神々、君に背き奉る   作:アグナ

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断章:『天国』 ①

 カン、カン、カン──鍛治(かぬち)の音が一定のリズムで奏でられる。

 

 

 此処は奈良県宇陀市、伊那佐山。

 古事記や日本書紀にも登場する由緒ある霊山で、頂上には神武天皇の東征に由来する都賀那木神社が鎮守しており、麓の街には神武天皇を導いたことで知られる三本足の鴉、八咫烏を祀る八咫烏神社が存在している。

 

 この宇陀の地は、古来において大和から東征を行うのに辺り、稲作などの穀物、水銀の産地にして流通拠点として極めて重要であったと考えられる。

 ものづくりの需要地にして、物流の中心地。

 故にこそ大君お抱えの職人集団も数多くこの地を拠点に存在したと言われている。

 

 旧き時代において鎧や刀剣の生産を司る職人というものは権力者と現代以上に深く結びついていた。現代のように安定した社会ではなかったからこそ、自らに従属する生産集団は特に彼らを重要視し、お抱えの職人として重宝した。

 その当代における最高権力者たる大君──天皇には当然、その古代において最も優れた職人たちが従事したことは想像に難くないだろう。

 

 始まりの刀工──天国。

 小烏丸、天叢雲剣といった天皇家に由来する名刀を後世に残したとされる伝説の一族は正に此処、宇陀市を中心に活躍した刀工集団であるとされている。

 宇陀市にある八坂神社には彼らが鍛錬時に使用したとされる井戸が残されており、また同市の宇太水分神社には、この地を拠点に活躍していたとされる宇陀鍛冶たちが利用していたという井戸があり、現在は手水舎として利用されているその場所には「天国がつるききたえし、金の井に、水くみくみて神のみまえに」という札が掛けられている。

 

 後にこの地に在ったとされる職人集団は時代と共に離散、或いは拠点を移していったが──神話と歴史の狭間に消えたとされてきた天国一族、その総本家は今もこの地にひっそりと拠点を定めたまま、千年以上の歴史を重ねていた。

 

 伊那佐山の禁足域──天国本家。

 山の緑に紛れる形で居を構える日本庭園に構えた庵風の鍛冶場で彼は槌を振るっている。

 

「────」

 

 老年の男である。髪の色素はとっくに抜け落ち、燃え尽きた灰のように白い。顔に刻まれた仁王のような皺は職人気質の気難しい性格を伺わせると同時に男が重ねて来た時代を風格として顕している。

 日頃から熱作業に従事しているせいか、肌は火で炙られたような褐色で、老年に差し掛かっているはずの五体は鍛え抜かれた鋼のように筋肉の厚みを帯びたものだった。

 

 天国宗冬(あまくにむねふゆ)──呪の領域にある職人組合(ギルド)の中でも当代最高と謳われる鍛冶職人である。

 神域に在るとされるその腕は天国の始祖たる天目一箇神にも匹敵するとまことしやかに囁かれていた。

 

「──何の用だ、ババァ」

 

 不意に男の手が止まる。刃に打ち付けていた槌は宙半ばで止まり、視線は刃に向けたまま不機嫌そうな声のみを対象へと放つ。

 宗冬を除き、人気のない誰もいない筈の鍛冶場。いつからか、その鍛冶場の小窓に一羽の鳥が止まっていた。

 

 ……全身を銀色に彩る、鋼の鳥が。

 

『──天国の名刀を、一つ戴きたいのです』

 

「……あぁん?」

 

 あろうことか鳥が喋る。

 だが、宗冬が反応したのはその異常ではなくその言葉。

 ジロリと睨みつけるようにようやく視線を鳥へと向けた。

 

「今度は何の図り事だ? それともまたぞろ幽世の老人どもに無茶振りでも頼まれたかよ?」

 

『いいえ、此度の件にご老公どもは関わっておりませんよ。欲しているのは我が孫娘……貴方が鍛えた『天国』を当家に戴きたいのです』

 

「……チッ、そういうことか」

 

 視線が移る。もはや何もかもに興味を無くしたように再び宗冬は刃に視線を移して鍛冶を再開した。

 

「好きにしろ。元よりあのクソ餓鬼がどうなろうがしったこっちゃねぇ。それとアレは名刀なんかじゃねえ、妖刀だ馬鹿野郎」

 

『その才気に期待したから池田ではなく『天国』の号を送ったのではないのですか?』

 

「ハッ、確かに才能だけはいっちょ前だ。気まぐれで天国の鍛造技法──『神造霊験』を託す程度にはな。だがありゃあ駄目だ。あの餓鬼は刀を振る方に囚われてやがる。どんなに才能に恵まれててもあの様じゃとても名刀なんぞと呼べるかよ」

 

 宗冬は吐き捨てるように己が孫息子をこき下ろした。

 そこには家族への情など見受けられない。

 

「挙句の果てには神殺し──天国の悲願をものの見事に逆走しやがった。あんな切れ味の良すぎる刀は(オレ)にとって生涯最悪の不覚よ。欲しいってなら婿にでも愛人でも好きにしろ。清秋院で抱えるも自由だ。(オレ)は知らん」

 

『では遠慮なく、刀は戴いていきます。確認ですが『天国』を貰っても問題ないのですね?』

 

「しつけぇ、妖刀ごと持ってくなら自由だっつってんだろ。気まぐれたぁゆえ、一度やったもんを取り上げるほど狭量じゃねえ。それにあの秘術は識ったからっつって誰にでも遣えるわけじゃねえよ。仮にテメェの孫娘が見たところで真似は疎か、読み取ることすらできねえだろうよ」

 

『その辺については心得てますよ。今は失われし消失祖語、いえ今の我々に合わせるのであれば神代言語は相応しい血と才を持つものにのみ読み解ける。仮に清秋院に顕れるとしたら次代でしょうね……恵那には頑張ってもらおうかしら』

 

「そっちにも関与しねえよどうでもいい。用件はそれだけか? ならとっとと失せろ。鍛冶の邪魔だ。クソババァ」

 

『いえ、もう一つ。こちらは確認なのですが、最近客を招いたことはありますか?』

 

「……()だと?」

 

 小鳥の問いかけに対して宗冬が初めて、手を止め、槌を置き、小鳥へと向き直る。そして視線を鋭く細めながら偽りは許さんとばかりに小鳥を睨みつけながら問うた。

 

「そいつはどっちの意味だ?」

 

『無論、貴方方の宿願の方です。……これは当家の者が掴んだ噂話に過ぎず、詳細はつかめていませんが、西洋にて賢人議会と事構えている魔女が貴方方の刀に興味を示しているようで、貴方風に言うところの失敗作を集めて回っているそうです』

 

「魔女……ねぇ……英吉利(えげれす)の神殺しとやりあったとかいう女か」

 

『ほう、これは珍しい。俗世に興味のない貴方がよりにもよって西洋の事情を知りますか』

 

「ふん、偶然だ偶然……どうもスキタイの足跡を辿っているようだからな。こっちにちょっかい掛けてくるつもりなら、あの妖刀でもぶつけようと考えていただけだ」

 

『……貴方が言う失敗作なのでは』

 

「『天国』としちゃあな。だが、あんだけの切れ味を持ってんなら使わんのも勿体ないだろうが。馬鹿と妖刀は使い様……要するに出刃包丁程度には役立つだろう」

 

『相変わらず情があるのか無いのか分かりにくいですね、貴方は。まあ、そういうことならば話が速いです。例の件もありますし、近いうちにご老公方が貴方の孫に接触するでしょうが、良いですね?』

 

「構わねえよ……例の女が最後の《鋼》を追ってるってならどうせ早いか遅いかの話だ。用件はそれでしまいか」

 

『ええ』

 

「なら帰れ」

 

『……ふぅ、結局お茶の一つも出さないとは。仮にも古馴染みの友人が顔を出したのですから迎えの一つでもあってしかるべきでしょうに』

 

 自分が気になる要件を聞くだけ聞いて、すぐに追い払おうとする古馴染みに、使い魔である小鳥の主──清秋院蘭は思わず苦言を口にする。

 だが、その言葉に反応する宗冬は裾を振る様に追い払った。

 

「古馴染みだァ? 冗談抜かせ、テメェと知り合ったことは寧ろ不覚も不覚。この宗冬が人生における汚点だ馬鹿。何が悲しくてテメェみてぇな面倒くさいババァと進んで交流をもたにゃあならんのだ。こういうのはな、腐れ縁ってぇんだよ」

 

『やれやれ……ああ、そういえば先ごろ神々の闘争に従事した恵那の刀が折られたそうです。そのうち貴方の言うところの妖刀殿がお伺いすると思うので、修理の程をお願いいたします。金銭については後程、当家がお支払いいたしますので』

 

「は? 折った? 天叢雲劍を? ……あのクソ餓鬼はァ!!」

 

『まつろわぬ神々と神殺しの戦です。そういうこともありましょう』

 

「んなわけあるか! あのクソ餓鬼の腕なら刀を避けてもそこらの神仏程度、どうとでもなるわ! どうせいつも通り、その場のノリでぶち壊しやがったに決まってるだろうがッ!!」

 

『流石に買いかぶりすぎなのでは?』

 

(オレ)が鍛えた刀だぞ、それぐらいは出来る!」

 

『……本当に情があるんだか無いんだか分かりにくい人』

 

 蘭は思わず嘆息する。口では興味なさげに振舞う割に、なんだかんだで自らの孫の気質を良く理解しているのだろう。それなりの期待と信頼を寄せてる癖に、そう振舞うことを嫌う古馴染みの難儀な性格に暫し呆れた。

 

『では私はこれで……そのうち正式な申し入れをいたしますので、その時ぐらいはシャンとしてくださいね』

 

「分かった分かった、さっさと失せろ。こっちは鍛冶の最中だ」

 

 しっしと追い払う様に宗冬が手を振るとパタパタと羽音を立てて小鳥は小窓を飛び立った。一人鍛冶場に残された宗冬はこれ見よがしに大きく舌打ちをする。

 

「チッ、あの餓鬼のせいで此処十数年は騒がしい。……だから神殺しなんざ嫌いなんだよ。なんのための隠棲なのやら……」

 

 元より天国が表舞台に立つことなく隠れ潜んだのは、仕えるべきがこの国を統べる天皇のみと定め、他家に従事することを嫌うというだけではなく、天国という一族の宿願がため。その目的のために、幽世に潜むご老公たちよろしく俗世との繋がりを薄めたのだ。

 

 だというのに一族から神殺しを生み出してしまったが故、忘れられていたはずの天国一族が再び目立ち始めている。これは由々しき事態だろう。

 西洋で旗揚げしたという例の女の如く、この国に潜む厄ネタに気づくだろう人間が増えてしまう。

 

「……──荒れてきやがったな。こりゃあ案外、(オレ)の代で拝めるかもな」

 

 ぼそりと宗冬は呟いて、再び槌を手に取り、刃を鍛える。

 カン、カン、カン──と、やがて一刻。一通り打ち終えたらしい宗冬は柄も拵えていないむき出しの刃を手に取って、鍛冶場を後にする。

 

 向かう先は天国本家の中庭……そこに設置された井戸である。

 

 宗冬は井戸まで辿り着くや否や鍛えた刃を井戸へと放り投げる。無造作に、失敗作を打ち捨てるようにして。

 物理法則に従い、井戸の底まで落ちる刃金。ぼしゃん、と水に沈む音を耳にするのと同時、宗冬は厳かに言霊を唱えていた。

 

「“宇泥備夜麻(うねびやま)

  比流波久毛登韋(ひるはくもとひ)

  由布佐禮婆(ゆふされば)

  加是布加牟登曾(かぜふかむとぞ)

  許能波佐夜牙流(このはさやげる)”──」

 

 呪歌──古い、古い、とある神が謳ったとされる天国の始祖に由来する歌である。宗冬が口にした瞬間、不意に井戸が光り輝く。

 青白い、ある種の聖性を感じさせる輝き。光はまるで柱のように井戸から立ちどころに上り、井戸へ落としたはずの刃が中空に浮いている。

 

「…………」

 

 ぱしり、と投げ入れた時と同じように無造作に刃を掴む宗冬。

 刃を傾け、斜めから鋭い視線を刃紋を視るように慎重に観察すること暫し、今度は刀を無造作に地面に投げ捨てる。

 今度は儀式的な意味でなく、本当の意味で。

 

「……チッ、未熟。また失敗作だ」

 

 ……よく見れば、井戸の近辺には刃金の山が積み重なっている。何本、何十本、何千本と織り成す無限を思わせる剣製。

 ずっとずっと、その鍛造を繰り返してきたのだろう。

 墓場にすら見えるその山には執念にも似た見る者を無言のまま圧する凄みがあった。

 

 その上に坐す刃金の打ち手──宗冬はガリガリと頭を掻いてため息を吐いた。

 また駄目だったかと呆れるように、諦めるように。

 或いは……挑むように。

 

 

「やれやれ──こんなんじゃあ救世の神刀(えくすかりばー)にゃあ程遠い──」

 

 

 吐き出す息と共に、その言葉は風に巻かれて消えていった。

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