「やあやあやあやあ! クーデレちゃん! 黒王子に恋しちゃってるけど性格が素直じゃない+黒王子が恋愛情緒イタリア人の六歳児以下なせいで全く相手にされていないクーデレちゃんじゃあないか! こんにちは、ハロハロ、元気してた?」
「……何を言っているかはさっぱりだけどそこはかとなく馬鹿にされてるのは分かるわ」
言わずと知れた台湾の中心都市、台北にて──。
他国など勝手知ったるかと言わんばかりの堂々たる日本語で挨拶をする幸徳井華。それに返答するは場所を考えろと言わんばかりの福建語であった。
冷然とした口調と顔立ちは可愛らしいが地味な色合いの衣服に加えて、表情に乏しいせいで華やかさにかける女性。
不本意ながら華の知己である東方の道士セシリア・チャンはため息交じりに言う。
「……貴女の茶番に付き合っていたら一生話が進まないから早く本題に入ってくれるかしら」
「あ、そう。ならそうするぜ!」
セシリアの苦言すると、あっさりと華も見る者を腹立たせるようなキャピキャピした態度で福建語に切り替える華。
ふざけた性格の人物ではあるが、世界中飛び回っているとだけあって、幸徳井華はこれで十二ヶ国語を操る
それも『千の言霊』に代表される言語呪術を経由しない、素の話者。
福建語もまた、そんな彼女が解する言語の一つであった。
「チャンちゃんって、《王立工廠》と親しいちゃん? だからなんか『最後の王』に関するタレコミ知らん? 顔なじみの付き合いでちょっとチクっちゃってもいいんだぜ?」
「仮に知ってたとしてそのふざけた呼び方をいつまでも改めない貴女みたいなのに喋ると思う?」
「んー、教えてくれたらハワイで親父に教わった黒王子の携帯に直通する番号教えてあげるん」
「………………仕方ないわね」
華の提示した条件を前に、短くも少なくない葛藤の末、セシリアは再度ため息を吐きながら交渉に応じることにした。
小声で「チョロいぜ」と聞こえたような気がしたが知らない。セシリアは日本語など欠片も分からないのだ。だからニュアンス的に意味が何となく分かるような気がしたが、きっと気のせいだろう。そうに違いない。
「それにしても貴女が朝鮮方面をうろちょろしているって言うは幇の人間から聞いていたけれど、貴女も『最後の王』を探しているの?」
「もってことはやっぱり黒王子様も『最後の王』探しにこっちに顔出してたってことでおけまる? フィリピンで面白いことしてるってのは噂に来てたけどサ」
「相変わらず耳が早い。貴女のその謎めいた情報通は何処から来るの?」
「企業秘密なんだぜ」
非難するように睨むセシリアに対し、ニマニマとした表情を崩さない華。
突然、セシリアの所に「君に会いに来たんだ」と主演男優張りの戯けた告白で接触を図ってきた華だが、どうやら黒王子──アレクサンドル・ガスコインの動向を掴んでのものだったらしい。
平時からおチャラけている態度の華であるが、呪術者として探索者としての
黒王子率いる《王立工廠》それ自体には特別帰属意識などないものの、黒王子との交友関係を重視する彼女にとって、他国の──それも最近は極東の王の支配下にあると聞く
顔なじみとはいえ油断していい間柄ではないのだ。
性格と口調に油断させられそうになる意識を脳内で引き締め、バレない程度に軽く深呼吸をするとセシリアは口を開いた。
「『最後の王』に関する情報、と漠然と言われても分からない。何か興味があるなら具体的な内容を教えてくれる?」
「良いね! まずは手札を探ろうって無難な選択は悪くないよ! ふふん、尽くす女に敬意を表して乗ってあげると、興味はズバリ「貴種流離譚」。理由は……きっと言うまでもないんじゃない? 黒王子がこっち方面に一度顔を出したのはそういうことでしょ」
「……成程」
どうやら華の『最後の王』にまつわるその探索速度は神殺しである黒王子に匹敵するらしい。騎馬民族スキタイに起源が通じるという『鋼』。
その最源流にして最強の頭目と目される『最後の王』に、貴種流離譚の関連を見出す辺り特に。
「貴女も若い神や英雄が他国を彷徨った末に試練を克服し、尊い存在となるとする説話──貴種流離譚が何らかの形で『最後の王』の正体に関わっていると見てるのね?」
「というより黒王子辺りなら既に騎馬民族スキタイを源流とする『鋼』と貴種流離譚のハイブリットが『最後の王』である可能性に気づいている筈よ。ていうかそうじゃなきゃ島釣りに興味持ってハワイになんて来るはずないでしょ」
「そうなの?」
確信を込めてドヤ顔で言い切る華だが、返答は何故か疑問形。
思わぬ回答に華は珍しく鼻白むように首を傾げる。
「……え、なんで疑問形? そこはふっつー「何故それを知って……まさか(迫真)」って驚いてくれる反応を期待した華ちゃんなんだけど?」
「……別に、貴女が思うほどアレクと親しいわけじゃないもの」
「んー、藪蛇。なんか不本意な地雷ふんじゃった系?」
急速に元気を失うセシリアを目の前に、華は頭を掻いた。
平時から人をおちょくる、小馬鹿にするのが華であるが、流石に乙女心を踏み躙るような鬼畜外道は好まない。一線超えればおふざけではなくなる。
その程度の
詫びがてら、別に隠したいから隠していたわけでもない
「あー、お互いの共通認識のおさらいついでに初めから説明すると『鋼』──いわゆる武神・軍神・戦神・闘神なんかの中でも特に『剣』の
「えぇ。それなら以前、アレクとも話した。彼はアーサー王の『岩に突き刺さった剣を引き抜いて王となった』逸話と『戦場における不死性』を『鋼』の特徴であるとして考察していた」
「スキタイ文化における戦神アーレスの鉄剣に起源を求める『戦神としての剣』。うんうん、流石に基本はきっちり押さえてるよね! ならアーサー王経由でオセット──いえ、ナルト叙事詩に関しても」
「コーカサス山脈近辺の民族が基盤となって進行したという叙事詩に登場する英雄バトラズ。彼の逸話がアーサー王の伝説に通じるという話は」
「オッケーオッケー。『鋼』を考察する上での要点はきっちり押さえてるわけだね!」
英雄バトラズ──曰く、生まれつき鋼鉄の肉体を持っており、後に鍛冶神によって鍛えられたことにより戦場においては如何なる武器も通さない不死身の英傑。自らを時に灼熱や暴風へと変えて、戦場を駆けまわるナルトたちの守護者。
まさに『鋼』の特徴が強くみられる存在だ。
またその最後には天界との戦の果てに力を使い果たしたバトラズは生き残ったナルトたちに命じて自らの剣を海に封印するよう命令して、剣を海に投げ入れた末に亡くなったとの異伝も残っており、これはアーサー王の死に共通するエピソードということで、アーサー王伝説の起源ではないかとも考察される存在でもある。
「分からないのはそんな『鋼』と貴種流離譚のハイブリットが『最後の王』に関わっているっていう貴女たちの推測。察するに──ハワイでアレクから何か聞いたの」
「まさか。誓って一言も話してないし、あったのも部下の人だけよん。でも彼の興味と私の興味が被っているのは分かってるから。じゃなきゃ《カルイキの刀》なんてドマイナーなものでブッキングが被らないでしょうし」
「《カルイキの刀》というと、確かアレクがハワイに盗りに言ったっていう聖遺物ね」
「南の島に残る征服の伝承。曰く、流れ着いた極東人が持ち込んだという刀が、王権を約束する武の象徴として崇められたお話。現地人すら忘れているような
「……極東の王は貴女が呼び込んだと聞いたけれどね」
「私、流離いの一般ピーポー。何言ってるかわからないネ」
「あーあー聞こえなーい」と宣う自称・一般人をジト目で眺めた後、セシリアは三度目となるため息を吐きながら話を戻す。
「それで、アレクと貴女の興味が被ったことにどんな関係が?」
「経緯はどうあれ『海』に目を向けたことさ。ポリネシア神話については?」
「ハワイ諸島、イースター島、ニュージーランドの三島を三角形に結ぶ地域に伝わる海洋民族の神話。大陸から此処台湾を通じて、南太平洋まで流れ着いたという民族によって語り継がれてきたという神話ね」
「そう。だけど重要なのは神話そのものじゃない。大陸から海に神話が流れ着いた経緯の方。例えばそう──《カルイキの刀》が極東の島国からハワイ諸島にまで流れ着いて征服の象徴となったように」
「──ああ、成程。『鋼』の征服者としての一面。アレクも貴女もそこに『放浪者』としての特性を見たのね」
「イエス!」
民族の移動は即ち神話の移動である。そこに『鋼』の特性を考慮するならば、この場合は他国への侵略……征服行為である。
華にせよ、アレクにせよ神話そのものではなく、《カルイキの刀》の経緯の方に興味を持っていたという。ならばその理由は明白である。
騎馬民族スキタイに源流を求める『鋼』、それが征服者という一面を持つことから、放浪の中で栄誉を獲得する貴種流離譚に『鋼』との関連性を見たのだろう。
『最後の王』の正体とは大陸に伝わる『鋼』と主に海洋地域に伝わる諸外国を旅しながら英雄として完成する貴種流離譚──その
「……貴女の口からアレクの興味を説明されるのは癪だけれど」
「酷いなァ、せっかく片思いの君に一目置かれそうな情報提供してあげたのに、きっとなんかの話題でこの話を黒王子くんに振れば、褒めてくれるだろう考察だぜ? 話したことないけどあのひねくれ者は結構知的な会話が大好きだろうし、だからこそ極西のお姫様と良い感じの仲なんだろうしね!」
黒王子当人にせよ、賢人議会の姫にせよ、本人たちが聞けば全力で否定しそうな戯言をほざく華。だがセシリアの方はといえば、その例えに納得がいく部分があったのか、少し考えこんだ後、素直に礼を言うことにした。
「そう……ね。まあ、独断専行の彼が何を考えてるのか説明してくれたことには感謝するわ」
「ふふん、でしょでしょ。ってことで報酬プリーズ。態々南洋くんだりまで黒王子くんは何を求めて活動してるのかな? 私の推測ではそろそろオデュッセウスに興味を持ってくる頃合いだと思うんだけれど」
「……ちょっと待って。貴女、ひょっとして──」
不意に口にした華の先読みじみた思考。アレクと興味が被っていると自称することから興味の分野が同じ程度にセシリアは思っていたが、あまりにも具体的な推測を聞いてセシリアはある直感を得る。
もしや彼女は既に『最後の王』の正体を掴んでいるのではないか?
仮にも神殺しであるアレクよりも研究という舞台で先読み、先回りするその立ち回りにセシリアはそんな予感を覚える。
だが、本音の伺えない薄ら笑いを見て直前で言葉を飲み込む。
問うたところでどうせ誤魔化されるだけだろう。
セシリアと華の関係性はあくまで時折情報交換を行う同じ呪術関係者であるという程度の繋がり。与する王道すら旗色が異なるのだから不用意に踏み込むのは華風に言えば一線を割る行為だ。
この直感はそれこそ、アレクに伝えるべき話であろう。
だから、この場でセシリアがするべき話題はそれではない。
「……失礼、オデュッセウスに関わるかどうかは分からないけれど、今の彼はどうやら島釣り──海洋民族由来の神話に広くみられる国生みの物語に興味を持っていた筈。少し前に顔を出した時に色々調べていたから」
「……ふぅん。きっかけはマウイ辺りか。となると汎ユーラシア的存在である辺りまでは考察を組み立てていそうね。だとすると後は見方か。西から東に流れたって推測だったらまだ遠いけれど仮に多くの神話の元型がインド・ヨーロッパ神話にあることを念頭にしていたら──」
茫洋と、どこか遠くを見るように華はブツブツと独り言を呟く。
それを傍目に見るセシリアはやはり、と内心で一つの確信をする。
(……時折、遠くを見る目をすることがあったけれど──やはり巫女の類。それもかなり高位の霊力を秘めた)
自己申告では陰陽術士ということだが、それが嘘でないにせよ能力の全貌ではないことはセシリアも薄々察してはいた。だが此度の──神殺しであるアレクの動きを予想して先回りするような対応で確信した。
……優れた巫女や魔女の一部にはアストラル界にあると言われるアカシャの記憶に通じて、知を得る者たちがいる。それと同質か、或いは起源の異なる未来視の類。
目の前の彼女はそれをまず間違いなく有している。
(ちょうどいい、一つ、アレクに連絡する理由が出来た)
表情の乏しいことが幸いして内心のほくそ笑みは表面には出ない。
が、不意に目の前の現実へと帰還した華はその表情を一瞥して。
「そういう遠回しなアピールは通じないと、私の
「……? 何?」
残酷な
「情報交換のお礼に一言だけ助言をば。──偉い人は言いました、恋は盲目」
「は?」
「命短し当たって砕けよ乙女心。じゃないと、色々と負けちゃうゾ……てなわけでチャオ!」
「あ、ちょっと……!」
助言と言いつつ意味不明な言葉を残したのち、びゅーっと華は嵐のように立ち去っていく。
遠くなる背中にセシリアは反射的に手を伸ばすが、中空に伸びた手が掴む者はなく、感心するほどの健脚を以てして華はこの場を辞した。
残されたセシリアの方はと言えば。
「……最後の、一体何だったのかしら」
その独り言に応じる者は既に無く。
変わった組み合わせの幕間は終わった。