神々、君に背き奉る   作:アグナ

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断章:『天国』 ②

 ──南国の島の狂騒は終わった。

 ここ数日間続いた異常気象による降雨は既に上がり、各所ではいつも通りの日常を取り戻すべく復旧作業が進んでいた。

 洪水による建物浸水に伴う土砂の除去、崩れ落ちた建築物の再興、止まっていた観光施設の再開……等々。

 

 そうして全てが回復したころにはきっと今日の日のことなど忘れていくだろう。人の人生とは、人類の歴史とは連綿と続く破壊と復興のサイクルだ。

 大いなる力を前に恐れ、慄き、時に膝を屈し、それでも前へと立ち上がる。

 時には残酷な『運命』さえも痛烈に跳ね返すその強さ、愚かしさ。

 

 いついかなる世に在っても変わらない、その救い難い生態を傍目に彼女は砕かれた文化圏の一角に立っていた。

 

「────」

 

 美しい女であった。

 夜の雲間から降り注ぐ月光に照らされるその姿は正に夜会の主演の如く。ピスクドールを思わせる令嬢は瓦礫の山と化したホノルル美術館前にある広場で静寂に立ち尽くす。

 

 瞑目し、祈りを捧げるその仕草は侵しがたい清廉さと高貴さに満ちており、自然と発せられるその『格』が静寂広がる夜の広場を厳かなる場として支配していた。

 もしも、この場に一般人が紛れ込んでいたならばこう形容したに違いない。

 

 正しく、女神のようであったと。

 

「────」

 

 女の名はグィネヴィア。零落した神性、真実太古の時代には白き女神と謳われ、今は魔女たちの高位格、《神祖》を名乗る女。

 この世最後に顕れると伝承される魔王殺しの英雄──最後の王を求めて世界を歩く放浪者である。

 

「────」

 

 五感を研ぎ澄まし、無意識を拡大し、霊感を集中させる。

 祈り、願い、捉えるはこの世ならざる領域に刻まれた記憶。

 幽世とも、或いは生と死の境界とも呼ばれる領域に存在するというアカシャの記憶を読み取り、この場にある因果を詳らかにせんと霊視する。

 

 感覚に優れた巫女や魔女でも成功率は高くない霊視だが、元より大地を統べる地母神として在り、零落したとはいえ人を超える異能を有する彼女にとって、自意識による自発的な霊視は難しいものではない。

 このように意識を集中させて見せれば、運や縁に頼ることなく霊視を使うことは可能である。

 

 ……尤も、やはり何処まで読み取れるかについては天の采配に期待するしかないわけだが。

 

「────」

 

 視る──この場に残る残滓。運命に逆らう反逆者。神にも比肩する膨大な呪力。奪い取った神力の気配。

 

 雷と幻視を司る堕天使の残滓。復讐の三女神の残滓。大地と迷宮の神の残滓。半人半蛇の姿を持つ女神の残滓。陸の巨獣たる残滓。

 東方の軍神の残滓、西域に住まう龍神の娘の残滓。

 

 そして──『剣』の伝承の──……。

 

「──ダメですわね。神殺しとしての表面的な力……権能や神力の気配は読み取れてもその奥までは辿れない。やはり、もっと直接的に関わらなければあの方の力の根源を読み取ることは出来ないようです」

 

 独り言。この場にグィネヴィア以外の姿はなく、言葉は闇夜の帳に溶けて消えるのみ。だが──不意に影のようにして何か、大いなるものの気配が覆う。

 

(──では例の神殺しと戦い直に力を引き出してみせるか?)

 

 雨上がりの大地に作られた水たまり。グィネヴィアの足元にある些細な水面に騎士の威容が浮かび上がる。

 二次元に存在する白亜の騎士。ただ人には聞こえぬ領域に響く『声』がグィネヴィアの耳にのみ届く。

 其は神殺し、アレクサンドル・ガスコインと長らく敵対しながらも未だ彼女が大地に過ごすことを許される由縁。《神祖》とはいえ神殺しには及ばぬ彼女を守る最強の騎士。

 魔女たちの守護者、神祖を庇護する軍神。

 

 名を、ランスロット・デュ・ラックという。

 

 まつろわぬ身ではないが故に地上に顕現しえぬ騎士は位相を通してグィネヴィアと会話をする。

 

「……いえ、未だ真実遠き状態で神殺しと相対するには時期尚早です。かの者の背景を掴み切れていない以上、踏み込むのは早計でしょう」

 

(では?)

 

「中国、台湾──極東の地にまで『剣』の逸話が流れ着いた経緯を探っては来ましたが、外様の地を探るだけではやはり鍵は手に入らないようです。虎穴に入らざれば虎子を得ず、少々危険ですが、やはりかの一族を探るには直接東方の果てを訪れるしかありません」

 

(成程。神殺しではなく、かの者の縁者に接触するか。しかし身内の危機とあらば神殺しが関わってくるやもしれぬぞ? 極東に顕れたというかの御仁は如何にも義に篤き戦士。となれば──)

 

「ええ──ですので、此度のハワイでの一件のように。かの王には一時的に国を離れて頂きたいと考えております」

 

(鬼の居ぬ間にという奴だな。しかし一体どのようにしてかの王を引き離す? 彼らのことだ。策謀の気配ありと感づけば、思惑通りとはいくまい)

 

「ふふふ、方法に関しては一つ、グィネヴィアに心当たりがありますわ」

 

 騎士の問いに不敵な笑みで以て応えるグィネヴィア。元より宿敵たるアレクサンドル・ガスコインという神殺しと幾度も邂逅し、渡り合ってきた者である。

 神殺しの恐ろしさ、理不尽さ、その性質は誰よりも熟知している。

 対処法についても、無論。

 

「例の洞穴を利用させてもらいましょう。アレは力の主でなくとも上手く干渉すれば外からでも開くことが出来ます。騒動の気配あれば、如何なる地にも赴くのがかの魔王らの宿命。彼らに別の戦場を用意することで彼らを遠ざけます」

 

(洞穴──ほう! 成程、例の神殺しが地上に残せし、異界の門を利用するか! 確かにアレならばかの地より神殺しを、否、この世界より神殺しを一時的にも排することができような!)

 

「ええ。『聖杯』の力に頼ることにはなりますが……『剣』の正しき場所を掴むためにはこの程度のリスクは払うべきでしょうね」

 

 その点だけは無念だとばかりに首を振るグィネヴィアだが、既に心に決めたことに是非はなし。直接神殺しと競うことになるよりはマシだと飲み込む。

 

(とはいえ──如何にして神殺しに気づかれずして洞穴を開く? 陰謀を形にする前にかの神殺し殿に気取られては策はならぬが)

 

「それについても心当たりがありますわ。『剣』を探って大陸を辿った折、極東と通じる洞穴を見つけました。そちらを通じて東方の地にある穴をあけます。この手法ならばかの地に訪れぬまま、かの地に異界への道を開くことが出来ます」

 

 そう言ってグィネヴィアは空の向こう──かつて足を運んだことのある中華の地を見据える。かの地もやはり別の神殺しの勢力圏だが、幸いなことにかの地を統べる神殺しは滅多なことでは地上に姿を現すことは無い。

 気づかれずして事を成すには、やはり相当の気を回さなければならないが、極東に直接踏み入るよりは断然、容易ではある。

 

 ……方針は決まった、善は急げというし、悠長にしていてまたぞろアレクサンドル・ガスコイン辺りにでも気取られると面倒なことになる。

 

「叔父様。早速ですが──」

 

 もう此処に用はない。次なる目的を遂げるため、闇夜に暗躍するグィネヴィアは水面に浮かぶ守護神に呼びかける。

 

(──待て)

 

 しかし──返ってきたのは同調の反応ではなく。

 

「小父様?」

 

(──何者かが来るぞ)

 

 思わぬ反応に首を傾げるグィネヴィア。

 守護神が庇護者に警鐘を鳴らすと同時に、無人の広場に来客は踏み入った。

 

 

「へい、彼女! 私と遊ばない?」

 

 

 緊張感など欠片もない軽薄な呼びかけ。

 バッと声の方向にグィネヴィアが振り向くと、いつの間にか女が立っていた。

 奇抜な姿の人物だ。

 左右で白と黒に分かれた頭髪。太極図を模した髪飾り。妖しい雰囲気を嗅ぐわせる瞳には星型の印(セーマン)が浮かんでおり、いつもの軽薄な笑みを何処か闇深い酷薄なものに変えている。夜風に白衣と長髪を靡かせながらヒールを鳴らして踏み入ってくるその女の姿にグィネヴィアは覚えがあった。

 

 間違いない。彼女はかの東方の神殺しと共にあった魔術師──。

 

「貴女は確か──」

 

「幸徳井華だよん! ──ま、別に覚えなくていいし、覚えないだろうねぇ。所詮人間。貴女たち神の如き《神祖》らにとって人間なんて有象無象と変わらないだろうし」

 

 そう言って肩を竦める──そんな如何にも対等といった所作で言葉を交わさんとするのが気に食わないのかグィネヴィアは眉を顰めた。

 

「……神殺し、天国王の縁者ですか。何用ですか? まさか貴女如きの身で私を止めるつもりで?」

 

「まさか。神殺しの彼ならともかく、私如きの力で貴女を止められるはずないでしょ。おっかない護衛もいるみたいだし?」

 

(──ほう?)

 

 チラリと水面に浮かぶ騎士の威容を見据える華。それに次元を隔てた向こう側に映る騎士は興味深そうに反応する。

 あくまで物珍しいもの見たさの視線。にもかかわらず自然と人の身を圧する神の気配に華は身震いするようなジェスチャーをした。

 

「おおこわ、触らぬ神に祟りなしってね。ご先祖さまや神殺しくんたちじゃあるまいし、私程度じゃ神域の者たちに関わるなんておっかなくてやってられないね!」

 

 言いつつ、彼女に恐れや怯えの気配は見られない。

 平時と同じように人を小馬鹿にするような、言動の軽さが滲み出ている。

 思わずムッとしてグィネヴィアが一歩踏み出す。

 

 誅するまでもない、しかし侮られる言われもない。

 いっそ力の一端でも見せて脅そうかという思惑が脳裏によぎるのと同時に、ぴょこッと華の懐から何かが飛び出し、華を守る様に立ちふさがる。

 

「おっと……」

 

「!」

 

 近づかんとしたグィネヴィアと華の境に現れた影。

 手の平に収まる程度の小柄な体躯に、汚れの一つとない真っ白な毛並み。長い耳に丸っこいフォルム──それは小さな兎であった。

 モモッと口元を揺らしながら耳をピンと立てて、健気に主を守らんとする態度は可愛げこそあっても、一見して脅威には感じられなかった。

 

 だが──《神祖》たるグィネヴィアと、その守護神たるランスロットは即座に気づく。アレは現実に住まう愛玩動物でもなければ、単なる野生動物でもない。

 ……月に照らされ、魔力を帯びる白い毛並み。夜空に輝く月を思わせる銀色の眼。額に刻まれた星形の印(セーマン)

 何より──僅かばかりだが感じられる、神気(・・)

 

「神獣──? それは一体──」

 

 警戒を露にするグィネヴィアを傍目に華の方はといえば、そちらを特に気に掛けることもなく、勝手に飛び出してきた兎を拾い上げ抱きかかえる。

 

「ちょっと勝手に出てきたら駄目じゃないイナバ。離れたら不安でしょ、私の身が」

 

 きゅきゅ、もも、とイナバと呼ばれ、抱えられた兎は困ったように口を尖らせる主に応える。遥かは千年京より今日まで遣わされた陰陽師たちにとっての至宝は危険を顧みずに、神性と相対する主に抗議するようだった。

 

「……式神、ですわね」

 

「おっ、なかなか鋭い。西洋文化圏じゃ馴染みがないでしょうに。ま、正解とだけ言っておきましょう。とっくの昔に本家からは外れて賀茂氏に組み込まれた私たちだけど、ご先祖様から幾つか手土産は貰っていてね。()は土御門だけど、代わりにうちは()を託されたのさ」

 

 内部の事情を知っているもの以外には通じない言葉で返す華。案の定、困惑の表情をするグィネヴィアに構うことなく、華は話を続ける。

 

「まあ面倒くさい家庭の事情なんてどうでもいいとして。態々、こうして貴女に会いに来たのは、別に敵対しようとか邪魔しようとかじゃなく老婆心よ。主思いの可愛い女の子に、ね」

 

「……まあ、それは。余計な気遣いですわね。貴女程度が私の何に気を回そうと?」

 

 警戒しながらも、グィネヴィアからすれば過ぎた真似をする女に若干の嫌悪を見せながら言葉に応じるグィネヴィア。無力なただの魔術師ではないようだが、元より神殺し側に立つ敵対者の一派。

 その思惑がグィネヴィアのためになるとは到底思えない。

 

 冷然とした態度を取るグィネヴィアに華は再度、肩を竦めつつ、その警告を口ずさむ。

 

「そりゃあ、最後の王を探して回る貴女の大した忠誠心に、よ。……貴女が神殺したちを駆逐するためではなく、かつて出会った最後の王その人に会いたいがために最後の王を探索するというなら今すぐに手を引くことをおススメするわ。その願いは絶対に叶わないから」

 

「────ッ!」

 

 刹那、『風』が吹いた。

 大気に紛れて襲い来る幾重もの真空の刃。

 愚かにも《神祖》の願いを踏みにじらんとする戯言を吐いた魔術師を裁断すべく、断空の刃は恐るべき魔術師に反応を許さずして奇襲する。

 

 だが──銀色の光が魔術師を覆う。

 するとまるで陽炎の如くして大気の刃は魔術師を透過し、瓦礫の大地を滅多切りにすることに止めた。

 

「忌々しい、その神獣の力ですか……!」

 

「まつろわぬ神や神殺し相手ならばともかく、《神祖》相手ならそれなりに手段があるのさ。ま、身を守る程度の手品だけどね」

 

 チロリといたずらを詫びるように舌を出す華。

 その態度がよりグィネヴィアの癇に障る。

 

「つくづく腹立たしい人ですわね!」

 

「あっはっは、よく言われる! ──で、その様子だとやっぱり諦めるつもりはない感じ?」

 

「当然ですわ!」

 

 小首を傾げる華に強く言い返すグィネヴィア。

 烈火のごとき激情が浮かぶその瞳には諦観の文字はない。

 

「再び最後の王と見えるためならば、このグィネヴィア、如何なる労も財も厭うつもりはありません! この先何年、何十年、何百年と流離う嵌めになろうとも諦めるつもりはありません! 例え貴女の主──神殺しに阻まれようとも!」

 

 強く宣誓するグィネヴィア。決意の表れは終始一貫して揺らぎなく、かつて女神であった頃よりその思いは変わらない。

 探し求め、追い求め、誰よりも何よりも最後の王の復活を望む女の決意は、今更たかだか神殺しに帰依する魔術師の言葉一つで止まるわけがない。

 

 故に──その分かっていた反応に華は珍しく嘆息しながら、何故か憐れむようにしてグィネヴィアを見つめている。

 

「……もう一度言ってあげるわ。貴女が逢瀬を願うのが、昔貴女が出会った最後の王その人であるなら、貴女は絶対に後悔と絶望をする」

 

「戯言を……! 小父様!」

 

「──うむ、神殺しの臣下よ! 貴女の心配りは認めるがそれは我が愛し子には余計なお世話というもの。然るにさらば! そなたが諍いを好まぬというならば二度と出会わぬことを祈ると良い。何故ならば我らと神殺しは不倶戴天! その関わり合いは敵対の他にないのだから!」

 

 グィネヴィアの叫びに応じて馬に騎乗する白馬の騎士が顕現する。

 騎士は華の心意気を認めつつ、それでも尚、庇護する魔女と同じく頑としてその望みと意志を崩すことなく、グィネヴィアを乗せて、東方の空に去っていく。

 

 星空を切り裂く白い流星を眺めながら、華はため息を吐いた。

 

「……ま、分かっていたことだけどね。これ以上のお節介をする義理も無し。止められれば上々だったけど、どの道彼女が引こうが引くまいが、運命を変えないことには結末は変わらないか」

 

 疲れたように言葉を紡ぐ華に、銀の兎は励ますように主の顔を見上げる。それを可愛がるように華は抱きかかえたままの兎を一度だけ撫でつけて苦笑する。

 

「ん、ありがとねイナバ。関われそうな部分では関わったし、これで星が変えられないなら後のことはうちの王様に任せるさ。ただまあ……」

 

 夜空の光跡は既にない。

 魔女と騎士は今は既に太平洋の彼方、東方の空へ飛び去った。

 幸徳井華は影すら消えた忠義者たちの残滓へと囁くように。

 

「……最後の王が再び顕れるとして、それは既に君の望む魔王殺しの勇者じゃないんだよ。グィネヴィアちゃん。だって──彼は、蝦夷(えみし)の王はとっくの昔に東征されてしまったのだから」

 

 此処は和の国、神州大和。

 我が皇の名を於いて王を名乗ること許さず。

 “神武”を以て西方より来る勇者を討滅せしめん──。

 

 真実を知らぬ《神祖》を思い、華はもう一度憐みの目を向けた。

原作カンピオーネを読んだことありますか?

  • はぁ?あんたバカぁ?
  • 実はにわか侍
  • 二次創作でしか読んだことない不信心者
  • この作品でだけ触れて読んでる不信心者
  • 別作品から来ました!
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