神々、君に背き奉る   作:アグナ

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カンピオーネのSSを増やすにはどうすれば良いか。
取りあえずエタっても数は増える。

ということで書きました。


異国より歩み出す

 ──己が獣性、それを自覚したのは十歳の頃だった。

 

 祖父より剣の道を教えられてから既に三年。弱冠十歳の年頃に在りながら、その腕は初段の領域に届き、地元でも将来有望な天才少年として名を馳せていた。

 公式には年齢制限があるため、段位を持つことは出来なかったものの、身に余る才気のお陰か同年代に敵は無く、中学生らの稽古に交じって剣を振っていたという事実が、その腕前が卓越していた証明だろう。

 

 天才剣道少年。そう言って道場の仲間たちや先生は称え、彼自身も人々が見る己の在り方を糧として、相応しい己にあろうと期待に応え続けた。

 

 才を鼻に欠けず、謙虚に。

 

 傲り満足することなく、向上心を胸に。

 

 身体を鍛え、技を極め、心を律する。

 

 己に厳しく、他者に優しく。

 

 当然ながらそのような少年の在り方は歳上、歳下、そして同世代を問わずして人々の好感を呼び、自然といつも彼の周りには人が集まった。

 よって当然ながらそれもまた、彼の才気を引き上げる。

 これもまた、当然。

 才に恵まれ、環境に恵まれ、好敵手に恵まれ……才を持つ人が才を開花させるにたる全てに恵まれ、彼は当たり前のように天才と呼ばれる。

 

 波瀾万丈な物語など存在しないが、それは同時に一流の才を持つ者が真面目に学びと努力を積み上げた結果、望むとおりに成功したという模範的な在り方だ。

 ならばそこに不満や不平が交わる隙は無く、少年はやがて心技体揃った好青年として王道を歩み続けることとなるだろう。

 

 ただ一点、生来より持つその宿痾さえ無ければ。

 

“……渇いているな”

 

 それはある日の道場での試合。

 もはや珍しくも無くなった上級生との稽古の最中だった。

 

 相手は中学生で大会選抜にも選ばれる地元で腕利きの相手だ。体格差、経験差から考えても総合値において当たり前に自分の上に在るはずの存在。

 なのに、相対して抱くのは無感情。何処か他人ごとのように相対する敵手を眺め、いっそ冷静すぎるほどに敵戦力を測りきった。

 結果、当たり前に勝利する。

 

 そこに感慨も何も存在しない。

 ああまたか、という相手を軽視するかの如き感情が胸に飛来するのだ。

 

 侮っているわけではない。傲りを覚えているわけでもない。

 足りない、とそんな感情が胸に募る。

 

 緊張感、真剣味、胸の高まり……戦いに対する、興奮。

 

 そしてそのような乾きを自覚した瞬間、悟ってしまった。

 己の獣性、己の欲望、己の性。

 

 戦いが──好きだ。

 

 それもこのような棒きれを持った試合ではなく、生死を懸けた凌ぎあい、勝つか負けるか結果の見えない戦がどうしようもなく好きなのだ。

 いつからそうなってしまったのかは分からない。ただ満足できないのだ。こんなものでは。

 

 緊張感が足りないのは当たり前だ。

 ルールに則った平和的な技の見せ合いに命の危機はない。

 

 真剣味が足りないのは当たり前だ。

 人を殺せない刃を持ったところで何処までも模擬に過ぎない。

 

 胸の高まりがないのは当たり前だ。

 戦いに命を懸けられない相手に己が情動を動かせるはずはない。

 

 とどのつまり己は生まれる時代を間違えたのだ。

 戦の消えた太平の世に在りながら、乱を望み、暴と謀による凌ぎ合い、生死の掛かった命がけを望んでいる。

 獣性……荒ぶる己の本性。

 それを悟り、自覚してからはよりいっそう修練に励んだ。

 過ぎたる欲望、忌避すべき悪性。

 これらは全て己の弱さから来るモノだと信じ、より厳しく、より激しく修練した。剣は元より足りないのは己の心の強さだと思い込み、精神修行にも励んだ。

 

 祖父の交友を辿り、寺の坊主や海外宗教、果ては様々な思想も触れ、己の知見と知識を伸ばし、業を直視してこれを撲滅せんと励んだ。

 だが、努力は初めて実らない。剣の腕を伸ばせば伸ばすほど乾きと腕はよりいっそ研ぎ澄まされていき、業を睨めば睨むほど偽らざる己の形が見えてきて、弱さは尚も強くなる。

 

 よって症状はさらに悪化するばかりだ。

 いつからか『敵』と相対すると自然と体格か筋肉の付き方、足運びという一挙手一投足から実力を測り、性格や『敵』の経験値から最適となる戦術を選択する。

 そのような戦に臨むが如き、冷徹なる目を以て、殺陣を脳裏に描くようになった。

 

 殺し殺され、果てるまで戦に臨む。

 血で血を洗い、この手に勝利を掴み取る。

 

 餓えるような渇望。憎むべき己の性。

 いよいよ以て、己が業の深さにいっそ全てを捨て去ろうと諦めを抱いたその時に。

 

「ならば獣性を以て人の世に報いよ」

 

 ……そのような言葉をかけてくれた恩師が現れた。

 

「お前の業、それ自体は(オレ)にとっては珍しくもない。いつの時代にもお前のような輩は現れるモノよ。人に限らず生きとし生けるもの皆全て、そういった獣性を持つものだ。お前のそれは単にそれが他者より強く濃く現れただけであろうがよ」

 

「太平の世に在って、草木を育てて、畜生を糧とし、子を成し、家庭を持ち老衰していく。かような有様を幸せとする者がおるように。乱世に在って、他者を殺し、戦を征し、武功を立て、雄姿を刻む。それもまた一つの幸せで在ろう。時代が違えれば道理も違える。正しさなど所詮は環境で何処までも変わりゆくものよ」

 

「よってお前の獣性。それは悪ではない。お前は単に好みとする水が異なっただけであろうがよ。波のない湖で平穏を噛みしめるより、大海にて荒波に揉まれるがことを臨んだ。井の中の蛙で良しとすることなく、命懸けで海を目指そうとする生粋の戦士。それがお前よ」

 

 精神修行の一環として山登りの行に努めていた折に出会った恩師はそう言って呵々と笑った。未だ短き人生において間違いなく最強にして最高の師であり士は告げた。

 

「なるほど太平の世に在って獣の道理は肯定されるべきものではないだろう。だが、それを背負ったまま生きられぬなどと誰が決めた。世界は斯くも広いのだ。お前程度の誤差、罪深いなどという自罰こそ傲慢よ。獣性を悟ったというならばいっそそれをも乗りこなしてみせると豪語してみせよ」

 

「モノは使いようというやつだ。今は太平の世、戦いを見いだせる者が稀少で在るが故、逆説的に戦えるものが少ないと言える。……世に悪党は蔓延る、お前たち人の世を仇成す存在は事欠かん。戦に疎いものたちは悪党の跳梁跋扈に翻弄されるが定めよ。なれば戦いを良しとするならばお前はそういうものを討て」

 

「弱きを守る剣となれ、その道を歩むことこそを行とせよ。意味なきものなどこの世にはない。お前が強く獣の業を背負って生まれたのもまた、それが必要だったからであろう」

 

 斯くて神託は告げられる。

 未だまつろわぬ性に飲まれずに在った恩師は。

 恩師として最後の教えを獣に授ける。

 

「滅賊報国──人界の敵を滅ぼし、世に報いよ。敵を食い破る猟犬となれ。それがお前の征くべき王道だ。獣を律する人と成るのだ」

 

 ──教えは此処に。

 感謝と覚悟を以て俺は恩人(あなた)に相対する。

 

 神々、これに背き。

 我、人界を守る剣とならん──。

 

 

 

 

「同じ空でも、こうも違うものなんだな」

 

 オーストラリアはシドニー国際空港。

 約一〇時間というかつて経験したことのない長旅を終え、ようやく地に足を付けてから初めての言葉は、異国の地から見上げる青空に対するものだった。

 

 シドニー国際空港の窓から見える空模様は日本のそれとは受ける印象が異なっている。

 昔、何かの小説の登場人物は空の色は何処の国でも変わらないなどといっていたが、同じ青でも質はまるで違っているのだ。

 日本で見上げる蒼穹が高いとするならば、こちらは深い。

 見上げているだけで落ちていってしまいそうな空の色は自分の知る空とは別物だった。

 

「百聞は一見に如かず、か。海外旅行なんて初めてだけれど人生一回は経験するものだな」

 

 コクリと一人納得の言葉を口にし、歩み出す。

 海外旅行などとは言ったものの、残念ながら今回は知見を広げるための旅では無く、幼馴染みから乞われた要件、れっきとした仕事をこなすための来訪だ。

 

 事が終われば観光の一つや二つ楽しめるかもしれないが、今はまだ仕事が最優先。取り分け今回に限って言えば時間的余裕もそこまでない。

 

 ……何せ仕事内容は拉致された子供の救出と誘拐犯の撃滅という穏やかならぬもの。しかも相手は国家権力すら欠片も畏れぬ、法外を生きる魔人だという。

 

 さらには魔人の居所も手がかりも殆ど不明で、相対するにはまず魔人の影を捕まえなければならないという捜索、戦闘、救助という難易度の高いミッションが重なっている。

 それを今から行おうとしているのが僅か十四の中坊だというのだからいっそ思春期を拗らせたガキの妄想だと言えればまだ救いがある話だろう。

 

 だが、残念ながら何処までも現実だった。

 ため息を吐く。

 

「行き当たりばったりだが、やるしかない。子供を攫って、命を脅かすと言うだけでも罪深いのに。目的が自分のために乱を呼び寄せようという話なのだから許せるものでは無い。彼が人に罰せぬ『敵』だというなら俺がやるしか無かろうよ」

 

 恩師が教えを自らに言い聞かせる。

 罪深き己の獣性、これを以て人の世に報じよと。

 凶事を祓う刃たる己が役目を自覚する。

 

「先ずは聞き込みからか。オーストラリアは日本からの留学生が多いとは言え、流石に巫女服は目立つだろう。或いは嗅ぎ回っていれば、かの魔人の手先だという魔術結社がこちらに感づいて何かアクションを取ってくるかも知れないしな」

 

 最適と思われる方針を口にしつつ、数少ない手がかりを手にする。

 それは一枚の写真。神社を背景に父母と彼らの娘たる姉妹が映った家族写真だった。

 

「万里谷祐理。歳は俺とそんなに離れていないんだったか」

 

 人攫いの愁いにあった被害者の名を口にする。この写真に写る姉妹の内、姉の方がその名を持ち、例の魔人に攫われたという被害者である。

 事の起こりは今より二週間ほど前。

 彼女を含む万里谷家が家族で海外を回っている最中、彼女の持つ特別な才能に目を付けた魔人が配下のものたちを使わして、彼女を誘拐したのだという。

 

 彼女の家族たちは当然、その魔人から娘を取り返すことを望んだものの、かの者は人界の道理など歯牙にもかけない災厄だ。

 日本国にも人の理より脱した非常識な達人は存在しているが、敵は非常識どころか、不条理を極めた混沌である。人間は疎か、神々をも飲み干したという二百年を生きる怪物の暴政に抗う術などあるはずもなく、もはや娘の無事を祈ることしか許されぬ。

 

 そのような状況を憂いた彼女の友人にして、己の友人。

 故あって普通の学校に通えなくなった自分に出来た新たな同級生の依頼が己をこの地に招き寄せた縁であった。

 

「……優しそうな娘だ」

 

 実際、よく出来た娘だという。

 あの変わり者の知人をして大切な友だと言わしめ、真面目で責任感も強く、周りに心配りが出来る優しい娘であると、そう聞いている。

 家族に囲まれ、優しげに微笑むその姿。

 幸せそうにする様を写真越しに眺め、気づけばギリッと歯を鳴らす。

 

「ああ、許せるわけがない」

 

 出会ったこともない。

 細かい事情も知らない。

 

 だが己と同じ性を有するものが彼女の幸せを破壊したというならばそれは認めがたい悪であり、問答無用に敵である。理性では無く、獣性を以て動くのであれば、是を咎めるが己がこの世に生まれた意味。同じ業を背負う者として必ずかの魔人を食い破る。

 

「いや、いや。落ち着け。争うことを第一目標とするのでは何ら変わらん。優先すべきは少女の救助だ。首輪を外すのはその後で良い」

 

 首を振って興奮する心を宥める。

 冷静さを失うのはやるべき事を為してから、だ。

 

「……よし。大丈夫」

 

 深く呼吸を繰り返すこと二度。

 熱を払うように脱力する。

 それで元通り。いつもの自分が帰ってきた。

 

「さて、まずは街に出なければな。空港から街中まではアクセスも良いと聞いているし、バスも簡単に捕まえられるだろう。その後は──」

 

 言いながら歩を進めて空港を出る。

 到着ロビーを出て、案内に従えば迷うこと無くバスロータリーには向かえる。

 本数も日本の羽田空港に比べればそれほど多くないので特別迷うことはないだろう。

 

 そうして、到着ロビーを出た瞬間。

 足が止まった。

 目の前、まるで空港を前に力尽きたが如く、一人の男が倒れていた。

 

「………………」

 

 想定外の事態に思わず固まる。

 金髪にグラサン、恐らくはラテン系の……自分と同じ訪問者だろうか。

 困っているのは明らかで急病か、何か特別な事情があるのは一目瞭然だが、背中に背負ったウクレレと堂々と羽織るアロハシャツがこの上なく、「私は不審者です」と言わんばかりに主張しており、トラブルに関わりたくない旅客たちは、まるで男に気づいていないかの如く当然のようにスルーする。

 

 放っておいてもその内警備員が対応するのだろうが……。

 

「……まあ、困っている人は捨て置けない、か」

 

 これも何かしらの縁だろう。

 少しだけ警戒しながら近づき、様子を覗う。

 

「その、大丈夫ですか。体調が悪いなら救護員を──」

 

 と、その時だった。

 ぐーと、間の抜けた音が耳に入る。

 次いで倒れている男は呻くように言った。

 

「……お腹、空いた」

 

「……………」

 

 反応に困った。

 無言でいると、男はもう一度繰り返す。

 

「お腹、空いた……」

 

「……えっと、お金は?」

 

「……昨日、使い果たしちゃったんだ。ステーキ、美味しそうだったから」

 

「……そうですか」

 

 目的地へ向かうため、バスロータリーへと向かう。

 寸前、がしっとズボンの裾を掴まれ、止められる。

 

「離していただけますか?」

 

「ぺるぷ、みー」

 

「…………」

 

 ため息を吐く。

 ──どうやら目的を果たす前に別の問題を解決する必要があるようだ。

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