神々、君に背き奉る   作:アグナ

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うおおおお、なんか突然カンピオーネ二次生えて来とる……!
やはり書けば出るもんなんや!!


……ところで何がどうとは言いませんが、『カンピオーネ!』原作においてヴォバン侯爵が祐理さん浚ったのはオーストリアですね。オーストラリアではなく。

ここ大事なのでもう一度書きました。
ええ、何がどうとは言いませんけれども(憤怒)


山間の逢瀬

 クリスマスと言えば日本においては恋人たちの聖夜である。

 

 ……当然、文化論や宗教学に精通している者からすれば、クリスマスとは本来はキリスト教における聖者の誕生日を祝う日であり、欧米においては家族で一緒に過ごし、ミサがどうこうとあれこれと言いたがることだろう。

 しかし一説には「バブル時代」とも呼ばれる好景気の日本において、当時の歌手らがその歌詞に歌ったことに端を発するという日本のクリスマスにおけるデートカルチャーはもはや日本国内において一般的な認識であり、これに口を挟むのは野暮というものだろう。

 

 ロマンスの歌に憧れた男女に、様々な企業らが商業的陰謀で便乗していき、結果として本義的な意味を失ったのは実に祭り好きの日本らしい話であるが、ともあれ12月24日といえば恋人たちの日だ。

 

 真冬の夜を染め上げる色とりどりのイルミネーションの中を歩くも良し。高層ビルの屋上から街並みを眺めワインを傾けて乾杯するも良し。はたまた敢えて家の中で過ごし、ケーキを囲んでささやかに祝うのも良し。

 過ごし方はそれこそ様々。恋仲の数だけ千差万別である。

 世間の浮ついた雰囲気に当てられながらも、それぞれがそれぞれの仲を深め、或いは確かめていることだろう。

 

 だが──そんなものは世俗の流儀。

 当世の流儀からは道を外している者たちには無縁の話だった。

 

 寒風が肌に痛い聖夜の夜。

 夜天を照らす白貌と文化圏の光を嫌う星々が見下ろす山間に恋人たちは相対する。

 

「すぅぅぅ──……」

 

 真っ白な小袖に緋袴、真冬ともなれば零度を下回ることもザラにある山間で過ごすには余りにも心もとない衣服を纏うは清秋院恵那。武蔵野を代表する媛巫女筆頭格にして、世界で見ても数少ない『神がかり』の使い手でもある少女である。

 白い呼気を吐き出し、肺を差す冷気を取り込みながらもその顔には寒さに屈する気配はなく、寧ろ緊張に熱を持つ身体を排気させるように寒空に身を晒している。

 

「…………」

 

 それに無言で対するは天国怜志。千年を超える歴史を誇る神代鍛冶師の後継にして、まつろわぬ神を殺害せしめた神殺し(カンピオーネ)の一角。恵那にとっては幼馴染にして将来を約束された婚約者という間柄である。

 巫女服の恵那に対してこちらは藍色の作務衣を着ている。装いは異なるものの、冬の寒さに対しては極めて脆弱だろうことは恵那と変わらない。

 

 両者ともにクリスマスとは真逆の由緒正しい伝統の装束。これも男女の逢瀬には違いないが恋人たちの聖夜と呼ぶには双方の間に流れる空気に浮ついた気配など欠片もなく、息を飲むような緊張が場を支配している。

 

 両者の手には刀。抜き身の真剣。

 もはや逢瀬ではなく、仕合と呼んだ方が正しいだろう。

 事実二人の間には遊びが無かった。

 

「────くっ」

 

「…………」

 

 刀を八相に構えながらジリジリと足先で間合いを探る恵那に、打刀を下段でゆったりと構える怜志。両者間にある二十メートルほどの距離を探り合うようにしている。

 素人目にはただ無言のまま見合うだけの二人であるが、当然そこには達人同士の駆け引きが存在する。

 

 ……初の構えからして現在、先行する権利は恵那に与えられている。刀はその見た目に反してかなりの重量物だ。となれば当然、下から上に持ち上げるよりも上から下に打ち下ろす方が速い。

 無論、本来は人外の神殺しである怜志にその常識は通じないだろうが、こと刀の試合に限っては力を抑え、生来の技術を比べたがる怜志は敢えてその辺りは手抜くだろう。

 ルール無用の殺し合いならともかく、仕合とあらば対等の条件に合わせるのが怜志の流儀だ。

 

 そして幼馴染である恵那はその生真面目な性格を当然知っている。だからこそ、この状況、この構え、この立ち上がりならまず先手は恵那にあると断言して問題ない。

 

 だから現状、警戒して手を止めているのは別の理由。

 ただ一言単純に──打ち込む隙が見つけられないのだ。

 

(まあ……分かってはいたけどさ)

 

 そもそも恵那と怜志の間に隔たる差は神殺しを抜きにしても大きい。呪術がらみであれば当然、希少な神がかりの使い手である恵那が上回るが、こと剣術に限って言えば素面で怜志が二歩三歩と先をいっている。

 何せ神殺しとなる以前から《撃剣会》と呼ばれる国内屈指の武芸者たち、その師範代クラスを相手に十本やって半分は絶対に落とさない剣士が怜志だ。

 

 剣才に関しては『太刀の巫女』すら上回る適性を持つ恵那をしても十回やって二、三本取れれば良いところ。そして、その話も神殺し以前のものであり、既に神殺しとして幾重もの死線を潜った怜志はその技量にさらに磨きをかけている。

 

 もはや百本やって一本取れるかどうか。実力の差は歴然にすぎる。

 それでも──それが分かった上で秩父に山籠もり中の恵那を伺ってきた怜志に仕合を頼んだのである。

 敗北前提ではなく、必ず一本取るつもりで。

 

 突然の話にも疑問も挟まず一つ返事で応じてくれた背の君に内心で感謝しつつ、恵那は心を鎮めるために飲み込んだ冷気を吐き出す。

 

「ふ──……」

 

 改めて怜志の隙を伺う──変に力まず、ゆったりと構える怜志は一見して一芸陽動を挟めば反射速度で打ち込めそうに見える。

 恵那の視線に茫洋と返す怜志の焦点は定まっておらず、ある種気が抜けているようにも感じられる。とても刹那で決着する真剣勝負に挑んでいるとは思えない脱力さ加減。影に反応させた上で速攻の太刀を使えば、踏み込むのは容易にも思えた。

 

 だが、恵那は知っている。怜志が持つ最大の武器はその見切り。敵の主張を潰した上で自分の主張で一閃する、後の()の鋭さこそ怜志と対する上で最も恐れなければならないことを。

 

(……受けて捌くのでもなく、打ち込んだ瞬間に返すのでもなく──紙一重で届かせない、その絶妙な間合い取りが王様の怖さだよねェ)

 

 神殺しとしての死闘の中でも見せたように、とにかく怜志は目が良い。それこそ敵の攻撃はギリギリ届かない紙一重の間合いを探り当てるのが異常に上手い。

 だからいざ切り札を切って打ち込んでも、実際に打ち込むと半歩足らぬ距離に身を置かれ、こちらは届かず向こうは届くという不可思議が発生する。

 

 それを可能にするのは絶妙な足捌き。例えばドニの相手の意識を縫う様な玄妙なそれとは異なる、重心操作と体重操作を併用した「瞬歩」ともいうべき一瞬の位置移動がこと近接戦闘では凄まじい脅威となる。

 恵那が体験してきたところ、動ける範囲はせいぜいが一メートルそこら。術で言うところの鬼門遁甲などと比べるべくもない距離であるが、その僅かな距離の瞬間移動が刹那の果し合いでは非常に厄介なのだ。

 

 加えて予備動作が無い。極々自然な動作で怜志は思ったより(・・・・・)下がり、極々自然な動作で怜志の攻撃は思ったより(・・・・・)踏み込んでくる。

 ……その紙一重(僅かな差)が一瞬の勝敗を分ける。

 

(幸い刀の尺で間合いはある程度補強できる。いつもより一歩踏み込むつもりでいけば怜志の足捌きでも避けきれる間合いまでは逃れられない……ハズ)

 

 怜志が握るのはいつもの打刀。恵那の真剣──天叢雲劍に比べれば単純な長さで劣る。その分取り回しは恵那が不利だが、どのみち怜志が相手ではあってないような不利だ。どの道勝負は十合と続くまい。

 真剣を抜いたからには必殺……返す一撃で仕留めるのが怜志のスタイルである以上、口火を切ったその瞬間に勝負はついていることだろう。

 

「…………」

 

 思考を張り巡らせる恵那に対して怜志は相変わらずの不動。

 いっそ無念無想の領域にあるのではないかというぐらいにその意識は希薄だ。

 ……だからこそ、隙が全く見えないのだ。

 

 恵那を風景のように全体として捉え、最初の動きにのみ焦点を当てた怜志の瞳は、恵那が動き出したその瞬間に、己に届く間合いを見切ってしまうだろう。

 陽動など無意味。そもそもその手の足捌きは怜志こそ得意の領域。恵那の使う陽動程度あっという間に見切られて不発するのがオチだろう。

 

(だから──勝負を仕掛けるなら踏み込んだ後だ)

 

 きっと初の太刀は躱される。それを前提にして勝ち目があるなら次瞬の駆け引き。後を取る怜志の打ち込みが届く前に一芸掛けられるかが勝負……!

 

(……うん! 女は度胸だよね!)

 

 覚悟を決めて恵那は長年の相棒を握りこんだ。

 そうして十分、ニ十分、三十分と静寂は流れ──不意に空の白貌に雲が懸かる。

 

「いやああああああああああああああ!!」

 

 山間を覆う刹那の暗がり。

 その瞬間に恵那は裂帛の気合を吐き出しながら踏み込んだ。

 思い切りのよい踏み込みに加え、打ち出す瞬間僅かに手を滑らせ柄を長く持ったことによる微細な間合い操作。

 怜志の特技である伸びる間合いを別の技術から辿った恵那の袈裟切り。

 

 躱されると確信しながらも躱せまいと放った渾身の一太刀。それを受ける怜志はパチリと一度だけカメラのように瞬きをすると、それで見切ったと言わんばかりに動く。

 右足を軸に半円を描いて下がる怜志の左足。同時に身体は僅かに傾げ、その動作に引かれて自然な流れで打刀が引かれる。

 

 キン──と耳鳴りのように響く刃と刃の甲高い衝突音。怜志から見て想定より長く届いた筈の刃は、その切っ先から打刀の縁金付近の峰に受け止められ、そのままクルリと手品のように刃を返す怜志に絡めとられ、明後日の方向の地面へと誘導される。

 

(ッ! 喉笛……ッ!)

 

「シィ──!」

 

 恵那の先手を完全に受け切り、間髪入れずに打ち出される突き。

 文字通り相手の息を止める一撃だが、しかし放たれるより先に恵那は怜志の攻撃に見切りをつけられた。……だからこそ、その攻撃が届くよりも先に想定外を捻じ込んで見せる!

 

「此処!」

 

「む……!?」

 

 確信と共に恵那は勝負を仕掛ける。喉笛を刺し貫かんとする怜志の刃、その断頭に敢えて踏み込むようにして、身体を伸ばす。

 驚き、目を見張り、そして狙いを察して攻撃を中断しようとする怜志だが、身を乗り出す突きからの反応では流石に一歩遅れる。

 故に狙いは違わず。地に受け流された太刀で怜志の右足を逆刃で一閃とした恵那の足払いが決まる。

 

 突きの狙いは大幅にズレ、同時に怜志の体勢も崩れる。

 咄嗟に体重移動で立て直して見せる体捌きは流石だが、その間に恵那は身体を丸め込むようにして、怜志の懐にまで潜り込んだ。

 

「成程……!」

 

 思わず感嘆する怜志。此処まで踏み込まれれば得意の足捌きでも逃れられず、また刃を引いて受け太刀しようとしたところで近すぎる。

 足払いは逆刃によるもの。つまり、今の恵那の目の前には完全に態勢を崩した獲物の無防備な腹が晒されている。

 

「獲った……!」

 

 横一文字。確信と共に放たれる一閃。

 しかし……怜志は少し楽しそうに微笑する。

 

「見事……だが、まだ甘い」

 

「えっ!?」

 

 直撃寸前、振り抜いた筈の恵那の太刀が目標を前に停止する。

 水平に迫る刃を上下から阻む障害。

 あろうことか、怜志は態勢を完全に崩されながらも身体を引き、強引に態勢を整え、右肘と右膝で挟み込むようにして恵那の横一線を受け止めていた。

 

撃剣会仕込み(実戦流儀)の曲芸だ。受けるも躱すも潰した手腕は見事だが、受ける手段が刃だけと思ったのは読みが浅かったな」

 

「そ、そんなのあり──きゃ!?」

 

 そう嘯きながら怜志は手早く、右手を伸ばして太刀を握る恵那の手を引く。普通は想定できない理不尽な体術に抗議の声を上げようとする恵那だが、蛇のように伸びた怜志の手に強引に引き寄せられ、当身を受ける。

 

 普段は絶対見せないであろう少女らしい可愛げのある悲鳴を漏らしながら尻餅を付くようにして地べたに倒れ込む恵那。そうして成す術なく倒れた恵那の肩に怜志の打刀の切っ先がちょんと触れる。

 

「……俺の勝ち」

 

「……~~ッ! うわーん! また負けたァ!!」

 

 いつものあまり感情を表に出さない怜志にしては珍しい、悪戯を勝ち誇るようなせせら笑い。それを受けて恵那は尻餅した体勢からそのまま大の字に寝そべって悔しがった。

 ──勝負あり。

 

 

………

………………

…………………………。

 

 

 夜の帳が落ちた黒い森を揺らす風。

 ざあという枯れ落ちた葉の騒めきは、まるで寄せては返すさざ波のようだ。

 

「巫女服、汚れるぞ。白は目立つ」

 

「知らない。山籠もり中はいつものことだし!」

 

「やれやれ……」

 

 ぶう垂れるようにして大の字に寝そべったまま臍を曲げる幼馴染。それに苦笑して怜志は首を振ると、寝転ぶ恵那の隣に片膝を立てて座る。

 暫しの無言。山中に吹き下ろす風だけが、夜の森に音を鳴らす。

 真冬──紅葉を経て草木は枯れ落ち、辺り一面に広がるのは生命の気配無き茶色の海。虫の音も獣の息遣いも感じられず、冬の寒さと相まっていっそ寒々しい景色が広がっている。

 

 ただ寂しさ広がる地上とは異なり、透き通る空気は天空を満天に見せる。

 見上げれば何処までも広がる星雲と夜の主を主張する様に雲間から再び顔を出した月光の輝き。

 太陽に代わる空の白い照明は、月下に座る怜志と恵那を包み込むようにして照らしている。

 

「……──で?」

 

「……何が?」

 

 幾らかの静寂を過ごした後、怜志の方から口を開く。

 言葉足らずの疑問符。それに、恵那はぶっきらぼうに問い返した。

 

「珍しく本気で勝ちに来ていたからな……ああ、いや、普段は勝つ気がないというわけではないが、いつもはこう……何というか楽しむ感じでやっていただろう? だのに、顔を見せにきて早々、本気で挑んできたからな。どういう心境の変化だ?」

 

「……今日は本気で勝ちたかったから」

 

「何故」

 

「置いてかれたくなかったから」

 

「それは──ハワイの一件について言ってるのか? アレは……」

 

「それも、だけど……王様──怜志って他人(ひと)の力を頼らないでしょ」

 

「…………」

 

 恵那は上体を起こすとそのまま体育座りの姿勢で顔を埋める。確信めいた言葉を受けた怜志の方はと言えば無言で瞑目している。

 言葉はないが、否定しない態度が言外に恵那の言葉を肯定していた。

 

「例えば前に水神と戦った時なんかは恵那もちょこっと協力はしたけどさ。結局、最後は怜志が全部片付けたでしょ? 他にもまつろわぬ神々とか同じ神殺しと戦う時、怜志は一人で戦って一人で終わらせちゃう。他人(ひと)を──仲間を頼らない」

 

「……別に、良識的な心づもりではないんだがな」

 

 恵那の断言に、怜志は静かに口を開いた。

 

「仲間を危険に晒したくない、みんなを守りたい──などと、そんなカッコいいことが言えたならば少しは胸を張れたのだろうがね。生憎と戦となれば手段は選ばない性質だ。頭数が勝ち戦に必要なら俺はきっと全ての戦士を巻き込むだろう。流石に、無辜の民までは巻き込まぬつもりではあるが」

 

 そもそも敵が対等な相手であるならば女子供だろうが容赦なく刃を振り下ろせるのが怜志である。戦となれば何処までも冷酷に、何処までも鮮烈に神をも殺す戦士として戦い抜くことが出来る。

 故に魔王、故に神殺し。

 その本性は何処までも災禍に適したエピメテウスの仔。

 

「でも、怜志は恵那を連れて行かないでしょ?」

 

「……今回に限って言えば身内伝いの話で縁がなかっただけだが」

 

「──じゃあ次は? 次に機会があった時、その場に恵那が居合わせてたとして、怜志は恵那を戦場に連れていく?」

 

「…………」

 

 ……勝つために必要な要素に清秋院恵那がいるなら、きっと怜志は連れ立つだろう。だが、不要なら? 或いは──単騎掛けのが優位なら?

 非情な話。神々や神殺しの戦いに、果たして仲間(足手まとい)を連れていく否か。

 答えは己が心に問うまでもなく。

 

 仲間と一緒に戦って実力を発揮する真っ当な輝きを否定するつもりはないが、少なくとも怜志にそれは当てはまらない。

 戦に酔える生来の修羅に、そんな生温さは口に合わない。

 

「成程──つまり、証明したかったわけだな。己は足手まといに非ず、神々の戦いにも身を投じるに能う戦士であると」

 

「うん……駄目だったけどね」

 

 怜志の言葉に寂し気に頷く恵那。

 平時は快活な恵那にしては珍しい、というよりらしく無い有様に怜志は思わず息を飲んだ。本気──とは自分が断じたことまであるが、よもやこれほどまでとは思わなかったのである。

 

「何故そこまで──幼馴染だからか? それとも婚約者になったからか? 別段、だからといって戦場にまで付き合わなくとも──」

 

「恵那は! ──恵那は、怜志の足手まといになるのは嫌だけど……だけど、置いていかれるのはもっと嫌だ」

 

「────」

 

「そりゃあ怜志の言う様に戦うだけじゃ無くて家を支えるような在り方だってあると思う。でも恵那はそれじゃあ嫌だ。恵那は神様や神殺しを相手に抵抗は出来ても太刀打ちは出来ないし、怜志と一緒に戦うことは難しいぐらい分かってる。けれど……けれど、恵那の知らないところで怜志が戦って、もしも負けたり、死んじゃったりするのを想像したら……嫌だよ、耐えられない」

 

 それは我儘のような、幼馴染の少女が内面に抱え続けた懊悩と本音。

 足手まといにはなりたくない、けれど自分の預かり知れないところで失いたくないという少女の、少女らしい繊細な心を表す言葉であった。

 

 切なる言葉に、怜志は返す言葉を失った。

 修羅道を歩む生粋の士に、優しい想いを慰める言葉は思い当たらなかった。

 

「例え死ぬとしても、失うとしても……せめてその時を一緒に過ごしたい、その瞬間に居合わせたい──置いてかれるのは、寂しいよ。怜志……」

 

 囁く様な呟きは僅かに震えているようにも聞こえた。

 ……思えば、怜志はハワイにて黒王子を相手に致命傷を負ったのである。結果的に相打ちに終わったとはいえ、もしもあの黒王子の反撃にまだ余力があったならば、その時はきっと怜志は負けて死んでいたかもしれない。

 

 そして──そんな大事を、目の前の少女は何も知らぬままに過ごし、終わった後にその顛末を聞かされたのだ。

 心配するのは当然で、不安になるのは当たり前で──生き残ったからと、それで全部済ませて呆気なく日常に戻って来れてしまう怜志の方が異常なのだ。

 

「────ハ」

 

 最悪だな、と自らを嘲笑う黒い笑み。

 何より度し難いのは、それを受けて尚、神々との死闘に足手まといは要らずという冷徹が過ぎる己の理性。

 この調子ではきっと、恵那を連れ立って道半ばの戦地で失っても──最後まで勝つことに固執するだろう。

 

 これをロクでなしと言わずして何という。

 義の皮を剥げばそこにあるのは結局、救いがたい獣性。

 何処まで行こうと自分は戦に餓えた獣に過ぎない。

 

「だが──」

 

 ──それを、衆生のために使うと決めた。

 義の旗を掲げ、偽りの善性を貫き通すと誓ったのだ。

 ならばせめて、その様に。

 斬り捨てるのではなく、死に二人が分かたれるその日まで。

 

 寂しがり屋の少女に歩幅を合わせるぐらいはして見せろ。

 

「──恵那」

 

「…………」

 

 呼びかける怜志、それに今度は恵那が無言で返す。

 構わず怜志は言葉を続けた。

 

「お前の思いはよく分かった、その上で……俺は足手纏いを戦場には連れていけない」

 

「ッ、それでも恵那は──!」

 

「だが、それでは余りにも格好悪い。これだけ真っすぐに想いを伝えられて首を振るのは無粋だし、君の覚悟に不誠実だろう」

 

 不退転を宿す恵那の潤んだ瞳に真っ向から見返す怜志。

 ……これだけ想われてなあなあで済ませては男が廃るというものだ。

 共に死線を歩く覚悟ありと示したならば、怜志がやることはただ一つ。遠ざけるでも背中に庇うでもなく……彼女が共に歩けるように、支えて見せるのが役目だろう。

 例えその選択が少女を修羅道に引きずり込む最悪の択だとしても。それを望む彼女にとってのせめてもの最善を。

 

「この先も、あれやこれやと言い訳を付けて俺は戦い続けるだろう。いつかどこぞの戦場で刀折れ矢尽き倒れ伏すまで、きっと戦いの中に在る──それを分かった上で、お前は俺の地獄巡りに付き合う覚悟があるんだな? 恵那」

 

「──うん。地の底だろうと何だろうと最期の最期まで恵那は怜志と一緒に居たい。だって、恵那は怜志のことが好きだから……!」

 

「委細承知──すまんな、恵那。次からは独りにはしない」

 

 覚悟と決意を示す恵那の言葉に怜志は重く頷き受け止める。

 そして──ふっと、困ったように己の不明を謝った。

 怜志の素直な謝罪に恵那が頷く。

 

「うん……っく……うん……!」

 

 それで堪えていたものが溢れ出してしまったのだろう。もう限界だと言わんばかりに怜志に飛び掛かる様に抱き着く恵那。

 微かに嗚咽を漏らしている想い人を抱き留めながら怜志は天を仰ぎ見る。

 

「嗚呼──全く、度し難い──」

 

 ──空寒い冬の山間。

 聖夜の夜を照らす月光だけが、恋人たちを静かに見守っていた。




ハワイで他国の神殺しとやり合った挙句、重傷で倒れたけど取りあえず無事とだけ聞かされていた想い人を三か月ぐらい一人っきりに放置しておいて、自分は学友たちとアホアホしていた神殺しがいるらしい……。


カスじゃん(直球)
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