神々、君に背き奉る   作:アグナ

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龍神伝説 Ⅱ

 愛知県名古屋市。

 日本の中部地方における最多人口を有し、全国でも三大都市圏の一角として数えられるメガシティである。

 また、かの草薙剣──皇室の有する国宝たる天叢雲劍を鎮守する熱田神宮がある鳥居前町も知られ、かつて日本を統治した尾張徳川が栄えた土地でもある。

 経済・行政のみならず、文化・歴史的に見ても屈指の都市──それが名古屋だ。

 

 東京から新幹線に揺られること一時間半。

 怜志と恵那は、大都市圏を名乗るに相応しい乗降者数を誇る名古屋駅に降り立っていた。

 

「こっちも東京に負けず劣らず賑やかだねぇ」

 

「仮にも三大都市圏だからな。ましてや今は七月──学生的に言うなら夏休みの期間だからな旅客も多いだろう」

 

「ああ、そういえばそっか。いやあ、そういう学生的なイベント、恵那にはあんまし関係ないから思いつかなかったよ」

 

「夏休みも冬休みも関係なく、媛巫女としての役目を優先しているのだから仕方ないだろう。今回の案件が終わったらすぐに山に戻るのか?」

 

「んにゃ、少しはシャバの空気を味わっていこうかなって。今回の案件が終われば、早々に恵那が呼び出される案件もないだろうしね。祐理も帰ってきたし、今の内に楽しんでおこうかなって。そういう王様は? 王様の地元は神奈川でしょ? 帰るの?」

 

「足柄だな。そっちと同じく大事が無いなら帰るつもりだ……折角だから東京で少し遊ぶか?」

 

「なら東京の道場借りて手合わせしようよ! 王様が神殺しになってからはやったことないし!」

 

「……ふむ、俺が想定していた遊ぼうとは違うな。まあ、いいけど」

 

 構内を雑談しながら二人は歩く。道中、構内の観光客用の商店にふらふらと引き寄せられてる恵那に付き合ったりと寄り道も挟みつつ、二人は駅の南口を目指す。

 本来であれば新幹線口直通のルートであるため十分そこらで辿り着くはずだが、何故かその三倍の時間をかけて、二人はロータリーへと出た。

 

「此処から夜叉ヶ池──岐阜までは件の委員会の方が合流して車で案内してくれるのだったか」

 

「うん。電車を使えば一応、岐阜までは行けるみたいだけど、そっから先は山登りだからねェ。近辺までは送ってくれるって。まあ恵那と王様の足なら別に必要ない気もするけど」

 

「そこは好意に預かろう。行先で何が起こるか分からないしな。事を荒立てる前は出来るだけ力を蓄えておきたい」

 

「それは確かに……あ、いた」

 

 不意に恵那が立ち止まって、声を上げる。

 釣られて怜志も立ち止まり、彼女の先を追うとそこにはくたびれた背広をだらしなく着崩したサラリーマン風の青年が柱に寄りかかるように立っていた。

 青年は困った風な表情をして腕時計に目を落としていたが、恵那の声に気づいたのか顔を上げて頬を掻きながらこちらへと歩いてくる。

 

「……事前に連絡を受けた時刻から三十分ぐらい遅刻ですよ、恵那さん。せめて到着したのなら何か連絡をしてくださいよ」

 

「ごめんごめん、色々釣られてみてたら遅れちゃってねー。あと、今は携帯電話の電源が切れちゃっててさー」

 

「反省の色が無い上、相変わらず文明の利器も全く息をしていませんねー……っと、そちらの方は?」

 

 我が道を行くマイペースな恵那の調子に慣れているのか、やや諦め気味な会話も少々に切り上げ、青年がこちらに目を向ける。

 新幹線内で聞いた通り、怜志の存在に関しては全く先方に伝わっていなかったらしい。何とも自由すぎる幼馴染に改めて怜志も呆れを覚える。

 とはいえ、幼馴染を今更責めても仕方ないので眼前の青年に手を差し伸べつつ、怜志は自らを名乗る。

 

「──初めまして、自分は天国怜志と言います。恵那とは祖父方の繋がりで古い馴染みでして、今回の件に関して恵那に協力を頼まれて同行しました。連絡もなしにすいません」

 

「──やや、恵那さんの幼馴染でしたか。それはそれは……流石に恵那さんから聞いていると思いますが、私は甘粕と申します。以後お見知りおきを」

 

「はい、存じております。なんでも沙耶宮家の次期党首殿の懐刀だとか。委員会には各方面で人材が揃っているのは耳にしておりましたが、現代を生きる忍者にこうして出会えるのは自分としても光栄です」

 

 互いに名乗り合いながら怜志と甘粕は握手を交わす……成程、相当に使う。武術の方はそこそこのようだが、気配の断ち方が上手いので能力(スキル)は隠密に寄っているのだろう。この喧噪の中、対して大きくなかった恵那の反応を聞き分ける辺り、五感も常人離れしているのだろう。

 仮に模擬試合を行うなら、森林辺りでやり合った方が戦り甲斐(スリル)がありそうだ。

 

 怜志の機会と羨望交じりの視線と妙に持ち上げる言い回しに何かしらの懸念を覚えたのか、甘粕は恵那に目を向けつつ、隠せてない小声で素早く問いかける。

 

「……ちょっと、恵那さん? 私のことなんて説明したんです?」

 

「今言った通りのことそのまま」

 

「あー、はいはい。大体分かりましたよ。全く、私としては忍者っていうとパチモン臭くて嫌なのでせめて忍びとか草と呼んでほしいんですがね」

 

 恵那の言葉に速攻で事情を把握したらしい甘粕は思わず、頭が痛いとばかりに宙を仰ぐ。実情に合ってるようで合ってないの妙な誤解の根源はやはり媛巫女の発言に在ったらしい。

 改めて怜志に苦笑を向けながら甘粕は対応する。

 

「私はそう大したもんじゃないですよ。ただの使いっぱしりの国家公務員モドキです。できれば恵那さんの言葉を鵜吞みにしないようにお願いしますよ」

 

「ご謙遜を。立ち振る舞いを見る限り、平均的な委員会のエージェントよりも上でしょうに」

 

「いやいや、私などは木っ端ですよ、木っ端……それにしてもその様子だと、どうやら貴方も単なる幼馴染って様子じゃありませんね。さりとてその様子だと委員会に所属しているわけでも協力している人員でもないようですし……どういったご身分で?」

 

 甘粕のその問いに口を開いたのは恵那だった。

 

「実家繋がりだよ。ちょっと前からお世話になってる鍛冶師でね。清秋院(うち)のお祖母ちゃんとそっちのお祖父ちゃんの代が仲がいいから小っちゃい頃から家同士で仲良くしてるんだ」

 

「──ということです。付け加えるのであれば、一応『民』の呪術者でもあります、と」

 

「──……ふむ、成程。取りあえず大体分かりました。個人的には貴方の苗字に関して聞きたいこともありますが、今はまあ置いておきましょう。下手にお家事情を突いて茂みの蛇を見たくはありませんしねェ」

 

「どうせ今から『蛇』を見に行くしねー」

 

「おや、その辺りはまだ説明してはいない筈ですが……ま、でも場所が場所ですし、大体の予想はつきますか。立ち話もあれですし、早速車に乗ってください。登山口まで向かうついでに詳しい話をいたしますよ」

 

「じゃあ、よろしく」

 

「お世話になります」

 

 促す甘粕の言葉に恵那は適当に応じ、怜志は丁寧に軽く頭を下げる。性格的に一見して正反対に見える二人の息の合った行動に甘粕は本当に幼馴染なんだなと内心で納得しながら少年少女を伴って、ロータリーに付けた車へと向かった。

 

 

………

………………

…………………………。

 

 

 名古屋駅から北西に進路を取り、明道町から名古屋高速に乗る。

 岐阜は夜叉ヶ池までの予定到着時刻は約二時間半である。

 高速道路に乗ったことでハンドルを握る手も落ち着いたため、運転しながら甘粕は今回の件に関する詳細を語り始めた。

 

「事の発端は先月の終わりぐらいでしたか。丁度、梅雨明けもまだでしたので発覚が遅れましたけど異変はその辺りからだったそうです」

 

 福井と岐阜の県境──夜叉ヶ池近辺を雨雲が覆って、離れなくなったのはその頃だったという。

 伝説からとって別名を「雨乞いの池」ともいう景勝地の夜叉ヶ池は新緑や紅葉のシーズンには登山客が多い。だからこそ、災害の危険が登山客に向かないように山の状態を管理する人員が導入されているのだが、最初にその異常に気付いたのは、そんな管理者たちだったらしい。

 

「雨が一向に止まない。天気予報を見ても、本来ならば晴れるはずの日にも雨が降り続いている。まあ、天気予報なんて今でも外れる時がありますけど、幾ら雨季だからといって、一週間、二週間と過ぎても全く止む気配のない状態は流石におかしいと思うでしょう?」

 

「ですね。一応、過去には最長で一か月以上降り続いた記録も残ってるそうですが……」

 

「おお、恵那さんと違ってよく調べてますねー」

 

「その一言は要らないんじゃないかなー、甘粕さん」

 

 入念な下調べを済ませているらしい怜志に感心しながら、甘粕は恵那の発言を黙殺して話を続ける。

 

「それで山で何が起こってるのか、調査に立ち入ったらしいんですよ。まあ何が起こるかわかんないので熟練の登山者他、その手の専門家を連れてね。それで分かったのが……」

 

「分かったのが……?」

 

「科学的には非常に信じがたいことなんですけど、どうやら雨雲は夜叉ヶ池を中心に、その上空から発生しているらしいということです」

 

「成程、それはありえませんね」

 

「はい、ありえないですねー」

 

 元々、夜叉ヶ池は「池」というだけあって湖ほどのサイズ感ですらない。周囲を原生林に囲まれた窪地に雨水や周辺の山からの伏流水によって形成されたと考えられるこの池のサイズはせいぜいが、周囲230m、水深も7.7m程度である。

 景色を楽しむ分には十分なサイズ感であるが、仮に全ての水が蒸発したとしても雨雲を発生させ得るほどの水量は有していない。

 出来て霧が発生する程度のものだろう。山麓周辺に長期の雨を齎すほどの力があるとは考えられない。

 

「すぐに状況を知った委員会(うち)の調査員も現地入りして調べに出たのですが、それで分かったのが夜叉ヶ池周辺で雨雲が発生するより前に奇妙な出来事が多発していたということです」

 

 例えば、件の『夜叉姫』所縁の夜叉龍神社にて観光客が空に映る巨大な影を見た。

 例えば、登山口に近い宿泊宿に泊まっていた宿泊客が夜に聞いたこともないような生物の鳴き声を聞いた。

 例えば、登山道を歩いていた登山客が突如として霧に遭遇し、その霧中で登山にはあり得ない格好をした人影を見た等々。

 

 雨が降り続けるようになる以前から、奇妙な出来事が多発しているのが分かったのだという。

 

「委員会はこの件をすぐに何らかの呪術的な、或いは霊的な力が働いた結果の事象だと判断し、夜叉ヶ池周辺を封鎖。対応できそうな人員を送って、異変に関する調査を依頼することになりました」

 

「それが恵那……いや、俺たちということですね」

 

「はい」

 

 予定外の人員に対しても甘粕は肯定する。

 どうやら恵那の同行者ということで甘粕は既に一員と認めてくれているようだ。

 

「その、調査にあった、あり得ない人影っていうのは? どんな格好だったかとかも分かるの?」

 

 黙然と聞いていた恵那が不意に口をはさむ。どうやら人影に関して気になる節があったようだ。野生の勘か、或いは巫女としての霊力か、その問いに甘粕は頷いて応える。

 

「ええ。性別は不明ですけど、和装に身を包んでいたそうですよ。それも平安時代でしかお目に掛かれないような十二単だそうで。たまたま、見かけた方が歴史好きだったようで間違いないと断言していたそうですよ」

 

「十二単……ってことは、性別不明でも殆ど女性の可能性が高いですね」

 

「まあワンチャン男性が身に着けていた可能性も捨てきれませんけど、普通に考えればそうでしょうね」

 

 十二単は平安後期に成立した公家の成人女性の正装である。女房装束、裳唐衣、五衣唐衣裳とも呼ばれる。かつて公家の着こむ袿は、一枚を(ひとえ)と数え、十二単とはそのまま袿を十二枚着込んだ姿を指す。

 そのため総数で約二十㎏にもなり、少し歩くだけでも一苦労になる。

 とてもではないが、そんな状態で多少整備されているとはいえ、険しい山道を歩くなど考えられない。

 

「うーん、巨大な影、聞き覚えのない生物の鳴き声、十二単の奇妙な人影に、ずっと続く雨かぁ……やっぱりどっかの夜叉ヶ池に伝わる龍神伝説の奴だと思うけど」

 

「ですねー。無名の竜蛇……この場合は神獣ですか、が絡んでる可能性が高いと私も見てますよ」

 

「…………ふむ」

 

 恵那の言葉に甘粕も頷く。恵那に軽く調査が依頼される辺り、元々委員会の方ではある程度、事の状況が既に推測済みだったのだろう。焦りや過ぎた緊張が見られないため、大方神獣の仕業であると委員会は目星を付けているようだが……。

 怜志はチリッと無意識に何かを掠める。──神殺しとして超直感が無意識化で何かを捉えた。

 

「無名の竜蛇、か」

 

「そうですね。恵那さんと比べてマメでありそうな天国さんなら既にご存じかもしれませんが、本邦では龍神伝説──ひいては龍神信仰というものは珍しいものではありません」

 

 意味深な怜志の呟きを別の意味に捉えたらしい甘粕は、怜志の一言をきっかけに語りだす。その様子は何処となく楽しげである。

 もしかしたらその手の蘊蓄を語るのが好きなのかもしれない。

 

「竜というのは元々古代中国、大陸側に伝わる想像上の生き物、霊獣です。日本の龍神信仰も基本的にはそちらの影響を受けて広がりました」

 

 さらにいうのであれば竜とは古代中華において、蛇を神格化したもの。

 そして蛇は古来より水神の象徴であり、竜もまた、そのまま水を司る神格として崇められるようになった。

 

「龍神は水神としての性格から、そのまま日本で農耕生産と結びつき、川、沼、池、淵などと水を司る神格として大陸と同じように崇められていきます。夜叉ヶ池に見られるような雨乞いの儀式──そういったものに龍神が当てられるのは決して珍しいものではありません」

 

「水だけじゃなくて風や雷も龍の領域だよね。雨と共に現れる稲光はそのまま龍を雷神に。竜巻には龍が天に上る様子を見て、風神としての格を与えたんだよ」

 

「さらにいえば、山岳信仰に囚われず、龍はその空域を海にまで広げます。海の彼方に在って海を司るとされた海神も、水神信仰と結びつき、しばしば龍神信仰の同意儀とされてきました。昔は漁民の間で豊漁を祈って、船を沖止めして、海神や竜宮の神を祀る竜神祭が広く行われていたのだとか」

 

 浦祭、磯祭、潮祭──そういったものの名残は有名な「浦島太郎」の昔話や「竜宮童子」といった逸話からも見受けられる。

 蛇神、龍神、海神はイコールで繋がる関係にあるのだ。

 

「ちなみに「竜」と「龍」の違いですが、これには漢字の略字という意味合いの他にも西洋と東洋の違いが現れているものでしてね。西洋では竜といえば邪悪で狡猾、英雄に倒される敵役として登場しますが、先ほど紹介した通り東洋では──」

 

「甘粕さん、甘粕さん、その辺は脱線しすぎてない?」

 

「……おっと失礼。つい熱が入ってしまって」

 

 恵那にたしなめられてコホンと空咳を打つ甘粕。

 やはり思った通り、この手の蘊蓄を語るのが好きらしい。

 

「ま、ともかく龍神信仰というのは珍しいものではないということで一つ」

 

「ご丁寧な説明、ありがとうございます」

 

 実はその辺りもすでに知っていた知識なのだが、怜志は敢えて口にしない。

 改めて聞き直せば知らぬ知識も見つかるかもしれないし、それに年長者の親切を無下に降るほど怜志は人仲を悪くするような性格をしていない。

 甘粕に向けて軽く頭を下げると、怜志は考え込む。

 

“やはり普通に考えれば神獣の仕業──そう考える恵那にも甘粕さんの意見にも異論はない。が、どうも勘に障る。果たして件の元凶、本当に『無名の竜蛇』なのか?”

 

 怜志の直感に引っかかったのはその部分だった。

 夜叉ヶ池伝説に登場する龍の嫁『夜叉姫』。彼女の名の由来は後付けであるという説が有力らしい。或いはどこぞの寺の縁起に曰く、ある夫婦が池に沈み、夜叉と化したから夜叉ヶ池となった、などという別の由縁に由来するものだと聞くが、果たして『夜叉姫』なる存在は、本当に『無名の竜蛇』に通じる存在なのだろうか──。

 

「おっ、岐阜県に入りましたね。現場まではまだ遠いですが……」

 

 カーナビが上げる機会音声に対して、甘粕が反応する。

 目的地はまだ遠い。

 しかし、怜志は彼方の山麓の不穏な気配を感じ取った気がした。

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