世界征服なんて面白いかもしれないな   作:ふぉふぉ殿

41 / 52
皇帝の陰謀

 

 

 

 

 神聖アルビオン共和国の首都ロンディニウムから、30kmほど離れた貴族の屋敷にクロムウェルの姿があった。廊下を進む彼の隣には、ドーマー伯爵と護衛たち。

 彼の軍は、レコン・キスタのニューカッスル戦役で、傭兵モモンとシズカの働きによりデューダー王家を討ち取りその遺体を確保した。その功績により、元男爵の彼は一気に二つも爵位を上げ、領地も倍増した。

 これは、成り上がりの皇帝であるクロウェルが自分の影響力を拡大するために、爵位の低いドーマーを厚遇した結果でもあった。強引な爵位のばらまきは他にも行われており、元々高い爵位を持つ貴族は不満を抱いている。

 そんな伯爵の屋敷にクロムウェルがいるのは、シェフィールドからの要求、トリステインとの休戦を叶えつつ、貴族たちからの反感を買わない秘策を実現するためだった。

 

 ドーマーがとある部屋の前まで来る。

 

「こちらです陛下」

「うむ」

 

 皇帝の威厳を保ちつつ、開いた扉の向こうへと足を進めるクロムウェル。すぐに目に入ったのは、ソファに座るいかにも粗野な人物。一見すると盗賊かと見紛えるほど。これでもメイジだ。しかし平民でもある。

 没落した貴族が、爵位を取り上げられ平民に落とされる例はなくはない。そんな人間は、様々な職に就くことになる。魔法の力を生かした医者や高級品製造業者など。教師の中にはそういう人物もいる。そして目の前のメイジは、傭兵という仕事を選んだようだ。

 白炎の二つ名を持つ傭兵メンヌヴィル。ただしその荒々しさから、雇うのを敬遠している王族や貴族もいる。しかし腕だけは確かだ。

 

 メンヌヴィルがクロムウェルへと顔を向けた。傷で塞がっている両目に、クロムウェルは少々驚く。凄腕の傭兵が、まさか盲目だと思いもよらなかった。

 

「あんたか。本当の雇い主は」

 

 メンヌヴィルはまるで見えているかのように、クロムウェルへ話しかけた。皇帝は聞き返す。

 

「何故そう思う?」

「あんただけ気配が違う。ここの連中は俺たちにビビりまくってるからな。あんたは平気そうだな」

「そうかね」

 

 見るからに野蛮で悪評も耳にしているというのに、何故かクロムウェルは彼らを前にして、大して動揺していなかった。

 もちろん、虚無を詐称するためのマジックアイテムを手にしているという点はある。しかしそれだけではない。シェフィールドの周囲にいる連中の本能的な恐怖感に比べれば、人間だと分かっている目の前の傭兵の威圧感など、この程度かと思ってしまっていた。

 

 クロムウェルは、テーブルを挟み、メンヌヴィルの正面に腰掛けた。続いて彼の隣にドーマーも座る。おもむろに口を開く皇帝。

 

「仕事の話に入ろう」

「ああ」

 

 傭兵はソファに身を預け悠然とした態度を取る。粗暴さを匂わせつつ。しかし皇帝はそれに反応せず、事務的に話を進める。

 

「単刀直入に言おう。トリステイン魔法学院の生徒の誘拐を頼みたい。トリステイン貴族の子で、親の爵位の高い者を十名ほど。前金で五万。成功報酬で十万払おう」

「ほお……」

 

 口元を緩め満足げな表情のメンヌヴィル。

 爵位の高い貴族の身代金相場からしても、高い額だ。しかも、誘拐後の厄介な手間は一切ない。あえて気にかかる点があるとするならば、学生や教師にすぎないとは言え、メイジが多数いる学院を襲わなければならないことだろう。この金額には、それも織り込み済みなのだろう。

 メンヌヴィルは軽く頷いた。

 

「いいだろう。その話、受けてやるよ。ただな、一つだけ聞いていいか?」

「何だね?」

「外にいるありゃなんだ?」

 

 それに答えたのはドーマー伯爵。

 

「囮に使ってもらおうと思ってな。三体ほどトロールを用意させた」

 

 屋敷の敷地内で、トロールが肉を貪っていたのをメンヌヴィルたちは見かけた。

 トロールは身長が五メートルにもなる、巨体の亜人だ。人間とは比較にならない力を持つ。多少の知性もあるが低レベルなので、金銭ではなく食料などで雇うこともできる。強力で安上がりなため、戦争で使われることもある。ただ攻撃性が強く、下手をすると自分たちに危害が及ぶ場合もある。戦力としては少々扱いづらい存在だ。

 

 態度を崩し、不機嫌そうな顔つきとなる盲目の傭兵。

 

「いつ俺が、囮を使うなんて言った?」

「え?いや……。これは、私からの気遣いだ。無償で譲ろう」

「はぁ……。追い返せ」

「え?」

「いらねぇって言ってんだ」

「しかし……。奴らには、人間の衛兵を獲物にしていいと約束して……」

「仕様がねぇなぁ。あの肉だるまの始末は、俺がしてやる。あんたからは、その分の金もらうからな」

「な、何!?」

 

 思わず立ち上がろうとしたドーマーをクロムウェルが制する。

 

「すまないな。手間を掛けさせて。ついでと言ってはなんだが、その腕前も見せてもらえると嬉しい」

「好きにしな」

 

 そう言って、メンヌヴィルは部屋から出る。そして他の部屋で待機していた、配下の傭兵たちに声をかけた。全員が、盲目の傭兵の後についていく。

 その後から、クロムウェルとドーマーも続いた。

 

 屋敷の外に出ると、開けた場所に腰を下ろした巨体がすぐに目に入った。トロールが三体。ドーマーに与えられた肉を貪っている。

 元々が身長五メートルという巨体だ。座っていても三メートルはある。そんな彼らにメンヌヴィルの傭兵団は何気なく近づいていく。彼はトロール語を話せる部下に命じた。

 

「とっとと帰れ、って言ってやれ」

「へい」

 

 部下はニュアンスまで伝わるように訳す。

 当然、怒りの表情を浮かべるトロール。口の中の肉を撒き散らしながら、何やらわめき出した。そして足元に置いてあった、巨大な鉄のメイスを手に取る。人間の二倍以上の体躯を持つ亜人に、こんなもので殴りかかられては、人間など肉片になるしかない。しかしメンヌヴィルたちは、平然とした態度を崩さなかった。

 

「ナダル。痛めつけてやれ」

「ああ」

 

 痩せ気味長身の男が前に出た。エルフが使う曲刀のような三日月状の剣を抜き、両手に構えた。一見、メイジには見えないが、実はこの曲刀が杖を兼ねている。水系統の使い手で、身体能力を魔法で底上げして剣術で戦うという珍しいメイジだった。だがそのため、曲芸師すら足元にも及ばない動きができる。

 

 相手が戦う気だと察したトロールは、力任せにナダルに向かってメイスを振り下ろした。しかし、水の流れが岩を避けるように、あっさりとかわす長身の男。一方、メイスは地面にめり込み動きを一瞬止めるトロール。その腕の腱を狙い、ナダルは水平に曲刀を振った。

 吹き出す血と悲鳴。メイスを手放したトロールは傷口を抑え喚く。だがナダルは足を止めない。滑るように背後に回ると、今度は両足の腱を切断した。倒れ込むトロール。腱を切られ、立ち上がる事もできない。こうなると自慢の腕力は意味がない。

 

「へっ、こんなもんか」

 

 曲刀で肩を叩きつつ、メンヌヴィルたちの元に戻ってくるナダル。

 しかしトロールたちはこの光景を見て、怯むどころか余計に怒り出した。盲目の傭兵は、疲れたようにため息を零すと前に出た。

 すかさず彼に突進してくる、残った二体。その内一体が、トロール用の巨大なメイスを真上に振り上げた。

 

「面倒くせぇ」

 

 それに悠然と杖を向けるメンヌヴィル。すると、降ろされるメイスが突然形を崩す。真っ赤な光を放ちながら。彼の放った炎は鉄のメイスと共に、トロールの腕を一瞬で溶かしてしまった。

 悲鳴を上げ、膝を落とすトロール。さらにメンヌヴィルは、追い打ちの魔法を放った。トロールは焼け焦げた肉の塊と化してしまった。

 最後の一体となったトロールはようやく相手の強さを理解したのか、怯えた表情で振り返る。そして門へと走り出した。

 

「けっ」

 

 つばを吐きすてながら、その様子を全身で感じるメンヌヴィル。

 戦いの様子を見ていたドーマーは、息を呑む。

 

「まさか……これほどとは……。詠唱した様子もなく魔法を放ちましたぞ」

「手練れのメイジは、わずかな間で詠唱を完了させるというが、白炎の名にふさわしい腕前だな」

 

 クロムウェルは動揺するドーマーの横で、平然とつぶやいた。

 確かに卓越した強さだ。ただ何故か、所詮人間の枠の中だという印象が拭えない。恐るべきものというと、どうしてもシェフィールドの周辺にいる得体のしれない連中が思い出されてしまうからだろうか。

 

 戻ってきたメンヌヴィルたちを、ドーマーは大げさに、クロムウェルは納得顔で褒め称えた。対する彼から返ってきたのは、金の要求だった。トロール処理の代金だ。

 ここで、ふとクロムゥエルがメンヌヴィルに尋ねた。

 

「先ほどの戦い。とても盲目のように見えなかった。どうやって相手を認識しているのかね?」

「熱だ。俺は火系統のメイジだからな。特に熱に敏感なのさ。まあ、それだけじゃないけどな」

「なるほどな」

 

 小さく頷くクロムウェル。それから再び屋敷へと戻る一同。その時、何気なくナダルは振り返った。すると奇妙なものが目に映る。

 残った一体。腱を切られ倒れ込んでいたトロールが、四つん這いになりながら門へと逃げて行っていたのだ。

 その様子を怪訝な表情で見るナダル。違和感を覚える。

 確かにトロールの腱を切った。四つん這いすらできないはずだ。また魔法でもなければ、こんな短時間で治るわけもない。もちろんトロールは魔法が使えない。そしてトロールは、巨体の亜人に過ぎない。傷の回復が早いなどという、特殊な能力もない。

 では何故、動けたのか。彼が思いつく理由は、斬りそこねたというものしかなかった。少し手を抜きすぎたと、踵を返しながら反省する細身の傭兵だった。

 

 

 

 

 タバサは広場の椅子に座りながら、頭の中で同じことを何度も考え直していた。それは昨晩に来た密書の内容だ。

 実は彼女。ガリアからの留学生には違いないが、名前も含め経歴も何もかもが全て偽装だった。そもそもこのトリステイン魔法学院に入学したのも、任務のためだ。その任務を命じたのは、ガリア王国王女イザベラ。現国王ジョゼフ一世の実子であり、ガリア北花壇騎士団の団長を務めていた。タバサはその騎士団に所属していた。

 騎士団を名乗ってはいるが、実態は裏工作をする秘密部隊。タバサもこれまで、後ろ暗い任務をこなしたことがある。しかもそれだけではなく、彼女のことが気に食わないのか、イザベラはいたぶるかのような無意味な任務を命ずることもあった。もちろん、情報収集など真っ当な任務もある。

 ただこの所、任務が急に減った。ガリアの中心、ヴェルサルテイル宮殿からの任務は全くなくなり、イザベラからの呼び出しもなくなった。その代わり、密書が届けられるようになる。ただその内容は、事件解決、妖魔討伐などまともではあるが、秘密部隊向けとはいい難いものばかり。

 何かが、ガリア王家で起こったと考えるしかない。そんな時、奇妙な密書が届いたのだった。

 

 すでに密書は処分してしまったので手元にはないが、内容は覚えている。サイトを実家につれて来るようにとの命令だ。

 平民の使い魔としてのサイトは、随分前に報告済みだ。ただし、それ以外は伝えていない。タバサ自身も、彼を見極めたいというのもあったので。

 このため何故、今さらガリアが彼を要求したのかが分からない。確かに人間の使い魔は珍しいが、建前上ではただの平民だ。さらに奇妙なのが、今回の任務に成功すれば母親の病状を回復させ、開放するとまで言っている。

 破格すぎる報酬だ。そもそもタバサが、ガリア北花壇騎士団などという胡散臭い騎士団に所属する羽目になったのは、病身の母親を事実上の人質に取られたからだ。それをあっさり開放するとは。ただ単に、サイトを連れて行くだけで済むとはとても思えない。

 この所のガリア中枢の様子のおかしさ。さらに、ラロシェールでの異質な戦闘。そんな最中に届いた怪しげな密書。この命令の先に、得体のしれない不穏なものを感じずにはいられなかった。

 

 いきなり脇から声がかかる。キュルケだった。

 

「本、落ちてるわよ」

「……あ」

 

 慌てて拾うタバサ。キュルケは隣に座ると、いつもの態度でフランクに話しかけてきた。

 

「珍しいわね。あなたが本落として気づかないくらい、考え込んでいるなんて」

「……」

「何?悩み事?」

「……」

 

 青髪の小さな少女は、赤髪の褐色の大人びた少女の方へ振り向く。なんでも受け入れるかのような瞳を、真っ直ぐ見据える。しばらくして、前に向き直った。

 

「なんでもない」

 

 こう言いつつも、親友である彼女をガリアの暗部に巻き込むわけには行かないと思っていた。例え、自分の母親の将来がかかっているとしても。

 もちろんキュルケは、彼女が自分を気遣っていることに気づいていた。こんなふうに妙な雰囲気を纏うことが、たまにあったからだ。だからこそ、彼女のやるべきことは変わらない。

 

「かな~り、厄介なことに巻き込まれたみたいね。タバサが私に話さないってことは。私じゃ助けにならないってことかしら?」

「……。大丈夫。なんとかなる」

「そんなこと言われちゃ、気にしないわけにはいかないわね」

「……」

 

 黙り込むタバサ。こうなったキュルケを説得するのは難しい。ならば同じセリフを繰り返すだけか。その言葉が口を突いて出そうになった時、先に親友の口が開いていた。

 

「私は頼りにならないかもしれないけど、ずっと当てになる連中なら心当たりあるわよ」

「?」

 

 首を傾げる青髪の少女。妖艶な美少女は、表情を緩めるとその名を口にした。

 

「ルイズとサイトよ」

「あ……」

「虚無の担い手に、得体のしれない魔法聖騎士。癪だけど、強いのは確かよ。ま、ルイズの方は中身にいろいろ問題あるけど、二人共、根は悪くないわ」

「……」

「頼ってみれば?」

「……」

 

 黙り込むタバサ。淡泊な表情の多い彼女が、珍しく眉間にしわを寄せている。思考に捕らわれている。

 他人に頼るなどやったことのない彼女には、助けを求めるなどこれまでの任務以上に厄介なように思えた。

 それにキュルケは大きくため息をこぼした。確かに魔法や体術、知識など、同学年では卓越した成績を見せる彼女だが、コミュニケーション能力は平均以下らしい。

 

「悩むような話じゃないと思うけど、なら頼みやすいようにしてあげるわ」

「え?」

「サイトには訓練付き合ってあげたでしょ?後、ラ・ロシェールに二人を連れていったのもタバサ。アルビオンの艦隊やっつける案出したのもタバサ。んじゃあ、話は簡単。これまでの借りを返してもらえばいいのよ」

「……!」

 

 タバサは大きく頷いた。

 

 ルイズとサイトにタバサたちは話を持っていく。もちろん、この話に裏があると予想されることも。さらにタバサは、自分が工作員であること、そして母親を人質に捕らえていることも明かした。これはキュルケすら知らなかった。

 一連の話を聞いたルイズとサイトは、タバサへの助力を約束する。

 

 

 

 

 トリステイン王国と帝政ゲルマニアの境に、クルデンホルフ大公国という国がある。小国ではあるが交通の要衝を抑えているため豊かな国であった。しかもクルデンホルフ大公は元ゲルマニア貴族でありがなら、トリステイン王国より大公として爵位を受けたという複雑な立場。それを逆手に取り、上手く立ち回り独立を維持していた。

 そんな国の首都にも当然、セバスチャン商会の店舗はあった。しかも直営店が。その地下に、異形のものたちが集まっていた。デミウルゴスをリーダーとした、トリステインの虚無調査チームだ。

 質素な椅子に腰掛けている彼の脇には、ルプスレギナ、ナーベラル、エントマ。そしてハルケギニア情報収集チームの一員であるユリもいた。

 

 デミウルゴスは資料を一通り目にし、テーブルに置く。この資料は、ハルケギニア情報収集チームであるセバスたちがまとめたものだ。虚無疑惑のあるアンリエッタとルイズについて。

 資料作りは手間がかかった。虚無の魔法の全容が不明な上、トリステインは謎のギルドのテリトリー。迂闊な行動は取れない。こうしてトリステインの外に調査チームの拠点を作ったのも、それが理由だ。

 結果として情報は間接的なものが中心となる。具体的には、セバスチャン商会の人脈を利用した聞き取りから出てきたものだ。もちろん調査目的を覚らせずに。

 

 口元に手を添え、独り言を零す知恵の悪魔。

 

「出兵前夜に無断外出……。同夜、女王が滞在した城で一騒動……。アンリエッタ女王の元遊び係……」

 

 デミウルゴスの意識は、ルイズへと集中していた。むしろ彼女が虚無ではないかと、当たりをつけていた。

 アンリエッタの方は女王という手前、情報が集まりづらくはあったのだが、虚無と思われる情報は乏しい。一方のルイズは、まず魔法が使いこなせない、人間を使い魔とした、アンリエッタとの関係から王家の秘宝に触れる機会もある、ラ・ロシェール戦で現地にいた可能性が高い。などと虚無と疑われる要素がいくつもあった。

 

 デミウルゴスは、ルイズの項目を指で軽く叩く。

 

「それにしても小柄でピンクブロンドの学生という目立つ姿の割には、ラ・ロシェールでの目撃証言が少ないのは残念だね。足取りが、もう少し追えればよかったのだが……」

 

 その時、何かを思い出したのか、ユリが口を開く。

 

「デミウルゴス様。今思い出したのですが、数ヶ月前でしょうか。ルイズ・ド・ヴァリエールをトリスタニアで見かけました」

「ほう……。どういった経緯で?」

 

 デミウルゴスがユリの方へと顔を向けた。ユリは、記憶を探るように話を続ける。

 

「フランチャイズ店の帳簿確認のため武器屋を訪れた時、彼女たちが店から出てきたのを見かけたのです」

「貴族が武器屋に?要件は?」

「店主の話では、従者の武器の購入が目的だったとか」

「従者……。資料にある人間の使い魔かい?」

「申し訳ございません。そこまでは判断がつきません。ただ従者とおぼしき少年は目にしています」

「その少年について、知ってる限りのことを教えくれないかな?」

「はい、分かりました」

 

 対象の背後しか目にしなかったが、憶えている限りの事を話すユリ。

 見かけは黒髪、中肉中背の少年。店長からの話では、年齢的にも身の丈にも合わない質の悪い大剣を買ったそうだ。ただ、大剣を背負った姿を見たが、ユリの見立てでは大剣を使い慣れているように思えた。

 話を耳に収め視線を落とすデミウルゴス。眉間にしわを寄せつつ考え込む。

 

「大剣……まさか!」

 

 思わず顔を上げた。パズルのピースが嵌った、とでも言いたげな表情がそこにあった。

 コキュートスと戦った同格の存在は、大剣を二本使っていた。鎧と一本の大剣は、自分たちの世界らしい強さを持っていたが、もう一本の大剣は異様なほど脆かったという。その剣がこの地で作られたものなら、脆いのも当然だ。そしてユリの見た少年は、年齢の割には大剣に使い慣れていたかのような身のこなし。その正体が、例の聖騎士ならば当然だろう。

 だがこの推測は大きな懸念を生み出していた。つまり虚無の担い手と思われるルイズが、たっち・みークラスの聖騎士を使い魔にしている可能性があるということになる。

 一方で新たな疑問も出てきた。コキュートスと戦った時にいたというもう一人の存在だ。一体何者なのか。ルイズと聖騎士が主従の関係となると、聖騎士は召喚された人物となってしまう。ギルドの一員として現れた訳ではないと。すると、謎のギルドが存在するという想定自体が崩れる。正体不明のもう一人は実は現地の者で、なんらかの方法でコキュートスから姿を隠していたにすぎないのではないのか。同郷の者は、聖騎士一人しかいないのかもしれない。

 だが全ては憶測に過ぎない。知恵の悪魔は悩ましげに零す。

 

「何か決め手があれば、いいのですが……」

 

 彼が思案に暮れていると、ノックが耳に届いた。やがて、セバスが部屋に入ってくる。すぐにデミウルゴスを見つけると、相変わらずの淀みのない仕草でその場に足を止める。そして話しかけてきた。

 

「デミウルゴス様。シェフィールドからアルビオンに関する報告が入ってきています」

「どんな内容だい?」

「皇帝クロムウェルが、トリステイン魔法学院襲撃を計画していると。すでに実行部隊は行動に移っているとのことです」

「なるほど……。それは面白い。実行部隊についての詳細は分かっているのかな?」

「はい。アルビオンチームに所属する、エイトエッジ・アサシンが張り付いています」

 

 エイトエッジ・アサシンは暗殺を得意とした不可視化が可能な蜘蛛タイプのモンスターだ。アインズの護衛として多数が配置されているが、一体だけシェフィールドの指揮下にある。主に皇帝の見張りの任務についていた。つまり、クロムウェルの陰謀は、シェフィールド、ひいてはナザリックに筒抜けだった。

 

 悪魔は楽しげに口元を緩める。

 

「トリステインにその者たちが入ったら、監視を引き継ごう。エイトエッジ・アサシンはその時点でアルビオンへ帰還。エントマ」

「はぁい」

 

 ひときわ背の低い戦闘メイドが、手を上げながら甘ったるい声をだす。しかし、口元も視線も動いた様子が伺えない。むしろその顔は、作り物にすら見える。

 彼女の正体は、アクラノイドという蟲タイプのモンスター。見た目は人間にも思えるが、全ては擬態。顔が動かないのも当然。これは顔のように見える甲虫の背なのだから。真の姿は虫そのものだった。

 デミウルゴスはそんな彼女に、優しげに話しかけた。

 

「君に頼みがある。エイトエッジ・アサシンから監視を引き継いで欲しい。ただし君自身ではなく、君が召喚した蟲を使ってだ」

「分かりましたぁ」

 

 子供らしいしぐさで敬礼をするエントマ。

 彼女には各種蟲を召喚し、使いこなすという能力がある。その蟲ならば、虚無の担い手や例の聖騎士に露見したとしても、こちらに害はない。ただその後の展開について予測はつくが、ある程度アドリブも必要となるだろう。

 デミウルゴスは立ち上がると、一同に視線を向けた。

 

「アルビオン皇帝が作り出したこの機会。上手く使えば、トリステインの虚無と、例の聖騎士、さらに相手のギルドの正体が掴める。今後のナザリックの方針にも関わる内容だ。皆、心してかかるように」

 

 戦闘メイドと執事から、威勢のいい返事が出てくる。同僚たちの言葉を耳に収めつつ、悪魔はわずかに口角を上げた。

 

 

 

 

 トリステインとガリアの国境にある形勝。ラドグリアン湖。その辺に、タバサの実家はあった。そして、彼女の母親が療養している場所でもあった。その屋敷に近づく影が二つ。ジョゼフとビダーシャルだ。

 悠然と前を進む神官姿の元ガリア王に、エルフは話しかける。

 

「本気でやり合うつもりか?ヒラガサイトと。魔導王と同郷の者だぞ。勝負になるかすら怪しい」

「なんだ?興味がないのか?あの連中に」

「興味はある。我々の方が、お前たちより切実な問題だからな。だが、やり方というものがある」

「全く。何が不満なのか、さっぱり分からん」

「分からんのは、お前の頭の中だ」

「フッ……」

 

 笑みを浮かべつつ、目的の屋敷へと向かうジョゼフ。魔導王配下の者を打ち破った相手と対峙するというのに、何故か楽しげだった。

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。