神々、君に背き奉る   作:アグナ

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巫女、救世の劍を取る

 ──鍛治(かぬち)たちが鉄を打つ音を聞いた。

 

 盟約の時代から幾星霜、老若男女問わず多くの鍛治たちが脈々と受け継ぎ、紡いできた一生。積み上げられる千剣の山。人知れず大いなるものと相対し続けて来た戦士たちの人生。

 

 いつもの霊視とは異なる歴史を垣間見るような夢の中。断片のように流れ込む記憶と記録。神話と歴史の狭間に紡がれた《運命》の物語を読み終え、恵那の意識は浮上するように目を覚ます。

 

「ん……」

 

「──起きたか」

 

 恵那がゆっくりと目を開くと最初に見知らぬ天井、次いで恵那を覗き込むようにする見慣れた顔が視界に映る。

 茫洋とする意識に掛かる聴き馴染みのある声。

 

「怜志?」

 

「ああ」

 

 恵那にとっての幼馴染にして仕えるべき王、そして婚約者でもある少年、怜志は平時と変わらぬ感情の読めない表情で小さく肯定した。

 

 どうやら、いつの間にか恵那は軽く意識を失っていたらしい。

 意識が落ちる前を振り返ると確か直前で怜志が支えてくれた記憶がある。

 

 ふと恵那は気づく。後頭部に過ぎる感触。寝かせられている態勢。

 いわゆるこれは膝枕という奴ではなかろうか。

 思わぬ状態に恵那は目を瞬かせつつ、ぼうっとする頭の片隅で「なんか恋人っぽい!」などという状況に似合わぬ感想を抱いた。

 

「……まだ意識がはっきりしないようだから先に伝えると、お前が気を失っていたのはせいぜい十分ほど。時間はそれほど経過していない、ので、場所はさっきのままだ」

 

 一方、そんな明後日の思考をしているなどと想像もしないだろう怜志の方はと言えば、まだ意識がはっきりしていないのだろうと勝手認識しながら、現状を説明する様に端的に口を開いた。

 そして言いながら怜志は顔を上げて視線を先に向ける。

 

 反射的に恵那も顔を横にしながらその視線を追うと、そこには社の向こうの太刀掛に安置される一本の名刀がある。

 ──都牟刈之大刀(つむがりのたち)

 かつて存在した英雄の残滓。《救世の神刀》と銘打たれた劍の転生体であり、神を落として征定を成す形ある権能。

 初代天国が打ち直し、長い年月をかけて神話を編纂してみせた千年来の秘奥。

 

 天国の宿願にして《運命》の刀がそこにある。

 

「アレの正体は見えたか」

 

「──うん」

 

 問うというより断定するような声音。

 それに恵那はこくりと頷いた。

 

「『最後の王』、怜志たちの祖先であるこの国の呪術師たちが総出で征伐した神様の遺骨があの刀の正体なんだね」

 

「そうだ。かつて西域からその極東にまで流れ着いた魔王討伐の英雄。これを撃滅した先祖たちによってあの刀は打ち直され、創られた。(あや)しき劍、都牟刈。この國におけるあらゆる霊刀の原型でもある」

 

 草薙劍、天叢雲劍、布都御魂劍、天羽々斬──極東に数多の霊刀数あれど、そのいずれも勝らぬ全ての原型、文字通りの真打。

 それこそが都牟刈之大刀(つむがりのたち)。最強の鋼より奪い、簒奪せしめた蛇殺しにして神落としの権能。

 

 極東における『剣』の暗喩(メタファー)

 全ての『刀』という概念の源流である。

 

「天叢雲劍を筆頭に、この国の霊刀の多くが蛇殺しであることはアレが由縁だ。まあ当然だろう。アレはつまるところ世界最強の蛇殺しだ。アレを原型にして霊刀が創られている以上、その多くが同じ属性を帯びるのは不思議ではあるまい?」

 

「……八岐大蛇の尾から出て来たって言うのは、怜志たちの祖先が創った偽り?」

 

「少し違う。アレは『勇者』殿の功績をベースにこの国様に作り直した鋼の伝承だ。真名をそっくりそのまま使いまわすわけにはいかなかったからな。神話ごと全てを創り直す過程で、実際のあの刀を使って幾らかの功績を建てさせた、八岐大蛇伝説もうちの一つだ」

 

 荒れ狂う河川の惨劇と治水の祈り、その暗喩。

 この国の神話として有名な須佐之男命による八岐大蛇討伐の伝説は、初めから全てが全て嘘偽りなのではなく、実際に起きたことではあると怜志は肯定する。

 

「そうして外様の伝承をこの国に馴染ませ、この国固有の存在として昇華させた結果があの劍だ。今や『勇者』の神名は失われ、幾らかの残滓を残しつつも歴史からも神話からも抹消した──ある意味で人間による長い神殺しの結果、ともいえるな」

 

 物理的に殺すのではなく、長い時を掛けてその存在自体を闇に葬る。

 如何にも人間らしく、そして人間離れした執念の結晶。

 時間という武器を利用した戦い。

 神殺しならざる身で神を殺す偉業の戦果がそこにある。

 

「……『勇者』殿がこの国で斃れてから、天国はずっとあの刀を守ってきた。『勇者』が死んでも《運命》は何度でも転輪する。神を代行とする《運命》による人域の支配。この世界の法則(システム)というべきものによって何度でも。それを防ぐための大事業こそが天国の使命であったからだ」

 

 『最後の王』──世に神殺しが蔓延る時、必ずその全てを撃滅することを世界そのものに──《運命》と呼ぶべき何者かに確約された勇者。

 この有史以来連綿と続いてきた輪を崩すために、この国の古代における政を担っていた者たちによる図り事。

 

 それに組した一派の一つとして、天国が行った第一歩こそが霊刀の製作者となることであった。

 この国における『剣』の製作者を明白にすることで神ならざる人の劍であることを喧伝した。権威を打ったのは天国(ひと)であると歴史に書き残したのである。

 

 そして都牟刈之大刀(つむがりのたち)を原型に多くの霊刀を世に送り出すことによって、異国の鋼殺しの伝承をこの国に馴染ませていったのだ。

 真の名前とその役割が、時間と共に失われてゆくことを見越して。

 

「打ち手は天国、使い手は建国の始祖。そうすることで《運命》の劍ではなく、国威の象徴として形を変えさせた。あの劍は朝廷にまつろわぬ全ての神々を討ち滅ぼす神殺しの劍となったんだ」

 

「極東の民が総出で奪い、自分のものにした──だからあの刀は形ある権能なんだね」

 

「そうだ。神殺しが神を殺して権能を奪い取る様に。あの刀もまた英雄から奪った極東の血に平伏する権能の一つと言える」

 

 故に英雄──この国の血に殉じる相当の格を持つべきものであれば、霊刀はその威を示す。例えば極西に伝わるという妖精国の聖剣、エクスカリバーのように。

 劍に選定された資格あるものならば誰にでも扱えるというのが、あの劍の特性でもある。

 

「怜志があの刀を握れないって言うのは──」

 

「俺も使い手ではあったが、今はな。知っての通り、今の俺は神殺し。あの刀が本来討つべき仇そのものだ。幾ら名を変え、権能を変えたからと言って、霊威が失われたわけではないからな。あくまで変えたのは方向性、偽ったのは劍にまつわる《運命》そのもの。そしてそれ故に──《運命》もそろそろ気づく頃合いだ」

 

 劍を存在させるままに、役割を偽らせる──認証エラーのような裏技で天国は『救世の神刀』というシステムを封じたが、よりにもよってその側から神殺しの相が出た。

 となれば《運命》も気づいてしまうだろう。

 もはや地上に勇者は存在せず、神々の治世から人は独立せしめた。

 

 故に──その傲慢を打ち砕くべし、と。

 

「劍を封じた後、天国はずっと根本的な原因の解決──《運命》の打倒を念頭に置いて手段を模索してきた、が。時間切れだ。俺が誕生してしまった以上、もはや猶予は残されていない」

 

 天国怜志の誕生を以て、『宿願』はいつかではなく、今となった。

 ……いずれ勇者は再び世に顕れるだろう。

 かつて極東に流れ着いたそれか、或いは別の資格保有者か。

 何にせよ、千年以上止まっていた時間が動き出すのだ。

 

 『揺り戻し』は相当になると見ている。

 

「『救世の神刀』に《運命》、世界そのものと言えるシステムと歴史を武器にした封印──流石、神殺しの王様。なんか壮大だねェ」

 

「漠然とした感想だな……ま、気持ちは分かるが」

 

 恵那の感想に怜志は思わず苦笑する。

 まあ実際の所、目に見せられたからと言って実感が湧くかは別問題だろう。

 同調しつつ、怜志は改めて恵那を見る。

 

「以上が、我が一族に伝わる秘奥と役割、その全容だ。これをお前に明かしたのは──言うまでもないが今後を見越してのことだ」

 

「王様は戦うんだね──《運命》と」

 

「ああ、天国に生まれたものとして──何より結果的に破滅の引き金を引いてしまったものとして俺にはその責務があると考える。力ある者として義を抱いて立つ、これを神に誓った身だ。逃げるわけにもいくまい」

 

 誰に言われるまでもなく、怜志は自分自身の結論として《運命》に相対する。神殺しとなったその時からいずれ全てに雌雄を決するべく、怜志は闘争に中に身を投じる覚悟をした。

 

「そして──俺と共に立ち、戦うということはそういうことでもある。地獄巡りに付き合わせる、などとは言ったがな。恵那、お前は本当に俺と共に最後まで駆け抜けられるか?」

 

 これは単にまつろわぬ神々と敵対する、とは訳が違う。

 言うなれば世界そのものとの敵対。

 いずれ想像を絶する最強の敵と勝ちあうことが前提の大戦。

 怜志が挑まんとしているのは正しくそれだ。

 

 平和な一生など望むべくもなく、騒乱の過程で凄絶な落命することもあるだろう。その上で本当に──戦乱の王道に付き合う覚悟があるのかと怜志は改めて問うた。

 その嘘偽りのない真摯な告白に対して、恵那はふっと微笑んだ。

 

 不意に怜志の視界に大和撫子の黒髪が舞い、唇に熱が触れる。

 

「────」

 

 言葉なき接触。それが何よりの答えだった。

 刹那にも満たない時間、触れ合う唇を離すと恵那は鮮やかに笑う。

 

「じゃ、ちょっと行ってくる」

 

 そういってひょいと軽やかに立ち上がると、鼻歌でも歌い出しそうなご機嫌さ加減で悠然と社を潜って、太刀の前に立った。

 

「全く──」

 

 先を征く背中を見送って、怜志は叶わないと苦笑する。

 どうやら我ながら愚問を問うてしまったようだ。

 

 利き手で劍の柄を握り、もう片方の手で鞘を握りしめる恵那。

 瞑目し、すっと深呼吸をするように息を吸って吐く。

 次の瞬間、開眼して高らかに謳う。

 

 

「──我が背の君に誓い奉る。貴方の一生に仕える巫女として、貴方の王道に侍る女として、我、神殺しの御剣を抜かん──!」

 

 

 キン、と鞘奔る神刀。

 抜き放たれた瞬間、凄まじい霊威が光となって天国の秘奥を照らす。

 闇を払いのけ光り輝く神殺しの霊刀。

 巫女の決意とその覚悟、何ら英雄の格に劣らずと証明するように。

 霊刀は彼女の口上を認めて見せた。

 

 眩い光の中、その背中に眩しそうに見守る怜志。

 その視線を受けて、神殺しの劍を手にした巫女は振り返り、茶目っ気溢れる笑顔を怜志に向けて言う。

 

「改めて、これからもよろしくね怜志!」

 

「ああ──何、せいぜい長く世話になることは約束しよう」

 

「うん! 上等だね!」

 

「ハッ、言うじゃないか」

 

「ふ、ふふ、あははははは!」

 

「く、くく、くははははは!」

 

 暗に負けんと誓う不敵な魔王にニヤリと言い切る巫女。

 そうして──どちらともなく二人は爆笑した。




これにて起承転結における「起」が終了!
ふう、やっと書き切ったぜ……。



「このユニバース」にラーマきゅんは居ないよ、って書くためだけの四十話越え。この作品本当に終わるとこまで持っていけるのだろうか……。

──ということでこれからも(作者のモチベ維持のため)応援よろしくね!
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