神々、君に背き奉る   作:アグナ

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山道霊異

「此処の所、富士山周辺でトレッキングやハイキングを楽しむ登山客や観光客が妙なものを見たらしい」

 

「妙なもの、ですか」

 

 侍従の代わりに甘粕に持って来させた紅茶を口にして一息つ入れた頃。和菓子に紅茶はどうなんだと内心で思いながら某有名店の羊羹を食べていた怜志に沙耶宮は話を振った。

 

「それは先ほど言っていた妖怪という奴ですか」

 

「そうだね。……発火源などなさそうな夜闇の山道で火の玉を見た。高所の濃霧の中で聞こえるはずのない子供の笑い声を聞いた。後は忍野八海の出口池で水上に佇む人影を見たなんてものもあったかな?」

 

「忍野八海というと……成程、確かに富士周辺だ。異変は富士山だけで完結しているというわけじゃないんですね」

 

「そうですねぇ」

 

 怜志の相槌に甘粕も話題に参戦してくる。

 

「今挙げた中以外ですと青木ヶ原で訓練中の陸上自衛隊員の部隊が遭難しかかる事件もありました。何でも持ち込んだ山岳地図やら木の幹に付けた印やらが何故か印の場所がいつの間にか変えられたり、地図の地形と風景に差異が出たりと……磁気の狂いがあるにせよ、不可解なことだと救出に携わった別の隊員は言っていたそうです」

 

 青木ヶ原樹海といえば山梨県側から見た富士山麓に広がる樹林群である。俗説では一歩立ち入れば抜け出せない、自殺の名所などと仄暗い話題が付きまとう樹海だが、道を外れなければ周辺にはキャンプ場や公園のある自然豊かな観光名所である。

 また、「抜け出せない」という俗説の原因となった方位磁針を狂わせる磁鉄鉱だが、その影響は抜け出せないと言われるほどの効力を持たず、せいぜいが磁針を一、二度狂わせる程度で、その効果を利用して陸上自衛隊の樹海踏破訓練の場所としても知られている。

 

 ……それにしても、この富士山周辺で起こったとされる一連の出来事。確かに異変ではあるがまるで一貫性がない。その上樹海を除けば、殆どが直接的な被害に至ったケースが少なく、幻視、幻聴と考えても不思議ではない。

 自衛隊の事件についても人によっては極限状態での混乱によるもの、などと結論付けても不思議ではない。これでもまるで──。

 

「狐狸に化かされたようだ」

 

 怜志が口にすると我が意を得たりとばかりに沙耶宮が頷く。

 

「そう、正しくそれだ」

 

「実は我々委員会も頻発する異変の原因を探るため、霊視の力を持った巫女やその道のエキスパートを連れて異変が起こった周辺を調査したのですが、そこで巫女が狐の相を視たそうです」

 

「それで妖怪──いえ、この場合妖狐が原因であると委員会はお考えなのですね」

 

「ええ。ま、この手の異変を起こす妖怪と言えば定番でもありますからねぇ」

 

 狐といえば本邦ではやはり平安京を脅かした三大妖怪の一角、九尾の狐を想起するだろうが、それ以外にも狐の妖にまつわる伝承は数多くある。

 また妖狐、化け狐という他にも狐女房譚や稲荷信仰など妖怪として忌避する他にも神として崇める信仰も数多く存在している。

 

 呪術史における狐とは人に害を成す害獣、人に吉兆を齎す益獣。どちらの側面も持った霊獣として極めて有名な存在であるといえよう。

 そしてそれは日本に限った話ではない。中国などの日本に近い大陸国は勿論のこと。狐に対する迷信や信仰の類はユーラシア全土に及び、果てはアメリカやアフリカといった土地でも狐に対するそれらは見受けられる。

 

「つまり俺に依頼したい内容とは正しく『狐狩り』ということですか。まあ一般人にも程度の差はあれ被害が出ている以上、断る理由はありませんが……」

 

 正直な話、それこそ現実の狐を狩猟するハンターに、妖獣に対するプロフェッショナルを何人か連れていけば済みそうな話ではある。

 人を化かす程度の妖狐──話を聞く限り敵の戦力はその程度。

 態々、凡百の魑魅魍魎に対し、神殺しという核ミサイルにも匹敵する最終兵器をぶつけるのは過剰戦力なのではないかと思わなくもない。

 或いは存外正史編纂委員会も人手不足なのかと懸念すら覚える。

 

 訝しむ怜志の内心を読んだか、疑念の答えを沙耶宮が苦笑しながら回答した。

 

「態々神殺しに任せる事案かって顔だね。正しくその通りで、この件は一度僕達で対応しているんだ──甘粕さん?」

 

「ええ。妖狐だけというわけじゃないですが、獣狩りを職務とするハンターに妖退治に長けた陰陽師や御坊の力を借りて一度大規模な『狐狩り』を執行したんです。その時は確かにそれらしい妖を幾らか仕留め、それで解決すると思っていたんです。ですが……」

 

「被害が減らない?」

 

「というよりむしろ拡大傾向です。最近では富士山周辺の人里近辺でも似たような事例が確認できたとか」

 

「ふむ──」

 

 ある程度は狩った──にも関わらず現状は増え続けている。

 つまり、人を化かす妖狐が周辺に出現始めた原因が別にあるということだろう。

 先に挙げた通り、狐とは世界的に見てもポピュラーな霊獣だ。神の使いとされることもあれば、それそのものが神とみられる場合もあり得る。

 であれば妖狐が大量発生したその要因には……狐を司る何らかの強力な『力』が働いていると考えられるだろう。例えばそう『まつろわぬ神』のような。

 

「成程、俺に求めているのは妖狐それ自体の排除ではなく、その原因──妖狐たちの親玉退治というわけですか」

 

 納得して、怜志は少し口元に微笑を描く。

 つまらない雑務かと思ったらやりがいのある仕事であった、そんな顔である。

 分かりやすい態度の変化に沙耶宮も甘粕も苦笑いを浮かべざるを得ない。

 

「……何だかんだ天国さんも神殺しだということですねー」

 

「はは、これだけ分かりやすいと一周回っていいんじゃない? 要は強力な傭兵だと思って接すればいいのさ」

 

「? 何かおっしゃいましたか?」

 

「いえいえ、何でもありませんよ」

 

「こちらの話さ」

 

 顔を上げて首を傾げる怜志に主従はニコニコとした表情で誤魔化す。

 何だかんだ息の合う二人である。

 

「っと、話を戻そうか。予定に問題がなければ来週にでも『狐狩り』を実行したい。場所は多くの被害の中でも一番影響の大きかった青木ヶ原。神殺しである天国さん以外にも索敵人員として幾らかこちらからも出す。それと、恵那を呼び戻そう」

 

「恵那を?」

 

「ああ。戦力として頼りになる以外にも彼女も山のエキスパートだ。それに……ほら、君とは色々と親密な関係だろう? 恵那の知らないところで勝手に天国さんを動かして嫉妬されたら友人として困るしね」

 

「そんなことで嫉妬……するか、案外アイツなら」

 

「だろう?」

 

 刀の受領の後、残りの冬休み期間を利用して京都旅行を楽しんだ相方の顔を思い出して怜志は頷いた。今頃は例年通り、奥秩父の山奥に引きこもって霊山修行中の身だろう少女だが、飄々とした性格の割にアレで案外寂しがり屋な性質を持っている。

 それでいて男女の機微に関しては一歩引いてしまう奥ゆかしい所を持っているので、軽い気持ちで蔑ろにすると後で泣かれる。

 ──というのは年末で判明した事実である。

 昨日の今日で忘れるほど怜志は人でなしではない。

 

「分かりました。『狐狩り』の人員配備に関しては沙耶宮さんに一任します。俺はこの後、神奈川に戻って来週までの装備を整えておきます」

 

「ほう、神殺しとしての力以外にも天国には妖狐退治の技があるんですか?」

 

 怜志の言葉にその手の蘊蓄がどうやら好きらしい甘粕が食いついてくる。

 

「そんな大層なものじゃないですよ。ただうちは刀匠以外にも霊異解決など、退魔業も片手間でやってきましたから。狐、というより山などの人里離れた場所での活動に適したサバイバルアイテムがあるというだけです」

 

「ははぁ、流石は歴史ある名家。刀に限らず、他の装備も潤沢ということですか」

 

「ご興味があるなら職人連合(ギルド)の職人を幾つか紹介しますよ。確か、伊賀忍の末裔が現代技術をミックスしたオリジナルの忍具を作っていたりしたはずですし。超音波カッターの要領で岩をも貫く苦無とか、接地と同時に刃から細かい棘と特殊接着剤を出してどんなに接地面が狭くとも引っかかる鉤縄とか……」

 

「……気になりますけど、それ使ったらよりパチモンの『ニンジャマスター!』って感じになって嫌ですね」

 

「時代は『SF忍者だァ!』と仰っていたそうです」

 

「その情報聞いたら、なおのこと嫌すぎる……」

 

 げっそりとした反応をする甘粕に怜志は同情の顔で見る。

 後世の娯楽創作が生み出した熱い風評被害の罪は重いようだ。

 

「まあ甘粕さんが苦悩する忍者に対する偏見は置いておいて、取りあえずこの場はお開きってことで良いかな?」

 

「ええ。何かまた別にありましたら連絡して頂ければ。……ああ、ところで当日の事ですが、直接向かえばよろしいので?」

 

「いや、次は迎えに甘粕さんを出そう。流石に遠いし、気を遣わせるのもアレだしね」

 

「……気づかれていましたか」

 

「それは勿論、さっきの話に付いてきていた辺りで。体面を気にするこちらのために、態々、自分から出向くことで『正史編纂委員会と神殺しは対等である』という会議の場を演出してくれたのだろう? 出迎えサービス一つにでも嫌味を付けてくるだろう御老人たちに向けた配慮として」

 

「要らない世話だったかもしれませんがね」

 

 沙耶宮馨が嫌味一つで心臓を傷めるような小さい肝の持ち主でないことはこの短い接触でも分かる。向こうが余計な苦労を背負わないようにという配慮だったのだが、彼女はその辺り気にしなさそうだ。

 

「いやいや、気に留めないにしても鬱陶しいのは変わらないからねぇ。小言が一つ減っただけでも助かったよ。せっかくならその勢いで僕と一緒に面倒な方々を脅しに……」

 

「そういう戦はあまり自分の好みじゃありませんので。他に度量の大きな大将を捕まえてやっていただければ。中央の政に興味はありませんので、自分以外に頭を立てたとしても別に何も言いませんよ」

 

 便乗して物騒な提案をする沙耶宮に軽く手を振って怜志は退出する。

 

 ……神殺しはともかく『王』などというのは柄じゃないのだ。職人組合(ギルド)のような緩い人間関係なら気にしないが、上下関係の生じる王と臣下など似合わないにも程がある。我の強い連中の旗頭、自分の器はせいぜいがその程度だろうと内心で嘆息しながら面倒な政治の話題を忘れ、次の戦場に向けて頭を切り替えるのであった──。

 

 

………

………………

…………………………。

 

 

「天国さん以外の頭、ね。そんな相手がいたら僕としてももう少し舵取りがしやすくなるんだけど」

 

 ──それは何てことのない、怜志退室直後の主従の雑談だった。

 

「……やはり口約束では現実のパワーバランスは如何ともしがたいという話ですか」

 

「うん。神殺しというのはやっぱり圧倒的だよ。こちらにも『ご老公』や日光の仕掛けとか対抗手段は無いことは無いけど、それでも神殺しというものは僕ら人間程度じゃどうしようもない災害なのは変わらない」

 

 信頼できる部下の面前だからこそ本音を吐露する沙耶宮馨。

 ……彼女自身、別に怜志が正史編纂委員会を含む現在の体制に反旗を翻すなど微塵も考えていない。何せあの性格だ。正史編纂委員会がよほど人倫を外れた行動や外道に奔らない限り、恐らく敵対することなど有り得まい。

 原則無害なのが怜志の性質だ。その点で言えば例えば中国にいる神殺しとその気質は似通っているのかもしれない。

 

 が、それでも襲ってこないからと猛獣の隣で安心して寝れる人間は限られよう。まして彼は『民』の人間。『官』とは何かと折り合いの悪い陣営の出身だ。

 これでせめて暴力の傘を着る立場なら、悩むことはなかったのだろうが、あちらはこちらを組織に組み込むことも下に置くこともせず、放置した。

 となるとこれはこれで逆に面倒くさい。敵ではないが味方でもない、という別の組織が国内に存在するという状況が出来てしまったのだ。

 

 そしてその組織は正史編纂委員会を容易に叩き潰せる戦力を有していると来た。万が一があり得る以上、組織の中枢を担う立場として対抗手段を要求されるのは当然の流れであった。

 

「……今からでも我々は天国の下に付きます、って言ったら通ると思う?」

 

「天国さんは了承するでしょうねー。ついでに我関せずな職人組合(ギルド)の方も。彼らは本当にそういった俗世のあれこれに興味がないようですし。問題はうちの御老人方はまだまだ元気だということで」

 

「うーん、僕としては老い先短いんだからさっさと隠居してほしい所なんだけど」

 

「年上は取りあえず持ち上げとくのが処世術ですよ」

 

 世知辛い世の真理を語る甘粕に沙耶宮は軽く肩を竦めて受け流し、ふと──思い出したかのように戯言を口にする。

 

「いっそもう一人ぐらい神殺しが国内から出てくれればやりやすいんだけどねー。ほら、既に清秋院が実質天国さん陣営に付いてるから、それに対抗する感じでうちの方からも一人旗頭を立てて、与党と野党の二頭政治! みたいな。ついでに九法塚と連城を連盟に加えれば戦力バランス的にいい感じになるんじゃない?」

 

 HAHAHAと暢気に宣う主に対して甘粕は呆れたように咎める。

 

「確かにそうなればバランスはいいかもしれませんが、まず神殺しなんてそうポンポン誕生しないのでありえないでしょう。それに国内に二人も神殺しを抱えるなんて状態、一体何が起こるのか想像すらつきませんよ……」

 

 神殺しは騒動に愛される危険因子。一人でも手に余すそれが二人もいる状態なんて甘粕の言う通り考えたくもない事態だ。

 現存する神殺したちの小競り合いが起こった場所がどうなったか思い返せば、否応なく惨劇の予想は出来る。

 

「確かに、それもそうか──でもここ数百年我が国から出現しなかった神殺しが此処に来て出現したんだ。案外こっちが望んでなくてももう一人ぐらい出てくるかもだね」

 

「そんなことが起きるわけないじゃないですか。はははは」

 

「だよねー」

 

 二人して暢気に笑い合って、つまらない雑談は終わった。

 ──なお、この会話から一年後。

 国外でとある少年が神を殺し、胃を痛める事態に陥ることを彼らはまだ知らない。

 

 別の騒動のフラグは静かに燻り始めていた。

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