神々、君に背き奉る   作:アグナ

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南の島への招待状

 神奈川県と言えばやはり県外の人間にとって横浜のイメージだろう。日本有数の高さを誇るランドマークタワーの膝元には多くのビル群が軒を連ねており、東京の摩天楼にも負けず劣らずの栄えを見せている。

 また古くから今にかけて国際的な港湾都市として栄えて来た横浜には国内文化のみに限らず、海外から流入してきたものも多数存在しており、その最たる横浜中華街などは内外問わず多くの観光客が賑わう商店街となっている。

 

 或いは神奈川とは湘南文化という者もいるかもしれない。江の島を望む片瀬の海岸線はサーファーたちで賑わう人気スポットであり、人気バスケットボール漫画の影響でその存在を認知するものも多数存在するだろう。

 片瀬以外にも釣り人に人気の大磯ロングビーチ、規模こそ小さいものの遊泳施設に恵まれた辻堂海水浴場、そして明治から昭和にかけて著名人の別邸が多数存在し、歴史的にも古い茅ケ崎の海を第一に挙げる者もいるか。あの国民的ロックバンドの影響で夕日の浜辺と言えばのイメージを持つ者もきっといるはずだ。

 

 他にも歴史的に有名な鎌倉の街、都心から近い湯治観光のスポット箱根、戦国の歴史を好むものなどは小田原城を有する小田原の名を挙げるかもしれない。

 

 このように神奈川を県外から見て東京都心と同じく都市部の街。洒落た人間が多く暮らす都会という印象を受ける者が一般的であろう。

 少なくとも神奈川を指して田舎であると語る人は少数派に限られるはずだ。

 

 ……実際、他の県に比べて神奈川は確かに栄えている。

 都道府県別での人口は東京に次ぐ二位、人口密度は東京と大阪に続く三位。国内屈指の大都市と比べても何ら遜色ない規模の県である。

 だが、東京と言っても大自然の緑が続く檜原村が含まれるように、神奈川もまた著名な街から一歩外れると、当然のようにひたすら続く田園風景と大自然の緑に囲われた田舎が存在している。

 

 例えば怜志の現在の拠点──足柄などは正にそれだ。

 県内でも最小の人口が過ごすこの街は、他の市町村と比べ取り立てて有名なものがない辺境の土地である。唯一の魅力と言えそうなのは山間部であるために水に恵まれていることと、それが理由で大企業の工場が設置されていること、後は金太郎の名で有名な坂田金時の逸話を残す伝承地であることぐらいか。

 狩川を中心に広がる市街地は横浜のそれと比較すれば比べるまでもなく閑散としており、人々の影は少ない。

 

 特に怜志が住む市街地の外れた苅野などはそれがより顕著だ。御殿場大井線の県道から脇道に逸れた地域は住宅よりも田畑が多くを占めている。

 

「ただいま」

 

 半日近くの勉学を終えて自宅に帰宅した怜志は誰に言うわけでもなく律儀に挨拶をする。当然、返ってくる言葉はない。何せこの住宅で暮らすのは怜志一人、寧ろ返事が返ってくる方が驚くというものだ。

 

 玄関に靴を揃えて居間へと歩く……怜志の暮らす家は二階建ての純和風の母屋である。

 元は築百年近い半ば廃墟と化していた家だったため、殆ど不良品回収のための安値で売りたたかれていたそれを買い取り、怜志自らがリノベーションを行ったため、今は古き良き日本家屋としての時間を取り戻している。

 

 無論、怜志が特別建築技術に優れているなどということはなく、刀匠として身につけた錬鉄術の一種──要は呪術を使ったインチキである。

 

 人目に付くところでそんな真似をすれば正史編纂委員会などが超特急で駆けつけてくるだろうが、生憎ここは人里離れた田舎の町、多少の不思議はお目こぼしされるし、そもそも周囲には一種の人除けの結界が施されており近づくものなど殆どいない。

 なので怜志は恵まれた居住地を手軽な価格で簡単に手に入れることが出来たのだ。

 

「ま、雑な呪術の利用は『民』の特権ということで」

 

 『官』の呪術師が聞けば眉を顰めるだろう戯言を口にしつつ、怜志は荷物を今のテーブルの脇に置き、学校へ登校する前にテーブルに広げてあった書類を手に取る。

 内容は主に刀剣の手入れや、製造依頼。または曰く付きの品の修復作業など職人組合(ギルド)を通しての依頼であった。

 

「最近はこの手の仕事はご無沙汰だったからな」

 

 元々、祖父などと比べれば刀匠よりも剣士としての活動を主としていた怜志だが、神殺しとなってからはそれがより顕著になっていた。

 仮にも『天国』として職人組合(ギルド)の片隅に名を連ねている以上、偶にはきちんと名に由来する仕事に取り組まねば、仲間たちに申し訳が立たない。

 

 登校の事前にまとめていた依頼を引き受けるべく、怜志はテーブルに備え付けられた椅子に腰を落としながら携帯電話を取り出して本部へ繋いで連絡を回していった。

 

 

 ──日本における呪術界隈とは、即ち『官』と『民』。

 正史編纂員会に代表する国に仕える名門名家を筆頭とした公的呪術集団と、民間に呪術を取り扱う在野の呪術集団に分けられる。

 怜志が主に所属するのは後者だが……一言に在野の呪術集団と言ってもその内情は玉石混交、様々とある。

 

 例えば界隈での有名どころは東京都港区に位置する青山の界隈だろう。

 明治維新以前から存在する流れの陰陽師や呪い師の後裔が多く潜む青山界隈には、表では取り扱うことのできない奇書や魔導書などが裏取引されており、それを求めて多くの民の呪術師が訪れる闇取引の場(ブラックマーケット)と化している。

 そのため、『官』の者たち──正史編纂員会もその動向に常に目を光らせているとも聞く。

 

 しかし怜志が所属する『民』の集団はそういった公には顔を出さないような曰く付きの呪術集団ではなく、寧ろ『官』に近い──それでいて『官』に完全迎合することを良しとしなかった職人集団、職人組合(ギルド)と通称される組織であった。

 

 構成員は主に何らかの生産を司る職人たち。呪物に限らず単なる伝統工芸品なども取り扱うことがあるため、呪術師であることを資格としていない。

 どちらかといえば呪術組織というより様々な歴史ある品々を取り扱う専門家集団──その互助組織というのが正しいであろう。

 

 そのため、『民』の呪術集団でありながら組織は閉鎖的であり、人材の流れも師に当たる職人からその伝手を受け継ぐ形で流入してくるパターンが多くを占めており、だからこそ大体が古くからの顔見知りたちである。

 組織だった行動も少なく、基本的な繋がりは独立した職人集団が、それぞれ特化した仕事のためのやり取りをするというだけのもの。

 

 だからこそ代表などは存在せず、それこそ独立した職人たちが結託して構成する互助組織──中世欧州におけるギルドのような組織形態だ。

 何時しか呼ばれるようになった職人組合(ギルド)の呼び名もその傾向から付いた名前である。

 

 とはいえそんな緩い繋がりであってもそれなりの歴史とそれなりの時間を積み重ねていけば自然な流れで中心というものはおのずと選ばれるもの。ましてや歴史と家名が特に力を持つ職人界隈においては、始祖の刀匠『天国』の名はやはり特別であった。

 

 こうして尊敬と畏敬から祭り上げられる形で刀剣分野における第一人者、『天国』はいつしか組合頭領(ギルドマスター)と呼ばれ、職人界隈の呪術集団を牽引する家柄として位置づけられていた。

 現在、組合リーダーとしての天国は怜志の祖父である宗冬であるが、その縁者である怜志にもそれなりに仕事は回ってくる。

 

 そして怜志の懐事情はそういった組合の仕事から捻出されるものであった。ちなみに扱うものが扱うものなだけにそこら辺のバイトよりも稼ぎは何倍も良かった。

 恵那の依頼に応じて正史編纂員会に特に依存せず、単身海外に乗り込むことが出来たのはその稼ぎがあったればこそである。

 

 

 ……一通りの連絡を終え、携帯電話を閉じる。

 

「さてと、依頼は大体いつも通り、古刀の修復が主だな。後は魔鏡の手入れと神社で扱う勾玉の製造と……」

 

 連絡でのやり取りと事前の書類との整合性を確認しつつ、早速仕事に取り掛かるため作業場に向かおうと怜志が立ち上がろうとした瞬間、再び携帯電話が音を鳴らす。

 

「ん、なんだ? 内容落ちか?」

 

 直前まで組合の事務を司る川上家の人間と通話していたため、何の疑いもなく怜志はそうと決めつけ、携帯電話を開く。

 

「泗水さん? 何か伝え忘れでも──」

 

 ありましたか、と続くはずだった言葉は──電話先から聞こえて来たあまりにも頓珍漢な歌声によって遮られた。

 

『南の~島の大王は~♪ その名も偉大なカメハメ波ァァ!! グッモーニンッ! 少年!! 今日も今日とて元気してるかい?』

 

「……………………」

 

 ……聞いた覚えのある童謡に、最後、明らかにニュアンスの違う歌詞。

 出会いがしらにこんなアホな通話を噛ましてくる相手など、怜志が知る限り一人しかいなかった。

 

「ハァ……なんの用です? 幸徳井さん」

 

『アレ~? アレアレ~? 覇気も元気も聞こえないなー! 素敵な美女から届く突然の通話! 思春期男子には嬉しい筈のシチュエーションな筈なんだけどな~?』

 

「さて、貴方の偏見はともかく、一般的な思春期男子の反応を俺に押し付けられても答えられないかと。まさかそれを確認するためだけに掛けて来たんですか? 切りますけど?」

 

『あは! 相変わらずつれない反応! うんうん、その興味あること以外に遭遇したら問答無用にぶん投げる面倒くさがり屋の素っ気なさ! 相変わらずでお姉さんゾクゾクしちゃう!』

 

「じゃあ切りますね」

 

『あーん! 待って待って! あるから! ちゃんと要件あるから! ちょっとだけ、先っちょだけで良いから! お姉さんのお話聞いて頂戴よよよ……!』

 

「なら出来るだけ迅速に、かつ手短にお願いします、幸徳井さん」

 

『りょーかい! 気の短い童貞クンに合わせる感じで、スパッとサクッと、この超絶美貌の美人博士! 幸徳井華(かでいはな)がイイこと教えて、ア・ゲ・る……きゃ!』

 

「……斬るか」

 

『んー、なんかニュアンス違くないかにゃ?』

 

 何処となく人を舐め腐ったような猫なで声、あまりにもふざけた口調……神殺し(カンピオーネ)という立場を得ている今の怜志に対してこんな無礼を働ける人間など怜志が知る限り一人しかいない。

 

 職人組合(ギルド)内において力ある家柄──『天国』『川上』『後藤』などに並ぶ六親の一角『幸徳井』。

 かの安倍晴明に起源を求める土御門より枝分かれした陰陽道における大家、幸徳井家の嫡女にして数少ない媛巫女の一人──それがこのふざけた人物の正体、幸徳井華(かでいはな)である。

 

「気のせいでしょう。それよりも突然の電話の要件をさっさとお聞かせいただけますか。貴女に付き合うのは色々と疲れますので」

 

『なんて明け透けの毒が滲む敬語……! これは溜まりませんなぁ!!』

 

「────」

 

『……いやん! 怖い無言! にゃら観念して、お姉さんも楽しい会話を泣く泣く切り上げ、さっさと要件を語っちゃいます!』

 

 電話越しに殺意を感じ取ったのか、とても怖いとは思ってなさそうな声音のまま、幸徳井はようやく内容のある言葉を紡ぎ出す。

 

『大方察してるとは思うけれど少年に電話を掛けた理由はぁ~どるるるるるるるじゃん! ズバリ! 刀の検分と、名探偵役の依頼です!』

 

「……刀の方はともかく、名探偵とは?」

 

 頭の痛くなるような茶番を無視して怜志は内容のみに意識を向けて、反応する。

 『天国』である怜志に刀の依頼──此処まではいつも通りの仕事内容だが、後者に関しては意味が分からないし、想像もつかない。

 そもそもこの手の謎解きなら……正直、幸徳井華の得意分野だ。結果から原因を引き出すことに関してならば彼女の察しの良さは神殺しの直感に迫る。

 媛巫女の身分が指し示す通り、彼女もまた特異な眼を持っているが故に。

 

『ノンノン……おねーさんだって向き不向きを判断する程度にはまともよ? 少年相手にホームズを頼むことなんてしないわよ~。少年に求めるのは当然、怪盗目掛けて弾丸シュートを放つ物騒な少年探偵くんの方に決まってるでしょ!』

 

「つまり……荒事の依頼ですね?」

 

『イェェス!』

 

 パチンと電話先から響く指鳴らし。一々、ふざけないと人と会話できないのだろうかと怜志は内心で毒づきつつ、内容を追求する。

 

「それで相手は? またぞろ何処ぞのヤクザかマフィアを怒らせたんです?」

 

『今回は少年も喜ぶ大物よ! なんとなんと、相手はあの神殺し! 黒い中二病! アレクサンドル・ガスコイン!!』

 

「……成程、確かに大物だ」

 

『──ンフ、反応変わったわね。やっぱり、星の廻りは間違っていなかったみたい。流石は私、天才ね!』

 

 彼女の一方的な誹謗中傷はともかく、ふざけた態度と反面して絶対に嘘は吐かないのが彼女の唯一の美点だ。

 だとすれば彼女の言う通り、英国の神殺しが彼女の絡む何らかの案件に絡んでくるのは確定事項とみて間違いないだろう。

 確かにそういった背景があるならばこの突然の電話にも頷ける。

 

『と──いうことで! 少年を南の島の楽園! みんなの憧れハワイにご招待! 時間はそっちの時間軸で今週の土日! 飛行機の手配も現地での活動の手配もこっちでキッチリネットリしっかりと見るおまけ付き! 泣いて喜ぶがよいぞ~?』

 

「……その辺りの手抜かりのなさには感謝しますけど、何をどうして英国の神殺しと揉めることになったんです? ……それとも、これから揉めることを詠んだのですか?」

 

『トラブルメーカー相手に真正面から揉めるとかナイナイ。今回に関しては事故よ事故。例の王様がこっちの研究に興味を持っちゃったみたいでねー。律儀に格好いい予告状なんかくれちゃったりしちゃったもんだから、お姉さんもマジおこしちゃって対抗することにしたの!』

 

「で、対応策に俺をってことですか。了解しましたけど今すぐじゃなくても間に合うんです? それ。予告状に期限でも書かれていましたか?」

 

『ううん? なーんも! 近日戴きに伺うで候、みたいなみたいな? でもま、私が詠んだ限りそれで間に合うはずだよん!』

 

「そうですか……」

 

 彼女がそういうのであれば、今からでも関わってかの神殺しが居合わせる現場には間に合うのだろう。経緯はともかく、彼女の語る結果に関しては八割以上は確定の事象とみて間違いない。

 彼女と顔を合わせるのは気疲れするが……それよりもその事実(・・)の方が魅力的だ。直近の騒動を収め、恵那も山に帰った以上、この手の厄介ごとが流れてくるのは先のことだと見ていたが──退屈を紛らわす、丁度良い大義名分が降って湧いた。

 

「分かりました、刀の検分とやらの依頼含めて引き受けましょう」

 

『さっすが少年! 話がちょろくて助かるわー!』

 

「……電話は以上です? 切りますけど?」

 

 三割程度は親切の混ざった了解の意を返せば、相変わらず舐め腐った返答で返す華。これ以上、会話を続ける意義を見失い、怜志は親指を通話終了のボタンの上に乗せる。

 

『交友を温めようという意思に欠ける冷たい反応! でもま、後は直接会って話せばいっか! それじゃあ今週末、お姉さんとランデブーしようぜ! ──あ、でも最後に一つだけ』

 

 と──このふざけた会話から解放される直前、少しだけ真剣味を帯びる華の声。

 

『──色んな星々が重なり出している。大きな騒乱が近いのかもしれない。今回のこれもその前兆かもしれないね?』

 

「それは──」

 

『ではでは~、通話終了! じゃあ少年、南の島でまた会おう!』

 

 意味深な託宣。

 一方的に始まった通話はこうして一方的に終了した。

 

 

 ──斯くして神殺しに手渡された南の島への招待状。

 ある伝承の刀を巡る騒乱は、こうして幕を上げたのだ。

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