世界征服なんて面白いかもしれないな   作:ふぉふぉ殿

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想定外の奇襲

 

 

 

 

 アインズが才人と会談をする数日前。エルフの国、ネフテスの東方、バーハダーラン要塞。そこでは慌ただしくエルフの軍人たちが動き回っていた。

 

 ここには、ハルケギニアに攻め込むための軍が編成されていた。装備も兵力も充実しており、数値的にはいつ出兵してもかまわないほど揃っている。

 だが以前から一つの懸念があった。元々、エルフは戦争を好まない種族だ。その力も人間や亜人に比べ圧倒的なため、ギリギリの戦闘をした経験がない。新兵も少なくない。

 そこで、ハルケギニア出兵という大規模な戦争を前に、実戦訓練をするという計画が立った。内容はロバ・アル・カリイエの西端の国、マガーハ藩王国を挑発し、その軍勢と戦うというもの。この国は東にも敵を抱えているため、長期の戦争は不可能。短期の実戦訓練には丁度いい相手だった。

 軍の準備は、ほぼ終わりかけていた。

 

 要塞の最も高い場所にある指揮所から、ここの総司令、イビン将軍が軍を見下ろしている。その側には、小柄なエルフの少女、ファーティマが背筋を伸ばし揺るがぬ姿勢で立っていた。

 将軍はファーティマの方へ振り返る。

 

「少校。今回の作戦目的を理解しているか?」

「はい!可能な限り、多数の者に実戦経験を積ませる事が目的です」

「作戦司令部が組み立てた内容も、頭に入っているか?」

「はい。全軍を複数の部隊で構成し、波状攻撃の形で戦闘を行います」

 

 このような作戦が組まれたのは、エルフは他の種族に比べ圧倒的に強いため、同数の兵力では容易に勝利してしまうからだ。だがそれでは訓練にならない。そこであえて、少数部隊で入れ替わりながら攻めるという作戦となった。さらに勝利が目的ではないので、頃合いを見て引き上げるのも作戦に入っていた。これは、撤退戦の訓練という意味もあった。また全軍が作戦に参加する訳ではなく、主に新兵を中心とした部隊で行う。

 

 イビンは一つ呼吸を挟むと、ファーティマへ軍人らしい力強い声を放った。

 

「ファーティマ・ハッダード少校!」

「はっ!」

「今回の作戦。総指揮を君に任せる」

「はっ!えっ!?私にですか?」

「そうだ。君は、教皇襲撃作戦での唯一の生き残りだ。その判断力に期待する」

「しかし……私は少校です。あれほどの部隊を指揮する階級では……」

「安心したまえ。君はあの作戦の成果を評価され、昇進した。これからはファーティマ・ハッダード上校だ」

「私が上校……。分かりました。本作戦の総指揮、了解いたしました」

「よろしい。では、これから各部隊指揮官と最終確認を行ってもらいたい。君については、すでに話を通してある。数日後には出兵の予定だ」

「はっ!」

 

 こうして鉄血団結党が組織した、ハルケギニア討伐軍の初陣が決まる。目的地は東の蛮人の土地、ロバ・アル・カリイエ。

 

 

 

 

 夜間の砂漠を、真っ直ぐ東へ向かう艦隊があった。ハルケギニア討伐軍の実戦訓練部隊だ。多くが新兵で構成されていた。

 艦隊は敵に察知されないよう、地面スレスレを低空で飛行していた。これも訓練の一貫だ。

 エルフの空中戦艦は船首に多数の風竜を繋いでおり、馬車のような仕組みとなっている。それにより自律飛行ができた。この仕組みのため、ハルケギニアの戦艦より機動性は優れている。

 また、甲板には砲塔があり、船体の向きを変えねば攻撃できないハルケギニアの戦艦より、戦闘力も上回っていた。

 もっともハルケギニア侵攻軍の戦艦は、ハルケギニアのものと似ている点もある。一般的なネフテスの船にはない帆があった。これは、動力が風竜のみでは、長距離を移動できないためだ。ただし今はすでに畳んである。帆の必要のない距離まで近づいていたからだ。

 

 予定位置まで来ると、停止の指示が出される。速度をだんだんと落とし、やがて砂漠へと着地する。

 旗艦では、作戦司令であるファーティマをはじめとした、指揮を担う士官たちが集まっていた。小柄な総指揮官が、威勢よく言葉を発する。

 

「作戦を確認する。まず先遣隊がマガーハ藩王国へ出撃。国境周辺の村落を襲撃。ただちに撤退する。その後、マガーハ藩王国軍の出兵が確認できしだい、第一陣が出陣。頃合いを見て、後続部隊と入れ替わる。全軍が戦闘を行った時点で、撤収を考える。またマガーハ藩王国が追撃してきた場合は、これを徹底的に叩く」

「了解しました」

 

 一斉に、他のエルフたちから勢いのいい返事が出てきた。その様子に満足げなファーティマ。自分が、これほどの部隊を動かしているという現実に、喜びすら感じていた。ロマリアでの異常な経験が夢だったのでは、と思うほど。

 

「では、先遣隊を発進させよ!」

「はっ!」

 

 伝令は歯切れのいい言葉と共に、司令室を出ていった。

 複数の竜騎兵隊からなる先発隊は、低空で東へと散って行った。

 

 

 

 

 アインズ・ウール・ゴウン魔導国の国境警備の現場指揮を、今、任されていたのはシャルティアとシズ。

 国境警備の統責任者は建国以来デミウルゴスだったが、現場指揮官は頻繁に変わった。手の空いていた者に、任されていたからだ。

 初期は、アインズが流浪のメイジのカバーを使わなくなり、弟子役の任務を解かれたルプスレギナとナーベラル。ハルケギニア方面に人手が足らなくなり、彼女たちが異動となった後はアウラが。さらにモモンのカバーも使わなくなったので、手の空いたシズが入る。入れ替わるように、アウラは国内の生態調査へ。さらに反乱も落ち着いてきたので、シャルティアが加わる。もちろん彼女たちだけでは足らないので、彼女たちの下にはエルダーリッチが何体も配備されていた。

 こんな状態の運営だが、対するネフテス側の偵察隊も、少数な上、ルーチンワークと化していたため、この程度で十分対応できた。

 たまに来る彼らを捕らえ、異常なしと記憶を操作。そして送り返す。それが国境警備の仕事だった。

 

 シャルティアは双月の光の下、小高い丘の上で椅子に腰掛けていた。側には複数のヴァンパイア・ブライドが控えている。

 

「はぁ……。暇でありんす」

 

 横のテーブルに肘を付け、ふてくされるように顎を手で支えている真祖の吸血鬼。ため息と共にあるのは、だらけた表情。

 彼女は転移の任務もあるため、常時、国境にいる訳では無いが、たまには現場に来る。しかしほとんどの場合、何も起こらない。

 反乱が盛んだった頃は、敵兵を散々打ち破り死体の山の上で悦に入っていた。しかし、この任務は半ば時間を潰しているようなもの。さらに派手な活躍をしているハルケギニア方面と違い、ここでは大した成果も上げられない。それでは、主からの賛辞ももらえない。ネフテスに攻め込む時は頼りにしていると声はかけられているが、それはいつの事になるのか。

 

 ふてくされるように零すシャルティア。

 

「さっさと、戦争やればいいでありんすのに」

「それはアインズ様が、お決めになる事です」

 

 脇からヴァンパイア・ブライドが言葉を挟む。瞬時に彼女の首を掴み上げると、苛立ち紛れに睨みつけるシャルティア。

 

「いちいち、愚痴に反応するんじゃありんせん!」

「も、申し訳……。シャルティア様。西方から接近するものがあります」

「接近?」

 

 手を離し、振り返る真祖。

 夜目が効く彼女たちには、夜の暗さなど関係ない。その彼女たちの目には、砂漠の方から近づく複数の竜騎兵の姿が映っていた。

 シャルティアは、楽しげに口元を緩めた。

 

「退屈しのぎくらいはできそうで……ん?」

 

 いつものエルフ偵察隊にしては、数が多い。もっとも、こんな日もあるだろうとも思った。何にしても、やる事は変わらない。

 

「お前たち、行くでありんすよ」

「はい」

 

 さっそく砂漠へと向かう吸血鬼たち。そして、あっさりとエルフの竜騎兵隊を確保。いつもの様に、ゲートに彼らを放り込む。シャルティアたちもまた、ナザリックへと帰っていった。

 通常、エルフの偵察隊は一隊のみ。また同日、再び偵察隊が来るなどという事は、今までなかった。その思い込みが、魔導国の国境を開けてしまう事となる。

 

 

 

 

 一隊のエルフの竜騎兵隊がなんの障害もなく、ロバ・アル・カリイエへ侵入した。そして彼らの目的地、

ムルヤール村へと近づく。やがて一部の竜騎兵は着地し、地上と空中の隊に分かれた。予定通り、日の出に合わせて攻撃開始だ。

 村へと進軍する先遣隊。だが朝日に照らされた村に、妙なものが見えた。黒い鎧を来た巨体の騎士らしきものが。それだけではない。白骨らしきものもいる。それが皆動いていた。

 

「なんだ……あれは?」

 

 エルフたちはお互いを見やる。不可解なものを見たのは、自分だけではないらしいと。だが今更任務変更などない。部隊長は攻撃の合図を送った。

 一斉に村へと襲いかかる、ネフテスの竜騎兵部隊。魔法を唱える。

 

「火に潜む精霊よ。古の契約に基づき、火の雨を降らせよ!」

 

 火竜に乗っていたエルフが精霊の力を発動させた。火竜のブレスをベースに、複数の火球を作り出し、村の家々へ雨のように降らせる。それらは着弾すると、火事を発生させた。

 その様子を満足げに眺めるエルフ。

 

「ふん。蛮人共が。さて……」

 

 次の狙いを定めようと、視線をずらそうとしたが何故か大地が横から縦になった。自分が落ちていると気付いたのはわずか後。そして胸を剣で貫かれた事も。

 大地に落ちたエルフは染みとなった。

 一斉に叫びが上がる。

 

「あの騎士からの反撃だ!対応せよ!」

「はっ!」

 

 エルフたちは黒い騎士たちへと攻撃を開始。しかし全く通用しない。それどころか、異様に素早く狙いが定めにくい。

 

「な、なんなのだ!?あの兵は!」

 

 一方、地上の隊も、黒い騎士の攻撃に気づく。すぐに魔法を発動。

 

「大地に潜む精霊よ!古の契約に基づき、形を持ちて敵を討て!」

 

 エルフたちの周りの土が盛り上がり、数体のゴーレムとなった。そして黒い騎士へと走り出す。

 確かに相手の体格はかなり大きい。しかし、大木をも粉砕するゴーレムなら、あっさりと撃退できるだろうと誰もが思った。さらに、数の上でもゴーレムの方が多い。

 ところが、黒い騎士の相手にならない。攻撃は一切効かず、一撃で粉砕される。

 エルフの一人が、唖然としながらつぶやく。

 

「バ、バカな……。ゴーレムの攻撃に耐えるだと!?」

 

 すると隣にいたエルフが、震えた声を漏らす。騎士たちを指さしながら。

 

「お、おい……。あれは……なんなんだ?躯?」

「何を言って……」

 

 同僚に釣られるままに、黒い騎士を凝視するエルフ兵。

 よく見ると、異様な姿をしていた。巨大な盾を持った全身真っ黒な騎士。その兜の下の顔は、眼窩の奥が見えそうなほどやせ細っている。胸には肋骨がはっきりと浮き出ていた。干からびた黒い死体が、黒い鎧を着ている。そう表現するしかない。だがその躯のような騎士は、巨躯にもかかわらず信じがたい速さで動いていた。

 エルフたちは黒い騎士から視線を離せない。当惑と共につぶやいた。

 

「躯が……動いている……?」

 

 すると彼らの長い耳を貫くような音が、響いた。雷撃の音だ。思わず振り向いた先では、火竜に乗った竜騎兵が落とされていた。

 

「雷撃の魔法!?こんな村に何故、そんな高度な魔法を使う者が……え?」

 

 魔法を放った主を探す彼ら。すぐに見つけるが、これまた躯が黒いローブを着たような姿だった。全員が息を呑む。

 

「な……なんなのだ……。この村は……」

 

 直後に雄叫びが響く。地獄の底から届いたような叫びが。黒い躯騎士たちが向かってきていた。土煙を上げながら。壁が迫ってくるかのように。

 地上隊の隊長が、悲鳴かのように声を張り上げた。

 

「み、見た目に惑わされるな!ただのゴーレムだ!敵のゴーレムに違いない!」

「そ、そうだ!ゴーレムだ!」

 

 自分たちに言い聞かせるように連呼する。そしてすぐさま、再びゴーレムを創造。半ばパニックになりつつ。

 しかし、やはり相手にならない。そして目前に一体が迫る。右手の歪んだ剣が振り下ろされた。一人のエルフが、頭部から喉元にかけ斬られる。誰もが思った。即死だと。だが隣のエルフが、思わず声をかけてしまう。

 

「だ、大丈夫か!?」

「あ……あう……」

「!?」

 

 死んだと思った相手から声が聞こえた。それどころか、振り向いてきた。だが、その頭は二つに分かれ、傷口から血と脳漿が漏れ出していた。斬殺死体としか言えない姿。だがその死体は、ゆっくりと彼へと歩きだした。

 

「あう……」

「な……。う、動くな!」

 

 死体に向かって、咄嗟に叫ぶエルフ兵。だがそんな彼は、黒い騎士の次のターゲットだった。すぐに腹を貫かれる。

 

 惨状と化したムルヤール村。村では火災が広がっており、エルフの部隊は混乱の坩堝。

 ほどなくしてこの部隊の隊長が、空へ向かって火球を放ち爆発させた。撤退の合図だ。

 

「て、撤退だ!引き上げろ!」

 

 空中の部隊は一斉に西へとドラゴンを反転させ、地上の部隊も慌ててドラゴンへと乗ろうと走り出す。撤退というよりは、逃走かのよう。しかし、躯の兵たちの追撃は止まらない。この部隊で生き残ったのは、わずか二人だった。

 

 

 

 

 実戦訓練部隊の本隊に、先遣隊が帰ってきた。だがその数はほんのわずか。しかも全員が、恐慌状態とも言える有り様。旗艦の司令室でファーティマたち指揮官たちへ、喚くかのように報告をしていた。

 

「ロ、ロバ・アル・カリイエには地獄が広がっています!地獄の亡者たちの世界です!」

「何を言っている!気でも触れたのか!」

 

 呆れと怒りが混ざったような怒声を浴びせるファーティマ。他の指揮官たちも、似たような気持ちを抱いていた。

 戻ってきた先遣隊からは、世迷い言としか言いようのない話ばかりが出てきていたのだから。

 躯の騎士や躯の魔法使いが住んでいた。しかもそれらには、エルフの魔法、精霊の力がほとんど効かないほど強い。さらに死体を、意のままに操るなど。そして亡者たちに、ほとんどのエルフは殺されたと。

 

 指揮官たちの顔は、ますます不信の色合いを強くした。話を全く信じていない。

 ファーティマは大きな深呼吸を一つすると、重々しく口を開いた。

 

「ともかく、襲撃は成功したのだな?」

「それは……一応……。村に被害は与えました」

「分かった。では予定通りに作戦を進める。敵軍の動きを監視。敵軍出兵に合わせ、第一陣は出撃だ」

 

 指揮官の一人に命じた。すぐさま彼は動きだし、部屋から出て行く。だが先遣隊たちは、慌てた態度で質問をぶつけてくる。

 

「じ、地獄の亡者たちと、戦うというのですか!?」

「うるさい!お前たちは、別命あるまで待機!ただちに退室しろ!」

 

 すごすごと部屋を出ていく、先遣隊のエルフたち。

 彼らを不機嫌そうにファーティマは見送った。先遣隊は新兵ではない。だが戦闘経験豊富かと言われると疑問もある。もっとも、それはエルフの軍人全体に言える事だが。こんな調子でハルケギニアに攻め込めるのかと、不安が過るエルフの少女だった。

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓。デミウルゴスは相変わらず、忙しそうにしていた。ナザリックで最も多くの任務を担っていた彼には暇と言える時間が、ほとんどなかった。だがそれは彼にとって喜びでもあった。全ての時間を、主のために注げているという意味でもあるのだから。

 そんな彼にメッセージが入る。すぐに出る悪魔。

 

「私だ。エントマ、何かあったのかい?」

『はぁい。デミウルゴスさまぁ。魔導国国境がデザートエルフに突破され、いくつかの村が襲撃を受けましたぁ』

「!?……現状は?」

『エルフたちはぁ、撃退はしたそうですぅ。ですがぁ、一部には逃げられたそうですぅ』

「詳細……。いや、今の現場指揮は確か……。シャルティアとシズを、ただちに私の所へ呼び出してもらいたい。それから、マーレに軍を準備させ、完了しだい国境に展開するよう要請してくれたまえ」

『分かりましたぁ』

 

 相変わらずの甘ったるい声で、指示を受け取るエントマだった。

 

 やがてシャルティアとシズが、デミウルゴスの元へとやって来る。沈痛な面持ちで。状況はすでにエントマから聞いていた。国境警備を任された二人にとっては、大失態だ。国境を突破されたのだから。

 ただその総指揮官であるデミウルゴスにとっても、失態であるには違いない。もっとも今は、そんなものを憂いている場合ではない。

 悪魔は二人に問いかける。

 

「国境での経緯を、可能な限り詳しく聞きたい」

「わ、分かりんした」

「はい……」

 

 シャルティアとシズから出てきた内容には、気になる点が多数あった。

 まず国境の複数の場所で、ネフテスの竜騎兵隊が侵入を試みたこと。さらに各隊の竜騎兵の数が多かった事。いきなり村へ攻撃をしかけてきた事。さらにシャルティアが、一時、現場から離れていた事も告げられた。

 デミウルゴスは顎を抱え明晰な頭脳を回転させる。そして一つの予測を立てた。さらなる侵攻の可能性を。

 悪魔は、沈んだ面持ちの吸血鬼へと告げる。

 

「シャルティア。気に病んでいる暇はないよ。さらに、デザートエルフ共が攻め込んでくる可能性がある。戦闘準備を済ませ次第、配下の者たち共々国境に向かい、マーレと合流してくれ」

「わ、分かりんした!」

 

 すぐさま部屋を出ていくシャルティア。

 残った戦闘メイドに指示を出す。

 

「シズ。おそらくだが、今回攻めてきたエルフ共は先遣隊だろう。本隊がいるはずだ。エントマと協力し、ただちに探し出してもらいたい」

「はい」

 

 エントマの元に向かうシズ。デミウルゴスは、エントマにも指示を出した。蟲を召喚し、シズを支援するようにと。

 エルフ軍の本隊の場所が特定されたのは、それからまもなくの事だった。しかも出撃準備が完了しているとの報告も入る。

 デミウルゴスはすぐさま判断した。指示を二つだす。敵指揮官の確保と、敵の殲滅を。

 

 

 

 

 ファーティマたち、実戦訓練部隊の指揮官たちは、マガーハ藩王国の軍が出てくるのは早くても数日後だと考えていた。

 国境の被害が王都に伝わり、軍を整えて、国境まで進軍するのだから。しばらくは時間がある。この間に、処理しておきたいものあった。先遣隊がほとんど帰還して来なかった件だ。もっともだからと言って、帰還した者たちが言っていた世迷い言を信じる気は全くなかったが。

 

 窓から夕日が差し込む旗艦の私室で、考えをまとめているエルフの少女。そんな彼女の長い耳にノックの音が届く。

 

「入れ」

 

 手を止め、扉を開けた伝令の方へ振り返るファーティマ。ただ目に映った彼は、神妙な顔つき。あまりいい知らせではないようだ。言葉を選ぶように話し始める伝令。

 

「ファーティマ上校。その……敵軍監視部隊が帰還しました」

「帰還だと?出発して一日も経ってないではないか」

「はい。しかも、錯乱したかのような事を口にしています」

「錯乱?」

「……。躯の軍勢が進軍しているなどと……」

「え?」

 

 ずっと指揮官然としていた彼女が、年相応な少女のような声を漏らしてしまう。

 

「と、とにかく、本人たちから直接、報告を受けた方がよろしいかと」

「……分かった」

 

 先遣隊に続き監視部隊までもが、どうかしてしまったようだ。ため息交じりに席を立つ、小柄な総指揮官。

 

 旗艦の会議室。ファーティマを含めた指揮官たちの前で、監視部隊が報告をする。その内容は、先遣隊と似たようなもの。規模は違うが。

 ただこうも続くと、さすがに一笑に付すという訳にもいかない。一人の指揮官が、口を開く。

 

「この者たちは、心を惑わされてるでは?蛮人共が、心を奪う薬を散布した可能性もありますな」

「魔法かもしれん」

 

 うなずく他の指揮官。エルフには心を奪う薬がある。他の種族は作れないはずだが、そうではなかったのかもしれない。

 

「いくら蛮人とは言え、侮ってはならんという事か」

「だが、今経験できたというのは悪くない。この経験を生かすべきだ。本番は、西のシャイターン撲滅なのだからな」

 

 彼の言葉に、この作戦は訓練でもある事を思い出す指揮官一同。さらに勝利が目的ではない事も。

 すると突然、会議室のドアが激しく叩かれた。同時に届く、喚くような声。

 

「ほ、報告!緊急!報告が……!」

 

 明らかに動揺している様子。難しい顔で、お互いを見やる指揮官たち。やがてファーティマが告げた。

 

「入れ」

 

 飛び込むように入ってきたのは、伝令ではなく竜騎兵だった。どうも艦隊護衛に空に上がっていた部隊の一人らしい。彼は、吐き出すように話し始める。

 

「む、躯の大群がこちらに迫ってきています!」

「な、何!?」

 

 またも動く躯の話。ここまで来ると実在するのでは、などという考えが過る。一体、何が起こっているのか。

 

「と、とにかく、ご自身でご覧ください!」

 

 気色ばんだ顔つきで、甲板への通路を指差す竜騎兵。指揮官たちは、渋々と部屋を出ていった。そして甲板に上がると魔法を唱える。

 

「風に潜む精霊よ。古の契約に従い、我を浮かべよ」

 

 ファーティマも含めた指揮官たちは、上空へと飛んでいく。最初に目に入ったのは、緋色から青に染まりかけている砂漠。さらに高度を上げると、はるか先、地平線の辺りに黒い染みのようなものが広がっているのが見えた。

 一同が、眉を潜める。その内一人が、腰の水筒の蓋を開け、新たな魔法を唱える。

 

「水に潜む精霊よ。古の契約に従い、先を見渡す窓となれ」

 

 水筒から水が飛び出し、レンズ状の形となった。レンズを覗き込む彼。だがその顔は、すぐに驚きに染まる。

 

「バ、バカな!」

 

 その声に刺激されたのか、他の者たちも遠見の魔法を発動。そして同じ存在を目にした。砂漠を覆うように広がる、躯の軍勢を。いや、躯だけではない。異形としか呼びようのない見たことのない妖魔まで見える。

 

 驚きを隠せず、呆然としたままゆっくりと降りてくる指揮官たち。甲板に足をつけると、各々がこじつけがましい意見を口にしていた。おかしなものなど存在しなかったと言いたいかのように。

 そんな彼らの混乱する光景など、ファーティマには見えてなかった。彼女に見えていたのは、いや脳裏に映っていたのは、ロマリアでの異常な強さを持った存在。何故か、世界の裏側を覗いてしまったかのような気がしていた。

 

 

 

 

 

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