──唐突な話だが、幸徳井華は占星術師である。
ただ陰陽術などの術を使って星を占うのではない。
彼女は『星詠み』──対象を『星』と仮定して、託宣的にその者の在処を、はたまた運命を捉えて読み取る天性の異能者。媛巫女である。
機能としては一般に知られる巫女たちの『霊視』よりもはっきりと現実に起こる現象を捉える先読みの瞳。オカルトなどで言うところの未来視であるが、彼女の場合、これには一つだけ問題があった。
魔女や媛巫女などによる一般の『霊視』は成功率がおよそ一割程度とされ、世界最高クラスの媛巫女の強力な『霊視』は六割にも届くと言われているが、彼女の『星詠み』はほぼ九割。
『霊視』とは違い、本質を読む能力ではないとはいえ、恐るべきことにこと未来を詠むことに関しては幸徳井華は人類史上稀にみる、最高クラスの予言者なのである。
……問題は、その優れた技能を自分の意志で操れるほどに身体の方が追い付けていないということ。色即是空の境地を学び、自らをその領域に上げて『霊視』する他の巫女らとは違い、極めて強力すぎるその『瞳』は意識無意識を問わず、常日頃から『星』を捉えてしまうのである。
本人すら制御不能なほどに、その異能は規格外過ぎた。
元々、彼女の実家である幸徳井家といえば奈良を本拠地とする由緒正しき陰陽家、官人の家柄である。遡ればかの安倍晴明に血筋を求め、陰陽師の大家──賀茂氏系に帰属する根っからの呪術師家系に生まれた女性である。
明治維新後は家としては衰退の一途を辿り、表向きの立場など疾うに失って『民』に落ちぶれては久しいが、それでも元はと言えば国家に、天皇家に仕えた官の家格。
現代においても呪の素養を持って生まれる子女の存在はさほど珍しくない。
だからこそ『星詠み』という稀有な異能を持って生まれた彼女は、家人に喜ばれることはあっても煙たがられることは一切ない。
当然、才気ある身で生まれた彼女は一族にとって祝福されて生まれて来た。ましてや天性の異能が史上稀にみる凄まじいものとあれば尚のこと、衰退の一途を辿る幸徳井家にとっては正に慶事も慶事であった。
故に終ぞ、両親や家に仕える執事たちには理解されなかった。
大した修行も経ず、望むこともいらず、ただ瞳に光を映すだけで『星』を読むということが如何なることか。
努力も選択も……自己の望むあらゆる全ての先が全て読み取れてしまうという状況がどういうことなのか。周りは、理解してはくれなかった。
全てを先に知っている、ということは、全てが既知であるということである。
彼女にとって世の中とは解答の見えた既知感の世界。
学び触れるあらゆる事象は、その瞬間に意義を失う、退屈極まりない出来事であった。
努力などしようがない。
選択は無意味である。
未来の結果なんて分からない……そんな漫画の謳い文句は総じて欺瞞。彼女の瞳は誠に未来の光景を映し出す。これが外れることなぞ無い。それほどまでにその異能は強力すぎた。
正答を選べば正答が。
誤答を選べば誤答が見え、現実はその通りに動いた。
……なんてつまらない。
結果の見えたゲーム程、興の醒めるものはない。
もしも──これが『運命』なんてものに定められた事象だというならば、助走をつけて殴りつけてやりたいぐらいに、この力を恨んでいる。
道化のようにふざけて見たり、『星』を詠むより先に選択肢に飛び込んでみても変わらない。
決して暗雲に隠れることなく、星は斯くもはっきりと輝いて見える。
下らない、つまらない──未知が欲しい。
そんな、鬱屈した日々を送っていた青春時代。
──彼女は一つの出会いを経た。
『本日はこういった場をご用意して頂きありがとうございます。手前が新たに『天国』の名を襲名しました、怜志と申します。他の六親方については、今後ともどうかお付き合いの程を──』
それは
天国より新たに末席に加わる人物の顔合わせの場でのことだった。
──天国、というのは特殊な家柄だ。
彼女の異能をしてもイマイチ見えにくい、希少な
何せ、運命を上書きした者たちだ。
極東まで流れ着いた『剣』を東征し、その役割を簒奪することで、『剣』の意義を消失させた、
彼女の瞳が『
詠もうと思えば詠める相手、多少見どころのある有象無象に過ぎない。
だが──『それ』は違った。
当代最高峰の鍛冶師、宗冬が推す後継。
世代を跨いで認められた次の天国、その星は見えなかったのだ。
……波乱万丈であることは分かる。
……厄介な宿星の下に生まれたことも分かる。
だが見えない、どうなるかが分からない。
全てを既知とする筈の瞳が、識ることをしない。
故に──それが堪らなく
「読めない、見えない、どうなるか分からない──ふふ、神殺しは煙たがられる割に、どの王も人を引き付ける魅力に富んでいるというけれど、納得だねぇ」
──先日の曇りを挽回するような満天の星空の下。
空に近しい高層ホテルの最上階にあるラウンジから幸徳井華は月を見上げる。
『王』がために戦場は用意し、整えた。
瞳は未だ暗がりを映し、明日の景色は未知ばかり。
「大義名分は用意した、キミ好み……かどうかは知らないけれど同等の相手も揃えた。非難する相手はなく、余分な因縁もなく、盤外で絡む面倒事も極力排した──」
グラスに注いだシャンパンを傾ける。
ほうっと酔いに熱のこもった吐息を漏らし、告げる。
「──さあ、私に未知を見せてくれ」
それが何もかもが退屈極まる彼女が曲がりなりにも『王』に控える理由。
道化のように振舞いながら、忠臣たる媛巫女の真意である──。
「……なーんてね! 中二病乙!! その手のアレはとっくの昔に卒業してるので今回に関しては華ちゃん普通に被害者なだけなので我が王を呼び寄せただけだったり!」
と、自分で作った
黒幕ムーヴをしてみたものの、内実は単なる交通事故。
自分が調査中だった案件に突如として傍迷惑が突っ込んできただけであった。
「いやあ魅力的ではあるんだけど神殺し面子って、こう良い感じにホント、メンドクサイね! 人がコソコソちょこちょこ地道に道を追って学を重ねていってるのにウィークポイントにだけは異常に嗅覚良いせいで美味しい場面だけ掻っ攫ってっちゃうんだもん! 酒飲んでないとやってらんねぇぇ!!」
言ってグラスをポンと雑にテーブルに投げ出し、ボトルごとシャンパンを一気飲みする華。先ほどまでの情緒もへったくれもない豪快な飲みっぷりだが、ふら付くどころかいつも通りのマイペース。
あまり知られていないがアルコールには滅法強いのである。……まあ常時酔っているかのような言動をしているので、大量のアルコールを摂取しても素面であれることに意味があるのかないのかは別であるが。
「しかも王様曰く、グィネヴィアちゃんも来てるっぽいしさぁ。英国で愛憎入り乱れるラブロマンス勝手にやってろっての全く」
口を尖らせながら愚痴る華。
当人たちが聞いていたら無言で権能or魔術行使に出るだろう暴言である。
「それにしても──聖杯関連から王子君が《鋼》を追っているのは知っていたけれど、異国に流れ着いた天国の刀に興味を持つとは流石に良い勘してるねぇ。この分だと日本で眠って
聞く者によっては聞き流せない不穏な言葉を口にしつつ、華は夜空を見上げて欠伸交じりにボヤく。
「やれやれ、どういう経緯で知ったのやら──」
☆
「──ハワイは大陸から諸島に流れ着いた移民から始まった国だ」
所変わってワイキキはカハナモク・ビーチに隣接する高級ホテルのスイートルーム。海風が頬を撫で、さざ波が子守歌の様に届くオーシャンビューの
ウイスキーで乾く唇を濡らしながら、滑らかに青年は語りだす。
「歴史の中で様々な系統、様々な人種が混じり合って今に至ったが……こと宗教観、神話観に最も大きな影響を与えたのはその卓越した航海術で早くにこの島に辿り着いた海洋民族──ポリネシア人だろう」
ポリネシア人はモンゴロイド系を祖とする民族──今でいう所の黄色人種の祖にしてアジア圏人類の始まりの系譜だ。狭義ではポリネシア人をモンゴロイド系に含めない区分もあるが、此処で必要なのは遺伝子学ではなく、文化的、或いは宗教的な話であるため、青年は──『黒王子』ことアレクは余分な情報を入れずに、本題だけを語る。
「連中は当時の水準から考えれば卓越した航海術を持っていたがためにその勢力を大陸側ではなく海側に伸ばしていった、華南・台湾、フィリピン、インドネシア、ニューギニア……各地で混血しながらも東へと勢力を伸ばし続けた彼らはやがてハワイ諸島に辿り着いた」
それが今でいう所のハワイ先住民とカテゴライズされる古くからこの地に在住する人々の起源。まだアメリカの州に付け加えられる以前の、独立した国家として在った時代のハワイ人たちの始まりである。
「だからこそ連中を語る時、魔術師共の焦点は連中が広めたポリネシア神話に行きがちだが……」
そこでニヤリとアレクは底意地の悪そうな笑みを浮かべ、何処か得意げに続ける。
「ハワイに至ったポリネシア人に関しては過程でヘブライ──イスラエル民族の影響を受けているという。こちらだとキリスト系の新興宗教の影響があるために、学者間では懐疑的な話であるというが、しかし同時にこれを明確に否定できる説話も存在しえない」
……因みにアレクの言うキリスト系の新興宗教とは、一般的な新興宗教にありがちなイメージを裏切らず、色々と
まあそれを言ってしまうなら、そもそもハワイ創世記神話からして後世流入したキリスト教の宗教観が垣間見えるため、
「何故なら古代海洋民族であるポリネシア人たちが広域に渡って交流と交易を行っていたのは事実だからな。一説には南極大陸に初めて上陸した民族だとも囁かれている。キリスト教の影響はともかく、その多文化交流の過程で大陸側の影響を大いに受けた可能性はある──いや、違うな、影響を受けて
言いながらアレクは眼下に広がる夜のビーチの光景。
砂浜を歩く者や、夜風に当たる者、はたまたロマンスに耽るカップルと、様々な人種の者たちが夜遊びに夢中になる光景を見下ろしながら断言する。
「国家として開国したのは近世でも、多くの文化圏との交流自体は古くからに間違いあるまい。実際、漂着物や漂流物の逸話には事欠かぬし、俺が拝借しようとしているモノもその類いだ」
……《鋼》ひいては『剣』は大陸を駆けた騎馬民族スキタイ民族によって齎された神話だという。そして海を渡って日本にて刀という形に変遷し、その刀はやがてハワイへと辿り着いた。
『──つまり、貴方が興味を持ったのは
「そうだ」
今までアレクの言葉を一方的に聞いていただろう相手が初めて携帯電話越しに反応する。
それに頷いて、アレクは答えた。
「フン、例の
『……はぁ、勘が鋭いというかなんというか。先刻、《王立工廠》の方に目撃情報が来ましたよ。ハワイにてグィネヴィア来訪の可能性あり、と』
「そうか、食いついたか。あの女は最近やたらと刀に興味を持っているようだったからな、例の刀を頂戴する理由が増えた」
『全く貴方は……』
電話越しにすら伝わるアレクの表情を思い浮かべて電話越しに嘆息する。
権力者やそれに類する相手にはとことん露悪的なのは困った王子の性格である。
そしてこの性格こそ、現存する
『分かりました。貴方が
ふぅと息を吐いていう電話相手。だが、息を吸ってそれはそれ、これはこれと苦言を呈する。
『そういう現地調査でしたら、せめて一言ぐらい話を通してからいなくなってください! まつろわぬ神が絡む可能性が少ないとはいえアメリカは他の神殺しの勢力圏、荒事が発生する可能性はあるのですから!』
……ジョン・プルートー・スミス。アメリカは『ロサンゼルスの守護聖人』と称されるかの神殺しの勢力圏だ。本土から離れた位置にあるハワイとはいえ、アレク来訪の報をかの王が聞けば、かの人物が絡んでこないとは限らない。周辺への被害はともかく、かの王がアメリカの平穏を守るために戦う戦士なのは周知の事実である。
結果的に街の破壊活動に寄与していることはともかくとして、守ろうする気概自体は本物なのだ。厄介ごとを起こすアレクを嫌って出陣して来れば絶対に交戦する嵌めになるであろう。
しかもご丁寧にグィネヴィアもこの島に訪れているという。どう転んでも騒動の気配しかない。
懸念する臣下の声に、対するアレクと言えば肩を竦めていけしゃあしゃあと言ってのける。
「それを見越しての正規外ルートでの来訪だ。交通機関を使っていない以上、足は付きにくいし、ホテルの名義も別の者のを借りている。それにあの気取り屋が今は邪術師共との暗闘に忙しいのは把握済みだ」
平時であれば権能を用いての国外移動を行わないところ、態々、権能を用いてハワイに乗り込んでいた理由と単独行動の理由をアレクは同時に明かす。
それに……とアレクは単独でハワイ入りしたことを咎める部下に、最も効くであろう一言を述べる。
「この通り、事は迅速を要求されるものだ。加えて言うまでもなくハワイは島国──向かうとしたらまず飛行機での移動が前提となるが、おまえはそれで大丈夫なのか?」
『飛行機!』
アレクの一言に大袈裟な態度で叫ぶ電話の相手。
予想通りの反応に、思わず今度はアレクの方が小言を漏らす。
「仮にも
『冗談じゃない! あんな鉄の塊に乗るぐらいなら、泳いで太平洋を渡る方がまだマシだ!』
「……そんな悠長に付き合う暇が無いから、こちらの手段を取っただけだ」
──剛毅にして冷静沈着、二十代後半という若くして既に、かのイタリア最高の英雄パオロ・ブランデッリとも互角に戦いうる力量を持つ勇者であり、強者。
それが電話越しの相手であるサー・アイスマンという男である。
しかしそんな勇名を穢す、最大にして唯一の欠点が彼にはあった。
そう──飛行機嫌い、というその弱点、全世界を股に駆けるアレクとのかみ合わせが悪いその一点が、此度においてもアレクが単独行動に身を移した要因であった。
地続きでない以上、ハワイに異動するなら飛行機か船の二択。しかし先に挙げたように悠長にするわけにはいかない旅程である。となれば選択肢は前者一択であるが、当の本人はこの通り。
となればアレク一人の行動は仕方がない──と、一連を語って見せれば案の定、電話越しの相手は渋々ながらも納得する。内心でそこまで嫌かと突っ込みたくなるが、いつもの事なので口にはしない。
『仕方がありませんね。どちらにせよ既に貴方は現地入りした後、今更止めはいたしませんが……気を付けてください。グィネヴィアやかの冥王もそうですが、ハワイは日本とも親しい立地にある。或いは現地の魔術師が交流を持っているようならば、数か月前に確認された
「ああ、日本に顕れたという新参者か」
言ってアレクは鼻を鳴らす。誕生から間もなく、異国でヴォバン侯爵や同期のサルバトーレ・ドニと交戦し、国内に戻ってからはすぐに『まつろわぬ神』とやりあったという好戦的な新参者。
賢人議会では早くもヴォバン侯爵に類似した、フットワークの軽い好戦的な王として認知されているという七人目の覇者。……ハワイ入りしたという話は聞かないが、アイスマンの言う通り、かの王が参戦する可能性もまた十分に考えられるだろう。
だが……。
「ふん、問題はないな。軍神を殺しただけあって戦いに秀でた権能を既に複数有しているようだが、戦はともかく宝を巡る争いであれば話は別だ」
『戦い』という壇上においては神殺しは対等である。
勝利に貪欲な神殺しに老いも若いも関係ない。そもそもをしてジャイアントキリングを征してその称号を頂いた者たち。経験など勝敗には無意味である。
しかし、フィールドが『盗み』に限定されるのであれば話は別だ。
事その領域において、アレクの右に出る神殺しは存在しえない──。
「仮に出張って来たとしても……せいぜい目の前で、まんまと目的を達成してやるだけだ」
確信を以てアレクは言い切る。
……アレクの言う通り、『盗み』の舞台ではアレクの独壇場。それは事実としてアイスマンも受け入れる。
とはいえ神殺し同士の騒動に絶対はない。
フィールドが『盗み』から『戦い』に引きずり込まれれば話は変わってくる。
ましてやアレク──彼はかつて先に挙がった冥王スミスと同盟を結んだという話をした直後に、何故か交戦するという騒動を巻き起こしたこともある。
神殺しは騒動に愛されている。
ならば、と騎士は思う。
『……だと良いですが』
懸念が夜の闇に溶けて消える。
果たして、結末は未定のまま夜の闇は更けていき──全ては当日に託された。
前回のうんちくをアレクのうんちくでぶち壊すスタイル。
卑劣な逃げと笑うなかれ、神話警察から逃れるならどっちもあり、細部は曖昧にしとくのが、エンタメのコツよ!
あと新興宗教関連はうちの国で言う所のアイヌ的なあれって言えば「あっ(察し」ってなるんじゃないかな……。
めんどくさそうなので作中では曖昧にぼやかしたけど。