カミキマインドの女を用意したら殺し愛がはじまった件 作:注釈n
いつから、
昆虫を育てたのは、「命の大切さを理解する」ための授業である。
とはいえ、小学生には無理のあることで、彼女のクラスも例に漏れず。先生のありがたいお話を、男子生徒のほとんどは興味のなさそうに、女子生徒も半分ほどはぼけっとした顔で、残りはめざとく先生の雰囲気を感じ取って、うわべだけの悲しそうな表情を浮かべて聞いている、という状態だった。
彼女も命の大切さなどわからなかった……というわけではない。むしろ、飼育担当でもあった彼女は、人一倍よく理解していた。
理解していたからこそ、
「
と、先生が言った。榊枝というのは彼女の苗字である。
彼女はこれに言外の意味を読み取った。つまり、アタマに「悪いのはあいつだが」と付くのだと。
これは根拠のないことではなかった。彼女は先生に嫌われているという確信があった。小学生ながら役者として働いていた彼女は、それを鼻にかけていると思われていたのだろう。「舞台のお仕事があるから休みます」と伝えるたび、先生にはいちいち棘のある言葉をかけられていた。
もっとも、彼女自身も、自覚的だったかはともかくとして、十分増長していたのだが。
さて、そんな言葉を聞いた彼女は、こう理解した。「あの虫を殺したのは私なのだ」と。クラス皆の関心を集めた(と彼女は思っていた)あの虫を殺したのは、他でもない彼女自身であると。
そう思った途端、彼女は奇妙な高揚感を覚えた。
舞台の稽古でほめられたときのよう、ではない。
テストで良い点を取って、お母さんに今から見せるのだ、というときの、あの感じ。少し近い。
楽屋で、先輩のために用意されていたはずのお菓子を盗み食いしたとき、これも違う。けれども一番近いかもしれない。
この、なんとも言い難い、しかし心の芯から湧き上がるような多幸感を、どうにかして理解したい、と彼女は思った。
それからというもの、彼女はあれこれ実験をしてみた。
「死」が鍵になっていることは気づいていたから、問題は何を対象にするかだった。
まず、アリを踏み潰してみた。全然ダメ。
今まさに死のうとするセミを眺めてみる。まったく違う。
つみれ汁を飲む。つみれの一つ一つに、いったいいくつの命があることか。ちっとも高まらない。
タイの活き造りを食べた。舞台の主役をとったお祝い。少しだけ、ぴくりと
おじいちゃんの末期に、手を握った。あまり記憶にはないけれども、抱っこされている写真を見せられた。お父さんとお母さんはとても悲しそうにしていた。かくっと、あっさり、その命が事切れた。
飼い犬を殺した。生まれたときからずっと一緒にいた犬だった。お父さんとお母さんの次か、その次くらいには好きだった。この手で殺した。
偶然に恵まれたと言っていい。
毒入りの餌が撒かれているというニュースをたまたま見ていて、一人での犬の散歩中に通った公園がたまたまその場所で、たまたま、目の前に、青っぽく染まったその毒餌があった。
わずかに逡巡した後、リードをくいっとそちらに寄せた。想いが伝わったかのように、犬はあっさりと毒を食らった。普段は拾い食いなんて滅多にしなかったのに。
あとは、想像通り。
獣医さんに、「手遅れです」と言われたとき、
ふと父母の方を見た。父母が一番好きなのだということを、脈絡なく思った。
ちなみにカミキとは若干考えが違うと思っています。むしろカミキはつみれ汁大好きだし、蟻の巣穴に水注いで楽しんでいたタイプだと思う。