世界征服なんて面白いかもしれないな   作:ふぉふぉ殿

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トリステイン魔法学園襲撃

 

 

 

 トリステイン魔法学院のアルヴィーズの食堂では、夕食が始まっていた。ギーシュはふと視線を流す。誰もいない空席へ。もちろん料理もない。タバサたちの席だ。

 隣に座っているマリコルヌが、切り分けた鳥肉のコンフィをフォークで刺しながら零した。

 

「なんで急に休んだんだろうね。一日だけって」

「さあね。実家から呼び出しじゃないかな?」

「タバサの実家ってどこ?」

「ガリア出身ってのは知ってるけど、それ以上は知らないよ」

 

 タバサはこの学院では異質な存在だ。留学生というのはもちろんだが、卓越した成績を収めながらも、その素性がほとんど分からないのだから。

 しかし小太りのクラスメイトはそんな彼女の素性など、どうでもいいかの様子。

 

「サイトのヤツ、おいしい目に会ってんだろうなぁ」

「おいしい目?」

「だって、女の子三人に男一人だぜ。三人とも性格がちょっとキツイけど、かわいいには違いないしさ」

「ああ……」

 

 肩から力が抜ける金髪イケメン。彼自身は、あの三人に囲まれた状態というのはできれば避けたかった。確かに見かけはかなりいい。しかし、性格が厄介すぎる。気疲れするだけだ。この辺りは、モテ男と非モテ男の差なのかもしれない。

 

 そんな二人が食事を続けようとした時、女生徒の悲鳴が届く。思わず顔を上げるギーシュ。声の方を向くと、女生徒が数人立ち上がり、テーブルを見下ろしながら青い顔をしていた。だが目に入ったのは、それだけではない。

 食堂の全ての入口に、見慣れぬ人物たちが立っていた。しかも粗野な服装の、いかにも盗賊とでも言いたげな姿をした男たちが。

 

「黙って座ってろ!歯向かうヤツは、こいつと同じ目に会うぞ」

 

 男の一人が怒鳴りつけたのと同時に、レビテーションで衛兵を浮かべた。首のない衛兵を。そして別のメイジが、宙に浮いた衛兵を一瞬で消し炭にしてしまう。

 またも悲鳴が上がる食堂。ますます恐怖に染まる生徒たち。

 ただ誰もが恐れをなしていた訳ではない。教師の一人、ギトーが立ち上がった。

 

「こ、この盗賊風情が!」

 

 自慢の風系統の魔法で、粉砕しようと考えた彼は、懐に手を入れる。だがもう、先ほどの相手から火球が放たれていた。魔法を放つどころか、杖を手にする間すらない。

 

「なっ!?」

 

 強気の表情は、驚愕へと入れ替わっていた。

 しかし直撃する寸前で、火球は弾け飛ぶ。別の火球によって。コルベールが杖を抜いていた。眼鏡の奥から、いつもと違う強い眼光を覗かせる。

 

「何者か知らんが、こんな事をしてただですむとは思わないことだ!」

「何者か知らん?そりゃ、残念だ。俺は忘れてねぇって言うのによ」

 

 火の魔法を放った盗賊が話しかけてきていた。目を細めるコルベール。そして気付いた。

 

「メ…ンヌヴィル……君?」

「お!憶えてくれてたか。そうだ。あんたの部下だったメンヌヴィルさ」

「何故、ここに……。私に……用があるのかね?」

「いや、あんたはこの仕事とは関係ねぇ。何、よくある話さ。貴族を攫ってくるって仕事だ。あんたは、たまたまここにいたってだけだ」

 

 戦争や誘拐などで貴族が攫われ、身代金を要求されるというのは、ハルケギニアでは聞き慣れた話だ。だが、メイジに溢れた学院を直接襲撃するのは、大胆にも程がある。

 コルベールは厳しい顔で返す。

 

「ならば、私の身を預けよう。その代わり、生徒たちには手を出さないでもらいたい」

「学院長であるわしも付いていこう」

 

 オスマンも立ち上がる。いつもの飄々とした態度は消え、覚悟を決めたかのような態度で。

 しかし対する、盲目の傭兵は呆れた声を上げた。

 

「何言ってんだ?あんたらがどんだけの金になるんだよ。そんくらい分かるだろ?」

「……」

 

 爵位が高いほど身代金は高くなる。そんな高い爵位の貴族の子息子女がここにはゴロゴロしていた。二人は、それに見合うほどの価値はない。そもそもメンヌヴィルたちへの依頼内容は、生徒の誘拐だ。教師を連れて行っても意味はない。

 かつての上司との会話を一旦終えると、白炎の二つ名を持つ傭兵は声を張り上げた。

 

「全員、杖をテーブルの上に置け!下手な動きをしやがったら炭にする。さっきの衛兵みたいにな!」

 

 慌てて、杖をテーブルへと差し出す生徒たち。教師たちもほとんどが、杖を出す。粗暴な態度な上に、ギトーを遥かに上回る腕を目にして、ほとんどの者が怯えきっていた。メイジの数では圧倒しているにもかかわらず、学院の生徒も教師も羊のように命令に従うだけ。

 ラ・ロシェール戦役で学徒として赴くはずだった彼らだが、サイトたちの活躍でその機会は訪れなかった。結局、実戦を経験したことのない生徒たち。戦場を駆け回ったメンヌヴィルたちの放つ本物の殺気に、圧倒されていた。

 

 ただ全員が心を折っている訳ではなかった。ギーシュだ。これでも武門の家の者だ。多少の勇気は絞り出せる。

 盗賊たちとコルベールのやりとりの最中、テーブルの下の床に錬金の魔法で穴を開けていた。土系統が得意な彼ならではだ。

 ギーシュは隣のマリコルヌに、小声で話しかける。

 

「僕がここから脱出して、外に助けを呼びに行く。脱出する時に、盗賊共の目を引いてくれ」

「ど、どうやって!?動くなって言われたじゃん!っていうか死んじゃうよ!」

「このままでも、死んじゃうかもしれないだろ?君だけが頼りなんだ」

 

 珍しく頼りにしたい、などという言葉をかけられたマリコルヌ。僅かな勇気を振り絞り、手を上げて立ち上がった。

 

「ぼ、僕が、生徒たちの杖を集める、お、お手伝いをしたいと思います!」

「はぁ!?」

 

 怪訝に眉をひそめるメンヌヴィル一党。そんな彼らを無視して、小太りの生徒はテーブルに置かれた杖を集めだした。冷や汗流しながら。

 だがその様子に、盲目の傭兵は怒りの声を上げた。

 

「余計な真似すんじゃねぇ!」

 

 同時に放たれる火球。しかし、またもコルベールがそれに反応。火球同士がぶつかり爆発と共にかき消えた。

 苦々しげに、元上司の方を向く盲目の傭兵。

 

「あんたとやり合うのは、後にしたいんだがな。なんなら今でもいいぜ。ここにいる連中は巻き込まれちまうけどな」

「くっ……」

「あんたも杖、出しな」

 

 しかたなしに、杖をテーブルに置くコルベール。そしてマリコルヌは、その場で縮こまって土下座。太った体が、まんじゅうかのように床に丸まっていた。

 一方、今の爆発の騒動で、椅子や料理を乗せた皿が散乱。わずかな混乱が発生する。すぐに収まったが。ただその最中、ギーシュは床に抜けた穴から下へと滑り降りていた。

 

 ギーシュがまず向かったのは、自分の部屋。留守をさせているモグラの使い魔、ヴェルダンデ。子熊ほどの大きさがある。だが彼が当てにしたのはその鼻の良さだ。匂いで盗賊を避けて行こうという訳だ。

 幸い、盗賊の見張りは外にわずかしかおらず、あっさりとヴェルダンデと合流。

 

「行くぞ、ヴェルダンデ」

 

 一人と一匹は、闇夜の校舎から密かに脱出した。

 

 一方、盲目の傭兵はふと違和感に気づいた。一部の床から妙な冷気を感じて。火系統を得意とする彼は、熱に敏感だった。さらに盲目でもあるため、音や空気の流れにも。

 ほどなくして理由を見出す。床の一部から、別の空気が漏れている。隣にいる部下に命じた。

 

「ナダル。床に穴開けて逃げたヤツがいる。追え」

「床に穴?あ!いつのまに……」

「いいから追え」

「始末していいのか?」

「任せる。まあ、死んじまったら帳尻は合わせるさ。生徒はいくらでもいるしな」

「分かったぜ。団長」

 

 ナダルと呼ばれた傭兵は、食堂から出ていった。そして外の見張りを集め、逃げた生徒を追った。

 

 

 

 

 ギーシュは学院から出るために、ヴェルダンデに穴を掘らせていた。

 

 学院は高い壁で囲まれている。フライの魔法で飛んでいくのが一番簡単だが、いくら夜と言っても目立つ。見つかってしまっては元も子もない。少数だが見張りの盗賊は、外にもいるのだから。

 

「急いでくれよ」

 

 使い魔の厩舎に潜みながら、ヴェルダンデが掘り進めている穴へとつぶやく。

 すると突然、足に激痛が走った。

 

「痛っ!?」

 

 思わず手で足を押さえると、硬いものに触れた。足を見るとナイフが刺さっていた。いつのまにと考えたが、答はすぐに出る。

 

「手間かけさせやがって」

 

 声の主へと顔を向けると、目に映ったのは盗賊たち。そして怪我の理由に気づいた。投げナイフを足に受けたのだと。

 殺意を向けてくる盗賊数人を前に、ギーシュは動揺しながらも対策を考える。

 この足では走れない。では戦うか。盗賊メイジ数人を相手に勝つなど無理だ。フライで逃げるか。簡単に撃ち落とされる。では、ヴェルダンデが開けた穴に潜り込むか。まだ出口を開けていない穴では、文字通り袋小路だ。逃げる手段が思いつかない。

 恐怖に震える手で杖を握りつつ、必死に頭を巡らせるギーシュ。そんな彼へ、不意に声がかかった。盗賊たちとは反対側から。

 

「ギーシュ?」

 

 聞き覚えのある声だ。振り返った先に見えたのは、サイトにルイズ、キュルケ、タバサ。そしてタバサの使い魔シルフィード。

 安堵の気持ちが、ギーシュの胸にあふれる。同時に叫んだ。

 

「た、助けてくれ!」

「助けて……。ん?」

 

 才人はギーシュの背後にいる見慣れぬ人物に気づく。いかにも盗賊風な姿の連中に。

 

 対するナダルたち。唖然として動きを止めている。金髪の男子生徒の先に、いきなり四人の生徒らしき人物と風竜が現れた。見世物小屋の奇術かのように、突然現れたのだ。理解が追いつかない。

 才人たちは転移魔法で帰ってきたので、実際、いきなり出現した。系統魔法にはない現象に、彼らが混乱するのも無理もない。

 しかも、さらに傭兵たちを混乱させる現象が起こる。

 

「俺の後ろに隠れろ!」

 

 才人はルイズたちへと叫ぶと同時にウインドウを操作、一瞬で純白の聖騎士姿となる。さらにアイテムボックスから、純白の大剣と盾を取り出し装備。ユグドラシルでのプレイスタルを取る。

 

 一方のナダルたちはまるで状況が理解できないが、いかにもな聖騎士を王宮騎士団か何かと認識。敵だと判断した。

 

「なんだテメェは!」

 

 叫んだ後、彼らはすぐに攻撃魔法を詠唱。そのわずかな間に、才人はスキルを発動。

 

「『雌鳥盾』!」

 

 故事に倣った防御スキル。盾の防御力を上げ、効果範囲も広がる。その範囲は、シルフィードすら包むほど。そのスキルに、傭兵たちが放った魔法は全て防がれた。

 すかさず走り出す才人。だが彼の基本スペックの高さからくる速度は、傭兵たちには狼が走り抜けたかのようなに思えた。あっさりと、ギーシュをルイズたちの元へ連れて来る。

 重装備の騎士の信じがたい速さに、ますます動揺する彼ら。なんとか冷静を保とうとするナダルは、他の仲間に声をかけた。

 

「お前ら、団長に知らせるぞ。厄介なヤツが来たってな」

「お、おう!」

 

 すぐさま踵を返し、校舎へと向かおうとする傭兵たち。しかしそれを、才人たちが許すわけもなかった。

 

「逃がすかよ!」

 

 再び彼らへ走り出す聖騎士。同時に、タバサとキュルケも攻撃開始。背を見せたナダル以外の傭兵を倒してしまった。

 残ったのはナダルだけ。彼はすでに魔法を発動済。二人の攻撃をかわしていた。彼は、水系統の魔法で身体強化する戦いを得意としている。工夫のない攻撃魔法ならば、避けるなど造作もない。

 しかし、純白の聖騎士の戦い方は魔法に依存しない。高スペックでのゴリ押しだ。

 

「瞬踏!」

 

 加速スキルを発動。一瞬で、ナダルの前に出た。

 

「なんなんだ!?お前は!」

 

 重装備にも関わらず、身体強化した自分を平然と追い越す。

今のナダルは身体強化に魔法を使っているため、武器は両手の曲刀や、投げナイフ。これではフルアーマーの鎧を貫けるわけもない。理解不能な相手に、歯ぎしりするしかない傭兵メイジ。

 

「チッ!」

 

 賭けに出ることにする。強大な相手へと、逆に向かって行った。

 一方才人は、男が振ってきた曲刀をあっさりとかわすと、背後を取る。そして左手の盾で、ハエたたきごとく盗賊を殴った。もちろん力を抜いて。それでも、地面に叩きつけられる男。武器をしまい、才人は背中に乗りかかると、盗賊の動きを抑え込む。

 

「この野郎!」

「へっ……」

 

 動けなくなった割には、不敵な表情のままのナダル。ここで、ギーシュの声がかかった。

 

「そ、そうだ!サイト!教師も生徒もみんな盗賊たちに捕まった!全員、食堂に隔離されてる!」

「え!?どういう事だよ!?」

 

 彼の言葉に反応し、才人が盗賊から視線を逸らした瞬間、傭兵の眼光は首を睨んでいた。装甲のない場所を。ナダルは一瞬緩んだ才人の腕から右手を引き剥がし、ナイフを首元へと突き刺す。

 

「バカが!」

 

 勝利を確信したが、その顔色はすぐに青いものへと変わった。布で覆われているだけに見えたその場所に、ナイフが突き刺さらないのだ。しかも布や鎖帷子ではなく、硬い板にでも刃を立てた感覚がある。

 

「ど、どうなってやがる……」

「余計なことすんな。言っとくけどな、俺が裸でもお前のナイフなんか刺さらないぜ」

 

 純白の聖騎士を、得体のしれない化物かのように見るナダル。動きを止めてしまう。

 この世界で、魔法以外で才人に通用するのは大砲以上のものだ。武装をすれば、それすら役立たず。

 

 それから、才人はタバサに頼み、盗賊メイジを魔法で眠らせた。装備を全て剥ぎ取った後、身動きできない状態にしてしまう。そしてタバサは、シルフィードに見張りを頼んだ。

 側に寄ってきたルイズに、才人は尋ねる。

 

「他の盗賊たちは?」

「あそこ」

 

 指さされた方向に盗賊たちが倒れていた。焼け焦げた者、胸に穴を開けた者など様々な姿で。息を呑む才人。

 

「こ、殺したのか?」

 

 そんな彼へ、不思議そうな顔を向けたのはキュルケだった。

 

「ん?当然じゃないの。学院を襲うような連中よ。だいたい盗賊は、縛り首よ」

「それは……そうだけど」

 

 以前、ヴァリエール公爵から言われた事が思い出された。大切な者を守るために、相手の命を奪う覚悟があるのかと。

 正直、今でもその覚悟はない。上手く心の中に収まらない。ただ今は、ここに留まる訳にはいかない。

 

「……。とにかく、行こう」

 

 まずは皆を助けると、自らに言い聞かせながら、才人はルイズたちと共に食堂へと向かった。

 

 

 

 

 食堂では、恐怖に濁った瞳が並んでいた。その瞳は一点に集中。宙に浮いて喚き続ける太った生徒に。マリコルヌが、盗賊メイジのレビテーションで浮かされていた。

 大げさな態度でメンヌヴィルが叫ぶ。演説かのように。

 

「ガキ共!俺たちを舐めてるヤツがどうなるか、黙って見てろ!」

 

 凍ったように身を固める生徒たち。ほとんどの教師もそれは同じ。だがコルベールは違った。思わず席から飛び出る。

 

「ま、待ち給え!メンヌヴィル君!私が代わりに罰を受ける!」

「おいおい、悪さしたヤツが罰を受けるんだぜ。あんた教師だろ?そんくらい分かんだろうが」

「君がそれを言うのか」

「ハッ!それもそうだな」

 

 愉快そうに口元を緩める、盲目の傭兵。だがすぐに威圧するような暴力的な顔つきへと戻った。

 

「黙って座ってろ。あんま勝手やるなら、罰を受ける生徒が増えるぜ」

「くっ……」

 

 拳を強く握ったまま、全く動けなくなるコルベール。メンヌヴィルは、そんな彼に構わず部下の一人に声をかけた。

 

「セレスタン。やれ」

「おう」

 

 セレスタンと呼ばれた傭兵の杖が、マリコルヌの方へ向く。さらに悲鳴の声を大きくする彼。それを見ていたコルベールの眼光が、決意を固めたかのような強いものとなっていた。

 

 

 

 

 一方の才人たち。ヴェルダンデの後に続き、見張りを警戒しつつ食堂の中が見えるくらいの場所までたどり着いていた。

 どうも見張りはさっき倒した数人で全てだったようだ。逆に言えば、ほとんどの盗賊は食堂の中にいる。

 その状況で、食堂に突入すれば乱戦になりかねない。生徒や教師たちにも被害が出る可能性もある。何かいい手はないかと考えていると、ふと思いついた。ルイズの方を向くガンダールヴ。

 

「ルイズ。エクルプロージョンの魔法で、盗賊たちの武器壊せないか?」

 

 エクスプロージョンは破壊する対象を選べる。ラ・ロシェール戦役で、アルビオン艦隊の武器や風石だけを消し去った現象の再現だ。成功すれば、簡単に盗賊たちを制圧できる。

 しかしルイズは首を振った。

 

「あの魔法、かなり精神力使うのよ。そこまで回復してないわ」

「そうなのか?」

「うん」

 

 チートな魔法だと才人は思っていたが、しっかりペナルティがあるようだ。妙な所でゲームっぽい。

 

 それからいろいろと案が出るが、どれも今ひとつ。唯一確実と思われる方法が、才人が最大スピードで可能なかぎり盗賊たちを倒してしまう事だ。当然、手加減している余裕はない。おそらく相手の命はないだろう。さらにその混乱に乗じて、残りの盗賊をタバサたちが、始末する。

 これしかない。誰もがそう思う。ただ一人、才人だけが躊躇していた。

 

 そんな時、食堂から悲鳴のような声が届く。助けを呼ぶような。窓から見える食堂の中では、一人の生徒がレビテーションの魔法で浮かされていた。

 ギーシュが驚きの声を漏らす。

 

「マリコルヌだ!」

「えっ?」

 

 確かにマリコルヌだった。赤ん坊のように泣きわめいている。俯きながら苦々しげにつぶやくギーシュ。

 

「僕が脱出する時に、囮になってくれたんだ」

「それじゃぁ……」

 

 キュルケが冷や汗を浮かべながら零す。見せしめに殺されるのではないかと。ルイズが厳しい顔で、サイトの方を向いた。

 

「迷ってる暇はないわ!サイト、行って!」

「……。分かった!」

 

 各種補助魔法を発動。さらに両手に大剣を装備。今日一日中、ずっとユグドラシルの能力を使っていたので、アダプターのバッテリーが心もとない。ただ、もうしばらくは保ちそうだ。

 覚悟を決めようする才人。食堂の方へ動き出す。ただその目に映ったのは、マリコルヌへと魔力をまとった矢のようなものが向かって行く光景。エア・スピアの魔法だ。マリコルヌが串刺しにされてしまう。

 その時、窓の中にテーブルを蹴り、ジャンプする姿が見えた。浮いているマリコルヌを突き飛ばすかのように。コルベールだ。その直後、鮮血がコルベールの胸辺りから、撒き散らされる。

 叫ぶ才人。

 

「先生!」

 

 才人は、すぐさまテレポーテーションを発動した。出現した直後、落ちてくるコルベールを抱きとめる。

 

「先生!」

 

 しかし、言葉は返ってこなかった。胸の中央から血が溢れ、その瞳は光を失っている。

 

「な、なんだ!てめぇは!?」

 

 横から怒声が飛び込んでくる。

 反射的に才人の右手が動いていた。大剣ソード・オブ・テュールが、セレスタンの真上から振り下ろされる。あまりの速度に、全く気づかない傭兵メイジ。次の瞬間には、半身の人間が二つ。左右に分かれ吹き飛んだ。しかもそれだけではない。振り下ろされた太刀筋は、強烈な衝撃波を発生させ、床と天井を裂き、壁に傷を作る。アルヴィーズの食堂を二つに裂かんばかりに。

 

 一瞬、時間が止まったかのように静まり返る食堂。だが一人の傭兵メイジが、混乱を吐き出すように口を開く。

 

「こ、この……!や、やっちまえ!」

 

 一斉に才人へと杖を向けた。だが先に動いたのは純白の聖騎士。ガンダールヴの力とユグドラシルの力がリミットなしで発揮される。その動きは雷光か。目で追える者はいない。傭兵たちが杖を構える前に刃が振り下ろされていた。弾ける彼ら。

 魔神が暴れているかのような力の前に、パニックとなる傭兵メイジたち。頭の中から、目的も立場も何もかもが吹き飛んだ。あるのはただ恐怖だけ。傭兵たちは一斉に背を向け、食堂から逃げ出す。

 しかし純白の聖騎士は、一人者も逃さないという怒気を発し、彼らを追おうとする。

 その時、突然、叫びが耳に突き刺さった。

 

「サイト!ヒラガ・サイト!」

 

 何故か足が止まる。止まらないといけない気がした。頭が急に冷めていく。思わず声の方へと振り返った。怒った顔のルイズが近づいてきていた。踏みしめるように足を進めながら。しかもいつもの、ヒステリー気味のものではなく、憤りを感じているかのよう。

 側まで来ると、ルイズは横を指差す。

 

「サイト。周りを見て」

「え?あ……」

 

 彼の目に入ったのは、食堂中に走る斬撃の痕、怯えてテーブルの下に隠れている生徒や教師たち。そして、才人に斬られ破片となってしまった賊たち。

 自分のやった事に息を呑む。するとルイズから、感情を抑えた声が届く。

 

「サイト。私たち貴族は、力を使うけど道義に従って使うわ。それほど貴族の力は大きいの。って散々、父さまと母さまに言われたわ。それを私は心がけてるつもり」

「……」

「あなたの力は、私たち貴族の力よりはるかに強いわ。私たち以上に、道義を心がけて。今みたいに、怒り任せに使っちゃダメよ」

「あ……ああ……」

 

 両手の大剣を下ろし項垂れる、聖騎士。そんな彼にルイズは抱きついた。母親が子供をあやすかのように。

 

「でも、みんな助かったわ。サイトのおかげよ」

「……うん。あ!先生は!」

 

 すると彼を呼ぶ強い声が届く。タバサだ。

 

「サイト!ミスタ・コルベールを生き返らせて!」

「お、おう!」

 

 慌てて、横になっているコルベールの側に寄った。同じくルイズやキュルケ、ギーシュも。

 タバサたちは彼女の父親が生き返ったのを直に見た。この異世界人には、死すら打破できるのを知っていた。

 一方、他の生徒や教師たちは、タバサの言葉の意味が理解できず、ただ呆然と彼らの行為を眺めるだけ。

 

 才人はすぐに魔法を唱える。

 

「リザレクション!」

 

 詠唱が終わると同時に、散っていた血がコルベールの元へ集まりだす。そして動画の逆再生のように、開いていた胸の穴が塞がっていく。やがて、すっかり無傷の姿となった。ほどなくして呼吸も始まった。

 

「よし。次、『ヒール』」

 

 強力な回復魔法だ。これでコルベールは顔色もよくなった。

 安堵の吐息を漏らす、ルイズたち。そんな彼女たちの耳に、脇から震えた声が入ってきた。一斉に振り向いた先にいたのは、困惑の表情のオールド・オスマン。

 

「ミスタ・ヒラガ……。君は……天から遣わされた天使……なのかね?」

「は?」

「死者を生き返らせるなど……。人の技とは思えん……」

「あ……ああ……。えっと……」

 

 ここで救援が入る。タバサだった。

 

「学院長。今はそれより盗賊を追わないと」

「それは……そうじゃが……。もう逃げてしまったぞ?」

「シルフィードが、彼らを付けています」

「じゃが、居場所が分かっても、今から追いつけるかの?」

 

 するとルイズが出番とばかりに、勇ましい態度でサイトに言う。

 

「サイト。転移魔法使って」

「いや……。難しいな」

 

 予想外の返事に、慌てだす虚無の主。

 

「なんでよ!」

「今日、魔法使いすぎた。二人生き返らせて、三人回復させて、あのおっさんと戦って、長距離転移もしたし。MP……残り魔力がちょっとな。後、バッテリーもやばい」

「そう……なの。う~ん……」

 

 悩ましげ腕を組むルイズ。確かに今日は様々なことがありすぎた。

 では、諦めるのか。すると奇妙な感覚に頭を包む。憶えのある感覚だ。それはあの虚無に目覚めた時のものに似ていた。思わず、カバンから始祖の祈祷書を取り出す。するとあるページから光が漏れていた。すかさず開くと、そこに新たな魔法が記されていた。『テレポート』。転移魔法だ。

 

「これって……。そういう事なのね……」

 

 ルイズは理解した。虚無の魔法とはなんなのかを。窮地において、必要な魔法が与えられるのだと。

 彼女はサイトたちへと向き直る。

 

「私も転移魔法、手に入れたわ」

「は?ルイズ、何言ってんのよ」

 

 キュルケの呆れた顔を浮かべていた。それに虚無の担い手は、自信を漂わせた言葉を返す。

 

「虚無の系統って、窮地に目覚めていく系統みたい」

「必要な時に、ふさわしい魔法が手に入るって事?なによそれ。都合良すぎでしょ」

 

 ここで挟まれるタバサの落ち着いた声。

 

「それより、転移魔法はガリア王と同じもの?」

「たぶん」

「なら、追いつける」

 

 再び虚無の主から、使い魔への指示。

 

「サイト。相手はただの盗賊だから、ガンダールヴの力だけでも十分だわ。いっしょに来て」

「分かった。行くよ」

 

 聖騎士は二本の大剣を強く握りしめた。さらに新たな声が入ってくる。コルベールだった。

 

「私も行こう」

「ミスタ・コルベール!大丈夫なんですか?」

「ああ。むしろ調子がいいくらいだ。サイト君、礼を言うよ。君なのだろ?私を助けてくれたのは?」

「……。そうです。先生は、一度、命を落としました。だけど、俺の魔法で生き返らせました」

「とんでもないな。君の力は。後で詳しく教えてくれないかな?」

「いいですよ」

 

 その言葉を耳に収めたコルベールは立ち上がる。

 

「それはともかく、今は彼らを捕らえなくては」

「捕らえる?」

「身代金目的で魔法学院を狙うなど、危険度が高すぎる。恐らく真の目的があるのだろう。それを探らねば、次の襲撃もあるかもしれない」

「分かりました」

 

 頷く一同。

 やがて才人、コルベール、タバサ、キュルケはルイズの虚無の魔法、テレポーテートで、メンヌヴィルたちを追うのだった。

 

 

 

 

 

 




一部、描写を付け加えました。
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