神々、君に背き奉る   作:アグナ

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龍神伝説 Ⅲ

 静寂を破る様に、雨はしとしとと降っていた。

 名古屋駅から遠く目的地周辺に到着した怜志たちは、駐車場というより申し訳程度に整備された広場にも見える登山者用の夜叉ヶ池駐車場へと降り立つ。

 閉鎖されてるためか周囲には人一人の影も車も見受けられず、辺りにはただ雨音だけが寂し気に響いていた。

 

「……獣の気配もしないな」

 

「みんな隠れちゃってるんじゃない? 恵那たち人間よりも野生の動物は聡いからね。神様の気配を察して息を潜めてるのかも」

 

「成程」

 

 恵那の言葉に相槌をしつつ、怜志は改めて周囲の景色を観察する。

 ──一般に景勝地とされる夜叉ヶ池であるが、その場所は山の中である。

 周囲を山岳地帯に囲まれた夜叉ヶ池は標高にして約1100メートルの場所にあるため、車で向かうことが出来るのは怜志たちが今いる夜叉ヶ池登山口駐車場まで。

 此処から先は徒歩による登山になる。

 

 駐車場から見れば、先駆者たちが切り開いただろう山道が伸びており、そこから夜叉ヶ池まで向かうことが出来るのだろう。だが、道中は整備された道というより獣道のように登山者によって踏み固められた道である。腐葉土を踏み固めただけの細い道、左右に蛇行していることに加え、山岳地帯にありがちなアップダウンも激しい。

 事前に調べた限りでは道中では林道を抜けた先に渓流を横切り、夜叉ヶ池手前には百メートル以上にかけて岩壁に近い山肌を登る通称「夜叉壁」なる要所もあるという。

 

 挑むとなれば、それなりに熟達した登山者が登るような本格的なものになるだろう。散歩気分で向かうには些か厳しい立地だ。

 

「少しは装備を整えるべきだったかな?」

 

 誰に向けるでもなくぼそりと呟く。白いカッターシャツに黒いズボンと機能性のみに重きを置いた簡素な服装を見返しながら、そんな感想を今更ながらに抱いたのだ。

 

 が──隣に立つ恵那が学生服であることを思い出し、まあいいかと結論付ける。

 仮にも長袖長ズボンのこちらと違い、向こうはもろにスカートである。藪漕ぎが必要な程度に鬱蒼とした山登りを完全に舐め腐った格好だ。

 此処に熟練の登山者がいた場合、怜志諸共説教を喰らっていたことだろう。

 

「装備もそうですが、お二人とも傘も合羽も持ってきてないんですか? 恵那さんはともかく怜志さんまで?」

 

 本人分だけ持ち込んでいたらしい傘をさしながら、呆れたように甘粕が言う。

 

「恵那はともかくってどういう意味さ?」

 

「だって恵那さんは傘は邪魔だし、どうせ戦えば汚れるし、雨程度なら服が肌に張り付くのが鬱陶しいだけだし別にいいやって言うのでしょう?」

 

「よくわかってるじゃん」

 

「……はぁ」

 

 甘粕の言葉にからからと笑う恵那。

 流石に日頃から山籠もりをしている野生児は違った。

 ……とはいえ、怜志の方が恵那ほど野生に近くないし、そもそも目的地に到着する前に体調不良になるような未熟を好まない。

 戦において事前準備は必修項目。万全を怠る者に勝利など程遠く、かような愚か者に勝利の美酒は味わえまい。然るに当然、怜志は最低限の装備は持ち込んでいた。

 

「おん、ばどらや、そわか──」

 

 手品師のように何処からともなく取り出した呪符を指先に摘まむと、怜志は真言を謡いながら放り投げる。すると呪符が弾け、淡い光が怜志と恵那を包み込んだ。

 

「ありがとね」

 

「ん」

 

 簡潔に礼を言う恵那に頷いて返す。傍から見ていた甘粕がほうと感心する様に怜志へと話しかけた。

 

「今のは水天の?」

 

「ええ、水難除けですね。天国(うち)は鍛冶屋ですけど、火より水に縁があるので。本格的な修験道とまでは言わなくとも山岳信仰に基づく幾つかの呪法は身に着けているんですよ」

 

 加持祈禱──いわゆる修法は怜志が山中に入り行ってた頃に体得した呪術である。元々、山岳信仰に縁のある天国一族は鍛冶技能以外にも幾つかの呪術を修めているが、修験道は正しくそのうちの一つだ。

 仏に祈りを捧げ、様々な加護を借り受ける呪法は、山中に在って利便性に富んでいるため、本格的な呪術者ほどではないにせよ、それなりに使える程度には体得しているのだ。

 

「興味深いお話ですねー。鍛冶師と山岳信仰の繋がり自体は珍しくないですけど、水に縁があるというのはあまり耳にしたことが無い話です。……その辺り、時間があるなら聞いてみたいですけど」

 

「さて、時間があっても実際に語れるかどうか。何分、こちらは細々やっている『民』ですのでね」

 

「ははぁ……それはそれは」

 

 肩を竦める怜志に対して甘粕は苦笑する。

 暗に企業秘密ということだろう。

 

 ……昼行灯じみた様で藪蛇を嫌うと語る甘粕だが、とはいえ正史偏差委員会のエージェントだ。『民』を名乗る歴史に謎めいた天国一族の情報収集を欠くつもりはないらしい。

 ましてや清秋院と友好関係にある家柄とあれば、沙耶宮旗下の者として黙然としているわけにはいかないだろう。

 

 内心、やはり出来ると改めて評価しながら怜志はひそかに頷いた。

 

「んー! じゃ早速いこっか!」

 

 猫のように伸びをした後、恵那は怜志を誘う。

 相方の促しに怜志もこくりと頷いた。

 

「だな。……甘粕さんも一緒に?」

 

「いえいえ私は此処で待機ですよ。荒事は苦手でして。何だったら怜志さんも一緒にどうです? 恵那さん一人いれば何かあっても大抵どうにかなりますよ? ついでにその間で貴方の苗字と一族に関して聞かせられる部分だけでも少々語っていただけると尚嬉しいのですけど」

 

「ちょっと、甘粕さん? 恵那のなんだけど?」

 

「──と、言うことですし。元々、恵那の付き添いで此処まで付いてきているので、そちらに付き合いますよ。それと俺に語れることはそう多くはありませんし、大して面白い話も出来ないと思います」

 

「ははは、それは残念。なら馬に蹴られないよう私は此処で待ってることにしますよ」

 

 さして残念がる様子もなくヒラヒラと手を振る甘粕。

 やる気があるのか無いのか、捉えどころのない曲者の様に、怜志は軽く苦笑を覚えながら恵那に目配せをして、夜叉ヶ池を構える山道へと踏み出した──。

 

 

………

………………

…………………………。

 

 

「──で、実際どうするの?」

 

「ん?」

 

 歩き出して三十分ほどたった頃だろうか、唐突に恵那が口を開く。

 

 登山道の道中は悪路だった。

 事前に分かっていた山道の険しさに加え、長期に及ぶ雨で抜かるんだ足元は一歩踏み出すたびに、深く足を捕らえ、その上で滑りやすい。

 気をつけて歩かねば山中の崖下や沢の中に落下し、大怪我ないし致命的な事態に及ぶことだろう。

 

 そんな道を歩むのだから体力は当然、整備した道を普通に歩くよりも消費されていく。常人であればそろそろ息が上がってくる頃合いだろうが、生憎と両者ともに常人離れした身体能力を持ちながら山登りに慣れた超人である。

 息が上がる様子もないまま、暇つぶしに雑談する余裕があった。

 

「どうするとは?」

 

王様(・・)のことだよ。分かっているとは思うけど、すぐにバレると思うよ?」

 

「だろうな」

 

 恵那と口を合わせて隠した神殺し(カンピオーネ)としての身分だが、こんなものは長く隠し通せるものではない。そもそもオーストラリアでアレだけ派手に暴れたのだ。その内に外部の声にあてられて気づくであろうし、何だったら救出された万理谷家のご令嬢辺りが口を滑らせて認知されるかもしれない。

 なんせ、口封じも何もしていないのだ。遅かれ早かれ、怜志という神殺しの存在を委員会は認識するだろう。その上で……。

 

「何もしないさ。神殺しになったからといって日ノ本を背負う王になるつもりはないよ。俺は表向きはそこらにいる学生で、中身はただの度し難い剣鬼だ。国や組織を迎える度量も王器もないし、何より──」

 

「何より?」

 

「──面倒くさい」

 

「ぷ、くく……あはははははは!!」

 

 あんまりにアレな幼馴染の言葉に恵那は思わず、身を捩るほどに爆笑する。恵那が言えた口ではないが、真面目そうな少年に見えて、中身は恵那に負けず劣らず相変わらずの自由人であった。

 

怜志(・・)は昔からそうだよねー。見た目は恵那よりずっとちゃんとしてそうなのに、いざ話してみれば我が道を行くって感じの自由人で、戦うことに関して以外は割と細かいことに適当でいい加減なんだ」

 

 究極、刀一本あればどうにでもなると豪語する目の前の幼馴染は、王様になったことで寧ろそのマイペース振りに拍車がかかっているようだ。

 元々生まれる時代を間違えたかのような性分であったが、少なくとも身分の方がようやく相応しいところに落ち着いたお陰か、心なしか生き生きしている。

 

「そういうわけだから委員会での地位向上を清秋院が狙っているなら余所を当たれと祖母君には伝えといてくれ。少なくとも天国は隠者を脱するつもりはないとな」

 

「あ、それなら大丈夫。元々、うちは委員会の権益部分とは付かず離れずだし、あそこを取り仕切ってるのは沙耶宮だから今更深入りするつもりはないってさ」

 

「そうか、それは良かっ──」

 

「代わりに何でもいいからちょっと、王様の胤は貰って来いってさ。ほら、今なら王様って色んな意味でフリーだし、上手くすれば正妻の座も狙えるでしょう? 何処よりも先んじて王様の正妻って地位を押さえればそもそも委員会も何も関係ないし!」

 

「………………相変わらず、そちらの祖母君は女傑だな」

 

 孫娘にとんでもないこと言いやがると怜志は遠い目になった。

 

「まあ、祖母君のお言葉はともかく、今は件の夜叉ヶ池近辺の異変についてだ。これを何とかすることに集中するとしよう」

 

「そだねー」

 

 「あ、面倒くさくなって投げた」と恵那は気づいたが、言葉にはしない。取りあえず面倒くさそうな案件は明日に投げるというのは幼馴染のいつもの悪癖だ。そして大体は当日になって困っている。繰り返しているのに学ばない。数少ない彼の欠点の一つである。

 

「一通り甘粕さんから話は聞いたが……その上でそちらの感想は?」

 

「んー、やっぱりこの周辺に伝わっているっていう『夜叉姫』が異変の元凶じゃない? 人から龍に化身したっていう」

 

「だろうな。これだけ符号が揃っていて全く無関係な存在が飛び出して来たら逆に驚きだ」

 

 平安時代を思わせる十二単に身を包んだ人物。聞いたことのない生物の鳴き声。巨大な影。真っ当に考察を進めれば進める程、伝承に語られる龍の嫁に出たという夜叉姫の影がチラついている。

 此度の異変にかの逸話が絡んでいるのはまず間違いないと見ていい。

 

「問題があるとすれば──民間伝承に過ぎない存在が果たしてまつろわぬ神になりうるほどの起点になるのか、という話だが。その辺り、そちらの見識は? 呪術的な方面は俺よりお前の方が得手だろう」

 

「そうだね。絶対に無い!とは言わないけど、少し迷うところだねェ。何というかマイナーでも大丈夫っていうには限度があるようにも思うし、かといって王様が言う様に無関係とも思えない」

 

 マイナーな神格でもまつろわぬ神足り得る──それ自体は欧州にある賢人議会を中心にある程度、常識として考察されている。

 問題は件の夜叉ヶ池の伝説がそれに該当するかという話だが、幾らマイナーでもとはいえ限度がある様にも思える。山里に伝えられる初出不明の昔話ほどのあやふやな存在であろうと、果たして神話に語るまつろわぬ神足り得るのだろうかと。

 

 その疑念があるからこそ、委員会は対神獣でも太刀打ち可能な恵那に調査を依頼したのであろうし、昔話の領域を出ない話にまつろわぬ神が関連している可能性は低いと委員会が判断していることが分かる。

 

「王様の方は? そっちの方こそどうなのさ。態々聞いてくる辺り、甘粕さんたち程楽観的に見てないってことでしょ」

 

「そうだな、直感を言語化するのは難しいのだが……敢えて言うならちょっとやる気が出て来たという感じか」

 

「ありゃ、それは不穏だねー。じゃ、やっぱり神様がらみなのかな」

 

「分からん。故に聞いた」

 

「そっか……うん、じゃあ、こういうのはどう? 夜叉ヶ池の伝承そのものがまつろわぬ神として関わってるんじゃなくて。まつろわぬ神の方が何らかの形で夜叉ヶ池に関わっているんじゃないかってさ」

 

「ふむ?」

 

 恵那の考察に怜志が軽く首を傾げる。根拠のない別角度からの視点。

 だが、伝承に囚われすぎて見えていない角度からの切り口だった。

 

「成程、確かに。何らかの神話の一端が、地方の民話として語り継がれた……その可能性は考えなかったな」

 

「うん。車内で甘粕さんも言ってたけど龍神信仰って言うのは日本だと有名な話だからね。近くの里山を拝める近隣の村が、どこかしらから聞いてきた話を自分たちの昔話として取り込むとかありそうな話でしょ。流行神信仰って言葉もあるぐらいだし」

 

「ん、流行神信仰(はやりかみしんこう)? 初めて聞いたぞ、そんな言葉」

 

 恵那が口にした聞きなれない単語に怜志が首を傾げた。

 

「言葉のままだよ。一時的に信仰されて流行する神様のこと。時花神って書いてハヤリガミと読ませることもあるよ。ちなみに由来はパッと咲いて、さっと散る花に例えたんだとか、今でいうところの花火みたいなものかな」

 

「ほう、そんな信仰形態が」

 

 流行神信仰という信仰形式の始まりは言葉に反して極めて古い。

 例えば最も古い所で言うと、六四四年──飛鳥時代まで遡る。

 

 その昔に駿河国富士川辺、今でいうところの静岡県を拠点に大生部多《おおうべのおお》なる宗教家がいたのだが、彼は橘などの低木に付く蚕に似た緑の虫を祀ると若返り、富を授かるなどと言って、それらの虫を崇め、祀り、『常世の神』として吹聴した。

 

 やがて彼の言葉を信じた都の人々は、曰く『常世の神』だという虫たちを台座に乗せ、舞を奉納し、家財を喜捨して馳走を振舞い、歌い踊って富が訪れるのを待った。

 一人の宗教家が吹聴したこの話は、都のみならずあろうことか周辺地方にまで波及し、私財を投じて財産を失う者が続出したという。

 

 後にこの騒動は、事態を重く見た秦河勝によって鎮圧されるのだが、これは一種の宗教運動にまで発展した流行神信仰の一例だといえる。(ちなみに騒動を鎮圧した秦河勝は以後、「太秦は 神とも神と 聞こえくる 常世の神を 打ち懲ますも」と謳われ神格化された)

 

 流行神信仰としては他にも『志多羅神上洛事件』などで有名な志多羅神。天満天神として有名な菅原道真、怨霊として名高い平将門、狐の霊である稲荷など数多い。

 また恵比寿や大黒などの福神や、地蔵や病魔を体験した人々が病気平癒を遺言として死後祀り上げられる霊神・人神なども該当すると、流行神の種類は極めて幅広い。

 

 その理由は単純で、その時代、その情勢下においての人々の流行りが信仰に大きく影響しているからに他ならない。

 聖、巫女、行者、僧侶などの宗教家たちがその時に広めた信仰が、その時の人々によって爆発的に広がることで流行神は現れるのである。

 近年においては明治以降、日本において軍神が国家ぐるみで祀られていたが、これも軍国主義となっていた当時の風潮を背景にした流行神信仰の一種であると言えるだろう。

 

 流行神信仰、とは文字通りにその時の人々の間で流行っていた神格を指す言葉なのだ。

 

「何というか、我が国の大らかさを思わせる信仰だよねー。その辺りに煩い西洋の人が聞いたら卒倒するんじゃない?」

 

「確かに。神の扱いに関しては向こうとこちらでは深い溝があるからな。理解の外にある信仰形態であることには違いない……しかし、流行神信仰か、それは知らなかったな」

 

「ま、大体は流行が過ぎたらみんな忘れられちゃうからね。定着してもそれはそれで普通の信仰として扱われちゃうから、言葉自体が聞き馴染みないのは無理ないと思うよ。特に鍛冶屋のそっちはね」

 

「伊達に媛巫女はやっていないということか」

 

「勉強はあんまり好きじゃないんだけどねー」

 

 一通り話し終えると同時に藪を抜けて、景色が開ける。

 夜叉ヶ池の異変について考察を進めている間にどうやら主だった山道を抜けきったようだ。眼前に広がる傾斜は事前に調べた「夜叉壁」なる要所だろう。

 素人が運動靴で登り切るには中々にキツそうな斜面ではあるが、二人に関してはもはや関係ある話ではない。

 寧ろ視界が開けた分、蛇や毒虫を警戒する必要が無いため今までよりも楽ですらある。

 

「あと少しか……さて、鬼が出るか蛇が出るか」

 

「この場合は蛇が出るか、神様が出てくるかじゃない?」

 

「まあどちらにせよロクでもない事態が待ってるに違いないだろうな」

 

 発言とは裏腹に笑みを浮かべながら言い切る怜志。

 果たして、如何なる化外の障害が現れるのか。

 

 隠しがたい高揚を胸に、神殺しは龍神伝説へと踏み入った。

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