神々、君に背き奉る   作:アグナ

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龍神伝説 Ⅴ

 ──シャアアアアアアアアア!!

 

「……邪魔だ」

 

「いやあああああッ!!」

 

 顕れた九つの蛟を排した直後、新たに立ち上がる十六の首。水の身体を有する水流の魔たる蛟。先に討たれた仲間の仇をとばかりに、怜志と恵那に殺到するが、噛み溺れさせんと飛び掛かると同時にあっさりと首を刎ねられ、消滅する。

 正しく鎧袖一触。だが、その戦果を気にすることなく二人は背中合わせで油断なく敵に構え、互いの意識を確認し合う。

 

「方針は決まった? 王様?」

 

「ああ。取りあえず、雑魚を相手していてもキリがない。直接大本を叩きに行く」

 

「何か作戦はあるの?」

 

「いや、作戦らしい作戦はないよ。単純に正面から行って、斬る。とはいえ流石に霧は邪魔だ。恵那には文字通り霧払いを頼みたい」

 

「流石王様。まだ敵の姿も正体も見てないのに出たとこ勝負なんてね」

 

「不服か?」

 

「ううん。恵那も賛成、このまま防戦続きじゃ一方的にこっちの体力を削られるだけだからね。何処かで博打を仕掛けなきゃいけないのは恵那も分かってる」

 

 数体の蛟が鎌首を揺らして、会話を交わす二人の注意を集中させる。その隙に二人の視界外から音もなく忍び寄った一匹が突出し、二人を注意の外から奇襲する。が、油断なく構えていた二人はそれを視界の端で捉えて寸前で回避した。

 怜志は地を跳んで躱し、恵那は空へと身を投げる。

 分かれて躱す両者。蛟は一瞬だけ追撃に迷う動作を見せるが、すぐさまターゲットを空へ逃げた恵那へと向けて飛び掛かる。

 

 しかし──片方から注意を外したのは悪手だった。空へと向いた蛟の首には既に剣士が忍び寄っている。恵那へと向いた蛟の首、それを容赦なく下段から上段へ振り上げた神殺しの刀が刎ね飛ばす。

 

 恵那が着地する。同時に再びの背中合わせ。

 会話を交わしつつも戦闘にも意識を割く二人に隙は無かった。

 

「神殺しを前にして余所へ向くとはな。やはり所詮は仮初の生命、神の使いっぱしりか」

 

「……王様って歯ごたえが無い相手には結構辛辣だよね」

 

「そうか? 俺は普段通りのつもりなんだが……まあ戦闘中は気分が高ぶってるからそれも影響しているかもしれないな」

 

「うーん、そうかなァ……」

 

 恵那から見て本人が言うよりあからさまにつまらなそうな反応だったため、言葉に迷うが今は気にすることでもないだろう。相方の嗜好に関しては今更である。

 

「──にしても、確かに今のは妙だったかも?」

 

「妙? ……そんなに口汚かったか?」

 

「そっちじゃなくて水蛇の対応の方。今、なんで恵那の方を優先したんだろう? 王様がいるのに」

 

「さて、俺は合理的に空中で身動きを取れない方を狙ったのだと判断したが、他に何かの心当たりが?」

 

「特にないんだけど……少し引っかかってね。勘だけど」

 

「媛巫女の勘か。それは少し気になるかもな」

 

 恵那は剣士であると同時に神がかりという特異な巫術の使い手でもある本邦屈指の媛巫女でもある。そんな彼女の予感に引っ掛かりが過るというのは聞き捨てていい話ではない。神殺しという大敵を前にまつろわぬ神にとっては取るに足らない巫女の方を狙った。その事実は戦闘合理以外に何らかの意味を持っているのかもしれない。

 

“そういえば……先ほど確か”

 

 そこまで考えて怜志の脳裏に数瞬前の出来事が過る。恵那が怜志と合流するにあたって、彼女は一瞬だけ神剣の力を顕した。その時、水魔に任せて今まで沈黙を保っていたまつろわぬ神と思わしき存在は反応を見せていた。

 

“恵那の力に気づいて対応を変えたのか? 神殺しのような宿敵でもない神々にとっては取るに足らない巫女を態々? ……いや、恵那にというより恐らくその力にか。もしや、須佐之男に縁を有する神格なのか?”

 

 恵那の振るう力──思えばそれを司る根源も水に縁を有する神格だ。だとすれば水魔を操る謎の敵は須佐之男か或いは天叢雲劍に由縁のある存在なのかもしれない。

 怜志は敵の反応が、そのまま敵の正体に触れた可能性に気づいた。

 

「──王様?」

 

「いや、何でもない。……取りあえず、突っ込んでから考える。恵那、悪いが道をつけてくれ」

 

「了解! 出たとこ勝負だね!」

 

 正眼に刀を構え直す怜志の言葉に恵那は同調する様に頷いた。

 心配や懸念など欠片も見せない信頼感。それは単に相方の技量を知り尽くしているというだけではなく、似たような気質を有するからこその阿吽の呼吸であった。

 

 恵那にしろ怜志にしろ謀略や策略を張り巡らせ、可能な限りの万全を目指して振舞うというよりも、考えるより先に動き出してその場その場のアドリブで対応する前がかりを好む。状況が動くより先に、状況を動かすことに主眼をおいているのだ。

 

 故に余分な言葉も行動も必要ない。やるべきことは簡潔に。今の己が選び取ることの出来る最善を。

 

「──しめぢか原の朝霧に、たびのたもとを濡らしつつ……那須のしの原はるばると、けう白河の関越えて……行って! 王様!」

 

「任された──いざ、参る……!」

 

 言霊を唱えた恵那の身体に微小ながら神威が宿る。

 彼女に太刀を与えた神霊、須佐之男命の霊気。

 それを自らの肉体に降ろしたのだ。

 

 同時に、怜志が一直線に駆け出す。目指すは蛟の郎党──その背後に控えているだろうまつろわぬ神の下へ。

 

 ──シャアアアアアアアアア!!

 ──シャアアアアアアアアア!!

 ──シャアアアアアアアアア!!

 

 それをさせじと殺到する蛟の群れ。一騎掛けで孤立する無謀な神殺しを数の暴力で圧殺しにかかる。だが、脅威を前にしても神殺しに何ら動揺は見られない。

 

「貴様らの挙動は既に見切っている──然るに」

 

 風が吹いた。局地的に台風が襲ったかのような激しい暴風。それは辺り一帯に立ち込める湿気と霧をまとめて搔っ攫うように吹き荒れる。

 視界が晴れる。確と視界に捉える蛟の群れを、怜志は観察し、予想し、計算し、見定め、次の瞬間に刀は雲間に見る雷影の如く(はし)った。

 

「退け。小雨にもならん」

 

 疾風迅雷と奔る一陣の影。その背後で蛟の首が悉く落ちていく。

 自身の戦果を確認することもなく疑うこともなく、怜志は前へと踏み出す。

 眼前には濃霧に覆われていた夜叉ヶ池の水面、そして遠間に見る、神殺しとしての本能を揺さぶる人影。

 

「アレか」

 

 池の浜辺から見ておよそ二百メートル。躊躇する様子もなく怜志は踏み込み、水面に足を伸ばす。それと同時に片手に刀を握ったまま器用に結印。

 龍索印──流れるような動作で結び切ると呪文を唱える。

 

「なうまく・さんまんだ・ぼだなん・ばるなや・そわか!」

 

 謳いあげるは水天の真言。

 旱天には慈雨が降り、長雨にあっては即座に止ませる。

 水天に捧げる修法。その印言と言霊。

 

 効果は水面に踏み出した足に現れる。

 そのまま物理法則によって沈むと思われた怜志の足が沈まない。どころか波紋を立てて水面を踏みしめてみせた。水天が司る加持の一つ、航海安全の福を利用した水上歩行法。泳ぐまでもなく、怜志は水面を蹴って獲物へと一直線に駆け抜ける。

 

 三秒と掛らず獲物に駆け寄り、正眼の姿勢から刃を振り上げ強襲する怜志。

 が……振り抜く寸前、僅かに刃の殺気が揺れる。

 思いがけぬ正体に怜志の殺意がブレる。

 

「子供──……?」

 

 微かに目を見開く怜志。彼の瞳に映る影は口にした通り、どう見ても子供のそれだった。

 

 衣装は目撃証言通り十二単。だが、青色を主軸にした豪奢な衣装に身を包む姿は予想していたものとはあまりにも異なっていた。

 男のそれとは明らかに異なる華奢な体格、撫でやかな肩、瑞々しい肌感。日本人らしい純黒の髪は足元近くまで伸びており、その嗜好は女性の特徴(イメージ)に一致している。

 

 しかし、その背丈は怜志の腰ほどまでしかなく、髪間に見える幼い顔立ちは可憐であるものの未だ女性らしさを発揮するに至らず、性差の特徴が生み出す肢体の起伏も存在していない。身体的な年齢は恐らく二桁よりも下だ。

 

 故にその見目は美少女と言われればそうとも思うし、美少年と言われればそうとも信じられる。幼年期特有の可愛らしさ、美しさ。

 美形であるのは間違いないが、その美しさは性別に寄るものではなかった。身体的な特徴から一目で性別を看破するのは難しいだろう。

 

「そういうことか……!」

 

 事ここに至って、理解する。

 十二単などとあからさまな衣装に身を包んだ相手を目撃者は何故、性別不明であると判断していたのか。その答えが眼前に在った。

 

 ……神殺しとしての直感が敵は間違いなく『まつろわぬ神』であることを訴える。だが、視覚情報として入ってくる敵影が、現代倫理観を良識として残す怜志の刃を僅かに鈍らせた。

 人としては正しいだろうその価値観──しかしそれは神々と渡り合うには致命的な隙として現れた。

 

 躊躇の代償を怜志は受ける。

 

「無粋──今は貴方の如き(けだもの)を相手にしている暇はないのです」

 

 容貌通りの幼い声──春を歌うような愛らしい声音に嫌悪を乗せて幼女がバッと何処からか取り出した扇子を振る。

 虫を払うような何気ない動作だが、齎したものは単なる嫌悪で済まされなかった。

 

「ごぼッ───!?」

 

 怜志の足元が弾ける。まるで間欠泉のように噴き出す水の柱。それは螺旋を描きながら怜志を巻き込み、その呼吸と視界と平衡感覚を奪い去る。

 水流に成すがままにされる藻屑の如く白濁した水流に成す術なく振り回される怜志。水の柱はそのまま三十メートルほどの高さにまで達し、捕らえた怜志ごと、水面に勢いよく叩きつけられる。

 

“ガッ──ハァ────!?”

 

 まともな受け身も覚悟も出来ぬまま水面に叩きつけられる怜志。五体がバラバラになるかのような衝撃を総身に受け、水を飲んで悲鳴も上げられぬままに水中へと落ちた。

 

“ま──ず──……!”

 

 ……最深部でも夜叉ヶ池の水深は八メートルにも届かない。怜志の身体能力と呪術技能を用いれば軽く脱せられるほどの水深である。

 だが、敵は明らかに水神由来のまつろわぬ神。そんな相手に水中戦など悪手も悪手だろう。この環境下でも支障なく戦えるなどと言えるほど怜志は傲慢ではない。

 

 すぐさま脱出を──そんな試みはお見通しだとばかりに怜志の背筋に悪寒が宿る。

 

“来る──!”

 

 本能的に刀を振るう。水圧の妨害で刃の冴えは地上のそれの半分以下だが、それでも神殺しとしての超人的な身体能力と神殺しにまで至った神域の武芸が、極限状態においても一定の戦果を発揮する。

 刃が見えない何かに触れ重くなる。次瞬、怜志を通り越した何かは池底に直撃し、まるで刃で切り裂かれたかのように抉れる。

 

“……水圧斬撃(ウォーターカッター)か!!”

 

 いわゆる加圧した水の勢いで物質を切断する細い水流である。原理的に考えれば水中でそれを生み出すことなど出来まいが、どうやらそんな常識は神様には通用しないらしい。金剛石すら削り切る水の猛威が怜志を襲う。

 一撃、二撃と続く攻撃を何とか刃で払いのけるが、怜志の表情に余裕はない。

 

 当然だろう。水中では水の刃はほぼ不可視。僅かな水の流れの違和を捉えて弾くのは怜志をして長く続けられる所業ではない。加えて場所が水中とあっては上下左右、全方位に気を配っていなければならないのだ。

 とてもではないが、続けられるものではない。

 幾ら紙一重の戦に慣れていると言っても限度がある。

 

“やはり、水中では勝ち目がない──なら”

 

 水面を睨む……術や体技を使えば抜け出ることは可能だろう。しかしこの場の離脱を図るこちらをみすみす逃す相手でもないだろう。水中はあちらの領域、この場で起こる全てを向こうは把握しているだろう。

 ならばまず間違いなく水上に躍り出た直後、怜志は狙い撃ちにされる筈だ。かといってこのままこの場に留まってもまず間違いなく勝ち目はない。

 

 離脱は前提──その上で、この環境を得手とする相手の予想外を突いて抜け出す必要がある。

 

“そうだな……此処は大雑把に力業で行くか”

 

 刀の柄を握る両手に力を込める。瞑目、集中、練気──内に眠る呪力を起こし、渾身の力を刀に宿す。

 

 こちらの動きに不穏な気配を悟ったか、怜志を四方から縄を投げて取り囲むように水圧斬撃が迫りくる。回避は不可能、直撃すれば真っ二つだ。

 開眼──肺に残された僅かな酸素を手繰り、水中に言霊を吐き出す。

 

「“のうまく・さらばたたぎゃていびゃく・さらばぼっけいびゃく・さらばたたらた・せんだまかろしゃだ・けんぎゃきぎゃき・さらばびぎなん・うんたらた・かんまん!”」

 

 赤熱する霊刀の刀身。不動明王の修法によって託された火界咒が刀を燃やし、さらにはその周囲の水をも急速に熱し上げる。突如として煮えたぎる刀の周辺の水は忽ち熱湯と化し、さらにはぐつぐつと不気味な水泡を作り出す。

 悲鳴のように音を上げて蒸発していく水。急激な気化と膨張。

 

 ──水中から抜け出すのでは脱出の瞬間を狙い撃たれる。

 であれば──。

 

「諸共消し飛べ──!」

 

 水蒸気爆発。天地をひっくり返すかのような轟音と衝撃が周囲の何もかもを吹き飛ばし、怜志を再び水上へと押し上げた。

 

 

………

………………

…………………………。

 

 

「こほ……げほ……!」

 

「生き汚い獣……そのまま溺死してしまえばよろしかったのに」

 

 何とか水中から抜け出し、片膝を突いて噎せ返る怜志に降りかかってきたのは嫌悪に濡れた辛辣な声。軽く顔を上げれば案の定、そこには例の幼女姿のまつろわぬ神がいた。

 

「ごほッ……生憎と、手段が残されてる限りは、諦めるような真似を、する程、物分かりは、良くなくてね」

 

「……立場を弁えず神の選択に逆らうとは。正しく愚者ですね、エピメテウスの忌み子。その身は悟りを得るにはあまりにも罪深く、我執に塗れている。本当に汚らわしい」

 

「命を脅かされて無抵抗でいる程、奴隷根性は身に着けていない。貴女方が例え森羅万象の化身たる神々であったとしてもこちらの営みを侵略するならば排除するのみだ」

 

「それが不敬だというのです。我らの言葉は即ち決定なのです。それに逆らうということは神への叛逆であると心得なさい」

 

 会話で時間を稼ぎつつ、呼吸を整えた怜志は刀を握り直して立ち上がる。

 目立った外傷はないものの、身体の節々が痛む上、耐えかねるほどの倦怠感が鉛のように全身に圧し掛かる。先手で受けた打撃に加え、慣れない水中での対応。目に見えた傷はないが、それ故ゆっくりと巡る毒のように疲労が怜志を鈍らせる。

 

 ──権能は起る気配を見せない。

 

 やはり単純に損傷(ダメージ)を負うだけでは意味が無いのだ。怜志に死線を覚悟させるに相応しい強敵。挑みがいのある、殺すだけの価値がある首級。たとえ相手がまつろわぬ神という強大な存在であろうとも、それ無くしては戦の高揚は得られない。

 

 その点、目の前の幼女は怜志との相性が最悪だ。

 見目もそうだが、幼気な容姿に似合う無垢な嫌悪は、許しがたい敵対者へ向ける敵意というよりは排して当然の野良犬に向けるような嫌悪感、忌避感の類。

 そこには戦意より排他精神が先行しており、戦に対する愉悦も高揚も存在していない。あるのはただただ冷え切った不倶戴天。

 

 この相手には盛り上がれない(・・・・・・・)。怜志は本能的にその事実を悟った。

 

「……ふん、決定か。有言実行を謳う割には律儀に対応してくれるのですね。俺を相手取る暇はないと仰っていましたが、貴女方の決定も存外軽いようだ」

 

「貴方を相手にしているのではなく、迷い生きる衆生を導くものとして、道理を説いているに過ぎません。尤も、如何な我らの高尚な言霊も獣風情には届かないようですけれど」

 

「ああ、生憎と戯言をまともに取り合うほど物分かりが良い性格をしていないのでね」

 

「そうですか。学びの研鑽をも欠くとは如何にも愚者らしい。やはり貴方方をまともに相手取ることそれ自体が無駄な時間のようです」

 

「ならば力づくで俺を排するか? 手弱女風情が俺の刀に届くとは思えないがな。先の一幕が本気というなら、そちらの器もたかが知れている」

 

「……つまらない挑発(誘い)ですわね。何やらこちらの戦意を煽りたい様子ですが、生憎と貴方のような汚らわしい獣に律儀に付き合うほど私は慈悲深くはありませんので」

 

 冷徹な視線を向けたまま、怜志の言葉を切って捨てる幼女に、内心で思わず舌打ちをする。言葉で誘ってみたがやはり乗ってこない。

 如何にも舐められた態度に憤りの感情を微かに覚えるが、それはどちらかというと相手にされないことに対する苛立ちの類。

 

 どうやら侮辱に対する反抗心は、両者の感情の溝を埋めるには足りぬらしい。

 

「それに今は獣風情などどうでもよい。私が求めるもの、私が逢瀬を願うものはたった一人──嗚呼、間違いありませんわ。貴方様はすぐそこいる」

 

「……? 何のこと──っち、また使い魔か!」

 

 怜志の挑発を素気無く断りながら、意味深な言動を囁く幼女。

 その言葉に怜志は疑念を抱くが考察している暇はない。十二単の幼い貴人を守る様に立ち上る二十三柱。水流の身体を持つ蛟が再び顕現し、怜志を囲い襲う。

 

 既に対応に慣れた怜志は数が増えようとも蛟の群れを簡単に捌くが、攻撃はそれだけでは済まされない。こちらに視線を向けないままに、幼女の周辺に渦巻く細い水流。それはやがて鞭のようにしなりながら勢いよく怜志に向けて叩きつけられた。

 

「水中で見た水の刃か……!」

 

 視認できる分、対応は堅い……そう踏んで刀で受けた直後、自らの判断が楽観であることを怜志は諭された。

 

「なっ……!」

 

 霊刀に水の刃が食い込む……怜志が予想したよりも遥かに水斬の切れ味は尋常ならざるものであったのだ。それこそ水中で見た時のそれと比較にならないほどに。

 水中という場は怜志の刀の切れ味を落とさせたが、それはあちらも同じだったらしい。

 

「くっ……!」

 

 己の失策を自覚するが既に遅い。怜志は不利を即座に認め、刀を放棄して離脱を図る。その刹那の反省が怜志に命を拾わせる。

 怜志が離脱するのと同時に、真っ二つに切り分けられる霊刀。

 神の権能を無きままに振るえば、どれほど技量に卓越しても物理的な限界には逆らえないという事実を証明した。

 

 ──シャアアアアアアアアア!!

 ──シャアアアアアアアアア!!

 ──シャアアアアアアアアア!!

 

 無手となった怜志に蛟たちが殺到する。

 怜志が再び刀を形成するより早い仕掛けだ。こうなれば怜志が選べるのは回避一択だが、四方を取り囲むように包囲して迫る蛟たちから逃れる隙間などありはしない。

 

「呪術のみで対応できるか……!?」

 

 残された最後の手段である呪符に手を掛け、自らに問う。

 身につけた呪術はどれも並み程度の術式、補助以上の役には立たぬモノばかり。怜志の本職はあくまで剣士であり、刀剣鍛冶師。突出する二つのスキルを除けば、能力は平均的な呪術者の範疇だ。

 神殺しとしてのずば抜けた呪力を使用すれば、ある程度はカバーできるが、抜きんでた呪力は相手も同じ……。

 

 敵は既に眼前。迷っている暇はない。

 怜志は覚悟を決め、慣れない呪術戦に飛び込もうと呪を込める──。

 

 そして、一陣の神風が吹いた。

 

「──王様!」

 

「恵那か!」

 

 こちらの状況を察してか、危険を顧みず飛び込んでくる媛巫女。振り下ろした天叢雲劍は暴風を巻き起こし、防波堤のように迫る蛟たちの侵攻を阻んだ。

 

「今の内に!!」

 

「分かっている──! 八重垣作るは天国の刃、神州正気凝って百錬、鋼を以て動天地異、治め奉る!!」

 

 相方の呼びかけに声を返しながら怜志は懐から霊刀の玉鋼──日緋色金を取り出して拳を打ち付け、再び霊刀を形成する。

 

「ハッ──!」

 

 裂帛の気合を吐き出しながら打ち放つ居合切り。

 暴風ごと堰き止められる蛟の首を悉く落とし切る。そうして脅威を根こそぎ斬り落とした怜志の隣に恵那が軽やかに並び立った。

 

「結構追い詰められてたみたいだから割って入ったけど……余分だった?」

 

 そう聞いてくる割には少しだけ悪戯っぽく、得意げに微笑む相方の姿に怜志は思わず苦笑する。神殺しになった怜志に対して、相も変わらず物怖じのない幼馴染に、怜志もまた変に取り繕うことなく、言葉を返した

 

「まさか。事実、少しばかり追い詰められていたからな助かったよ」

 

「そう? それなら良かった」

 

 礼を言う怜志に恵那は短く笑いかけると、続けてその視線をまつろわぬ神に移した。怜志もまた、それに倣って刀を構えなおし、敵を眼前に相対する。

 感謝も大事だが、依然此処は死地なのだから。

 敵は未だに無傷のまま健在──その上、こうして恵那まで参戦してきた以上、此処より先はさらに繊細な判断を求められるようになる。

 

 だが──。

 

「………………嗚呼」

 

 肝心の敵は、何故か呆然とした様子で隙だらけのまま。

 

「………………ようやく会えましたわね、貴方様」

 

 戦場を忘れたように、目元を涙で濡らしながら、恵那を見ていた(・・・・・・・)

 

「え────?」

 

 突然の名差しに恵那が固まる。それは怜志も同じだ。敵はまつろわぬ神、人間など気にも留めない高き在り方をする者たち。如何な相手が神がかり巫女とて、神殺しほどに彼らが注視するはずもなく──嫌な予感が、怜志に背筋を撫でた。

 

「引け、恵那! 何か不味──」

 

 相方に警告を叫ぶ──その忠告は一歩遅かった。

 

 

「──八雲立つ(・・・・)出雲八重垣(・・・・・)妻籠みに(・・・・)八重垣作る(・・・・・)その八重垣を(・・・・・・)──」

 

 

 まつろわぬ神が囁く、あまりにも聞き馴染みのある呪歌。

 刹那──鋼の刃が怜志を袈裟切りに切り裂いた。

 それを成した者に対して怜志は驚愕に目を見開く。

 

「恵、那──?」

 

「─────」

 

「嗚呼──お逢いしとうございました。牛頭天王(・・・・)様」

 

 鮮血の花を咲かせ、膝を突く神殺し。

 耳朶を打つ幼女神の言葉が、敵の正体と、相方に降りかかった異変の全てを説明した。

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