神々、君に背き奉る   作:アグナ

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気づいたらカンピオーネ二次が息していない件について。
書いたら増える、書いたら増える……。


神殺し Ⅱ

 オーストラリア某所──山荘。

 

 夕日も地平線に沈み切り、夜の帳も下りた夜。

 自然に囲まれた山荘は徘徊する獣の声どころか、虫の音一つ聞こえないほど、不気味なまでに静まり返っていた。

 人界遠い自然の中に作られた山荘にも関わらず、この静まりよう。聞こえる音と言えば轟々と不穏に呻く風の声のみ。

 

 妙に肌を生温く撫でる外気に触れ、思わず万里谷祐理は悪寒を覚えた身体を抱きとめるように両腕を重ねる。

 

「……はぁ」

 

 陰気なため息。気分を沈める要因は何もこの不穏な空気感だけではない。

 例えば満月を覆うほどの曇天。

 例えば地に満ちてゆく不穏な呪力の気配。

 例えば──周囲から聞こえてくる、少女たちのすすり泣く声。

 

「………」

 

 ──端的に状況を説明するのであれば、祐理はこのオーストラリアの地で人攫いにあった。

 

 彼女は元々、一人この地に渡ってきたわけではない。此処オーストラリアには家族と共に海外外遊の一環として訪れたものであり、目的もこんな人里離れた山荘を訪れるためなどではなかった。

 だが、丁度彼女ら家族が海外を回っている頃合いに、「とある人物」がある儀式を目論み、その儀式に必要な能力を持っていた裕理はその「とある人物」に目を付けられ、こうして人里離れた山荘まで攫われたという次第である。

 

 ──儀式の名を『まつろわぬ神の招来の儀』

 

 呪力と霊力に優れた魔女巫女たちと狂気的に神の招来を望む主催者の存在によって成立する大呪であり、秘儀。

 禁忌に等しい極めて危険な儀式である。

 

 実際の所、どのような儀式で、どのようなことをやらされるのか、祐理はまだ知らない。が、まつろわぬ神を人為的に呼び出す儀式など正気の沙汰では出来ないことだ。

 まず間違いなくこの場に集められた殆どが精神に大きな負荷を受けるのは間違いあるまい。下手をすれば廃人となるやもしれない。

 

 そして──この儀式を主催する人物はそんな犠牲を気にも留めない怪人である。

 目的のためであれば容赦なく、呵責なく、裕理たちを生贄に目的へ励むだろう。

 

 まつろわぬ神を地上に呼び、ただ戦う。そのためだけに。

 

「お父さんもお母さんもきっと心配しているでしょうね。それに、ひかりも……」

 

 恐怖も怯えも無論あるが、こうなってしまったなら祐理は諦めるしかなかった。かの暴君が集めた魔女巫女の逃走を許すとは考え難く、抵抗など甚だ無意味。何故ならばかの個人こそ人類にして人類に在らぬ魔王。

 既に多くの神々を殺め、百年以上を生きる怪物!

 

 サーシャ・デヤンスタール・ヴォバン侯爵。

 

 欧州に恐怖の代名詞として轟くかの御仁に相対できるものなど存在しない。高名な魔導士であれ、歴戦の騎士であれ、かの御仁は吐息一つで吹き飛ばす。

 抗える者などそれこそ神か──彼と同じく魔王を名乗る覇者のみである。

 

「…………」

 

 そして魔王は総じて傲岸不遜にして傍若無人の徒。

 態々、見ず知らずの魔女巫女たちを助けようなどという気性の穏やかな王など裕理は聞いたことがない。──つまるところ、彼女たちは詰んでいた。

 出来ることは限りなくゼロに近い儀式生還の可能性を祈り、この暴虐の悪夢が一秒でも早く醒めることを願うぐらい──と。

 

「────え」

 

 不意に──紗欄と鈴の音が聞こえた。

 顔を上げる。それは仏門の徒が握る錫杖の音に類似していた。

 だが、心の曇りを晴らすような美しい音色は尋常の者ではない。高僧かそれに類する聖人の類。

 何某かの信仰者として道を究めた果てにある極みに至った者──そんな高みにあるものが鳴らす高貴の音であった。

 

 視界が染まる。見ず知らずの風景を幻視する。

 霊視──万里谷祐理が攫われた理由にして、彼女が巫女として優れた資質を備えている証明が、鈴の音の正体を視る。

 

 ──其は義に獣心を隠し、手段がために義の旗を掲げし者。

   女人を思わせる美しい(かんばせ)

   戦国の世に響く神話の如き武名。

   戦乱を照らす純白の旗。風に靡く『毘天』の字。

   そして──神前に掲げられる窮極の刀。

 

羅刹(Rākṣasa)──保護者(rakṣas)──害し、守る、矛盾した二つの意味からなる宝物の守護神──でも、あの()は?」

 

 自分でも聞き取れないような譫言の後、ハッと正気を取り戻すとともに祐理は仰ぐように彼方を視た。

 

 月明りも届かぬ曇天の下。

 空をも覆う暴虐の王を見上げる、羅刹の王がそこに在る──。

 

 

 

 

「うわあ! 雰囲気あるね! 正しく魔王城だ!」

 

「……貴方は相変わらず緊張感というものに縁がないな」

 

 向こうに見る山荘を見上げながら惚けた感想を口に漏らすドニに怜志は呆れたようにため息を漏らす。

 

「ン──つれない反応だなー。僕と君の仲じゃないか。ここまで共闘してきたっていうのに君は冷たいなー」

 

「特に共闘した覚えはありませんが……まあ、同じ場所で暴れていたという共通事項ならなくもありませんが」

 

 出会って半日ぐらいしか経たぬ時間で、怜志は目の前の陽気な西洋人の性格を大体把握しきっていた。馬鹿で阿呆、手に負えぬ。

 真面目に接するだけ疲れるだけだと。

 誰であれ基本的に礼を払う怜志をして早々に投げやりな反応を示す程度にはサルバトーレ・ドニという男は享楽的だった。

 

「ちぇ、まあいいや。どうせ君にはことが終わった後に付き合ってもらう予定だし、一緒に盛り上がるのはその機会に取っておこう」

 

「その極めて多方面に勘違いを意図させる言い回しは非常に止めて欲しいのですけど──それについては同意見だ。さっさと要件を終わらせるとしようか」

 

 とはいえ流石に事ここに至ってはドニも意識を切り替えてくる。

 何せ眼前には敵城。此処は戦地。

 ならば愉しむべきは会話に非ず、戦士として覇者と名乗り上げた者として、やるべきことは明白だ。

 

「それでどうする? 例の結社に聞いた通り来てみたけれど……これ、大当たりって奴だよね?」

 

「でしょうね。ご丁寧に餓えた獣の匂いがする。ご同類はこの先だ」

 

 Sydney Masonic Centreにカチコミ──もとい聞き込みを終えた二人はその情報を信じて例の人物が住まう拠点と目されたこの山荘の存在を聞き出していた。

 

 荒事は出来るだけ控えるという行動方針だったが、結局、場所を特定する過程で例の人物の配下を名乗る何人かの魔術師を半殺し──病院送りにするというトラブルに見舞われたものの、どうにかこうにか二人は山荘へとたどり着いたのだ。

 

「前みたいに正面からカチコミを仕掛けてみるかい? 僕、あのやあやあって口上気に入ってさー。せっかくならもう一回やってみたいなーって」

 

「あの貴方が勝手にやらかした無駄な仕草ですか。お陰で背負わなくていい苦労を多分に背負った気がしますけど……流石に今回は控えてください。救助対象の巫女が何処とも知れずの状態であまり刺激したくありませんし、侵入を悟られ、人質に取られでもしたら面倒だ」

 

「人質ねぇ……僕の勘だけど噂の王様はそんな面倒なことはしないと思うよ?」

 

「そうですか? 人物評を聞くに戯れと評して人々を弄ぶぐらいはしそうですけど」

 

「あー、そういう方向性ならあるかもねー」

 

「です。なので悟られず侵入し、迅速に救助、その後にかの暴君の首を落とすのが最善だと判断できます」

 

「ン、成程。君の意見に異論はないよ。僕としては戦えればどうでもいいし、けどさ──気づかれないようにっていうのは遅すぎたね。やっぱり同族は鼻が利くみたいだ」

 

「何を──ああ、確かに、ちょっと無遠慮に近づきすぎましたね」

 

 会話が途切れ、両者の視線が闇の向こうへと向けられる。

 暗闇。そこからゾロゾロと音もなく迫ってくる不穏な人影。

 

「数は三十といった所ですね。囲まれているようで」

 

「じゃあ僕は右をやろう」

 

「では俺は左ですね」

 

 歩み出てくる影たちに向け、ドニは愉し気な笑みを浮かべながら背に背負った黒いカバーに覆われた棒状の物体に手を掛け、怜志は無表情に懐へと手を伸ばした。

 ……視界に影が露わになる。

 傷だらけの甲冑に身を包む騎士、ボロボロの衣服を纏った魔導士風の女、カソックを身に着けた法典を手にする神学者──装いは総じてバラバラ、なれど共通事項が一つだけ。

 現れた影は、全てが死人だった。

 

「曰く──かの魔王は自らが殺害した人々の魂を檻に収め、弄ぶ権能を有しているという」

 

「死神だか冥府の神だかから奪い取ったって奴だっけ?」

 

「『死せる従僕の檻』──配下を名乗る魔術師たちはそうおっしゃっていましたね」

 

 権能──それはまつろわぬ神を殺害せしめた魔王の証明。

 人類最強の戦士であり、魔王にして覇者である“神殺し”が有する神々より奪い取った特異能力。

 

 目の前のこれこそ、その具現。

 かつて老王の暴虐を止めんがために挑み、敗れ、死して後もその魂を魔王に捕らわれ、尊厳も死骸も奪われ、今なお凌辱せしめられる非情の光景。

 

「そこそこの達人も混ざっているようです。それにこの数、並みの手合いではどうにもできないでしょう」

 

「そうかい? これぐらいならうちの師匠でも行けそうだけど……ま、でも僕達には関係ないでしょ」

 

「否定はしません」

 

 悍ましい光景、数的劣勢──されど年若き少年たちに気負いの類は欠片もない。どころか、死者の行軍を何処か他人事のように捉えていた。

 死者が動く。

 

『『『────!』』』

 

 剣が、槍が、弓が、或いは杖や魔導書が。

 魔王に挑みながらも敗れ、今も地上に縛り付けられる歴戦の勇の残骸たちが、かつての奥義を開帳させ、死者の行軍に新たな犠牲者を積み重ねようと襲い掛かる。

 

 飽和する武力と呪力の集中砲火。

 無情なる暴力が二人を仕留める──その刹那に。

 

「──ここに誓おう。僕は、僕に斬れぬ物の存在を許さない」

 

「──八重垣作るは天国の刃、神州正気凝って百錬、鋼を以て動天地異、治め奉る」

 

 呟かれる、二種の呪文。

 刹那、迫る無情の暴力は、それ以上の暴虐を以て食い散らかされた。

 

 右手──サルバトーレ・ドニの正面を奔る魔剣一閃。流星の如く煌めく刃が死者を悉く切り裂き滅した。

 左手──天国怜志の正面を奔る居合一閃。透き通る水面のような一太刀は音もなく夜に一瞬の輝きを見せ、死者の嘆きを掻き消し、夜の静寂を取り戻させた。

 

 動と静、受ける印象は真逆なれど訪れた結果は同じ殲滅である。

 鎮魂など生温い、魂魄の一欠けらも残さない凄絶な暴虐が一撃で全ての死者を仕留め切った。

 

 パチパチパチと剣を収めながらドニが笑って手を叩く。

 

「お見事」

 

「そちらこそ予備動作なしでの早業、何度見ても大したものだ」

 

「ありがと。けど僕が言ってるのは腕じゃなくて刀の方だよ。いやあ見るのは二度目だけど凄い凄い! それ、自前(・・)だろ? 神様には人間の魔術なんて効かないっていつか師匠が言ってた気がするけど、いやあ師匠にも知らないことってあるんだねー」

 

「俺のこれはだいぶ例外だと思いますけどね。……その反応を見るに、やはり俺たち(・・)のことは本当に知らないようですね」

 

「だから何度も言ってるじゃないか。僕はそういうの疎いんだよ」

 

「……ま、天国(・・)なんて、国内でも普通は珍しい苗字程度の反応ですから、これに関しては俺が過敏すぎただけか」

 

 ヘラヘラと無知をひけらかす同胞の反応に、ふぅと肩を力を抜くように怜志は刀を手放す。何処からともなく顕れた刀剣は最初からその存在が無かったかのように虚空へと消えた。

 

「ともあれ、敵襲にあった以上、既にバレて居るのは明白ですね。……貴方の提案に乗る、という形になるのは癪ですが正面から堂々と乗り込んで救出するのが手っ取り早そうだ」

 

「ははっ、良いねえ! ならせっかくだ。どちらが先に魔王に遭遇するか競争しないかい?」

 

「……一周回ってその道楽加減が頼もしく思えてきましたよ。いずれ貴方を広く認知することになるであろうイタリアの魔術師たちに同情します」

 

 欧州に悪名を轟かせる魔王に侵入がバレているというのにドニは変わらずであった。それに怜志はもう何度目かになる呆れを抱く。

 

「俺の目的はあくまで巫女の救助です。魔王の相手を貴方が務めるというのであれば俺はお任せいたしますよ」

 

「えー」

 

 相変わらずのつれない反応──それにドニが不満の声を漏らした直後。

 

「ですが──そうだな(・・・・)

 

 声音が変わる。怜志の口元に──とても礼儀正しく非戦的な人物とは思えない、酷くらしからぬ感情が過る。

 

「事が終われば、まとめて相手にするのも楽しそうだ」

 

「──……ああ、やっぱり! 君はそういう奴だと思っていたよ!」

 

 垣間見える『獣』の気配。それを察してドニは歓喜の声を上げる。

 間違いない。この目の前の少年も間違いなく同胞。

 それもかなりノリがいい方と見た。

 

「だったらそれまでは僕が引き受けておこう。君はさっさとお膳立てを済ませてくると良い。君、そういうのを済ませないと暴れられない性質なんだろ?」

 

「理解が早くて助かる、と礼を言っておくべきかな?」

 

「いいさ、面倒だけど後で気持ちよくやれるなら問題ない。僕だって伊達や酔狂って奴に多少の理解は持ってるさ!」

 

「さよけ」

 

 少年の道行が分かれる。片方は王の如く進軍を開始し、もう片方は闇にその存在を紛れ込ませるように沈んでいく。

 

「では、また後で(・・・・)

 

「じゃあ、後でね(・・・)

 

 ──斯くして戦端は静かに切られた。

 

 最古の王へ、最新の王たちより。

 下剋上を謳う大戦を前に、夜の闇だけが怖気るように風を鳴らした。

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