神々、君に背き奉る   作:アグナ

31 / 63
後始末

 鼻孔を擽る薬品の香りで怜志はパチリと目を覚ました。

 まず目に入ってきたのは白い天井。

 次いで自身が眠るベットの端に添えられた花瓶に気づいた。

 

 ……起床直後とは思えない思考の速さで怜志はどうやら自分がどこぞの病院で寝かせられていたらしいことを察する。

 身体は気だるく、節々が痛む。直前の記憶が正しければ自分はかの英国に居を構える神殺しとの戦に臨んでいたはずだ。だのにこうして病院のベットで休んでいるということは自分は敗れたというのだろうか。

 

 否、刀に手ごたえはあったし、仕留めたまでは言い切れずとも会心の一撃を自覚はしている。であるならば考えられる顛末としては相打ちという着地点か──。

 

「知らない天井だぜ……」

 

「…………」

 

 そんな思考を回していると、思わず眠り直したくなるような惚けた声が聞こえた。

 創作物でありがちな王道発言(テンプレ)を発したのは怜志ではない。

 気だるい状態で相手にするにはかなり面倒くさい相手が同席していることに、怜志は状況を察して諦めのため息を一つ吐いた。

 そして全身を巡る鈍痛を無視しながら上体を起こす。

 

「アンタが言うんかい、というツッコミ待ちですか。幸徳井さん」

 

「んにゃぴ、こういうのはお約束でしょ! っという華ちゃんなりの気遣いだったり!」

 

「ではその手に持ってるリンゴも?」

 

 予想通りベットの脇に用意されている椅子に腰かける幸徳井を半眼で見ながら、彼女の手元にあるリンゴに気づいて問いかける。

 順当に考えれば病人である怜志のために用意された見舞い品。

 だが、この人の場合考えられる返しとしては恐らく……。

 

「え? これ私のだけど? 食べたい? 青森県産シナノレッド」

 

「……いえ。お構いなく」

 

「ん、おかのした」

 

 そう言って本当にお構いなく摘まむ華。

 たまりませんなというワザとらしい美味の表情に若干怜志はイラっとしながら早期に確認するべき事項だけを手早くぶつけていく。

 

「例の刀は?」

 

「取りあえず無事。戦場跡みたく荒れまくってるホノルル美術館前の広場の地面にエクスカリバーよろしくぶっ刺さってたけど折れてはいないよ。まあ盗まれる前にはなかったはずの刃こぼれやら傷やらは何故かあるけどね! あっはっはっは!」

 

 古美術を尊ぶ者の価値基準に照らし合わせると目を覆いたくなるだろう始末を笑い飛ばす華。実に相変わらずだが、下手人には怜志も関与しているため強くは言えない。

 ただ折れていなかったのは不幸中の幸いだろう。

 修復費諸々は後でコーンフォールにあるという『王立工廠』に請求してやればいい。

 

「ではそれを狙った怪盗の方は?」

 

「そっちも取りあえず無事! 精々が全身にある鋭い刃物で引き裂かれたような裂傷含む軽傷と肺に穴が開くぐらいの重症だけだったからね! 君とは違う病院の病室に投げ込まれた後、君より二時間ぐらい早く目を覚ましてケロッとしてたって! 生命力アメーバ並かよ!!  君もだけど!!」

 

 倒れ込むほどの重症は自分だけではなかった、ということは相打ちだったようだと結論して納得する怜志。

 これで敗走していた上、手心を加えられたとあれば今すぐ突撃して二戦目も厭わないところだったが、どうやらその必要はなさそうである。

 

「じゃあガスコインはまだハワイに?」

 

「んん、それについてはノー。ちょっと前にロスにいるっていうアメリカの正義仮面の名義で抗議文が来ててね。これ以上ハワイを火薬庫に出来るかっていう配慮の下、死にそうな顔したオランダ人が飛行機で来て♰黒王子♰を連れて帰ったよ、飛行機で」

 

「そうですか……」

 

 やたらと飛行機を強調する華に訝しみながら怜志は状況を把握する。

 

 相変わらず変な渾名を付けているため分かりづらいが、アメリカにいるという神殺しからの警告があったということだろう。

 此処ハワイは本土からは離れているとはいえアメリカ自治州。

 手前の庭で他国の神殺しが二人も暴れているとあれば、現地の神殺しも黙っていないという話だろう。

 

 だとするならば最初から黒王子の一件は向こうが対処するべき案件のようにも思えるが……まあ、態々華が怜志を呼び寄せた辺り、向こうにも対処できない事情というものがあったと考えるべきだろう。

 

 ともかく、これ以上の乱闘を起こさないようにという周囲の配慮の下、怜志と黒王子はその邂逅を終えたらしい。

 雌雄を決することは出来なかったが、同族や神々の争いが完全に決着する方が稀と聞く。

 当初の目的は達することが出来た以上、これ以上は望むべきではないかと肩を竦めた。

 

「万事、一件落着と。そういったところですか」

 

「おー、いえす! 神殺し同士の破壊行為によってこれ以上街が直接的に無茶苦茶になることは無いという意味では平和だね!」

 

「……含みがありますね?」

 

 一言平和と言い切らず、何やら煮え切らない言動をする華。

 当然、怜志はそれに気づくが「まま、そう焦らず」とアルカイックスマイルで懸念の表情の怜志を封じ込めると華はあからさまな話題変更を図る。

 

「あ、そうだ! 結局なんで王子くんが刀を欲しがってたとか分かった? 華ちゃん的にはどうせ《鋼》案件だろうと推察してたんだけど」

 

「いえ、聴いてませんね。そういえば。何やら刀の詳細を調べたがっているのは察せられましたが」

 

「えぇ……なに王様、事情も聴かずに初手から仕掛けたの? なにそれこっわ、蛮族じゃん」

 

 ドン引きの表情を浮かべる華。流石にムッとして怜志は言葉を返す。

 

「敵は足が速い《神速》使いです。それに手にする権能も策謀との組み合わせに富んだものと聞いていました。そんな相手が『盗み』に焦点を絞って襲い掛かってくる以上、後手に回っては勝ち目がないでしょう。ただでさえ今回に関しては勝利条件がある。なら敵の意識の間隙に仕掛けるのは当然でしょう」

 

 怜志的には考えた末の最善手であったつもりなのだが、それを聞いて何故か華はより引いていく。

 

「うっわ、話し合いとか交渉とかの思考ないよこの王様。普通はさあ、穏便な解決法とか穏当な着地点を探るもんじゃない? 武力行使は外交の最終手段だよ?」

 

「窃盗予告なんて舐めた真似している人にそんな手段が有効なわけないでしょう。ああいうのは一度痛い目を見ない限り手を引かないどころか行為がエスカレートしていき繰り返します。交渉するにしても一撃見舞ってからでしょう」

 

 ヴォバン侯爵が正にそうだったが『王』同士の会合は基本的に舐められたら終わりだと怜志は思っている。なにせ己含めて神にも背いた反骨精神の持ち主なのだ。神殺しという生き物は。

 だからこそ自分より力なきものの説く道理やら言い分に唯々諾々と従うようなわけもなく、己の道理を優先するのは当然のこと。

 

 それを捻じ曲げさせようとするにはやはりこちらも相応の武力を見せなければならないだろう。話が始まるのはそこからである。

 

 と、経験則に則り己の正当性を主張する怜志だが、華は呆れていた。

 

「ヤーさんの思想……いや、その元ネタの戦国時代の方かな。目覚めた二つ目の権能といいうちの王様は桶狭間に生きてんな……」

 

「何です?」

 

「んにゃ、蛮族と言ったのを改めようと。今のを踏まえてうちの王様のことは鎌倉武士になぞるのが正しかったねって!」

 

「……改まってるんです? それ」

 

 人によっては蛮族よりも下に位置する表現だが。

 まあ他人からの評価をあまり気にしても仕方がないと怜志は聞き流すことにした。

 

「まあ無傷とはいかなくとも刀は守れ、例の王もこの地を去ったというならばハワイは平穏を取り戻したと言えるでしょう。これで依頼は達成ですね」

 

 この地に赴いた大義はこれで無くなった。ならば去った黒王子と同じく自分も早々に帰国するべきだろう。

 アメリカにいるという神殺しを刺激するのもアレ、というのもあるがそれ以上に元々休日に捻じ込んだ強行軍。

 夏休みという長期休暇が終わったばかりの怜志には学校という義務が生じている。

 

 身体の鈍さからして一日は経過しているはずなので今日は平日の月曜日。

 本来であれば学校に通っていなければならない日和だ。

 神殺しとなる以前から家業の事情で欠席する機会が少なからずあったので先方もその辺留意しているだろうが、それでも来年に受験を控えた身で学業を疎かにするのはよろしくないだろう。

 用が済んだというならば早々に自分も日常に復帰しなければならない。

 

 しかし、それに待ったをかける人物がいた。他ならぬ幸徳井華その人である。

 

「それがねー、ハワイが平穏を取り戻すかどうかは王様の肩に掛かってるんだよなこれが」

 

「どういうことです?」

 

 問いつつ──ふと、脳裏に思い浮かんだことがある。

 神殺し同士がその膨大な呪力と権能を振り回したというならば周囲への影響は相当のモノになるだろう。場への物理的、霊的被害は尋常なものではなく、それらが波及し新たな問題の引き金となることも稀ではないと聞く。

 

 だとすれば怜志とアレクの衝突に触発され、魔獣なり神獣なり……果てはまつろわぬ神が顕現してもおかしくはあるまい。

 そしてアレクは既に帰国しており、場合によっては対処できる人間が怜志しか残っていない。そうなれば……もう一度、刀を握る必要があるだろう。

 

 ふうと万全ではない己の身体に酸素を取り入れる。

 返答によっては次戦も辞さない覚悟で怜志は追求した。

 

「それで何があったんですか?」

 

「雨が止まないんです」

 

「…………はい?」

 

「だから雨が止まないんです。はい御覧ください王様。窓の外を」

 

 ニッコニコの表情でクイックイッと窓の外をジェスチャーする華。

 見ると病室の窓の外では雨が降っていた。

 しかもゲリラ豪雨とかそういう結構な雨量が……。

 

「………………」

 

「いやあ一時間降水量300㎜だってさ! すごくね? ハワイにも雨季はあるけど大抵はにわか雨程度だし、こんな日本の台風かよってレベルの降水量は過去に類を見ないってさ! お陰で公共交通機関が絶賛大混乱中だったり、ハワイの主要産業である観光業に大打撃だったり、アラワイ運河とかワイルク川が氾濫して沿岸部がとんでもないことになってるよ!!」

 

「………………」

 

「ということで! さあ、王様! ハワイの平穏を取り戻すべくさっさと雨の権能を解除してくれないかな!! あ、ちなみに直前の気象状態からしてこんな豪雨はあり得んのでとっくの昔に王様の権能が引き起こした現象だって気づいてるからね! 華ちゃんが此処にいるのもみんなが何とかしてくれっていうからだし!」

 

 むん、むん! と両拳を握りながら怜志を促す華。

 他人の不幸は蜜の味とばかりにシャレにならない被害状況にも関わらず間接的な当事者は極めて楽しそうにしていた。

 それを呆然とニ、三拍ほど眺めた後、怜志はハッとなって外の曇天を睨みつけ、軽く念じてみる。しかし……。

 

「ヘイ、王様? どうしたん?」

 

「………………これは直感的話で、もしかしたら違うかもしれませんが」

 

「うんうん何事もまずは口に出してみるのが重要だよね。ということで何でもカモーン、華ちゃんはどんなことがあっても王様を受け入れてあげるから」

 

 知った顔でいつものノリで戯言を口ずさむ華。

 平時であれば嫌気の表情で一言入れるところだが、生憎とそれは出来なさそうである。何故なら自己のやらかし具合からして彼女に言える立場ではなさそうだからであった。

 

「第二の権能はガスコインを止める方法をと念じて、何も考えず衝動的に発動させました」

 

「うんうん、流石神殺し。物語の主人公みたく追い詰められると覚醒するんだね! それで?」

 

「なので権能を完全掌握したとは言い切れず、発動条件も恐らく己の武力以外に頼らなければならない状況、程度にしか分かっていません」

 

「なるほどー、力だけじゃあどうしようもない場面でのみ発動する権能だと。まあ権能なしでも刀一つでそこそこやれる王様に丁度いい権能だね! それで?」

 

「ですから現状、一度発動させたら自然に消滅するのを待つしかありません」

 

「そっかー、発動させることは出来ても解除させることはできないのかー。まあ? 神殺しと神殺しが死闘を演じた後なんだからこれぐらいの代償はしょうがないよね! ということで王様? この雨はどれぐらいしたら自然消滅するのかな? かなかな?」

 

 真正面からニコニコと怜志を眺める華。

 その視線から怜志は珍しく逃げるようにして視線を逸らしながらボソリと言った。

 

「具体的な数字としては」

 

「数字としては?」

 

「…………三日ほどかと」

 

「君が使ってから? この降水量で?」

 

「…………そうですね、ところで俺が倒れてから?」

 

「一日だね。てことは解除されるまであと二日かー」

 

「…………飛行機は飛べたんですよね?」

 

「それ以外は殆ど止まってるようなものだけどね」

 

「………………」

 

「………………」

 

 無音。無言。沈黙。

 うすら寒い静寂が病室を占める。

 と、不意に笑顔のまま華はスッと携帯電話を取り出し、ピッピッと番号を入力していくと何処かに連絡の電話を掛けた。

 通話待ちの呼び出し音で三つほど待ち、電話先に繋がる。

 

「私です」

 

「………………」

 

 一言目は普段の華からは考えられないほどに理知的で整然とした大人の女性然とした第一声である。

 

「頼まれていた件ですが、やはり黒王子との死闘によるダメージは酷く……我々魔術師程度の治療では未だ我らが王は目覚める気配はありません。王の臣下として力不足を嘆くばかりです……」

 

 如何にも忠臣の心痛そうな嘆き声とばかりに応じる華。

 

 怜志が思いつく限り、体に残るダメージはせいぜいベットで長時間眠ったことによる気だるさと全身の節々に残る鈍痛程度。

 意識は冴えており、何なら今から二戦目に臨める程度の余裕はある。この程度のダメージならアドレナリンで無視することも可能だろう。

 

「ええ……少なくとも後二日、それぐらいは目覚めることは無いでしょう。黒王子の持つ応報の権能は己が受けたダメージ量を代償に変えて相手に振るうと聞きます。肺を射抜かれるに等しいダメージを返されましたからね、寝たきりでもおかしくないでしょう」

 

「………………」

 

 無論、怜志の意識は痛いぐらいの現実を自覚する程度には冴えに冴えているが口は挟まない。勝手に始まった話は勝手に転がっていく。

 

「ですので王の権能によって引き起こされた雨は引き続きこちらで対処していくしかありませんね。ええ、ええ、これも仕方がない話です。元より神殺し同士の戦がただならぬことは我々魔術師にとっては常識、これも務めと割り切るましょう。それにこちら側は被害者。幸い、冥王陛下も私たち側に立って抗議してくださりましたし、被害の補填は賢人議会を通じて王立工廠に要求しましょう。現状こちらには二名の神殺しもついていますし、黒王子殿の勘気を過度に恐れる必要もありますまい──」

 

 さらりと全責任を黒王子に押し付けるように誘導しながら華はそのまま話を区切る。

 

「ええ。私はこのまま王の近くに待機したいと思います。我が身は無力なれども王を慕って集う六親の当主の一人として少しでも王のお近くで支えたいと願います故」

 

 怜志が知る限り職人組合(ギルド)の六親たちはせいぜいが名義上の代表(天国)の倅程度の扱いで、親戚の孫を扱う程度の接し方だった気がするが、彼らは皆内心で王を支える気概を持った忠臣たちだったらしい。

 今初めて知った内容である。

 

「それでは申し訳ありませんがそちらはお任せします。緊急時であれば私も出ますが、今は、少しでも王の御傍に……」

 

 と、感極まって如何にも声がくぐもったという様子で電話を締めくくる。

 人によっては涙声に聞こえたかもしれないが、怜志の視線の先ではいよいよ耐えきれぬとばかりに腹を捩ってククッと笑う華の姿。

 電話先の人物は悲壮な思いを抱える忠臣が王の近くに侍る忠義的な様子を思い浮かべてるかもしれないが、怜志からしてみれば面倒事から逃げる口実に都合よく王を利用する奸臣にしか映らない。

 

 ……時に華は言わなかったため怜志は知らぬことであるが。

 権能によって引き起こされたこの雨は呪力を断つ効果を発揮しているため、呪術的な措置が今のハワイでは封じられており、美術館前広場の騒動を隠すのが死ぬほど大変だったりする。

 

 現実は非情であったが、今はそれを咎めることが出来る立場にないので怜志は見なかったことにした。

 

「くふ……ということで王様?」

 

「……ああ、二日ほどベットの人になっとけばよいのでしょう。此度は俺の失点ですから是非もなし。ああ、申し訳ありませんが学校への連絡だけお願いしますね……」

 

「おっけー。それぐらいはおねーさんが解決しといてあげまショ。ということで満身創痍で後二日ぐらい寝ている王様? アメリカだしウノやろうぜ! どうせ暇でしょ?」

 

「……そうですね」

 

 いつもだったら聞き流す戯言に怜志は諦めたように従った。

 

 

 ──こうして《カルイキの刀》を巡るハワイ諸島での一連の騒動は終幕を告げた。

 結局、雨は怜志の直感の通りにそのまま二日ほど止む気配を見せず、ハワイに水害による甚大な被害を齎しつつも、二日後に目覚めたということになった王の目覚めによって収束したこととなり、ようやくの平穏を取り戻したのである。

 

 ちなみに、余談ではあるがウノは怜志が百連勝して華が奇声を上げながら手札のカードをぶん投げたことで終局したという……。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。