おかしい。お盆に連日五話ぐらいぶん投げて後はエタっかなーとか思ってたのに、これ全然間に合わんぞ……。
秋葉か? 秋葉原が悪いのか?(多分違う)
ガツガツモグモグムシャムシャ──。
食事という行為を眺めること約三十分。
締めのスープをアロハシャツの不審者が飲み干したタイミングで、退屈そうに肘をついて食事風景を見守っていた少年は口を開いた。
「満足いたしましたか」
「そりゃあもう! 大満足さ! いやあ助かった助かった君は僕の恩人だよ! えっと……」
「
「あははは、不審者とは酷いなあ。僕はサルバトーレ・ドニ。サルバトーレでも、ドニでも、もしくは親しみを込めてトトとでも呼んでくれ。僕が此処に居る理由は、僕よりも強い奴に会いに来た、かな?」
「そうですか。では貴方のお眼鏡に叶う凶悪犯に会えることを祈ってます。自分はこれで」
淡泊に言い切ってレイジ・アマクニ、否、
まして食事に与る身で在りながら遠慮知らずに日本円にして三万円ほどの飲食をする豪胆な青年に対して示す礼儀はない。
塩対応のまま呆気なく立ち去ろうとする怜志。
だが、立ち去る彼を再びサルバトーレ・ドニが止めに掛かった。
「うわあ、待って待って! 酷いじゃ無いかレイジ! そんなあっさりとさぁ! 僕にだって一応、一宿一飯の恩義を感じる心だって無くも無いんだ! 君の人捜しとやら僕も手伝ってあげようじゃないか!」
「いや別にいりません。自分は自分で頑張りますので、貴方も強い奴探し、頑張ってください。雀の涙ぐらいは応援しておきます」
「んー、取り尽く島もないって奴だね! 僕、君にそんなに邪険にされることしたかなぁ? アンドレアの奴にはよく馬鹿だの阿呆だの言われるけど、今のところは馬鹿なことも阿呆なこともしてない筈なんだけどなぁ……」
「なるほど。貴方の中では初対面の、それも年下であろう初対面の少年に無償で食事を提供させることは馬鹿なことでも阿呆なマネでもないと」
「困った時はお互い様だろう? 君は僕を助けた。そして僕は今から君を助ける。ほら、お互い様だ!」
「凄まじく一方的ですね。貴方の友人とやらの苦労が窺えます」
ふふんと鼻息を鳴らすドニと対照的に、怜志は無表情のまま淡々と言葉を返す。
次いで彼は店員を呼びつけ、手早く会計を済ませると、ドニを置いてさっさと店を後にする。
何故か当然といった様でその後ろをドニが追従する。
「あの、ついてこないでくださいませんか?」
「冷たいなぁ……君と僕との仲じゃあないか!」
「恩人と乞食という関係でしたら、今しがた関係は終わったはずですが」
「いやいやそうじゃないさ。──君、
意味深な言葉を受けて怜志の足がピタリと止まる。
それに合わせてドニの足も止まる。
無表情なままの怜志と薄ら笑いを浮かべたままのドニ。先ほどまであった異国で知り合った知人という雰囲気が一瞬で凍り付いた。
剣呑な緊張感が両者の間でぶつかり合う。
「──なぜ?」
「そりゃあこれだけ殺気をぶつけても柳のように受け流されていたんじゃ、ねえ? それに初めて声をかけてから此処まで君は一切油断していないだろ。今、この時も」
「殺気うんぬんはともかく。貴方のような不審者を前に油断する人の方が少ないと思いますが」
「かもね。でも僕が斬りかかろうとして隙を見いだせない相手なんて早々居やしないよ。察するに君も剣を使うのかな? 間合いの取り方が上手いし」
「……はぁ、そういう貴方も大概ですけどね。無拍子なんて、教え習った剣術ではそうはならないでしょう。恐ろしい才能です」
言いながら怜志はドニの方へと振り返る。
今まで適当にあしらっていた怜志はその時、初めて真っ向からサルバトーレ・ドニという男の顔を見返していた。
「一応聞いておきますが、人攫いなどにご興味は?」
「今のところ無いね。必要ならするけど僕は人を攫ってどうこうする趣味は無いよ。でも戦いたい相手を振り向かせるためならするかもよ。今回、君が追っかけているだろう相手と同じく」
「……知っているんですか?」
「いや、知らない。会ったことも無い。けれど僕の師匠が言ってくれたんだ。お前のような馬鹿と互角に戦える相手は同類ぐらいだろうってね。君と会って分かったよ。うん、確かに。これなら満足できそうだ」
「最初から呉越同舟が目的だったと」
「お腹が空いてたのはホントだよ? でもこうして出会えたのはきっと僕たちの運命さ。何となく今日は良い出会いがある気がしたんだ。直感だけどね」
「傍迷惑な直感ですね。しかも、よく当たりそうです」
本日何度目かになる嘆息を怜志は漏らす。
両者にのみ通じる会話、両者にのみ通じる共通認識。
それを通して、怜志は幾つかの算段を脳裏に奔らせ、止める。
どうあれこうして出会ってしまった以上、なるようにしかならないだろう。お互い計算通りに動ける人種じゃ無い事を怜志もまた自身の直感で悟ってしまっている。ならばどうするべきか、どう動くべきかは明白だった。
「──貴方は何者ですか?」
問う声は人名ではなく正体を語れというものだ。
その問いにニヤリと、サルバトーレ・ドニと名乗った青年は笑う。
心底楽しげに、少しだけ芝居がかって言葉を返した。
「──僕はドニ。サルバトーレ・ドニさ。神様を殺して、形だけだけど一応、イタリアで王様をしているよ。世界で六番目の“
「──自分は天国怜志です。実家は鍛冶職兼剣術家。一月ほど前に神様を殺して王様になった。世界で七番目の新人ですよ」
己が正体を明かし、相まみえる二つの王冠。
“
決して交わらぬ不倶戴天にして同類同族。
後に何度となく激突することとなる『剣の王』と『仁王』。その関係は敵を同じくする所から始まったのだ。
☆
──世界には多くの神様が存在する。
神話、民話、伝承、伝説、物語、叙事詩……。人の歴史に寄り添うように神々は常に人の世界に偏在し、時として幸福を、時として試練を、時として災いを齎す。
太陽神、地母神、天空神、月神、海神。呼び名は様々あれど、彼らは人の上に立つ超常の存在としてこの惑星で最も栄える霊長類、即ち人類の傲慢と増長を嗜め、良く在ることを戒める。
お天道様が見守っている、とは万物を神宿るモノとして見なす八百万の神話を語る極東の言葉であるが、世界中で語られる神々というものは実際、そういうもの。
見えず、会えぬ存在ではあるが、人々は自身を戒めるため、或いは心身の安寧を求め、祈るのだ。
それが神というモノの在り方。
沈黙の存在でありながらも荘厳なまま彼らは名と共に人類史を見守り続けている。
しかし──この世に長く在るものは往々にして歪むモノ。
それは神話、神々ですら例外では無い。
例えば遙か紀元前より信仰を持ち続ける宗教の信徒たちが神の名をタブーとしてきた末に、その神名を忘れてしまったように。時の流れは最初の形を歪ませてゆく。
永遠などと言うものはこの世に無く、不老不死たる神ですら、例外では無い。その中には時代に迎合するための歪みもあれば、そもそも信仰の根幹すら歪ませるものであったりと、良きモノも悪しきモノも存在しているだろう。
そして……その歪みの中に、人々へと厄災を振りまくものが存在していた。
それこそが。
「──まつろわぬ神。何らかの要因で地上に顕現した神々が、地上を流離う過程でまつろわぬ性に取り込まれ、歪んだ存在。或いはより原初の天然自然に近づいていった存在、というべきか」
流れていく都会の景色をタクシーの後部座席に座り、茫洋と眺めながら怜志は淡々と言う。
ドニの食事の面倒を見たせいで予定していた公共交通手段の時間に間に合わなかった結果である。当然タクシー費用は、態々二人分の乗車費用を面倒見ることになった。
「そうらしいね。僕はそういうのよく分かんないけど」
しかし、此処まで悉く金銭面で
……曰く、イタリアの王様らしいので向こうの責任者に後で諸々経費を叩きつけてやろうと怜志は心に決めながら、ドニの適当極まる言葉に反応する。
「分からないって、貴方も神を殺して短いのですか?」
「んー、一番の新参かっていう意味ならそうだよ。君と会うまで少なくとも僕が一番新しい神殺しだって聞いていたし。実際、神を殺した時期も君とそう変わらなそうだしね。歳は僕の方が上だけど」
「そうなんですか」
「うん、それに僕って剣以外はからっきしでね! 神とか魔術とかそういうのには疎いんだよ」
「……ああなるほど、貴方は如何にもそういうのには無頓着そうだ」
てっきり先輩らしい存在なので自分よりかは「そういう事情」に詳しいのかと思ったが、案外そうでも無いらしいと怜志は頷く。
実際は従者や師からも魔術に関連する知識をドニは一通り与えられているのだが、戦いに余り関係ないということでその殆どを聞き流していたというのが真実である。
とはいえ、ドニのことをこの時点において、常識的な範疇における馬鹿と評価していた怜志は、この瞬間には思い至らなかった。
「なら貴方を頼って人捜し、とはいかなそうですね。例の魔王は神々を呼び込むために巫女を攫ったと聞きます。まつろわぬ神に関わる足跡を追えば自ずと至ると思っていましたが……そちらに心当たりはないのですか?」
「ないよ。というかさっき言っただろう? 僕も今回初めて魔王の顔を拝みにいくんだ。というか実のところ同類に出会うのも君が初めてでね! 君を見て納得したよ、うん、師匠が言ってたことは本当だったんだねぇ」
「相手が務まるのは神様か同類かって話ですか。まだ手合わせもしてないのに分かるのですか?」
「そりゃあ当然だろ? ていうか君も分かって言ってるでしょ。僕は剣しか使えないけど君は中々、器用そうだねえ。察するに武器なら何でも使えそうだ」
「…………」
実に楽しそうに言うドニに、怜志は無反応を貫く。
敵になり得る存在に手を隠すという意味もあるが、そもそも戦いに関わることをみだりに明かすことを怜志は好まないのだ。
しかしドニの言葉は流石同類と言うべきか真実を言い当てていた。怜志が得手とするのは剣術と弓術だが、神を殺して以降は槍や体術など学んだ覚えの無い武器や技も直感的に扱えるようになっていた。友人曰く、神々から奪った権能の一端だろうと聞かされている。
「……そういう貴方は特に剣に特化していそうだ。それだけしか出来ないわけではないのでしょうが、剣に拘りを持っていると見えます」
「何だ君も分かってるじゃ無いか。どう? この後一緒に決闘とかしてみない?」
「やりません。俺が此処を訪れているのは友人の朋友を助けるためです。少なくとも約束を果たすまでは、別の要件に関わるつもりはありませんよ」
「そっか、なら用事をさっさと終わらせて戦おう。何、多少疲れても二日、三日休めば決闘ぐらい訳ないだろ?」
「──ちゃんと話を聞いていたか? 俺は断りを述べた筈なんだが?」
「勿論! 一言一句聞いていたとも。君は約束を大事にするんだろ? ならキチンと約束すれば僕とも戦ってくれるってことだ」
「──抜けてるようで賢い人だ。道理で、出会い頭に斬りかかってこないと思ったら」
「あははは! まあこれから先輩に挑むのも捨てがたいって理由もあったけどもね。君は付き合いが良さそうだから、どうせならせっかくの機会を存分に使わせてもらうって話さ」
「なるほど」
怜志はコクリと小さく頷く。ドニの言う通り、怜志は約束と道理を大切にする。少なくとも先に友人との約束がある以上、例えドニがいきなり斬りかかってこようが何してこようが決してまともに取り合うつもりは無かった。
だが、もしも先約が無い上でドニが挑みかかってくるようなら怜志は受けていただろう。何故ならば嘗て誰かが言っていたのだ。“神殺し”は同類であっても仲間では無い。
戦うことがあっても、それは『獣』としての闘争本能から来る当然の習性なのだと。
それに第一、人から真面目な堅物だと思われがちな怜志であるが、長らく剣道を嗜み、大会経験もある程度には武道の道に入れ込んでいるのだ。
目の前のサルバトーレ・ドニほど無軌道では無い者の、卓越した使い手から挑まれて感情を動かさないほど冷めてはいない。いや、寧ろ。
「──光栄な話だ。神々すら両断した剣の使い手と手合わせ願えるとはな」
「へえ……なんだ、やっぱり君もノリがいいじゃないか」
チリッと両者の間でまたも火花が散る。
ドニと怜志の利き手が僅かに虚空を彷徨い、何かを求めるように動いた。
しかし次いでドニはにへらと笑い、怜志は瞑目し、小さく息を吐く。
「おっと、楽しみは後で取っておかないとね。普段ならともかくメインディッシュを味わう前にデザートを食べるわけにはいかないからねぇ」
「よく言う。順番なんかそんなに気にしないだろう貴方は。しかしまあ、目的地はもうすぐです。今に此処で戦い始めて無駄な消耗をするのはお互いに本望では無いでしょう」
仲が悪いのかそうでないのかイマイチ判別のつかない二人はそのまま示し合わせたように、闘志を身の内へと収める。
──空港近隣の飲食店で食事を済ませ、タクシーを捕まえてから既に二十分。人捜しのためにと怜志が見定めた最初の捜索ポイントはもう目の前であった。
「此処です。降りましょう」
相変わらず淡々とした口調で怜志はそういうと慣れた様子で運転席に座る運転手に言葉をかけ、会計を済ませるとドアを開けて車外へと降りる。
その後に遅れまいとドニも手元のアイスをぺろりと食べきり、後に続く。
「ところでさ。ここ何処?」
「今さらになって聞いてくるのか……まあ良いです。サルバトーレと同じく自分も神を殺してから早々時間は経っていません。魔術やら『まつろわぬ神』やら『神殺し』やらと色々聞いていますが、詳しくは無い。──だが所謂、そういった『裏の実状』は知らずとも表の世界に語られるオカルトなら、少々知る所がある」
ドニとは違い、真面目で努力家、かつ知勇問わず研鑽を欠かさない怜志ではあるが、それでもいきなり“神殺し”などという存在になったのだ。
自分に起きた変化、世界の裏側にあった非現実的な話、その全てを受け入れたわけでは無いし、まだまだ知らないこともある。
しかし、それでも魔術や神様など、そういったモノを崇め奉る組織や宗派は一通り頭に入れているし、神秘やオカルトに傾倒する存在も一般常識の範疇に収まるモノであれば知っている。
「陰謀論者でもなし。何でもかんでもが裏の事情に繋がっているとは思わないが、それでも蛇の道は蛇という。オカルト話を追求するならオカルトに飛び込んでみれば良い」
そう言って怜志が見上げるのはシドニーの街の一角に佇む一棟のビルだ。
どうやら特殊な建築構造をしているらしく、上部からどっしりとしたコンクリートの外壁から中央まで下っていくと、ビルの下部はまるで砂時計のようにくびれている。
そして尻すぼみになった部分を台座のように一階の屋根に当たるコンクリートが支えているという何ともアンバランスな構造だ。
頑丈なタワー部分とは異なり、コンクリートの屋根から下にある一階エントランスはガラスウォールで囲われており、中の様子を見ることが出来る。
中には数人の人影と恐らくは、タワー部分からの延長と思われる巨大なコンクリートの柱があり、室内を照らすように柱の袂に何本もの手の平ほどの蝋燭が立てられている。
一見して特殊な音楽ホール、近づけば怪しげな宗教施設と言った風情の建築物だが、その印象は間違っては居ないだろう。
実際、まさに此処は怪しげな宗教施設──いや、秘密結社が所有する建物だった。
「
無関係だったら悪いですけどね、と怜志は無表情で続けながら肩を竦める。
フリーメイソン──少なくとも多少、サブカルやオカルト、はたまた陰謀論に触れたことがあるのならば一度は耳にしたことがあるだろう。
十六世紀後期から十七世紀にかけて発生したという秘密結社。今や全世界に拠点を有するとされる表の世界に語られる最も近く分かりやすいオカルトである。
怪しい組織ならば必ずしも裏の事情にも通じているだろう、とまで怜志は言うつもりは無いが、少なくとも本物が隠れ蓑にするには格好の団体だとは考えている。
なので怜志やサルバトーレなどの本物が真っ向から襲来すれば、自ずと分かる者は反応を示すことだろう。
「まあ関係の無いものには堪ったものでは無い話でしょうけど、曰く──俺たちは『魔王』らしいからな。ならばそれっぽく、自称・友愛結社を襲ってやるとしよう」
「それはいいね! アレだろ? ジャパニーズ・カチコミって奴だ! ちょっとワクワクしてきたよ!」
「……言っておくが──殺すなよ。無関係な人間を巻き込む時点で、人道や正義を説くつもりは無い。が、最低限、人としての善心は守りたい」
「んー、善処しよう。まあ、どのみちただの魔術師じゃ僕らの相手は務まらないだろうしね」
「よし。では、いくぞ」
怜志の言葉と同時、二人は目的のビルに向けて、足を踏み出す。
両者ともに無手、何か武装を隠すような荷物も無い様子だ。そんな状態で敵地かもしれない建物に踏み入るというのに、それでも二人に畏れも不安も有りはしなかった。
寧ろ、何が来ても問題ないと、傲慢にすら感じられる自信がある。
──何故ならば彼らは“
人類最強の戦士にして最悪の愚者。
神ならざる存在、或いは神を討つ存在でも無ければ相対するに能わぬ魔王である。
ならばこそ恐れるものなど何もなし。
傲岸不遜に、傲慢に、己が目的の為にあらゆる障害を踏み倒すのだ。
「待っていろ──
よって敵意の向く先は同等の敵のみ。
怜志は煮えたぎる怒りをその一言に乗せて呟き、未だ見ぬ敵手を睨み付けた。