神々、君に背き奉る   作:アグナ

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神武以来(じんむこのかた)の秘跡 急

 京都の嵐山で職人組合(ギルド)の『茶の湯』に顔を出した後、怜志と恵那は忙しなく本来の目的地に向けて移動を開始した。

 目指す先は怜志の実家である天国本家のある奈良県の宇陀市。泗水が気を利かせて用意したドライバーを同行に加え、南征を開始する。

 

 運転席には泗水の配下である初老の男性。スーツ姿に白い手袋を嵌めてハンドルを握る姿は様になっており、本職として見ても何ら遜色はない。

 否、事実彼は本職であった。泗水曰く、『やんごとなき』客を乗せて走ったこともある要人護送のプロドライバー。今日は自由(フリー)であった所を態々、怜志と恵那のために請け負ってくれたのだ。

 乗車前に礼を言った所、「こちらこそ逆に神殺しの王と媛巫女を乗せて走らせていただけて光栄ですとも」と懐の深い様を見せてもらった。

 

 ……ともあれ、そんな彼に運転席を任せ、怜志と恵那は揃って後部座席に座り、目的地の到着を待った。

 道中、二人は共に無言である。元々、自分からの口数が多い方ではない怜志はともかく、闊達な恵那までもが無言なのは恐らく職人組合(ギルド)でのやり取りが気になってのことだろう。

 天国の秘宝──真打・天叢雲劍改め、都牟刈之大刀(つむがりのたち)

 

 正史編纂委員会の後見人を務める『ご老公』──速須佐之男命の加護を受け、神刀を駆る媛巫女筆頭たる清秋院恵那でさえ、聞いたこともないその存在は彼女をらしくもなく悩ませているのだ。

 ──そんな相方の様子を気に病んだか、はたまた単にその気になっただけなのか、怜志は窓の外に流れる風景に視線を向けたまま、誰に語るでもなく独り言のように口を開いた。

 

「──俺たち天国には遡れば神の血が混ざっている」

 

「え?」

 

「恵那──委員会が言うところの媛巫女たちと似たようなものだ。神裔とでもいうべきかな。神にまつわる稀少な血統、俺たち天国もその源流には神の存在がある」

 

「……やっぱり、前に天国の名前を聞いた時に甘粕さんが言ってたんだ。神匠天国、人の身で神の御業を成す人たちだって」

 

「ま、恵那も似たようなものだし薄々は察していただろうがな」

 

「うん、怜志の刀ってただの呪術で造ったものにしては色々とおかしかったし、お祖母ちゃんからも天国が特別だって言うのは聞いていたからね、でも──」

 

 それをおいて尚、天国が秘蔵するという都牟刈之大刀(つむがりのたち)の存在は訳が分からないと言外に告げる恵那に、怜志は頷いて語り始める。

 

「神代鍛冶と聞くとよく勘違いされるのだが。俺たち天国に混じる血はこの国に在る製鉄と鍛冶を司る神性、天目一箇神(あめのまひとつのかみ)ではない。かの名前は鍛冶神として有名であるが故に天国の祖であると言うものもいるみたいだがね」

 

 鍛冶職の職業病や鍛冶作業での振る舞いを隻眼の姿に結び付けて成立したという、日本において恐らく最も名の通った鍛冶神・天目一箇神。

 神の祖を持つ鍛冶家系といえばその名を真っ先に想像するだろうが、それは違うと怜志は断じた。

 

「日本で鍛冶神といえば、だもんね。でもそれじゃあ怜志たちのご先祖様って?」

 

媛蹈鞴五十鈴媛(ひめたたらいすずひめ)

 

 恵那の問いに至極あっさりと自らの祖を告げる怜志。

 何てことのない様な口調で告げられた源流のその名に恵那は仰天した。

 

「──それって、皇太后!? じゃあ怜志の家って天皇の!?」

 

「まあ、縁者ではあるな。と言っても皇室の血は入っていないぞ。皇室に嫁入りした側の直系である、と。単なるずっと昔の親戚筋って言うだけだ」

 

「……えーっと、それって単なるで済ませていい話なのかなァ」

 

「ずっと昔の話だからそんなものだろう。神武天皇の后だぞ、何百年前の話だと思っている」

 

 媛蹈鞴五十鈴媛といえば日本書紀に記される皇室の始まり、初代・神武天皇の后に当たる女神その人である。古事記には比売多多良伊須気余理比売とも呼ばれ、細部は伝承によって異なるものの概ね記紀神話においては父は神で母はヤマト地方の有権者の娘と描かれる女神だ。

 神性としては子を守った伝承から子守明神として信仰されており、例えば怜志たちが向かう先の奈良県では率川神社で祀られている。

 率川神社では例年六月に三枝祭という祭りが行われ、三輪山で栽培されたササユリを供えるという。

 ササユリを供えるのは彼女の名前が故郷とされる三輪山の麓に咲くササユリ関わるという説話から取られたものだ。

 

 そしてそれとは別にもう一つ、女神として彼女が司るとされるものがある。

 蹈鞴、多多良──即ち、たたら製鉄(・・・・・)

 彼女は鍛冶神としての側面があるとも考えられていた。

 

「まあ厳密には違うのだがね。確かに我らが祖、その名には「たたら」とあるが、彼女自身は鍛冶神ではない。その本性は大地の娘──生粋の地母神というのが神性としての本来の姿だ」

 

 自らの祖とされる女神の本質を言い切る怜志。そのまま昔話を語るような語り口で、怜志は自らの一族──天国の歴史を淡々と告げていく。

 

「そもそも俺たちの祖──始まりの時代の天国はこの国の人間ではない。いわゆる渡来人、任那から帰化した職人だったという」

 

「任那っていうと今でいうところの朝鮮だよね。日本書紀に名前が出てくる」

 

「そうだ。まあ広義的に言うか狭義的に言うかで話は変わるが、此処では広義的な意味合い、単に国外から流れて来た職人という意味で捉えてくれればいい。渡来前の話はそこまで重要じゃない」

 

 恵那の合いの手を肯定しつつ、怜志は話を先に進める。

 

「職人──後の天国が最初に踏みしめた日本の土の名を対馬。言わずと知れた古代日本における大陸と島国との交通の要所、多くの外国との外交が成されたことで知られる場所だ」

 

 九州から見て北方に位置する長崎県内の離れ島、対馬。古くは対馬国とも対州とも。日本書紀にも出現する島であり、そちらでは対馬島と記述される古くからの、そして今なお外交の要所となる歴史も因縁も深い場所である。

 始まりの天国はその地を最初の拠点としたのだと怜志は語る。

 

「今でこそあまり知られていないが、対馬という場所は、古くは白鳳時代に発見された日本最古の鉱山地帯でな。対州鉱山などと呼ばれ、日本で初めて金や銀が採掘され朝廷に献上されたとも言われている」

 

「鉱山地帯……じゃあ怜志たちのご先祖様が対馬に来たって言うのは、それが目的?」

 

「ご明察。察しが良くて助かる。恵那の言う通り、天国の当初の目的は出土物の鍛造。採掘された金銀や鉛なんかの鉱石を鍛え、朝廷に捧げる献上品を作り上げることにあった。そういう意味では天国と皇室の由縁はその時代まで遡る」

 

「白鳳ってことは平安京より前の藤原京の時代だね。皇室や貴族が中心に回る最も華やかな時代だっていう──千年を超える鍛冶師の一族っていうことは知ってたけどさ。ねえ、怜志? もしかして怜志って恵那の(うち)……ううん『四家』や正史編纂委員会のお偉方よりもっとずっと高貴な身分なんじゃ……?」

 

「何、別に大層なものじゃないさ。皇室所縁など言ったが今でいうところの皇室御用達という奴だ。多少贔屓されていた職人程度の話だよ」

 

 などと──怜志は言ってのけるが恵那の方は少々疑うような半眼気味だ。

 現代でいうところの皇室御用達とは成程、確かに多少評価される職人程度の称号だろうが、怜志たちの祖は少なくとも七世紀頃から皇室に認められていたという。

 後に天国の名で天叢雲劍や小鴉丸、果ては八咫鏡までもが造られたということを考えれば、天国の名が当時の皇室にどれほどまでの評価を受けていたかは語るまでもない。

 

 神代鍛冶──その異名に不足はなく、文字通り千年超える時を数える超名門の鍛冶家系が目の前の神殺しの生家なのである。

 

「さて余談にズレたが話を戻そう。鉱山が理由で対馬に流れた天国だが、対馬というのはもう一つ、鉱山の他に信仰も盛んな土地でな。鉱山があることからも察せられるだろうが、山岳信仰に加え、太陽信仰や母子神信仰──仏教が日本に伝わってからは真言宗なども習合して神仏混淆の天道信仰が展開されていた」

 

 大陸と日本の交差点。それが意味するところは文化と信仰の混ざりあう場所であるということ。日本古来からの自然信仰に加え、盛んな大陸との交流から流れ込む古代中華の信仰や仏教などが混ざり合った結果、信仰地としても対馬は特異な場所となったのだ。

 

「有名なものでは天道法師にまつわる対馬の天道信仰だな。太陽の光を受けて妊娠した女性が子と合わせて母子神として信仰されたという神話。この事から対馬では母神を山麓に子神を山上に祀り、天神たる太陽を拝む──という独自の体系の信仰が生まれた」

 

「太陽の妻たる大地の女神……そっか、地母神っていうのはそういうことなんだ。神武天皇の奥さん、媛蹈鞴五十鈴媛の正体っていうのは対馬の」

 

「ああ、対馬という島の──その化身に他ならない」

 

 ここまで明かされれば話は簡単だろう。「たたら」の字。女神に与えられ、しかして司らず、されど子孫たる怜志たち天国当人らは鍛冶師として高名である。

 この事から考えれば背景はこうだ。天国は土地の恩恵を鍛え上げて、朝廷に、皇祖に対して捧げものとして差し出した。

 即ち対馬の女神を時の権力者へと娶らせた──神武天皇と媛蹈鞴五十鈴媛の背景にあるものはその当時の皇室が製鉄・鍛冶を獲得した構図を神話として描き出したものなのだ。

 

「故にこそ大地より大地の恩恵を受け、鍛え、捧げる我ら天国は媛蹈鞴五十鈴媛の庇護を受け賜る血統──大地の女神の()というわけだな」

 

 そう言うと怜志は謳う様にある書物に記された一節をなぞる。

 

 “多々良公(たたらのきみ)御間名国主(みまなこにきし)爾利久牟(にりくむ)()り出づ。天国排開広天皇の御世に、投化(まゐ)りて、金の多々利(たたり)、金の乎居呼(をけら)(たてまつ)りき。天皇、誉めたまひて、多々良公の姓を賜う”

 

 それは欽明天皇の治世下に任那(みまな)より渡来し、献上品の功を評価されて古代氏族入りした多々良家の経緯、それを文にしたものである。

 つまるところ天国の源流とは任那より多々良と共に渡来した職人……その一族であるということだろう。

 天皇に献上品を捧げるために共した一門は、やがては皇室直々の勅命を受けて鉄を鍛える鍛冶師に、即ち神代鍛冶へと転じていったのである。

 

「そしてその神話は俺たち天国の力となった。『蛇』と『鋼』、大地より『剣』を鍛える神代よりの異能。即ち、大地(めがみ)鍛えて(ささげて)(てつ)()む──『神造霊験』。天国の鍛治(かぬち)鋼の神(かたな)を創る」

 

 地球広しといえど他に例がない──人の身に聖剣(はがね)を造る一族。

 『蛇』と『鋼』の介添人。それが天国の正体である。

 

 明かされた正体はともすれば恵那の『神かがり』をも上回る尋常ならざる稀少性。千年を超えるその大血統は伊達ではなく、この国の皇室にすら比肩する霊験を天国は有しているのだ。

 背景を知れば怜志の造る刀がまつろわぬ神々や神殺したちに有用なのは当然のことだろう。雑に鍛えられたとて『鋼』にまつわる秘術である。

 そう簡単に壊れるものでもなければ……使い様によっては神すら殺す。

 

 否──そうして怜志は自らが鍛えた刀で神を殺し、神殺し(カンピオーネ)になったのだ。

 

「と、長くなったが此処までは俺たちの背景だ。まずこれを知らねば都牟刈之大刀が我が家にある経緯を説明するには難しくてな。先に説明させてもらった」

 

「……昔からお祖母ちゃんが天叢雲劍に関しては天国に任せろ、なんて言ってたけど納得したよ。そりゃあ怜志たちなら折れた天叢雲劍を治せるし、その真打を持っていたって不思議じゃないねェ──ねぇ、その話って」

 

「恐らく、そちら側(・・・・)の陣営で知っているのは恵那の祖母君とそれこそご老公ぐらいだろう。そしてどちらも妄りに権勢に口を出さない性質であることを考えれば、正史編纂委員会の構成員はほとんど知らないだろうな」

 

「だよねー。甘粕さんや薫さんは只ならぬ予感みたいなものは掴んでたけど、多分此処までのことだとは考えもしないだろうし……うん、天国に関しては恵那も黙っておく」

 

「良いのか? 一応、清秋院は委員会の重鎮だろう」

 

清秋院(うち)はそうだけど、恵那は怜志の相方だもん。別に委員会の人と敵対するつもりはないけどさ。恵那は王様のお嫁さんだからそっちが優先!」

 

「まだ籍は入れていないし約束だけだろう──だが……そうか」

 

 何の迷いもなしに旗色を明確にする幼馴染に怜志は苦笑する。

 

 ……怜志が天国の血筋について明かしたのは何も『刀』の件だけが理由ではない。このろくでなしと共に戦場を駆け抜けるという覚悟を示す少女に、怜志もまた誠意で応えたかったからであった。

 怜志には神殺し以外にも生まれついての『使命』がある。例の『刀』を恵那に託す以上、この先否応なしに恵那もまたその『使命』に巻き込まれることとなるだろう。

 

 その前に、恵那に秘する全てを明かす。過程で秘蔵していた情報が洩れて、天国の立場が表沙汰にされる可能性も考えた上で、怜志はそのリスクを取った。

 歴史に隠れた家門が脚光を浴びる可能性という損害よりも、蚊帳の外を寂しがる少女に対して秘密を抱え隠すというのを嫌った故に。

 

 その結果、どう転ぶかは不明であったが……やはり自分のよく知る幼馴染はこういう少女なのだ。

 

「あ、そういえば委員会側は知らないってことは怜志たちの職人組合(ギルド)の人たちは」

 

「もちろん知ってる。横繋がりで筆頭をやってると自然と色々と勘づかれてしまうからな。まあでも何度も言ったように職人組合(ギルド)はその構成員の殆どが俗世から離れた職人気質の人たちだからな。そちらの中心人物たちも天国を掴み切れないというなら、そういうことだ」

 

 怜志はバックミラー越しに運転手へと目線をやる。すると初老の男はミラー越しに無言のまま黙礼する。多くは語らず、されどそこには長年において築かれた確かな信頼があった。

 

 長話をしている間に外の風景に見慣れたものが見え始める。

 京を過ぎ、場所は奈良へ。

 天国本家がある宇陀の街は近い。

 

 怜志は再び口を閉じ、流れる外の風景を茫洋と眺めながら到着を待った──。

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