神々、君に背き奉る   作:アグナ

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羽化狐仙

「玉藻前──だと?」

 

 耳にした名前を反芻しながら怜志は刀を構えたまま、目の前の女妖狐を睥睨する。

 

 ……その名は日本人であれば一度は聞いたことがある名だろう。

 時は平安時代。子に恵まれない夫妻の元に藻女という養女が迎え入れられた。彼女は夫妻の下ですくすくと成長し、やがて見目美しい女性へとなったという。

 そうして立派になった彼女は宮中に女官として仕えるようになり、やがてそのひときわ美しい美貌を持つ彼女を宮中で見かけた鳥羽上皇に認められ、溺愛されるようになった。

 

 しかし丁度彼女が上皇の寵愛者として選ばれた時期から、上皇は原因不明の病に侵され、床に臥すこととなる。朝廷に仕える選りすぐりの医者たちでさえ、その体調不良の原因を突き止められない中、安倍晴明に血統を遡る名門・安部家の陰陽師である安倍泰成は体調不良の原因を玉藻前と見抜き、その正体を露にする。

 

 彼女の正体とは──九尾の狐。

 より正確に書物に倣うならば『白面金毛九尾の狐』とも。

 後世に酒呑童子、大嶽丸と並ぶ日本を代表する大妖怪として語られることになる妖狐が彼女の正体である。

 だが──そこまで思い返して怜志は口を開く。

 

「どういうことだ──何故、お前がその名を語っている?」

 

「んん? おかしなことを聞くんやね? そら(うち)が九尾の狐やからに決まっとるからやん。他ならぬ(うち)がそう名乗っているのに疑ってかかるなんて。というかお前さん、極東の神殺しやろ? 匂いで分かるわぁ。あの島に生まれて(うち)こと知らんの?」

 

「知っているとも。だからこそ、何故貴様がこの時代に成立しているかを問うている」

 

「そんなん、九尾の狐として──」

 

「古代における狐は瑞獣(・・)だ。一般に日本で知られる『妖狐』『化け狐』『オサキ狐』などの人に害を成す魔獣としての側面は後世に成立する霊格だろう。此処の詳しい年代は掴めていないが玄宗の治世であるなら、八世紀の前期辺りか──日本においても未だ吉兆として扱われている筈のお前が何故この時代に成立している」

 

 元々狐という存在は世界各地で多くの信仰、或いは迷信を集める存在である。その発端を辿るのは非常に難しい。日本においても九尾の狐という妖狐は有名であるが、それと同時に狐の嫁入りや稲荷信仰など霊獣、神獣として崇める信仰も存在している。

 常に善悪両側面を持ち、時代によって良し悪しの色合いを変えるのが狐という信仰対象だ。

 そのため彼らの属性を一概に見分けることは難しいのだが……俗物的な話、信仰するのが人間である以上、流行というものが存在する。

 

 特に書による影響は大きく、例えばここ中国において白い狐を瑞兆視するようになったのは中国漢代の春秋緯書の影響が強いものとされ、特に唐代──つまり現在の中国においては庶民レベルで生活水準が向上した影響もあってか、財物を運ぶ存在、即ち財宝神(・・・)としてその霊格を強めている。

 古代中国の狐信仰は日本におけるそれとは全くの別物なのだ。

 

 加えて、この時代の日本では狐は大陸を通じて瑞獣としての側面を知る一部貴族階級を除いてば、殆ど信仰されておらず、本格的に信仰の場に姿を現すのは九世紀頃の話。それも九世紀に発展する日本の狐信仰は農耕信仰に接続され、十一世紀頃には一部衆庶間での愛の成就、火災防除、その他現世利益の祈願対象とされている。

 ましてや玉藻前が歴史上に語られるのは室町以前のおよそ十四世紀頃からである。

 

 此処が誠に玄宗の治世下にあるならば玉藻前という神格はそもそも成立していないのだ。

 

「後漢の時代には既に妖狐伝承は流行ったと聞くがな。それでも悪戯者といった所がせいぜいで、人を殺すほどの凶悪な妖狐が成立する逸話は無かったはずだ。妲己を妖狐として人を惑わす狐のイメージが広がったのも、元の時代の書物に端を発する妖狐伝説が発端であり、妲己を妖狐にイコールとするようになったのは妲己の妖狐伝説を引き継いだ封神演義の影響が強いと聞く──重ねて聞こう。お前は何だ(・・・・・)?」

 

「……──んふ(・・)

 

 詰問に等しい怜志の問いに玉藻前と名乗った九尾の狐が嗤う。

 

「ふふ、ふふふふふ──ようけ勉強してはるんやねぇ。可愛らしいわぁ。可愛くて可愛くて……つい、籠に捕まえて取っておきたいぐらいに」

 

「──ッ!」

 

 京美人を装う妖狐の背後、九つの尾が不気味にしなる。

 ぞわりと急激に増していく“圧”を前にして怜志は、狐の詳細を片隅に置き、敵の挙動へに対する即応態勢に切り替えていった。

 その最中、ころころと嗤いながら玉藻前は、まるで子供にご褒美を上げるが如く、怜志に一つだけ真実の断片を授けた。

 

「いっこだけ教えたるわ。さっきお前さんは此処を玄宗の治世なんて言ってたけどなぁ。それは不正解やね。此処は(うち)らの世界なんよ」

 

「それはどういう──」

 

「触れる、話せる、一緒に過ごして一緒に寝られる──だったら、なぁ? 夢も現も変わらんと思わへん? 自分で殺しといて仙境に妻の夢を見るようなやっすい男にはお似合いの話やろ?」

 

「────…………まさか」

 

 電撃的に怜志の脳内に巡る楊貴妃の逸話。

 断片より真実に手を掛けた様子の怜志を眺め、玉藻前。

 

「やっぱりお前さん、可愛いけれど怖いわぁ。神殺しの獣ときたら(うち)らよりも鼻が利くさかい、籠の中に飾っておくんが一番ええよなぁ」

 

「……悪いが俺はむざむざ愛玩動物にされる性質ではない。此処は押し通らせてもらう──栄枯盛衰を悟れぬならば、邯鄲の夢は俺が幕引こう」

 

「ふふ、一炊の夢を儚んで悟るなんて阿保ちゃう? 気持ちぃ夢ならずっとずぅっと見ていたいんが普通やろ? せやから叩き起こすなんて無粋、(うち)がさせへんわ」

 

「フン──やってみろ、傾国の狐!」

 

 地を蹴って怜志は突き進む。

 この時代に来てから付きまとう違和感。

 その全ての元凶たる狐を祓うべく、降魔の刀を振り上げた。

 

 

 

 

「ふふふふふ……(こん)(こん)

 

「ッ!」

 

 日本に伝わる狐を模した鳴き声の擬音。

 それを玉藻前が上品に、愛らしく真似ると同時、殆ど全滅にまで持ち込んだはずの狐たちの百鬼夜行が何処からともなく出現する。

 彼らはさながら皇后を守る親衛隊の如く接近する怜志に対する壁となる。

 

「そんな足止めが──」

 

「通じへん言うんやろ? だからこうや!」

 

 強行突破せんと進む怜志に対して、玉藻前はニンマリと笑い、何処からともなく取り出した呪符を狐たちの軍へと振りまく。

 何らかの呪術、恐らくは援護ないし強化の類だろう。

 怜志は直観的に当たり(・・・)をつける。

 果たして怜志が狐に刀を振り下ろすと、狐はこれまで見たことがないような精細な動きで怜志の刀を受け止めて見せた!

 

「くっ……!」

 

「ふ、止まってええの?」

 

「チィ……!」

 

 ころころと挑発するような玉藻前の言葉。

 それに舌打ちで応じると同時に怜志は後方へ飛び退く。

 刹那の後、怜志が直前までいた地点に槍衾にする勢いで幾重もの矢が飛来して突き刺さった。一先ず距離を稼いで立て直しにかかる怜志だったが、引き上げる怜志を追って軍勢から四尾を持った大型の狐が先行して飛び退く怜志を追いかけに掛かる。

 

 大型の狐の背にはまるで馬に騎乗する騎手のように、狐に騎乗する小狐の姿が見える。騎乗した状態から怜志目掛けて矢を、火の玉を飛ばして怜志を逃がすまいとその逃走経路を潰しにかかる。

 

「動きに戦術の基礎が備わったな。単なる強化と思えば、随分と知恵を回す……狐としてのずる賢さでも思い出させたのか?」

 

「ほっ、相手が神殺しなのに狐の智慧を授けてどないすんねん。餅は餅屋というやろう。せやからそれを与えてやったにすぎひんよ。狐憑きならぬ人憑き(・・・)や。都を守る羽林の軍勢。足止め程度には優秀やろ?」

 

「はっ──?」

 

 思わぬ言葉に怜志は目を見開き、次いで狐の軍勢を見た。

 陣形を組み、敵に合わせて動きを変え、戦術を以てこれに当たる。

 まるで統率された精強な軍隊のような隙の無い行動。

 それに気づいて怜志は、戦意をも上回る怒気を自覚する。

 

「貴様、人魂を弄ぶかッ……!!」

 

「ほほほ、弄ぶなんて心外やわぁ。(うち)(うち)の財産から戦力を提供しただけやん。お前さんが自分で言うとったやろ、中国(ここ)じゃ(うち)は財宝神やと」

 

 そういって玉藻前は奪い取った財産──羽林軍の兵士たちの魂を付与した狐の軍勢を操って、怜志を追い立てに掛かる。

 ……内情は彼女の言う通りのままなのだろう。本来、都の守護を担う近衛部隊として展開している筈の羽林軍。目の前の妖狐はそれらから魂を奪い取り、己がモノとして使役しているのだ。

 だからこそその魂が持つ経験、記憶……それらを狐たちに付与することで統率なき魑魅魍魎の軍団を精強なる軍勢へと変えてみせた。

 

 ──人倫を、生命の尊厳を踏みにじる外法。

 

 ある意味では死者の魂を捉えて使役するヴォバン侯爵の権能よりも悍ましい力で、玉藻前は怜志を追い詰める。

 しかし……如何な本能が剣鬼と言えど、人の良心を忘れない怜志だからこそ、この光景を前にして義の旗を不倶戴天と謳いあげる。

 

「──心に邪見なき時は人を育つる(ニーラ・ナヴァニディ)

 

 口内に真言を唱え、空の瞳を啓く。

 軍神より簒奪した正しきを見極めんとす『瞳』。

 それを通して妖狐を見、その内情を明かしてゆく。

 

「視えた……」

 

 狐の身体を檻として閉じ込められる無数の人魂。単なる燃料として、材料として、狐たちに消費される憐れな無数の魂。

 既に失われたもの、亡くしたものを助ける力を怜志は持っていない。彼らを救う手立てはありはしない。所詮、戦争に特化した怜志では戦い奪うことは出来ても、誰かを救済する力などありはしないのだから。

 

 だが、生粋の戦士だからこそ。

 せめて戦士の魂の尊厳を守ることは出来る。

 

「財として囚われた誇り高き魂に開放を──せめてもの報いだ、人として死ぬが良い。おん・あぼきゃ・べいろしゃのう・まかぼだら・まに・はんどま・じんばら・はらばりたら・うん!」

 

 『瞳』に人間の魂を映し、神殺しとしての規格外の呪力を全開に回して唱える光明真言。高徳ならずとも神力に等しい強烈な呪の輝きは狐たちの身体に囚われた魂を照らし上げ、涅槃へと至る道筋へと載せていく。

 残るのは中身を失い、再び畜生へと戻る狐の群れ。

 敵討ちと言わんばかりに怜志はそれらを瞬く間に駆逐する。

 

「なんや呪術(そっち)の方もいけるんか。仮にも(うち)荼枳尼天(来歴)を知った上で、呪術で応じてくるんは中々の挑発やねぇ」

 

「起きろ、破魔の劍たち! 邪なる輩に霊験を示せ!」

 

 相変わらずのらりくらりした玉藻前に今度は応じず、怜志は先の対狐軍に用いた刀の式を再び起こして玉藻前目掛けて向かわせる。

 神殺しの命を受けた退魔の刀はその軌道を上下左右に揺さぶり、敵に劍の動きを定めさせずして殺到する。

 

「……なら(うち)も意趣返しといこか。そぉれ」

 

 人を食ったようなころころとした笑みを浮かべながら玉藻前は、眼前の虚空を指でなぞり、中空に五芒星を描く。やがて血のような赤い線で彩られた五芒星は膨張し、玉藻前を守る盾のようにして劍と玉藻前の狭間に立つ。

 

 呪の盾を撃つ退魔の劍。天国の血統由来である刀はそれ自体が神刀の劣化模倣品。草薙劍らに元を辿る聖剣の一種である。

 故に通常であれば例え神々の呪術であろうとも斬り裂き、突破することが出来る。

 だが……赤い五芒星を潜った次の瞬間、刀は唐突に錆び付き、劣化していき、虚空で破損したっきり粉々に砕けて霧散する。

 

「五行相剋? 火剋金……いや、土剋水か!」

 

「地より鍛えた『鋼』の劍。劣化品なら燃やすより枯らす方が早いやろ?」

 

「ならば直接斬り捨てる……!」

 

 残る狐の軍勢を散らしながら再び玉藻前に接近を試みる怜志。

 それを嫌うようにして玉藻前は九つの尻尾を揺らすと尾先の毛を中心に火球が生成され、見る見るうちに巨大化していく。

 

 雑兵の狐たちが使う火の玉とは比較にならない火球──いわゆる『狐火』を、砲弾のように周囲の雑兵ごとまとめて怜志へと打ち込んでくる。

 炸裂すると同時、それらは爆発し、周囲に灼熱をまき散らしていくが……進む怜志に対してそれらは一つたりとして当たらない。

 

「ん、足速ようて敵わんなぁ」

 

「ッ!」

 

 残り十メートル。刀の間合いに捉えてしまえば怜志の戦場だ。

 如何な歴史と霊威ある大妖狐とて技の競い合いにおいては勝ち目などない。

 本質的には戦う者ではない玉藻前は、そういった原始的な戦には疎いのである。

 

「なら──それで行こか」

 

 玉藻前は迫る怜志に手を翳す。

 瞬間、ジジジと耳鳴りのような音と共にオゾンが香る。

 到達直前で身体に過ぎる死の気配。

 無意識化の生存本能に身を任せ、怜志は身を捩る。

 

「っづ、おおおお!?」

 

 轟!と怜志の真横を奔り過ぎる稲妻。

 ギリギリで回避には成功したものの、直撃すれば全身を一瞬のうちに丸焦げにするであろう超電力が地を駆け抜けた。

 

「稲荷の──農耕神としての権能か!」

 

「さあ、どうやろねぇ。ほな、次行こか」

 

 怜志の言葉に、ほほと曖昧に笑いながら玉藻前が地を指さす。

 すると無理やりに稲妻をやり過ごした怜志の足元から大木の根が触手のように飛び出して直上の怜志を雁字搦めに捉えに掛かる。

 

「樹木……!? 木行……いや、この力は……!?」

 

 呪術と見込んで反射的に神殺しとしての呪力耐性を高めるが、怜志を捉えて見せた木の根は全くと言っていいほど揺るがない。

 どころか、それ自体が生き物のように脈動し、より力強く怜志を捕まえる。

 

「ふふ、捕まえた……」

 

「! おん、べいしら、まんだや、そわかッ!」

 

 『瞳』の権能を強く映す。

 木行、呪術の類でないならばこの力は別の所に由来するもの。

 身を縛る枷を振りほどこうと怜志はその根源をアストラル界にまで探り、そして──視た、眼前の狐、その隠された相を。

 

「『竜狐は白狐にして、竜なりて三年で死す。我狐竜の子なり』? 『蛇』──そうか、貴様の正体は地母神──ではこの力は……!」

 

 『狐』と『蛇』。

 此処に来て怜志はそれらが同意儀であることを霊視で悟るが一歩遅かった。

 ゆるりと玉藻前は囚われる怜志に寄る。

 

「……ふぅん、賢しらに回るその頭と言い、便利な軍神の宝と言い、厄介やねぇ。けれど、道具は使い様。敵に回せば厄介な代物も、味方に付ければ頼もしいってな。せやから、そのお宝、(うち)が貰いまひょ」

 

「ん──ッ!?」

 

 そしてそのまま怜志の首元を引き、強引に怜志の唇に自らの唇を合わせる。

 暴力的な粘膜接触。

 戦時にあってロマンスなど欠片も考慮しない怜志は即座に意図を見破る。

 

“不味い──!”

 

 言動からして狙いは明らか。

 怜志は自らの呪力を全力で高め、状況に抗うがしかし。

 怜志の身体に宿る力が、抜け落ちるのを実感する。

 

 ……神殺しは外部からの呪術干渉に対して極めて強い耐性を持つ反面、直接体内に術を打ち込まれることに関しては弱い。

 なので神殺しに対して呪詛を吹き込む場合は、武器を媒介して傷つけ、体内に潜り込ませるか。或いはこのように粘膜接触(キス)をして直接差し込むなどの裏技がある。

 玉藻前が取った行動は正しくそれだ。

 唯一違う点は、彼女の狙いは呪詛を神殺しに打ち込むことなどではなく。

 

「──ッ、隋軍護法の加護ぞ我にあり──怨敵死滅!!」

 

「むっ……」

 

 怜志の身体が白耀に輝く。本来は刀に載せる倶利伽羅剣。

 この土壇場で怜志はそれを身に纏う使い方を編み出し、自らを『剣』として触れる全てを祓い浄め斬り払いに掛かる。

 咄嗟に飛び退く玉藻前。その直後、怜志を雁字搦めに縛り上げていた木の根が輪切りにされて霧散する。

 牢から何とか脱出した怜志であるが、多大な呪力消費に膝を屈して咳き込む。

 しかし、暢気に怯んでいる暇などない。

 解放された怜志は手早く意識を内に潜り込ませ、自らの戦力を確認する。

 

「クソ、どれほど持っていかれた……?」

 

 身に宿る軍神の権能の気配を探る。

 『鍵』は死守した。『剣』は今使って見せた。

 残る気配は『馬』と『戦扇』。

 九つある宝具の気配、その半数が怜志の体内から消えている。

 

「──……ほう、成程ねぇ。富の守護者、神の友……ふふふ、お前さんが殺した神もまた財宝神の貌を持ってたんやねぇ。つきがなかったなぁ」

 

 言いながら瞳を空色に変色(・・・・・・・)させながら、愉しげに玉藻前は笑う。

 ──権能の略奪。

 富の行き来を司る財宝神として、また男を惑わし堕落させる妖婦として、大地を司る母なる『蛇』として。

 玉藻前は、怜志よりその力を奪って見せたのだ。

 

「さぁて、辛そうやけどまだ戦うん? 今ので呪力もぎょうさん使うてもうたやろ? 降参する言うならお客さん(・・・・)として派手に歓待したるさかい、どないするん?」

 

「降参だと? はっ、誰が……」

 

 言いながら怜志は口を拭いつつ、立ち上がる。

 ……武器は奪われてしまったが呼吸は既に整えた。

 敵の言う通り、確かに呪力はだいぶ使ってしまったがそれでもまだ余力はある。武器も残されている。何より、我が手には刀がある。

 ならば出来ないことなど何もない。

 正面から堂々と敵を斬り捨て、奪われた全てを取り戻すのみ。

 

「問答無用に継戦だ。俺の命はまだ折れていない」

 

「……はぁ、面倒やねぇ。これだから神殺しの獣は」

 

 疲労の色を濃くしながら、なお立ち上がる神殺しを見て玉藻前はウンザリするように嘆息した。希望を捨ててない、どころか気迫だけでいうならば先ほど以上。

 追い詰められれば追い詰められるほどに逆境で輝くのが獣の相だ。

 まつろわぬ神に連ねる者として、寧ろ手負いの状態が一番恐ろしい事を玉藻前は承知している。

 だが──その上で玉藻前は再び笑みを濃くする。

 

 尾はまだある(・・・・・・)。どの道、彼女一つ潰されたところで何も問題はない。後詰めがいる状態で神殺しを此処まで追い詰められたのならば上出来だろう。ここは敢えてよくを出して踏み込むべき場面だ。

 例の女神殺しから如何にしてあの力を奪う算段をつけるべきか頭を悩ませ、攻めあぐねていたが、軍神の宝具が手に入った以上、此処から先は獣狩りの時間だ。

 どの道、全部殺して奪うならば、獲れる時に獲ってしまう方がいい。

 

「でも、ええよ。相手したりまひょ。お前さんが膝を屈して諦めて、(うち)に縋りつきたくなるまでな」

 

「上等……!」

 

 双方に身構え、臨戦態勢に移行する。

 袋小路に追い詰められたが、未だ絶望にまでは至らず。

 神殺しとして不倶戴天の敵を睨む。

 

 斯くして始まる第二ラウンド──しかしその戦いのゴングは鳴ることは無かった。

 何故ならば──。

 

 

()ッ──!」

 

 

 太陽を背に、青い空に浮かぶ羽衣を纏う影。

 何処からともなく顕れた仙人の如き、乱入者。

 その瞳は一点に、この国を貪る狐へと向けられており、

 

「な、お前(じぶん)、なんでまだ此処に居るん!? もう立ち去ったはず──」

 

 余裕を忘れて動揺したように言葉を紡ぐ玉藻前。

 問い質す言葉にしかし、返答は言葉に非ず。

 

「──哈ァァァ!!」

 

 凄まじい勢いで放たれる拳。

 それはまつろわぬ神たるはずの玉藻前を一撃で吹き飛ばして見せた。

 其は紛れもなく、神域の武芸。

 絶影から敵の虚を突き、拳を捻じ込む一連に不足など何一つとしてなく、完成され尽くしたその不意打ちはもはや人の領域には存在していなかった。

 

 紛れもなく、人外の者。

 神々の領域を侵しながら、同時に神を畏れぬ者。

 ……問う必要などない。本能が同族を察知する。

 この乱入者もまた。

 

「──如何な事情合っての事かは存じ上げませんが、窮地にあって助力頂いたのは事実。まずは感謝を。そして──何処の武人かは分かりかねますが、その拳を見れば貴殿が道の極限にあることは明白。同じ武道を志す者として貴殿の名を知りたいが如何に」

 

「……──ほう」

 

 敢えて刀を納刀し、正面から乱入者を見る怜志。

 義理として礼こそするものの、頭は決して安易に下げない。

 先人に敬意しつつも、同時に武人としての対等を示す。

 実力及ばずとも、やがて追いつく。

 

 その敬意と挑戦が入り混じった振る舞いに『王威』を見たか、乱入者は怜志を見返しながら、何処か愉し気に瞳を細める。

 

「……成程、結果として余分な力添え、獲物を横取りする形となってしまったことを認めましょう。禿鷹如き振る舞いをしてしまった不覚の代わりと、我が足跡の後に続く新鋭の『王』に我を示すため、名乗り上げましょう」

 

 そういって乱入者は顔を覆う羽衣を脱ぐ。

 露わになる玉の美貌。仙女の如き女は拳礼を以て怜志を見返す。

 

「我が姓は羅、名は翠蓮、字は濠。聖教の教主にして武の頂点に君臨するものです。……春雷の如き気配を纏う剣士よ。貴方の名は?」

 

「手前は、日本国は刀匠・天国一門の出。当主・天国宗冬より天国千年来の名と歴史を引き継いだ天国怜志と言います。武芸を極めし我が王道の先に在る者にこうして出会えた縁を光栄に思います」

 

 名乗りを交わすと同時、握手もせず両者は互いに目を合わせる。

 二拍、三拍と数瞬の刻が過ぎた頃合い。

 不意にどちらからともなく不敵に微笑む。

 

「──……ふ」

 

「──……は」

 

 ……もしもこの場に羅濠の内弟子が居合わせたらきっと叫んでいたことだろう。

 『マジかよ感覚(フィーリング)だけで師父と噛み合ってやがる!?』と。

 

 幸か不幸か、両者は初対面にして五感を超越した部分で理解者となったのであった。




羅濠「ふっ、見どころある面白れぇ若者」

怜志「はっ、超える甲斐のある先達」



……なんか根っこが中二病同士で噛み合(この先は血によって読めなくなっている)
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