アインズは再び、王宮に呼び出されていた。もっともアインズとしてではなく、モモンとしてだが。
当然こうなるとは予想していた。戦争であれほどの武功を上げたのだから、注目が集まらないはずがない。
しかも、この地方では珍しいフルプレートを着込んでいるのだから。
そうは言っても、またあのビャールナン王とかいう中年小太りの無礼者に会うのは、気が引けたのも確かだった。
謁見の間で、控えるモモンとシズカ。今回は兜を取り、素顔を晒している。
もちろん幻術で作り出したものだ。その姿は銀髪イケメン。なるべくアインズとの繋がりを予想させまいと、真逆のカバーを作り出した。素性もハルケギニアから仇を追って、ここまで来たという設定になっている。これなら、フルプレートを着てても不自然ではない。
王宮に入ってから兜を取ってここまで来たが、女性の色めき立つざわめきがあちこちから聞こえてきた。少々美形にしすぎたかと、反省する至高の御方。
やがて衛兵の王入場の宣言と共にデブが姿を現す。ビャールナン・カンマ・ヌシュラジとかいう脂の塊だ。
相変わらずのギョロっとした目で、モモンとシズカを見る。
そして口ひげの下の下品な口を開いた。
「お前達、わしの配下にならんか?」
「……」
相変わらず、話の流れも何もなく自分の言いたいことだけを言う。
変わってないと思うしかないアインズだった。しかし態度は冷静を装う。
「陛下直々の申し出ではありますが、我々には目的があります。父の仇を討つと」
「む……。ならば、そうだ!わしがその仇とやらを探してやろう。その代わり、我が家臣となれ」
「え……」
何か無茶苦茶な論理が展開されたような気がした。
ビャールナン王は自慢げに言葉を続けた。
「それにわしはやがて、このロバ・アル・カリイエを統一する王だ。今の内に家臣になっておけば、所領は何倍にもなるぞ」
「統一とは、壮大な事を言われる。しかし、なかなかに難しいのではありませんか?」
「お前たちがいればできるではないか!」
すばらしい秘策を口にしたと言わんばかりに、自信にあふれた顔がそこにあった。脂ぎった顔が。
呆気にとられるアインズ。
(結局、全部俺たち任せかよ!ふざけんな!やっぱ始末しようかな)
物騒な考えがまたも浮かぶ。同時に精神の沈静化が起こったが。
すると、王の少し後ろから、厳しめの声が出てきた。王を抑え込むかのように。
司祭の娘、切れ目の美人、神官のプーリヤンカだった。後にシェフィールドとの名を持つ女性だ。
「ビャールナン王。家臣にすると言われますが、大きな問題があります」
「ん?さて、わしはかまいませんが」
「王の気持ちではありません。モモン殿はハルケギニアから来た異邦人との事。我らとは違う神を信仰してるのでは?」
「それが何か問題ですかな?プーリヤンカ様」
「戦士階層ではないという意味です」
「あ……。あ~、そうですな。それは……まずいですな」
黙り込むデブ王。プーリヤンカが、なんとかビャールナン王を抑え込んだ。
アインズは心の中でグッジョブとサムズアップしていた。
しばらく王都ダラムトゥールに傭兵モモンとして滞在し、この地の事をいろいろと知った。
階層というのはこのロバ・アル・カリイエにおける、絶対的な立場らしい。要は身分制度だ。
どの階層所属するかは生まれに依存しているため、どんなに努力しても上位階層にはなれない。
この土地のミドルネームである階層名も、自分がどの階層かを示すものだった。
そして戦士階層でないと政治に関わることができない。つまり王家に仕えるのは戦士階層だけという事だ。抜け道として、奴隷階層を購入し、使用人として関わらせる手はあるが。
一方で、最上位階層は神官なのだが、何故か国を治めることができない事になっている。
ところが王の方は神官階層から承認されないと、王とみなされないそうだ。ビャールナン王が、はるか年下のプーリヤンカに敬語を使っているのもそのためである。
なんとも奇妙な仕組みだと思うアインズだった。
すると急に手を打つデブ王。そこには明るい顔があった。
「ならば、戦士階層にしてしまえばよい!」
「ど、どのようにすると言うのです!?」
慌てだすプーリヤンカ。
ビャールナン王は彼女の父親、長い髭を蓄えた男の方へ向いた。
「シャーマール様、モモンを戦士階層と認めてはくださらんか」
「いや、それは……その……、そうですな、我らと同じ神を信仰すればあるいは……。まあ……我ら神官は神の信託を受ける立場ですし……」
「左様!神の信託なら階層が変わるのも、致し方有りませんな!」
デブ王にいいように流される、プーリヤンカの父親。
前回もアインズは思っていたが、この老人はヘタレすぎだ。
「父上!」
「ま、まあ待つのだ。娘よ。か、神の信託故なのだ」
娘から厳しい言葉が飛ぶが、弱り顔を浮かべるしかないシャーマール。自分のせいじゃないと言わんばかりに。
勝手なこと言いやがってなどと思っていたが、アインズの頭に電球が一つ灯る。アイデアが浮かぶ。
彼は軽く右手を上げた。
「私は構いませんよ。あなた方の神を信仰し、戦士階層となっても」
「え!?」
「何!?そうか!」
「はい」
プーリヤンカは唖然とし、ビャールナン王は歓喜に満ち満ちた表情を浮かべていた。
「ではさっそく、シャーマール様!」
「は、はい……」
簡素な儀式が行われる。そして、モモンは戦士階層と認められた。
満足そうなビャールナン王。厄介事はこれ以上勘弁という顔のシャーマール司祭。そしてこんな無茶苦茶な話があるかと、怒りを浮かべるプーリヤンカ。
さっそく前のめりに王が尋ねてきた。
「これで、お前はわしの家臣だな」
「何を言っておられるのです?」
「え?」
不思議そうな表情を浮かべるデブ王。
「戦士階層になってもいいとはいいましたが、家臣になるなどとは一言もいっていませんよ」
「いや、しかし……」
「どうやら話もここまでのようですね。それでは帰らせてもらいます」
そう言って立ち上がった。シズもそれに続く。
「ま、待て!そんな事が許されると思ってるのか!わしの命なのだぞ!」
背を向けたアインズ達に唾を飛ばす脂肪王。
そこにあざ笑うような女性の声がかかる。
「ビャールナン王。そんなに興奮されては成る話もなりません。一旦、間を置きましょう。何も機会は、一度きりという訳ではないのですから」
「プーリヤンカ様……。だが……しかし……その……さようですな」
急にしぼんでいくデブ王の言葉。しかし最後に、捨て台詞だけは残していた。
「モモン!わしはやると決めたらやると男だと覚えておくのだな!」
アインズはそんなものは無視して兜をかぶると、王宮を出ていく。
兜の下は、したり顔でいっぱいだった。
(ざまーみろ!期待させておいて、落とす。いやぁ!気持ちいい!)
まるで小学生の意地悪かのような事に、喜びいさむ至高の御方。すぐに沈静化されたが。
王に無礼を働いた割には、なんのトラブルもなく王宮を出る二人。
そんな二人に駆け寄ってくる姿があった。護衛を引き連れながら。
「モモン殿」
「これはプーリヤンカ様」
「敬称は必要ありませんよ」
「ですが、私は戦士階層となりました。上位階層の方には敬意を払いませんと」
その言葉に笑みをこぼす神官の女性。
すると背後に控えていた護衛を帰してしまう。そして足を止めていたアインズに近づいた。そして小声で話し始めた。
「モモン殿。あなたは戦士階層となりました。そして戦士階層は政治を司る事ができます。つまりは王となることも。この意味がお分かりでしょうか?」
「!」
いくら元平社員のアインズでも、言っている意味は分かる。反乱をそそのかしているのだ。
「ビャールナン王に、不満がおありなのですか?」
「このマガーハ藩王国で、あの王に不満のない者などおりません」
「……。さきほども言いましたが、私たちは仇を追う者です。一ヶ所に留まっている訳にはいきません」
「そうですか……」
大きく肩を落とす妙齢の女性。ほどなくして顔を上げた。
「ならば、この国にいる間、お力になれないでしょうか?」
「いえ、むしろ私の方が礼をしなければなりません。先程の謁見の間では、何度も助けていただきましたし」
「その……これは個人的な申し出にすぎません。それに……神官の立場を使えば、仇探しに役にたつかもしれませんよ」
「……」
ふとアインズは考える。
何故この女性がここまで、手を貸してくれるのかは分からない。だが、言っている通り神官の立場ならより多くの情報を集められるだろう。
「そうですね。私も、この地方に十分慣れたとは言えません。力を貸してくれるというなら、ありがたいです。ただ代わりと言ってはなんですが、最初の話は聞かなかった事にします」
「はい」
プーリヤンカの頬は、どこか紅潮しているように見えた。目の下の模様のせいで、そう見えただけかもしれない。
だがすぐに表情が元に戻った、いや少々厳しいものへと。
「ところで、一つお尋ねしたい事があります」
「なんでしょう?」
「アインズ・ウール・ゴウンという名前に、心当たりはありますか?」
「!」
アインズは思わず後退りそうになるのを、なんとか堪えた。
(バ、バレたのか?なんで?かなり注意してたぞ?ど、どうする?記憶を消すか?いや、待て。できないじゃん。今、パーフェクト・ウォリアーで化けてて魔法使えない!どうする?)
黙り込んで立ち尽くしているアインズの頭の中は、混乱でいっぱい。
NPC達とともに進めて来た、今までのことが自分のせいで水の泡になってしまう。期待を裏切ってしまう。そんな気持ちが湧き上がる。
その時、啓示が降りた。すばらしいアイデアが、至高の御方の脳裏に。
(こんな時に最高の返しがあった。似たような経験したじゃないか)
さっそく口にする事にした。おちついた口調で。
「その名が何か?」
「いえ、実は最近、ムルヤール村にとあるメイジが住居をかまえたのです。その方は、エルフを一蹴してしまうほどの力を持つ方なのです。その……モモン殿も卓越した武勇を誇る方ですし。もしかしたら……」
「もしかしたら……?」
息を呑むアインズ。営業先の返答を聞くかのような気分に襲われる。
「モモン殿の追う仇ではないかと」
「あ……ああ……」
全身から力が抜ける。汗をかけたら、冷や汗まみれになっていただろう。
正体がバレた訳ではなかった。
不安から抜け出した至高の御方は、揚々と答える。
「言え、違います。というか実は仇はハッキリと分からないのですよ。左手に大きな傷のある男としか。何人かの目星はついてはいますが……。ただ、その中にはいませんね」
適当な事を言うアインズ。
一方で胸の内では、はしゃぎまくっていた。自分の選択した返答の仕方に。
(やっぱりこの手は強い。"どうとでも取れる返事"。これからバリエーションをふやさないとな。"よりよい支配者への道"のメニューに加えよう)
今、アインズはナザリック地下大墳墓の絶対的支配者として振る舞うため、NPCの見えない所で日々努力している。
立ち振舞、言葉遣い、知識などなど。それを"よりよい支配者への道"と称していた。
その道のりに新たな項目が加わったのだった。
一方のプーリヤンカは、どこか残念そうだ。
「そうなのですか……。助けにならず申し訳ありません」
「いえいえ、そのような人物がいると分かったのです。いつか役に立つかもしれませんし」
「そう言っていただけると、ありがたいです」
小さな礼をする神官の女性だった。
それからアインズとシズは彼女と別れる。
ただその後、度々密会のような形で、人目を避けて会うこととなる。アインズとしては様々な情報が手に入り、有意義だったのだが。
来るたびに嬉しそうなプーリヤンカに、やっぱり反乱してもらいたんだろうか、なんて感想を持っていた。じゃないと、ここまで手を貸しくれる訳もないと。