてきている。村での話や以前に王都であるダラムトゥールに訪れた時に、銃や大砲の存在を知った。 そこで銃器に詳しい彼女を選んだ。情報収集の役に立つかもしれないと。
戦場に立つ、大剣を手にする漆黒のフルプレートを着込んだ大柄の戦士。シズの方はアサルトライフルに似た、特殊な銃を手にしていた。彼女固有の装備。これは魔法で作ったものではない。
颯爽と戦場に現れた彼らだが、何故か味方から遠巻きに避けられていた。集まるのは奇異な視線だけ。シズがポツリとつぶやいた。
「アインズ様」
「アインズではない、モモンだ。そしてお前はシズカだ」
「……。モモン様」
「様はつけなくていい。そうだな……モモンさんと呼べ」
「モモンさん」
「なんだ?」
「見られてます……」
「……」
黙り込むしかないアインズ。兜の中の白骨は、冷や汗をかきそうだ。かけないが。
こんな有様になっているのは、彼らの姿が原因だ。
だがその立派な装備が理由ではない。ロバ・アル・カリイエの防具は、もっぱら鎖帷子だったからだ。将軍や指揮官クラスですら、鎖帷子をベースに様々なものを追加して防御力を上げるという作りになっている。
そんな中フルプレートの鎧では目立たない訳がない。単にアインズの配慮が足らなかったせいである。王都ダラムトゥールの光景は一度見たはずなのに。
しかし、こんな事でめげるナザリックの至高の存在ではない。
「それが目的だ。目立つためにな」
「そうなのですか?」
「そ、そうだ」
言い切った。この後の展開などまるで考えてないにも関わらず。
あえて周囲のことなど無視して戦場を注視する。
はるか彼方にガナジャイディー藩王国軍の陣が見える。一万程度だろうか。見ただけではあるが、マガーハ藩王国の倍はいそうだ。
これがユグドラシルならこの程度の差は気にするものではない。気にすべきはお互いのレベルと各種能力、相性だ。
しかしこれは人間同士の戦い。レベルはほぼ互角。スペックも大差ない。ならば数の差はかなり勝敗に影響するはずだ。
大軍勢同士が戦うなんて事の少ないユグドラシルでは、あまりない状況。もっとも、全く経験した事がない訳でもないが。
やがてラッパの音と同時にドラが鳴る。それに続く歓声。戦争が始まったようだ。指揮官の声が響いた。
「鉄砲隊、メイジ隊、前へ!」
鉄砲隊が前に出る。しかしアインズが反応したのはメイジ隊という言葉。どんな魔法を使うのか期待が膨らむ。
メイジはコーヒーポットのようなものを手にしていた。ただ注ぎ口はパイプくらい太く前に真っすぐ伸びていた。そして蓋をあけ、石のようなものを入れる。
なにやらつぶやくと注ぎ口の先から、淡い光が漏れてきた。すると注ぎ口の先の地面に、高い壁が急にそそり立った。土壁が。
「ほぉ……。ウォール系の防御魔法か。それにしてもあのポットみたいなのはなんだ?マジックアイテムか?何故、直に魔法を使わない?」
しばらく観察が必要だと、アインズはこの場を動かない。
壁の隙間から、鉄砲隊が銃を放つ。敵の方からも銃声がした。壁に着弾する音が響く。だが、ただの土壁を貫くことができない。
「この程度の威力なのか……」
「ただのマスケット銃なら……、こんなものです」
シズが解説が入った。今回の人選は間違ってなかったようだと、安心する尊き御方。
しばらくすると何発かに一発土壁を貫いてくる弾が出てきた。
「ん?壁が脆くなってきたのか?」
「違います……。ライフル銃を出してきたようです」
「マスケット銃とは違うのか?」
「ライフリングを彫ったマスケット銃……だと思います」
「……」
銃器に詳しくないアインズには、今ひとつ理解できないが、威力のある銃という事だけは伝わった。
やがて指揮官が新たな命令を出す。
「目眩ましをしかけろ!」
その命令と同時に、またメイジ達が動き出した。今度はポットに入れる石の色が違う。
しばらくして、霧が発生した。かなり濃いものが。続いて後方のメイジ達が別の魔法を発生させる。風だ。ゆっくりとした風が相手に向かって流れ出した。その流れに乗り、霧も相手に向かう。
「なるほど、霧を煙幕代わりにか。だがこれではお互いに見えないと思うのだが……」
すると遠くの方で、軍勢が動き出すのが聞こえた。どうもここで敵を足止めしている間に、別働隊が敵側面を狙うようだ。
そのための目眩ましかと、アインズは納得した。
少人数の戦いならユグドラシルでいくらでも経験した。身に染み付いたノウハウは、規模が違っても戦闘を理解するのに十分役に立った。
しばらくしてメイジ隊が土壁を崩す。直後に、怒鳴り声のような命令が飛んだ。
「突撃ぃぃ!」
兵たちは掛け声と共に一斉に走り出した。それを眺めるアインズ達。不意に背後から怒鳴られた。
「貴様ら!何をしてる!突撃命令が出ただろうが!」
「あ……」
自分は今、傭兵として戦争に参加している事を思い出した。慌てて、グレートソードを構える。
「シズ……、シズカ!援護を頼む!行くぞ!」
「はい!」
前はまるで見えないが、とにかく二人は走り出した。
そしてあっという間に味方を追い抜き、霧から抜け出した。すぐ目の前に、ガナジャイディー藩王国軍の大軍が現れる。
「フンッ!」
すぐに敵に突入するアインズ。二本のグレートソードと共に。
一応、この日のために、コキュートスに稽古をつけてもらっていた。ナザリック内で剣技と言えば、彼の右に出るものはいないのだから。
ただ付け焼き刃なので、少々不安なのも確かだ。
そんな気持ちは脇に置き、構わず剣を振るう。その一振りで、数人の兵が真っ二つになった。それも鎖帷子ごと。しかもその剣速は、文字通り目にも止まらない。
兵士が木の葉のように舞っていく。さらに一振り。次々と敵兵を斬り倒す、舞い上がらせる。その様相は、巨大なギロチンが回転しているかのよう。
一方で、戦いの最中にいるアインズ。不思議な高揚感が浮かんでいた。今までにないものが。
マジックキャスターである彼が多数を相手にしたら、広域魔法で対応する。
しかし今は戦士。剣を振り回し、多数を撃退するなんて戦い方はしたことがない。
実はこの戦い方は、無双系と呼ばれるジャンルのゲームそのもので、MMORPGとは全く別ものだ。ユグドラシルばかりやっていた彼にとっては、今感じているものはまさしく新感覚。それは何度も、歓喜の感情に沈静化が起こるほどに。
ところでシズの方はどうしていたかというと、霧に紛れながら敵を狙撃していた。
かなり視界の悪い状態ではあるが、赤外線で見れば丸見えも同然。相手に感知されず、一方的に攻撃ができていた。
もっとも、攻撃された所でシズの強さからすれば傷一つ負わないだろうが。
対する大軍を率いているガナジャイディー藩王国軍の本陣では、皆が狼狽していた。
「な、なんなのだ!あれは!?」
「わ、分かりません!」
こんな言葉が出るのも無理はない。大軍を裂くように、一直線に向かってくる者がいるのだから。死体を撒き散らせながら。
そしてそれは目前に現れた。血に染まった漆黒のフルプレートが。
「お前が、この軍を率いてるようだな」
「ひゃうっ!え、衛兵!私を……!」
兵に護衛を命ずる声は、途中で断ち切られる。首ごと。
「ひっぃ!」
周囲にいた兵たちは武器を捨てて反転。まさしく脱兎という様子で逃げ出した。
「ふう……。今日はこんな所か」
十分満足したのか。アインズは、逃げる敵を追おうとはしなかった。
「おみごとです……。アイ……モモンさん」
「ん?ああ……」
いつのまにかシズが側に来ていた。やがて斬った敵将の首を持ち上げる。
「これを持って帰らないと、いけないんだったか。ドロップアイテムが生首とはな」
「悪趣味な文化……です」
「そう言うな。それも一つの情報だ」
もっともシズはカルマ値が善なので、そんな感想を持つのも無理はないと考える。
だが同時に思った。ナザリックの面々はカルマ値マイナスが多い。生首収集して喜ぶ者もいるかもと。
戦闘が終わるのはそれから、すぐ後だった。言うまでもなく、マガーハ藩王国軍の勝利で。しかも、被害はほとんどなかった。
それからしばらく戦争は続く。ほとんどの戦闘に、アインズとシズは参加した。
しかも、その全てで武功を上げる。
最終的に戦争は、マガーハ藩王国有利の条件で講和を結ぶこととなった。おかげで広大な領地を得ることに成功した。
この戦争では、二つの名前が轟く事となる。その名を、漆黒の武神モモンと、魔弾の射手シズカと言う。
結果論だが、目立つ姿は効果バツグンだった訳だ。さすがは至高の御方である。
ところで、戦場に残された戦死者は、夜間に残らずナザリックにお持ち帰りされていた。
翌朝、戦の跡地に装備だけが落ちているという奇妙な光景が出現する事に。
忠義とは主の意図を汲み取り、命じられるより先に準備を終えているべきと考える頭脳派悪魔の仕業だった。
シェフィールドの本名は不明だったので、勝手に決めてしまいました。