ナザリック地下大墳墓第九階層の執務室。
そこに大墳墓の支配者と二人の階層守護者の姿があった。アインズと、守護者統括アルベド。そして知恵者と名高い、第七階層守護者デミウルゴスだ。
アインズはテーブルをタップする。するとホログラムスクリーンがテーブルの上に現れた。ちなみにこれはNPC達にも見えている。ユグドラシルのウインドウとは違い、ナザリック地下大墳墓に元々備え付けられた機能だからだ。
そこに映し出されているのは地図だった。絶対の支配者はおもむろに口を開く。
「これはロバ・アル・カリイエとその周辺の地図だ。王都ダラムトゥールで手に入れた。むろん正確なものではない。ここの者達の技術では、この程度のものしか作れないという事だ。しかも知っての通り、日々領土争いしているため、各藩王国の国境はコロコロと変わる。そして今我々がいるマガーハ藩王国がここ。そしてこの前戦ったガナジャイディー藩王国が東の隣国だ」
地図に記された両国の領土は倍ほど違っていた。もちろんマガーハ藩王国の方が小さい。
さらに説明が続いた。
「ここ人間共の強さだが、はっきり言って弱い。魔法も実際は、精霊石という魔力の塊を使ったマジックアイテム頼みだ。精霊石頼みだけに魔力、MPは自然回復しないし、効果も限定される。メイジとは名ばかりという訳だ。後は銃や大砲だが、これもかなり初期のもので大したものではない」
モモンが戦場で見たメイジの使っていたポット、それこそが、ここロバ・アル・カリイエの魔法だった。
精霊石を魔力源としているだけにエルフの精霊の力と似たような効果が出せるが、実態は少しばかり変わった銃器のようなものだった。
銃器や大砲の解説はシズから受けたが、注目すべき点はなかった。そもそも魔力を込められない時点で、論外だ。
次にアインズは西の砂漠を指差す。
「この西にあるのがサハラ、エルフ共が住むネフテス国だ。領土そのものは大きく見えるが、ほとんど砂漠で有効に使える土地は乏しいらしい」
「見かけほどの国力はないという事なのでしょうか?」
アルベドが尋ねてくる。
「分からん。エルフについては神官から話を聞いたが、分かったのは表面的な部分まで。それ以上は無理だった。魔法の詳細や、技術レベルがどの程度なのかなどな」
「情報収集の必要がありますね」
「ああ、少なくともロバ・アル・カリイエの者達よりは強い。警戒はすべきだろう。ただ厄介なのが非常に排他的なため、侵入しにくい点だ」
「アウラとマーレならどうでしょうか?」
「難しいだろうな。というのも、この世界にはダークエルフが存在しないらしい。エルフと言えば、我々がいうウッドエルフしかいないそうだ。それが砂漠に住んでるのは、奇妙だがな。デザートエルフとでも、言っておこうか」
この一言から、以後ナザリックでは、サハラのエルフはデザートエルフと呼ばれる事になる。
「次にさらに西には、人間共の国々があるそうだ。ハルケギニアという土地だ。こちらの話については例の神官のつてで、ハルケギニアまで行く行商人を紹介されてな。その者から直接聞いた」
「行商人……。かなりの距離を旅するのですね」
「ああ、魔法も使わずにな。逞しいものだ。その者の話からすると、こっちも群雄割拠状態らしい。ロバ・アル・カリイエほどではないが、定期的に戦争が起こるそうだ。さらにデザートエルフとも争っているのだと」
ここでデミウルゴスが呆れたように、言葉零す。
「やれやれ、全く人間種というのは愚かしい生き物です。ですが相争っているという事は、注意がこちらに向きにくいという意味でもあります。その間に、できるだけ準備を済ましておく必要がありますね」
「あ、ああ……」
アインズにはこの悪魔の言う、準備の意味が分からなかった。一体何の準備なのか。
だが至高の御方が、分かんないんで教えてください、などと口にする訳にはいかない。
地図の東部へ視線を向けるアルベド。
「ロバ・アル・カリイエより東はどうなっているのでしょう?」
「それが険しい山があり、強力なドラゴンなどが住んでいるせいで誰も知らないらしい」
「そうですか。ロバ・アル・カリイエについてはアインズ様のお働きにより大分分かってきましたが、やはり問題はデザートエルフですね」
「う~ん……」
「それだけではないよ。アルベド。先を見据えれば、ハルケギニアについても事前に調べておくべきだ」
またデミウルゴスが、訳の分からない事を言っている。先を見据えるって、どんな将来を想定しているのか。
元平社員アインズの頭では想像がつかなかった。
なので、流れに乗ることにした。
「そ、そうだな。デミウルゴスの言う事にも一理ある」
「ありがとうございます。アインズ様」
「それで……どんな方法がいいと思う?」
「そうですね……。先程の行商人の話ですが、デザートエルフの目をどのように掻い潜っているのです?排他的な者共と伺いましたが……」
「蛇の道は蛇ということだ。つまりは密輸だ。デザートエルフも皆同じという訳ではない。チンピラや盗賊もいる。金さえ積めば何でもする犯罪組織もな」
「では、その手を使いましょう」
「行商人になりすます訳か……。人選はどうする?」
「今回は情報収集が任務な上、目的地はかなりの遠方です。非常時の対策を考えると……、シャルティア、セバス、それにユリではどうでしょうか」
「ふむ……」
アインズは提案を吟味し始めた。
シャルティアはナザリック随一と言っていいほどの戦闘力を誇っている。しかも転移魔法が得意だ。戦うのにも逃げるのにも力を発揮できるだろう。
ただ、一つ不安材料があった。NPCが意思をもってから彼女と話す機会が何度かあったのだが、どうもおつむが足らない感じがする。遠方で判断ミスをしては目もあてらない。
セバスならその点は問題ない。戦闘力も十分だ。チームリーダーはセバスに決める。
それとユリ・アルファだが、魔法への耐性に不安があるものの戦闘力は問題ない。それに元々ゼバスの部下であり、プレアデスのリーダーだ。分別は弁えている、と思う。
しかもナザリックでは珍しいカルマ値が善なのも、情報収集の役に立つだろう。ただ脳筋気味なのが引っかかるが。
脳筋二人をセバスに任せる。わずかな不安が過るアインズ。だが、デミウルゴスより良いアイデアも思いつかない。
至高の御方は大きく頷いた。
「その案で行こう」
「採用していただき、ありがとうございます」
「いやいや、さすがはデミウルゴスだ。私などではそこまで考えが及ばなかった」
「またまたご謙遜を」
「フッ……」
やけに高スペックの頭脳だと思われているようで、いたたまれなくなるアインズ。笑ってごまかした。
アルベドが最大の懸案を口にする。
「すると残るはデザートエルフですね」
「そうだな……」
「ソリュシャンに任せるのはいかがでしょうか?」
「ソリュシャンか……」
アルベドの薦めてきたソリュシャン・イプシロンも、プレアデスの一人。
彼女は防御力の高いスライムだ。何でも化けられる。当然エルフにも。さらにアサシンや盗賊のクラスを持っているのも、潜入調査に適任。
それにあの洗練された立ち振る舞いは、情報収集の役に立つだろう。
しかし、まだまだ案としては不十分。
「だが、ソリュシャン一人という訳にもいかん。危険すぎる」
「確かに……。他にデザートエルフに偽装するとなると……ドッペルゲンガーがいますが、何人つけようと戦闘力については不安が残りますね」
「あえて言えばナーベラルだが、同じドッペルゲンガーでも彼女は化けられないしな……。ん?ドッペルゲンガー?あ……!」
アインズの脳裏に稲妻が走る。いや、黒歴史というべきか。ともかく一人の人材が思い浮かんだ。
「私に心当たりがある。一度、ソリュシャンといっしょにお前たちにも会わせよう。その時に判断しくれ」
「「かしこまりました」」
アルベドとデミウルゴスが小さく頭を下げた。
一通り話も終わり、やっと開放されるという気分に浸るアインズ。
「アインズ様。偵察隊を各地に出す今回の作戦。しかも遠方での情報収集です。なので、大きな問題が一つあります」
すると、優秀な守護者統括から懸案が出てきた。まだ何かあるの?と言いたくなる。帰宅しようとした所に、残業を頼まれた気分だ。
しかし、顔には出さない。この骨の顔では出せないが。
「なんだ?」
「スクロールの供給です」
「あ……」
スクロールは使い切りのマジックアイテムだ。取得してない魔法も、これを使えば発動できる。
しかし問題があった。こちらの世界では、もう新たにスクロールを手に入れる事はできないという点だ。遠方での情報収集となると、様々な魔法が必要になるだろう。
限りあるスクロールを、大量に使ってしまっていいものか。
するとデミウルゴスが口を開いた。
「そう思って準備を進めておきました。今度サンプルを持ってきましょう。これもアインズ様がデザートエルフの死体を、ムルヤール村から持ち帰っていただいたからこそです。あの時から、すでに対策を練っておられたのですね」
「わ、分かっていたか」
「もちろんです」
満足げな悪魔。対する適当な事を返す至高の御方。
ここでエルフの死体が出てくる理由が、さっぱり分からない。
あの村を襲ったエルフのほとんどが、スクワイア・ゾンビになってしまった。最初に殺したエルフだけが、まともな死体として残った。
後でもう一度アンデッドを作るかもと持って帰ったはいいが、忙しくなったので自由に使っていいという話になったはず。その後の事はまるで知らない。デッドマン・ストラグルとかの餌になったと思っていたが。
ナザリック一の知恵者がなんとかしてくれたなら、ならばよしと思う絶対の支配者だった。
後にデミウルゴスからスクロールのサンプルが提出される。
実験の結果、第四位階の魔法まで込めることができた。ただ、安定大量供給すぐにはできないとのこと。今、生産計画を進めている所で、作業は順調との報告だった。だから、ハルケギニアへの情報収集計画は、もう始めてしまってもいいと言う。
アインズも後に供給が可能なら、今ある第四位階以下のスクロールをある程度放出してもいいだろうと判断する。
そして、セバス一行のハルケギニアへの情報収集計画は発動された。
一方の、サハラへの情報収集は、偵察隊候補とアルベド達が直接会った後に進めると事なった。
ナザリック地下大墳墓第十階層の宝物殿。
本来ならアインズ以外では一人だけしか、入室を許されない場所だ。今回は特別な許可を出し、アインズの他にアルベド、デミウルゴス、ソリュシャンが入ってきていた。
アインズ以外の唯一この部屋に入れる人物に会うために。
数多くのアイテムが飾ってあった廊下を抜けると、広間に出た。霊廟と呼ばれる場所への入り口だ。
この場所に軍服に身を包み、のっぺりとした卵のような顔をしたドッペルゲンガーがいた。彼こそがアインズが推薦しようとした人材で、その名をパンドラズ・アクターと言う。
その人物はアインズ達を見ると、颯爽と胸に手を当て、舞うように右手を掲げ、天を仰ぐ。
「ダェー ヘア イヒトゥ ケーニッヒ!ダェー ヒンメル ゾル フォア ハイデ ハップヘン!ラスト ディ エルデ ユービルン ウントゥ ファイアン!」
まさに謳うかのような声が響き渡った。
「「…………」」
黙り込むしかない一同。半ば唖然と。
その中でもアインズ頭痛を抱えていた。沈静化が入るほどの羞恥心が、脳裏に溢れている。
(あ~こんなヤツだった。設定作った時は、大げさな仕草もドイツ語混じりの話し方も、結構いいんじゃね?なんて思ってたけど、こ、これは……。や、やめさせよう。せめてドイツ語は)
頭の中で想像していたものと、実際に動いた姿では印象がまるで違っていたという訳だ。悪い意味で。
パンドラズ・アクターは振り上げた右手を優雅に胸に当てると、大げさに頭を下げた。
「これはこれは、モモンガ様。そして……ヘア ウントゥ フロイライン」
怪訝な顔をしているからアルベド達。その中から、アインズが慌てて抜け出す。そして、卵頭の軍人を壁へと引っ張って行くと、何やらやり取りし始めた。
そんな様子を眺めている三人の中で、デミウルゴスがふと口を開く。
「あれは確か……パンドラズ・アクター。アインズ様がお創りになられたドッペルゲンガーでしたね。始めて会いましたが」
「ええ。資料では知ってたけど、私も会うのは始めてだわ」
アルベドも吟味するかのように、ドッペルゲンガーへ視線を向けていた。
「資料によるとかなり優秀との事ですし。しかも何にでも化けられるとなると、今回の任務には適任ですね」
「ええ。でも何を揉めてるのかしら?任務に何か支障があるのかしらね」
「不適当な面があるのでしょうか?」
「創造主だからこそ、何かお気づきになられたのかもしれないわ」
まさか至高の御方が、自分の恥を誤魔化すために立ち振舞の指導をしているなんて、思いもよらない二人だった。
しばらくして三人の前に戻ってくる、アインズ達。
「紹介しよう。宝物殿の領域守護者、パンドラズ・アクターだ」
「パンドラズ・アクターと申します。以後、お見知りおきを」
相変わらず仕草は大げさだが、ドイツ語は出てこなかった。
「パンドラズ・アクター。お前にはソリュシャンと任務についてもらう」
「かしこまりました」
するとソリュシャンの方を向く、ドッペルゲンガー。またも大げさな身振りで挨拶。
「初めまして、フロイ……マドモアゼル。わたくし、パンドラズ・アクターと申します。この度の任務、よろしくお願いします」
ドイツ語使わなくなったと思ったら、フランス語を使い始めている。アインズは、半ばあきらめる。
ソリュシャンは、そんな事は気にも留めてないふうに礼を返す。
「はじめまして。パンドラズ・アクター様。わたくしソリュシャン・イプシロンと申します。よろしくお願いいたします」
二人の様子を見て、胸をなでおろすアインズ。とりあえず、ここに来た目的は果たした。
だが顔合わせだけで、なんでこんなに気疲れしないといけないんだとも思っていたが。
「続きは別の場所で話そう。他のメンバーも集めてな。パンドラズ・アクター、お前もついてきてくれ」
「はい。アインズ様。全ては……我が神の思し召しであるが故に」
「……」
ドイツ語ではないが、余計なワードが付くのは相変わらず。ここは目をつぶる至高の御方だった。
それから具体的な作戦内容が決まった。
まずプーリヤンカに紹介してもらった密輸業者に、パンドラズ・アクターがなりすます。当然、彼の知識もその時取得。そのつてでサハラを横断。
途中で、セバス、シャルティア、ユリとパンドラズ・アクター、ソリュシャンのチームに別れ、ハルケギニアとネフテス国へ向かう。
基本的には戦闘より撤退を優先する。最終的な撤退はチームリーダーの報告を吟味した上で、アインズが判断するとなった。
数日後、チームは西へと旅立った。