神々、君に背き奉る   作:アグナ

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後宮佳麗、妖艶堕后 Ⅴ

 長安の皇城から東北に約三十㎞。驪山の麓には温泉地がある。

 そこには後周の宇文護から始まる歴代皇帝の避冬地とされ、のちの唐朝の第二皇帝太宗が、画家である閻立本に命じて宮殿が建てた温泉宮と呼ばれる宮殿が存在していた。

 閻立本は後世にも『職貢図』などの画家としての名声が有名であるが、工芸家・建築家としての側面を持っており、宮殿や橋梁の建築にも多くのものを残している。

 温泉宮もまた、そのうちの一つである。

 

 これに玄宗──即ちこの時代における現皇帝は『華清宮』という新たな名前を名づけ、規模の拡大を命じていた。

 宮殿の周りには羅城を建て、役所や役人を多く設置し、沢山の楼閣も造られた。

 前殿と後殿を造り、東に玄宗が『華清宮』に訪れた際の住屋となる飛霜殿と玄宗の使う湯所として九竜殿がある。また同所には楊貴妃の使う湯所、妃子湯が置かれ、他にも長生殿を始めとした多くの建物群が軒を連ねている。

 西側には楊貴妃他数多くの后妃が湯浴みする長湯が複数個所設置されており、闘鶏場などの皇帝在所時に使う娯楽施設等が存在している。

 

 また此処『華清宮』は歴史上において、女道士として召し上げられた楊貴妃が初めて玄宗に出会った場所であるとされている。

 

「……ふむぅ、また一つ──いや二つか? 妙な気配が増えたような」

 

 ほうと妖艶な色気を持った吐息が湯煙る妃子湯に響き渡る。

 本来、湯治を愉しむ用途で使われるそこをまるで王座が如く支配する影が一つ。

 ──それは女神が如き、女であった。

 金色に輝くその頭髪は、不和となる前の安禄山より献上された湯殿を彩る如何なる宝飾、装飾品よりも美しく、白魚のような肌色は染み一つ無く滑らかかつ艶やかで見る者をひたすらに魅了する。

 頭頂から組まれた足元に至るまで贅肉は一切なきモデル体型。それでいて胸や尻部の肉付きは良く、醜悪にならざるぐらいに豊満であった。

 肉体美の成す黄金美。女体としてあまりにも理想的に完成された身体。

 それでいて貴人として相応の品格ある振る舞いと吐き出す声が美声とあらば、もはや隙など欠片もなく。

 正しく『女神』と評する他ない女である。

 

 ……ただ容姿に関しては不可解な点が二つ存在していた。

 一つはその面貌が楊貴妃のそれに似通っていること。

 そしてもう一つは、人間の尾骨に該当する辺りから人ならざる金色の毛皮をした九本の獣の尾が伸びていることだ。

 

「やれやれ妾たち(・・・)の完成された桃源郷に土足で踏み入ろうとは、獣共の不慮にもほとほと困ったものよな」

 

 湯に半身を浸したまま、完成された女体を惜しげもなく裸身と晒した状態で彼女は憂鬱とした吐息を漏らす。

 もしも異性の目がこの場にあれば、それだけで理性が消し飛ぶような絶景であったが、生憎とこの場に余人の目はない。

 

 ──否、正確には生者たる人の目はない。

 

「場所は──嵩山とやらの辺りかの? 以前もあの場で獣の相を見たが、それとは別の気配か。……ほう、この気配は男か、それも随分と若い。近頃に踏み入ってきた獣共はいずれもつまらぬ女ばかりであったが、ふふふ……男とあらば憂鬱な獣狩りも多少の愉しみが増えるというもの」

 

 色とりどりの花が浮かぶ湯殿に香る桃の匂い。

 それに紛れて微笑む彼女の姿は嫣然としており、立ち込める色香はただそれだけで禁欲の瘦せ我慢を謳う高名な法師や聖者をも色欲の海に蕩かしてしまうだろう。

 ……過ぎた美はただあるだけで「毒」となる。

 女神の如き女はそういう存在であった。唇をぺろりと舐めるその姿は艶めかしいが、同時に恐ろしい。

 異性(おとこ)を魅了する魔性の瞳には肉食獣が如き加虐性のある凶気が滲んでいた。

 

 喰わんとする男が、その実逆に喰われるように。

 花園に踏み入った虫を喰らう食虫植物のような不穏さが彼女にはある。

 

 そして──それを示すようにして湯煙に惨劇を垣間見る。

 

 骨。髑髏。……人骨。

 干からび、朽ち果て、何もかもを略奪された無数の亡骸。

 

 まるで生前持ち得た何もかもを奪い取ったが如き死骸には、もはや怨念の欠片すらも残っておらず、それが魂を始め、人にまつわる何もかもを奪い取った証明として寒々しく晒されていた。

 徹底してモノ(・・)にまで貶められた亡骸はひたすらに悍ましい。

 

「捧げものとして差し出されたものは全て喰らった。故に妾たちの残飯に過ぎぬあの山に欲するものなぞ何一つ残っておらぬと考えていたが、空の皿に獲物が自ら飛んではいるとは。愉しきこと哉」

 

 嵩山にいた道士も教師も祭司も呪術師も……捧げられた全ては既に喰らった。好き嫌いはしても食い残しはしない彼女だ。美食の限りを尽くした山に残されたのは彼女をして食う価値もない羽虫だが、ここに来た彼女好みの肥えた獣が勝手に飛び込んできたのだ。

 

 桃源郷を踏み荒らされるのは不愉快であるが、他二つと違い色々と愉しみ甲斐のある獣とあらば久方ぶりに狩りをする気にもなるというもの。

 

 暫くは彼女を呼び出した、あの憐れで卑賤な男のために些事の全ては尾に一任していたが、偶には彼女自身が動くのもいいだろう。

 それに此度のことは、尚の事彼女が例の獣を欲しがる理由を強くした。女の獣になぞ本来欠片も用はないが、幾つもの歴史に風穴を開け、多くの事柄を呼び込むその力は非常に魅力的だ。身体にも魂にも用はないが、あの力だけはやはり欲しい。

 

「うむ、そうさな。ちょうど小狐共ではあれらの力を測りかねていた所。ここは妾たち手づから連中の力を図るとしようか」

 

 その瞬間──彼女の紅玉を思わせる両眼が金色を帯びる。

 見る者を魅了する魔眼。

 美しく、そして恐ろしい魔性を帯びた瞳で虚空を見つめた。

 僅かな後、紅玉に戻った瞳に愉悦を浮かべて彼女は言う。

 

「ふ、そうか極東の土壌に流れる血の獣であったか。ならばぬしが行くべきだろうな」

 

 語りかけるような彼女の口調。

 しかし、この場に彼女以外の姿はなく、彼女以外の影はない。

 ただ、九本の尾が蛇のように揺れるのみ。

 

「行け、玉藻前(・・・)。一つ、若い燕を検めてくるが良い」

 

 命じた次の瞬間、湯面に映る八本(・・)の尾の影。

 その内の一つが消え、七本の尾の影となる。

 

「さあ──妾たちのために用意され、妾たちのためにある世界じゃ。せっかくの現世、存分に愉しもうではないか」

 

 響き渡る彼女の笑い声。

 その美声には、超越者たる傲慢が滲んでいた。

 

 

 

 

 ────か、こん、ち、こん、ちん、こん、こん、おん。

 

 何処からか、祭囃子の音が聞こえた。

 刹那──怜志の背筋に悪寒が奔る。

 

「狐の囃子──いやこれは……」

 

 総身を襲う強烈な圧力。

 まるで高みから盗視されるような不快感。

 かかる重圧と同時、胸の奥から破壊衝動が生まれる。

 鋼の理性に封じられた獣の本能。

 超越種に対する反骨心が沸々と湧き上がる。

 

 かちり、と脳内で何かが切り替わる音。

 

「これは……間違いない」

 

 口元が三日月に歪み、鮫のように牙を剥く。

 どうやら獲物は探すより、向こうから訪れたようだ。

 

「ひっ、この音……」

 

「──っ」

 

 真横に聞いた悲鳴で踏み出しかけた一歩を寸前で止める。

 本能任せの行動は義の枷によって封じされた。

 怜志はふうと小さく息を吐いた後、傍らの少女に目を向ける。

 

「……どうやら妖狐共が此処に襲来してきたようだな。その様子だと君もこの不愉快な囃子を聞き覚えがあるのか?」

 

「はい……『白蓮王』が此処を訪れる前に一度だけ。その時にとんでもない数の妖狐たちが訪れて、寺院の偉い老師様や少林寺のお弟子さんたちを次々に攫って行って……他の村人(みんな)は何もされませんでしたけど連れ去られた方々は今も……」

 

「それで殺された──と言ったわけか」

 

「……都からやってきた羽林軍の方々が連れ去れた人たちの衣服や装飾を見つけてきて、もう生きてはいないだろうって」

 

「……──羽林軍が見つけて来た、ね」

 

 脳裏に先に追い払った破落戸共の顔を浮かべる。

 アレが末端だとしても、少なくとも末端の制御が全くできてないと評せる羽林軍の質である。人材には個々人の差異あれど、多少まともに使える人材がいたところで『狐狩り』が出来る力があるとは思えない。

 仮に痕跡を拾っただけにせよ、それで軍として生死を確定させるのは早々に過ぎるし、死を判断したにしては麓の街には警備の軍が展開しているようには見えない。

 軍として本気で対応したならば、次に備えた対策ぐらいして然るべきだろう。だが暗い顔をする人々が残る街にそんな様子は無い。

 

“それに不可解な楊貴妃の人物評──やはり一度、長安には向かうべきだろうな。尤も近づいてくる気配が『それ』なら手間は省けるものだが”

 

 腰の刀に手を掛ける。

 ──『穴』を通じて富士周辺に混乱を招いた妖狐。そして嵩山を襲い、何人もの人々を攫った妖狐。どちらも同じ存在であり、ならば元凶もやはり同じ存在だろう。

 故郷の人々はほとほと困り、招かれた地の人々は悲しみと涙、恐怖の日々に苦しめられている。

 

 元凶を断つ──与えられた使命を、改めて胸に刻んで怜志は目を見開いた。

 義は、我に在り。

 

「玲さん。救ったお礼の歓待だが、その前に俺にはやるべきことが出来たようだ」

 

「え? ──……ま、まさか……戦うつもりですか!? あの妖狐たちと!? ダメです、危険すぎます!」

 

「危険は百も承知。知っての通り、腕に覚えのある身だ。この街が、あの妖狐たちに今なお苦しめられる身の上だというのならば、力を持つ者として見捨てるのは義に反する」

 

「でも……!」

 

 怜志の言葉になおも身を案じる玲に、怜志は力強い笑みを向け、安心させるようにしてあの頭を撫でる。

 

「あ……」

 

「腕に覚えがあると言った──そう心配しなくていい、妖狐に誅を下したのちすぐに戻る。君は安心して歓待の準備でもしていてくれ。実のところ、山歩きで腹が減っていたんだ。だから本音を言うと食の席を楽しみにしていたんだ」

 

「……分かりました! すっごい豪華なものを用意して待ってます。だから……だから、どうかご武運を!」

 

「委細承知──勝利を以て凱旋することを約束しよう」

 

 たん、と約束を背に弾かれた様に踏み出す怜志。そのまま常人を凌駕する瞬足で道を駆け抜け、音の方角へとひた走る。

 何処(いずこ)から現れたまつろわぬ身はか知らぬが、太平を生きる人々の平穏を乱し、世に混沌と騒乱をまき散らすならば其は礼賛せざる存在、其は祈り崇めざる存在。立ち向かうべき敵である。

 刀の鯉口を鳴らす。理性を以て獣性の手綱を緩める。

 

「今度こそ、狐狩りの時間だ」

 

 神殺しは戦場を目指し、一心不乱に駆け抜けた。

 ……ほどなくして。

 『それ』は眼下に広がった。

 

 調和も音程も考えない、掻き鳴らすだけの不調和音。

 祭囃子としては聞くに堪えない囃し立てるだけの騒音。

 形だけを真似た祭囃子を奏でながら、二足歩行で行軍する奇怪な妖狐の集団。

 

 ──その数、総数約三千。

 

「これはこれは……百鬼夜行も斯くやという光景だな」

 

 青木ヶ原樹海で遭遇した集団など比にならない、軍団規模の妖狐の群れ。

 群れには二足歩行する戯画的な狐以外にも複数の尾を持つ巨大狐や、何やら羽衣や白無垢を纏った狐、他にも寺の法師のような恰好をした狐や仙人めいた狐までいる。

 その姿形は千変万化。人真似する狐の軍勢はさながら悪夢染みたコスプレ大会のようであった。

 

「……狐は人に化けるというがとても似ては似つかないな。そして名義上は妖狐などと呼んでいたが、もしやこれは狐の伝承そのものなのか?」

 

 荼枳尼天を祀る祭囃子に、伝聞に登場する複数の尾を持つ狐。

 狐の嫁入りに、人を扮した狐に出会う信仰者の逸話。

 いずれも狐の説話にまつわる衣装だ。

 だとするならば彼らはその具現ともいえる存在なのかもしれない。

 

「いや、今は細かい考察は良い。真っすぐと街の方向(こちら)に向かってくる行軍の目的は明らかだ。先ほどに感じた気配からして、さながら大本の尖兵といった所だろう。それだけ分かっているならば、やることは明白だ」

 

 多勢に無勢、なれど怜志は笑みを浮かべる。

 不意に狐軍の戦闘がピタリと止まる。

 どうやら、こちらに気づいたようだ。

 怜志を眺める狐の目に、獲物を見つけた肉食獣の色が浮かぶ。

 

「────ハッ」

 

 魑魅魍魎の視線を受けて怜志の口から洩れる低い声。

 獣染みた、血に飢えた音。

 ──それが、両者の間で鳴らされた開戦の合図。

 

 ──Kyuooooooooooooo!!

 

「では狩りを始めよう──!」

 

 共に駆け出す。

 砂煙を上げ、徒党を組んで怜志へと迫る狐の軍勢。

 対する怜志は単騎特攻。

 ただ一騎のみを以て突風染みた勢いで戦団に突っ込む。

 

 蛮勇、ここに極まれり。

 この数、この戦力差に一人囲まれて無事でいられるはずなどなく。馬鹿正直に正面から戦団に当たる怜志など一瞬のうちに食い尽くされる──。

 ……無論、怜志がただの人間であれば、の話だが。

 

「せあああああ!!」

 

 挨拶代わりに取りついた先頭集団の中から二、三と首を飛ばして見せるがそれで怯む狐の集団でもなし。死した仲間の背後から仇を取らんと無数の狐が武器を、牙を剥いて次々に襲い掛かってくる。

 砂浜に押し寄せる波濤が如き、治まりを知らぬ攻勢。だが怜志はそれに対して守るどころか前進する。襲い来る、その攻勢の渦中へと。

 

「ふは、こういう趣向の戦場はあまり体験してこなかったが……なるほど、少し爽快だ。以前クラスメイトが雑兵相手に無双するゲームをしていて何が楽しいのかと疑問に思っていたが、これは中々どうして悪くないな!」

 

 斬る、斬る、斬る、斬る斬る斬る。

 走って斬って前進して斬って走って前へ前へ前へ!

 目につく獲物をひたすらに斬って、一心に前進する。

 

 如何な怜志とて四方八方を囲まれ、一斉に攻撃されればそれで終わりだ。神殺したる怜志だが、その手足は二本、得物は基本一刀流。

 数を前面に出した暴力は単純な話、手数で及ばない。

 近距離で群がられた時点で怜志の敗北は必然の結末だ。

 

 ならばこそ、解決法もまた単純。

 相手が手数を武器に押し出してくるより先、こちらは絶対的に勝る『質』を押し付けてしまえばいいのだ。

 

「ははははははははは!」

 

 前座のつもりだったが思いの他愉快な気持ちになって爆笑する。

 怜志を囲う数千の狐の軍勢。

 それを直線状に分かつように突き進む神殺しの姿は、怜志の言う通り無双であった。

 ……対する相手は常に正面の一つのみ。それを超高速で斬り捨て、命脈を断ち、続く背後の敵へと取り掛かる。

 

 怜志のやっていることは畢竟、一対一を連続で行い、囲われる状況を避けるというごくごく単純な戦法だが、神域に迫る神殺しとしての技量と、神殺し故の強靭な肉体が叩きだす性能はただそれだけで狐の軍勢を圧倒した。

 

 一対一では戦いは成立せず、一方的に殺戮されるのみ。

 ならばと囲みにかかるが、背後からでは怜志の脚に付いていけず、左右にから抑え込もうにも極度の前進気勢で突撃する怜志が相手では、正面に当たる狐と同じく呆気なく斬られ吹っ飛ばされていくだけだった。

 

 ──Kyuooooooooooooo!!

 

 だが半数に迫る勢いで殺された頃合いに狐の軍勢が咆哮を上げる。

 一方的な暴虐に対する怒りか、それとも化外の者としての自負を嘲笑われたことに対する憎悪か、数で囲う方針から戦術を一変する。

 

「……ほう」

 

 (スクラム)を組んで怜志を阻む前衛の狐たち。その後方には火球や弓矢を構える後衛の姿。前を犠牲に怜志を足止めした隙に、後衛からの集中火力で袋叩きにしてしまおうという算段だろう。

 前衛の狐たちが文字通りの肉壁となるならば、怜志とて突き破るのに三秒は掛かるだろう。僅かとはいえ致命的な時間消費(ロスタイム)だ。

 泳ぎを止めたら死んでしまう鮪のように、足を止めたら負けの怜志は、その時点で死に至るだろう。

 

 尤も──それはこちらの火力(武器)が一刀だけの場合であればという話だ。

 

「収斂……!」

 

 刀を握る方とは逆の手に鉱石を握る。

 指の間に挟んだ、三つの鉱石に怜志は呪力を通し、脳内に身体に刻んだ天国の秘奥術式を浮かべて走らせる。

 

「鍛造……!」

 

 鉱石を空中に投げ出す。

 すると石に過ぎなかったそれは光を帯び、瞬く間に形を変え、打刀へとその姿を変態させた。その隙に空手となった手の中に手品師じみた手技でいつの間にか収まる表面に呪文の書かれた人型の形代。

 怜志はそれを握りしめると生成した劍に命じる。

 

「我が道行きを阻む障害を祓い、草薙を成せ! 霊験持つ破魔の劍たちよ!」

 

 主の急々如律令の命を受け、創られた刀はそれ自体が意思を持っているかのように独りでに動き出す。怜志の眼前、その空中をひゅんひゅんと飛び回り、命を賭して怜志を阻む狐たちの肉壁をあっという間に斬り裂き、斬り開き、決死の妨害を無力化していく。

 刀たちが付けた道に怜志は踏み込み、そのまま後続を斬り捨てながらその前進を続行する。

 

 付喪神の式による霊刀操作。

 西洋の錬鉄術、その東洋版とでも言うべきだろうか。

 創り上げた鉄を自在に操る怜志の持つ呪術の一つである。

 

「こちらは剣術だけが取り柄じゃないぞッ!? これで品切れか!? 次はどうする!? 数だけでは俺の命は取れないと知れッ!!」

 

 ハハ、と正しく魔王染みた笑みを浮かべながら突入する怜志。それに推されてか飛び回る三刀もその気勢を増していき、より加速度的に怜志の一刀に加わり狐の命を駆逐する。

 狐の軍勢の中に動揺が走る。勢いそのまま全滅させんと前進する怜志の姿に彼らは怖気づく気配を見せた──その時である。

 

 

「怖いわぁ──怖い怖い……せやから──どうか、武器を納めておくれまへんか?」

 

 

 ──戦場には見合わない、悠然とした声。

 ころころと軽やかに響く女の言葉。

 それを耳にしたその瞬間、あろうことか狂騒に身を任す怜志の身体が止まる。

 

「なにッ──?!」

 

 狂喜、殺意、陶酔──戦地にあって発動する原始の衝動が成りを潜めていき、狐に対する戦意が呆気なく減衰していく。

 付喪神が操る刀はカランと無機質に地面に落下し、刀を持つ手が勝手に鞘へと武器を収めようとする。

 神殺しとしての、神性に対する反骨心さえもがあろうことが失われていく。

 

 ありえない──生来よりの苦悩の原因がこうも簡単に収まるなどあってはならない。

 異常は明確、先の言葉は呪詛だ。

 神殺しの呪術に対する耐性、それを突破して見せる程の呪。

 

 いいや、言葉一つで神殺しをも手玉に取る……『魅了(けんのう)』の一端!

 

“毘!”

 

 心に一字を思い浮かべる。

 忘れるな、()が武を頼った人々の願いを。

 忘れるな、(われ)が掲げた義の旗を。

 忘れるな──神々に背いて尚、貫くと決めた誓いを。

 

「おん・ちしゃなばいしら、まだやまからしゃややくかしゃ・ちばたなほばがばていまたらはたに・そわか」

 

 義は我に在り、敵は神に在り。

 ならば──我、全力を以て挑まんとするものなり!

 

心に物なき時は心広く体泰なり(カルヴァ・ナヴァニディ)!」

 

 窮地に在って発動する軍神の権能。

 毘沙門天の力が齎す『治』の加護が、怜志の精神(こころ)を犯す呪毒を欠片も残さず取り払った。

 

「はあぁぁぁぁ──その力、まつろわぬ神性とお見受けする。御身の名は如何に」

 

「あらまぁ、いけずな人やわぁ。(うち)言霊(たのみ)を蹴飛ばすどころか、(うち)に先に名乗らせようなんて……男女の機微に朴念仁なお人やねぇ。せやけど久方ぶりのお客さん、男前な神殺しに尋ねられたからには先に名乗らせて貰いまひょか」

 

 ふわりとした京言葉(・・・)

 唐の国にあって明確に日本語で語りかける乱入者はニコリと笑みを浮かべて、

 

 

(うち)の名前は玉藻前(たまものまえ)。よろしゅうおたの申します──藻女と、親し気に呼んでくれても構わへんよ?」

 

 

 金色に輝く瞳を細めながら妖し気にそう告げた。




なお古代中国にわかにプラスして作者は京言葉もにわかな模様。
違和感あったら誤字報告で直しておいてクレメンス(他力本願寺)
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