世界征服なんて面白いかもしれないな   作:ふぉふぉ殿

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トリステイン王国

 

 

 

 

「ウロォオオオオオー!」

 

 洞窟に咆哮が響き渡る。それはもはやさっきまでの貴族らしい有り様ではなかった。

 まさしくモンスター、亜人のそれだった。

 

 ミノタウロスが力任せに振り下ろした大斧は、吸血鬼の少女の頭へと向かう。その速度は尋常ではなく、込められた力も常軌を逸していた。

 少女はそのまま真っ二つになるかと思われた。

 しかし、突然あらぬ方向へ斧が向かっていく。気づくと、大斧は壁にめり込んでいた。状況を理解できないラルカス。

 ふと少女の方へ視線を送ると、右手の人差し指一本を突き立てて、こちらを見ている。

 

「どうかしんしたかぇ?」

 

 わずかに笑みを湛え、ラルカスの方を見る。

 

 湧いてくる疑問を無視し、もう一度、大斧を振るうミノタウロス。今度は水平に。

 だが吸血鬼に当たると思われた瞬間、斧は地面にめり込んでいた。

 呆気にとられ、しばらく固まってしまう牛頭の亜人。

 

「な……何をした?」

「はて?何を、とは?」

 

 今度はシャルティアの方が、首を傾げていた。

 何が起こったかは、見えていただろうにと。単に大斧を、人差し指で弾いていただけだと。魔法やスキルを使ったわけではない。目でもつぶっていたのかと言いたくなる。

 

 二人の認識の違いは無理もなかった。それほど基本スペックの差があった。

 

 目の前の吸血鬼は普通ではない。今の二撃でラルカスはそう感じた。考えをあらためる。

 大きく後方へ跳ね退くと、距離を取った。そして詠唱を開始。すると大斧が、淡い青い光を放ちだした。

 系統魔法『ブレイド』だ。魔力を纏わせ、切れ味を増す魔法。

 だがいくら威力を増しても、当たらなければ意味がない。さらに『ライトネス』の魔法を唱える。動きを軽くする魔法だ。

 

 一つ深呼吸を入れ、大斧を構え直すミノタウロス。視線の先の吸血鬼は、相変わらず笑みを湛えていた。

 

「オォォォー!」

 

 叫びとともに一気に距離を縮めた。相手は全く動かず。

 そして大斧を斜めに振り下ろす。先程より遥かに速い速度で。

 

 しかし、またも当たらず。だが、今度は何が起こったか推察できた。途中で軌道が変わった。つまり大斧が弾かれたのだ。少女の人差し指一本に。信じがたいが、そう考えるしかない。

 

「クッ!」

 

 すぐに大斧を反転させる。だがまた軌道がずれた。しかも相手の姿勢は揺るぎもしない。

 何度か攻撃を繰り返すが、全て当たらなかった。手を止め、少し距離を取る。

気づくと、吸血鬼は先程まで立てていた、人差し指を眺めていた。

 

「ああ、その青い光は攻撃力を増す強化魔法でありんしたか。なんで光らせたんかと思いんしたけど」

 

 つまり彼女にとっては、ブレイドの効果など気づけないほどのものという事だ。怒がラルカスの脳裏に浮かぶ。

 

「お、おのれ!」

 

 感情に任せ、上段から思い切り大斧を振り下ろした。

 すると今度は、大斧はまっすぐ降りていった。軌道は変わらなかった。そして吸血鬼に直撃。

 

「あ、当たった!」

 

 一瞬、喜びを感じてしまうラルカス。しかし、すぐに絶望へと変わる。

 大斧を止めていたのは、吸血鬼の一本の人差し指。その腹の部分。真っ二つにするどころではない。皮膚に傷すらつけられない。想像の埒外の結果が突きつけられる。

 

「もう少し、強化魔法をかけた方がいいと思いんすよ」

 

 少女からの余裕の声が耳に届いた。

 

「クソッ!」

 

 またも飛び退くミノタウロス。そして大斧を、吸血鬼の方へ向けた。この大斧は杖も兼ねていた。系統魔法は、杖から効果を発する魔法だ。杖がなければ使えない。

 詠唱開始、魔法が放たれた。

 

「喰らえ!ラナ・デル・ウインデ!」

 

 『エア・ハンマー』。空気を塊と化し、ぶつける系統魔法だ。ミノタウロスを取り込んだラルカスのエア・ハンマーは、並のメイジものとは段違いの威力があった。

 真っ直ぐ向かう空気の塊は、動かない吸血鬼にすぐさま直撃。

 しかし当の吸血鬼は微動だにもせず。それどころか当たった箇所に、傷はおろかシワすら作れていない。あるのは、またも人差し指が一本。

 

「な、何故……」

 

 唖然として、固まるラルカス。

 

 対するシャルティアは、感心しながらミノタウロスを見ていた。

 

「ほう……。変わった魔法をつかいんすね」

「クッ……!ラグース・ウォータル・イス・イーサ・ウインデ!」

 

 今度の魔法は『ウインディ・アイシクル』。数十本もの氷の矢が現れ、一斉に吸血鬼の方へ向かった。

 相変わらず彼女は避けようともしない。全て、命中。

 しかし結果は先程と同じ。効果なし。全弾、右手の指の間に挟まれていた。ダメージを与えるどころではない。言葉のない亜人。

 

「な……!?」

「『ピアーシング・アイシクル』みたいな魔法も使うんすね。けど細すぎんす」

 

 またも観察しているかのような、余裕の言葉を漏らすシャルティア。実際、観察しているのだが。

 

「さてと、これだけ手を出されて一度もお返しをしないのもなんなすから、こっちもいくでありんす」

 

 その言葉と共に歩き出すシャルティア。そして台詞が終わった瞬間。ミノタウロスの右手が切り落とされていた。

 

「え……?」

 

 一瞬、何をされたのか分からないラルカス。大斧を左手だけで持っていた。同じく大斧を掴んでいたはずの右手は、足元に落ちている。

 

「……」

 

 思考が止まりかけたが、急いで右手を残った左手で掴む。しゃがみ込むと、すぐに切断部分に右手を添える。大斧を左手に手に取ると魔法を唱えた。すると一瞬で傷口が塞がり、元に戻ってしまった。

 ミノタウロスの生命力は亜人の中でも飛び抜けている。少々体を切り刻まれたくらいでは、動きも鈍らず、死にもしない。回復魔法も、人間や他の亜人や幻獣よりも効きやすい。この程度、どうという事もなかった。

 

 ユリが眼鏡に手を添え、感嘆を漏らす。

 

「ほう……。回復系の魔法が使えるのとは……。私どもが知っているミノタウロスとは違うようですね」

「そうとは言い切れませんよ。元人間と言っていましたから。人間の時に取得していたのかもしれません。しかし先程の話からすると、こちらでは種族変更の条件はかなり簡素なようです。これは、見かけだけで能力を判断するのは危険かもしれません」

 

 セバスはユリの言葉に自分なりの解釈を加える。二人の感想を耳にしたシャルティアは自慢げな表情が浮かんでいた。

 

「来てよかったでありんしょ?情報収集くらい私にもできんす」

 

 今まで留守役が多かった事に、愚痴を零すかのように言う吸血鬼。

 

 対するラルカスは、冷や汗が止まらない。

 攻撃がまるで見えなかった。では魔法だったのか。魔法なら詠唱が必要だ。どんなに素早くとも。しかしそれを耳にした覚えはないし、口元が動いたのを見てもない。

 さらにミノタウロスは、マスケット銃の弾丸をも跳ね返す皮膚の硬さを誇る。それがあっさりと切断された。

 強靭な生命力を持つ亜人の腕力も、系統魔法の最上位スクウェアクラスに匹敵すると自負していた魔法も、まるで通じない。

 認めざるを得ない。何者かは知らないが、自分よりはるかに上の存在と。

 

「ま……ま、待ってくれ。私の負けだ。は、配下に入る」

「今更何を言ってるんでありんす?それに、いろいろと試したいことが増えんしたから。その実験台になっておくんなんし」

「な……!?」

 

 相手は全く聞く耳持たず。

 ここは洞窟の最奥。後ろはない。出口の方向には得体のしれない化物共が道を塞いでいる。残された道は一つしかなかった。

 

「ウォォォオオオオーーー!」

 

 獣の叫びと言っていい咆哮を上げるラルカス。思考も完全に亜人ミノタウロスのものとなっていた。

 手にした大斧を、力の限り振り回す。

 だが無駄なあがきだった。吸血鬼の手で、大斧はあっさりと砕かれる。

 そこからは苦痛の連続だ。見知らぬ技、魔法が彼に次々と襲いかかる。

 体を焼かれ、足をミンチにされ、からだを切り刻まれた。しかしその度に、魔法で体を修復していく。だが吸血鬼の少女は、その様子を楽しむかのように新たな技と魔法を繰り出していく。

 ミノタウロスがいくら生命力に溢れるとは言っても、体力も魔法の元となる精神力も無限ではない。やがてラルカスは指一本動かす事もできなくなった。そして意識が途切れた。

 

「気絶してしまいんしたか。まだまだ試したい事があったのでありんすが」

「ナザリックに送ってはいかがでしょうか?アインズ様なら、何か有効な活用方法を考えてくださるでしょう」

 

 セバスの提案に大きく頷くシャルティア。アインズに役に立っていると示せる絶好の機会だ。

 

「それはいいアイデアでありんすね。そうしなんしょ」

 

 ゲートの魔法で、ナザリックに転送されるミノタウロス。こうしてラルカスは、ナザリック地下大墳墓の実験体に加えられるのだった。

 

 これを切っ掛けに、この周辺の村々で起こっていた、子供の行方不明事件はピタリと収まった。

 さらに後の話になるが、この出来事のおかげでミノタウロスを騙り悪事を働くはずだった盗賊団は、そんな計画を立てる事もなくなった。そして、もしその悪事が実行されれば、ミノタウロス事件に巻き込まれるはずだったトリステイン魔法学院の生徒も、この街道を問題なく通り過ぎる事となるのだった。

 

 

 

 

 セバス一行はようやく目的の場所『トリステイン王立魔法研究』通称アカデミーのある国、トリステイン王国の国境を越えた。

 ずいぶんと時間が掛かってしまった。本当にハルケギニアを、東端から西端へ旅する事になってしまった。しかも馬車で。

 もっともシャルティアが、馬に『リジェネート』、体力回復魔法をかけ24時間無理やり進ませたなどという強引なやり方をしていたので、普通よりは早く着いたのだが。

 

 セバス一行はトリステイン王国の王都トリスタニアに入る。シャルティアとヴァンパイア・ブライドを宿に残し、セバスとユリは入会した商業組合に属する商館に入っていった。

 商談を進める合間に、情報収集のための会話を挟み込むセバス。

 

「この国でもっとも大きな書庫と言えば、王宮書庫でしょうか?」

「そうですね。我が商館にも、各地の資料を集めた書庫はありますが、さすがに王宮には及びません」

「王宮書庫に入れて貰う方法は、何かありませんか?」

「我が商業組合の紹介状があれば可能だと思います。王宮は、いろいろとお世話になってる主要な取引相手ですから」

「では一筆お願いできないでしょうか」

「……。分かりました。あれほどの商品を、安値で売っていただけたのですから、そのお気持ちにはお答えしないといけませんしね」

 

 セバスが書庫の利用を要求したのはもちろん、書物から情報得るためだが、王宮がアカデミーから近いのも理由の一つだった。

 

「実は、もう一件頼みたい事がありまして。こちらの品物について調べたいのですが」

 

 箱から取り出されたのは、ロバ・アル・カリイエのマジックアイテム。彼らが戦で使っていた武器だ。しかし、ハルケギニアには似たようなものは全く存在しない。

 不思議そうにマジックアイテムを眺める商館長。

 

「なんですか?これは?初めて見ました」

「どうも東方のマジックアイテムらしいのです。手に入れた者も、よく分かっていないようでした。ただ東方では、重要なアイテムだとの話でした」

 

 これはロバ・アル・カリイエでは武器なのだから、重要なのは確かだ。

 商館長は腕を組むと考え込む。初めて商談をする取引相手に、初めて見るマジックアイテム。どこまでこの人物を信用していいのか。確かに人柄は悪くない。先程見た商品も一級品だ。彼は決断する。

 

「いいでしょう。アカデミーへの紹介状を書きましょう」

「アカデミー……。たしかハルケギニアでも有数な魔法研究機関でしたね」

「ええ。特に"虚無の魔法"については、専門家が多くいます」

「虚無の魔法?」

「最上位の魔法と言われるものです。まあ平民の上、一介の商人である私には、それがどんなものなのか全く分からないのですが」

 

 『虚無の魔法』。新たな情報が手に入った。アカデミーとやらは重点的に調べる必要がありそうだ。

 

 商談を終え、宿に戻るセバスとユリ。部屋ではシャルティアとヴァンパイア・ブライドの一人がいた。 吸血鬼は優雅にお茶を嗜んでいたようだ。もっとも食事ができない彼女は、お茶を飲めないが。ただ味を楽しむ事はできた。しかし今の彼女は、どこか不満そうだ。

 

「ここの飲み物に、まともなものはありんせん」

「ナザリックのものと比べるのは、いささか無理があるかと」

 

 ユリがメイドらしく答える。頷く吸血鬼。ナザリック地下大墳墓は至高の御方の住まいであり、あの場所に並ぶものなどこの世界に存在するはずがないと、NPC達は考えていた。少なくとも食事については、今、証明された。

 シャルティアは顔を上げると尋ねてくる。

 

「それで、上手く言ったんでありんすか?」

「はい」

 

 淡々と返す執事。

 

「まずは王立の書庫で調べものをしたいと考えてます。この世界の情報の正確性には疑問が残りますが、全てを直に調べるわけにもいきませんから」

「わかりんした」

「その任務には私とユリが当たります」

「え?わらわは?」

 

 また留守役かと、憮然と聞き直す吸血鬼。セバスは冷静に答える。

 

「シャルティア様には、いざという時に備えて頂きたいと思います」

「適当な事言って、ごまかさんでおくんなまし!もう留守番はこりごりでありんす!」

 

 セバスは冷静さを崩さないものの、困り果てていた。シャルティアの言うことは理解できるものの、彼女が本をひたすら読むなどという作業に向いているとは到底思えない。

 彼が考えあぐねていると、ふとシャルティアが、思い出したように口を開いた。

 

「そう言えば、アカデミーの方はどうなったんでありんす?」

「後日、マジックアイテムの調査依頼の名目で訪れます。その時に、不可視化したユリを侵入させます。閉館後、ユリに内部からカギを開けてもらい侵入します」

「その内部に入るのを、私がやりんしょう」

「しかし……」

 

 侵入した者は、職員がいなくなるまで隠れ続けなければならない。彼女がそれまで我慢し続けられるのか。途中で勝手に動きだしてしまうのではないか。

 アインズからチームリーダーとして、しっかりと彼女の手綱を握るように言われている。やはりこの案も、頷くわけにはいかない。

 

 するとその時、ユリが何かひらめいたのか思わず口を開く。

 

「シャルティア様のチャームスピーシーズを使えば、もっと容易いのではないでしょうか?例えば、警備の者を精神操作してしまうとか」

 

 すかさず立ち上がるシャルティア。ユリを指差す。いい事言ったと言わんばかりに。

 

「それでありんす!さすがはプレアデスの長女でありんすぇ」

「あ、ありがとうございます。シャルティア様」

 

 ユリは礼を返す。

 実は彼女、シャルティアが苦手だったりする。カルマ値が真逆な上、趣味趣向も真逆なので。

 

 一方のセバス。反論しにくい案を出され判断に迷う。すかさず追い打ちするシャルティア。

 

「情報収集については、ミノタウロスの件ですでに成果を出しているんでありんすぇ。向いてない訳ではありんせん」

「……」

 

 こう言われると返す言葉がない。セバス達が気づかなかった情報を、彼女は手に入れたのだから。

 執事は小さくため息をついた。

 

「分かりました。ユリの案で事を進めます。ただし、チームリーダーは私とアインズ様より命を受けていますので、私の指示には従ってください」

「当然でありんす」

 

 大きく頷く吸血鬼。留守役から開放されるというだけで、満足なようだった。

 そしてアカデミー侵入は、下調べをした後、実行すると決まる。並行して、王立書庫での調査も進ませる。

 一週間程して、準備は完了。作戦は深夜決行。異界の人外達は、後わずかで来るその時を待った。

 

 

 

 

 東の果てから来た異界の者達が、陰謀を実行する丁度その日。一台の馬車がトリスタニアの大通りを進んでいた。

 その馬車は質素な雰囲気を漂わせつつも、丁寧な作りであることが一目で分かる。そしてドアに貴族の紋章が描かれていた。トリステイン王国東部の大貴族、ヴァリエール公爵家のものが。

 

 その中に乗っているのは、メイドを伴った貴婦人。ヴァリエール公爵夫人、カリーヌ・デジレだった。その脇にはフクロウが佇んでいた。

 この名を知るものは家族以外ではそれほど多くないだろう。しかし彼女は、このハルケギニアにおいて最も有名な人物の一人だった。知れ渡っているその名は『烈風カリン』。数々の冒険譚を残し、最後には王の近衛隊であるマンティコア隊の隊長にまで上り詰めた。まさしく英雄。

 ただ常に男装であった上、慎ましいスタイルだったのもあって、烈風カリンが女性だと気づいた者はほんのわずかだった。

 しかしそんな英雄は、絶頂期にいきなりマンディコア隊を除隊。その後、姿をくらます。このため半ば伝説と化していた。演劇で冒険譚が演じられるほどに。

 もちろん姿を消したのは、女性として生きると決めたからだ。そして今は結婚し三人の娘の母である。

 

 そんな彼女の長女、エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエールはアカデミーの研究員だ。

 本来の用は王宮にあったのだが、アカデミーと王宮はそれほど離れていないので、ついでに長女の様子を見に来たわけだ。

 

 王宮での用件が長くなったせいか、日も落ち始めている。

 もっとも、タイミングよく娘の仕事が終われば、どこかで食事をするというのも悪くないとも思っていた。

 

 アカデミーの門にたどり着いた。馬車から降りるカリーヌとメイド達。そしてフクロウも馬車から飛び立つと、カリーヌの肩に止まった。このフクロウ、彼女の使い魔だ。名をトゥルーカスと言う。人語を話すという珍しい使い魔だった。

 カリーヌが、門番の衛兵に近づいてくる。一般の貴族なら、衛兵への対応など仕えるメイドや執事がやるのが普通だ。しかし、何事も前面に出ないと気の済まない性格なので、このような行動も珍しくなかった。

 近づいてきた貴婦人に気づいた衛兵は、馬車の紋章を見て緊張を高めた。

 

「そ、その……ヴァリエール家の方でしょうか」

「エレオノールの母です。あの子はいつごろ仕事が終わります?」

「ヴァリエール公爵夫人!は、はい、只今伺ってまいります」

 

 一人の衛兵が、門の詰め所に近づき話を伝えた。中にいた職員は慌てて、建物内へと入っていく。

 

 しばらく待つ間。アカデミーの建物を見上げるカリーヌ。その瞳はどこか睨むようでもあった。

 

「あの老人にも会って、少し釘をさしておくべきかしら」

 

 アカデミーは一応研究機関ではあるが、その方針はどちらかというと保守的だった。そのため、何かと保守的な人物のたまり場となる事もある。胡散臭い噂が漏れてくることもある。

 彼らの中心にいるのが、アカデミーの評議会議長ゴンドランという老人だった。

 

 しばらくして、職員がカリーヌの元に訪れる。

 

「ミス・エレオノールは仕事が立て込んでいるとの事です。帰るにはしばらくかかるかと」

「そうですか。では、いつもの宿に泊っていると伝えてください」

「は、はい。分かりました」

 

 職員は恐縮して、急いで屋内へと戻っていった。

 

 カリーヌがカリンであると知る者はほとんどいない。しかし、かつてと変わらぬ独特の威圧感を放っているので、初対面の者はつい気圧されてしまう。

 本人は、これでも気を使ってはいるのだが。性分というものはなかなか変わらなかった。

 

 彼女は踵を返すと、馬車へと戻る。それにメイドも続いた。

 

「いつもの宿へ」

「はい。奥様」

 

 ヴァリエール家付きの御者が馬車を進め始めた。

 

 太陽は残光だけで空を照らし、夜の帳が折り始める。青と赤の双月が、空に浮かび上がろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

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