学院から一日だけ休暇をもらったタバサたち。ラドグリアン湖に彼女たちが着いたのは、昼も過ぎてしまっていた。朝に出た割には、思いの他時間がかかった。シルフィードの背に乗りここまで来たが、タバサ、キュルケ、ルイズ、サイトの四名では、少々重かったため、休み休み来たせいだろう。
四人が降りたのは、タバサの実家から離れた場所。何故直接、実家に降りなかったのかと言えば、今回の任務に不穏なものを感じていた彼女が、ある程度、実家の状況を確認したかったからだった。
彼女の家に進む一行。ふとキュルケが脇を向きながらつぶやく。
「なんか……湖……、水位上がってない?大雨でも降ったの?」
「違う。ずいぶんと前から、天気に関係なく上がってきてる」
青髪の少女は、前を向きながら話した。実家を管理している執事、ペルスランからの手紙にあった。彼とは定期的に、手紙のやりとりをしている。内容は日常的なつたない話ばかり。その中に湖の水位について書かれていた。
湖の方を指差しながらキュルケは尋ねた。
「気にならないの?あれ。水に浸かってる家もあるわよ?」
「いつか何とかしないといけないけど、今じゃない」
「それもそうね」
しばらく進むと、タバサは脇の林へと入っていく。そして、木陰で足を止めた。真っ直ぐ前を指差す。その先に貴族の別荘のような、少しばかり作りのいい家が見えた。
「あれが私の実家」
「ずいぶん小さいのね。あ……」
素直な感想を漏らしてしまうルイズ。すぐさま口を結んだ。キュルケから、呆れ混じりのため息が漏れてくる。
ヴァリエール家は公爵家だ。さらに東の要である彼女の実家は、屋敷というよりもはや城塞都市がまるごと実家のようなものだ。今見えている家とは比較にならない。
ルイズは申し訳なさそうに言う。
「えっと……その……。わ、悪くない家ね」
「気にしなくていい。貴族としては実際小さい。だけど私にとっては、あれくらいがいい」
「そ、そうなの……」
二人の会話を横から聞いていたキュルケは、表情を曇らせる。貴族らしからぬ家を見て。
秘密部隊なんてものにタバサは所属しているのだ。まだ話していない事情があるのだろう。暗い気分になるような事情が。
ここで才人が頭を両手で抱えながら、何気なく話し始めた。
「それで、どうすんだ?これから?」
「最初に言ったように、この任務にはたぶん裏がある。家の状態を調べたい」
「じゃ、俺がやるよ。いいだろう?ルイズ」
一応、主の顔を立てるサイト。ルイズからは構わないとの答え。
タバサから重点的に調べる場所を聞いた後、アダプターをセット。ユグドラシルのシステムを起動。武装を装備し、一応、各種補助魔法も発動。
「さてと。『インヴィジビリティ』」
最後に不可視化の魔法を発動した。姿が消える純白の聖騎士。
サイトの異質さにはもう慣れたのか、三人とも彼が何をしようが大して驚かない。何もない場所から声が届く。
「んじゃ、行ってくる」
「うん」
ルイズたちは身を潜めた。
フライの魔法を発動し、低空飛行でタバサの家へと近づく才人。すると腰辺りから小声が聞こえた。デルフリンガーだ。
「この感じ……。確か……そうだ、思い出した。たぶんエルフがいるぜ」
「エルフ?」
「ああ、昔、エルフといっしょにいたことがあってな。それと同じ感じがする。家の周りの雰囲気が妙だ」
「エルフか……」
才人はエルフを知識でしか知らない。系統魔法の使い手の十倍強いとか、見た目こそユグドラシルのエルフとそう変わらないが、何故か砂漠に住んでいるとか。さらに彼らの使う先住魔法とやらは、ハルケギニアの人間も十分理解できてないらしい。
ともかく、エルフが絡んでいるとなると、タバサの読み通り裏があるのは確かなようだ。
それから家の周りを飛び、窓から中を覗こうとしたが、全てカーテンが掛けられ見ることが出来ない。昼間だというのに、明らかに怪しい。中に入って確かめようにも、転移魔法は使えない。見えている場所か、知っている場所にしか移動できないからだ。侵入するには強引な方法しかない。それでは相手に気づかれる。仕方なく、才人はタバサたちの所へ戻っていった。
木陰で隠れていたルイズたちの背後から、いきなり声がした。
「戻ったぜ」
「うわ……!もぐ……」
思わず叫びそうになったルイズの口を、キュルケが塞ぐ。
「静かにしなさいよ!バレたらどうすんの!」
「わ、悪かったわ。だいたいサイトが、急に声を……」
文句を言いかけた口を、今度はタバサが塞ぐ。神妙な面持ちで尋ねた。
「中の様子は?」
「カーテンが全て閉められて、中は見えなかった。ただ、エルフがいるのが分かった」
「エルフ!?」
さすがのタバサも、いつもの驚きに表情を染めていた。ルイズやキュルケの方はなおさらだ。慌てて聞いてくる褐色赤髪の少女。
「どうするのよ!?エルフなんて……。タバサ、知ってるヤツ?」
「知らない……」
「知らない!?じゃあ、なんでエルフが出てくんの?もしかして密書って偽物?ガリアじゃなくって、エルフが出した?」
「たぶん、密書は本物……」
密書などというものは、巧妙に作られる。当然、北花壇騎士団の彼女はその見極め方を身に付けていた。むろんエルフのやることだ。彼女すら見極められない偽書を作り上げる可能性はあるが。
考え込んでいる一同。ここでサイトが口を開いた。
「タバサの家族が、あの家にいるのは間違いないんだろ?なら行くしかないだろ」
「簡単に言うわね。相手はエルフなのよ?」
ルイズの不満げな返答。しかしサイトは平然としたもの。
「いざとなったら、転移魔法で逃げればいいじゃん」
「そっか……。その手があったわ……。うん。どう、タバサ?」
タバサは、それに頷く。何にしても、病床の彼女の母親を放っておくわけにはいかない。
やがて一同は、タバサの実家に向かう。中に、想定外の何者かが待ち構えているのは分かっているので、才人はすでにいつもの純白のフルアーマー姿。背には二本の大剣を背負っている。
先頭を進むタバサの後に続く、才人、ルイズ、キュルケ。そして門の前まで来ると、一言漏らす赤髪の褐色少女。
「あ……」
上を向き、一点を指差していた。そこには家紋があった。ただし不名誉印を刻まれた家紋が。しかもその家紋に、ルイズたちは反応する。
貴族の家紋には、描かれたものにそれぞれ意味がある。彼女たちは貴族の嗜みとして、それらの意味を知っていた。そして今、彼女たちは理解した。この家紋はガリア王家に連なる者の家だと。
キュルケは息を呑む。
「タバサ……。あなたって……」
「……。私の本名はシャルロット・エレーヌ・オルレアン」
「オルレアン……!ガリアの王族じゃないの。だけど確か……」
「父さまは謀殺され、家も不名誉印を受けた」
「それじゃぁ……。あなたがあんな騎士団にいるのって……」
キュルケは息を呑む。影があるとは思っていたが、これほどものを背負っているとは予想外だ。親友だと思いこんでいたが、まるで分かっていなかった自分が恥ずかしくなる。
暗い空気に包まれる一同。ここで才人の、淡々とした声が挟まれる。
「今は、目の前のことの集中しようぜ。タバサの家族も心配だし」
「そうね」
キュルケは気持ちを入れ替えると、気合を入れ直す。
やがて簡素な門を潜り、入口までたどり着いた。ノックをすると声が届いた。
「どなたでしょうか?」
この家を管理している、執事、ペルスランの声だ。青髪の小さな少女は答える。
「私」
「お、お嬢様……。いらっしゃったのですか……。いえ、そうですね。少々お待ち下さい」
扉が開かれた。厳かに礼をする、老齢な執事が目に映る。ただその様子はどこか、不安と落胆が入り混じったかのようだ。
タバサは声を掛ける。
「ただいま。ペルスラン」
「おかえりなさいませ。シャルロットお嬢様」
「他の連中は?」
「そ、それは……」
言い淀むペルスラン。すると彼女にとって、あまり聞きたくない声が届いた。
「よく分かったわね。シャルロット」
廊下の角から現れたのは、北花壇騎士団の団長であり、ガリア王の実子、イザベラであった。その脇にはメイドが寄り添っていた。ただ、胡乱な目をしている割には、妙な緊迫感があるのが不可解だ。彼女の護衛らしいと察する。
奇妙なのはそれだけではない。当のイザベラも様子が違う。いつもの見下すような様子が伺えず、落ち着きのなさすら感じる。タバサは、何かあるという意識をさらに強くした。
イザベラは踵を返し、先に進みだした。
「付いてきなさい。あんたたちを待ってる方がいるわ」
「……」
王女のイザベラが敬語を使った。そんな言葉を使う相手はわずかしかいない。タバサは頷くと、後に続く。彼女にルイズたちもついて行った。それを見守るペルスラン。深く礼をしながら、彼女たちを見送るのだった。
一つの寝室の前で、足を止めるガリアの王女。青髪の少女は思わず声を漏らす。
「ここは……」
「ええ。あなたの母さまが療養してる部屋。ここでお待ちよ」
「!」
タバサの殺気を宿らせた視線が、イザベラへと向かった。今回の騒動をしかけた人物が、母親を人質にとっているかもしれないのだ。無理もない。
しかし、その殺気に反応しない彼女。それ以上の何かに心を捕らわれているかのように。
イザベラは中の者へと声をかける。
「父上。シャルロットを連れてまいりました」
「入れてくれ」
扉の向こうから返ってきた声に驚くタバサ。聞き覚えのある声だ。しかもイザベラが父上と呼んだ。この部屋にガリア国王ジョゼフ一世がいる。
今までも、危険な任務が何度もあった。それを経験してきた彼女が、ジョゼフ一世がいるというだけで、身が固まってしまっている。その男は彼女の仇と言っていい存在なのだから。父の命を奪い、毒で母を寝たきりにした。そして秘密部隊などに、自分が所属する羽目になっているのも彼のためだ。
様々な感情が、頭の中をかき回す。すると何かが肩を触れた。
「大丈夫だって。俺がなんとかするから」
純白の聖騎士。サイトだった。
小さな少女には、触れられた肩から安心感が広がるような気がしていた。タバサは落ち着きを取り戻すと。わずかに頷いた。そして足を進める。
扉の向こう。部屋の中。いつもここには病床の母がベッドで寝ていた。しかしその病気とは、心の病であり水系統のメイジですら対応しかねるものだ。
その母が寝ているベッドの側に二人の姿があった。イザベラとメイドは部屋の隅へと下がる。
二人の姿に、タバサは驚きを覚えた。一人は毛を剃り上げた神官。だが、その顔は忘れない。数えるほどしか合ってないが、ガリア王ジョゼフ一世、その人だ。そして忌むべき相手だ。しかし、彼女に湧き上がりそうだった怒は、もう一人の人物のために霞んでいく。
ルイズが思わずその人物を指さしていた。
「エ、エルフ……!本当にいた……」
「タバサ!ルイズ!」
キュルケの警戒を込めた掛け声で、彼女たちは一斉に杖を構えた。
しかし、対する彼らは平然としたもの。椅子に座っているジョゼフが淡々と話しかける。
「久しぶりだな、シャルロット。いつ以来か……。覚えとらん」
「……。指示通り、サイトを連れてきた。母さまの病気を直して、開放して」
「ああ、そのことだが、もう一つ条件を付け加えるのを忘れていた」
「!」
「俺と戦え。俺を屈服させたら、開放してやろう」
感情の乏しいタバサが憎しみを込めた瞳を向ける。するとそれを代弁するかのように、キュルケが叫んだ。
「ふざけんじゃないわよ!」
「ふざけてなどいないぞ。こっちは大真面目だ。そうだ、シャルロット。側にいる連中の助けを借りてもかまわん。こっちも、ビダーシャルに支援してもらうつもりだからな。ああ、イザベラたちは見届人だ。手を出すなよ」
遊びかのように言うガリア王。からかっているのか、なんとも掴みどころがない。しかし、それは彼女たちに怒りに火をつけるだけだった。ルイズが威勢のいい掛け声を上げる。
「サイト!やっちゃって!」
「おう!」
背から二本の大剣を抜く聖騎士。ガンダールヴの能力が発動する。こうなったサイトに勝てる者などいないと、彼女たちは分かっていた。
するとガリア王は、何故か楽しげな表情となる。ゆっくりと立ち上がる。
「お前がヒラガサイトか……。お前の相手は俺がやろう」
「なんで、俺のこと知ってんだよ」
「いろいろ手を尽くしてな。お前が虚無の使い魔であることも、一軍に匹敵するほどの力を持つのも、そして異界の者であることも知ってるぞ」
「!」
驚きのあまり動きを止めてしまうサイトたち。タバサとキュルケは異界の者という正体に驚き、才人とルイズは、強さを理解してなお戦おうとするのに驚いていた。
彼女たちが戸惑っている間に、ジョゼフは一言つぶやきながら軽く杖を振った。するとジョゼフたちタバサの母親と共に、屋敷の外、林近くに一瞬で移っていた。
サイトが驚きと共にこぼす。
「転移魔法……。系統魔法にないはずだよな。あいつ何もんだ?」
サイトたちは寝室の大きな窓を開け、同じく外に出た。警戒しつつ。
開けた場所で対峙する双方。タバサたちの側には、サイト、ルイズ、キュルケがいた。対するジョゼフの傍らには、エルフ。そしてタバサの母親が寝ているベッドがあった。イザベラたちは寝室のすぐ外、屋敷の側から双方を見ている。
ジョゼフは左手に杖、右手に剣を構え。話しかけてきた。
「ヒラガサイト。俺は虚無の担い手だ。さっきの瞬間移動も、その力の一部だ」
「虚無の担い手!?三人目!?」
「三人目……か。他にも虚無の担い手を知ってるのだな。お前は」
「あ!いや……」
思わず兜の上から口を塞ごうとしてしまうサイト。ジョゼフは視線をルイズの方へ向けた。
「他の担い手とは、お前の主のルイズ・ド・ヴァリエールか?」
「なんで……」
「お前はガンダールヴだそうだからな。その主が担い手なのは当たり前だろ?」
「……。なんか、妙な気がすんだけどさ。もしかして本当は、俺と戦いたかったのか?」
「まあ、そうだな」
「なんで?俺の強さ、だいたい知ってんだろ?勝てるって思ってんのか?」
「それも、お前が勝てば教えてやる」
「チッ。なんなんだよ……。まあいい。タバサのこともあるし。やってやるよ。覚悟しろよ」
サイトは背後にいるルイズたちに声をかけた
「ルイズたちはエルフの方、頼む」
「分かったわ」
彼女たちはエルフへと意識を集中させた。対するエルフも、戦いへと気持ちを切り替えた。そんな彼にジョゼフは声をかける。
「相手には虚無もいるぞ。お前も心しろよ」
「私より、お前の方がほぼ勝ち目がないだろうに」
「それはどうかな?」
二人の会話に、さらに違和感を覚える才人。二人共、勝算がまるでないと分かっているかのようだ。だがタバサの母親を救い出さないといけない。やることは変わらない。
「さっさと終わらせてやる」
悠然とジョゼフに近づき。右手の大剣の腹を見せ、横に凪いだ。才人自身としてはかなり手加減して。それでもヒットすれば、大怪我してしまうだろうが。
「え!?」
抜けたような声と同時に、大剣が跳ね返った。何もない空間に当たって。見えない壁があるかのように。しかも、硬いものにぶつかった反動というより、剣の動きを逆再生されたかのようだ。
「なんだ、今の?結界?防御魔法か?」
「こりゃエルフの魔法『反射』だな。こっちの攻撃をそのまま、跳ね返す」
腰からデルフリンガーの声。
「跳ね返すって、跳ね返せる種類は?」
「種類?いや、なんでもだ。殴ろうが、飛び道具だろうが、魔法だろうがな。いやらしい魔法だぜ」
「なんだよそれ。チートだろ」
ユグドラシルにも似たような魔法はある。ただし、それぞれ用途は限られ、何でも跳ね返すなどというものはない。上限もある。
今、聞いた話では打つ手は限られるように思えるが、しかし才人はむしろエルフの魔法とやらを試したくなっていた。もしかしたら、ユグドラシルと同様に、上限があるかもしれない。
「なら、ちょっと本気出すぜ!」
空間を切り裂くかのような勢いで、右手の純白の大剣ソード・オブ・テュールを振り下ろした。今度は刃を向けて。
見えない壁に激突。剣の勢いのまま跳ね返されるが、同時に大地や空気が震えたかのような振動が体を叩く。
異様な状況に、思わず辺りを見回すジョゼフ。
「なんだ?今のは」
するとエルフ、ビダーシャルが顔をしかめていた。それでジョゼフは察した。もう反射の魔法は持たないと。今の振動は魔法が破られる寸前、精霊たちの悲鳴のようなものなのだろう。
エルフの魔法、精霊の力は周囲の精霊と契約し行使する。そのため術者の使用する魔力は、少量で構わないのが利点だ。逆に言えば、術の強さは精霊頼みとなる。当然、限度があった。
才人は、左手の大剣、龍殺を背負うと、右手の大剣を両手持ちにしさらに力を込めた。そして振り下ろす。ジョゼフを狙わず、見えない壁を壊すために。
反射の壁は破壊され、地響きとともに大剣は地面に突き刺さった。それだけではない。その先にある林に衝撃波が走り、地割れと共に木々何本も裂いた。
ジョゼフは息を呑む。彼だけではない。ビダーシャルもルイズたちも。
「とんでもないな。お前は。まさしく一軍に匹敵する力だ」
「で、どうすんだよ。反射の魔法は破綻したぞ。まだ続けんのか?」
右手の大剣を肩に背負い、ガリア王に語りかける純白の聖騎士。それに笑みで答えるジョゼフ。これだけの力を見せても、まるで動揺した様子がない。
「もちろんだとも」
「死んじまうぞ」
「死ぬだと?いや、俺が勝つに決まってるではないか」
「お前……」
才人にはこの神官姿のガリア王が何を考えているのか、さっぱり分からない。逆に言えば事は単純だ。力で分からせるしかない。
才人は右手の大剣を背負い、アイテムボックスから見事な作りのナイフを取り出し左手に握る。特殊機能を持った武器だが、今回は攻撃に使うためではない。ガンダールヴの能力を発動させるためだ。虚無の担い手と言っても、基本的にハルケギニアの人間であるジョゼフ。拳一つで十分だ。
わずかに構えると、次の瞬間にはジョゼフへと走り出す。走ると言っても、並の人間には銃弾が放たれたかのような速度だ。あっさりと神官姿のガリア王の背後を取った。そのつもりだったが、視線の先にジョゼフはいなかった。
「チッ、転移魔法かよ」
「お前たちの世界では、そう呼ぶのか。この魔法を」
「まあな。俺も使えるぜ。テレポーテーション」
ジョゼフの背後に転移。彼を掴もうとしたが、一瞬間に合わなかった。またも消える。
面倒くさそうに、口を曲げる才人。彼は転移阻害の魔法を持っていない。これでは転移魔法での追いかけっこをいつまでも続けなければならない。だが戦い方なら、他にもいくらでもある。ユグドラシルでのPvPの経験がものをいう。
才人は足を止め、右手人差し指を立てた。警戒しつつ、その人差し指を注視するジョゼフ。すると突然、人差し指が強烈な光を放った。
「くっ!?」
ジョゼフは思わず両目を手で覆う。
目眩ましの閃光を放つ『フラッシュ』の魔法だ。才人は、ウインドウを指でタップして発動させた。だがウインドウの見えないジョゼフには、全く予備動作のない魔法に思えただろう。
あまりの眩しさに、悶えていたガリア王。不意に、首筋を握られた感覚が走る。しかもその力は、簡単に首を引きちぎってしまいそうなほどの威圧感がある。
その時だった。ジョゼフの鼻を不思議な香りがくすぐった。懐にある虚無の香炉から、漂う香りが。
歓喜が彼の脳裏に湧く。口端を釣り上げ、背後へと視線と杖を向けた。
「エオル―……」
才人の耳に届いたジョゼフのつぶやきに、何故か悪寒を感じた。スキルを発動。
「瞬踏!」
同時に手元で小さな爆発が起こる。しかし爆発が広がる速度よりも、才人の移動速度の方が早い。瞬間移動したかのように、林の奥へと下がっていった。爆発から逃げ切った。彼はそう思った。
「ん?」
ふと気づいた。左手にあったナイフが一部欠けていた。
「なんで……。まさか、さっきの爆発?あいつの魔法で?けど、あの詠唱……」
ジョゼフがさっき口にした詠唱は、聞き覚えがある。ルイズが唱えた虚無の魔法、エクスプロージョンと全く同じものだ。そして彼女から聞いたことだが、エクスプロージョンは爆発を起こす魔法というより、本質は対象を分解する魔法らしい。爆発はその付随効果だとか。さらにターゲットも規模も自由に選べるという話だった。チート過ぎる魔法だ。ただユグドラシルの装備やアイテムに、効果があるかは分からなかった。試すわけにもいかないので。
もしジョゼフの魔法が同じエクスプロージョンなら、ユグドラシルの装備やアイテムにも効果があることになる。しかも今装備しているナイフはレリック級程度だが、この世界からすれば常軌を逸した硬さを持っている。それを一部でも破壊された。いや、逃げ切ったから一部で済んだのか。
息を呑む才人。あんな隠し玉があったから、一見勝算がなさそうな戦いに挑んできたのだろうか。軽くあしらおうと思っていた気持ちを、切り替える。
しばらくして、林から抜け出し。再びジョゼフと対峙。彼の左手にある杖に注視。虚無の魔法でも杖は必須だ。狙うべきターゲットはそれ。
すると何故か、ジョゼフは杖を懐にしまい、剣を鞘に収めた。そして両手を上げる。
「ここまでにしよう。俺の負けでいい」
「はぁ?」
唖然とするしかない才人。
ジョゼフは別の場所で、戦っているエルフの方を向いた。
「ビーダシャル!終わりだ」
「そうか」
ビダーシャルも動きを止め、両手を上げた。ルイズたちも、呆気にとられるだけ。
才人はジョゼフに尋ねる。
「どういうつもりだ?って言うか、そもそも何が目的だよ」
「約束通り、教えてやろう。こっちにも話があるしな。まあ、こんな所で話すのもなんだ。まずは部屋に戻るとするか」
そういいつつ、屋敷の方へと向かう神官姿のガリア王。だがすぐに、足を止めた。そしてタバサたちの方へ振り向く。
「そうだ。シャルロット!母親の病気だが、もう治してある。今はただ寝てるだけだ」
「……!」
開いた口から、全く言葉の出ないタバサたち。では、今までの戦いはなんだったのか。まさしく茶番だ。
ガリア王とエルフ。この二人が一体何を考え、こんな茶番を仕組んだのか。全部話してもらおうと、半ば苛立ち紛れにルイズたちも屋敷へと戻っていった。
一方のジョゼフは口元が緩んでいた。自然に笑みがこぼれるなどいつ以来か。
今回の目的の一つは虚無の魔法の解明だ。アインズと戦った時、唐突にテレポートの魔法に目覚めた。その仕組みが知りたかったのだ。
どうも危機に陥ると、必要な魔法に目覚めるらしい。さらに今回手にした魔法『エクスプロージョン』を、圧倒的な強者であるはずのヒラガサイトが警戒した。それは異界の者たちにも、虚無の魔法が通用するということを意味していた。
奇妙な高揚感が、今のジョゼフの胸の内に湧き始めていた。本当に久しぶりの感情が。