ロマリアの中心、フォルサテ大聖堂の中で、ブリミル教徒の頂点は最強の天敵と対峙していた。エルフたちと。
先頭にいる小柄なエルフの少女、ファーティマが楽しげに口元を緩める。
「まだ逃げ出してなかったのね。蛮人にしては、少しは気概があるのかしら。それじゃぁ、もっと怖がってもらわないと」
「エ、エルフ……。まさか……こんなところまで入ってくるとは……」
お互いの言葉が通じないが、エルフがすぐにでも戦うつもりなのは分かった。聖堂騎士たちは杖を抜くが、気圧されるような感情が湧くのを否定できない。
だがそんな彼らを無視して、体格のいい男のエルフ、ナージブが部屋にいた面々へと視線へ流す。
「教皇の危機に、シャイターンが現れないとは……。この街にはいないのか?」
「この中に、すでにいるかもしれませんよ」
ファーティマの返答。ただそうは言ったものの、威圧感を受ける人物は見当たらない。
「この中に?だがそうだとすると、エスマーイル党首の言われる通り、シャイターンの脅威は大げさに喧伝されすぎだということか?」
実はエルフの言うシャイターン、虚無は眼の前にいた。ヴィットーリオだ。しかし、持っている魔法は『リコード』という対象の記憶を読む魔法と、『ワールド・ドア』というゲートに似た転移魔法だけ。戦い向きではない。しかも、ジョゼフのように窮地において新たな魔法に目覚めることもない。
虚無の魔法を得るには、始祖の秘宝が必要だ。だが、ヴィットーリオの手元にはなかった。彼の持つ始祖の円鏡は、携帯に不向きであり自室に置かれていたからだ。
肩透かしを受けた気持ちになるファーティマとナージブ。ならば、さっさと任務を終わらせるだけだ。口元を動かした。
エルフが詠唱開始したのに気付いた聖堂騎士たちは、同じく詠唱を開始。短い詠唱の魔法で先手を打つ。エア・ハンマーが一斉に放たれた。ところが、エルフに届く前に霧散してしまった。
「魔法が消えた!?何故……」
驚きを浮かべる騎士たちを見て、ほくそ笑むナージブ。
「無駄だ。この部屋の精霊とはすでに契約済みだ。お前たちの魔法は、全て無効化される」
系統魔法の四つの系統は、一部の精霊の属性と一致していた。周囲の精霊を全て契約されてしまうと、ほとんどの系統魔法は使えなくなってしまう。魔力がよほど強いメイジが、力技で精霊契約を圧倒できるかもしれないが、そんな人物はハルケギニアに数えるほどしかいない。少なくともここにはいない。
騎士たちには男のエルフが何を言ったか分からないが、今の現象から系統魔法への対策がなされているのは分かった。
だがここで引くわけにはいかない。すぐ背後には守るべき教皇がいる。聖堂騎士たちはブレイドの魔法を発動。杖に光の刃を纏わせる。聖堂騎士団の団長が叫んだ。
「聖下を絶対にお守りしろ!」
「フッ……」
小馬鹿にするような笑みを漏らすナージブ。
「石に潜む精霊よ。盟約に基づき、拳となりて我が敵を吹きとばせ!」
体格のいいエルフの詠唱の直後、聖堂騎士団たちの足元が急にせり上がった。石の拳が現れる。真上へ数人吹き飛ばされた。
「この!」
騎士団長が石の拳の腕に当たる部分を、ブレイドの魔法で切断した。鉄すら切断するこの魔法なら、石を切るなど造作もない。エルフへと敵意を向ける団長。
「この程度……でぇ!?」
言い切る前に、今度は彼が吹き飛んだ。横に。壁から石の拳が突き出ていた。
この古い神殿は、そのほとんどが石で出来ている。この会議室は頑丈なだけに余計に。石の精霊を操るエルフを前にしては、武器に囲まれているようなものだ。
ヴィットーリオを守る聖堂騎士はもはやいない。しかし残った枢機卿たちが、杖を構え彼の前に出る。ただ対抗策がある訳ではなかった。しかしそれでも、立ち向かわないなどという選択肢はない。
そんな彼らへ、ファーティマたちは近づいていく。見下したかのような態度で。
「本当に、手応えがないわね。どうかしら?私たちの力に恐れをなした?泣いて逃げてもいいわよ」
「何故、そこまで我々を恐れさせようとするのです?」
ヴィットーリオが言葉を発した。平然と。少しばかり驚く、ファーティマたち。何故ならエルフ語を話していたからだ。
「蛮人が我々の言葉を話すとは……」
「教養として身につけていただけですよ。それで、問の答を教えてもらえませんか?」
「こ、答える必要はない!お前たちは、我々の力を思い知ればいいだけよ!」
「つまりは、私の命が目的という訳ではないのですね」
「それは……。あっ!」
思わず口元に手を当て黙り込むエルフの少女。何かまずいことを言ってしまったような気がして。一方のナージブ。先ほどまでの余裕を収める。これ以上は、ファーティマに話させない方がよさそうだ。
「さすが、教皇と言ったところか。口だけは達者だな。だが問答など必要ない。ただお前たちは、ただ我らの力にひれ伏せば……ん?」
言葉を切る男のエルフ。何故なら急に激しい雨が窓を叩いていたからだ。さっきまで雲一つなかったのに、突然、豪雨となった。これでは、街の火の手は一気に収まってしまうだろう。
だがそれだけでなかった。違和感が体に走る。ここにいるエルフたちの誰にも。風と水の精霊たちがざわめいている。
「なんだ?いったい……」
ナージブは、怪訝に辺りを見回す。同じく他のエルフたちも。
「聖下、一体これはどういう状況ですか?」
聞き覚えのない声が、いきなりナージブたちの耳に入った。声の方へ視線を向ける。すると黒いモヤのようなものの中から、金髪の青年が抜け出てきていた。
その姿は、褐色をベースとした服装の上に、青を基調とした丈の短いジャケットを羽織り、アクセント的な刺繍や飾りが豪華な雰囲気を醸し出している。右手には凝った装飾のワンドを手にしていた。ここにいる神官たちや聖堂騎士とは、まるで違った姿。
その人物はエルフを無視して、面倒くさそうな顔でヴィットーリオの側まで来る。彼へ安堵と共に話しかける教皇。
「間に合ってくれましたね。ジュリオ」
「驚きましたよ。戻ってきたら、街中燃えてんですから。仕様がないんで、魔法使いましたけど」
「かまいません。非常時です」
「それで、あのエルフたちが犯人でいいんですか?」
振り返ったジュリオはエルフたちと対峙。ヴィットーリオたちを守るかのように、前に出る。しかしその気配は他の者と違い、恐れも緊張感もない。むしろ、どこか不機嫌そうだ。
エルフたちは警戒感を上げる。いきなり現れたというだけでも驚くべきものだが、見たこともない黒いモヤの中からというのが、余計に不気味さを感じさせた。
ナージブがファーティマへと、何やら小声で話しかけた。すると彼女が一言零す。
「シャイターン……なのか?」
「そんな所さ。それより、どういうつもりかな?街、焼いてさ。少しムカついてんだけど」
ジュリオもヴィットーリオに言われて、エルフ語をマスターしたので彼らの言葉は分かる。だが、まともに相手にする気はなかった。
彼に強い言葉を返すファーティマ。
「教える必要はない!」
「そっか。チャーム・パーソン」
ワンドを向けるオッドアイの神官。するとファーティマの雰囲気が変わった。
「あ、あなたは何故ここに!?」
「君の任務の支援だよ。一応、確認のため最終目的を聞きたい」
「え?あ、はい。人間共に我々の脅威を……」
そこまで言いかけた彼女が、いきなり後ろへと吹き飛んでいった。勢いのまま扉を開け、廊下の壁にぶつかるファーティマ。意識を失う。ナージブが、風の魔法で彼女を部屋の外へと追い出したのだった。彼は彼女のことなど構わずに、厳しい視線をジュリオへと向けた。気持ちを切り替える。今までのような容易い相手ではないと。
「貴様……。彼女の心を操ったな」
「捕まえてからやればよかった。とりえあえず、数減らすかな」
ジュリオは彼を無視。ワンドをエルフへと向けようとする。対するナージブはその間に魔法を唱えた。
「ライトニング」
ヴィンダールヴは第三位階魔法を発動。閃光が走る。エルフたちへ向かって。ナージブは、思惑通りと口元を緩めた。
雷撃は彼らの目前で反転。術者へと戻って行く。そして直撃。神官たちは思わず身を伏せた。ところが、当のジュリオは平然としたまま。そしてヴィットーリオもそれは同じ。
「反射の魔法か。面倒だなぁ」
「き、貴様……。雷撃を受けてなんともないのか?」
ナージブは驚きの声を上げていた。
雷撃系の魔法は、系統魔法でもエルフの魔法でも高位のものだ。それを、食らっても目の前の人物は全くの無傷。
「この程度はね。けどこれじゃ、反射は抜けないか。それじゃぁ……」
「石に潜む精霊よ。古き盟約に基づき、槍となりて敵を貫け!」
ジュリオが魔法を発動するより、先にナージブが発動した。周囲の床や壁から槍状の石が突き出てくる。一斉にオッドアイの神官に向かって。槍衾に囲まれる彼だが、それをワンドと拳でさばいていった。しかし、全てには対応しきれない。一部の槍が直撃。だがまたも効果なし。
体格のいいエルフの目は驚きに染まる。それは他のエルフも同じだ。
「ばかな……」
ジュリオの今の姿は、ユグドラシルでのものだ。マジックキャスターである彼の装備は、戦士系の武装に比べれば防御力は低い。それでもこの世界では、常軌を逸した防御力を誇る。さらにこの装備は、付随効果が多数ある。レンジャー向けにと、不可知化も使える優れものだ。
困惑に包まれるエルフたちを無視して、ジュリオまたワンドを向けた。
「『デス』」
その一言で、ナージブは魂が抜けたかのように、パタリと倒れた。慌てて一斉に声をかけるエルフたち。その内の一人が、声を震わせながら言葉を発した。
「し、死んでる」
「な……!?」
そして誰かがつぶやいた。恐れと共に。
「シャ、シャイターン……」
「この手のは、反射の効果はないんだ。んじゃぁ……」
やはりジュリオはエルフたちを無視。反射の魔法を発動させたエルフが死んだので、反射効果は消えたと判断。別の魔法を唱える。
「サモン・ウォーター・エレメンタル」
水が集まりだし人間サイズの塊となって、ジュリオの前に現れた。
「敵対する者を、始末しろ」
指示を出されたのと同時に、水の塊はエルフたちへと迫って行った。対するエルフたちは慌てて魔法を唱える。
「み、水に潜む精霊よ。古き盟約に基づき、動きを止めよ!」
現れたウォーター・エレメンタルを止めようとするが、無駄だった。慌てふためいた声を上げるサハラの住人たち。
「け、契約ができない?」
「こ、これがシャイターンの力なのか!?」
彼らは誤解していた。目の前の水の塊は召喚された存在で、そもそもこの世界のものではない。だからだから契約などできる訳もなかった。
混乱に坩堝となるエルフたち。
「い、一旦、撤退だ!体制を立て直す!」
「し、しかし……」
「早くしろ!」
「わ、分かっ……ゴボ」
一足先に背を向けたエルフの長い耳に、後ろから空気が漏れる音が聞こえてくる。振り返った彼の目に映ったのは、水の塊に飲み込まれ溺れている仲間だった。逃げ出すのが一歩、遅かった。直後に、彼自身も水に飲み込まれていく。そして全てのエルフが水の塊の中で悶え苦しみ、やがて動きを止める。
その様子を、ジュリオは大したことがないかのように見ていた。そんな彼に後ろから声がかかる。
「ジュリオ。軽々に命を奪うものではありませんよ」
「聖下に手をかけようとしたのにですか?しかも、放火は極刑です。早いか遅いかだけと思いますよ」
「確かにその通りではありますが、あなたなら他にも方法はあったでしょうに。躊躇なくその手段を取りすぎです。前にもいいましたが、ここは以前の世界ではないのですよ」
「はぁ……分かりました。以後、自重します。それで、残りのエルフも処理したんですが、居場所を探っていただけないでしょうか?」
「あなたという人は、全く……」
あまり反省の色が見えないジュリオに、ヴィットーリオはため息を漏らす。だが今、優先すべきはそれではない。さっそく虚無の魔法、リコードを唱える教皇。死者の記憶すら覗き見るこの魔法は、こんな時こそ出番だ。
指揮官と思われた、ナージブの遺体に魔法をかける。リコードを使い慣れているヴィットーリオは、ジョゼフのように倒れたりしなかった。しばらくして魔法を解除する。ただその表情は、冴えないものへと変わっていた。この工作の意図を知り。ともかく、ジュリオにエルフたちの作戦終了時の集合地点を教えた。
すると二人へと安堵の声がかかる。枢機卿たちだ。
「さ、さすがは虚無の力。エルフ共を圧倒するとは」
「……。軽率に使うべき力ではありませんが、今回は致し方ありません」
教皇の言葉に、大きく頷く枢機卿たち。もっとも当の虚無の主従は、心に引っかかるものを感じていたが。
ジュリオの力が虚無のものではないと知っているのは、宗教庁ではヴィットーリオだけであった。ただその正体が知れる事の影響を考えて、なるべく使わないように彼には言い聞かせていた。
やがてジュリオは、エルフ討伐のため会議室から出ていく。彼の背中を見送りつつ、教皇は顎を抱えつぶやいた。
「……。事を急がねばならないかもしれませんね」
リコードの魔法によって得た情報は、予想外のもの。今回の騒ぎが収まり次第、話し合わなければならない事が、いくつも彼の脳裏に浮かんでいた。
一方、廊下にいたはずの一人のエルフの姿が消えていた。ファーティマだ。意識を戻した彼女は、ジュリオとナージブたちの戦いを途中から覗き見ていた。そして信じがたい結果も。
すでに走り出し、神殿からの脱出を目指す。恐怖と驚愕が混ざったような心持ちで。
「シャイターンの力がこれほどとは……。やはり臆病者のビダーシャルの話など、信じるべきではなかったのだ!早く、党首にお知らせせねば!」
ファーティマは集合場所を無視し、とにかく祖国へと急いだ。おかげで、彼女だけが生還する事となる。
ロマリアの首都に、火の手が上がる少し前。ルイズたちがジョゼフたちとの戦いを終え、話し合いに入っていた頃。夜の帳は下り、わずかに緋色に染まったトリステイン魔法学院の外、茂みに姿を隠している一行がいた。メンヌヴィルたちの傭兵団だ。
クロムウェルからの依頼、貴族の子息子女誘拐を実行する時を待っていた。
準備はすでに完了している。後は、日が完全に落ちるのを待つだけだ。そんな一行の中で、メンヌヴィルは、薄笑いを浮かべていた。
メイジが多数いる学院とはいえ、少年少女と教師ばかり。戦いに関しては、素人も同然。衛兵が一応いるが、ある程度腕が立つと言っても所詮平民。自分たちの相手ではない。
数人生徒を攫って、アルビオンへ連れて行く。部下たちにとっては難しくもない仕事な上、法外な報酬。彼らも口元を緩めている。
だがメンヌヴィルだけは理由が違った。準備の段階で最大の障害となる教師たちを調べていた時、見知った名を見つけたのだ。ジャン・コルベールの名を。その名は、彼の脳裏に刻まれていた。彼が盲目となった原因を作った人物だ。だが彼に対して恨みなどはなく、むしろ憧憬の気持ちすらあった。
腕を上げたメンヌヴィルは、何度かコルベールの行方を探したこともあったが、裏稼業から足を洗った彼の行方は分からずじまい。
それがこんな所で、出会えるとは。僥倖と言っていい。メンヌヴィルは彼を相手に、自分の今の力を試したくなっていた。もっとも、今回の仕事の内容を考えれば、そんな余裕はないかもしれないが。
日は完全に落ち、学生寮の明かりが消えていく。一方で、食堂の明かりが増えていく。夕食の時間のようだ。この学院では、教師も揃って、食堂で食事を取ると調べがついている。簡単に、一網打尽にできるわけだ。
白炎の二つ名を持つ盲目の傭兵メイジは立ち上がると、指示を出した。
「行くぞ」
傭兵団は、一斉に動き始めた。