淵見くんは淵を見る。   作:かげのかげたろう

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4/夜道。

 

 帰宅した。

 ほろ酔いで帰宅路を辿り、駅近ワンルームの我が家へ着いた俺は懐から鍵を取り出す。がちゃがちゃと鍵穴へ差し込み、捻って鍵を開ける。

 扉を開けて、真っ暗闇の入り口へ入ってがたんと閉める。

 

「ただいま」

 

 何と無く、そう言う。

 いつもなら言わないが、今日は帰りを待つ誰かが居る筈だ。誰か、と言うか昨日拾った落とし物だが。

 しかし反応が無い。はて。

 

「……?」

 

 靴を脱いで居間へ足を進める。真っ暗で何も見えないが、少しずつ暗闇に目が慣れてぼんやりと見えてくる。

 耳を澄ませば、落ち着いた呼吸音が聞こえ、どうやら寝息を立てて寝ているようだと分かった。確かにやる事も何も教えていないし、暇潰しのものを置いていなかったのだから寝るしかなかっただろう。

 そこは失敗だったかもしれない。

 

「……ん」

 

 足音に反応したのか、呻き声が聞こえる。

 電気をつけようか迷って、寝ているのに悪いだろうと考えて窓際へ近づいてカーテンを開ける。しゃら、と静かに開ければ窓の外には夜景と差し掛かって来る月光が目に入って来た。

 少し目を細める。部屋に入って来た明かりが俺のベッドの上のナニカを照らし上げ、その姿が輪郭を伴う。

 

「…………ん……?」

 

 女。酒村さんとは違う色味の銀髪を散らし、整った顔立ちに目を惹かれる。

 だが何より目を惹かれるのはその真っ黒に染まった一対の翼。見覚えのあるソレは、俺が職場で目にした羽根と一致した。

 頭上に煌めく黒い光輪は、ぼんやりと揺らめいて非実体の儚さが俺の瞳に映される。

 

「……はあ」

 

 思わず、溜息を吐く。窓を開けて、煙草を取り出して一本咥える。火を点ける。吸って吐く。

 …………何故、俺の部屋にこの見るからに堕天使が居るのか。それを昨晩の記憶を遡って、思わず頭が痛くなった。

 そう、それは今のように窓を開けて煙草を吸っている時。

 

『堕天使は要らないか?』

 

『間に合ってます』

 

 空から堕ちて来たコイツがそう抜かして、俺の答えも聞かないフリをして部屋に飛び込んで来やがったのだ。

 圧倒的意味不明。何故俺の部屋に飛び込んで「暫く世話になる」と抜かしたこの女も謎だが、「家賃は払えよ」と返した俺も俺だ。

 何で許容してるんだそのヘンテコな状況を。

 

「…………慣れって怖いな」

 

 その一連が何故起きてしまったのかと言えば、詰まる所、慣れの一言で済んでしまう。

 とある鬼さんの非日常事件に始まり、化け狐同棲大事件もあれば、クソ引きこもり吸血鬼ドタバタ騒動もあった。

 空から女の子が堕ちて来て住み始めるなんざ、些細な出来事の一つにしか過ぎない。

 

「些細じゃねえ」

 

「帰って来てたのか」

 

 後ろから声が聞こえて振り返る。

 

「……ああ、ただいま」

 

「よく帰って来た。職務を全うして来たか?」

 

「そりゃあね」

 

「酒の匂いがするな。どこの女と呑んできた?」

 

「いいだろそんな事は」

 

「怪しいな」

 

「何で怪しいんだよ」

 

 何でコイツ嫁ヅラしてんだ。

 目元を擦りながら、欠伸も程々に金色の瞳を垂れさせながら眠たげな声で話し掛けて来るソイツ。呆れた目で見ながら、煙草を一口吸う。

 衣擦れと共に起き上がったソイツの黒翼は垂れ、どうもしっかり寝ていたらしい。

 

「……?天使の匂いもするな、何かあったか」

 

「トランペット奏者が俺を誘拐しに来たんだよ、お前の匂いがするとかなんとかで」

 

「それは災難だったな。茶を淹れてやろう」

 

「お前のせいだけどな。労う立場では無いからなお前はな」

 

「労うのにケチをつけるな、心が狭くなるぞ」

 

「傲岸不遜女が」

 

「悪態を吐くと幸せが逃げていくぞ」

 

「何様だまじで」

 

 ぐっと伸びをして、また欠伸をしてベッドに横になる。寝足りないような顔をして、寝ぼけ眼はこちらに向けたまま口を開く。

 

「しかし、トランペット……ガブリエルか?」

 

「ああ、確かそんな名前。また来るってよ」

 

「来なくていいんだが」

 

「こちとら巻き込まれて誘拐されそうになったんだが」

 

「すまないな」

 

「誘拐事件未遂をすまないで済ませるな」

 

「事情も聞かずワタシを家に入れた貴様にも責任があるだろう」

 

「眠かったんだよ」

 

「なら仕方ないな」

 

「ああ仕方ないだろ」

 

 一呼吸。

 

「腹減ったか?」

 

「ああ」

 

「冷蔵庫の物食べなかったのか」

 

「何も無かった」

 

「鶏肉があったろ」

 

「勝手に調理するのも悪いと思ってな」

 

「外には出なかったのか」

 

「鍵も閉めず出るのもどうかと思ってな」

 

「そういう所はきちんとしてんのな」

 

「天使だからな」

 

「元だろ」

 

「む、そう言えば今は堕天使だな」

 

 ひらひらと黒い翼をはためかせる。やめろ羽根が飛び散るだろ。

 

「何か食いに行くか?」

 

「いいのか」

 

「明日は休みだからな、夜の街を歩くのもいいだろ」

 

「これがワルって奴だな?」

 

「こんなんがワルだったらこの世は終わりだよ」

 

「それもそうか」

 

 少し目を喜ばせて、起き上がる。準備する物も無いコイツは、その身一つあればいいのだろうと思いながら紫煙を吐き出す。

 今の時刻は既に日を跨いでいる。食べられるものと言えば、コンビニか外食のどちらかになるが……今の腹の具合を見る。

 余裕。つまりにんにくマシマシだ。

 

「お前は今から犯罪者になる」

 

「既に罪を犯したようなものだが」

 

「今のは俺が悪かったかもしれない」

 

「ワタシの堕天した理由を聞いてないだろう、仕方ない」

 

「昨日はすぐ寝たからな」

 

「ああ、だから謝る必要は無い」

 

「で、何で堕天したのお前」

 

「天界はクソだと叫びながら上司ぶん殴って建物を破壊しまくった」

 

「堕天して正解だよお前」

 

「そう褒めるな」

 

「褒めてねえ」

 

 そりゃあ天使様も来るよね。問題児の後始末とか色々あるよね。俺を巻き込むのは話が違うけどね。

 

「ヤンキーというかヤンキーより酷いだろそれは」

 

「クソな天界が悪い」

 

「不貞腐れるな」

 

「不貞腐れてない」

 

「いいから飯行くぞ」

 

「殿は任せろ」

 

 ウキウキで草。ベッドから降り、一足先に玄関から出ようとするソイツを「おい」と引き留める。

 

「羽根と頭の輪っかどうすんの」

 

「ん?ああ、これか」

 

 パチンと指を鳴らせば、それがまるで無かったかのように消える。

 

「何それ」

 

「ワタシは幻を見せるのが得意だ。自身の姿を偽るのは何より長けている」

 

「……ああ、そういう」

 

「何だ、驚かないのか」

 

「見た事あるから」

 

「見た事あるのか」

 

「ちょっと詐欺師と知り合いでな」

 

「どんな知り合いだ」

 

「………………クズ?」

 

「ロクでもなさそうだな」

 

「碌でもない奴だよマジで」

 

 でも面白い奴だった。あのクソ狐。今元気かな。

 思い出せば、愉快な日常を過ごさせて貰ったのを思い出す。てんやわんや、どんぱち、どろどろ。ああ愉快だった。

 次会ったらマジでアイツ覚えとけよ。脳裏に浮かぶクソ狐の顔をイメージで握り潰す。

 

「ふむ、まあそれはいつか詳しく聞こう」

 

 今は飯だ。そう言って玄関へ機嫌が良さそうな足取りで向かうソイツの背中を見て、一息吐く。

 …………少し、目を細める。

 無かったかのように消えていたその黒翼と光輪はぼんやりと透けるように見え、ぱちりと瞬きをすればはっきりと輪郭を伴って、また瞬きをすれば幻のように消える。

 

 しっかり在るが、無いようだ。

 

「それで?」

 

「?」

 

「犯罪者になるという食べ物は何だ」

 

「ああ、それはラーメンだ」

 

「らーめん」

 

「知ってるか」

 

「聞いた事がある。天界では無かったが、下界では流行りの不健康な食べ物だと」

 

「無いのか、天界にラーメン」

 

「無い」

 

 なんと驚愕。一体何を食って生きていたんだ天使サマは。

 狭い玄関で靴を履きながら言葉を交わして、がちゃりと扉を開ければ外の暗さが滲み出る。今日は月がよく出ているようで、光がぼんやりと軒先を照らす。

 ふん。と機嫌良さそうに鼻を鳴らすソイツは、玄関へと一歩出た。

 

「では、今日はそのらーめんを食させて貰お────」

 

 瞬間、消えた。

 

「…………」

 

 はて。消えたな。

 そんなに待ち遠しかったのだろうか、ラーメン。なんて首を傾げながら、先程俺の目に映った情報を処理する。

 何かが飛んで来て、そのまま堕天使にぶつかって連れて行った。詰まるところ、拉致。……拉致、かなあ。

 

「なんか白かったし」

 

 はて。天使サマだろうか。

 しかしあのトランペット奏者、もといガブリエルはまた来るとは言っていたがこんなすぐさま来る感じだったろうか。

 ……多分、あの緑髪天使はこんな荒っぽい感じにぶつかって来ないとは思う。と言う事は。

 

「……アレとは別かあ」

 

 はて。奴に恨みのある誰かだろうか。

 靴を履いて外に出て、空を見上げる。雲の無い夜空の中心には綺麗な月が見え、その月の光を遮るように翼を持つ何かが飛び交っているのが見える。

 黒と、白。時折ぶつかり合い、追いかけ回す白に対して逃げ回るように旋回する黒。

 

「…………ふむ」

 

 目を凝らす。

 凝らせば、飛んでいるのは白だけだ。勢い良く飛び、羽ばたき、舞い。何かとまるで踊っているようだ。まるで、何かが居るかのような幻でも見せられているかのように。

 溜息と共に、隣に視線を移す。そこには黒、もとい堕天使が居た。

 

「で、誰アレ」

 

「天界でぶん殴った奴」

 

「お前の不始末だろ、何とかしろよ」

 

「してるだろう、十八番で」

 

「その場凌ぎの幻か」

 

「ワタシが殴り合ったりすれば世界が揺れるからな」

 

「大言壮語な事だ」

 

 鍵を閉める。

 

「しかし、今の内に片をつけないと追々面倒臭くなるんじゃないのか」

 

「そうだが。ワタシは面倒臭い事は後回しにするタイプだ」

 

「家賃代としてまずアレを何とかしろ、俺の家に何かあったらたまったもんじゃ無い」

 

「む。家賃代であれば仕方ない」

 

 ぱちり。指を鳴らすと、空で舞っていた白の動きが止まる。宙で狼狽えたように右往左往し、ぐりんと地上で腕を組んで悠然としている堕天使を捉えたその白はばさりと羽根を翻らせる。

 急降下。大きいその白い翼は真っ直ぐと最短最速の飛行で向かってくる。

 ふむ。しかしその速さだと一般人の俺が巻き込まれたら大変になるのでは。

 

 ちらりと横を見る。退屈そうな目をしていた。

 

 ゆったりと手を掲げた堕天使は、掌からばちりと紫電を走らせる。帯電するように纏うそれはまるで電磁砲のように電光を増して。

 白が焦ったような顔で、ばっと両手を前にして炎が燃え盛ったのが見えた瞬間。

 溜息の後、轟音が轟いた。

 

「─────相変わらずだな、ウリエル」

 

 一閃。光が瞬いたと思ったら、極光と見紛う雷が空へ落ちた。

 ぎざりと太い紫電は宙の白に直撃する。炎が盾のように広がった刹那に雷撃が貫いて炎を掻き消すほど覆い尽くして、火の粉が散った。雷が通った其処には、既に白は居らず紫電の残滓が瞬いていた。

 ばちばち、と稲妻が這う音が耳に残る。

 

「お前、やれば出来る子か?」

 

「ああ」

 

「凄いな。絶対に俺にはアレ撃つなよ」

 

「それは、フリと言うやつか?」

 

「何処で知ったそれ」

 

「天使時代に少しな。押すな押すな、と言われたら押すのだろう?」

 

「俺はフリなんてしない。だからそのバチバチをやめろ」

 

「わかった」

 

 分かってくれたようだ。バチバチしていた掌から紫電が収まる。

 やはり人外というのは皆あのようなイカれパワーを放てるものなのだろうか、俺は玄関の鍵を閉めながら思う。脳裏に思い浮かぶ筆頭としては、例の酒好き白髪鬼女さん。かつて味わった怪力がみしりと思い出される。

 頭を振って思い出すのを止める。ラーメン食べる前にフラッシュバックでグロッキーになりたくない。

 

「で、あの白いのは?」

 

「ウリエル。やたらとワタシに突っ掛かってくる正義感の強い奴だ」

 

「……パッと見消し飛んだように見えたけど」

 

「遥か彼方に飛ばしただけだ。それに天使は神の加護があればそうそう消し飛ばん」

 

「今のお前は?」

 

「万が一があれば消し飛ぶかもな」

 

「堕天して正解かよそれ」

 

「つまらん生活から抜け出せて清々している」

 

「後悔してないならいいか」

 

 歩き始める。月光が照らす夜道を、翼も光輪も幻として隠した堕天使と進む。

 ここ二日で堕天使に始まり、ガブリエルやらウリエルやらといった天使にも遭遇してしまっている。どうも、一度ゾーンに入るとそれらの人外達によく絡む事になるのは何故なのか。

 目を擦る。果たして運命か因果か、もしくは。

 

「あ」

 

「どうした」

 

 ふと、思い出す。

 

「そう言えばお前、名前は?」

 

「………言ってなかったか」

 

「昨日はすぐ寝たし、特に話さないままだったからな」

 

「そうか、そうだったな」

 

 では、と。

 隣で歩いていたソイツは立ち止まり、幻を解いてその真っ黒な翼と光輪を曝け出して、ばさりと翼を広げる。

 黄金の瞳が、俺を見据える。

 

「ラミエル。雷と幻を扱うのが得意な、しがない堕天使だ」

 

 お前は?そう聞かれて、答える。

 

「淵見静也。少し目が良い、喫茶店で働いてるごく普通の一般人だ」

 

 宜しく。そう交わして、また歩き始める。

 月夜は今日も綺麗で、その下で悠然と歩くラミエルは月を思わせる銀髪と金眼が薄暗い夜闇の中で一層輝いて見える。

 まるで魔性だ。人間離れした造形は目を惹き、心まで奪われそうになる。

 

「……言っとくが、あまり面倒事には巻き込むなよ」

 

 あらかじめ言う。

 人外と絡んだ時はいつも何故だか面倒事に巻き込まれて、大抵苦労する事になるのだ。こちとら其処らへんに居る一般人だと言うのに。

 堕天使はちらりと此方を見て、薄く笑う。

 

「もう手遅れじゃないか?」

 

「俺は諦めない」

 

「諦めが悪い男は嫌われるらしいな」

 

「俺は平凡な日常を過ごしてみせるんだ」

 

「堕天使を住まわせ始めた人間がよく言う」

 

「ペットが堕天使でも別に問題無いだろ」

 

「ペット扱いか、このワタシを」

 

「家賃払ったらペット扱いはやめてやるよ」

 

「善処しよう」

 

 神様。ああ、願わくば俺に人外に巻き込まれぬ平穏な日常を。隣で笑う堕天使に少しだけ肩を落としながら、俺は月を見上げてそう願った。

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