神々、君に背き奉る   作:アグナ

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後宮佳麗、妖艶堕后 Ⅱ

 ──気づけば、怜志は見慣れぬ森の中にいた。

 

 青木ヶ原樹海の深部は日の光すら差し込まぬ鬱蒼とした樹海であったが、こちらはそれに比べてかなり明るい。というのも細い幹の原生林が幾千と連なり、日の光を遮る樹海に比べ、こちらの森は幹が太く、木々は雄々しく生え並んでいる。

 そのため、木々の間隔が広く取られ、その間から燦々と輝く中天の太陽が降り注ぎ、森全体に明るい印象を齎しているのだ。

 

 加えて空気が澄んでいる影響か、風景の緑がとても映える。関東から地方の風景を眺めに出ると時折、大気の差の影響で自然の色彩が「濃く」見えるが、ここの風景はそれの何倍も透度が高い。実際、相当に大気が綺麗なのだろう。

 

 怜志自身、呼吸するたび体内に澄んだ霊気が蓄積されていくのを実感している。日本でなら霊峰の深淵でのなければ浴びられないような原始の霊気。

 まだ何者にも侵されていない、惑星の息吹を肌に感じた。

 

「呼吸に支障がない辺り、高所というわけでもなさそうだが……どこぞの田舎か自然保護区にでも飛ばされたかな」

 

 軽く辺りを見渡してそんな感想を漏らす。目につく植生は少なくとも怜志の記憶に見覚えのある場所ではない。こんな目に合わせてくれた神祖の言を考えれば、恐らく国外……日本の外の何処かに強制転移させられたと考えるべきだろう。

 

「……チッ、やってくれたな」

 

 苛立ち交じりに怜志は歯ぎしをして直前の記憶を回想する。

 

 ……正直な話、『狐狩り』ということで自分の中に少し油断のようなものがあったのは否めない。所詮は妖狐、仮に親玉が出て来たとしても精々が神獣クラス程度で無聊の慰め程度の戦場だろうと。

 しかし蓋を開けてみれば待ち受けていたのは神祖グィネヴィア。恐らくは正史編纂委員会の頭を悩ませていたこの騒動自体、怜志を誘き出して罠に嵌めるための策略だったのだろう。彼女は何か、日本で陰謀を企んでおりそのために邪魔な怜志を国外に追い出した。

 そう考えれば一連の出来事に説明がつけられる。

 

 妖狐どもの跳梁跋扈に、神殺しをも異空間に放り投げる『穴』の権能──神祖と言えど正面からの戦闘になれば神殺し相手の分は悪い。故にこそ正面から当たらず、障害そのものを遠ざけることで己が目的を達成しようという魂胆なのだろう。

 

「となるとやはり本命はそっちか。急いで国内に戻りたいところだが、まずは此処が何処だか探るところから始めなければな。現地の魔術師に接触できれば足は確保できる。ついでに恵那との合流も出来ればいいが、同じところに飛ばされた保証はないからな……」

 

 普段王としての特権なぞ欠片も気にしないが、事ここに至っては背に腹は代えられない。一杯食わされた上に自分の住屋が荒らされそうな状況だ。神殺しとしての自身の立場を翳してでも怜志は自国に戻るつもりでいた。

 

「ひとまず、人気のある街でも探すか」

 

 やることは決まった。脳裏に描く懸念もそこそこに、怜志は焦ることなく森林踏破のために歩み出す。結局のところ、動き出さねば何にもならないのだ。

 あれやこれやと考えて立ち止まるより、分かりやすく現場で走り回る方が自分には性に合っている──などと持ち前の割り切りの良さを発揮して怜志はコンパスを取り出す。

 

 申し訳程度の小道具たちだったが、入念な準備が幸いした。手持ちの食料にも水にも余裕はある。この分ならば多少のサバイバルも問題あるまい。

 

「方位磁針は効いてるな。となると磁気のある山岳地帯というわけではなさそうだ。アフリカやアマゾンといった風情でもなし。風土は日本のそれに類似している辺り、直感的には東洋圏の何処かだと推測するが……」

 

 森の景色を観察しながら歩いていると、怜志は聞きなれない鳴き声を聞いてそちらに目を向ける。見れば木の枝にぶら下がりながら猿がジッとこちらを見ていた。

 日本在来の猿とは違う、長い手と青色に近い顔。

 

「テナガザル、か」

 

 口に出した名前に反応したわけじゃないだろうが、キキと鳴いて猿は何処かに消えていく。動物にはそれほど造詣が深いが、日本には生息していない野生種の存在は此処が異国の風土であることを怜志に確信させた。

 同時に、少なくとも物語の中や見も知りもしない異世界に飛ばされたわけではなさそうだとも。

 

「動物種の見分けが付けられればこの森をヒントに生息域から割り出せそうだが……出来ないことを求めても仕方がないな」

 

 そんなことをぼやきつつ、怜志は淡々と森を歩く。日が傾く前に森林を脱出、あわよくば人間に会えば上出来だ。

 異国の風土であろうとも神殺しには『千の言霊』がある。十分ぐらい話を聞けば、どのような言語であろうとも大抵は身に付く。コミュニケーションに関しては頭を悩ませる必要はない。

 

「しかし、出会った相手が蛮族なら話が通じないというパターンもあるか。まあその場合は適当に力を見せて話の場に持ち込めば……」

 

 などと口走る言動そのものが割と蛮族の思想なのに気づかないまま、怜志が踏破を目指して散策を開始してから約三十分ほどが経過した頃。

 望んでいた人の気配を怜志は捉える……が。

 

「きゃああああああああああああ!?」

 

 暫く道を歩いていた果てに耳にしたのは女人の悲鳴。

 別に怜志は正義漢というわけではないが、見捨てれば義に悖る。

 それにこの状況で貴重な第一発見者。

 

 平和的に恩を売って話が出来るならば、それに越したことは無い。

 

「被害者には申し訳ないが、丁度いい状況(イベント)だ」

 

 口にして我ながら割と人でなしな発言だな、感想を漏らすと同時、怜志は地を蹴って駆けだした。声の方向と人の気配。

 森の空気が鮮明なお陰で場所の特定は容易かった。

 

 怜志は第六感で状況を探りつつ、声の方向に接近を試みる。

 

「一人、二人──七人か。野生動物の気配がない辺り、人間同士のトラブルか」

 

 現場が近づくにつれ、人の気配がより確かなものに感じられる。

 どうやら複数人が一人を囲っているといった状況か。

 囲まれてる側が女で回りが男な辺り、なんとなく展開は読めてくるが。

 

 果たして、怜志が辿り着くと予想通りのシチュエーションが広がっていた。

 

 

『ちょ、長安の羽林軍が私に何の用ですか!?』

 

『何の用も何も俺たちは力なき臣民を守ろうとしてるだけじゃねえか』

 

『そうそう、こんな森に一人で入るのは危ないぜお嬢ちゃん。こわーい、熊が虎に食べられちまう! 俺たちがちゃーんと守ってやらねえとな』

 

『よく言うぜ! 食べちまうのはお前らだろうが!』

 

『そりゃあ酷ぇ誤解だ! 俺たちは別に命を取ったりなんかしねえだろ! ま、守ってやる代わりにちょっとぐらい報酬は戴きたいところだな。仕事に対する正当な対価って奴をなァ!』

 

『ぎゃはははは! 違いねぇ!』

 

 

 聴き馴染みのない言語であるため、会話の内容自体は分からないが、少なくとも雰囲気から碌でもないことを目論んでいることだけは分かる。

 囲まれる女人にとってはこれ以上ない絶望的状況。だが、それを傍から見ていた怜志の方はと言えば緊張感に欠けたまま思わず嘆息した。

 

「……またベタな」

 

 周囲に人気が無い状況で破落戸に囲まれる怜志より一つか二つほど上に見える少女。

 今時三流小説でも見ないような展開に怒りや正義感を覚えるより先に呆れてしまったのだ。

 

「ふん、まあいい。当初の目的を果たす分には、問題ない」

 

 一応帯刀した刀に手を掛けつつ、怜志は現場に歩み出る。

 

「おい! そこで何をしている!」

 

『あぁん!? なんだテメェ何処から出てきやがった?』

 

『何かと思えばガキじゃねえか。いっちょ前に剣なんか構えて。俺たちは皇帝直属の親衛隊、天下の羽林軍だぞ? 喧嘩を売る相手は気を付けな』

 

『くく、正義の味方気取りとは泣かせるねぇ。ま、怪我しないうちに引き返した方が身のためだぜ坊主』

 

 怜志が踏み込むや否や怒声を上げて凄み嘲る男たち。

 何やら威嚇しているようだが、言語の違いで内容は分からない。

 発音からして中国語のそれに似通っているから、その辺りの地域なのかもしれないなどと暢気なことを考えながら怜志は一番手前の男に近づくと、

 

「……知らん、日本語話せ」

 

『グボァッ!!!?』

 

 極道よろしく、その腹部目掛けて問答無用のヤクザキックを容赦なくブチかました。

 常軌を逸した神殺しの肉体から放たれた蹴りは破落戸を十メートルほど転がした挙句、白目を向いて気絶させる。

 自分たちよりも一回りも小さい少年の蛮行に、破落戸たちは目を白黒させて、正気に戻ったのち、激怒しながら武器を抜いた。

 

『て、テメエ! いきなり何しやがる!?」

 

『俺たちは羽林軍だぞ!? 皇帝の親衛隊に逆らう気か!?」

 

「……ん、羽林軍?」

 

 段々聞き取れるようになった頃、破落戸たちが口にした単語に怜志の動きが止まる。武器を抜いたとてこの程度に使い手に動じる所はないが、『羽林軍』という言葉は捨て置けない。何故ならばその言葉には聞き覚えがあったからだ。

 確か中学での歴史の授業のこと。中国の歴史の話題を学んでいる際、そのような名前の軍が皇帝の下にいたと記憶していた。

 

「……待て、羽林軍だと? 確かそれは劉邦の時代に建てられたという……まさか」

 

 もちろん、現代中国ではもう使われていない呼称だ。

 歴史においてその名が出たのは劉邦──前漢の時代、紀元前の事である。

 

「──危ない! 逃げて……!」

 

 思わず事実に気づきかけ、動きを止める怜志。

 その背後から少女が警鐘を鳴らす。

 それと同時に、武器を抜いた破落戸たちが怜志目掛けて殺到した。

 

「無視してんじゃねえぞゴラァ!」

 

「一度痛い目に合わなきゃ分かんないようだな!?」

 

「こうなったら容赦はしねぇぞ!」

 

 考え込む怜志にカットラスやシャムシールにも似た曲刀を振りかざす破落戸たち。それらをふと顔を上げて怜志は一瞥すると、面倒くさそうに刀に掛けていた手を柄に握りこみ、目につく破落戸共の得物に照準して一閃。

 

 目にも止まらぬ横一文字の居合切りで、その全てを半ばから断ち切った。

 

「──は?」

 

 気づけば、手元の曲刀がぶった切られていた。

 そんな状況に、破落戸たちは水を掛けられたかのように頭に上った血を一瞬にして冷やす。目に見えて戦意を忘れていく破落戸たちを眺め、怜志は再び嘆息。

 そして、ズンと震脚で地を鳴らし凄みながら威圧する(パフォーマンス)

 

「失せろ」

 

 神祖に一杯食わされてからの苛立ちも混ざって、怜志をして思いの他低く響く声。それで破落戸たちは冷めるを通り越して血の気の引いた蒼い顔で一斉に逃げ出した。

 

「ひ、ひぃいいいい! ば、化け物、化け物だ!?」

 

「やべぇ、この餓鬼やべぇ!?」

 

 恥も外聞もなくバタバタと逃げ出す背中。

 それを追うこともなく再三となるため息を吐きながら怜志は振り向いた。

 先ほどまで破落戸たちに囲まれていた少女は呆然としている。

 

 何せ絶望的な展開がいとも簡単にひっくり返され、救われたのだ。

 二転三転する状況についていけず頭が追い付いていないと見える。

 

「……窮状の身を判断して立ち入ったが、無事か君?」

 

「…………はッ! あ……はい!」

 

 声を掛けながら手を貸すと、正気に戻ったらしい少女はその手を借りて立ち上がる。腰が抜けている様子がない辺り、気丈な性格なのだろう。

 恐怖の後遺症に震える様子もなく、しっかりとした様子で応対してくる。

 

「あの! 助けてくださりありがとうございます!」

 

「悪行を見逃すのは人として義に悖るゆえ勝手に親切心を焼いたまでだ。別に、そう気にする必要はないよ」

 

「いいえ! 気にします! あのままだったら私、どうなっていたか……なので、はい。本当に、本当にありがとうございます!」

 

「……そこまで言われて謙遜するのもアレか。ならその感謝は素直に受け取っておこう」

 

「はい、受け取っちゃってください!」

 

 思っていたより押しの強い少女に怜志は瞠目しつつ、内心、『気丈な性格』という評価から『意外と図太い』に評価を改める。

 そんな印象の変化を知る余地もなく、少女は続けて疑問を投げてくる。

 

「ところで、その……貴方は? 羽林軍の兵士たちを一蹴するなんて、もしかして何処かの高名な武将ですか? 精強と噂の安禄山軍? それとも噂の『白蓮王』の拳士の人だったり?」

 

「別に大層な身分を持つ者ではないよ。東から流れて来た刀匠兼剣士のようなものだ」

 

「東……というと河北道や河南道当たりでしょうか?」

 

「そんなところだ──まあ俺のことは流れの傭兵とでも思ってくれていい。それよりも二、三聞きたいことがある。悪いが聞いても構わないだろうか?」

 

 自分のことに関しては適当に誤魔化しながら、こちらの話に話題を変える。

 ……羽林軍に、安禄山。

 何となく事態の全容を察しながら出来れば外れていると嬉しいと祈りながら怜志は少女へと気になっていた疑問を投げかける。

 

「あ、はい。私に答えられることであれば」

 

「此処は何処で、今の時代は……いや、今の皇帝は誰だろうか(・・・・・・・・・)?」

 

 その質問に、まるで突拍子もないことを聞いたとキョトンとする少女。

 その後すぐにピンと来たように笑顔を浮かべると彼女は何てことのないように疑問に答える。

 

「ああ、外国から来た旅の方だったんですね! 此処は副都、洛陽に近く。嵩陽県の嵩山になります。そして今の天子様は唐の最盛期を今に築いて見せたお方、唐明皇になります!」

 

「────」

 

 勝手の分からない国外の人間に親切心を働くといった調子で、笑顔のまま知識を教授してくる少女を前に怜志は固まった。

 先ほどの破落戸たちからして聞き覚えのある単語を口にしていた辺り、嫌な予感がしていたが少女の言葉は怜志を確信へと導いた。

 

 唐明皇──唐の時代。

 即ちは中国史においては隋を滅ぼした李淵が建国した国であり、以後三百年近い繁栄を誇ることとなる大帝国の時代である。唐明皇の治世ということは、建国より百年が経過した中期辺りの時代だろう。

 およそ八世紀頃、怜志の生きる時代より約1300年ほど時代を遡った歴史に過ぎた筈の昔である。

 

 ……国外に追い出された、どころではない。

 万能の猫型ロボットの便利アイテムよろしくの時間遡行(タイムスリップ)

 神々や同族との争いの中、非常識には耐性のある怜志をして思わず呟く。

 

「──……マジか」

 

 これは割と危機的状況(ピンチ)なのかもしれない、と。他人事のように冷静な思考で、怜志は呆然と間抜けた感想を口にするのだった。

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