神々、君に背き奉る   作:アグナ

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神武東征

 ──むかしむかしのそのまた昔。

 東の果ての寒冷地におじいさんとおばあさんが暮らしていました。

 

 蝦夷(えみし)と言われる北の地の冬は厳しく、森の恵みは驚くほどに少ない季節。おじいさんは老体に鞭を打って命がけの漁に行き、家を守るおばあさんは冷たい川辺で洗濯物を洗いに行きました。

 繰り返される冬の習慣。いつも通りの日常でした。

 ですが、ある日おばあさんがいつものように川へと洗濯物を洗いに行くと川上から、どんぶらこ、どんぶらこと『桃のような何か』が流れてきました。

 

 驚いておばあさんが『桃のような何か』に近づくと、それは花を開くように広がり、中からは腰を抜かしてしまうほどの色とりどりに輝く宝石や財宝、金銀の山が詰まれており、その宝の山の中心に傷だらけで倒れる少年がおりました。

 

 蒼い髪をした絶世の美少年。蝦夷の民と似通った顔立ちをしながら、しかし異国風味を残した端正な造り。身に纏うのは青い貫頭衣と細袴、純白の外套。

 何処かの貴人のような少年でした。

 

 蝦夷の民と比べて白い肌をより青白くさせながら倒れ込む少年を見て、おばあさんは金銀財宝に目もくれず、慌てて少年を抱きかかえて家へと戻り、必死に看病しました。

 いつしか家へと戻ってきたおじいさんもおばあさんに事情を聴いて、村中を駆け巡り、医者を連れ帰り、やがてその話を聞いた別の村人も協力を申し出て、気づけば村中の人々が三日三晩付きっきりで少年を看病しました。

 

 冬の厳しい季節の村です。持ちつ持たれつ、助け合いの精神で生きて来た朴訥な村人たちです。傷だらけの少年から財宝の山のみ掠めようなどと不貞を働く発想もなく。彼らはただただ純粋な善意だけで見ず知らずの貴人らしき少年を看病しました。

 

 そのお陰か四日目の朝。少年はぱちりと目を覚ましました。

 少年は言いました。

 

 ──ありがとう。貴方たちのお陰で余は助かった。こうして善意の施しを受けたからには余からも何かお礼がしたい。何でも余に言ってくれ。

 

 らーま(・・・)と名乗る不思議な少年は村人たちに囲まれながらそう言いました。ですが村人たちは首を振ります。

 我々は金品が欲しくて貴方を助けたわけではありません。困った時はお互い様。何処の貴族の方かは分かりかねますが、どうかお気になさらぬよう──。

 それに困ったのは少年の方です。少年は尊き立場の者でした。

 受けた恩には報いたがる善性の王族でした。海の向こうにある西方の地では勇者(アルトス)と呼ばれた偉大なる戦士でもありました。

 だから物品による返礼を受けたがらない、そんな村人を前にして少年は言いました。

 

 ──では、余もまた善意によって貴方方を勝手に助けよう。余が報いたと感じるまで余もまた貴方たちがそうであったように貴方たちを助ける。困った時はお互い様。この国の流儀はそういうものなのだろう──?

 

 そうして少年は村に留まり、村人たちを助けました。

 クマが出たと聞けばこれを退治し、肉を持ち帰って村人たちに配り。

 漁師たちと一緒に海に出れば村一番の大男をも上回る巨大な魚を釣り上げ。

 森を切り拓き、土を耕し、開墾の手助けまで行いました。

 

 ──桃のような船? ふむ、もしかして余が乗っていた蓮の貴船(ヴィマーナ)のことを言っているのだろうか? だが──桃太郎か。うん、親しみがあっていい名前だ。ならば今後余はこの地において桃太郎と名乗ろう。 

 

 いつしか少年は村に馴染んでいき、村人たちからも『らーま』という発音は難しいからと、少年の『桃のような船』から出て来たから『桃太郎』だと渾名され、少年もそれを気に入って桃太郎と名乗りました。

 

 やがて村に馴染んだ不思議な異邦人、桃太郎の尽力により村は大いに栄えていき、その評判を聞いた他の村のものたちまで合流し、いつしか村は人と笑顔に溢れる素晴らしい(まち)として栄えていき、冬をも恐れることなく幸せに暮らしましたとさ──。

 

 めでたしめでたし。

 

 

 

 

「由々しき事態だな」

 

 几帳面そうな声だった。

 言葉とは裏腹にさして焦燥を見せるわけもなく。

 さらさらと筆を取りながら書を記すままに記者は口を開いた。

 会話の先は記者の背後に立つ二人の人物。

 瞼に傷を負った片目を瞑る女傑と狩衣を纏う両眼異色の青年に対してのもの。

 

 如何にも几帳面そうな記者とは対照的に女傑は胡坐を組んで煙を吹き、青年は薄気味悪い笑みを浮かべて事を面白そうに眺めている。

 青年が言葉を返す。

 

「私としては実に興味深いな、その桃太郎とやらの話は。おおよそ顕象したまつろわぬ神性の何某かと推測するが、彼らは得てして地上に災厄を振りまくもの。それがどうして人々を援け、崇められるような存在となったのか──フフ、呪の学徒としては実に興味深い話だ」

 

「んなこたぁどうでもいい」

 

 知的好奇心を見せる青年に対して、女傑は面倒くさそうに考察を振り払って彼らを呼び集めた几帳面そうな記者へと問いかける。

 

「アタシらを呼びつけたってことは既に大君(おかみ)から討てと命を受けたんだろ? 稗田(あれい)。国に王は二つと要らねぇ。なら話は簡単だ。アタシが打って、性悪が策を練って、アンタが命ずる。それだけの話だろうが」

 

 何を勿体ぶっていると非難する女傑が言う。それに対して諫めるのは話しかけられた方ではなく、知的好奇心を見せる青年の方であった。

 

「いやいや天国殿。ことはそう簡単なものではあるまい。いつもの神獣退治とは違うのだよ。今、蝦夷を統括するのは海の向こうの西方より来たれり『まつろわぬ神』。貴方方の霊刀を持っても斬るに難く、我ら陰陽師の呪を持っても御し難く、そして大君の兵たちですら及び難き存在だ。噂に聞く『神殺しの獣』でもなくば桃太郎何某を倒すことは出来まい」

 

「あん? ならどうすんだよ。このままダメって大君含め、アタシら全員で蝦夷の王バンザイとでもやるかよ?」

 

「そうしないための我々『正倉院・裏整理掛』でしょう。何、人間にまつろわぬ神は倒しようは無くともやりようはある。封を掛ける気勢を削ぐ、その程度の外法でしたら私めにも幾つかの心当たりがありますとも」

 

 ニィと薄気味悪い笑みを深める狩衣の青年に天国と呼ばれた女傑は顔を顰める。陰惨な歴史を積む呪術世界を大君の下に統括するこの青年は、呪に魅入られすぎている。

 世間一般には外道と呼ばれるに相応しい感性を、国に尽くすことでギリギリに良識を保っているに過ぎないのだ。

 神を恐れても神を畏れていない。それ故、此度の件で色々(・・)と実験が出来ることを喜んでいるのだろうと察してのことだった。

 

「して、稗田(あれい)殿。蝦夷の王には如何なる仕儀にいたすものか──」

 

 女傑と青年、両者の視線が同時に稗田(あれい)と呼ばれた人物に向けられる。

 すると、二人が会話する間にも書を記す手を止めなかった記者は、ようやく筆をコトリと置きながら両者の方へと振り返って、口を開く。

 

「──大君は、かの地の征伐を以て大和朝廷の威を示さんとしている。相手は異国のまつろわぬ神。ならば我らもまた、大和の神性を以て相対す」

 

「あん? そいつはどういう意味」

 

「ほう! それはそれはッ!!」

 

 記者の言葉に訝しむ天国とは対照的に狩衣の青年は柏手を打って、歓喜する。その貌に外道の笑みを浮かべながら。

 

「つまりつまり、呼ぶということですな! まつろわぬ神を! 我ら自身の手で!」

 

 狂喜するように叫ぶ狩衣の青年。それに記者はゆったりと首を振って訂正しながら、正しく言い直した。

 

「否、『まつろわぬ』ではない。我らの祀ろう真なる神、それの援けを借りるのだ。そのための記紀。そのための記書である」

 

「ああ、アンタの書いてるそれが話に聞いた例の編纂書か。確か聞いてた話だと学無き民草にも朝廷の何たるかを知らしむ書と聞いていたが?」

 

 記書と聞いて心当たりがあったらしい天国が口を開く。何でも今、大君の名の下に都では目の前の記者含め学識ある貴族たちが何人も集まり、こぞって神話や伝承、各地に伝わる歌などを収集し、集約し、一つに纏め上げる作業をしているという。

 この都、この国を統べる大君の正当性とその血統の歴史、そしてこの国を統べるに至った経緯などを民草に広く知らしめるために。

 

 少なくとも女傑はそう聞いていた。

 

「無論。その目的もある。だが最たるは民草の知見を啓くのみに非ず。我らの奉じる大君の血に寄りつく神威。それをより高めるための大事業にある。この試みが成功した暁には我らの大君は幾千万もの神々を征定せしめる真なる大君となるであろう」

 

「フフ、身震いしますな。我ら人の手で人にまつろう(・・・・)神々を創作せしめるなど。大陸の向こうにとてこれほどまでの禁呪に至る者どもはおりますまい。ンン、実に昂る!」

 

「テメエの趣味はどうでもいいわ。するとアレか。アタシらを態々此処に集めた理由はその神様とやらの関係かい?」

 

「然り。並ぶもの無き武の鍛治。都随一の呪の知恵者。貴様らの役割はこの大事業において、最も重大な部分を占める“象徴”を創ることにある」

 

 記者は語る。書が創る信仰だけでは意味がないと。

 その信仰を束ねる対象となる何か。

 “モノ”でも“ヒト”でも何でもいい。

 明確に、物質的に存在する“何か”に対して信仰を集約することで初めてこの大事業は完成するのだと。

 

「天国に命ず、“神武”を創れ。この国に勝るもの無き王者が握るに相応しい。並ぶもの無き至高の宝を。そして藤原の、貴様は“土台”を創れ。この呪の完成が成るよう取り仕切る神祇の祭司者として」

 

「……ま、足を運んだ甲斐はある仕事だな」

 

「御意。完璧に仕上げて参りましょう」

 

「うむ」

 

 稗田の語る壮大な計画に対しても臆することなく二つ返事で天国と青年……藤原は頷いた。彼らもまた今の地位に相応しい絶大な実績と歴史を積み上げて来た、この国の中枢、その裏側を担う人材である。

 神をも御さんとする前人未到の『偉業』。その重さを前にしても調子を崩す様子など見受けられない。それに満足するように稗田は頷いた。

 

 と──。

 

「しかし──“器”はどうなさるおつもりで?」

 

 不意に意地悪そうに藤原が稗田に問いかける。

 

「何の話だそりゃあ?」

 

「呪に通じぬ天国殿は知らぬようですが、形ある神を呼び出すのではなく形無き神を造り出すとあらば神性の方向性を成す部分──性格とも人格とでも言いますか、それが必要になります」

 

 例えば優しき者の大国主、荒くれ者の須佐之男。

 神々として君臨せしめるにあたっては、名前の他にどんな神かを形作る部分が必要になる。神話があれば役職は説明できるだろう。それがどんな神で、どんな役割を有するのか、文で知らしめればそれは簡単である。

 

 だが──どんな方向性となるかは物や文だけでは作れない。何故ならば物や文だけの信仰では人々の空想が制御できないからだ。

 個々人によって感性が違う以上、知らされるその神がどんな性格で、どういったことを好み、役職に対してどういった行動をするのか──信仰はそれこそ八百万に撹拌する。

 

 だから必要なのだ。器が。元となる何かが。

 言うなれば、その神性の“魂”ともいえる部分を補うものが。

 それは“モノ”創りの天才である天国にも“ヒト”を操る(まつりごと)の化身である藤原にも出来ない。

 

 故に──その問いに、応える記者は何の迷いもなく。

 

「私だ」

 

 生贄──とも言い換える、その役割を平然と背負う。

 

 

「大君に使えるこの国の媛巫女として──私、稗田阿礼(ひえだのあれ)がそれを成す」

 

 悲愴も恐怖も浮かべることなく、初めからの決定事項のように言い切る女人。古くからの知己である両者は、その余りにもいつも通りな献身の覚悟を前にどちらからともなく顔を合わせ、呆れ果て、降参するように首を振って肩を竦めると。

 

「そうかい──なら約束してやる。噂の英雄殿、かの蝦夷の王の武威など歯牙にもかけぬ至高の宝をお前に送ってやる」

 

「ならば私は最高の舞台を作り上げて見せましょう。何、同じ役割を担う朋友の晴れ舞台だ。盛大に祝い、壮大に祀り上げて見せましょうぞ」

 

 然るに後顧の憂いなく、せいぜいその覚悟を胸に駆け抜けよという友人二人の激励を前に。

 

「うむ」

 

 初めて稗田は微笑を浮かべて、嬉しそうに頷いた。

 

 

 是が全ての起こり。

 斯くして語られぬ神話、語られぬ戦いが始まったのだ。

 異国より招来せしめし魔王殺しの大英雄ラーマ王。

 救世の神刀を握る不可侵の王。

 神座に君臨する覇者を打ち破らんがため。

 ──神落としが幕が開ける。

 

 

 

 

 

 桃太郎──否、インド神話に語られるラーマ王。

 《運命》に選ばれた勇者として彼は今まで神話以上に数多くの死闘を繰り広げてきた。幾つもの命を持つ恐ろしき大魔王と戦った。騎馬の民と竜を率いる大王と戦った。陰惨な魔道に長けた妖術使いの王と戦った。人に仇なす流浪の魔王と戦った。

 戦って戦って戦って──幾度となく勝利を重ねて来た。

 

 この世の最後に顕れる王、最強の勇者、最強の鋼。

 全てに勝る英雄は、あらゆる戦場とあらゆる敵に勝利してきた。

 

 故に戦はいつものこと。慣れ親しんだ死線である。

 だが──この日、彼が経験する戦場は彼の知るそれと大きくかけ離れていた。

 

「「「オオオオオオオオオオオォォォォォォォ───!!」」」

 

 戦場に響き渡る幾万もの兵の鬨の声。

 世界よ震えろと言わんばかりの絶叫が戦場に走る。

 

 それを轟!と鎧袖一触する閃光の輝き。

 天空に君臨した、『剣』『槍』『矢』『斧』『鎌』……幾つもの武器を象る曼荼羅から打ち出される稲妻が兵たちの覚悟を嘲笑うかの如く降り注ぎ、あっさりとその命を戦場に散華させる。

 当然の光景である。戦場に相対するはラーマ王一騎に対して幾万もの大和朝廷、その精鋭たち。数的劣勢も甚だしいが人の群である兵に対して、ラーマ王は神である。

 その戦力差はたかが数で埋められるものであるはずがなく。

 

 巨人に挑む蟻のように、兵どもはあっさりと弑られる。

 ……いつもであればそれで終だ。

 人間では神には太刀打ちできない。

 何れの地の人々もこの戦力差を前に絶望し、許しを請い、神に平伏した。

 

 だが──。

 

「進め進め怯むな!」

「この戦こそ我らが国の未来を賭けた大戦ぞ!」

「我ら大君より死にたるを命じられし神兵! なれば恐れることなくして死ね!」

「我ら命の盾を以て異人の神に国威を示す!」

 

「────」

 

 常軌を逸した光景にさしものラーマ王も呆然とする。

 

「ぐああああああ!?」

「見よ!かの稲妻が仕留めるは一度に十余名ほどと見た!」

「然り! ならば十余名死ねば一撃は防げるな!」

「ははは! 神を名乗ろう者がたかたが十余名を仕留めるまでとは!」

「その程度の稲妻であれば我が武技でも斬れそうよな!」

 

 轟、轟、轟! と絶えず鳴り響く稲妻。

 悲鳴と暴力。英雄が成す天然自然の暴威を前に、しかして絶望は疎か、怯むことすらなく死に向かって前進する幾万の軍勢。

 その総数を加速度的に減らしながらも、末端に至るまでその勇壮さを忘れることなくただただ前へ前へ前へと突き進む。

 

 死を前提とした狂気の行軍。それがよりにもよってただの人間の兵によってなされる光景を前にラーマ王は立ち尽くすしかなかった。

 ……神殺しであれば話は分かる。死ににくい彼らは捨て身であることを恐れない。不死鳥の如く死の運命さえも乗り越える彼らであれば死の行軍も想定できる。

 

 だが彼らは、兵は、人間はあくまで命は一つ。失えばそれまでだ。

 ましてや大した加護もなく呪の気配もなく、己が鍛えた研鑽のみを携えて挑む彼らは失えばそれまでなのだ。だというのに──。

 

「まだだ、まだだ、まだだ、まだだ──!」

「一秒でも長く、一瞬でも長く抑えつけよ!」

「応とも! 我ら死せようともこの戦に勝てば勇名は永遠となろう!」

「然らば我らが存在も永遠となる!」

「ならば恐れることなぞ何処にあろうか! 我らが命を以てこの国の礎たらんことを!」

 

 突き進む、突き進む──恐れずして突き進む。

 その古の勇者が目の当たりにする初めての光景を前に──一歩が止まる。

 勇者が気圧されるというあり得ない事態。

 あり得ない戦果こそ、人が神に勝った至上の一瞬。

 

 そこに渾身の一手が突き刺さる。

 

「「「おん・しゅちり・きゃらろは・うん・けん・そわか!」」」

 

「ッ、これは……!?」

 

 死せる兵どもの向こう側。この大戦が開戦するより遥か七日も前から眠らずの詠唱を続け、発動の時を待ち続けていた最強の呪術が満を持して発動する。

 その名を大威徳法。大君の勅命の下、執り行われた国家安定・怨敵退散の大儀式は巨大な檻となってラーマ王を囲み、閉じ込め、封じ込める。

 

「しかし……!」

 

 それでも、せいぜい秒にも満たない間、ラーマ王を封じるのが精々だろう。何故なら彼は鋼の戦士にして救世の神刀の他にも“弓と矢筒”を握りしめた勇者である。

 例え稲妻──《神刀の曼荼羅》が無くとも神々に愛されし、その勇体にはあらゆる状況を打破する手段が残されている。

 

 だがそれでも解呪するには一秒かかる。

 そして──彼らにとって、その一秒で十分だった。

 

「今です!」

 

 陰陽師の総指揮を担う、藤原の青年が声を張り上げる。

 瞬間、東に浮かぶ太陽を掻き消すように、西の空にも光が上がる。

 

「この気配……太陽神(スーリヤ)に連なる系譜か!」

 

 其れ即ち太陽神の権能。

 ラーマ王は西の空を見上げる。

 

 天空に浮かぶもう一つの紅焔。

 地表をも焼き滅ぼす太陽の具現。

 その中心、光を背負うように一つの黒影が飛んでいる。

 

 鴉──だが、その足は三本あった。

 異形の神名を八咫烏。この国における火の鳥の神性。

 皇を導く先導者である。

 

 ──クアアアアアアァァァァァァ!

 

 降下する。太陽を背に日の化身がラーマ王目掛けて墜落する。

 英雄が止まったその一瞬を突いた、決死の突進!

 

「アアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 全身を巡る焦熱の激痛にラーマ王が悲鳴を上げる。

 不死身にして最堅たる鋼にも幾つかの弱点がある。

 これはそのうちの一つ。

 火炎にて練られ、叩かれ、鍛えられる『鋼』は火に対してある程度の耐性は持っているものの、火炎の先──『鋼』さえも融解させる紅焔ともなれば耐え難し。

 太陽神の放った紅焔(プロミネンス)は流石のラーマ王でも相当のダメージとなる。

 

 熱された肉体、融解寸前の身体。

 堅固の守りはこの瞬間に僅かに緩んだ。

 

 その千載一遇の好機に、ついに“神武”の化身が動く。

 

「──御子殿」

 

「!」

 

「──貴方に悪意はなく、貴方に害意はなく、ただ人々の祀り上げるままに君臨した。それだけなのかもしれませぬ。ですが──此処は神州大和。我が皇の名を於いて王を名乗ること許さず。貴方が蝦夷の王たらんと騙るならば大和の皇としてその存在は認め難し」

 

 西方より神殺しとの戦を経て極東にまで流れ着いた最強の勇者ラーマ。

 かの敵を認め、憎むことなく相対する“神武”の化身。

 その瞳には大いなる責が浮かんでいた。

 

 

「故に──我が諱、彦火火出見の名の下に討伐させていただく!」

 

 

 幾つもの犠牲と覚悟の下、創り上げられた皇の権現。

 人に立つ神、神武天皇。

 富士山麓より生み出された最高峰の日緋色金を神匠天国が片腕を犠牲にしてまで創り上げた本邦最強の草薙劍を携え、彼はラーマ王に渾身の一撃を叩きこんだ。

 

 この一斬こそ、終の一撃。

 本来であれば人に成されぬ神殺し。

 覚悟、執念、犠牲──幾つもの失われる者たちと引き換えに、極東の民はその自力のみで勇者に打ち勝って見せたのだ。

 

 そして──勇者亡き後に、墓標のように骸たる『剣』が残る。

 この『剣』こそ《救世の神刀》と呼ばれるもの。

 ラーマ王の亡骸にして誓約。

 勇者は何度でも世界に戻るという盟約の化身。

 

 これがある限り繰り返される神々と人との戦は終わることなく、再び勇者は目を覚まし、この国の大いなる障害となるであろう。

 だからこそ神武天皇は刀を手に取り、振り返る。

 いつの間にか、その背後には片腕無き天国の女傑が立っていた。

 

「──天国よ、この『剣』を創れ」

 

()がそうしたように、お前たちがこの『剣』を創り、広め、お前たちこそが『剣』の作り手なのであると認めさせよ」

 

「救世の名が霞むように、歴史の果て運命が見失うように」

 

「この国における全ての霊刀の祖となり──神々の『剣』を零落せしめるのだ」

 

「……後事は任せる。後の未来は──頼んだぞ。友よ……」

 

 以て筋書きは分岐した。

 始まりの皇より天国へと託された使命、宿願。

 やがて復活する勇者は極東の果てで力尽き、神刀は奪われ、その名と役目は偽りの名と共に歴史の狭間に掻き消された。

 

 

 その証こそ都牟刈之大刀(つむがりのたち)。勇者の手より簒奪した、形ある権能(・・・・・)。神を落として征定を成す、神殺しの魔剣である。

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