トリステイン魔法学院。授業中に、コルベールが入ってくる。そして教室中を見渡すと、目的の人物を見つけた。
「ミス・ヴァリエール。学院長からの呼び出しです。サイトくんといっしょに、学院長に来るように」
「分かりました」
すぐさま返事をしたルイズは、勉強道具をカバンに仕舞い立ち上がる。授業をしているギト―から許可を貰い、教室を出ていった。
サイトを連れて、学院長室のドアをノックするルイズ。サイトは白い布を巻き付けた大剣ソード・オブ・テュールを背負い、腰には未だ安物ナイフ状態のデルフリンガーがナイフ入れにあった。
「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールとサイト・ヒラガです」
「入り給え」
学院長であるオールド・オスマンの許可と共に、入室する二人。すると彼らの目に見知らぬ人物が写った。金髪の青年。女生徒たちが歓声を上げそうな整った顔つき。スラリとした体格。白を基調とした仕立てのいい神官服を着こなしている。両手にはフィンガーレスの手袋。そして珍しい色違いの両目。絵に書いたようなイケメンだ。さも、作ったかのような。
呆気にとられる二人を他所に、その青年は演技くさい爽やかさで語りかけてきた。
「おや?結構かわいい……。いえ、失礼。はじめまして、ミス・ヴァリエールと使い魔の君。僕はロマリアの神官、ジュリオ・チェザーレ」
イケメンにかわいいと言われ、まんざらでもないルイズ。それが世辞だとしても、悪い気はしない。照れくさそうに、身を縮めるピンクブロンドの少女。そんな彼女を脇で見ている才人に、苛つきが湧いてくる。不機嫌そうな視線を、ジュリオとかいう若い神官に向けた。しかしそれを、そよ風かのように受け流すオッドアイの青年。
ここで空気を入れ替えるかのようなオスマンの声が、二人の耳に届いた。
「あ~、すでに自己紹介をされたが、あらためて紹介しよう。彼はロマリアの宗教庁の神官、ミスタ・ジュリオ・チェザーレじゃ。君たちも、自己紹介をしてもらいたい」
「宗教庁の神官……。分かりました」
ルイズは頷く。才人も不満げながらも、つられて頷く。
「トリステイン魔法学院二年生ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールです」
「ルイズの使い魔やってる、サイト・ヒラガだ」
貴族の礼儀作法にならった整然とした自己紹介のルイズに対し、ぶっきらぼうな才人。別に喧嘩を売るつもりはないが、考えなしに口を開いたらこんな口調になってしまっていた。
しかし、彼の名を聞いたジュリオは、不快になるどころか不思議そうな表情に変わっていた。むしろ驚いていると言った方が近い。独り言のようにつぶやく。
「サイト……ヒラガ?ヒラガサイト?」
「?」
あえて、ハルケギニア風に名前を言ったのに、何故かジュリオは本来の呼び方に直している。というか、何故その呼び方に気づいたのか。さらにさっきまであった、演技のような爽やかさが消えていた。むしろ、探偵ドラマの主人公が訝しむかのような態度だ。
二色の瞳が、まっすぐに才人へ向かう。見極めるように。
「なんだよ?」
「……。あ、ごめん」
素直な声が漏れてきた。最初とまるで雰囲気が変わった。首を傾げる才人。今ひとつ、このジュリオという神官がどんな人物か分からない。
そんな彼の思いを他所に、ジュリオはオスマンの方へ振り返る。
「学院長。お二人としばらく散歩をしたいのですが」
「散歩……ですかな。ふむ……。来訪の要件を伺ってなら、かまいませんぞ」
「申し訳ございません。教皇聖下の命により、それはできないのです」
「……。左様ですか。ならば仕方ありませんな。散歩とやらに行っても、かまいません」
教皇の名前を出されては、さすがの学院トップも逆らえない。
ジュリオは礼をすると、二人を連れ出した。そして校舎内を進んでいく。後に続く才人は、ルイズに小声で話しかけた。
「ルイズ。俺より前に出るな」
「なんでよ?」
「こいつ怪しい」
「……!」
ルイズはジュリオへの印象を変える。この数々の異世界で戦い続けた、百戦錬磨の使い魔が言うのだ。信じる他ない。
やがて校舎のとある一室にたどり着く。多目的に使える小さめな部屋だ。今は誰も使っていなかった。ドアを開け、勝手に入る。
「さ、ここで話そう」
「……」
続いて入る才人。その間に、左手に安物ナイフことデルフリンガーを握り、背中の大剣の布がほどけるようにした。
教室に入った所で、顔を見合わせる三人。ジュリオが真剣な眼差しで、口を開く。彼らに近づきつつ。
「さてと。君たちには重要な話……」
「止ま……」
そう才人が言い掛けた瞬間、ジュリオは空中をタップしていた。
瞬時に景色が草原に変わる。才人は察する。転移したと。一瞬で大剣を抜き、目の前のイケメンに襲いかかった。
「ま、ま、ま、待った!」
ジュリオは両手を上げ、後ろに倒れ込んだ。大剣は既の所で止まる。冷や汗を浮かべる金髪オッドアイの美青年。
「し、死ぬかと思った……」
しかし才人は気持ちを緩めない。
「お前……。ユグドラシルプレイヤーか?」
「そうだよ。君もだろ?」
「なんで分かった?」
「説明するから、そんな殺してやるみたいな目で見ないでくれよ」
「信用できねぇ」
「なんで、そこまで警戒してんだ?はぁ……。分かったよ」
ジュリオは、また空中をタップする。そして草原で大の字になった。無抵抗と言わんばかりに。
「さ、精神操作阻害を解除したよ。『チャーム』でもなんでもかけてくれ」
「……」
つまり、精神操作魔法で心を覗いてくれと言っている。さすがにここまでされると、信用するしかない。才人は剣を下ろし、ルイズの元に戻った。ジュリオは精神操作阻害を戻すと身を起こし、草原に腰を落としたままあぐらをかく。
「前のというか、ユグドラシルでの自己紹介をしよう。ギルド『ヌプバリ・ニタム』所属。人間種。マジックキャスターだよ。メインのクラスはハイ・ウィザード。あとハイ・ドルイドとかも持ってる」
「俺は……。ギルド『トリウムフス・ディ・マルティウス』所属。人間種。メインはパラディンだ」
「トリウムフス・ディ・マルティウス?聞いたことないな」
「それを言ったら、俺だってヌプバリ・ニタムなんて聞いたことないぜ」
「まあ、ランキングじゃ真ん中から下の方でうろうろしてたようなギルドだから、知ってる訳ないか」
「俺んところも中位くらいかな」
懐かしいものが、才人の脳裏に浮かんでくる。ユグドラシルでのいつもの光景が。自然と気持ちもほぐれていく。彼も草原に、腰を下ろしていた。
「それで、なんで俺がプレイヤーって分かったんだ?」
「日本人だろ?」
「そうだけど……。何で分った?」
「名前が、それっぽかったからさ。こんな字かい?」
そう言いながらジュリオは地面に、棒で漢字を書く。才人は久しぶりの漢字に驚きつつも、訂正しながら語りかけた。
「お前……。ジュリオさんも日本人なんですか?」
「そうだよ。あ。それとさ、もっと普通に話していいよ。ジュリオって呼んで構わないから。僕も才人って呼ぶけど、いいかい?」
「……。ああ、いいぜ」
ジュリオへの印象は大分変わっていた。初対面での癪に障るような気配は、まるでなくなっている。
するとジュリオが空中をタップする。
「パラメーター見てもいいかな?僕のはこんな感じ」
「ああ……あ、できない」
「何で?」
「今、ユグドラシルの力使えないんだ。ナノマシン切れてて」
「え?ナノマシン?何で?」
怪訝な顔つきで尋ねてくるジュリオ。それに才人は、ナノマシンはユグドラシルをプレイするのに必要と言うが、今ひとつ伝わらない。ユグドラシル内に、そんなシステムはないと返してくる。もしかしてジュリオは、この世界をゲーム内だと思っているのかと聞いたが、そうではなかった。微妙に噛み合わない二人。
面倒になった才人は、振り返り首筋を見せた。そこにあったものに、ジュリオの目は釘付けになる。
「ア、アダプターのジャック!?何で、そんなもんあんの!?」
「ジュリオはないのか?」
すぐさま首筋を見せるオッドアイの青年。そこには何もない。今度は唖然とするのは、才人の方。
「え?なんで?どうやってユグドラシルの能力使ってんだ?」
「なんでも何も……。だいたいこの姿、アバターだし。え?もしかして、才人の姿って……中の人?」
「うん」
「え!?もしかして、実物?本人?」
「うん」
「……!」
口を半開きにしたまま、固まってしまっている金髪イケメン。しばらくして驚きの表情のまま視線を落とす。口元を抑え、何やらつぶやき始めた。
「異世界から、本物の人間が来るだなんて……。いや、待て待て待て。整理しよう。最初からだ。つまりだ……」
ジュリオは一人で、混乱の渦の中。そんな時、才人の脇から声が飛び込んでくる。不機嫌そうなルイズの声が。
「さっきから、何の話してんのよ!説明しなさいよ!」
思わず振り返る才人。困ったことになったと言わんばかりに。
「えっと……さ。ジュリオも異世界人なんだよ」
「ええ~っ!」
草原に、ピンクブロンドの少女の黄色い声が響き渡った。
目を大きく見開きながら、ルイズはジュリオの方を見る。もっともイケメンオッドアイは、未だ混乱の最中だが。
するとルイズは何かを思いついたのか、一人でぶつくさ言っているジュリオに尋ねた。
「あの……。ミスタ・チェザーレ……」
「えっと……だから……」
「ミスタ・チェザーレ!」
「え!?何?」
ルイズの大声に、ジュリオはようやく我に返ったようだ。彼女は、探るような視線を向けつつ疑問をぶつけた。
「ミスタ・チェザーレは……。その……虚無の使い魔なんですか?」
「……!何で、そう思ったんだい?ミス・ヴァリエール?」
ジュリオに冷静さが戻ってくる。ルイズは続けた。
「サイトが、虚無の使い魔だからです。同じ異世界人なら、もしかしてと思いまして……」
「え?虚無の使い魔?って事は……、ミス・ヴァリエールは虚無の担い手?」
「……はい」
「やった!」
両手を上げ、何故か急に喜びだしたジュリオ。さっきから、どうにも情緒不安定だ。初対面の時とは違い、残念なイケメンに思えてくる二人。そんな彼らをよそに、腕を組んで首を振る。また、自分の世界に入り込んでいる。
「いやいや、前にも糠喜びがあったし。そうだ!才人」
「な、なんだよ?」
「使い魔のルーン、見せてくれないか?」
「ん?これ?」
言われるまま、左手の甲を見せる才人。すかさず、左手を掴み見入る。
「ガンダールヴだ……。あ!後、ミス・ヴァリエール。虚無に目覚めたとき、何かメッセージが頭の中に聞こえたりとかしなかったかい?」
「ルイズでいいわよ。メッセージっていうか、文章だったら始祖の祈祷書に出てきたけど」
「なら僕も、ジュリオでいいよ。それで、その文章ってどんなの?」
「えっと……」
ルイズは始祖の祈祷書を取り出すと、最初のページを読み始めた。それを耳にしたジュリオは、安堵のため息を漏らす。
「やっと一人目か。長かった……」
「一人目って、何?」
「ああ、僕がここに来たのはさ、虚無の担い手を探すためなんだよ」
それから経緯を説明する。
ラ・ロシェールの戦場で、巨大な光により、アルビオン艦隊が壊滅した話を聞き、虚無の担い手の仕業ではないかと教皇は予想した。その確認のため、トリステインに彼が派遣された。
最初は女王アンリエッタが虚無の担い手かと考えた。しかし、精神操作系の魔法でそうではない事が分かる。しかし彼女から、ルイズこそが虚無の担い手と告げられた。もっとも鵜呑みにはしない。当人の思い込みや騙されているということが、これまで何度もあったからだ。ともかく、真実を明らかにしに直に会いに来たという訳だ。
ただ何故、教皇が虚無の担い手を探しているのかは、ジュリオ自身にも分からなかった。精神操作系の魔法を使えば簡単だが、操作された記憶も残る。教皇との関係が壊れるのがいやだった彼は、その理由を探ろうとしなかった。
二人は黙って聞いている。やがて、才人が一つ質問をした。
「そっか……。で、ジュリオは何ができるんだ?」
「僕はヴィンダールヴ。あらゆる幻獣を操るって能力。幻獣をある程度操れるパッシブスキルで、しかも精神操作系魔法にバフがかかる」
そう言いつつ、フィンガーレスの手袋を外し、右手にあるルーンを見せる。
「ただ、幻獣、亜人種、人間種の順で、バフ効果が弱くなる。人間種相手には、ほとんどバフがかからない。だから文字通り、幻獣が操れる能力そのままさ。才人は?確かガンダールヴは、あらゆる武器が使える能力とか聞いたけど」
「俺もバフ系。武器を使ってるときに、バフがかかる。武器を手にしてないと、バフが消える」
「虚無の使い魔って、全部バフ系の能力なのかなぁ……」
「他にもいるのか?虚無の担い手」
「後、二人はいるはず。ってヴィットーリオは予想してる。ああ、ヴィットーリオってのは、一応、僕の主で虚無の担い手」
教皇を名前で呼ぶジュリオ。彼自身は、ヴィットーリオと主従関係を結んでいるつもりはなかった。もっとも、使い魔を"演じる"のは嫌いではないが。
一方で、その名に聞き覚えのあるルイズ。まさかと思いながら尋ねる。
「もしかして……ジュリオの主って教皇聖下?」
「そうだよ」
「そうだよって……!聖下が虚無の担い手!?」
「教皇が虚無の担い手って、テンプレ過ぎて面白くないけどね」
他愛のないことのように返す、イケメン神官。彼は実情を咀嚼しかねているルイズを置いて、才人の方を向く。そして問いかけてきた。
「そう言えば、最初、何でいきなり切りかかってきたんだよ?」
「アインズ・ウール・ゴウンのメンバーかと思ったからさ」
「アインズ・ウール・ゴウン!?こっち、来てんの!?」
「そうじゃないかもしれないけど……」
それから才人は、アインズ・ウール・ゴウンの名前を出した理由を説明する。
三年前のアカデミーを襲った、シャルティアと名乗る吸血鬼種らしきプレイヤーと思われる存在の口から出てきた名前だと。ただし、個人名かのように呼ばれていたのは、奇妙に思っている。さらにこの前のラ・ロシェールでの戦いで、アルビオン側にいた異形種のプレイヤーと戦ったと。アインズ・ウール・ゴウンは異形種のギルドだ。だから、そのメンバーの一人ではないかと。
一通りの話を聞いたジュリオは、難しい顔つきで腕を組んでいた。考え込むように空を見上げる。しばらくして、才人たちへと顔を戻した。
「それじゃあ、アインズ・ウール・ゴウンとは決めつけられないなぁ。ギルド名、名乗ってるのも変だし。だいたい分かってんの、アインズって名前だけだろ?アインズ・ウール・ゴウンじゃ、ないかもしれない。とにかく他にもプレイヤーは来てるのは、確からしい。それと碌でもないこと、やってるってのも」
「ああ」
「それで、マジックアイテムいろいろ付けてんのか」
視線を才人の指先に向け言うオッドアイの青年。
「うん。まあな」
「相手に、君が学院にいるってバレてんの?」
「いや、バレてない……と思う」
「なら、そのマジックアイテム、不味くないか?」
「え?」
「目立つし」
「あ」
才人は言われて初めて気づいた。確かにユグドラシルのマジックアイテムは、アクセサリーとして見ると装飾過剰気味だ。ペンダントなどはまだ服に隠せるが、ペンダントだけで全ての基本耐性を付与するのは無理だ。
ジュリオは仕様がないという口ぶりで、アイテムボックスからいくつかマジックアイテムを取り出した。防御力はほとんどないが、耐性に特化したインナーに、腕輪をいくつか。
「これ貸してやるよ。ルイズの分も」
「悪い」
「ありがとう」
ユグドラシルではインナーは防具として装備できる。防御力を増強というより、その他の効果を付与するために装備することが多い。実際、才人もつけており、これによりいくつかの耐性を身につけている。もちろん、これだけは足らないのだが。
やがてルイズは指輪を才人に返し、代わりにインナーを受け取った。指輪を外して才人は腕輪を装備。長袖で隠す。さらに才人は手袋をするように、アドバイスを受けた。ルーンを隠すために。
やがてジュリオは立ち上がった。服に纏わりついた、草を落としながら。
「んじゃ、才人のナノマシンを何とかするか」
「えっ!?何とかなるのか!?」
実はアンリエッタの指示によりアカデミーの場違いな工芸品を見ることが出来たのだが、その中にはナノマシンはなかった。正直期待していたので、落胆も小さくなかった。以前、ルイズの虚無を相談したときもそうだが、アカデミーという名前の割には頼りにならない。
そして今、彼はガンダールヴ以外の能力はないままだ。だが、これが解決するとなると、感謝してもしきれない。現状では、相手プレイヤーに対抗しようがないのだから。
そんな才人の思いを他所に、ジュリオは話を進める。
「たぶんね。けど、ロマリアに行かないといけない」
「分かった」
気軽に返すサイトに、ルイズは驚いた声を上げた。
「ロ、ロマリア!?そんな遠くに!?」
「遠いけど、MPは大した量じゃない」
「MP?」
「精神力って言えば分かるかな?つまりさ、転移魔法使うんだよ」
「あ……ああ……」
転移魔法は何度も経験しているルイズだが、便利すぎる魔法だとつくづく思ってしまう。風竜を使っても三日はかかるトリステイン、ロマリア間を、一瞬で行けてしまうとは。
さっそく魔法を発動させるオッドアイの神官。
「ゲート」
禍々しい黒いモヤが現れた。それにジュリオとサイトは平然と向かっていく。一方、ルイズは顔をしかめモヤを指差していた。
「こ、こん中に入るの?」
「大丈夫だって」
気軽に言ってくるサイト。ジュリオも軽く頷いた。しばらく躊躇していたが、ルイズはしようがなく、幽霊屋敷にでも入るかのように恐る恐るサイトたちの後について行った。
目をつぶったまま入ったルイズ。その耳に指を弾く音が聞こえる。ゆっくりとまぶたを開ける。
「え?」
ロマリアはハルケギニアの一大宗教のブリミル教の総本山だ。行き先は、てっきり荘厳な神殿かと思ったが、目に映った光景はまるで違っていた。
ルイズは眉をひそめ、つぶやく。
「倉庫?」
マジックアイテムの明かりに照らされた光景は、飾り気のない棚が並び、様々なものが整然と置かれた倉庫そのものだった。置かれているのは、見覚えのないものばかり。金属質のものが多く、美術品でないことだけは分かる。
すると才人の声が届いた。
「武器ばっかだな」
「だよね。これは、場違いな工芸品って呼ばれてるもんさ。見ての通り、ほとんど武器」
才人の言葉にジュリオが返す。
「なんで武器、集めてんだよ?」
「逆。流れ着くのが、ほとんど武器なんだよ」
「流れ着く?」
「つまりさ……」
サハラに聖地と呼ばれる場所がある。始祖ブリミルが降臨したと言われている場所だ。それは現在、エルフの国、ネフテスの領地内にある。ただし辺境にあるためか、エルフも力を入れて管理していない。その周辺に、時々、奇妙な物体が現れることがある。それを密輸業者に回収を頼み、ロマリアが買い取り、集めている訳だ。
ルイズがふと尋ねた。
「なんで、集めてるの?」
「一応、聖地からの産出物だから、聖なるものって肩書はあるからね」
「聖なるものが、なんで武器なのよ?」
「さすがにそれは、知らないよ。けど、武器しかないって訳じゃない」
そう言いながら、倉庫の奥へと進む神官。やがて一つの棚にたどり着いた。そこには一見すると、武器らしいものは何もなかった。ジュリオが博物館ガイドのように言う。
「PCなんてものも、流れてきてんだよ。武器じゃないだろ?」
「……。これ……PCだけど、たぶん武器だぜ」
「え?軍の事務用品とかじゃないのか?」
このPCには軍の管理シールが貼られていた。しかし別の名称もそこにはあった。防衛システムの略称が。FPSをはじめ、戦争系のゲームをよくやっていた才人は、雑学として兵器全般について、それなりに知識があった。
ガンダールヴはそのPCを触りながら、口を開く。
「これって、ドローンとかミサイルとかを管制するPCだよ。他にも、レーダーとか偵察衛星とか、攻撃用ドローンとかも見つかってないか?」
「あるにはあるけど、これ用のかは分かんないぜ。けど、そっか……。兵器自体じゃなくって、兵器関連全部来るのか」
「いや、これも武器そのものだよ。情報収集のための衛星やドローンとかと、攻撃用のドローンやミサイル、それを管制するシステム。まとめて一つの兵器だ」
「へー……。そういうことか」
納得顔を浮かべる神官。
一方の才人、何故これを見せたのかが分からない。電源がなければ、ただの箱だ。いくらガンダールヴでも使えない。
するとジュリオは、同じ棚から救急箱のような金属の箱を取り出した。これも軍のラベルがついている。それを開けると、紙の箱がいくつか入っていた。思わずそれに見入る才人。
「これ……ナノマシン……。何で?」
「たぶんだけど、管制官が使うやつだと思う。PCとかと、いっしょに落ちてたそうだし」
22世紀はほとんどの人間が電脳化していた。当然、軍人もだ。むしろ電脳化していなければ、軍人になれない。ナノマシンの補充は、欠かせないものだった。特に管制などという立場にある者は。
才人は思わずナノマシンの箱を手に取るが、急に渋い顔つきとなる。
「なんか、見たことない型番なんだけど」
「軍用だからじゃないの?」
「後……使用期限切れてんじゃん」
刻まれた日付は、ユグドラシル終了日より一年ほど前だった。
「ああ、それなら大丈夫。見つかった時点で、軽い固定化の魔法かけてるから。まあ、その前にダメになってたら意味ないけどさ」
「当てになんねぇ……」
「多少傷んでたって、風引いたようになるだけだよ。試しに使ってみれば?」
「待てよ。ナノマシン事故って、最悪、脳障害残るって聞いたぞ」
「水系統のメイジに、直してもらえばいいよ」
「メイジって脳障害治せんのか?」
「さあ?」
なんとも心もとない返事しか出てこない。しかしジュリオは諭すように言う。
「けどさ、ナノマシンなんてここですらわずかしかないんだぜ?贅沢言ってらんないよ」
「う……。分かった」
金属の箱の中にある注射器、シリンジガンに、ナノマシンカプセルをセット。そしてジュリオが、無意味な低位の魔法をかけた。その刺激で固定化が解除される。才人は腕にシリンジガンを添え、引き金を引いた。わずかな痛みと共に、液体が注入された感覚がある。
それからしばらく、ナノマシンが十分脳にいきわたるまで、雑談をジュリオとした。
彼らのギルドのプレイスタイルは、探索がメインで戦闘にはそれほど熱心ではなかったようだ。だからドルイドやレンジャーのクラスを取得したし、ギルドランクが低いのもそのためだと。ただ、ユグドラシル最終盤では、人手不足から、足らない役割を補うために余計なクラスを取得するハメにもなった。お陰で構成が中途半端な部分もある。それは才人も同じで、人手不足から前衛職らしからぬクラスを彼も取得していた。
やがてナノマシンが充実してきた感覚が、才人の頭に走る。ただし、いつもと何が違う。
「なんだこれ?頭が冴えるような感じがする」
「軍用だから効きがいいのかな」
「大丈夫かよ。トリップしたりしないよな」
「僕に言われてもね」
肩を竦めるオッドアイの神官。確かにジュリオの言う通りだ。しばらくは試してみるしかない。
アダプターをセットする才人。そしてユグドラシルのシステムを起動。空中をタップ。ウインドウが現れた。安堵の声を漏らすガンダールヴ。
「おお……。上手くいった」
「よかったじゃないか。それにしてもさ。アダプター、どこと繋がってんだい?」
「え?」
「無線アダプターだろ?それ」
「うん」
「受信機ないのに、なんで動いてんのかなって」
「分かんねぇよ。でも、これがないとユグドラシルの力使えないんだよ」
「妙だなぁ。だいたい生身の人間なのに、ユグドラシルの力使えてんのも変だし」
「けどさ。それを言ったら、現実にユグドラシルの武器とかアイテムとかがあるのも変じゃないか?」
「それも、そっか……」
腕を組み考え込むオッドアイの神官。
ともかく、最悪の事態だけは避けられたようだ。ただ当面の問題は変わっていない。敵対してしまった、謎のプレイヤー集団の正体を突き止めなければ。そして目的を聞かないといけない。
さらにジュリオの話だと、まだ二人は虚無の使い魔がいる。他にもユグドラシルプレイヤーがいる可能性がある、ということだ。
これから厄介事の矢面に立ち続けないとならなそうだと、ため息を零す才人だった。