王都トリスタニアのワルドの別宅。
ラ・ロシェールでの戦闘は終わったが、アルビオンとの戦争が終結した訳ではない。そのため、ワルドは王都から離れられずにいた。いつ出動がかかるか分からないので。
だが、理由はそれだけではない。ここにいる手を組んでいる連中への報告と、次の手を考える必要があるからだった。
この屋敷には、とある一行が滞在している。神官と従者とメイド。使用人たちは、修行中の神官一行と聞かされていた。主は彼らにいくつかの部屋を貸している。彼らの食事の用意をすることは命じられていたが、何故かその他のことはしてはならないと言われていた。掃除、洗濯すらも。特に部屋への入室は禁止、と厳命されている。理由は、信仰を研ぎ澄ませるためと言われた。使用人たちはよく理解できなかったが、主が言うなら従うだけだ。
彼らに貸している部屋の一つに入るワルド。目に写ったのはいつものメンツ。
ガリア国王ジョゼフ一世。エルフの国ネフタスの議員ビダーシャル。大盗賊フーケ。それが、神官と従者とメイドの姿でこの部屋にいた。見事な化けっぷりと、ワルドは少なからず感心していた。だがこれでも、あの魔王の目から隠せているのか確信を持てないでいた。ラ・ロシェールでの出来事を目にした今となっては。
金髪美男の髭の子爵は椅子にもたれながら、話を始めた。
「ある意味想定以上の結果だったよ」
「ほう……。詳しく教えてくれ」
ジョゼフが楽しげに、頬を緩めた。ワルドは、目にしたものを口にする。
まず魔導国軍そのものが、アルビオン側に参戦していたと。もっともその数はわずか一隻。しかしその一隻で、トリステイン艦隊はほぼ壊滅状態に陥った。また魔導国の兵に、動く躯を作り出すものがいたこと。さらにその兵の強さは、トライアングルメイジ以上。
あきれた声を上げるフーケ。
「なんだいそりゃ?」
「気軽にライトニングの魔法を使ってた兵もいた。下手をすれば、スクウェアクラス以上かもしれないな」
「そんなのが一兵卒って……」
「実際、魔導国の兵に襲われた艦は、戦いにすらなっていなかった。あっという間に制圧されてたよ」
すると次に口を開いたのはビダーシャル。
「動く躯を作り出すと言ったな。なんだそれは?」
「でかい黒い騎士がいて、そいつに切られると死後に動き出す。首がちぎれそうになってる死体が動いたのを見た時は、一瞬、風竜から落ちそうになった」
「その黒い騎士は、身長が2メイル半ほどで、背丈ほどの盾を持っていたか?」
「その通りだが……。知ってるのか?」
「ロバ・アル・カリイエの調査報告書にあった。魔導国の躯兵の一体だ。それもかなりの強さを持っているのか?」
「ああ。魔法も剣も銃も通用しない」
「正に、地獄の軍勢という訳か……」
腕を組み、重々しい面持ちで黙り込むエルフ。
それからワルドは、魔導国軍の奇妙な黒い戦艦の異常さも報告する。速度は大したことないがが、自律飛行をしドラゴンのように飛べると。ただ積まれていた大砲自体は、普通のものだった。また竜騎兵隊もいたが、風竜並に動けるものはおらず、ともすれば火竜よりも鈍重。魔導国のドラゴン自体は、空中にいる限り脅威にはならない。ただし力は、ハルケギニアのドラゴン以上だった。もっとも鈍重な竜騎兵を補うように、巨鳥のガーゴイルがいた。ブレスなどを放つ訳では無いが、こちらはそこそこ巧みに飛ぶので、厄介な存在だ。
するとここで、ジョゼフが入ってくる。
「それで、メインディッシュはどうだった?ヒラガサイトとやらは?」
「らしき存在は確認した。ただし、夜間な上、遠方での戦いだったからな。遠見の魔法とマジックアイテムを使っても、辛うじて見えたという程度だ」
「それでも構わん。話せ」
「トリステイン艦隊がほぼ壊滅し、形勢不利が明らかになった頃だ。深夜、見張りから敵に異変ありと報告があってね。見ると、例の黒い艦上で白い騎士と青白い騎士が対峙していた。勝敗はわずかな時間で決まり、白い騎士が勝ったようだった。その後、黒い艦はバラバラになり、白い騎士は消え失せた。あなたの虚無の魔法のようにな」
「ほう……。その艦に積んでいた、躯兵共はどうなったのだ?」
「私が見た時にはすでにいなかった。おそらく白い騎士が全て倒したのだろう」
「そうか。多芸な上に、それほど強いか。何より、魔導国と敵対してくれのは重畳だ」
わずかに笑みを浮かべるジョゼフ。完全とはいかないが、ほぼ思惑通りの結果だ。
しかしワルドは続ける。
「まだ話は終わってない」
「ん?」
「その後にも、大イベントがあった」
「なんだ?もったいぶらずに言え」
「アルビオン艦隊のほとんどが沈んだ。一発の魔法でな」
「何?」
「黒い戦艦が沈んで、しばらくした後だった。敵艦隊が集結したところで、突然巨大な光の玉が現れた。それに包まれた艦は全て沈んだよ」
「……」
この場にいる者たちの困惑の視線が、ワルドの方へ向けられる。エルフが尋ねてきた。
「そのヒラガサイトとやらの仕業か?」
「分からない」
「分からない?」
「見るべきものは見たと思って、敵艦隊をよく見てなかったからな。気づいたら光っていたと言った方がいいか。それに白い騎士が消えてから、しばらく時間が経ってのことだ。その騎士の仕業なら、続けざまに攻撃しなかった理由が分からない」
「では別の者の仕業か?」
「なんとも言えない。まあ、トリステイン軍では、始祖ブリミルの奇跡という話になってるよ」
難しい顔が並ぶ。
またも正体不明の存在の出現。こちらも強大な力を持っている。すると、ふとフーケが思いつきを口にした。
「もしかして、魔導王やヒラガサイトとも違う、第三勢力が現れたんじゃないのかい?」
「それが何故、トリステインに味方する?」
ワルドが疑問をぶつけた。
「さあ?だいたいさ、魔導国だってアルビオンを勝たせるためなら、その躯兵を500体ほど持ってくれば勝つのなんて簡単なんじゃないのかい?」
「確かに……。そう言えば……戦闘序盤の魔導国艦の動きも妙だった。戦うつもりがなかったかのようだ。勝つ気がなかったのか?だったら何故、軍を参加させた?」
髭をいじりながら、ぶつくさと零すワルド。おもむろに、ビダーシャルが口を開いた。
「もしかして戴冠式での出来事から、トリステインに自分たちと同じ者の存在を感じたのかもしれないな。それをあぶり出すため、餌として軍を少数参加させた」
「それに引っかかったのが、ヒラガサイトという訳か」
「それともう一人のヤツもな」
「なくは……ないか……」
視線を落とし、一応納得する髭の子爵。すると、フーケが呆れたような声を上げた。
「まだまだ他にもいるのかしらね。魔導王やらヒラガサイトみたいなのが。そんなのが戦いだしたら、この世界はメチャクチャになっちまうんじゃないのかい?神話の中に放り込まれた、一般人になった気分だよ」
「しかも、どちらも正体不明なままだ。何を考えているのかもな。知る方法も分からん」
ワルドはため息交じりに返す。
「そうでもない」
そこに声が挟まれた。ジョゼフだ。相変わらずの余裕の伺える表情。
「ヒラガサイトに、直接聞いてみればいい。何も知らない、ということはないはずだ。しかもヤツは魔導王と敵対してしまった。ヤツにとっても、頼る当ては多い方がいいだろう。それにワルドの婚約者の使い魔で、人間らしいしな。躯の王より、よほど話が通じそうだ」
「ちょっと待ちなよ。魔導国の敵ってことは、目付けられてるかもしれないんだよ。ヒラガサイトに接触したら、私らも見つかっちまうかもしれないだろ?」
フーケの疑問に、頷く子爵とエルフ。それを聞いたジョゼフは、少しばかり考える。やがて、わずかに口角を上げた。
「そうだな。ならば、我が娘と姪の手を借りるか」
「……」
ジョゼフ以外が分かったのは、何か策があるのだという事だけだった。とりあえず、考えを聞こうとする。
ただそんな中、ふとフーケは思う。
このジョゼフという男は、何故ここにいるのかと。自分は大切な者たちのために、いち早く脅威の正体を知る目的でいる。ビダーシャルは祖国を守るため。ワルドは虚無の力を利用するため。しかしジョゼフは分からない。魔導王に一泡吹かせるという目的は、今回で達したはずだ。では何故、まだ地獄の魔王にこだわっているのか。王位を取り戻したいようにも見えない。無能王の評判とは違い、頭が切れる男だ。その頭の中には、何があるのか。
彼女の胸の内に、不安なものが湧き上がるのを否定できなかった。
王宮の執務室に、ルイズと才人、そしてアンリエッタの姿があった。人払いは済ませており、この場には三人しかいない。
二人がこの場にいるのは、女王から呼び出しが来たからだ。彼らにはその理由がだいたい想像できた。もちろんラ・ロシェールの件だろう。
アンリエッタは執務机から、用意された椅子に座るルイズたちを真っ直ぐに見る。幼馴染同士の対面という空気はわずかもない。女王と、臣民という立場での面会だ。
女王はさっそく今回の要件を口にした。
「ルイズ。今日、呼び出した理由が分かりますか?」
「だいたいは……。やっぱり、アルビオン軍が壊滅した話……ですよね?」
「そうです。あの時は、時間がなく詳しくは聞けませんでした。でも今は、話してくれますよね」
少しばかり、サイトの方へ顔を向けた小柄な少女。それに使い魔は、うなずきを返す。
「分かりました。ただもう一度、忠告させていただきます。他言無用にお願いいたします。陛下にも、危険が及ぶ可能性がありますので」
「わたくしに?」
「はい」
するとここで才人が、思いついたかのように言い出した。
「その……。ただ、ルイズの父さん……父上と母上は、この件をご存知なので、もし相談するならお二人を頼ってください」
「ヴァリエール公爵夫妻を?」
「はい」
「……。そうさせていただきましょう。とりあえずはこの場での話、私の胸に収めておきます。ルイズ。お願い」
ルイズは返事と共に頷いた。そして話を始める。
まず以前話した通り、サイトが異世界人である事、そしてその力は下手をすれば一つの小都市を潰せること。さらにアルビオン艦隊を壊滅させたのは、自分の虚無の魔法であること。すなわち虚無は実在すると。
この上、驚愕の事実がサイトから告げられる。トリステイン艦隊をほぼ壊滅させた敵の黒い戦艦は、自分と同じ異世界人の艦だと。しかも乗っていた兵隊は全て妖魔で、その強さはトライアングルクラスのメイジ以上。しかも異世界人なら、その妖魔の軍勢をいくらでも作り出せると。
言葉のないアンリエッタ。唖然と口と目を見開いた固まってしまった。虚無の実在の上、敵方に異世界人の軍勢がいるとは。さらに異世界人の軍勢はありえないほど強大で、戦力は理論上無限。
女王は一瞬目眩に襲われる。駆け寄るルイズ。
「ひ、姫さま!?」
「大丈夫よ。ルイズ。大丈夫です」
一つ深呼吸を挟むアンリエッタ。ゆっくり顔を上げ、姿勢を正すと二人へと向き直った。
「あなた方の能力については、理解しました。他言無用と念を押すのも分かります。確かに、慎重に扱わなければならない内容です。ただ一つ、確認しておきたいことがあります」
「何でしょうか?」
ルイズは、まっすぐにアンリエッタを見ながら返した。
「虚無と異世界の力。それでアルビオンの異世界人の軍勢に勝てますか?」
「……」
ルイズとサイトはお互いを見やる。そして再び女王へと向き直った。虚無の担い手は難しい顔つきとなる。
「分かりません。実際にその異世界人を見てませんし、やってみないと……」
「そうですか。ミスタ・ヒラガはどうでしょうか?」
「異世界の力が使えれば、兵隊なら相手になりません。数なんて関係ないです」
「えっ!?トライアングル以上の相手ですよ」
「はい」
頼もしい返事に、不思議な高揚感が湧き上がってくるアンリエッタ。しかし、頼もしい異世界の騎士は、すぐに気まずそうな態度を見せる。女王に浮かぶ怪訝な表情。高揚感も霞んでいく。
才人は申し訳なさそうに、口を開いた。
「ただ……、今は異世界の力使えないんです」
「えっ!?どういうことでしょうか?」
「説明すると長いんで、詳しくは後でお話します。それで、この異世界の力を取り戻したいんで、お願いがあるんですが」
「伺いましょう」
「アカデミーにある、場違いな工芸品をいくつか戴けないでしょうか?」
「場違いな工芸品を?」
「はい。もしかしたら、それでなんとかなるかもしれないんで」
「分かりました。指示を出しておきましょう」
小さく頷くアンリエッタ。
それからしばらく話は続き、やがて面会は終了となる。ルイズとサイトが去り、アンリエッタは椅子にもたれかり、天井を見る。定まらない視線で。
あまりにも重い内容だった。本音を言えば、自分には荷が勝つと感じていた。王位を継いで間もないというのに、これほどの大問題に対処しないとならないとは。王位を継ぐと決心した時の気持ちが、揺らぎそうになっていた。
ちなみに、ルイズを目覚めさせた始祖の秘宝は、引き続き彼女の預かりとなった。虚無の担い手こそが持つべきではないかとの、彼女の判断だった。
ナザリック地下大墳墓、第六階層コロッセウム。そこに剣戟の響きが反響していた。アインズがモモンの姿で、コキュートスに稽古を付けてもらっていたのだった。
もうモモンのカバーは使わないだろうと考えていたアインズだが、ハルケギニアにプレイヤーがいると分かり、相手をミスリードするために剣士としての腕を磨いていたのだった。もちろん本職の戦士系に並ぶなどあり得ないが、それでもややレベルの低い戦士系クラスと誤解してくれたら儲けものだ。
しばらくして、剣を下ろす二人。アインズが声をかける。
「ここまでにしよう」
「分カリマシタ」
「それで、私の腕をどう評価する?」
「レベル30代半バ……後半程度ハ、アルト思ワレマス」
「そうか……」
宙を見上げるアインズ。
レベル30代では、戦士系プレイヤーとしてごまかすには無理がある。ユグドラシル最末期に、そんなプレイヤーがいるはずがない。
もっとも、バフやゴッズアイテム、各種マジックアイテムを使えば、なんとかなるかもしれない。しかし、その考えはすぐ否定された。そこまでやっても、本職には及ばない。むしろ戦士系がゴッズアイテム装備した割には、攻撃力が低いことに違和感を持たれる可能性がある。だいたい各種底上げのどれかがバレれば、一発でアウトだ。剣士カバーの使い道はかなり限られると、少し肩を落とすナザリックの絶対支配者だった。
気持ちを切り替えて、以前から気になっていた話題を出すアインズ。
「そう言えば、お前たちと例の同格の者の戦いを、詳しくは聞いてなかったな。教えてくれないか?」
「ハイ」
それからコキュートスは、話し始めた。白い騎士と自分たちの戦いの流れを。
最初、相手は和解をもちかけたが、それを断り戦闘となった。コキュートスが先手を取り、突っ込んだがかわされ、後衛のルプスレギナが落とされてしまう。すかさずナーベラルも。そして一対一でぶつかったが、正面戦闘で敗れてしまった。その状態で相手は、こちらの情報を欲しがっていたと。
話を聞いていたアインズの脳裏には、いくつも疑問点が浮かんだ。
「コキュートス。いくつか聞きたいのだが、何故初手で相手に突っ込んだ?」
「一刀ヲ持ッテ、マズハ白イ騎士ノ力量ヲ計ロウカト」
「そういう意味ではなくてな、お前たちのチーム構成は悪くない。そして相手は一人だ。分かるな」
「……申シ訳ゴザイマセン。アインズ様ノオ考エ、分カリカネマス。アインズ様ノ叡智ニ届カヌ我ガ身ヲ、オ許シクダサイ」
「いや……そこまで重く捉えなくてもよい。つまりだな。この場合の最初の一手は……」
ナザリックの主は、解説を開始しようとする。そこで気づいてしまった。彼ら、NPCたちの重大な欠点に。話を止める。
彼らの創造主の一人であるモモンことアインズは、おもむろに尋ねた。
「コキュートス。先に知っておきたい事がある。最後にレベル90以上の相手と戦ったのはいつだ?例の白い騎士を除いてな」
「ナザリック地下大墳墓ニ、ギルド連合ガ攻メ込ンデキタノガ最後カト」
「え!?あれが最後か?」
「ハイ」
息を呑むアインズ。随分と昔の話だ。ユグドラシルに勢いがあった頃の時代だ。さらに質問を続ける。
「……。近いレベル帯の者と、パーティを組んで戦ったことは?」
「ゴザイマセン」
「ロバ・アル・カリイエで直に戦った経験は?」
「私ガ出ルホドノ相手ハ、見カケナカッタト」
「そうか……」
つまり、あのギルド連合の大攻勢以来、彼は誰ともまともに戦っていないことになる。例の白い騎士を除いて。その大攻勢の時も多勢に無勢で、意味ある経験にはならなかったろう。
アインズは理解した。NPCたちにはプレイヤーとの戦い、PvNの経験がまるでない。これでは同格以上である白い騎士と、勝負になる訳がなかった。アルベドやデミウルゴスのように頭脳明晰なものは、まだマシな勝負ができるかもしれないが。それでも理屈ではない勝負勘が必要なのは、アインズ自身の経験から分かっている。むしろギリギリの戦いでは、それが勝敗を分ける事もある。こんな調子では、レベルがやや下のプレイヤーにも負けてしまう可能性もある。
よく考えてみれば、当然と言えば当然だ。プレイヤーが成長するという意味は、何もパラメーターなどの数値や、クラスが増えた、レベルが上がったという目に見えるものだけではない。経験と知識というものを蓄積していく。
しかしNPCたちは高スペックを与えられ、ポンと生まれるのだ。このコキュートスなら、いきなりレベル100として。経験を積みながら、レベル100になった訳ではない。
アインズは大きくため息をつく。おのれの至らなさに。
(仲間の子供のようなもの、とか思ってたけど、本当に子供だったんだよな。まるで気づいてなかった)
すると突然、膝をつくコキュートス。
「アインズ様!ソノ御心ニ影ヲ落トシ、誠ニ申シ訳アリマセン。コノ我ガ身ノ無能サ、命ヲ持ッテ詫ビヲ入レタイト考エマス」
「待て!待て!待て!別にお前に失望した訳ではない」
何事かと慌てて、止めに入る。
「むしろ詫びを入れねばならんのは、私の方だ」
「アインズ様ガ詫ビネバナラヌコトナド、欠片ホドモゴザイマセン」
「私がそう思うのだ。私の未熟さから、お前たちには大きなダメージを負わせてしまったしな」
「ソノ程度、アインズ様ノ臣下トシテ甘受シテ当然ノコト」
「だがな……」
そこで言葉が途絶える。アインズはふと思い返していた。
確かに、コキュートスたちが大きなダメージを負った時は、怒りがこみ上げた。しかしNPCたちにPvNのノウハウを教えていれば、こんな事にはならなかったはずだ。他のギルドがいるかもと、警戒していたにも関わらず。
だいたい考え直してみると、彼らが戦いを選んだからこそ白い騎士の強さを推し量ることができた。もし最初の提案に乗りお互いが手を引いていたら、ダメージは負わなかっただろうが相手の強さも不明のままだった。それが後に、最悪の事態を招いたかもしれない。彼らのダメージは、その情報を手に入れるための経費だ。というか、経費を掛けずに成果を得ようなどと考えるのはただの愚か者だ。サラリーマン時代の自分に、無償で利益が得たいなどと言ったら、呆れられるだけだろう。
そもそも、それが嫌なら簡単な解決方法がある。世界征服をやめて、ナザリックに引きこもってしまえばいい。NPCたちは文句も言わず従うだろう。
しかし彼らが忠誠を捧げる主は、それでいいのだろうか。自分が至高の御方と、呼ばれているのをアインズは耳にしている。ナザリックに籠もってしまえば、その至高の御方が地下大墳墓の底で、ボーっとしているだけだ。忠誠の捧げ甲斐がない。少なくともアインズ自身は、そんな経営者、いや親を尊敬することはできない。
それに、かつてあったギルド、アインズ・ウール・ゴウンが拡大していく高揚感。今は、それに近いものがある。見知らぬ世界を知り、大きくなる魔導国。新たな世界で、NPCたちと共にあるのはそれのはずだ。
だが、事業を拡大するには損害がある程度出てしまう。それを受け入れなければならないのは、トップの立場としてはやむを得ないのではないだろうか。
(これが、経営者とか王とかの心持ちなのかなぁ)
ふと思い出される。何度か胸によぎった、王の責務という言葉。まだまだ自覚が足らないようだと、痛感する。ナザリックの絶対支配者であり、アインズ・ウール・ゴウン魔導王としての覚悟が。
独り言のようにつぶやいた。
「その白い騎士とは、一度話してみたいものだ。感謝の言葉も伝えたいしな」
「感謝……デ、ゴザイマスカ?」
「ああ。我々の未熟さを気づかせてくれた礼だ。それに相手はおそらく、こちらと本気でことを構えるつもりはなかったのだろう」
「ソウ……ナノデスカ?」
「相手はルプスレギナを最初に落としておきながら、何故、止めを刺さなかったと思う?」
「……。申シ訳ゴザイマセン。理解シカネマス」
頭を下げるコキュートス。アインズもチーム戦の経験のない今の彼では、分からないのも無理はないと思っていた。
「白い騎士が、ヒーラーであるルプスレギナを最初に狙ったのは、いい手だ。だが止めを刺さなかったのは、褒められたものではない。というより奇妙だ」
「……」
黙って主の話を聞く第五階層守護者。アインズの話は続く。
「HPがいくらわずかになろうが、MPやアイテムが十分にあればヒーラーは自らを回復させ、戦線に戻ってきてしまう。それでは先手を取った意味がない。だからこそ、ルプスレギナの止めを刺しておかねばならなかった。しかしそれをやらなかった。戦い方を聞くに、相手がその程度も分かってないとは思えないしな」
「デハ……何ヲ狙イ、ソノ選択ヲシナカッタノデショウカ?」
「メッセージだ。本気でやり合うつもりはないが、ハルケギニアには手を出すなというな。最初に和解を言い出したのと同じだ」
「ナルホド……。戦イ方ニソノヨウナ意図ヲ込メルナド……。ソノ者ニ興味ガ湧イテキマシタ」
「同じ、剣士として見るべき所があるか?」
「ハイ」
なんとも素直な答えに、少しばかりかわいいなどと思ってしまう至高の御方。
しかしここで、アインズの声色が変わる。
「だが、お前たちがダメージを負ったのも事実。借りは返すのが私の主義だ」
「アインズ様。ソノ役目、私ガ任ジテモ、カマワナイデショウカ?」
「最初から、そのつもりだ。ただそのためには、お前たちの成長が不可欠だが……。さて、どうするか……」
アインズは、腕を組み、顎を抱えつつ考える。
(人間やデザートエルフと戦っても、あまり意味ある経験になるとは思えない。説明だけじゃ、身につかないし。かと言って、同レベルの相手となると、ナザリックにしかいないしなぁ)
その時、アインズの空っぽの頭の中に、閃きが舞い降りる。
(あ!武闘大会をやろう!戦争屋の連中がやってた非公式の大会。あれをナザリック内で定期的に開こう。個人戦やら、チーム戦やら、舞台もメンバーも変えて。なんか面白くなってきたぞ)
コキュートスの方へ向き直るアインズ。
「私に考えがある。それに相手のことも、もっと調べねばな。ともかく、皆に意見を聞いてみよう」
「ハッ」
忠実な守護者は、清々しい礼を返した。
するとそこでメッセージがアインズに入る。アルベドからだ。
『アインズ様。ラ・ロシェールでの一連の件について、報告書がまとまりました。お時間をいただければ、一度、お話をしたいのですが』
「丁度、今空いたところだ。後、私からも話がある。守護者たちを執務室に集めてくれ」
『かしこまりました』
タイミングよく皆が集まる理由ができた。武道大会を提案しようと考えるアインズ。そんな彼の耳に、アルベドの声が届く。まだメッセージは終わってなかった。
『アインズ様。ラ・ロシェールとは別件で、お話ししたい報告もあるのですが』
「ん?構わない。それで、なんだ?」
『それが……。十分情報が集まっていないので、不正確なものなのですが。ただ気になる点もあり、早めにお耳に入れておこうと思ったもので』
「概要を教えてくれ」
『はい。魔導国内でゴブリンとフロストドラゴンらしき妖魔の目撃情報が入っています』
「え?」
ゴブリンとフロストドラゴン。ユグドラシルにはいたが、この世界にはいないはずのモンスターだ。何故そんな話が出てくるのか。気持ちの悪い違和感を覚えるアインズだった。
ガリア王国の南、火竜山脈を超えた先にある宗教連合国家、ロマリア連合皇国。その首都に、ハルケギニアの一大宗教であるブリミル教徒の頂点がいた。教皇ヴィットーリオ・セレヴァレ。見た目は端麗な長い金髪の青年。ただ今は、執務中なためか、粗末な服に長い髪をまとめて机に向かっている。その視線の先には、彼の使い魔ジュリオ・チェザーレが、テーブルに肘をかけつつ、書類に目を通していた。
読み終わると、無造作にテーブルの上に書類を置いた。
「今度は、トリステインですか」
「ええ。戦場に太陽のごとくな光が現れたとか」
「当たりだといいですけどね。これまでハズレしかなかったですし。全部、無駄骨……」
「やむを得ません。虚無の正誤を見極められるのは、我々しかいないのですから。直に向かう他ありません」
「方々にいつも行ってるのは、僕ですけどね」
肩を竦めるオッドアイの青年。教皇ヴィットーリオと出会ったのは三年前。ジュリオは、もう立派な青年に育ちつつあった。
そんな使い魔の皮肉を、軽く流す教皇。気心の知れた友人のように。
「そんな苦労はしてないでしょうに。あなたの力を使えば、一瞬では?」
「行ったことも見たこともない場所には、さすがに”転移”できませんよ。聖下」
「ですが、ガリアに転移してからなら、それほど離れていないでしょうに」
「まあ……そうですけど」
「さ、仕事に取り掛かってください」
「御下命、拝領いたしました」
返事こそ丁寧な響きがあるが、態度自体は気だるそう。ゆっくりと椅子から立ち上がる。
そんな彼の態度を気にせず、ヴィットーリオはさらに忠告。
「それとできる限り、異世界の力は見せないでくださいよ。その力は、我々にとって切り札です」
「了解いたしました。それでは出立いたします。聖下」
大仰な礼をしつつ、部屋を出ていくジュリオ。
廊下を進みつつ頭に浮かべているのは、これから向かうトリステインではなくヴィットーリオのことだった。
(我々ねぇ……。僕はまだ、本音を聞いてないんだけどなぁ)
精神操作系の魔法で聞き出せるが、操作された記憶が残るのでなるべくなら使いたくはない。もっとも、今は必要ないと思っているのもあるのだが。
本作のジュリオは、少しひねくれた性格になってます。
それと少しジュリオの設定変えました。