カミキマインドの女を用意したら殺し愛がはじまった件 作:注釈n
初演、人入りそこそこ。演者たちの士気は上々。
ゲネプロにもダメ出しされまくったものの、そこで気を落とすようではララライの役者ではない。むしろダメ出しされない方が不安になる、という者すらいる。
もちろん、カミキも榊枝もその例に漏れず。緊張はあっても不安はない。
直前、舞台袖でカミキは榊枝に声をかけた。
「紗夜ちゃん」
「ん、どうしたの? ジョバ……ンニじゃなくてヒカルくん」
するとカミキは急に興がそがれたという趣で
「……やっぱ、なんでもない」
と顔をそらした。
榊枝は「まるで恋人同士のやりとりみたい!」とほんのり気分が高まるのを感じた。
ブザーが鳴る。そわそわとわくわくが半分ずつくらい。教え子の晴れ舞台はいつもこうだ。
「では皆さんは、そういうふうに川だといわれたり……」
姫川先生のはきはきとした声が、開始を告げた。
「ぼくは立派な機関車だ。ここは勾配だから速いぞ。ぼくはいまその電灯を通り越す」
ジョバンニが、意気揚々と、しかしどこか不格好な、へたな笑みを浮かべながら走る。
しかし、ザネリ役が登場した途端、ジョバンニは急に意気消沈して、びくびくおどおど俯きながら通り過ぎるのを待った。それから、優柔不断がなんとか決心をつけたというように、ぎりぎり笑みになっていない気味の悪い表情で、ザネリの顔色を窺うように振り向く。
八つ橋くらいにぶ厚いオブラートに包んで言えば、見ている人間を、ものすごくイライラさせる態度だった。もし普段こんな様子をしていたら、ぶん殴って「しゃきっとせい!」と怒鳴るだろう。
ジョバンニが「ザネリ」と言うか言わないかのうちに、ザネリ役の少年は、稽古のときよりも一等「いじめっこ」らしく、いや、ほんとうに彼が学校でいじめをやっているんじゃないかと思わせるほど意地悪に、「ラッコの上着が来るよ」とからかった。思わず、この子は大丈夫なのかと心配になった。
これがカミキくんの没入の恐ろしいところだ。自身が憑依するように役になりきるところもさることながら、周囲の役者に対してまでも影響を及ぼすのである。
いじめにはいじめられる側に原因がある、というけれども、まさしくさっきのカミキくんはそんな「いじめられっこ」そのものだった。だから、触発されてザネリのいじめにも勢いがつく。
口に出してみれば大袈裟に感じるだろうが、これはもう一種の洗脳に近いのかもしれない。そんな印象を抱かせるほどの演技だった。……ところでカミキくんはいじめられていたりしない、よね。
『銀河ステーション、銀河ステーション……』
暗転から、列車内を模したセットがまばゆく浮かび上がる。
そこにはカンパネルラがいる。
僕がこれから殺す相手がいる。
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