メンヌヴィルたちは、あまりの混乱具合から散り散りに逃げ出していた。今、メンヌヴィルと共にいる傭兵は二人だけだ。彼らは隠していた馬車に乗り、月夜をゲルマニア国境へと向かっていた。トリステイン魔法学院は、トリステインの東方にあり、それほどゲルマニア国境から離れていない。夜が明ける前に国境を越えられるだろう。
だが彼の脳裏にあるのは、逃げおおせるかどうかではなかった。自分たちを圧倒した純白の聖騎士の姿だ。文字通り、突然現れた。あれほど目立つ鎧姿だと言うのに、誰も騎士が部屋に入った様子を見たものはいない。気付いた時には、食堂の中央にいたのだった。そして火竜をも超える力。とても人間とは思えない。天使か魔神でも相手にしたような気分だ。白炎の二つ名を持つ彼でも、恐れのようなものを感じていた。
「あんなのがいるなんて、聞いてねぇぞ!」
メンヌヴィルはここにはいない依頼主、クロムウェルに対し文句をぶつける。
やがて馬車はトリステインとゲルマニアの国境を越え、すぐに脇道へと入る。そして森の中の小屋の前で止まった。ここが緊急時に集合する場所と決めてあった。後は、他の逃げた連中が来るのを待つだけだ。
馬車から降りた三人は、ずっと頭にあったものを吐き出す。傭兵の一人がメンヌヴィルへ、問いかけた。
「団長、あの騎士、なんなんすか?亜人でも、あそこまで強いヤツは聞いたことがねぇ。もしかして、エルフっすかね?だいたい、どうやって食堂に入ったんだか」
「知るか!」
「仕事の方は、どうしやす?」
「やめだ。あんな化物の相手ができる訳ねぇ。俺達に、まともな情報出さなかった皇帝が悪い」
こうは言ったものの、一国の皇帝の仕事を途中放棄するのだ。悪い噂が立ち、自分たちの評価が落ちるかもしれない。しかし、背に腹は代えられない。
苛立ちを抑えられず、舌打ちを繰り返すメンヌヴィル。そんな彼の耳に、異質な音が入っていた。カサカサという地面を這いずっているような音が。あえていうなら、虫が歩き回っているかのよう。
「なんだ?」
辺りを警戒する盲目の傭兵。
音は止まないどころか、増えている。しかも音の印象からすると、やけに大きな虫に思える。猪ほどもあるような。だがそんな虫など、聞いたこともない。
さすがに部下二人も気づく。
「団長……。なんか……森にいる」
「お前ら、構えろ」
一斉に杖を手にする傭兵たち。
「その騎士の話、教えて……」
いきなり声がした。すかさず、声の主へ魔法を放つメンヌヴィル。半ば溜まった苛立ちをぶつけるかのように、最大火力のフレイムボールを。魔法は相手に直撃し、爆炎が上がった。生物なら解けてしまうほどの熱だ。
だが予想外の事が起こる。爆炎の上がった場所から、同じ声が届いたのだ。つまり、魔法がまるで効いていない。
「全く……。会話も満足にできないとは。やはり下等な者たちを、まともに相手をするべきではありませんでした」
メンヌヴィルの背中に冷たいものが流れていた。声の主から伝わる熱が、彼の知っているどれとも違う。盲目の彼は、思わず部下に尋ねた。
「おい!ヤツは何もんだ!?」
「仕立てのいい妙な服を着た仮面を被った男……。ただ……」
「ただ、なんだ?」
「尻尾が生えてやがる……」
「尻尾!?」
部下から出てきた言葉を、どう解釈していいか当惑する白炎。すると脇から怯えたような別の傭兵の声が溢れてきた。
「だ、団長!虫が……でけえ虫に囲まれてる!」
「虫だぁ?」
仮面の男に集中しすぎて気づかなかったが、さっきまであった這いずるような音が随分と近づいてきていた。
すると、またも男の方から声が届く。
「"ひざまづけ!抵抗するな!"」
その声は、耳で聞いたものではなく、頭の中に突き刺さるかのよう。
突然、彼らは自分の意思とは関係なく、杖を放り投げ、地面に四肢を付いた。
(ど、どうなってやがる!?なんなんだ、こりゃ!?)
訳が分からない。三人の頭は混乱で満たされていた。学院で見た騎士といい、この状況といい、悪夢にでも迷い込んだかのような気分に包まれる。
仮面の男、デミウルゴスはわずかに口元を緩めた。これでようやく目的が果たせると。
エントマが召喚した蟲を使い、メンヌヴィルたちをずっとつけていた。もちろん魔法学院襲撃中もだ。ただし、同郷の存在を警戒し、離れて観察していたため十分な情報が掴めなかった。そこで騎士を直に見た者から、情報を集めようと考えた訳だ。
「さて、いくつか質問に答えてもらおう」
さらに支配の呪言で情報を聞き出そうとするデミウルゴス。
ふとその時、視界に数人の姿が入る。近づいてきたのに気づかなかった訳では無い。いきなり現れた。転移してきたのだと理解。
仮面の下の表情を険しくする悪魔。何故ならその数人の中に、例の純白の鎧に身を包んだ聖騎士がいたからだ。
「ルイズ!俺の後ろに隠れろ!」
「サイト!?」
「早くしろ!」
「え?ええ!」
サイトと呼ばれた聖騎士は前に出る。ルイズと呼ばれた小柄な少女は彼の背後に隠れた。そして他の者たちも、後ろに下がる。
デミウルゴスはルイズという名を聞き、察した。彼の予想通りなら、視線の先の騎士は、ユリが話していた少年剣士でルイズの使い魔。
ともかく、彼ではこの騎士に歯が立たない。守護者の中では、戦闘は得意な方ではないのだから。この場は撤退すべきだろう。情報源はすでに手中にある。ただ一方で、こうして本人がいるのだ。得難い情報があるかもしれない。悪魔はリスクを取ると決めた。
騎士の方を向くと、背筋を伸ばし後ろで手を組む。そしてデミウルゴスは、涼しげな声色で話しかけた。
「はじめまして。私はヤルダバオトと申します。同郷の方と推察しますが?」
「……。そうだ」
「これは奇遇ですね。もっとも、せっかくの出会いですが、私は帰らねばならないのです。ただ、どこのギルド所属かだけでも教えていただけませんか?」
「……。次はこっちの質問の番だ。後ろにいる盗賊共。お前らの仕業か?」
「……」
こうして騎士と会話している間に、エントマからメッセージが届いていた。逃げ出した傭兵たちは、ユリ、ルプスレギナ、ナーベラルのチームが全て捕らえ転送済みと。さらにこちらの転移の準備は完了している。つまり、いつでも逃げられるわけだが、もう少し粘ることにする。
「さて、どうでしょう?力付くで聞き出しますか?あなた方ならできるかもしれませんよ。虚無の主従が揃っているようですし」
カマをかけてみるデミウルゴス。するとルイズという名の少女は杖を取り出し、聖騎士は両手の大剣を構えた。
「あんた一人で、俺たちの相手しようっていうのか?」
「……」
口端をわずかに上げる悪魔。引っかかったという思いと共に。
彼は、誰が虚無かなどとは言っていない。にもかかわらず、目の前の聖騎士は、自分たちが虚無の主従と自白してしまった。予想通りだったようだ。そしてもう一つ。この程度の誘いにハマってしまうようでは、頭の方は大したことないようだ。
仮面の悪魔は、大げさな仕草で両手を広げる。
「いえ、お二人を相手にはできないでしょうね。ですから、先に白状してしまいます。彼らと私は無関係です」
「本当かよ?じゃあ、なんでここにいるんだ?」
「次は私の質問の番のはずですが」
「……。なんだよ言ってみろ」
「この者たちは、何をしたのです?」
「トリステインの魔法学院を襲ったんだよ」
「それで、捕らえに来たわけですか。しかしそうすると、あなた方は学院から離れてしまっている訳ですが、学院の守りの方はどうなっているのです?この連中の仲間は、他にもいるかもしれませんよ」
「あ……」
才人は思わず声を漏らした。
デミウルゴスは今の反応で、新たな情報を得る。この程度の人間に対応できる戦力が、この騎士以外にいないのだと。つまり、聖騎士は単独でこの世界に来た。彼の所属するギルドは存在しない。
仮面の奥で満足げな表情となる悪魔。これ以上を求めるのは、リスクが大き過ぎる。頃合いだろう。
「それでは、ここまでとしましょう。では失礼」
「待っ……」
悪魔は才人の静止も聞かず踵を返すと、現れたゲートの中へとメンヌヴィルたちと共に入っていった。そして跡形もなく消え去る。
呆然と立つサイトに、コルベールが恐る恐る疑問を口にした。
「サイト君……。あれは一体何者なんだね?君は知ってたようだが……」
「……。後で話します。かなり厄介な話なんで」
厳しい声色のサイトの横で、ルイズもその身を固めていた。体中が得体の知れない不気味さに包まれる。
「サイト……。あいつ、尻尾が生えてたわ。あれは何?」
「多分、悪魔だ」
「あ、悪魔……!?」
「でも、なんか見覚えあるんだよなぁ。アインズ・ウール・ゴウンの仲間かも」
「……!」
息を呑むルイズ。話にしか聞いていなかった化物の異世界人。それに直に会った。嫌な汗が背中に流れる。暗部に潜む化物の集団など、どこか御伽噺かのように感じていたが、それが実感を伴って体中を震わせていた。
もしジョゼフたちと手を組む事になったら、あんなものを相手しないといけない。寒気すら感じるが、こうして実際に見た以上無視する訳にもいかない。
何かを決断しなければならない時が迫っている。そんな追い立てられるような感覚を抱いた、虚無の担い手だった。
トリステイン魔法学院とロマリア襲撃から数日後。遥か彼方にあるナザリック地下大墳墓、その玉座の間に、守護者一同とセバス、そしてプレアデスたちが膝を付いていた。アインズが玉座から第一声を発する。
「面をあげよ。ハルケギニアの虚無と謎のギルドに対する情報収集作戦が完了した。そして収集した情報の分析結果が出た。今回は集まってもらったのは、その結果報告と、それにより今後の方針を決めるためだ」
「「はっ!」」
一同から威勢の良い返事が届いた。さらアインズは言葉を続ける。
「報告を聞く前に、まずは今作戦に尽力したお前たちへ、賛辞を送りたい。よくやってくれた」
「「はっ!」」
「その中でもデミウルゴス。お前の働きは大きい。さすがはナザリック随一の知恵者だ」
「もったいないお言葉。このデミウルゴス。使命を果たしたまでです」
次にアインズはセバスたちへも、声をかける。
「そしてセバス。プレアデス共々、今回の任務、ご苦労であった」
「アインズ様の配下の者として、当然のことをしたまでです」
セバスの落ち着いた返答に、小さく頷くナザリックの絶対支配者。やがてアインズは忠臣の知恵者へと顔を戻す。
「それでは、デミウルゴス。報告を頼む」
「分かりました」
デミウルゴスは整然と立ち上がると、全員を見渡すように振り返った。
「今回の作戦は、非常に有益なものだったよ。それでは、判明した点について説明しよう」
それから得られた情報についての説明が始まる。
まず、トリステインの虚無はルイズであった事、その使い魔のサイトという少年が例の聖騎士であるという事。さらに彼が所属するギルドは存在せず、彼は単独でこの世界に来た事。また理由は不明だが、その聖騎士はトリステイン魔法学院に執着があるという事。
デミウルゴスはここで一旦、話を区切った。アインズが問いかける。
「そのサイトという者のフルネームは分かるか?」
「セバスの情報から、サイト・ヒラガだと判明しております」
「ワールドチャンピオン並の強者だというのに、聞いたこともない名だな」
「偽名の可能性もあるかと」
「確かに……」
アインズ自身も、本来のプレイヤー名、モモンガを名乗っていない。本名は別というのはありうる話だ。
主が口を閉じた後、デミウルゴは報告を再開した。
「今回の作戦では、トリステイン以外でも得た有用な情報があった。これは偶然だったのだがね。それについても説明しよう」
次に話し始めたのは、ロマリアでのエルフによる襲撃事件についてだ。ロマリア連合皇国の首都であるロマリアにも、当然セバスチャン商会の店舗はあった。このためエルフ襲撃を観察する事ができた。
エルフ襲撃により、ロマリア市内は火災に見舞われる際に、それを消し止めるかのように豪雨が降り出した。これが、第六位階魔法『コントロールウェザー』によるものと認定。つまりロマリアにも同郷の者がいる。
一方で、火災が広がる間、エルフたちに対処していたのは現地の聖堂騎士団だけで、同郷の存在は現れなかった。すなわち、ロマリアで位階魔法を使った存在もギルドには所属しておらず、単独でこの世界にやってきた可能性が高い。なんらかの理由でロマリアから離れており、戻ってきた時に魔法で火災を消し止めたのだろう。その後、エルフたちの活動が収まったのも考慮すると、その存在が彼らを始末したと思われる。
ただし、その人物が何者で、どの程度の強さなのかまでは判明していない。もっともある程度の予想はできている。教皇ヴィットーリオは、人前で魔法を見せたことがない。さらに、異様な若さで教皇に就任した。この就任の決め手が、虚無ではないかと推察された。そうなれば自動的に、彼の使い魔が同郷の存在と考えられる。
報告を終わるデミウルゴス。再び床に膝を付ける。小さく頷くナザリックの絶対支配者。そして正面へと顔を戻した。
「さて、いま聞いた情報から、今後の魔導国の方針を決める。お前たちの意見を聞きたい」
最初に口を開いたのは、守護者統括のアルベドだった。
「アインズ様。今回得た情報により、ハルケギニアのギルドという最大の懸念材料が払拭されました」
「そうだな。ギルドは存在しなかった。いくら強いと言っても、所詮は個人」
あのたっち・みーですら、他のギルドメンバーでパーティを組んで戦えば勝てる。もちろん圧倒的な力の差があれば覆るだろうが、そこまでの差は今までの情報からは感じない。
アルベドは続けた。
「ハルケギニアは後に回し、やはり対デザートエルフを優先すべきかと」
彼女の意見に小さく頷く一同。
ただアインズだけは、顎を抱え黙り込んだまま。ネフテスへの本格的な対処というものが思いつかなくて。工作による取り込みか、あるいは武力侵攻か、その他の方法か。意見を出せそうにないので、とりあえず話題を変えることにした。
「ふむ……。そう言えば、デザートエルフがロマリアを襲った件だが、理由は分かっているのか?」
主の問に答えたのは、やはりデミウルゴス。
「パンドラズ・アクターから、ネフテス右派の軍備はかなり整いつつあるとの情報がありました。おそらく、ハルケギニアへの開戦理由の構築が目的かと。そのため、あえて挑発したのでしょう」
するとシャルティアから疑問が出てきた。
「なんでそんな無駄な真似を?どうせ戦うなら、単純に攻撃すればいいだけでありんしょ?挑発したら、警戒されるだけ逆効果でありんしょうに」
「ネフテスは議会制だからね。反対派を説得しないと、何も決められないのさ。そのために、戦う理由をいくつも用意しないといけない。例え無意味と思われるものでもね」
「まぬけな連中でありんすね」
「仕様がないのさ。我々のように、叡智の結晶のような方が全てを差配するという訳にはいかないのだから。愚者は愚者なりに考えだした制度という訳だよ」
叡智の結晶などと言われ、アインズに嫌な予感が走る。またも自分への過大評価から、話があらぬ方向に行きそうだと。そうかと言って、対ネフテスという大きなテーマを、優れた叡智で決めてくれと話を振られても困る。そこで話を思い切り逸らす事にする、至高の御方。
「あ~…。ハルケギニアにギルドが存在しないとなると、例の聖騎士は大きな脅威とはならなくなった。そこでだ、私はその聖騎士と直接対話を試みたい」
「「アインズ様!?」」
一斉に驚きの声が上がった。アルベドが彼らの意思を代表するように、厳しい表情で訪ねた。
「アインズ様。かの者はコキュートスを圧倒するほどの存在です。直にお会いになるのは、危険かと」
「何も、私一人で会うつもりはない。ただ以前の戦いで、そのサイト・ヒラガとやらは我々への敵対心はそれほど強くないと思ってな。真意を知りたい」
「……。分かりました。アインズ様がそうお望みなら、それに従うまでです。ただし、十分な備えをさせていただきたいのですが」
「無論だ。その点は、お前に任せよう。そうだな、会談場所も含めて検討してくれ」
「分かりました」
守護者統括はおごそかに頭を下げる。
アインズはそれに小さなうなずきを返すと、正面を向いた。
「そういう訳だ。デザードエルフへの対応は、この結果次第となるだろう」
要は先送りである。自分で方針を決めるとかいいながら。もちろん彼自身、同じプレイヤーとして会ってみたいという気持ちもあるのだが。
しかしアインズの配下たちは、この判断は主の壮大な計画の一貫から出てきたものだろうと信じて疑わなかった。力強い返事と共に、ナザリックの絶対支配者の意思に従う。
やがてアインズとサイトの会談の場所は、ガリアのヴェルサルテイル宮殿に決まるのだった。
トリステイン魔法学院が、メンヌヴィルたちの傭兵団に襲撃されて数日後。
結局、メンヌヴィルたちを捕らえそこねたため、彼らの狙いは分からなかった。貴族の子供がいる学院が直接襲われたため、王宮から一部の騎士団が派遣された。今は衛兵と共に、ここを守っている。
こんな学院の広場に腰を下ろしながら、才人は何を見るでもなく学院中央の塔を見上げていた。今は膜で覆われており修繕中だ。ここには食堂があった。才人が盗賊を討伐した時の暴走は、この塔に甚大な被害を及ぼした。かなり強力な固定化をかけていたにもかかわらず、一部の壁は完全に壊されているほどに。
現在、この塔にある施設は全て使えない。廊下すらも。学院中央にあるため、移動すら面倒なことになってしまった。
そんなことをしでかした彼に、声がかかる。ルイズだった。
「どうしたのよ。最近」
「いやぁ……、なんていうか……いろいろあったから……」
「あんた見るみんなの目も変わっちゃったしね」
「まあな」
あの事件以来、才人に対する生徒や教師たちの態度があきらかに変わった。人知の及ばぬ何かを見るかのように。あれほどの力を見せ、さらに死者を生き返らせては、そう思われても仕様がない。あのギーシュやマリコルヌですら、遠慮気味に話してくる。
ただ、ルイズはこうしている才人が、その理由だけで黄昏れているようには思えなかった。
「……。もしかして、盗賊共殺しちゃったの気にしてんの?」
「……。それも……あるかな」
確かに彼らを殺さなくても、やがては縛り首だ。結果は同じ。また、ギーシュたちも本来ならば、ラ・ロシェール戦役で、敵と命の奪い合いをしていたはずだ。この世界では、そんなものが当たり前。
しかし直に手を下したという事実を、どう自分の中で折り合いをつけるか戸惑っていた。それにあの時、我を忘れていた。少しでも太刀筋がずれていたら、生徒を殺してしまっていたかもしれない。自分の力というものへの認識の甘さも実感していた。
小さなピンクブロンドの少女は、隣に座るとつぶやくように言う。
「あの時、貴族の心構えとか言ったけど、私も人の命奪うようなことしてないのよね。ラ・ロシェールの時も、敵、皆助けちゃったし」
「なんで、助けたんだ?」
「う~ん……。武器壊せば勝てたし、それに……気分悪いから?」
「なんだよそれ」
「でも、それでいい気がするのよ。平気で人殺してたあの盗賊たちは、やっぱ気持ち悪かったもん。あんなふうになりたくないって。だけど、やっぱり今回の事で思ったけど、大切なもののためにそういう覚悟はいるとも思ったわ」
「そういう覚悟か……」
「父さまが言ってたことの、繰り返しになっちゃうけどね。キュルケとかタバサは、なんて考えてんのかしら?」
「どうかなぁ。みんな事情が違うし、自分でそういうの見つけるしかないのかもな」
「そうかも……」
二人は何を考える訳でもなく、修繕中の塔を見上げた。するとそんな二人に声が届く。
「こんな所にいた」
振り向いた二人の目に入ったのはジュリオだった。いつもの神官姿で側まで寄ってくる、オッドアイのイケメン神官。
「二人共、大事な話があるんだけど」
「大事な話?なんだよ?」
才人は聞き返す。
「教皇聖下がお呼びって話」
「なんで?」
「あのジョゼフと会った日にさ、ロマリアがエルフに襲われた。首都はかなり焼かれたよ。僕が帰るのが遅かったせいで、被害がかなり出ちゃってさ」
「エルフが!?」
才人とルイズは同時に驚きの声を上げた。
「連中の目的が、かなりヤバくてね。しかもアインズ・ウール・ゴウンの件もあるだろ?そこで虚無を集めて、全てを話そうって訳」
「虚無を集めてって、四人目、見つかったのか?」
「いや、不明のまま。まあ、探してる余裕もないってのもあるのさ」
「後、ジョゼフも呼ぶのかよ」
「君が考えてる事は分かるよ。得体が知れないからね。あのおっさん。逆に言うと、それでも話し合わないといけないんだよ」
才人とルイズは二言三言話し合った後、頷いた。ただルイズは、続けて疑問を口にする。
「ガリア王を呼ぶって言うけど、どこにいるのか分からないのよ?あっちから連絡するって言ってたし」
「そうなんだよなぁ。転移魔法が使えるから、居場所なんて見当もつかないし。どうしたもんだか」
「とにかく、連絡来たら伝えるわ」
「頼むよ。それじゃ」
ゲートの魔法を発動させるジュリオ。そんな彼に才人が声をかける。
「もう帰るのか?」
「そうだけど。何だい?」
「いや、ちょっと話したい事があってさ」
「悪いね。今、ロマリア復興で忙しいんだよ」
「そっか。んじゃ、またな」
「また」
そう言って、ジュリオはゲートを潜って行った。
大きなため息をつく二人。次から次へとトラブルがやってくる。いい加減にしろと文句を言いたい。どこかの誰かに向かって。
そんな二人に、翌日、客が訪れる。名をジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドと言う。ヴァリエール家とは縁のある人物で、ジョゼフからの使者であった。
ジュリオが再び才人たちの元に現れるのは、ワルドが訪問してほどなく経ってからだった。
手直しと、わずかですが話を変えました。