世界征服なんて面白いかもしれないな   作:ふぉふぉ殿

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アカデミーの賊

 

 

 

 

 蒼と赤の二つの月が、中天に近づきつつある。もう深夜と呼ばれる時間帯に踏み込もうとしていた。

 アカデミーの正門。夜勤の衛兵たちは退屈そうにしている。いつもと変わらず、今日の勤めも何事もなく終わるのかと思われた。

 ふと衛兵の一人が、近づいてくる人影に気づく。釣られるように全ての衛兵が、彼の見ている方へ顔を向けた。

 目に入ったのは三人の人物。真っ直ぐ、門に歩いてきていた。

 闇夜の中、姿がハッキリしないが、貴族の子女と執事とメイドのように見える。頭に浮き上がる疑問の答を探そうとしていると。貴族の少女が何かつぶやいたと思ったら、意識が飛んだ。

 

「チャームスピーシーズ」

 

 気づくと目の前にいるのは同僚だった。名前を何故か忘れてしまったが。

 衛兵の一人が声をかける。

 

「おい、どうしたんだ?お前、今日、非番だったろう」

「ええ、でも呼びされてしまったのよ」

「誰に?あ!ミス・エレオノールか。まだ残ってたっけ。あの方、結構わがままだからなぁ。でも、なんでお前なんだ?」

「さあ?とにかく来いって言われたから。後ろの二人も応援よ」

「そっか。ご苦労様。がんばれよ」

 

 衛兵たちは、貧乏くじを引かされた同僚を通すため、あっさりと鍵を開けた。

 三人は悠々と、門を通り過ぎていく。すると先頭の少女が振り返った。

 

「そうそう、鍵を貸してくれない?」

「え?ああ、この時間じゃ扉、開いてないもんな。帰り持ってくんの、絶対忘れんなよ」

「ええ」

 

 衛兵はアカデミーの各館の鍵を渡す。

 それを手にした三人は足を進めた。

 

 

 

 

 

 アカデミー本館にたどり着く三人。

 シャルティア、セバス、ユリだ。

 

「さてと、ここまでは順調でありんすね」

「ですが、ここからはお気をつけください。事前にお話したように、魔法に反応する魔法装置がここにも仕掛けられてると思われます」

 

 魔法装置。風石などの精霊石を動力源としたハルケギニアの機械だ。簡単な魔法を発動する事ができる。大抵の場合は『ディテクトマジック』がセットされており、対魔法警報装置となっていた。

 実は正門にも仕掛けられていたのだが。昨晩の間に壊しておいた。だがさすがに内部の装置全て壊すのは無理だった。

 

 本館の通用門の鍵を開け入っていく。この辺りは調査済み。問題はこれからだ。

 入ると、すぐに本館の詰め所があった。ここにも夜勤の衛兵がいる。ただし人数はわずか二人。

 扉が空いたので、顔を出す衛兵。

 

「ん?誰……」

 

 一瞬でセバスに気を失わされた。残った衛兵も何事かと顔を出すが、同じく倒される。

 詰め所に入る一同。壁には警備用の各館の地図があった。

 

「これでは……どこが重要な部屋なのか分かりませんね」

 

 ユリはポツリとこぼす。敷地の広さや建物の数からすれば、アカデミー全部を一晩で調査するのは不可能だ。だから重要な部分のみを調査すると決めていたのだが、地図には専門用語も使われておりどこが重要か分かりづらかった。

 

「ユリ。地図を剥がしてください」

「はい」

 

 それからセバスは気絶している二人の衛兵を抱え、一旦、外に連れ出す。シャルティアは首を傾げながら、尋ねた。

 

「どこに行くんでありんす?調査は?」

「スキルを使います。ただ魔法装置が反応するかもしれませんので、一旦、本館から離れます」

 

 本館から程なく離れた木々が茂った庭の一角。横にした衛兵に手を頭に添えた。セバスの固有スキル『傀儡掌』だ。ある種の精神操作のスキルだ。

 術をかけられた衛兵が、虚ろな目を開ける。セバスが口を開いた。

 

「魔法について資料のある部屋と、最も重要な場所はどこですか?」

「第一資料室……と、ゼロ番保管室……」

「それぞれ何があります?」

「資料室には主に書物が……魔法関連の……。保管室はマジックアイテムや場違いな工芸品なんかがある……」

「場違いな工芸品?」

 

 初めて聞いた言葉を、セバスは口の中で転がす。名前からして、かなり重要なマジックアイテムらしい。口元の髭をいじりながら、考え込む。

 今回の任務は、ハルケギニアという土地の概要調査だ。『場違いな工芸品』は興味をそそられるキーワードだが、そんないわく有りげなアイテムの実態を掴むには時間がない。両方の部屋は場所も離れている。

 執事は立ち上がった。

 

「目的を限定します。資料室を優先とします。もし時間があれば保管室……」

 

 そう言いかけた途中で、シャルティアが倒れている衛兵達を茂みの奥、死角へと連れて行く。そして二つの切断音がした。

 戻ってくるシャルティア。セバスはすぐに理解した。衛兵二人を始末したのだ。

 

「シャルティア様。騒ぎをなるべく起こさないよう、と言ったはずですが」

「この人間共に、顔を見られたかもしれなんす。こうすれば確実でありんすよ」

「……」

 

 黙り込む執事。手段はともかく目的は間違ってない。それに何よりも時間がない。

 三人は足を再び本館へ向けた。資料室へと歩みを進めた。

 

 

 

 

「なんで私がこんな事しないといけないのよ!」

 

 渡り廊下を進む眼鏡の奥にキツイ目のある金髪女性。エレオノールだ。彼女は唇を歪ませながら、本館へと進んでいた。

 こんな時間まで、残る羽目になってしまった。脳裏には、上司を魔法で作ったゴーレムで殴りつける自分が浮かぶ。

 

 アカデミーではまだまだ経験の浅い彼女。きつい性格と公爵家という高い爵位。対する上司はそこまで爵位は高くなく、性格的な相性もあって、折り合いが悪かった。

 そんな訳で、ときどきぶつかる事がある。そして今日もぶつかってしまった訳だ。おかげでどうでもいいような、資料調査を命じられてしまった。量だけは多い仕事を。

 

 廊下を照らすのは双月の明かりだけ。ここから見える本館には、廊下と衛兵の詰め所だけに明かりがあった。衛兵以外には誰もいない。

 そして今は深夜。目的地である古い建物には、幽霊でも出てきそうな雰囲気すらある。ふと背後に寒気が走り、思わず振り向いた。だが何もいない。

 

「あ、当たり前じゃないの。ゆ、幽霊なんて……」

 

 ひきつる頬を抑えると、深呼吸。早足に本館へと急ぐ。そして本館へと入ると、第一資料室へ向かう彼女。ますます足が早くなる。

 

「ん?」

 

 第一資料室に近づくにつれ、ふと奇妙な事に気づいた。引っ越しでもしようかというような家具を動かすような音や、本を積み重ねるような音が耳に届く。

 

「ゆ、幽霊……な訳ないでしょ。わ、私みたいに居残りさせられた職員がいたのね。うん、うん。かわいそうねぇ」

 

 自分を納得させるかのような独り言。

 さっさと仕事を片付けてしまおうと、気負いよく第一資料室のとびらを開けた。見えたのは山積みの本と、重ねられた本棚。そして、見覚えもなく、アカデミーに似つかわしくない三人の姿。

 

「ひゃっ!?」

 

 何故か、エレオノールは踵を返し逃げ出していた。

 

 実は彼女。当たりのきつい性格をしていながら、臆病という気質の持ち主だった。むしろ日頃の当たりのキツさは、そういう弱い面をごまかすためだったのかもしれない。

 だがここでは、それがわずかな運を掴んだ。命を繋ぐという運を。

 

 対するシャルティア達。

 第一資料室に溢れる、あまりに膨大な資料の山をどうするか考えた挙げ句、全てゲートでナザリックに転送してしまおうと考えた。魔法を使用するので警報が鳴るかもしれないが、必要なものを持って帰ってしまえば、その後何が起ころうがどうでもいい話だ。

 そんな訳で、持って帰るべき資料を山積みにしていたのである。

 

 背を向けたエレオノールに、すかさずシャルティアが反応。

 しかし足元には山積みの本と棚があった。それに足が当たる。彼女の足の勢いで、棚は砕け、本はバラバラに粉砕。彼女のスペックでは、こんなもので躓く訳がない。

 ところが、木片なった棚と紙吹雪となった本が吹き飛び、シャルティアの目の前を舞った。丁度、目眩ましのように。つまりエレオノールを見失った。二つ目の運が彼女を救う。

 

「チッ!タイムアクセラレーター!」

 

 周囲の時間を遅くし、相対的に自分を加速する魔法だ。

 吸血鬼は、そのまま舞い上がる破片に突っ込む。あっという間に、資料室の外へと出た。しかし金髪女性の姿はない。左右の廊下の端は角になっており、その先は見えない。

 

「クッ!」

 

 直感で右に向かった。しかし見当たらず。反転して左の角に向かうがいない。耳を澄ます。この辺りに隠れているなら、呼吸や心臓の音が聞こえるはずだ。彼女のスペックなら、その音を捕まえるのも不可能ではない。

 だが耳に入ったのは甲高い警報だった。その時、気づいた。魔法装置が反応し警報をならしている事に。ざわめく音が近づいてくる。

 

「クソが!」

 

 シャルティアは、逃げた女は衛兵たちの元に向かったと判断する。何せ彼女達は、ハルケギニアの魔法にそれほど詳しくはない。あの状況で、逃げ出す魔法が何かあったかもしれないと考えてしまう。

 そうでなければ、タイムアクセラレーターを発動した彼女から逃げられるはずがないと。そして逃げる先は、やはり味方のいる場所だろうと。

 

 残されたセバスとユリ。

 時間対策をしている二人には、タイムアクセラレーターの効果はない。慌てて動き出す。

 

「ユリ!撤退準備を!」

「はい!」

 

 アインズからは、非常時には撤退を優先しろと命令されていた。騒ぎを大きくするなとも。

 セバスとユリはシャルティアを追う。

 

 さて当のエレオノールだが。実は第一資料室のすぐ近くの掃除用具室に、逃げ込んでいた。

 そこに入る直前、風系統の魔法『サイレント』をかけていた。一定範囲の音を消し去る魔法だ。このため、足音もドアを閉める音も、呼吸音も心臓音もシャルティアには聞こえなかったのである。

 ある意味、命を繋ぐ三つ目の運だった。選択した魔法、タイミング。臆病者の逃げ腰は侮れない。

 ちなみに彼女の得意とするのは土系統だが、両親が優秀な風系統なメイジなこともあって、レベルは低いが一応風系統の魔法も使えた。

 

 

 

 

 貴族御用達の高級宿屋にいたカリーヌは、読んでいた本を閉じる。結局、深夜まで待ったがエレオノールは来なかった。

 仕事が立て込んでいると聞いていたが、ここまでかかるとは。

 やがて寝ることに決めた彼女は、メイドに着替えを指示しようとした。

 その時、脳裏に何かが走った。長らく方々を冒険していた経験から来る直感とでも言おうか。脅威が迫っている。そう感じた。

 

「トゥルーカス!」

「はい奥様」

 

 使い魔のフクロウであるトゥルーカスへ、厳しい視線を送るカリーヌ。

 

「アカデミーを見てきて頂戴」

「畏まりました」

 

 そう言って、トゥルーカスは窓からアカデミーの方へ飛び立った。

 次にヴァリエール家付きの御者を呼び出す。現れたのは慌てて着替えたような姿の御者。寝入った所をメイドに叩き起こされたのだった。寝ぼけ眼で尋ねる男性。

 

「奥様。何用でしょうか?」

「あなたの服を貸しなさい。着替えくらいあるのでしょ?」

「え?は、はい。ございますが……」

「急ぎなさい!」

「は、はい!」

 

 慌てて部屋に戻り、男性ものの服を持ってくる。するとカリーヌは御者にいつでも馬車を出せるように、待機するよう言う。彼は首をひねりながら自室に戻った。用意を済ませると馬車の元へ向かった。

 

 カリーヌは、すぐさま貴婦人らしい衣装から、男装へと着替える。これも動きやすくするためだ。非常時に備えて。

 その間にもトゥルーカスの目と同調し、アカデミーの様子を見ていた。使い魔と主は感覚を同調させる事ができる。特にフクロウは目がいい。偵察にはうってうけだ。

 だがアカデミーの詳細が目に入る前に、音の方が先に届いた。警報がなっている。アカデミーに侵入者がいる証だ。

 

「全く……。間の悪い」

 

 エレオノールが残業している時に侵入者とは。だが自分が来ていたという点は、幸運なのかもしれない。

 カリーヌは窓からすぐにフライの魔法で飛び立った。真っ直ぐアカデミーへと向かう。その間もトゥルーカスと同調し、アカデミーの状態を把握するのを忘れなかった。

 

 

 

 

 本館の廊下にはいくつもの死体が転がっていた。

 

「う、撃て!」

 

 衛兵隊長の悲鳴と共に銃声が轟く。得体の知れないものに対し。

 

 向かってくるそれは、貴族の子女のように見える。舞踏会にでも行くのかというような姿なのだから。しかしやっている事は、化物そのものだった。

 素手で、衛兵を真っ二つにし、剣で斬ろうが、銃を何発撃たれようがかすり傷一つ負わない。そして、その頭の上にある赤い玉。死んだ者から血を吸い取り球になって浮いていた。

 赤い双眸に、口元から見える牙。一見すると吸血鬼に見えるが、こんな吸血鬼は聞いたことがない。やはり化物と表現するしか他になかった。

 

 メイジである衛兵隊長は杖を向ける。

 

「い、一斉発射だ!合わせろ!マジックアロー!」

 

 銃声と共に、魔法の矢が飛んでいく。しかし全く通用しない。というか無視されている。

 次の瞬間には、化物は眼前に。ただ何故か化物は回転していた。衛兵隊長が、自分の首が斬り飛ばされたと気づいたのは、その直後だった。

 

 

 

 

 掃除用具室には窓がない。エレオノールが本館から逃げるには、一旦、廊下に出ないといけなかった。ただ幸いというべきか、侵入者は離れた場所にいるらしい。遠くから騒ぎが聞こえる。

 彼女はゆっくりとの扉を開ける。気配はない。そして廊下に出た。窓へと探るように足を進める。

 

「エレオノール!」

 

 不意に彼女へ声がかかった。

 

「ひぃぃっ!」

 

 思わず目をつぶりしゃがみこむエレオノール。すると、懐かしい感覚に抱かれていた。ゆっくりと瞼を開いた彼女が見たものは、母親だった。

 

「母さま!」

 

 思わず抱き返すエレオノール。そして泣き出した。一方のカリーヌ。ため息と共に、安堵の気持ちを浮かべていた。

 

 銃声の響くアカデミー本館を偵察していたトゥルーカスは、窓から彼女を発見したのだった。当然、感覚を同調していたカリーヌにもこれは伝わった。すぐさま、フライでエレオノールがいた場所へ向かったのである。

 

 泣きじゃくる娘に、落ち着いた声をかける母親。

 

「エレオノール。安心なさい。母はここにいますよ」

「は……はい……」

「それで、何があったの?」

「その……第一資料室に賊が、賊がいたんです」

「賊?どんな者達でした?」

「それがその……分かりません……。慌ててたもので……」

「……」

 

 もう一度エレオノールを抱くと、考えをまとめるカリーヌ。

 

 銃声や魔法を使った音は、未だ止まらない。衛兵たちは賊に苦戦しているようだ。しかしその音は遠い。第一資料室からは何も聞こえない。現在いる賊は、衛兵と戦っている者だけのようだ。

 トゥルーカスは今も上空から本館を偵察している。その視界に賊の姿はなかった。全て館の中にいるらしい。

 衛兵の方はというと、アカデミーの他の建物から続々と集まっていた。正門からも王宮に、伝令が出ていた。やはり、ここは衛兵たち全てまかせるべきか。

 一方で英雄と称されただけはあり、彼女の中の正義感がうずく。これほど衛兵が苦戦する相手なら、手を貸すべきなのではないか。

 しかし胸で小さくなっている娘を置いていくわけにもいかない。確かにエレオノールは優秀なメイジではあるが、その気性は戦闘に向いているとはとても言えないのだから。

 

 カリーヌは決断する。

 

「エレオノール。落ち着きましたか?」

「はい……」

「一旦、逃げますよ」

「はい。母さま」

 

 二人は立ち上がる。視線の映るのは廊下の先にある窓。そこからフライで飛んで脱出する。そんな考えが二人にあった。

 だが突如、カリーヌは背後の強烈な殺気に、背筋をさされたような感覚に襲われた。

 

「見つけた!」

 

 振り向いた彼女に映ったのは、廊下の端にいる紫調のドレスの少女。だが、脳裏に現れた言葉は"死"だった。

 

 すかさず杖を抜くと、魔法を瞬時に詠唱。カリーヌは英雄と呼ばれる事だけはあり、どんな長いスペルでもわずかな間に唱える事ができる。

 いきなり荒れ狂う竜巻が現れた。それだけではない。その竜巻は真空波を伴っていた。

 系統魔法の最上位クラス、スクウェアスペル『カッタートルネード』。真空波を纏う竜巻を放つ風系統最強クラスの魔法。しかも廊下という閉鎖空間で、放った。切り裂く真空波が溢れ返る。床も壁も天井も切り刻まれていく。

 

 だが目の前の化物は意に介さず、真っ直ぐ真空波の嵐に突入。にもかかわらず、完全に無傷。スクウェアスペルがまるで通用しない。

 

「ば、ばかな……!」

 

 さすがのカリーヌも、驚愕の言葉を漏らさずにはいられない。

 

 ところが突然、化物の姿が消えた。気づくと、床に大穴が開いている。脇を見るとエレオノールが杖を抜いていた。

 土系統の魔法『錬金』を使ったのだ。彼女の得意技の一つを。それで床を液状化させた。

 すかさず次の行動に移るカリーヌ。

 

「エレオノール!逃げますよ!」

「はい!」

 

 すぐさま窓へと向かう。しかし、背後で破壊音。

 床をぶち抜いて、化物が現れた。

 

「チッ!」

 

 カリーヌは娘を抱えると、自分達に杖を向けた。そして『ウインド』、風を起こす魔法を唱える。自分達を窓へ向かって吹き飛ばす。ウインドは風系統では基礎的な魔法ではあるが、カリーヌの起こすものはレベルが違っていた。大砲から射出されたように吹き飛ぶ二人。

 ところが化物はその速度に追いつてくる。カリーヌは、悪夢でも見ているのかという気分にさせられる。

 

「逃がすか!」

 

 化物の咆哮。

 まさしく先程のイメージ、"死"が二人の脳裏を過る。

 

 だが突如、目の前に黒い壁が現れた。しかもその壁は、超絶の化物を止めてしまった。

 

「シャルティア様!アインズ様の命をお忘れですか!」

 

 そんな言葉が耳に届く。しかし吹き飛んでいた二人には、それらがなんなのか確かめる猶予はない。そのまま窓から外へと放り出された。

 

「エレオノール!フライを!」

「は、はい!」

 

 親子は直ちにフライの魔法を唱える。やがてアカデミーの敷地外へと飛んでいった。

 

 ほどなくしてアカデミーのすぐ外に降り立つ二人。エレオノールはそのままへたり込んでしまった。

 カリーヌはとりあえず、あの化物から逃げられた事に安堵する。正直に思えば、生きていた事が不思議なくらいだ。それほど、あれと相対した時に受けた衝撃、死というイメージは強烈だった。これまでの冒険で全く経験がないほどに。

 

「あれはいったい……。アインズ・サマ……だったかしら?何者だ?」

 

 双月の下、唇を強く結ぶカリーヌだった。

 

 

 

 

「セバス!邪魔するな!」

「アインズ様は撤退を優先と命じました!騒ぎを起こすなとも!そして私はチームリーダーです!」

 

 アカデミー本館ではシャルティアとセバスが両手を組み合わせ、取っ組み合いをしていた。しかし、アインズの名を聞いたシャルティアは悔しそうな表情を浮かべ、最後は歯ぎしりを一つ発する。

 

「クソがッ!」

 

 そして力を緩め、手を離した。同時に全身からも力を抜く。肩が落ちていくほどに。そこにユリが到着した。手には低位の転移魔法『ディメンジョナルムーブ』のスクロールがあった。すると、落ち着いた声が届く。シャルティアだ。

 

「いりんせん。ゲートを使いんす」

 

 声に覇気がない。気落ちしている感じだ。もっとも、暴走しているよりはるかにマシだが。

 そして三人はゲートの魔法で、泊まっていた宿へと転移していった。

 

 ちなみにシャルティアが何故、カリーヌのいた場所に即座に現れたかだが。エレオノールが泣き叫んだ声を聞きつけたからだった。彼女が資料室を逃げ出す時、わずかに上げた悲鳴の声色をシャルティアは忘れていなかった。

 

 

 

 

 

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