神々、君に背き奉る   作:アグナ

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南の島の征服伝承 Ⅴ

 朝の六時。目覚まし時計をセットするまでもなく、アレクサンドル・ガスコインは時間ピッタリに目を覚ました。睡眠の余韻に浸る素振りもなく、あっさりとベットを抜け出すとそのまま浴室へと向かい、シャワーを浴びる。

 身体の汚れを払うというよりも身体を目覚めさせるための湯浴み。十五分ほどで退出し、濡れた身体を拭って、洗面台に向かい、ひげを剃って、髪を整える。

 一通り終えたらシャツとスラックスを着て、さらにスーツを羽織る。

 

 せっかくのハワイ、せっかくのリゾート地だ。平時であればもう少しラフな格好で済ませるが、今日の所は“仕事”で来ている。

 外向きの格好をするのはアレクにとって当然のことだった。

 

 その後は携帯端末を操り、軽くメールを一瞥する。自身が率いる『王立工廠』からの定期報告や、その他情報を大雑把に確認するためだ。

 一連のやるべきことを速やかにやり終えたなら、空き時間用に取っておいた論文などを『召喚』し、目を通す。

 

 そうしていると不意にアレクの泊まる部屋の扉が叩かれる。

 時計に目をやると時刻は午前七時。

 予定通り、朝食の時間である。

 アレクは『召喚』した論文を虚空に返送し、席を立った──。

 

 

 

 

 神殺しと呼ばれるものたちは往々にして大雑把な性格をしているが、アレクは他の神殺しと違い、几帳面な性格をしている。

 尤も、「究極的には自分本位かつ自分勝手である」──とは宿敵の言葉であるが、ともかく、彼に受ける第一印象というものはとても神殺しには見えない振る舞いをする、という話だ。

 

 実際、いつも通りの朝を迎え、朝食後は律儀にコーヒーブレイクまで挟み、しっかりホテルのチェックアウトを済ませた後、ハイヤーを呼び出し、“現場”に向かう……など、出来るビジネスマン仕草のまま、堂々と『盗み』に向かう奇特な神殺しなど世界広しと言えどアレクぐらいだろう。

 

 過ぎ行く街並みを窓越しに眺めながら、アレクは思考をまとめていく。

 ……少し前より、アレクはこのハワイに関心を向けていた。

 いや、より正確に言うならばハワイに伝播する一連の神話──海洋民族が齎した海域全土に広がる“島釣りの伝承”に、である。

 

(──原初から存在する創造神が、何もない海の海中より陸地を釣りあげて島とする、大地の誕生、国生みの物語。言うまでもなくハワイに伝わる神話にはその描写がある)

 

 マウイ──ハワイ神話、ポリネシア神話を跨いで活躍する半神の大英雄である。神話において彼は魔法の釣り針を持っていると言われ、それを使って釣り上げた島こそハワイ諸島の始まりであるとされている。

 

(まさに海洋民族が齎した原初神話の典型例。海洋国家に多く残る、国生みの物語だ)

 

 この手の逸話はハワイのみならず日本や、他の東アジア諸国にも散見される。原初の海より島を釣りあげて国とする、世界創造の神話。

 

(だがマウイや日本のイザナギは創造神ともう一つ、別の側面を有している)

 

 それは英雄という属性。彼らは国の始まりを担う創造神にして、同時に偉業を成し遂げた英雄でもあるのだ。

 例えば後者のイザナギ。彼は後に先立った妻を救うべく、冥府下りという難業に挑んで見せた。妻を救うという一点は結果的に見るなのタブーを犯して失敗したものの、冥府下り自体は成功させ、見事、妻を連れ出すところまでは達成している。

 

 そしてマウイ──ハワイ神話のこちらはより複雑だ。

 

 彼は島を生み出した創造神にして、怪力無双の英雄にして……イタズラ(・・・・)好きの神である。

 

(マウイには国釣り神話の他にも空を持ち上げた逸話に、太陽を捕まえた逸話……大ウナギを退治した逸話がある。それはつまり他神話に見られる神々、英雄、トリックスターという三つの属性を一身に背負う神格であるということだ)

 

 本来であればそれぞれが別途、独立した神性として分けられるだろう役割をただ一身に背負うマウイという神格。

 アレクがここ、ハワイに興味を向けた理由は彼の存在があったればこそ。

 この複雑な神性を見極めるために、アレクはハワイに語り継がれる神話を調べ始めたのである。その過程で目に留まったものこそ、『鉄の刀の物語』──日本より伝来したという刀を巡る一連の民話である。

 

(かの刀がハワイ諸島に流れ着いたのはおよそ十三世紀頃。当時のハワイ人たちは流れ着いたこの風変わりな(もの)を武器として認識せず、美術品の類だと思い込んでいたという)

 

 それつまり、それまでこの国には刀──『剣』の概念が存在しなかったことを指し示す。彼らにとって武器とは石を削った斧であり、サメの歯を抜いて作った槍である。

 陸の──鉄を鍛えて鋼を造り、刃と変ずる『剣』の概念を、近年に至るまで彼らは知らなかったのである。

 

 この時である──アレクは結論した。

 《鋼》の起源はまず大陸、それも沿岸部ではなく中央に寄るものである、と。そして同時に神祖たちが崇める『最後の王』が海に付随することを認識したのだ。

 

(《鋼》には騎馬民族スキタイが関わっている。ならば出どころは大陸中央であろうとは推測されていたものの、確信には至らなかった。が、沿岸部ひいては海域神話に大きな影響力を齎したこちらに『剣』の概念が無い以上、推測通り《鋼》は大陸由来──それも東から西へでもなく西から東へでもない、中央から東西に広がった神格)

 

 例えばアーサー王のエクスカリバー。

 例えばスサノオの天叢雲劍。

 

 『剣』という概念は内陸部に端を発するものであり、《鋼》に深くかかわるという『最後の王』も此処に属する存在であろうことは想像に難くない。

 同時にアレクは考える、《鋼》とカテゴライズされる神性における『剣』の属性の重要性を。

 

(……役割の面で言えばマウイという存在は『最後の王』と呼ばれても十分だろう。ここハワイのみならず、マウイはニュージーランドのマオリ族、トンガ諸島、タヒチ、サモア、マンガレヴァ──海洋広域に記される存在だ。付け加えて神々と英雄とトリックスター全ての属性を有するとなれば『最後の王』の正体と言われても何ら違和感はない)

 

 だが推測通りならば『剣』を持たぬマウイは『最後の王』足り得ないはずだ。

 そして逆説的に言うならば《鋼》の最源流、『最後の王』という存在にとって『剣』の概念はそれほど重要なのだろう。

 重要なのは伝承分布の広さでもなく、神性としての属性の多さでもない。

 

 『剣』の概念──『最後の王』の正体を暴く上で、鍵となるもの。

 さらにアレクは、もう一つ。着眼したものがある。

 

 ハワイに流れ着いた日本刀は、当初は美術品として物珍しがられたが、それが武器と分かるや否やハワイ人たちはこぞってこれに神聖を見出し、崇め奉った。

 実際、ハワイ人たちにとっては人類史における銃や戦車に匹敵するゲームチェンジャーだったはずだ。なんせ石斧よりも遥かに鋭く人体を引き裂き、サメの歯よりも鋭く抉る『剣』である。

 それを手にしたものこそが勝者となる──期せずしてかのアーサー王伝説に謡われるエクスカリバーのような持ち上げ方をされても仕方があるまい。

 

 『剣』を知らない者たちが『剣』を知った時の対応──その一連にヒントが潜んでいるのではないかと認めた。

 

(《鋼》は《蛇》の天敵にして征服者──この関係を知っていれば、自然と連想しやすいだろう。『剣』を知ったハワイ人らの反応とその後の対応、この一連こそが《鋼》という存在の神髄、つまり──)

 

 『剣』を握る征服者。何物にも敵わない武器を掲げ、あらゆる敵を征服して君臨する最強の戦士。東西に分かれてそれぞれ伝承される聖剣伝説の源流にこそ『最後の王』は存在するのではないか、と。

 

 ……時代背景を考えればハワイに残る『刀』が聖剣の原型に近しい呪具であるとは考えずらい。あくまでもただの刀。『剣』の概念をハワイ人に齎したという文化的資産である可能性の方が限りなく高い。

 しかし、それでも──新たなヒントは得られるやもしれぬ。

 

「…………」

 

 こうしてアレクの紀行は決定づけられた。

 《カルイキの刀》──ハワイ諸島に齎された『剣』の概念。

 この正体を確かめるべく、アレクは直接赴くことにしたのである。

 

 ──車が停車する。

 目的地はすぐ目の前に、アレクは料金を支払って下車した。

 

「着いたな」

 

 呟いて、見る先はハワイ最大の美術館、ホノルル美術館。

 在地の魔術師たちが管理する《カルイキの刀》を秘蔵する施設である。

 

 ……軒先には臨時休館の看板。

 平時のホノルル美術館の休館日は、月曜日と火曜日、それから祝日に限られるもののはずだ。インターネット上で公開される情報にも、直前までいつも通りの営業日程が記されていたはずだが……。

 

「ふん、『予告状』は出していたからな。大方、在地の魔術師どもの誰かが何処かのタイミングで俺の存在に気付いたか、或いは単に別件でトラブルが発生したか──」

 

 恐らくは観光目的の者たちだろう。アレクの他にも何人かの人々が軒先の表示を見て、受付の人間に問い合わせているのが見える。

 適度な人込み──ちょうどいい。

 

「では行くか」

 

 そうして白昼堂々、盗み目的の怪盗は一歩、二歩と踏み出し、三歩目を踏むと同時に、黒衣の姿に紫電が宿る。

 堕天使レミエルより簒奪せしめし『黒王子』の代名詞──『電光石火(ブラック・ライトニング)』が発動した。

 

 これによりアレクの身体は《神速》へ移行。何者も捉えられぬ電光と化す──!

 

 他の神殺しの事情は知らぬが、アレクの神速には様々な応用法がある。

 虚空に残像を残す分身、自分以外の他者に対する神速の付与(エンチャント)、一瞬だけ雷に変化しての雷撃放射法などなど。

 これはそのうちの一つ──ほぼ完全に気配を断ち、神速で隠密行動をする手法である。

 

 《神速》はその超高速の速さ故、動く気配で人々に異常を察知させてしまう力だが、アレクほどに《神速》に長けた人物ともなれば、動く速度を意図的にコントロールし、音も影もなく神速で動き回るといった動作も可能なのである。

 代わりにこれをする時は余分な荷物を持てず、コートすらも着ていられない。繊細な力加減を間違えると一瞬で気配が露見してしまうためである。

 この状態で持ち運べるものと言えば紙切れぐらいであろうか。

 

 完璧な状態を維持するならば上着を脱いで薄着で振舞うのが最善だが、今日の相手は神々や神殺しのような人外のそれではなく、あくまで神秘を担う学徒たち。なのでいつものスーツ姿のままでの転身であった。

 

 人波を縫って堂々と美術館内部に侵入。

 科学的な警報装置も、魔術的結界も縫って、誰にも気づかれぬままあっさりとアレクは施設内部へと踏み込んだ。

 

 中には来客もなく寂し気に鎮座する美術品の数々と、伝統衣装に身を包む、明らかに常人離れした振る舞いをする幾人かの人々。

 魔力の気配を感じることからして、ハワイに在住するこの島に在る古くからの伝統を担う魔術師たちであろう。

 

 諸島民族(ハワイアン)は勿論のこと、集団には他にも異国の装束を身に纏った魔術師も混ざっている。恐らくは例の刀の共同研究者といった所か。

 侵入者の気配に視線鋭く見渡す彼らを傍目に、ご苦労なことだと肩を竦めてアレクは堂々とその横を過ぎ去っていく。

 

 盗人にあるまじき太々しい態度のまま潜行するアレクだが、その最中にふと違和感を覚えた。

 

(……予告状は出したが、日時までは指定していなかったはず。俺の存在を察したにしては少しピンポイントすぎはしないか──)

 

 ……確かに来訪することは告げた。

 ……権能を使っての不正入国後は姿を隠すこともなく堂々とホテルや市内で振舞っていた。

 ……此処に至るまでは公共交通機関を利用した。

 

 現地で気づくタイミングは何処でもある。今朝方気づいたから網を張ったというならば直前の警備も頷けるだろう。

 だが──それにしては外も内も「慌ただしさ」が感じられない。

 まるで事前の打ち合わせの通りに、計画通りに動いているかのように。

 

「今日、俺が侵入することを知っていた? いや、俺が今日に実行することは誰にも明かしてはいない。王立工廠にも昨日の連絡があって初めて口頭で伝えたはずだ。ここまで正確に予見する手段など無い筈だが──」

 

 考え、呟きつつも足は止めない。

 何にせよ、事前に知れたところで彼らに自分は止められない。

 神殺したる己を捉えられるとすれば、それは──。

 

 そうして実に呆気なく、アレクは目的の品の前まで辿り着く。

 

「……これだな」

 

 光を反射する展示硝子(ショーケース)の向こう。

 太刀掛けに飾られる鈍色の刃を一目見て、確信しながら腕を伸ばす。

 

 僅かな警戒は、あっさりとした目的達成を前に行き過ぎた懸念だったと掻き消え、

 

 

此処(・・)だな」

 

 

 アレクの耳朶を打つ、若い男の声。

 瞬間──何処からともなく飛び出してきた人影がアレクを強襲する。

 雷光も斯くやという勢いで鞘走り、振り抜かれる居合切り。

 

 神殺しの余白を穿つ、雷切が閃いた。

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