世界征服なんて面白いかもしれないな   作:ふぉふぉ殿

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ラ・ロシェール戦役:劣勢

 

 

 

 

 女王一行が、ラ・ロシェール領主アストン伯爵の居城に到着したのは、開戦から四日目の夜の事だった。彼女たちは秘密裏に移動していたため、戦争の報告を全く受けていなかった。今始めて、戦況について聞くこととなる。

 

「半数以上が沈んだのですか!?」

 

 驚きを隠せないアンリエッタ。

 

「はい」

 

 落ち着いていながらも、重い面持ちで返すグラモン元帥。

 ラ・ロシェール防衛の実質的な総指揮官、ラ・ラメ―艦隊司令戦死の報告を王宮で受けた彼は、防衛指揮を引き継ぐためラ・ロシェールに急行した。彼の軍も、現在こちらに向かっている。一方、ポワチエ将軍と彼の軍は王都に残っていた。グラモンが就いていた全軍の総司令官も引き継いだ。

 

 グラモンは報告を続けた。

 

「開戦時の被害は小さくないものの、我が方優勢となりました。敵艦隊は戦力半減。敵旗艦レキシントンも十分に戦えない状態となりました。翌日から我が艦隊は、追撃に入りました。数で圧倒している内に、仕留めておきたかったですからな」

「でも、できなかったと?」

「はい。敵のたった一隻の艦に阻まれ」

「たった一隻?」

 

 アンリエッタも共に来た者たちも、怪訝な顔つきとなる。元帥の話は続いた。

 

「その艦はハルケギニアでは見たこともない形状をしており、全体を黒塗りにした異様な艦でした。しかも異様なのは、見た目だけではありません。なんと風向きを無視して進む事ができるのです。さらに艦を倒れんばかりに傾け、ほぼ真下から我軍の船底を攻撃するなどという事も。正直、巨大なドラゴンかのような動きでした」

「な、なんですか!?その艦は!?」

 

 思わず声を上げたのは、アンリエッタの側に控える髪の短い切れ目の女性。名をアニエス・シュヴァリエ・ド・ミランという。新設の近衛隊『銃士隊』の隊長だ。本来なら正式な近衛隊を連れてくるべきなのだが、それでは秘密裏にしている女王の居場所を知らせるようなもの。そのため、まだ試験段階の隊が近衛隊として昇格したのである。その案に渋る重臣もいたが、アンリエッタの口添えにより決まったという経緯もあった。

 この隊は、平民だけで構成されており、武器も銃や剣を使用。体術も一般のメイジよりも卓越している。一風変わった近衛隊だった。

 

 グラモンはアニエスの質問に答える。

 

「おそらくは、アルビオンの新兵器なのだろう。ただ我軍の被害は全て、その艦によるものだ」

「一隻で、艦隊の半数以上を……」

 

 息を呑むしかない女王一行。アンリエッタは驚きのあまり、両手を口元に添えながらつぶやく。

 

「いくらドラゴンのような動きができると言っても、それほどの事をどうやって……」

「その黒い艦は、動きだけではなく、搭載している竜騎兵隊も異常な強さを持っているのです。黒い艦の竜騎兵隊に襲われた艦で、沈まなかったものは一隻もありません」

「……」

 

 返す言葉のないアンリエッタ。すると代わりとばかりにアニエスが、質問をした。

 

「ドラゴンも特殊な種類だったのですか?敵竜騎兵は?」

「いや、迎撃に向かった竜騎士の話だと、どうもガーゴイルらしいとのことだ。彼らの攻撃が、全く通用しなかったとも聞いている」

「ガーゴイル?それほど硬いガーゴイルが空を飛べるとは……。攻撃された艦の船員の証言はどのように?間近で見た者は、なんと?」

「そんなものはない」

「ない?どういう意味でしょうか?」

 

 アニエスもアンリエッタも眉をひそめる。それに対し、グラモンは苦虫を潰したような表情となる。そして口を開いた。

 

「奴らは、艦を戦闘不能にするだけは飽き足らず、乗員を皆殺しにしていったのだ!」

「なっ!?」

「脱出できた者も、隠れてやり過ごし者もいない。敵が去った後、生き残りを探したが、怪我人すらいなかった。あったのは死体だけだ」

「…………」

 

 言葉のない一行。アンリエッタは思わず倒れそうになる。平和な国の生粋のお姫様である彼女は、想像にもなかった戦場の悲惨さに目眩を覚えずにいられなかった。

 慌てて彼女を支えようとするアニエス。しかしアンリエッタは踏みとどまる。これ以上、王族として恥をかく訳にはいかないと。

 大きく深呼吸をすると、元帥に話しかけた。

 

「元帥。続きをお願いします」

「ですが……。少しばかり、お休みになられては?」

「いえ。わたくしは大丈夫です。今の話を聞き、むしろ心が決まりましたわ」

「……。そうですか」

 

 多少、面構えが良くなったと感じるグラモン。頼もしさからはほど遠いが、こうして女王も成長していくのだろう、などと思ってしまう。人の親らしく。

 気持ちを切り替えると、彼は現状報告を続ける。

 

 一日目、開戦直後、レキシントンの砲撃を何隻かが受ける。被害は小さかった。その後、数にものを言わせ敵を追い詰める。そこで、黒い敵艦が動き出し、旗艦を含めた三隻が瞬く間に沈められた。

 二日目、午前中、敵の残存戦力を全艦で叩きに向かったが、うまくかわされ全滅にはいたらなかった。しかし被害はかなり与えた。ところが、それまで逃げ回っていた黒い敵艦が攻撃を開始。立て続けに四隻が沈められる。動揺したトリステイン艦隊は後退、それで戦闘は終わった。アルビオン戦艦は、残すは旗艦レキシントンと黒い艦のみとなった。一方のトリステイン艦隊も、被害が小さいとはいえない状態となった。

 三、四日目は睨み合いが続き、戦闘はなし。その代わり吉報があった。増援が到着し始めたのだ。陸軍も増え、艦船も数隻が参加した。もっとも損失分を補えるほどではないが。一方で、悪い話もある。敵にも増援が来たのだ。一隻ずつ断続的に。到着した艦船の合計は敵の方が多い。国力の差が、現れ始めていた。戦力差を逆転されるのは、時間の問題だろう。

 ただグラモンには、疑問も一つ浮かんでいた。

 アルビオンは何故か頑なにラ・ロシェールを狙っている。しかも少しずつ増援をするという、あまり褒められたものではないやり方で。

 完全にトリステイン軍はラ・ロシェールに釘付けになっていた。戦力に余力があるなら、今が奇策を行う絶好の機会と思われるのだが、そのような報告は届いていない。

 強力な艦と大戦力を擁している割には雑な戦略に、今ひとつ、アルビオン側の意図が読めない元帥だった。

 

 

 

 

 ラ・ロシェールの隣町。そこにセバスチャン商会の直営店がある。その地下では、人形に話しかる悪魔の姿があった。デミウルゴスである。彼はここで全体指揮を取っていた。今話している相手は、アウラだ。彼女は、事件首謀者を確保するための捜索部隊の指揮を取っていた。

 

『それっぽいのは、今の所見当たらないね』

「そうか。分かった。君は引き続き探索を頼む」

『了解』

 

 そこで通信が切れる。

 アウラはレンジャーのクラスを持っている。探索にはうってつけと言えた。ただし、今回は彼女自慢の魔獣たちは連れてきていない。目撃者がいた場合の情報漏洩を恐れてだ。そのため彼女の探索能力も半減も同然。もちろんその代わりの隠密性に優れた人型モンスターを用意してあるが、以心伝心ができるいつものシモベたちに比べれば、やはりやり難いのは確かだった。

 開戦前、アウラはすでに、ラ・ロシェール周囲に部隊を展開し、探索を始めていた。だが、それらしい存在は未だ見つかっていない。

 

 今のところ集まっている情報を精査するデミウルゴス。顎を抱えながら考え込む。

 あきらかに異常な動きを見せる艦を認識させたのに、相手の動きがない。魔導国の存在を周知させるのが目的だとしても、アンデッド兵が隠蔽されている以上、特殊な戦艦だけでは不十分だ。ジョゼフの謀略ではない可能性が出てきた。

 単に、アルビオンとトリステインの戦いを望んでいただけの者の犯行かもしれない。だとすると首謀者はゲルマニアか。しかしゲルマニア王都を張っているセバスの報告だと、軍や密偵、使者の派遣など政治的な動きがまるで見られないという。やはりゲルマニアを首謀者と考えるには、無理がある。また、アルビオンの主戦派の可能性は、シェフィールドの報告からほぼないだろう。

 あるいは首謀者が見たいものが、まだ訪れていないのかもしれない。

 さらに状況を把握するための監視役が、未だ見つかっていない。アウラが手を尽くしても見つからないとなると、ミラー・オブ・リモート・ビューイングのようなマジックアイテムを使っているか、不自然ではない場所に存在しているかだ。シェフィールドの話から、『遠見の鏡』という前者のようなマジックアイテムの存在は知っている。ただ魔力を使うアイテムなので、長時間の監視には向いていない。後者の可能性が高い。つまり監視役は戦場のど真ん中、軍の中にいる。自分たちがそうであるように。

 もっとも全ての軍人を調べる訳にもいかないだろう。なら次の手を打つしかない。

 

 デミウルゴスは、再び人形を手に取った。

 

「コキュートス。私だ。空軍の実戦試験の方はどうだい?」

『試験項目ハ、全テコナシタ』

「そうか。なら、本格的に首謀者探索に手を貸してもらうよ」

『構ワナイ』

「プランBへ移行する。両軍の戦力が互角になった後に、頃合いを見て実行してくれ」

『了解シタ』

 

 しっかりとした返事と共に、通信は切れた。

 

「それにしても、このような戦いもなかなか楽しいものだね」

 

 口角をわずかに上げる悪魔。

 カルマ値極悪の彼には嗜虐的なところがあり、一方的に相手を叩き潰すのは嫌いではない。片や知的な部分もある。その知恵を使い、魔導国の様々な施策を考えるのも好きだ。ただそれが戦闘中に発揮される機会は、それほど訪れなかった。だから現在の頭を巡らせる戦いをするのは、悪い気分ではなかった。

 

 

 

 

 双月の光の下、アルビオン艦隊では今後の方針を決める会議が開かれていた。

 本来の旗艦レキシントンは、被害が無視できないものでありこれ以上の戦闘は撃沈の可能性もあるため、母国へと帰還していった。現在旗艦は、増援で来た『ネプチューン』となっている。艦隊司令であるボーウッドもネプチューンに移っていた。

 各艦長たちは、そのネプチューンの艦長室に集まっていた。そして総司令であるシェフィールドも。本来なら、総司令官の乗艦であるA五番艦で、会議を行うのが筋だが。シェフィールドの希望により、旗艦で行う事となった。

 ボーウッドは、どうあってもあの艦の内情をアルビオン人には見せたくないらしいと、益々シェフィールドへの疑念を強くした。その裏に、何が潜んでいるのかと。

 

 総司令官という立場なため、上座に座る皇帝秘書。そんな彼女の前に、高い爵位を持つ貴族たちが憮然とした表情でテーブルを囲む。そんな彼らへ一つ礼をすると、話を始めた。

 

「お集まりいただき、ありがとうございます」

「フン!総司令閣下のお呼び出しだからな」

 

 秘書の分際でと言わんばかりの皮肉めいた口ぶりで、艦長の一人が返した。しかし、シェフィールドはそれを気にした様子はない。

 

「戦力が互角になり次第、トリステイン艦隊を殲滅します」

「何?」

 

 驚きの顔が並んだ。別の艦長が不満げに口を開く。

 

「互角の状態で仕掛けずとも、戦闘を長引かせればこちらの増援の方が敵より多くなる。圧倒的な戦力差がついてから、実行すればいいではないか。被害も少なくて済む」

「いえ、互角であれば戦力は十分です。我が乗艦が先陣を切りますので」

「総司令官自らが先陣を?」

「はい」

「……」

 

 今度は考え込むような難しい顔となる艦長たち。

 確かにA五番艦の戦闘力をもってすれば、可能かもしれない。それにしても奥に引っ込んで積極的に戦おうとしない彼女の艦が、今度は率先して戦うという。一体、何を考えているのかさっぱり分からない。

 ただ気に食わない秘書が戦闘の前面に出るのは、歓迎する事はあっても拒否する理由はなかった。ほどなくしてその案に、全員が賛成した。

 

 

 

 

 

 

 トリステイン軍では夕食も終わり、見張り以外の各兵は休んでいた。夜襲を考えられなくもないが、地上戦ならともかく艦隊戦での可能性は低かった。

 そんな中、ある艦の甲板で一人佇んでいる竜騎兵隊隊長の姿があった。ワルドである。周囲には見張り以外の人影はない。

 近衛隊隊長から降格した彼を、誰もが腫れ物を扱うかのように関わろうとしない。上官も、隊としてはともかく個人としてはあまり芳しくない働きの彼を、強く叱責しなかった。未だに降格を引きずっていると考えて。

 ただワルドにとっては、その方が都合良かった。自分の役割、ジョゼフ一味の監視役としては、自由に動けるのは好ましい状態だ。

 そんな事よりも、今脳裏にあるのは、例の黒い艦。自身では戦うつもりのなかったワルドは、魔力をほぼ監視のために使い果たし、あの艦の竜騎兵や敵兵をつぶさに観察した。

 その結果、正直、今では世界が一変したという感覚すらある。

 

(エルフ……ビダーシャルから話は聞いていた。躯の国があると。あの時は、全く信じていなかったが……。戦場で見た動く死体……あれを見ては、信じざるを得ない。つまりは、地獄の魔王は実在する)

 

 思い浮かんだ光景に、寒気のようなものが湧き上がってきた。

 

(あれがエルフの国のすぐ隣に潜んでおり、しかもハルケギニアで暗躍しているという。おそらくはネフテスにも手を伸ばしているだろう。なのに……人間同士が戦っている場合なのか?それに私自身も……)

 

 ワルドが祖国を裏切りアルビオンの虚無を頼ろうと思ったのは、汚名を着せられ失意のまま亡くなった母親の名誉回復のためだ。だがこのトリステイン、いや人間社会そのものが消滅しては、名誉回復も何もない。

 自分の望みは一旦脇に置き、魔王へと対策を考えるべきではないのか。しかし、たった一隻に翻弄されたトリステイン艦隊。こんな有様で対抗できるのか。そもそも魔王などというものに、人間が諍えるのか。あの虚無の担い手であるジョゼフすら、圧倒されたというのに。

 願わくば、これから来るであろうヒラガサイトが魔王の軍勢と敵対し、互角以上の力を持つことを期待するのみだ。

 

 ちなみにゾンビを目にした竜騎士はいた。しかし、それが動く死体と認識できた者は、ワルドを除いていなかった。

 戦闘中であり、気にかけている余裕がなかったのもある。さらに接近しすぎた竜騎兵は、デス・ウィザードやデス・プリーストに落とされ、間近で見ることのできた者がいない。

 また甲板上で圧倒されたトリステイン兵はすぐに艦内に逃げたため、主戦場は艦内となりゾンビ自体を甲板でそれほど見かける事がなかった。

 そもそもアンデッドという概念のないハルケギニアの人間には、死体が動いていても、何かの錯覚や重症者がなんとか動いていると思い込んでいた。

 

 

 

 

 トリステインの王宮では、ポワチエ将軍が青い顔をして報告書に目を通していた。ラ・ロシェールからの戦況報告だ。

 開戦から一週間近くが経っていた。報告書にはトリステイン艦隊がかなり劣勢で、ラ・ロシェールの制空権が握られつつあるとあった。敵の上陸を地上から阻むしかないとも。

 寡兵の敵に対し局地的優位をもって殲滅し、それを繰り返して戦況を優勢に進めていくという話はなんだったのか。言い出したグラモンが現地にいるのもかかわらず、この体たらく。

 

「話が違うではないか!何をやっているのだ!元帥は!」

 

 喚くとともに、テーブルを叩くポワチエ。

 総司令官という立場にありながら、全く戦闘経験がない彼。軍才も平凡そのもの。グラモンから総司令官を引き継いだときは、高い地位に喜びを抑えられなかったが、この状況下でいまさらその責任の重さに気づいた。そして、押しつぶされそうになっていた。

 

 ポワチエは興奮と混乱で血走った目のまま、副官に命ずる。

 

「増援を出せ!」

「各軍はすでに、ラ・ロシェールへ向かっております。まもなく到着するかと」

「足らん!学生だ!学生も増援として送れ!」

「学生を!?」

 

 副官は目を見開き、驚きの声を上げる。

 

「教練を始めてから、二週間も経っていません!兵としては使い物にならないかと」

「弾薬の持ち運びくらいできるだろ!いいから出兵させろ!総司令官命令だ!」

「……分かりました」

 

 あまりの剣幕に、副官は折れる。そしてトリステイン魔法学院へ、出兵命令が下されるのだった。

 

 

 

 

 日没後、いつもの遅い夕食を口にしている生徒たちに、食後も食堂に残るようにと通達が出る。一部の生徒たちは、その意味をなんとなく察していた。

 ギーシュが隣に座っている太り気味の生徒、マリコルヌに話しかける。

 

「いよいよ出兵か……」

「えっ!?もう?だって、教練って最低でも一ヶ月はかかるって聞いたよ」

「戦争、始まってるんだぜ。なんでも予定通りに進むわけないだろ」

「だけど……でも……」

 

 元々臆病な面もある上、教練での成績も芳しくないマリコルヌは、弱り顔になる。対するギーシュの方は、すでに心構えはできていたようだ。元々、武門の家柄というのもあるのだろう。

 似たような話が、食堂のあちこちで語られていた。そんな中、他人事のような顔をしている女性が二人。キュルケとタバサだ。

 留学生には、今回の戦争は関係がない。迷惑な話と言ってもいい。実際、ほとんどの留学生は宣戦布告があった後、故郷に帰ってしまった。しかし彼女たちは残っている。それどころか、何故か教練にすら参加していた。もっとも全授業が中止になったため、教練に出なければただ暇を弄ぶしかないのもあるが。

 褐色の美少女が、隣で野菜をつついている青髪の少女に話しかけた。

 

「タバサはこれからどうするの?」

「残る」

「残ってどうするのよ?」

「戦争がどうなるか見届けたい」

「見届ける?」

「知っておいた方が、いいと思うから」

「それはそうだけど、実家に帰ってからもできるでしょ?」

「……」

 

 タバサは答えない。

 彼女が帰らないのは、祖国ガリアからの"帰還命令"が出ていないからだ。ならば、生徒を続けるしかない。それも彼女の"任務"の一つなのだから。

 一方で、この状態を妙にも思っている。ガリア隣国での戦争だ。ガリアにも影響が出るかも知れない。なら彼女に、状況把握の偵察命令くらい出てもおかしくないのだが、何故かこない。

 そもそもここ最近、急に命令が減ったのも違和感がある。特に王宮からの直接命令が、完全になくなった。あのヴェルサルテイル宮殿襲撃事件以来。王宮に何かあったのかもしれないが、調べるには難易度が高い。今やる事でもない。しばらくは様子見だ。

 今の考えを頭の中でまとめると、隣の友人に話しかけた。

 

「そういうキュルケは?」

「そうねぇ……。ちっこいゼロと、あの子の使い魔が何するのか興味があるから。こればかりは、近くにいないと見れないしね」

「……。それは私も興味がある」

「どっちに?」

「どっちも」

 

 二人はわずかに笑みをこぼした。

 

 

 

 

 食堂での話は予想通り、出兵の決定だった。

 昼食後に命令を受けたヴァリエール公爵は、すぐさま反対意見を言いに王宮に出向いた。しかし、総司令官命令で押し切られてしまう。かつての武名も、総司令官権限の前では役に立たなかった。

 

 食堂の壇上に立った彼は、生徒たちに向かって彼らの優秀さを説く。もっともらしい言葉で。同時に戦場では、慎重な振る舞いを心がけることも。

 いずれにしても、胸の内では兵としてはまだまだと考えていた。ただこれで多少なりとも自信を持ち、戦場でパニックに陥らないよう期待するしかない。そして可能な限り無事に戻ってくるようにとも、思っていた。

 

 寮ではルイズが、さっそく準備を初めていた。一方、話を聞いた才人の方は考え込んでいる。何気なく口を開いた。

 

「みんな戦争行くって?」

「そうよ。私たちは貴族だもん。国を守る義務があるの」

「相手を殺すかもしれないし、自分だって死ぬかも知れないんだぜ」

「そんな事、分かりきってるわよ」

「ほんとかよ。戦場に着いたら、そんなもんぶっ飛ぶんじゃないのか?」

 

 才人は以前やったFPSを思い出していた。あの神経を尖らせ張り詰めた感覚でのプレイ。MMORPGとはまた違う心持ち。特にリアルを謳ったゲームでは、どこから撃たれたのか分からずに一発キルされたなんて事もよくあった。だがゲームはゲームだ。キルされても、死にはしない。しかしこの世界での戦争は、そうはいかない。キルされれば終わりだ。

 あの緊張感を体験したこともない、貴族のお坊っちゃまお嬢様が戦場に向かおうとしている。

 表現の難しい憤りが、彼の中にあった。独り言のように言葉を漏らす才人。

 

「戦争って、どうやったら終わるのかな?」

「え?そりゃ、どっちかが降参すればじゃないの?」

「降参するって、どうやって?」

「戦えなくなったら……かしら?」

「そっか……」

「何言ってんのよ?あんた」

 

 ルイズの問に答えず、大きくため息をつく才人。

 

「分かった。俺が戦争終わらせるよ」

「は?何言って……」

 

 そこまでいいかけて、ルイズは言葉を切る。あの異世界の力があれば、アルビオン軍を撃退できるかもしれない。そんな馬鹿げたことを一人で出来るかも知れないのが、この異世界の少年剣士だ。しかし、一つだけ引っかかるものがあった。

 ルイズはサイトに向き直った。

 

「父さまに言われた覚悟は出来たの?」

「え……。いや、まだ……」

「言われたでしょ。躊躇したら、大切な人も、自分すら守れないって」

「そんな簡単にできるかよ。こっちはただのライン工だ」

「え?らいんこう?」

「なんでもねぇよ」

 

 ふてくされるように返すサイトに、ルイズはふと思った。

 自分が羨ましいと感じてしまったほどの力を持つ少年が、自分が持ち合わせている覚悟だけはないのかと。いや、貴族ではない彼がそれを持ってないのは当然と考えなおす。もしかして、彼が使い魔として召喚されたのは、こういう所も理由の一つなのかもしれない。

 小さな主様は胸を張って、サイトの前に立つ。

 

「私もついていくわ」

「何言ってんだよ。戦場いくだんぞ?」

「そうよ。さっきも言ったでしょ。戦争に出るのは貴族の責務よ。どうせ、明日には出兵するんだし」

「俺が行くのは最前線だ。お前が考えてるより、ずっと戦争ってのは厳しいんだぜ。訳わかんねぇ内に死んじまうのも、普通にあるんだからな」

 

 少し強めの語気を放つ才人。ゲームの中ですら、独特の緊張感があるのだ。現実のものはそれの比ではないだろう。そのゲームでの緊張感すら知らない、お嬢様が何を言っているという気持ちになる。

 だがルイズが動じた様子はない。

 

「だったら、守ってよ」

「え……?」

「大切のものを守るために、必死になって」

「……」

「あんたが戦場で迷ったら、私を見て。何が大切なのか、思い出させてあげるわ」

 

 勇ましげに言う小さな少女。その時、才人はふと思った。

 

「ん?ルイズを見て……大切なって……」

「そうよ」

「ルイズは俺の大切な人……なのか……」

 

 自分で口にして、急に気恥ずかしくなってきた才人。一方のルイズ。勇ましさは怒りに変わっていた。

 

「な、何よ!私のことなんとも思ってない……」

 

 そこまで言いかけて、ルイズは自分が何を口にしてしまったのか気づいてしまった。怒りは消え失せ、こちらも気恥ずかしさで一杯になる。

 下を向いて黙り込む二人。この状況はなんなのだと思いながら。

 先に口を開いたのはルイズだった。やけに大声をあげて。

 

「あ、主は使い魔にとって、大切なのは当たり前よね!」

「そ、そうだな!その通りだ!」

「じゃ、じゃぁ、どうやってラ・ロシェールに行くか決めましょ!」

「お、おう!」

 

 強引に頭の中から、ピンク色の何かを追い出す二人だった。そしてなし崩し的に、ルイズもラ・ロシェールに向かうこととなった。もっとも共に戦う訳ではないが。

 

 気持ちを入れ替えた二人は、今夜出発する事にした。日が出ている内に出ては絶対に止められるので。さらにその方法は馬で。魔法を使えばはるかに早くつくが、距離もかなりあるのでMPの消費も馬鹿にならない。できれば戦いに備え、MPは温存しておきたかった。

 

 双月の下、忍び足で厩舎へ入っていく二人。許可を取るわけにも行かず、馬を無断借用、つまり盗むつもりだった。

 

「あら?どこに行こうってのかしら?」

 

 急に背後から声がかかった。見つかったと焦る二人。振り返った先には赤毛の美少女と、青髪の小さな少女がいた。

 

「キュ、キュルケ、タ、タバサ……。こ、こんばんわ……」

 

 ルイズの苦し紛れの返答。あきれた表情となるキュルケ。

 

「は?あんたねぇ……」

「そ、その……。眠れなくって、風に当たりに来たのよ」

「それでごまかしたつもり?」

「……」

 

 二人は諦める。才人が口を開いた。

 

「俺たちはこれからラ・ロシェールに行く。だから見逃してくれ」

「だと思ったわ」

「え?知ってたのか?」

「知ってたもなにも、明日出兵ってのに、厩舎に来る理由が他にある?」

「いや……まあ、そうか」

 

 そこで今度はタバサが口を開いた。

 

「私が連れて行く。シルフィードなら、馬よりずっと早くつく」

「え?いいの?」

 

 驚きの提案に、ルイズは聞き返していた。それに、頷くタバサ。いっしょにキュルケも、楽しげに口元を緩めていた。

 

 やがて四人はシルフィードの背に乗り、ラ・ロシェールへと飛び立った。この時、才人は武装は解除していたので、以前のように重くて乗れないという事はない。

 ちなみにキュルケたちに気づかれた理由だが、厩舎へ向かうルイズたちをシルフィードが見つけたからだ。タバサは使い魔との共感覚でそれを知り、キュルケに伝えた。

 本来、日中、厩舎にいる使い魔たちは、夜には主の元に戻る。しかし、風竜サイズのシルフィードはそうはいかないので、彼女だけは夜でも厩舎にいたのだった。それで見つかってしまったのである。

 

 

 

 

 

 

 




『遠見の鏡』に魔力が必要というのは、自己解釈です。
ただ使用する時にオスマンが杖で起動させたので、魔力は使用者のものを消費すると解釈しました。
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