神々、君に背き奉る   作:アグナ

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英雄の銘

 奈良県宇陀市。その歴史の初源は、遡れば旧石器時代・縄文時代の草創期にまで至り、遥か古の時代から今に文化を受け継いできたとされる地である。

 史料としては日本書紀で日本最古の薬草採取の記録として言及され、万葉集では後世に歌聖と呼ばれた著名な歌人の歌に登場し、さらに日本霊異記においても記載が見られる。

 

 四方を山間に囲まれ、数多くの文化財と遺跡を有する今と過去が交錯する宿場町──そんな町の一角に天国の本邸は存在していた。

 遠く京都から此処まで辿り着いた怜志と恵那が車を降りると門前越しにその歴史が成す風格が垣間見える。

 

 まず目につくのは屋敷まで続く広い外庭。緑と武骨な石に囲われたシンメトリーの日本庭園である。屋敷まで続く砂利道の左右には小川風の池を挟んで湖面をイメージしたであろう枯山水を中心に緑が鮮やかに彩っている。

 石庭の中央には首を大きく傾けた少なく見積もっても樹齢百年を超えるであろう立派な枝垂桜の木。冬場であるため花びらこそ散ってしまっているものの、庭の造りを考えれば、春の季節には花弁が舞う中、桃色の花吹雪を進む光景が容易に思い浮かべられよう。

 

 そして豪奢な庭を言った先にあるのは二階建ての日本家屋。意外なことに建築様式は明治・大正期に見られる割と近代的なものであり、天国がそれこそ日本書紀の書かれた時代にまで遡る歴史ある家門であることを考えると意外ではあるか。

 玄関というよりは庭から居間に抜けるような縁側を思わせる出入り口には、頼りない障子一枚が内と外とを隔てるのみ。

 現代的なセキュリティーの観点からすれば不用心極まりない光景だが、一目見て恵那はその認識が過ちだということに気づく。

 

「人除けの結界……?」

 

「そうだが、よくわかったな。熟練した術士でも一目で気づくのは難しいほど薄い造りなんだが」

 

「まあね。方式は全然違うけど祐理……委員会が管理する七雄神社でも似たようなものを張っているからね。でも此処のは単純に呪術的ってだけでもないね。風に乗って流れてくるこの香り……水仙?」

 

「当たりだ。花の香りも含め、天然自然の要素や見た目で人を惑わす作りをしているんだ。この辺りは古神道の流れを汲んだ旧い技でね。今じゃ直接術を掛けた方が効きも掛かりも早いんで殆ど見られなくなったやり方だが」

 

「その分、現代呪術師は気づいて耐性を作る前にハマっちゃうだろうね。それに不思議が少ない分、普通の人が引っかかっちゃった場合の後処理も楽そう。甘粕さんたちが欲しがりそうな呪術だねえ」

 

「とはいえ作るまではだいぶ手間だから委員会の隠蔽業務には役立たないだろうな。せいぜいが異変が起こりそうな場所に前もって特性の樹木や視覚的に人を惑わす建築物を置いて、名伏せが掛かりやすくするように誘導するぐらいだろう」

 

 つまるところ実用的ではないと言いながら怜志は虚空に指を伸ばし、中空に文字を描くようにして指先を這わせると、トンと押し込むような動作をする。

 すると紗欄と鈴の音のような音が恵那の耳に届いた。

 

「今のは?」

 

「開門。こうしないと本邸まで永遠に辿り着かない道のりを歩くことになる」

 

「あー、そういう結界なんだ」

 

「行きは良い良い帰りは怖きならぬ、帰り良い良い行きは怖しというところだ。……む、あまり語感が良くないな」

 

「言いたいことは伝わるからいいんじゃない?」

 

「そうか」

 

 雑談をしながら二人は砂利道を歩幅を合わせて踏み鳴らしながら屋敷の入口へ。履物を履き替える玄関代わりとなる木造の階段を前に外履きを脱いで、怜志は恵那より一歩前に出ると、そのままあっさりと障子を引いて部屋へと踏み入る。

 ──その時であった。

 

「怜志!」

 

 恵那が鋭い声を発する。

 瞬間、障子を開けた先から怜志に目掛けて突如として飛来物が放たれる。

 狙いは眉間。暗がりから外の太陽の光を受けて輝くそれは明らかに刃物。直撃すれば眉間を貫通し、脳天へと至り、怜志を即死させるだろう一撃である。

 

 明らかに殺意が垣間見える不意打ちに対し、しかし怜志は冷静な態度のまま、軽くふんと鼻息を鳴らすと飛び込んでくる刃物をバシッと両手で掴み取る。

 俗にいう真剣白刃取りである。

 そして掴み取った刃物を降ろして検分しつつ、慣れた態度で下手人へと声をかけた。

 

「……これ、天叢雲劍じゃないですか。仮にも依頼品をぶん投げるとは些か以上に無作法では?」

 

「──煩せぇ」

 

 咎める怜志の言葉に、言葉を返すのは怜志より一回り大きな老人であった。還暦は超えているだろう見目にも関わらず服越しに張る鋼のような胸板と細くとも筋肉の引き締まった両腕。如何にも腕の立つ親方と言わんばかりの壮年の男性。

 ──天国一門、当主。天国宗冬。

 当代最高峰と謳われる霊刀鍛冶は如何にも敵意丸出しで直系の孫である怜志を見下した。

 

「その場のノリで神の形代をへし折る様な糞餓鬼に(オレ)の刀剣の扱いをつべこべ言われる筋合いはねぇよ。第一、何しに帰ってきやがったこの妖刀め。こちとらテメェのせいで無駄に衆目を集めて迷惑してんだよ。さっさとどっかの戦場で勝手に死にやがれ」

 

「孫にかける言葉ではないですねそれは」

 

「孫と思ったことはねェからなクソが。テメェといい、勝負狂いの馬乗りといい、鍛冶以外に現を抜かす輩を身内となんぞと呼ばねえよ」

 

 今にも歯をむき出して襲い掛かってきそうな獣のような攻撃性を怜志に向ける宗冬。だが対する怜志の方はその対応に成れているのか肩を竦めて反応を留めた。

 その、怜志の耳元に顔を寄せ、ぼそっと恵那が所感を口にする。

 

「なんか、おっかないお爺ちゃんだねェ。怜志のお祖父ちゃま」

 

「いや、そうでもない。アレで何だかんだ子供の頃は面倒見てくれてたしな。アレは単に天国の技と名を受け継いでおきながら二代揃ってそっぽ向いたもんだから、ちょっといじけてしまっただけ──おっと」

 

 ヒュンと打ち出される刀剣。ガキンと刀剣を打ち払う天叢雲劍。

 苦言を呈した割には自身も客人の武器を雑に使って、怜志は攻撃を跳ね除ける。

 

「ぶっ殺すぞ」

 

「行使する前に脅してくださいよ」

 

 ……率直な感想。言葉より手が先に出る辺り、割と似た者同士なのでは?と恵那は思った。

 

「で、結局テメエは何しにきやがった(オレ)に殺されに来たのか」

 

「自殺願望は特にありませんよ。今日は恵那の、うちの相方の得物を取りに来ただけです」

 

「あぁん……?」

 

 怜志の言葉に宗冬の視線がじろりと動く。目線の先には隣に立つ学生服姿の恵那である。睨みつけられるように観察され、どうするべきか困ったような表情をして恵那は立ち尽くすが観察は一瞬で終わった。

 すぐに関心を無くしたようにその視線は怜志へと戻る。

 

「チッ、清秋院の所の小娘か」

 

「おや、顔をご存じでしたか。道場や天国の関係者に俺を送り出す割には師匠殿は屋敷から一歩も外に出ない出不精だと思っていましたが」

 

「テメェと違って俗世に関わる理由がねぇからな。フン、そこの小娘に関しちゃ招待してもいねえ侵入者が勝手に色々とぺら回していっただけよ」

 

「成程、蘭さんの経由でしたか」

 

 分かりずらい宗冬の悪罵から事態を拾い上げて納得した怜志は頷く。

 友人もとい腐れ縁らしい怜志の祖父と恵那の祖母。怜志の知らぬどこかしらで細い交友関係が繋がっていたというところか。

 

「なら用事は済んだなとっとと帰れ。何処かの馬鹿がへし折りやがった刀に関しちゃその通り、寸分違わず直してやった」

 

「……とのことだ。恵那」

 

「うん」

 

 宗冬の言葉を受けて、怜志は手に持っていた天叢雲劍を本来の所有者である恵那へと差し出した。善女龍王との戦い以降、暫くぶりの相棒を手に取った恵那は、その握りの感触を確かめるように刀を検め、頷いた。

 

「ちゃんと治ってるよ。それに……なんだろ? 前より調子が良いような」

 

「ハッ。抜き身の状態をまつろわして(・・・・・・)やったからな。鞘も無しに須佐之男命の神気を受け止め続けてれば何れ暴走するだろうがよ。テメェの婆も幽世の大御所気取りもずさんな仕事をしてやがる」

 

 天叢雲劍越しにこの場に居ない第三者を嘲笑する様に鼻を鳴らす宗冬。不意にカタカタと障子を鳴らす冬風が素肌を鋭く舐めるが、宗冬は知ったるかという態度のままであった。

 

「仕事はやった。刀は返した。そら要件は済んだな。とっとと()ね」

 

「いいえ。まだです。肝心の得物が渡せていません」

 

「あん?」

 

 しっしと手をやる宗冬に対して、怜志は首を振って前に踏み出る。

 天叢雲劍も用事の一つではあるが、本命は別だ。

 怜志はふっと軽く息を吐くと伝えるべき本命の話題を切り出す。

 

「俺が彼女に送る刀は都牟刈之大刀(つむがりのたち)。当家に伝わる至宝。この国における霊刀・草薙劍含むあらゆる『剣』の原型。西方より流れて来た英雄殿の竜骨。元担い手としてそれを、恵那に授けようと考え、此処に来ました」

 

「────」

 

 その言葉を聞いて宗冬は初めて言葉を失って孫の顔を見る。

 浮かぶ表情は無貌。あらゆる感情を排した無。

 しかし鋭く仁王のように睨む瞳の輝きには一言には表せない烈火のような激情が浮かんでいるようにも見えた。

 一秒か、或いは一分か。永遠を体感する沈黙を経て、宗冬は真っ向から問いかける。

 

「テメェ……終末の引き金を引くつもりか?」

 

「一応身分は魔王ですから、是非もなし。それに俺が神殺しとなってしまった以上、話は早いか遅いかの違いでしかない──それが末世というものでしょう?」

 

「ふん。そうかよ……勝手にしろ、(オレ)は知らん」

 

「ではそのように」

 

 やり取りはそれで終わった。関心を失ったように、奥へと引っ込む宗冬を見送って怜志はふうと疲れを吐き出すようなため息を吐いた。

 覚悟を糺され、それを示した。

 短いやり取りだったが、宗冬のそれは本気だった。もし半端な答えを返そうものなら本気で祖父は怜志を殺しに来ていただろう。

 

 殺し合いは上等な怜志だが、こういった義は彼にある戦はあまり好ましくない。怜志は戦乱の申し子であっても悪道を好き好む輩ではないのだから。

 

 

「──さて、取りあえず話は付いた。身内同士、手前勝手に話して悪かったな恵那。行こうか、目的は屋敷の地下にある」

 

 

………

………………

…………………………。

 

 

 ──ギシギシと木製の階段が軋む。

 先の見通せぬ暗黒。冥界の入り口を想起させる地下への入り口。

 頼りない蝋燭の光を掲げて先導する怜志に続いて恵那も下へと下りていく。

 

 その道すがら不意に怜志は口を開いた。

 

「『后弟橘比売、太刀を抱きて海に入り給う。其の太刀の流れし先は陸にあらず、海にもあらざる処にて、浮島といふなり』──とある古文書に記された一文だが、恵那。この文に聞き覚えはあるか?」

 

「え? ……弟橘比売(オトタチバナヒメ)っていうと、あのヤマトタケルの奥さんだよね? 日本書紀の。でも古文書からの引用ってことは何処かの地元昔話? 少なくとも恵那は聞いたことないなぁ」

 

「だろうな。もうずっと前に途切れてしまった昔話だ。そして、俺の祖先たちが抹消した昔話でもある」

 

「抹消? 意図して消したってこと? なんで?」

 

「一言、不都合であったからだな。……例え英雄を倒したところで、この世が神世の宿痾にある限り、いずれ未来の王として救世の星は蘇る。それを阻止するため、先祖たちは仕掛けを施したのさ。名を偽り、神話を偽り、そして刀を研ぎ直して別物にすることで英雄の再来を阻止しようとしたんだ」

 

 それは知るべきものはもはや天国に組する一派と、ご老公を名乗る正史編纂委員会の後援にのみ伝わる極東の神話。川上から流れて来た貴人の噂。

 蝦夷に語り継がれる鬼退治の英雄譚。

 

 東征の名の下、日ノ本の存亡をかけて起こった死闘の話。

 

「──まつろわぬ神と神殺し。その戦いの記録は古代まで遡るわけだが、俺たちが神に抗う時、時折一部の地母神がこんなことをいう時があるらしい。曰く、いずれ全ての神殺しを撃ち滅ぼす『最後の王』が誕生し、神殺しの悉くを駆逐するだろう、とな」

 

「『最後の王』?」

 

「ああ。一部のみに伝わる存在でね。降臨すれば忽ちに全ての神殺しを駆逐して再び眠りに着くという存在。最強の鋼とも称される英雄殿だ」

 

「つまり、怜志たちにとっての天敵みたいな神様ってこと」

 

「この場合は宿敵、といった方が正しいかもしれないな」

 

 振り返ることもなく前に広がる暗がりを茫洋と眺めるようにしたまま、怜志は淡々と知られざる昔話を恵那に語り継ぐ。

 

「『最後の王』の役目はその当時に蔓延る神殺しを絶滅したのち、いずれ再び顕れるだろう神殺したちの襲来を待って眠りに着くこと。言うなれば地球という庭に顕れる定期的な害獣の駆除だな。増えては叩いて、生まれては殺す。その繰り返しだな」

 

「なんだか賽の河原みたいな話だねェ。神様の神意なんて恵那たちじゃ推し量り切れないだろうけど何だか虚しい話だよ」

 

「さて、そこまでの話は残ってない故分かりかねるが──まあ、ともあれ、そういう存在がいた(・・)ことを知ってくれればいい」

 

「……ん? いた(・・)?」

 

「ああ。いたんだ、過去にはな」

 

 ニュアンスの違いに気づいて恵那は違和感を覚えて指摘し、怜志はその違和感を肯定する。いた(・・)、そう。過去形である。

 かつて、そのような英雄がいたと怜志は昔話として『最後の王』を語っている。

 

「えっと、説明を聞く限りその『最後の王』? っていう神様は全部の神殺しを倒したら眠りにつくだけで、もう一回神殺しが増えたらまた起きるんじゃ?」

 

「……そうだった。少なくとも不毛な争いのサイクルが乱れるまではな」

 

 そう。西方を原典とする鋼の英雄。貴種流離譚の源流はそうしてずっと昔から神殺しとの果て無き戦の歴史を繰り返し繰り返し繰り返し続けていた。

 ──その果てに流れ着いた極東の地で、数奇な運命を辿るまでは。

 

「ある繰り返す転生(サイクル)でのことだ。当代の神殺しとの死闘の果てに全ての神殺しを討伐した英雄殿は傷つき、その中で再び眠りにつく筈だった。いつの日か、また俺たちのような存在が生まれた時にそれを討伐するために。しかし……」

 

 その時は違った。英雄が眠りに就く前に。

 些細な善意が『彼』を起こしてしまった。

 無垢なる極東の民の優しさが、そのサイクルを崩してしまったのだ。

 

 結果として……英雄を恐れた時の為政者たちによって英雄はその命脈を断たれることとなった。善意に救われ、善意に応じた果てに祭り上げられた異国の王は、その王威を恐れたものたちに東征されたのだ。

 そう──英雄は人々の手によって討ち果たされたのだ。

 

 それが神武東征の逸話に隠されし秘跡──。

 神をまつろわした者たちの隠された真実。

 

 トン、と。闇の底に辿り着く。

 暗がりの向こう、四方を蝋燭に照らされた小さな社の向こうに。

 安置される一本の刀があった。

 

 その太刀を一目見た瞬間、不意に恵那の意識が遠くなる。

 この感覚、覚えがある。

 これは──崩れ落ちそうになる恵那を支えながら怜志が子守歌のように囁いた。

 

 

「後の由来はその霊視()で確かめると良い。では──昔々或る所に」

 

 

 そうして、昔話(きろく)は始まった──。

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