神々、君に背き奉る   作:アグナ

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我は言霊の技を以て、世に願いを顕す!
令和の世に『カンピオーネ!』が栄えんことを……!!
これらの呪言は強力にして雄弁なり!!
奇跡を呼ぶ智慧の剣なりッ!!



すまない、ただの発作だ。
てことで本編どうぞ……。


龍神伝説 Ⅰ

 即断即決、迅速果断。迷わずの行動を好む怜志は恵那の依頼を受けて、早速行動を開始する。

 

 碓氷峠の天国庵から『猿飛』の技で軽々と近隣の町まで下山するやその日のうちに東京まで再び舞い戻ると、そのまま適当なホテルに転がり込み、一泊。

 次の日の朝には東京駅から出発する新幹線に乗り込み、一路、件の夜叉ヶ池を目指してまずは名古屋まで移動を開始する。

 

 東京近郊のビル群を抜けて、静岡間の長い道中。

 トンネルと田園風景を行き来する光景を窓辺に見ながら怜志は読書用の伊達眼鏡を掛けながら持ち込んだ書籍に目を落とす。

 それは各地の地方民話をまとめ上げた書籍である。

 熱心に読み進めるのは安八郡に語り継がれる伝説。目的地の夜叉ヶ池に語り継がれる逸話の項目であった。

 

「相変わらず真面目だねー」

 

「──恵那」

 

 不意に隣から声が掛かる。目を向けると依頼主たる媛巫女、清秋院恵那が東京駅で入手した牛タン弁当を食べきり、手を合わせていた。

 

「ご馳走様でしたっと……いやあ、やっぱり都会は便利だねえ。少し歩けば簡単においしいお弁当は手に入るし、公共交通機関は充実してるし、正に文明万歳って感じ」

 

「実に実感の篭った発言だな。平時から山籠もりの修練をしている分、居心地はやはり人界に限るか?」

 

「んー、どうだろ。山より長く居着いたことはないから判んないや。でも慣れている分、山の方が恵那的には居心地いいかな……そっちこそどうなの? 前は恵那と同じぐらい引きこもってたじゃん」

 

「……別に引きこもっていたわけじゃない。ただただ己の未熟を正さんと務めていただけだ。結果は、まあこの様なわけだが」

 

「あはははは! 結局吹っ切れちゃったからねぇ! 挙句の果てに神様まで殺しちゃったんだから凄いけど。正に一念鬼神に通じるって奴?」

 

「この場合は三つ子の魂なんとやらだろ。やれやれ、太平の世に戦乱と闘争を望むなぞ我がことながら度し難い」

 

 けらけらと笑う恵那を傍目に、呆れたように首を振る怜志。

 己が宿業。その救われなさを嘆いているようだが、口元に浮かぶ微笑が隠しきれていない。もはや行きつくところまで来てしまった怜志にかつての苦悩は欠片もない。

 度し難い性分ならばそれを受け入れた上で、乗りこなす。

 結論は既に軍神を殺したその時に出していた。

 

「幸い、今の身分は刃を向ける相手には事欠かなそうだしな……さて、此度は如何なる強敵と見えることやら」

 

「場所が場所だし、竜蛇の類じゃない? まだ恵那も詳しい話は聞いていないから分かんないけど」

 

「ん? 何だ、依頼された時に詳細を聞かされたんじゃないのか?」

 

 思わぬ言葉に怜志が眉を顰める。

 てっきり依頼された案件なのだから恵那は既に状況に詳しいのだと踏んでいたが。

 

「さくっと困り事を馨さんから聞いただけだよ。詳しいことは現地に先入りしている甘粕さんが教えてくれるんじゃないかなー」

 

「ああ、成程。そういう手筈か。甘粕……聴き馴染みのない名前だが、ひょっとして委員会の?」

 

「そだよー。馨さんの右腕で忍者やってる」

 

「忍者」

 

「うん。忍者」

 

 恵奈の紹介にふむと怜志が頷く。

 別段、怜志は忍者に対して憧憬や浪漫を抱いているわけではないが、忍者と言えば優れた隠密だ。まして『四家』の一角、名門沙耶宮の次期党首である沙耶宮馨の右腕ともなれば選りすぐりの人材であることに疑いはない。

 神殺しとなってしまった以上、人間相手ではまともにやれば誰であろうと圧倒してしまうが、剣術や体術に限れば人間であっても食いついてくる人々はそこそこいる。

 

 以前、恵那との縁で手合わせた撃剣会の師範代クラスならば今の怜志ともやり合えるだろう。……加藤段蔵、甲賀三郎、風魔小太郎、怜志の脳裏に伝説の忍者たちの名が煌めいた。

 

「それは……少し、会うのが愉しみだ」

 

「うんうん、王様が楽しそうで何よりだよ…………ちょっと甘粕さんは可哀そうだけど」

 

 明らかに違う意味でワクワクしている隣席の幼馴染の横顔に恵那は笑顔で追従しつつ、ぼそりとこれから会うことになるだろう擦れた青年の顔を思い出す。今の怜志の発言を当人が聞いていたらきっと壮絶に渋い表情を浮かべるに違いない。

 

 と、そこまで思って思い出す。

 依頼主の沙耶宮もそうだが、甘粕に対しても、今回の同行者に関してまだ全く何も伝えていなかったという事実に。

 

「あ。そういえば委員会の人にまだ王様のこと伝えてないや」

 

「報告連絡相談の基本が雑なのはお前らしいな……しかしまあ、今回に限ってはいいんじゃないか? 下手に事前説明するのは煩わしいことになりそうだし。神殺しとしてはともかく、天国は『民』だしな」

 

 ──怜志の言う『民』とは端的に言えば在野の呪術師のことである。

 

 日本において呪術関連の事案を取り扱うのは主に『正史編纂委員会』と呼ばれる組織である。その権力(ちから)は国営を担う各省庁にも通じ、名門の『四家』を代表に日本の神秘を総括する彼らのことを日本国内では通称『官』とも呼ぶ。

 対して『民』とはその名の通り、国とは関わりない民間の呪術者たちのことだ。

 明治維新以前には流れの陰陽師、まじない師を営んでいたものが、そのまま在野の呪術者として定着した者たちで、『官』の者たちとはまた違った独自のネットワークや闇市などで繋がりを持っている。

 

 『官』と『民』は明確に敵対しているというわけではないが、公務として神秘を取り仕切る前者と、あくまで個人で神秘を運用する後者とでは立場上、どうしても折衝が多くなってくる。

 そのため、両者は余程のことが無い限りはつかず離れずの独特の距離感を保っているのだ。

 

 怜志が成った身分を隠さずも、(おおやけ)に話さないのは、その微妙な距離感を考慮してのものだった──尤も、それだけではないのだが。

 

「恵那が言えたことじゃないけど、そっちも大変だねー」

 

「別に誰に強制されたわけではないのだけどね。それでも天国(うち)の総意としては陛下(・・)以外に下るつもりはないそうだ。昨今は伝統なぞ捨ててしまえとの風潮もあるが、いざ当事者ともなればそう易々と捨てられないということだな」

 

 天国の起源──遡ればその出自は奈良時代にまで及ぶ。

 ともすれば『四家』などというぽっと出(・・・・)の下に付くなど考えられないと思う心情は若き怜志であってもそれなりに理解できる。

 

 面子というのは、面倒ではあるが決して軽々扱っていいものではないのだ。

 

「っと──お家事情など互いにつまらない話をしてしまったな。何の話だったか」

 

「んー、王様が王様になった話?」

 

「……今更だけど、その『王様』って呼び方はやめて欲しいんだが。俺はそんな大したものじゃない。俺なぞその辺に転がってる未熟すぎたただの剣鬼だよ。今まで通り、普通にしてくれた方が落ち着く」

 

「そう? でも恵那も一応『清秋院』だからね。王様風に言うならこっちもこっちで色々あるからそういうわけにもいかないでしょ」

 

「そうか」

 

 男勝りで山育ちの飄々とした恵那だが、やはりそこは清秋院のご令嬢。心身に叩きこまれた礼儀作法は彼女なりに遵守するべきものだと尊重しているのだろう。

 似たような身分だからこそ怜志は納得し、それ以上の追及をしない。

 

「で、どうする? 王様が嫌がるなら委員会の人にはこのまま黙っておくけど?」

 

「どうせバレるから別段隠す必要はない。が、それはそうとこっちから明かす理由も無いな。俺のことはお前に任せるよ」

 

「おっけー。んじゃあ王様のことは恵那の家がお世話になっている鍛冶師ってことにするよ。それなら甘粕さんも別に深く気にはしないだろうし」

 

「天叢雲を握る太刀の巫女が贔屓する鍛冶師など、別の注目を浴びそうだけどね。まあ、それでいいよ」

 

 恵那の言葉に怜志は軽く肩を竦める。

 神代鍛冶など、もはや呪術界隈の人間ですら知る人ぞ知る名声だが、逆に言えば知っているものもいる。ましてや正史編纂委員会の中枢、その右腕を担う人材ともなれば、天国の二文字で清秋院との繋がりを大まかに推測することは簡単だろう。

 

 歴史の狭間に潜めた名が再び世に知れ渡ることになるだろうが……まあ、どの道遅いか早いかなので気にしすぎても仕方のない話ではある。

 

「さてと……委員会の話は此処までにそろそろ仕事の話をしようか。恵那、君は今回の現場である夜叉ヶ池についてどこまで知っている?」

 

「うーん、流石に地方の民話まではね。ある程度は頭に入ってるけど多分、王様の今読んでた民話の範囲ぐらいまでだよ。王様は?」

 

「態々、本を持ってきている辺りで察してくれ。俺も多くは知らないよ。知っていたのはせいぜい泉鏡花の作品の舞台である、程度の知識だった──雨乞いと龍神伝説、それが語り継がれる池である、ってな」

 

 言いながら怜志は読んでいた書籍の復習もかねて軽く伝説の概要を口ずさむ。

 

 

 ──夜叉ヶ池の龍神伝説。

 

 伝承に曰く──ある年に美濃国平野庄を大旱魃が襲った。

 大地は枯れ果て、あらゆる作物は茶色く色褪せ、村人たちは思い悩んだ。

 郡司(簡単に言えば政を司る有力者)である安八太夫安次もその一人。

 彼もまた、このどうしようもない状況に頭を抱えた。

 

 そんなある時である。彼は草むらに一匹の蛇を見る。

 それに何を思ったわけではない。

 ただどうしようもない状況に、どうしようもない胸の内を晴らしたかっただけだ。

 蛇に安次は告げる「もしそなたが雨を降らせるのなら、私の大切な娘を与えよう」と。

 

 ──その日の夜のことだった。

 安次は夢枕に不思議な夢を見る。

 

『私は揖斐川上流に住む龍神だ。その願いをかなえよう』

 

 そう告げたのは昼間に見た蛇である。

 そして夢が明けてからの次の日──村には雨が降っていた。

 

 何処からともなくたちまちに集まった雨雲は乾いた大地に水を落とし、旱魃に苦しんでいた作物たちは救われ、村人たちも飢えを見ずに済んだのである。

 

 翌日、約束通りに龍神を名乗った蛇が、青年の姿を取って安次の前に現れる。彼が提示した娘を嫁に預かるために。

 安次が三人いる自らの娘にその事情と約束を話したところ、娘のうちの一人、最も心優しい娘が「村人を救っていただいたからには、喜んでいきます。」と告げ、自らが織りかけの麻布を嫁入り道具に身に纏い、龍神へと嫁ぐべく、青年と共に揖斐川の上流へ向かっていった。

 

 数日後、龍神の嫁に行った娘を心配した安次は娘に会うべく、揖斐川の上流を登り、やがて、揖斐川上流のさらに山奥の池に龍神が住むという話を聞き、その池へと辿り着いた。

 

 そして安次は池に向かって「我が娘よ、今一度父に姿を見せておくれ」と叫んだ。

 すると静かだった水面は瞬く間に波立ち、池の中から巨大な龍が現れた。

 龍は告げる。

 

「父上、これがあなたの娘の姿です。もうこの姿になったからには人の前に現れる事はできません」

 

 以来、安次は自宅と、池のほとりに龍神を祀る祠を建てた。

 池の中へと消えていった、自らの娘を偲んで──。

 

 

「……参考にする書籍や地域によって違いはあるだろうが、これが大まかな夜叉ヶ池に伝わる伝説の内容だな、感想としてはまあ──」

 

「倭建命にとっての弟橘媛、或いは速須佐之男命(おじいちゃま)櫛名田比売(お嫁さん)かな。典型的な雨乞いのための人身御供の話だねー」

 

 人によっては陰鬱な気分になるだろう感想をあっさりと認める恵那。

 

 ……ダム開発に代表されるように、現代においては科学技術の発展により雨の恵みに囚われず水を制御するに至った人類だが、今よりずっと古い時代において、長期の旱魃はそのまま人命の生死にまで及ぶ。

 雨が一切降らず、作物が一切育たないという状況は正しく生贄を捧げてでも天に縋りつくに値する非常事態なのである。

 

 そのため、日本に限らず、降水のために神々に人命を捧げるという行為は極めてポピュラーな形式の伝説として各地に散見する。

 夜叉ヶ池のそれも典型例だ。龍は古来より水と結びつく水神。彼らの嫁になるないし、彼らに身を捧げるという行為は典型的な雨乞いのための人身御供の暗喩である。

 

「とすれば、やはり長期降水の原因は夜叉ヶ池に伝わる龍神が原因と考えるべきかな。嫁に名乗り出たのは夜叉姫。そのまま池の名前の由来だったか」

 

「後世の後付けで厳密にいうと本名は不明らしいけどね。んー、でもそれだともしかして単なる神獣の仕業かもね。日本書紀やら古事記ならともかく日本の、それも一介の地方に伝わる口伝でまつろわぬ神までなるとは思えないし……」

 

 まつろわぬ神と神獣では全く話が変わる。

 前者はとても人の手には負えない脅威であるが、後者に関しては人間であっても有数の実力者であれば何とか対応可能な災厄である。

 仮に後者であれば、本邦屈指の媛巫女である恵那だけでも何とかなる相手であるし、怜志であれば瞬殺すら可能な相手……怜志が望むほどの騒ぎにはなるまい。

 

「さてどうかな、夜叉ヶ池だから龍神が出てくる、とも限らないし、聞いたところによると逆にマイナーな神々ほど力を付けるという風聞も聞いたことがある……ま、行ってみれば分かる話だろ」

 

「それもそっか」

 

 最終的にあっさりと結論付けると怜志は話題を打ち切り、恵那もまた同調する。一見して考えなしともとれる丸投げぶりだが、その適当さを恵那は咎めない。

 

 彼女も割と出たとこ勝負で突っ走る性質というのもあるが、長い付き合い故、怜志のことをよく知っているからこその追従である。

 

 横に座るこの男こそ、刀一本あれば神様相手でも十分と言い切って実際に神を弑逆せしめた怪物中の怪物。敵の詳細なぞ態々事前に明かすまでもなく、必要なことは戦の中で汲み取り、勝利を見出すことだろう。

 

 それ故の神殺し、それ故の覇者。

 

 こと戦に関して、天国怜志に対する清秋院恵那の信頼は揺らがない。

 だから──。

 

「ねえ、王様」

 

「なんだ?」

 

「──勝てそう?」

 

「愚問、そして違うな──俺は勝つんだ(・・・・・・)

 

「あはっ!」

 

 その横顔に猛る修羅を見て、恵那は笑った。

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