神々、君に背き奉る   作:アグナ

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断章:ある日の媛巫女

 都心にある芝公園の近く、二百段もの石段を上った高台に武蔵野……関東地方における重要な聖域、七雄神社は建立していた。

 東京の街の最中にありながら豊かな緑に覆われたこの場所は、正史編纂委員会が直接手を入れている神社であるために知名度は低く、参拝に訪れる一般人は近隣住民が殆どで、大抵は委員会の人員や、委員会の協力者──媛巫女が訪れるばかり。

 

 なのでこの日も、神社の管理を任されている万里谷祐理の下に訪れたのは、彼女と同じ裏の事情に係わっている関係者であった。

 同じ媛巫女にして関東における筆頭格の相手、そして最近それとは別の新たな肩書が追加された友人の清秋院恵那である。

 

「や、祐理、久しぶり。色々あったと思うけど元気してた? 祐理が外遊旅行中に東欧の魔王様に攫われたって聞いた時は本当にビックリしたからさ……挨拶が遅れたけれどこうして無事に再会できてよかったよ」

 

「……ああ、恵那さん。お久しぶりです。あの、その節はどうも御心配をおかけしました」

 

 白いシャツとベージュ色のベスト、スカート。どこぞの高校の制服の装いで祐理にとっては幼馴染でもある恵那が軽く挨拶をしてくる。

 

 祐理が日課である境内の掃き掃除に勤しんでいたところに恵那はふらりと立ち寄った。事前連絡のない唐突な来訪ではあったが、出会いがしらの挨拶が、彼女が来訪した理由を明らかにしている。

 ──祐理が無事に日本に帰国したのはつい二週間前の話。

 それまでは西洋世界に君臨する大魔王、ヴォバン侯爵の手によって拉致され、あわや危険な儀式の参加者にされるところであった囚われの身であったのだ。

 正史編纂委員会の関わる部分とは関係ない外側で起きた大事件だったため、きっと国内での情勢は気が気でない状態だったはずだ。

 

 案の定、帰国してからの祐理は様々な人からその無事を安堵と共に受け入れられ、心配と労いの言葉を掛けられるという日々が続いていた。

 今日はその相手が恵那だったというだけの話である。

 一応、電話越しには既に連絡も取っているので、恵那が山を下りてきていることも祐理は把握していたので、特に不思議がることなく祐理は応じる。

 

「それに──大変だというのであれば私なんかより恵那さんの方が大変なのでは? 先日委員会の方からお聞きしましたが……」

 

「ん? ……ああ! 恵那が王様のお嫁さんになるっていう話? もう出回ってるんだ?」

 

「その、はい……」

 

 それは正史編纂委員会──否、日本の呪術界において今最も話題となっているニュースであった。──世界で七番目の神殺しが日本に現れた。

 電撃的に発表されたこの大ニュースは同じ正史編纂委員会に所属するものたちにとっても寝耳に水で末端は勿論のこと『四家』である連城、九法塚ですら認知していなかった衝撃的なもの。発表即日に両家が沙耶宮を訪ねるべく都心まで進出してきたのは記憶に新しい。

 そんな大混乱の最中にさらに火に油を注ぐべく清秋院から驚くべき発表が齎された。日本に誕生した最新の神殺しと清秋院家の令嬢、清秋院恵那の婚約。

 現当主、清秋院蘭が公式に発表した第二のニュースが混沌とした状況をさらにかき回したのである。

 

 今や日本呪術界はこの二つのニュースによって大激震中。今まで安定していた沙耶宮の政権に一石を投じるような出来事に、様々な意味で界隈は極めて忙しいのである。

 当然、そのような状況下では当事者も無関係ではない……筈なのだが。

 

「んー、別にただ恵那が王様と約束しただけだし、挙式もまだだからそんなに大変なことはないよ。恵那としては別に今すぐでもいいんだけど、当の王様がせめて大学まで待ってくれって言うからさァ。学生の時代ぐらいは普通に年相応の進路を歩きたいんだって」

 

「は、はぁ……」

 

 伸びをしながら他人事のように語る恵那に対して、祐理が反応に困りながら首を傾げる。日本の呪術界を牽引する『四家』の令嬢と人類史の中でも数少ない大偉業者との婚姻とあれば、祐理の想像すら及ばぬしがらみやら苦労が起こるだろうことは想像に難くなかったのだが、当人は思いのほかいつも通りである。

 というか、何処か乗り気であった。

 

「その、天国怜志様ですよね? 日本に誕生した神殺し(カンピオーネ)というのは。以前にヴォバン侯爵から助けて頂いた際に、王自ら仰られていましたが、恵那さんとは幼馴染なのですよね?」

 

「うん、そだよー。剣の修行仲間、みたいな? いやあ、初めて会ったときは驚いたよねェ。お祖母ちゃんからは前もって同世代に私と同じかそれ以上の剣の使い手がいるって聞かされてて、その時は半信半疑だったんだけど、いざ会ってみたら本当にあっさりと一本取られちゃったし、堅物かと思ったら意外に気が合うし、それ以来一緒に修行したり、山籠もりしたりする仲になったんだー」

 

「そうでしたか、政治的な決定というわけではなく……元々それほどに親交深い相手でいらしたのですね、天国様とは」

 

「そうそう。お祖母ちゃんも昔、もしも嫁の貰い手が居ないなら天国の倅を引っ張ってくるー、みたいなこと言ってたし、そういう意味じゃ清秋院にとっては「今更?」って話題なんじゃない? 王様の家の方は知らないけど」

 

 なんせ恵那はこういう性質だ。日本が誇る名門名家のご令嬢として育ったにしては地金があまりにも自由奔放すぎる。生まれの都合上、見合いの話など幼少期から幾つか上がっていたものの、大抵は向こうが根を上げてお流れになるのが通例だった。

 その中でも幼馴染である怜志は昔からの例外で、剣術勝負で恵那と渡り合い、山籠もりの提案にも応と応えて、恵那よりも自然に順応する。

 

 恵那の扱いに手を焼いていた周りから見ればこれ以上とない優良な相手。何なら家格も戦国時代から存在する清秋院に対して、相手は神代の時代からの伝説。

 ありとあらゆる意味で、お膳立ては整っていたのだ。怜志が神殺しの肩書を手に入れるという想定外を除けば、ある意味で此処までの流れは既定路線だったのである。

 

「成程ね、察するに祐理は恵那が無理やり王様に手籠めにされたんじゃないかと心配してくれてたんだ?」

 

「はい。ですが、余計な心配であったようですね……そういうことでしたら、改めてご婚約おめでとうございます、恵那さん」

 

「えへへ、ありがとね、祐理! ……まぁでも流れを考えると無理やり手籠めにされたって部分は外れてるようで当たってるような?」

 

「はい? どうかなさいましたか?」

 

「んーん、何でも!」

 

 小声で何やら恵那が呟くが、霊能に優れていても身体機能はそれほど高くない祐理には届かなかったのだろう。小首を傾げる祐理を恵那は適当にごまかした。

 

「ところで、その、天国様はどちらに? 折角ですので、一度ご本人にお会いしてご挨拶と、オーストラリアでのお礼を言わせていただきたかったのですが……」

 

「王様? あー、それなら残念。王様ならさっき丁度恵那と別れて静岡行きの新幹線で都内を出ちゃったと思う。それで午前中はお見送りを兼ねて恵那と遊んでいたし」

 

「静岡……ですか? ……差し支えない程度で構いませんが、何かご事情が?」

 

 誕生して間もなくの日本初の神殺し。ともなれば今の彼の周辺は非常に騒がしい筈だ。それに彼の『家』のこともある。

 天国といえば祐理も聞いたことがある特殊な家柄。今の立場と元々の身分を考えれば色々と事情が重なっているはずだ。

 その辺りを考慮して祐理は尋ねて見たのだが、返ってきたのは苦笑だった。

 

「恵那と同じで王様はその辺、面倒くさがる人だからねー。静岡入りはそういうの関係なく王様の趣味だよ。向こうで習い事があるのさ」

 

「習い事?」

 

「うん──祐理はさ、『スポーツ流鏑馬』って聞いたことない?」

 

「スポーツ流鏑馬……ですか? いいえ、聞いたことはありません。流鏑馬ならば神事なので知っていますけれど、スポーツというのは……」

 

 流鏑馬といえば、元々は古の武家社会で行われていた儀式である。馬に騎乗した騎手が、馬を走らせながら弓を構えて鏑矢で的を射る、というもの。現在でも鎌倉などで行われる流鏑馬は有名であるし、武田流や小笠原流など古くからの流派が神社の神職や保存会で未だに語り継がれていることは、神事に係わっているものであるならば誰もが知っている話だろう。

 だが、その流鏑馬のスポーツというのは祐理には想像がつかなかった。

 

「だよねー。結構最近に出来たばかりのマイナー競技らしいし、恵那も怜志に教えてもらって初めて知ったから無理もないよ。……競技流鏑馬とも言うらしいけど、スポーツ流鏑馬っていうのは普通の流鏑馬をそのまま競技化したもので設定された走路に配置された的を射っていって的に当てた得点を競い合う競技らしいよ。馬に乗った西洋のアーチェリーみたいなものかな」

 

「アーチェリー……弓道のように弓を構えて矢を放ち、的に当てた得点を競う競技ですね。それを馬上で行う、と。初めて聞きましたが想像は出来ますね。天国様はそのために」

 

「そう、静岡にね。マイナー過ぎて練習できる場所が限られているのと、一応本職も務めることがあるからちゃんとした場所じゃないといけないんだってさ。普段は山梨の方で練習してるらしいけど、今回は王様としての挨拶がてら三嶋大社に顔を出すって言ってたよ」

 

「三嶋大社、聞いたことがあります。流鏑馬神事の例祭が行われる場所ですね」

 

「うん。東海地方でも由緒ある大社だねー」

 

 厳密な創建時期は不明なものの奈良時代、平安時代にはその存在が確認される千年以上の歴史ある神社である。

 此処で行われる流鏑馬神事の例祭と言えば全国的にもそれなりの知名度を持つだろう。

 

「以前助けてもらったときに少し話しただけですが、古風な方なのですね、天国様は」

 

「意外とね。まあ流鏑馬に関しては王様のお父さんが金沢で競馬をやってるっていうのが影響しているような気もするけどね。偶に面倒くさがって投げる時もあるけれど割と伝統とか重んじるほうだよ、王様は。伊達に天国を名乗ってはいないってね」

 

「成程……」

 

 恵那の言葉に納得するように祐理が頷く。神殺しという肩書に目が行きがちだが、怜志もまた恵那や祐理のように古い伝統的な家柄に生まれた身だ。

 ともすれば自分たちと同じようにそういったものを重んじる姿勢は骨身に叩きこまれているのかもしれない。

 ましてや天国、神代鍛冶を名乗る家に生まれたとなれば、特に。

 

「そういえば、天国様のお家柄は──」

 

 と──祐理が気になった話題を口にしようとしたその時であった。

 

「あー! 恵那姉さま!」

 

「あ──」

 

「おや──」

 

 神主や巫女が務める社務所の方から声がした。

 反射的に二人がそちらを向くとパタパタと小柄な人影が掛けてくる。

 万里谷ひかり。祐理の妹その人であった。

 

「お姉ちゃんが戻ってこないから様子を見に来たんですけど、恵那姉さまが来てたんですね! お姉ちゃんも言ってくれればお茶のご用意をしたのに! いつから山を下りてきてたんですか?」

 

「こら、ひかり──」

 

「あはは、気にしなくていいよひかり、それと祐理も。恵那が山を出て来たのは丁度、祐理が連れ去られたと聞いてからだから三週間ぐらい前かな。要件も済んだから、少し遊んでから帰ろうと思ってるよ」

 

「じゃあじゃあ、一緒にお出かけしませんか!? 最近、東京で流行りのドリンク屋さんがありまして!」

 

「お、良いね。ならお勤めが無いなら明日にでも一緒に行く? 今、学校は夏休み中でしょ?」

 

「はい! 一緒に行きましょう! 楽しみです♪」

 

「まったく、貴女は……」

 

 祐理の妹であり、巫女見習いでもあるひかりは昔から恵那に懐いていたので仕方ない面もあるにせよ、出会いがしらに元気いっぱいに振舞うひかりに対しては、姉としても先輩の巫女としても、もう少し落ち着きとそれ相応の振舞いをするよう注意したいところである。

 当の恵那は気にしないというものの、元々万里谷と『四家』の清秋院とでは家格が違う。親しき仲にも礼儀あり……妹には少しは楚々とした立ち居振る舞いを心がけてほしいとため息を吐いた。

 

「……ところで、ですけど」

 

「ん、何だい? ひかり」

 

 そんな姉の心情を知ったことかとばかりにひかりは何処か憧れるように目をキラキラさせながら恵那を……というより、その首元に掛かっているものを見る。

 

「それってネックレスですよね? 貰いものですか? 失礼ですが、恵那姉さまはご自分でそういったものを付けないですよね。ひょっとして……!」

 

「あ、良く気付いたね。そうそう貰いものだよ。プレゼントだって王様──お婿さんからね」

 

「ひゃああ……!」

 

「え? ネックレス?」

 

 照れ笑いを浮かべる恵那と顔を赤くしながらパタパタするひかりを尻目に、裕理は妹の指摘でようやくその存在に気付く。

 ──見れば恵那の首元には金色のチェーンで出来たネックレスが身に付けられていた。半月のペンダントが下げられた可愛らしいデザインのもの。

 

 機能性重視で基本的におしゃれに対する興味関心が絶無に等しい、恵那らしからぬ印象を受けるアクセサリーの存在は意識の中から抜け落ちてたらしい。

 気づかなかったことと恵那がアクセサリーを身に着けているという二重の衝撃に失礼だと分かった上で尚、祐理は驚いた。

 

「ほら、恵那も王様も刀使いだし、戦う時に指輪だと邪魔になるでしょ? だから代わりにって王様がね。これ、対のデザインになってて、合わせると満月になるんだよ。真ん中が太極図みたいになってね。お店の人はペアネックレスって言ってたかな?」

 

「素敵です! それに殿方から女性にネックレスを送られるなんて……恵那姉さまは本当に愛されておいでなのですねっ!!」

 

「ん? 分からないけどそうだといいね」

 

「絶対そうです! 間違いありません!」

 

 やたらと褒めそやすひかりに少しばかり首を傾げつつ、素直に受け取る恵那。

 

 ……これは言うまでもないことだが、恵那にしろこの場にいない怜志にせよ、異性交遊に関してはズブの素人である。当然ながら贈り物にいちいち、贈呈(プレゼント)以上の理由の深読みなどしないし、その裏に発生する異性間でネックレスを送り合う意味合いなど考えない。

 なので、ひかりが思う様な『永遠の愛』だとか『独占欲』だとか『ずっと一緒にいたい』などの深読みについては完全に考えの外である。

 

 とはいえ、同年代に比べれば少々おませ(・・・)なひかりから見れば、憧れのお姉さまとそのお相手との関係に気ぶる燃料となるには十分すぎる。

 

「恵那姉さま! よろしければ今夜はうちに泊まりませんか!? ぜひ姉さまの旦那様のお話などを聞かせていただきたいのですがッ!!」

 

「ひかり!? そんな急に突然──」

 

「んー、別にいいよ? 恵那も暇だし」

 

「恵那さん!?」

 

「決まりですね! じゃあ今夜は女子会ですね、女子会! いつか私もやってみたいと憧れていたんです!」

 

「よくわからないけど面白そうだねェ。そういう流れになったわけだけど祐理は大丈夫?」

 

 荒ぶるひかりに比べて、多少大人な恵那の方が配慮して聞いてくるが、こうなったらお泊り会は確定事項だろう。強く言えば聞かせられるだろうが、相手方に迷惑でない以上、そこまでする気は起きないし、何より──あまり頻繁に会えない幼馴染と交友を温めたいというのは祐理も同じだ。

 如何にも仕方がないと言いつつ、苦笑しながら祐理は頷いた。

 

「……もう、仕方がありませんね。ですが、そうなると後で買い出しに行かないといけませんね」

 

「ああ、それなら恵那も付き合うよ。荷物持ちぐらいは任せて」

 

「私も行きます!」

 

 斯くして急遽、執り行われることとなる媛巫女たちの女子会。

 波乱の日々が続く中、訪れた暫しの平穏に少女たちは息を吐くのであった。

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