神々、君に背き奉る   作:アグナ

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えー、本作においてはヴォバン侯爵はオーストラリアで儀式を執り行っております。
良いですか?オーストラリアです。

……はい、国名も碌にわからない作者が通ります。
(原作:正・オーストリア、誤・オーストラリア)


誰とは言いませんけど気づいてたんならもっと早く指摘してくれませんかねぇぇぇ!?
両方ともこの舞台なんですけどぉぉぉ!?

いやまあ気づいていない作者が十割悪いわけですけど。
いやー人間って途中の間違いは気づいても初めの一歩が間違ってると永遠にその間違いに気づかないもんですなー。お陰で修正不可能なところまで歩いてきていたよ……。


神殺し Ⅲ

 リリアナ・クラニチャールは今年で十二歳を数える少女である。

 世間的にはようやく年齢を二桁に乗せたばかりのうら若き少女(ティーンズ)であり、親の庇護下で巣立つ時を待つ筈の子供である。

 しかし、幼くして優秀な素質を示した彼女は、日々の学習と研鑽の結果、これほどの若さをして既に『騎士』として叙勲され、新米とはいえ一人の独立した個人として立っていた。

 

 優れた才を有する者が、神童と讃える周囲の声に傲慢さや怠慢を抱くことなく順当に積み重ねていった結果、当然のように開花した。

 つまるところリリアナは早熟の天才であり、この年をして自らの心を律する術を有する真面目な性分を持つ優秀な少女である。

 

 だからこそ、イタリアの名門魔術結社《青銅黒十字》の『騎士』を名乗ることを許され、そして──王命の下、王の従者として招聘される栄誉(・・)に与ることが出来たのだ。

 

 ……最も、後者に関しては正直、望んでいたとは言い難いが。

 

「ひっく……パパ、ママぁ……」

 

「────」

 

 『まつろわぬ神招来の儀』を執り行うべく用意された大広間。

 恐らく自分よりもさらに下であろう少女が泣いているのを見てリリアナは思わず、抱える懊悩を顔に出してしまう。

 仮にも王の臣下たれば、それは未熟と咎められても反論の余地はあるまい。

 だが、非情に徹せられるほどリリアナは完成しきっていないし、そもそもこの非情を認められるほどリリアナは落ちぶれていない。

 

 新米とはいえ『騎士』である。ただ、そういう素質が備わっていたというだけで半ば強引に集められ、生死懸かる危うい儀式に集められた少女たちを前に、義憤を抱くのは当然すぎる。

 もしも叶うならば今すぐにでも剣を取り、この横暴に立ち向かうのが正しき務めである。

 

理解(わか)っている──これが最善なんだ。侯爵に任せた招致ではそれこそより無遠慮に、際限なく犠牲が増えてしまう。最小の犠牲、最悪を避ける取捨選択。しかし……)

 

 理性では理解していても心はとても納得しがたい。

 この光景を前にリリアナはそう思わずにはいられない。

 

 『王』の存在が世に知られ、彼らとの付き合いも長い歴史がある欧州において、『王』に逆らうことは最も愚かな行為である。

 神々をも屠り、人に生まれながらもその領域を遥かに逸脱する『王』にはあらゆる傲慢が許される。

 何故ならば『王』に対等たるはそれこそ神か、同じ『王』。彼らに抗する手段を人は持たず、今まで『王』に抗したものたちは悉く災厄の憂いに遭ってきたという。

 だからこそ人々に出来るのは嵐が去るのを待つように、『王』に従い、その牙が自分たちに向かぬよう努めること。

 

 中には純粋に『王』として振舞う彼らの旗下に収まるものもいるが、少なくとも《青銅黒十字》もとい、彼女を此処に遣わした祖父が信ずる『王』はそういうことを許す者ではない。

 

 傲岸不遜にして傍若無人の暴君。

 欧州においては恐怖の代名詞とされ、既に数百年の時を飽くなき闘争に費やす最古参の魔王、サーシャ・デヤンスタール・ヴォバン。

 戦に飢えた餓狼に、人間らしい情けはない。

 自身に相応しい神と戦う、その欲望のためだけに少女たちを生贄に捧げる暴君は、叛逆者を笑って暴虐の餌食に変えるだろう。

 

 ……或いは、この状況を打破する心当たりが一人だけないわけでもないが。

 

「……『騎士』として背信行為だが、サルバトーレ卿と別れなければ良かったと思わざるを得ないな」

 

 ついこの前出会った自身と同じイタリアを出身地とする最新の魔王の横顔を思い出す。あちらもあちらで正直、あまり近づきたくない類の相手だが、ヴォバン侯爵に比べればまだ話が通じる手合いである。

 ヴォバン侯爵と同じく戦を愉しむ手合いであろう彼であれば、庇護を名目にヴォバン侯爵に横やりを入れることも出来たかもしれない。

 

「とはいえ侯爵は歴戦の最古参、対して卿は神殺しとなって日の浅い新参者。仮に助力を頼んだとて何処まで戦えたものか……」

 

 不意に過ったもしもの話にリリアナは未練を断ち切るよう首を振る。

 イタリアの魔剣士、サルバトーレ・ドニの戦いは意図せず見たことがある。

 確かに神殺しらしい凄まじい戦いぶりであったものの、それでも最古の王に立ち向かえるかどうかとなれば少々、疑わしい。

 

 如何にかの魔剣士であっても経験豊富な最古参の魔王にどこまで喰いつけるのか──。

 

「どちらにせよ、意味のない想定だな。卿は此処におらず、儀式を邪魔する相手は何処にもいない。あまり侯爵に与するのは気乗りしないが、せめて一人でも多く生き残れるように──」

 

 と──その時であった。

 リリアナの懊悩を、少女たちの悲嘆を振り払う様に。

 一陣の風が大広間に吹き抜ける。

 

「なっ────!」

 

 驚嘆の声と共に思わず腰の剣に手が触れる。

 彼女だけではない。涙する者や暗く顔を伏せる者たちも悲嘆と諦観を忘れて顔を上げている。

 物理的、或いは自然現象による風ではない。

 比喩的表現、それでいて非科学的な超感覚(ハイセンス)を有する彼女たちだからこそ感じ取れた明確な異変。

 

「今のは……」

 

 ──一片の淀みもない澄み渡った霊気。

 ──高き峰を仰いだ際に感じるような雄大な神威。

 ──暴虐が幅を利かせる戦場に遭って尚輝く闘気。

 

 即ち──圧倒的な強者の気配。

 

「まさか……っ!」

 

 大広間に待機を命じられたことも忘れ、リリアナは駆けだす。

 ……方向性は違えど、その気配は覚えがある。

 二度、その感覚をリリアナは感じた記憶がある。

 

 『騎士』として、そして魔導を修めた魔女として。

 彼女は直感的に風の方向へと疾走する。

 

 大広間を抜け、入り組んだ通路を抜け、屋敷のバルコニーに出る。

 裏手、険しい山を背後に抱えた屋敷の死角。

 見下ろしたおよそ人など寄り付かない生い茂る山の斜面に、それは在った。

 

 

「──成程。伝え聞いた話では死者の魂を従属させるという話であったが、こういうことも出来るのか」

 

 一目見て若いと分かる少年であった。

 年は恐らく自分とそう離れていない。強いて言うならば一つか二つ上であるという印象だ。欧州人のそれと比べやや日に焼けたような黄色の肌、墨で塗りつぶしたような純黒の髪、その特徴や顔立ちからして東洋人。

 いずれの国の出身かまでは特定できないものの、そのようにリリアナは判断する。

 

 飾り気のない白いシャツに黒い無地のズボンとシンプルな身なり(いでたち)だが、第一印象からして真面目そうだと感じる引き締まった雰囲気に調和しており、如何にも似合った装いであった。

 立ち振る舞いにも隙は無く、無手のまま仁王立ちする様にはピンと張った糸のような研ぎ澄まされた意識が張り巡らされており、その様を見てリリアナの騎士としての直感が武芸者として格上であると囁いている。

 

 先ほどの気配の根源──それは間違いなく眼下の少年であるに違いない。

 

「差し詰め、侵入者を追い払う門番といった所か」

 

 男性にしては中性的な、やや高めのそれでいて聞く者を落ち着かせるような穏やかな声音が向ける相手はリリアナではない。

 少年が相対するリリアナ以外の影に向けられたものである。

 それで少年に目を取られていたリリアナはハッとして気づく、少年の前に立ちふさがる巨影に。

 

 ──GURUUUUUUU……。

 

 それは屋敷のバルコニーから見下げるリリアナをして巨大と判る影だった。上から見下ろしてようやく全容が見て取れるモノであった。

 手足に伸びる爪だけで人の身長を超える巨爪。鎧のように全身を覆う爬虫類じみた黒い鱗、削岩機じみた牙の奥から響く不穏な唸り声。

 

 物語を嗜んだものであれば、一目でそれを形容する言葉を連想するだろう。

 即ちは──竜。本来であれば空想の中に生きる存在。

 魔導を嗜むものにとっては現実に生きる、それでいて滅多なことでは見えることもない神獣が屋敷を背後に君臨している。

 

「斬れば目立つが……まあ、今更かな。初めから配置されていたのか、それとも後から配置されたのか、仔細は知らぬが、前に立たれた以上は排さねばならぬ障害には違いない」

 

 リリアナをして全力を尽くして生き残れるか、そんな予感を感じさせる威容にしかし少年は何一つ動じていない。……どころか、ゆるりと散歩でもするように竜へと歩を進めていく。

 対して竜も様子がおかしい。一目見て体格差は圧倒しており、武器も防具も碌に装備していない素立ちの少年など一思いに薙ぎ払うことが出来るだろうに、何故かそれをしない。首を低く、ジリジリと間合いとタイミングを見計らう様に。

 

 さながら……遥か格上に挑むが如く全身全力でその瞬間を研ぎ澄ましている。

 

「それにしても竜……とはな。並みの術師であれば十分すぎる戦力なのだろうが、俺の相手に竜は些か悪手だぞ?」

 

 不意に、少年の口が喜悦を浮かべる。

 如何にも真面目そうな、高名な騎士の影を伺わせる雰囲気の少年には似合わない劣情にも似た歪んだ感情。

 その刹那にリリアナはゾッとした感情を抱いた。

 

 ヴォバン侯爵のような暴虐の愉悦ではない。

 サルバトーレ卿のような享楽的な笑みでもない。

 

 純度を極限まで極めたような──あまりにも純真無垢な、闘争心。

 ただただ戦を愉しむことにのみに特化した強烈な気配が向けられたわけでもない筈のリリアナを襲った。

 

 外野であるはずのリリアナですらこれなのだ。

 果たして実際に向けられた方は如何なるものか、答えは刹那で現実になる。

 

 ──GRYAAAAAAAAAAA!!!

 

 咆哮が大気を震わせ、山間を揺さぶり、屋敷を嬲る。

 

「くっ……!」

 

 離れた位置のリリアナをして思わずよろける程の強烈な音の衝撃。

 本能的に身が竦む竜の叫び(ドラゴンロア)

 だが、それは威嚇ではなく恐怖に塗り固められたもの。

 

 王の旗下にあるはずの竜をして嫌悪する様に、拒否する様に、その爪を原因へと振り下ろす!

 

「──つまらない。仮にも竜ならもう少しやる気を見せろよ」

 

 だが、未曽有の災害も斯くやと言わんばかりの暴力を前に、少年が返すのは毒づきだった。まるで期待していた催しが期待外れだったことに渋面を浮かべるが如く、少年は鼻を鳴らしあまりにもあっさりと半径十数メートルにも及ぶ暴力の脅威からすり抜ける。

 

 ──GRYAAAAAAAAAAA!!!

 

 紙一重の回避。人間の柔肌を掠めそうなほど寸前を掠める竜の爪。

 少し前まで立っていた地面が陥没し周囲の草木が微塵と化す光景に少年はやはり動じない。続けざまに竜が再び巨爪を振り上げ、逃した獲物へ振り下ろす。

 

 しかし同じ光景が繰り返される。

 肉薄する竜の爪。だが、僅か数ミリ、紙一枚分の距離が一向に埋まらない。

 少年は激しい動きをしているわけではない。

 攻撃を見てから躱す、やっているのはそれだけだ。

 

 とはいえ少年は駆けまわっているわけでもましてや跳んでいるわけでもない。足を軽く、大股で伸ばす。ただそれだけで数メートルの間合いを跨ぎ、攻撃範囲からいとも容易く逃れているのだ。

 

「魔術……? いや、違う。呪力を用いた現象ではない。アレは、技……なのか? 確か東洋には兎歩なる技巧が伝わると聞くが……」

 

 目を見張る光景にリリアナは呟く。

 それは同じく東洋に伝わる縮地法と似て非なる遁甲歩法の絶技。東洋は主に大陸方面に伝わる方術の類であるが、この場合、リリアナが指しているのは極東に伝わる武芸の方だ。

 いわゆる忍者などと称されるようなものたちが使う独特の技法。敵に気づかれることなく接敵する足捌きを指してのものだ。

 実際、彼女の予想は当たってはいないが、近いところを突いていた。

 

 少年の歩法は日本における剣道などで用いられる床を滑らすように足を動かす「すり足」の発展形。より実践的な、古武術などでも利用される巧みな重心移動を土台とする動作である。

 ただ修練の結果、桁違いの領域に踏み込んだ練度と呼吸するかのように相手の意識をすり抜ける踏み込みから、傍から見ると瞬間移動のように見えるというだけ。

 

 不意に天衣無縫という東洋の言葉を連想する。

 無限に続くあと一歩、紙一重の回避。

 まるで舞い踊る貴人のように、力任せの暴力が去なされていく。

 

「死者たちに比べればやる気は感じられるが、まあ前座などはこの程度か」

 

 振るわれる暴力をあくびでも洩れそうな雰囲気で躱しながら少年は、懐に手を伸ばす。取り出したのは拳一つほどの石。リリアナからは遠目ゆえ詳しく見て取れはしないが、魔術の触媒となる宝石や輝石などはないだろう。

 武骨で頑丈そうなそれは剣や槍の素材となる鉱石を思わせる。

 

 そして──その予想は当たっていた。

 

「鍛造技法、集束。八重垣作るは天国の刃、神州正気凝って百錬、鋼を以て動天地異、治め奉る」

 

 何某かへの祈祷文を思わせる呪言。

 呟くと同時、少年は掴んだ鉱石に槌を打ち付けるかの如く拳を叩きつける。

 瞬間、素手から弾けたとは思えない火花と鋼を鳴らすような音。

 魔術というにはあまりにも神秘的な呪力の奔りと同時、気づけば少年の手に収まっていたはずの鉱石は姿形を変え、一本の刀剣へと変わっていた。

 

 抜き身の、柄にあたる部分を襤褸布のような包帯で巻いただけの、刀身。

 二尺三寸の打ち刀としては平均的な武骨な刀。

 それでいて、名工の業物を遥かに上回る神威を帯びている。

 

 ──GRYAAAAAAAAAAAAA!!!

 

 少年が刀を現したその瞬間、竜の気配が明確に変わる。

 全力全身。此処に生死を懸けるとばかりに吼え猛る咆哮。

 口元に収束する膨大な呪力エネルギー。

 

 間違いない。竜の持つ最大の武器にして特徴たる技。

 竜の息吹(ドラゴンブレス)の前兆である。

 しかし竜の決死を見ても尚、少年に動揺はない。

 

 刀を水平に、突きの姿勢に低く構えると視線を竜の頸に照準したまま、静かに間を見計らう。そして竜の息吹が吐き出される、その寸前に。

 

「──シッ!」

 

 音もない跳躍、弾丸のように宙を踊る少年の身体。

 紫電一閃、まるで水を通すかの如く。筋肉の収縮、身体機能の隙を見定めて放った横一線は入刀から一切ブレることも減衰することもなく竜の頸を切りつけ、筋肉も骨も等しく切り捨てる。

 

 着地にもやはり音はなく。残心する少年の背後で落ち行く竜の頸。

 時を置き去りにしてきたかのような静寂の次瞬、舞の終幕を鮮やかに彩るかのように鮮烈に吹き上がる竜の血しぶき。

 

「戯事は終いだ」

 

 事も無さ気に振舞われる鎧袖一触。

 現実であるはずのあり得ざる光景にリリアナは呆然とする。

 

 ……神獣、竜とは。古来より討伐それ自体が偉業と讃えられるものである。人間にとって途方もない暴威であるそれは退けるだけで英雄とされる所業。本来であればそれほどの難易度である。

 にも拘らず、あまりにも呆気なくなされるそれはもはや卓越しているだとか、そういう次元の話ではない。

 

 格が違う。生命体としての強さが余りにもかけ離れている。

 蟻も束ねれば巨象をも殺すというが、これはそういった次元ではない。

 荒ぶる自然に誰も太刀打ちできないように、理不尽としか言えないほどの暴力を叩きつぶす暴虐の類。

 

 嗚呼、見るのが三度目(・・・)ともなれば間違いない。

 彼こそ、いや彼もまた……。

 

「さて──」

 

 竜殺しの偉業、それに何ら感慨も抱かぬまま切り替えるように少年は声を漏らすと。

 

「察するに、君もかの暴君の臣下かな?」

 

 トン──と舞台に舞い降りる貴人の如く、気づけばリリアナのいるバルコニーに降り立つ謎の若武者。一見して穏やかな、それでいて嵐のような激しさを裏に隠した優美な振舞い。

 

 ──人類は、『王』に逆らう術を持たない。

 

 『王』の問いに騎士は片膝を突き、頭を垂れる。

 暴虐の魔王の下に現れた見知らぬ若き暴虐の魔王。

 嵐が呼び寄せた嵐を前にリリアナ・クラニチャールは騎士として成すべきを選んだ。

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